女子寮生活は難儀です   作:as☆know

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主人公暴走は大体強化イベントフラグ

 その日はあっという間だった。

 

 いつもは退屈で意識を飛ばしてしまう授業も、今日にいたっては何も聞こえなかった。そりゃあそうだろう。授業中は話も聞かずに通信料も気にしないで動画を見続け、紙切れにずっと耳コピのTAB譜を書き込んでいたんだから。

 

 唯一の息抜きの体育も楽しめず、昼飯だって購買にも行かずに何も口にしなかった。

 頭から離れないのはあの曲。そして、そのあとに今西が見せたあるベースを弾いてみたの動画。

 

 あれほど戻るのはだるいと感じていた女子寮の門をくぐることもなんとも思わず、初めて見る女性が居たのも気に留めずに、俺は部屋に入りバッグをベッドに文字通り投げた。

 ノートPCの電源を入れ、立てかけてあったベースを手に取り、制服のシワも気にすることなくそのままベッドに座り込む。

 少しの待ち時間も待てないというように、指を温めるために適当な曲のフレーズを思いつく限り弾いてみる。違うな、やっぱり俺が弾いてみたいのはこの曲じゃない。

 

 

「焦るな……まだ笑うんじゃない……」

 

 

 電源の付いたノートPCとヘッドホンアンプ、それをベースに差し込んで耳にイヤホンをかける。ベースのボリュームを少し原曲より大きめにして、鞄から耳コピをしたTABを取りだす。YouTubeを開き、学校で幾度となく再生した動画をクリック。すると、何度も聞いたサウンドが流れてくる。

 

 ここで終わりではない。ここからやるのは動画でやってたものの()()()()()だ。それが終われば、今度は()()()()()()()()()()()していく。制限時間はない。終わったその時が俺の気が済んだ時。

 これでも俺は音楽に関する知識は浅いが、親の教育の甲斐もありそこそこの相対音感が備わっている。耳コピは得意中の得意だ。動画で手元を見せてくれているのならば尚更楽だ。

 

 まぁ、それでも完璧に弾けるようになるにはそこそこ時間はかかる。難易度で大きく変わってくるが、この楽曲ならとりあえず完璧に弾けるようになるまでにもざっと2日は余裕でかかるだろうか。スラップも多いが繰り返しの部分も多いのでさほど時間はかからないだろう……とは思う。

 

 

「最初は……こうだな」

 

 

 一音一音動画を見て、音を確認しながら少しずつ精度を高めていく。耳コピは地道な作業だ。

 けど塵も積もれば山となる。最後には自分の気に入った曲を弾きこなすことが出来るという見返りを最初から知っていれば、その作業も苦ではなくなる。

 

 さぁここからは地味な単純作業だ。俺の集中が切れるか、指が限界になるか、弦が限界になるか。デスマッチと行こうぜこの野郎!

 

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 

 

 

「それでー? 3日間毎日オールしながら不眠不休でベースを弾き続けてたらこうなってたと?」

「……面目ないです」

「馬鹿だねぇ」

 

 

 倒れました。えぇ、見事に倒れましたよ。月曜のあの日からろくに飯も食わずに3日間オールして学校に通いながら不眠不休でベースを弾いてたら、自室のドアの前でバタリと綺麗にね。

 

 不眠不休は言いすぎたな。休んでたし寝てはいたんだよ。学校で寝てたからいいやと思って家では寝てなかったけど。

 それにろくに飯も食わないことも嘘。ちゃんとコンビニでおにぎり買って食べてた。中身も見ないで買ってたからあんまり好きな味じゃなかったけど。

 

 現在私は周子さんの部屋のベッドで寝たまま、あまりの疲労で動けなくなり寝たきりになっている。本来ならば今すぐベッドを出て土下座して自室に戻りひきこもりたい気分なんだが、マジで体が動かねぇ。疲労って凄い。

 

 

「もー、フレちゃんが見つけなかったらどうなってたことか」

「面目ねぇ……」

「いやー、あまりにも君が綺麗に倒れてたもんだからさ~。フレちゃん本当に湯煙殺人事件が起こったのかと思ってたよ~。ヤ〇チャみたいだったよ?」

「生きてます一応」

 

 

