女子寮生活は難儀です   作:as☆know

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眠れない夜には少し大人の子守唄が似合う

 長い、長い戦いだった。

 

 見えない敵を相手に必死でもがき、苦しみ、雑念を消して立ち向かうも歯が立たない。

 いつになっても俺一生この敵には勝てないのだろう。

 

 

「……あー、クソ。寝れん」

 

 

 ほんと、人間悪循環のループに入ると抜け出せなくなるよね。

 

 寝たくなる→それを意識する→余計寝れなくなるっていうのは、ある程度経験したことがある人も多いであろう。

 俺はそれがよくある。不眠症とかそういう類ではないが、何だかそういう沼にハマって寝れないときがなぜかあるものだ。

 いやマジで困るよね。寝たいし眠いっていう感覚はあるのに寝れないんだもん。現代のお手軽生き地獄。

 

 

「ふぁ……ぁう……ねみ……」

 

 

 そういう時は掛布団を反行儀キックコースで綺麗に蹴っ飛ばし、外に出るに限る。

 

 この前、初めて飛鳥に会った時も似たような感じで外に出てたけど、俺って睡眠系に関することが苦手というかなんというか。そんな感じだったりする。正直のび太くんがクソ羨ましい。

 

 朝、早く目が覚めて寝れなくなっちまった時と同じで、閉鎖的な空間からいっそのこと一度外に出て空気に触れ、スッキリしてからベッドに入ると馬鹿みたいに寝れるものだ。

 これを開発してから俺は滅茶苦茶日々が楽になった。寝る時間は遅くなるけど。

 

 

「さっむ」

 

 

 あの時と同じようにジャケットを羽織り、スマホをポケットに突っ込んで、イヤホンを耳に刺して、あまり音をたてないように部屋のドアを開ける。

 

 時刻は丑の刻に差し掛かったところだろうか。明日は平日ということもあり、廊下では物音一つ聞こえない。

 もちろん電気は消えており非常用出口を示すと消火器の居場所を照らすライトしか灯っていないのもあって、軽いホラーだ。

 外気温はかなり低く、さっきまで布団にくるまってた俺にとっては余計に厳しいものになっている。

 

 

「三日月……?」

 

 

 ……ではないかな。空には薄い雲が3割、夜空が7割。そして、三日月と呼ぶにはちょっと体重がオーバーしたフォルムになってる月。

 なんて言うんだろうな、あの形。小学生の頃、理科室に貼ってあった月の名前が全部あるポスターで覚えたはずなんだが、どうにも出てこない。

 懐かしいな、あのポスター。理科室ってなんかよくわからんポスター貼りがち説あるわ。ちゃんと理科に関係していることではあるんだけど。

 

 

『淡い月に見惚れてしまうから 暗い足元も見えずに』

 

 

 それにしても夜の街っていうのも美しい。車も普段より少ないし、通行人なんてほぼほぼ皆無だ。

 早朝もそうだが、静寂がほとんどという町並みは、昼間の光景と真反対ということもあって何だかとっても中二病的な雰囲気になれる。

 

 

『転んだことに気が付けないまま 遠い夜の星が滲む』

 

 

 テンポもビビるほどゆっくり、それどころか一定のリズムすら刻んではいない。

 鼻歌のような、それでいて近所迷惑にはならないレベルで気持ちよくなれる。そんな声量で。

 勿論、周りに人がいないことを確認してな。

 

 

『したいことが見つけられないから 急いだ振り 俯くまま』

 

 

 歌と趣に背中を押されるがまま、あの朝と同じように、中庭へと足を進める。

 

 ほんの少しだけ、アコギを背負ってくればよかったなと一瞬頭によぎるが、こういうのは中途半端なところでとどめておく方がいいんだ。なにがいいかは知らないけどね。そもそもこれ寝れないから外に出てるだけだし。

 

 

『転んだ後に笑われてるのも 気付かない振りをするのだ』

 

 

 中庭にはもちろん人がいない。

 そりゃそうだ。こんなド深夜にいるはずがない。むしろ誰かいたら大問題だ。いや、問題ではないかもしれんが。

 

 一度、大きく両手を広げて深呼吸をする。なんとなく、胸の中にあったようなモヤモヤが外の空気と入れ替わるような気がする。

 実際はどうかは分からんけど、そもそも寝れないって理由がメンタル面の問題なんだから、そこんところは気にしたら負け。

 

 深夜に灯る電柱。無人の中を飾る花たち。清らかな水音を流す噴水。

 

 うーん、エモい。完璧なる、エモの塊。

 あとはここに女神みたいな見た目をした美少女とかいれば完璧。白髪で透き通るような蒼い目をしていれば完璧だろうか。いや、まぁそんな上手い話しあるわk

 

 

「Мм……続きは、歌わないんですか?」

「」

 

 

 あったわ。いたわ。女神みたいな見た目をした美少女。しかも白髪で透き通るような蒼い目をしている。役満すぎる。高め入った(?)

