そこそこ混んでいた電車を出る。そこそこ混んでいる改札を抜ける。同校の学生の波に流されながら少し歩く。学校につく。
「松井ィ! イヤホン取らんか! てかお前染めとるやろォ!」
「いや違いますね! これは朝鳥糞にやられただけですね!」
「髪の毛全部きれいに茶色にできるうんこをする鳥なんかおるわけないやろ!」
「いますー! アルゲンタヴィスってのがいますー!」
「アルゲンタヴィスはもうとっくに絶滅しとるじゃろがい!」
校門に待ち構えるクソ教師に髪の毛の難癖をつけられるので、適当に合わせて逃げる。
ここまでが学校のある日の俺のいつものルーティンと化した光景だ。茶髪くらいえぇじゃないか。地毛が茶色い子もいるんやぞ世の中には。まぁ俺は染めてるんだけどね。
唯一いつもと違うのは、出発地点が自宅ではなくアイドルの住まう寮といったところだろうか。部屋を出るとき滅茶苦茶急いでばれないように出たからな。幸いにも誰にも接触はしていない。これから忍者として生きる道もありだなこりゃ。
1年生の教室はやけに遠い。正門を通って校舎に入る階段をひたすら上って三階だ。今更だけど俺って今年で高二なだけでまだ今月の間は高一なんだよね。来月の終わりから正式に高二だ。でも面倒だから統一した方がいいだろ? うん。
教室のドアを開けるとすでに教室の中は大盛況だ。男女揃って朝からテンション高めに騒いでいる。
おかしい。いつも通り二日ぶりの学校なはずが、なぜかやけに久しく感じる。1年間通い詰めてきたのに。
肩にかけてた制定鞄を雑に自分の机に放り投げ、ちゃちな木製の椅子にドカッと座り込む。騒がしい男子の低い声がやけに心地よく感じるのは俺だけだろうか。いや、俺だけだな。間違いない。
「……あ゛ぁ゛」
普段見上げることのない天井を見上げて大きく息を吹くと汚い声も一緒に出た。おっさんかよ。するとピタゴラスイッチのように連動して前の椅子に座っていた人物がくるりとこちらを向く。ニヤニヤしている顔が非常に腹立たしい。
「どーだい、幸せだろう。アイドルに囲まれる生活は」
「メンタルが死ぬ」
「ッハー!w」
こいつの笑い声マジでうざすぎにも程がある。単芝なのが余計に腹立つ。あぁなったのも元はといえばすべてこいつのせいなのに。一発ぶん殴ってやろうか。
俺の目の前でヒーヒー言いながら爆笑しているのは、何を隠そう俺が346プロに入ることになったきっかけであり元凶であり大戦犯でもある今西。こいつが俺を誘わなければそもそも俺が3日間も神経すり減らしながら過ごすことも今現在足が筋肉痛になることもなかったのだ。
「てかなんでお前俺が今寮にいること知ってんだよ」
「なんでって、そりゃ千川さんに寮住まいを提案したのは俺だし」
「お前ぶっ飛ばすぞ」
こいつは元凶じゃなかった。ガンであり大大大戦犯だった。
戦犯度でいうとから揚げに無許可でレモンをかけるだけでは飽き足らず、『こっちの方がうめぇからwww』とか言いながら特性の甘いみそタレをぶっかけるくらいの戦犯。あと不必要に閃光玉投げまくってモンスターをウロチョロさせるくらいにも戦犯。
一回滅んだ方がいいレベルだわマジで。
「それはいいんだよ。千川さんもノリノリだったしさ。同罪同罪」
「てめぇいつか覚えてろよ……」
「おぉ~……怖いねぇ……」
黄〇のモノマネのクオリティが無駄に高いのむかつく。今ならこいつのすべてにむかつきそうなくらいにはムカついてる。もはや無限ループ(?)
「それで、3日間で何人の女の子と話したんよ」
「何人って……えーっと」
寮に行ってからまず周子さんと紗枝ちゃん。次の日の朝に飛鳥。二度寝してから前川と多田と安部さんと夏樹さん。戻って昼寝して起きてから志希ちゃんさんと城ヶ崎さん。そんで昨日は新田さんと蘭子ちゃんとアーニャちゃんか。全部で何人だ?