 周子さんがフレちゃんと呼ぶ人物。その人がものの見事に部屋の前でヤ〇チャ化してた俺の第一発見者である宮本フレデリカさん。

 見た目はまさにフランス人形をそのまま擬人化したようなもの。左サイドだけ若干長めの金髪ショートヘアーにぱっちりと開いた真ん丸の大きな瞳。どうやらフランス人とのハーフらしく、その端麗な容姿も納得といえる。

 

 これ全部周子さんに教えてもらった情報ね。フレデリカさん本人曰く『フレちゃんフランス語とか全然喋れないんだけどね~』らしい。それ残念ハーフにありがちな奴やん。

 

 

「一応志希ちゃんからもらった薬を飲ませておいたから元気になると思うんだけどね~」

「ちなみにそれどんな薬なんですか?」

「ん~わかんなーい!」

「えっ」

 

 

 さっきから不思議だったんだけどさ。俺滅茶苦茶意識ははっきりしてるのに身体だけまったく動かないんだよね。

 本当にミリ単位たりとも動かないの。感覚はあるのに全く動かないの。微動だにしないの。意識ははっきりしてるのに不思議だね。それ本当に大丈夫な薬?(白目)

 

 ていうか今更だけど志希ちゃんさんって薬とか作れたの?

 あの人ってそっち系の人なのか。天才系の人なのか。ただの猫キャラで前川と被ってるやんとか思っちゃっててごめんな。ちゃんとアイデンティティあったんやな。前川みたいないじられやすいとかいう残念なアイデンティティじゃなくてよかったな。

 

 

「まー……死ぬことはないと思うから大丈夫だよ。志希ちゃんそういう薬作んないし」

「どういう薬なら作るんですか?」

「えーっと……今までだと惚れ薬とか媚薬とか一時的に性別が変わる薬だとか」

「あっ、もういいです」

 

 

 ねぇそれ絶対に変な薬飲まされたじゃん。意識だけはっきりしてるけど体は動かなくなる薬とかほんとに存在してるの? いや、存在してるからこうなってるんだろうな。何が天才系やねん、ただのマッドサイエンティストやないか。

 

 

「そいで? 何をそこまでして弾きたい曲があったんよ」

「弾きたいっていうか、多分弾けてはいたんですけどね。Hotel Moonsideって曲で……」

「あっ、それ奏ちゃんの曲じゃーん!」

「知り合いなんすか?」

「うん。私たちみんなよく奏ちゃんとは会うよ? 気になってるなら連絡先あげよっか?」

「遠慮しときます」

 

 

 まさかこの人たちに奏さんとのコネクションがあるとは。知り合いの知り合いの曲を弾きまくってた結果ぶっ倒れて介抱されるってそれ恥ずかしすぎんか? まぁ今の俺は恥ずかしくなって穴の中に入りたくなったとしても全く動けないんで何にもできないんですけどね。畜生。

 

 

「ていうか来るんだけどね、奏ちゃん」

「どこにですか?」

「ココ、ココ。周子ちゃんの部屋に」

 

 

 そういうとタイミング良くガチャっと扉が開いて、その人物が姿を現す。

 

 首がギリギリ動くので何とかして首を捻じ曲げてドアの方を見ると、ものの見事に見覚えしかない制服。ただしものすごく着崩してある。見た感じ、第一ボタンどころか第二ボタンも開けてねぇか?

 てか下から見上げる形だと胸が邪魔で顔がよく見えねぇ。この人も例によって胸がでかいんじゃ。その割には滅茶苦茶スタイルいいんじゃ。おっとあんまり見るのはいけねぇ。セクハラになるからな。

 

 

「……あら? 見たことある顔じゃない。周子が言ってた子ってこの子だったの」

「……へ?」

「奏ちゃん、松井くんと接点あったんだ」

「少し、ね」

 

 

 接点なんてないない。何なら今日初めてこの人と実際に会ったんだから。

 

 おもむろに速水が手に下げてたコンビニ袋を机に置いてこちらに寄ってくると、急に俺の顔を上からのぞき込んでくる。

 近いが。滅茶苦茶近いしどうした急に。いや、待て言いたいことはわかる。けど俺も動けないんだ友達のベッドで寝ている事実は許してくれすまん。

 

 初めてちゃんと間近で顔を確認できたけど、例によってとっても美しいお顔をしている。もうなんかほんとにバカのバイキングみたいなレベルの強キャラしかいないのな、ここな。

 

 少し蒼っぽい黒髪ショートヘアにどちらかというと大人しそうといった印象を受ける顔立ち。

 な、はずなのに、なんだか唇が滅茶苦茶色っぽい。特別大きかったりアヒル口だったりしてるわけでもないのに、なんか魔力的なものがある気がする。わからんけど。

 てか近い近い近い近い! こんな近くで女の子の顔を見るなんてない! 滅多にない!

 

 

「やっぱり、かわいい顔してるじゃない」

「ど、どーも」

「ふふっ、そんなに硬くならないでもいいのに」

「いや、硬くなるも何も動かないんですよね。体」

 

 

 いやいや、奏さん。わろてる場合じゃなくてほんとなんですよねこれが。ほんとに比喩抜きで。

 にしてもびっくりした。あんな至近距離で見つめられるなんで思わなかったんだもの。

 

 

「松井くん、意外と女の子に耐性あるんだね~」

「……へ?」

「いやー、奏ちゃんくらいの美人に見つめられて照れない人なんていないのに、って思って」

「シンデレラプロジェクトのPさんでも少し動揺してたもんねー」

「俺もめっちゃ動揺してたんですけどね」

「でも表情に出てなかったわよ? 少し意地悪したくなるくらいには」

 

 

 やめてくださいよ。今意地悪されてもなんも抵抗できないんだから。しかも感覚はあるんだからこしょぐられた日には呼吸困難になって簡単に死ぬまである。

 

 

「てか俺、速水さんと接点会ったっけ……?」

「速水さん、なんて。そんなよそよそしい呼び方しなくてもいいじゃない。タメなんだし、奏って呼んで?」

 

 

 待って、この女の人ヤバイ。全然ペース掴めないんだけど。フレデリカさん並みにペース掴めない。フレデリカさんとは全く別物のペースの崩され方してるんだけど。

 

 

「てか速水さん他クラスだし……」

「奏」

「いや速水s」

「奏」

「はy」

「奏」

「………………かなで」

「ふふっ、最初からそう呼んでくれればいいのに」

 

 

 くそったれ! なんなんだこの女は! 女の子の下の名前呼び捨てとか凛と多田くらいしかしたことないんだぞ! なんでかって? 恥ずかしいしなんか罪悪感あるからに決まってんだろうが!

 

 

「私も光って呼ぶから」

「好きにしてくださいや……」

「じゃあそうさせてもらうわ」

 

 

 最初は小悪魔系美少女なんて思ってたけど、これ小悪魔どころちゃう。悪魔や。女王や。

 なんだかこの女の子があの曲を完璧に歌えていたのが今ならわかる気がする。ほんとにこの子俺と同級生か? 年齢詐称とかしてない? 大丈夫? 留年してない?

 

 

「てか、なんでここに奏がいるんよ」

「あたしが呼んだから!」

「なんで呼んだんすか……」

「なんで倒れたのかよくわからんけど、なんとなくポカリとかご飯とか色々買ってきて貰ったんよ」

「いやほんとにすいませんでした。ご足労おかけしました」

「今度晩御飯おごってな~」

「それにフレちゃんがりんごで浜〇雅功の顔掘ってあげたから食べな~」

 

 

 いやなにそのりんご。しかも滅茶苦茶そっくりにできてるし。なにその美術センス。すごっ。なんでそこだけそんなに凄いの。滅茶苦茶笑ってるやんそのハマちゃん。完全にナハハ!って聞こえてくるじゃん。

 

 10分後、俺の体は瞬く間に元気になり。その場で無事復活した。

 フレデリカさんが俺に飲ませた薬は一種の栄養剤みたいなものだったらしく。体を強制的に動かなくさせることで無理やり休ませてその間に栄養補給させて100%の力になったときに戻るようになるとかいう医学的に見たら穴しかないような理論でできた薬だったらしい。その薬多分流通させたらめちゃくちゃ売れると思うわ。

デレアニ(アニメ版デレマス)を見たことがある?

  • 1期2期全部見た!
  • どっちかorちょっとだけ見た!
  • 見てないわからん!
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