「きゅう……じゅう……10人か?」
「……お前、結構やり手なんだな。あと一人増えたらサッカーチーム出来るじゃん」
「これでも会わないように頑張ったんだぞ」
「主人公補正って怖いな」
「被害者補正って言え」
元々誰一人として会うつもりもなかったところを10人も会ってしまったんだぞ。
出会いには感謝、なんて言葉もあるが出会いが多すぎたら多すぎたでそれはそれで問題がある。例えば俺のメンタルが死ぬとか凛がなんか怖くなるとか。色々ある。
「じゃあさ、もう一人増やしてサッカーチーム作れるようにしね?」
「人の出会いをチームつくりみたいな感覚でやるのやめてくんね」
「いいじゃん。面白そうだし」
「アホか」
やめろ、いちいちサッカーチームで例えるな。その感覚で来られると舞〇イレブンを思い出すんだよ。
ちなみに意味が分からない人のために説明すると、舞〇イレブンっていうのは舞〇っていうおっさんの付き合ってきた女性の人数が11人で『サッカーチーム作れるやん!』の発言から生まれた言葉である。
人の元カノでサッカーチーム作れるななんて言葉を人生で目にする言葉あるなんて夢にも思わなかった。
「お前も聞いたことくらいはあるだろ。俺らの同級生にアイドルがいるってさ」
「あー……聞いたことあるような。無いような」
「興味ないのかよ」
「あんまアイドルとか興味ないんだよね」
「なんでお前アイドル部門入ったの?」
「お前がそれを俺に聞ける勇気だけは評価してやる」
こいつほんとにすげぇな。今西の言った言葉を全部『いやいや、お前のせいやからな!』っていうだけで返せるってのが凄い。
「『速水奏』名前くらいは知ってるだろ?」
「……聞いたことあるような。無いような」
「少しぐらい興味持てよ……」
だって気にしてこなかったんだもん。仕方がないじゃない。
そりゃあ同級生に甲子園でめちゃくちゃ活躍した子がいるなら興味は示すし話しかけにはいくよ。ただアイドルでしょ? 女でしょ? そもそも他クラスでしょ? そんなのムリムリムリのカタツムリ。
「ったく、この音楽バカが……」
そういうと今西が鞄の上に置いていた俺のスマホを手に取り俺の指に押し付け、無理やりロックを解除するとYou〇ubeを開き何かを検索しだす。
履歴とか見ても無駄だからな。それのYouTubeの履歴ほとんど野球と音楽とYouTuberばっかりなんだから。
「ほらこれ。聞いてみろ」
「Wi-Fiないんだからやめろよな……来月までもーちょいあるんだし」
「イヤホンつながってんだろ! いいから聞いてみろって」
俺のスマホあんまり通信容量ないんだから勘弁してくれよほんま。
そんなことを言っても今現在使われている通信量は帰ってこない。無駄になるくらいなら聞いてやるとしぶしぶイヤホンを耳に掛ける。そして少し経つと、俺は体を強大な鉄球で殴りつけられたような感覚に襲われた。
エレキベースやドラムのバスではない、もっと太く熱い重低音がイヤホンから漏れ出しそうなほどに暴れてる。クラブで聞こえてきても遜色ないようなサウンドは一気に俺の心を揺さぶり、鷲掴みにする。
それに乗るのは妖艶な歌声。歌声もメロディもすべて飲み込みそうな圧倒的なサウンドに負けず、かつ違和感のない加工の入ったボーカルの歌声は素人の語彙力では到底表現しきれない魅力に溢れていた。
「……何、この曲」
「『Hotel Moonside』……速水奏のソロ曲だよ」
「これが346の作る楽曲……」
正直に言う。舐めてた。完全に舐め腐ってた。アイドルの歌う楽曲なんざ、オタクに媚びが売れれば歌声やサウンドなんかどうでもいい。そんなレベルだと思っていた。
それがどうだろう。今イヤホンから流れている曲はそう言った代物か? 否、全くの別物だ。
プロが作った本気の楽曲。それを歌うアイドル。全てのレベルが段違いに高い。俺の想像していたアイドルソングではない。こんなの完全にEDMだ。それも本格的な。
歌詞だってそうだ。アイドルが歌うような夢掴むだのそんな言葉なんかじゃない。例えるならば女優が歌うようなそんな代物だ。これを俺と同い年の女子高生が完璧に自分のモノにしているなんて正直考えられない。
あっという間の5分半だった。もっと聞いていたい。鬼リピしたい。
そんな俺の心理は、まさに俺が好みの曲を見つけた時に覚える感情そのものだった。
「どうよ、感想はあるか?」
「……めっちゃ良かった」
そもそも俺がEDM系に弱いといえばそれまでなのかもしれない。とはいえ、こんなんでもそれなりに音楽好きだ。何でもかんでもいいなんて言う人種でもない。
「すげぇだろ? 今のアイドルの歌ってこんなところまで来てるんだぜ?」
自慢げに意地悪な笑みを浮かべる今西の顔が何故か、アイドルは甘くないと、そう語っているように感じる。
俺が入った会社ってこんなに凄いところだったのか。今まで全くなかった実感が、初めて音楽という身近な存在を通すことで急に俺にストレートに伝わってくる。
「速水奏だっけか」
「おう」
「名前、覚えとくわ」
「そりゃあ良かった」
今日、新しい音楽への扉を開くことが出来た。それだけでも今日という一日は価値のある一日になったわ。感謝。GG。
とりあえず後でaviciiもっかい聞き返すわ。あとさっきの曲の作曲者の人と、速水奏の名前も一緒にな。
デレアニ(アニメ版デレマス)を見たことがある?
-
1期2期全部見た!
-
どっちかorちょっとだけ見た!
-
見てないわからん!
-
NO MAKEも知ってる!