 

 

「えと、アーニャちゃん? なんでここに?」

「光が外に行くのが、見えたから、付いてきました!」

「あ、そういう」

 

 

 アーニャちゃん夜更かしするんだ。いやちゃう、そこちゃう。

 

 ド深夜に外に出歩くような意味の分からん男性にちょこちょこ付いてきちゃ危ないからダメでしょ!

 ……なんて本当はキッチリ言いたいところなんだが、何が悪いのかを全く理解していないようなまっさらな笑顔を見たら怒れるわけもなく。

 

 

「アーニャちゃん、割と夜更かしするんだね……」

「Не могу спать ……アー、寝れないとき、結構多いです」

「わかるわかる。結構、寝れないときってあるよな」

 

 

 明日学校とか大丈夫なん? ……って聞こうとしたけど、それは中学生でも高校生でも同じか。

 寝ないと死ぬってわけじゃないし、明日辛くなるのはお互い様だろう。そんな聞くことでもない。

 

 

「光も、寝れないこと、多いですか?」

「そりゃあるよ。今日だって、それだからこんな時間にここにいるわけだし」

「アーニャと、同じです」

 

 

 可愛いなぁ。そんなふにゃっとした笑顔もできるのか。

 若干眠くて頭がふわふわしているということもあって、思わず反射的に頭に手が伸びていきそうになった。あぶねぇあぶねぇ。

 

 女の子の頭をよしよししても許されるのは菅〇将暉だけってどっかで見たことがあるからな。なんだよそれ、俺だってされてみてぇわ。菅〇将暉によしよし。

 

 

「アーニャも、寝れないときは外に出るの?」

「отличаться……アーニャは、空を見ます」

「空?」

「なんだか、落ち着きます」

「……そっか」

 

 

 確か、アーニャちゃんはロシアとのハーフと言っていたっけ。

 ちょくちょく出る外国語はおそらくロシア語だ。日本語を流暢に離せないところを聞くと、元々ロシアにいたところからこちらに越してきたのだろうか。

 それでいて寮住まい。15歳。並のメンタルでは正直耐えられるものではないだろう。少なくとも俺なら普通に病む。

 

 東京の空も、ロシアの空につながってるかもしれねぇもんな。オーロラも出ないし、星なんかほとんど見えない寂しい夜空だけど。

 ここにいるってことは、アーニャも望んでアイドルにはなったんだろうが、それでも中学生が親元を離れて異国の地にいるんだ。眠れない夜があっても何らおかしくはないだろう。

 なんか普通に謎に寝れないだけの自分が悲しくなってきた。

 

 

「Чем это」

「ん?」

「アーニャ、さっきの続き、聞きたいです」

「……あー」

 

 さっきの続き……あー、あれか。夜明けと蛍のことか。そういえば聞かれてたんだな。恥ずかしい。

 

 あれってこういう夜更けの曲じゃなくて、題名の通り情景的には夜明けが近いんだけどね。たまたま歌ってたけど。

 でもあのメロディーというか、テンポというか。深夜に聞くとすげぇ心地いい曲だよな。半分鼻歌だからテンポも何もボロボロだったけど。

 

 

「とっても、落ち着く歌でした。アーニャ、あの歌が好きです」

「……じゃ、ギターがなくて悪いけど」

 

 

 なにか叩けるものないかな。出来るだけ変な音がいないような……ベンチでええか。叩いた感じ音も悪くない。

 

 少し冷たいベンチに腰掛け、股を開いてその間に両手を添える。

 アーニャがなぜか不思議そうな顔をしてたので、首をかしげてベンチの隣を指さしてジェスチャーすると、素直に隣に座ってきた。

 超絶かわいい。違う、女の子を立たせて自分だけ座るとか最低だからね。仕方ないね。

 

 

「Название песни ……歌の名前、知りたいです」

「『夜明けと蛍』……蛍ってロシアにもいたの?」

「直接見たことは、ありません。けど、ロシアにはホタルは、います」

 

 

 蛍って日本にしかいないイメージが謎にあったけど、ロシアにも蛍っているんだな。ロシアの蛍も、闇夜で淡く光る道しるべになるのかな。

 って中二病かよ。夜だからだな、こんな言葉が簡単に浮かぶのは。

 

 カホンって知ってるか? 四角い箱みたいな楽器で、股の間とかにはさんで太鼓みたいに叩いて音を出し、リズムを刻む楽器だ。

 中学校の音楽室にカホンが置いてあったって話は置いておいて、あの楽器はとっても良い。歌いながらリズムを刻むことが出来るんだが、それがとてもいい。

 

 歌を歌うときの道しるべになるから、とっても歌いやすいしノリやすい。そんなわけで、このベンチに座ったってわけだ。

 そんなわけでまた下に広がる木製の面を普段よりゆっくりと、あとからでもスッと立てるようなリズムを刻んでいく。

 

 

『淡い月に見惚れてしまうから 暗い足元も見えずに』

 

 

 不細工な月夜と一色の電灯が、ぼんやりと広間を照らす。

 

 あぁ、良い夢だ。現実かもしれないけど、夢のような気分だ。

 なんだか今日は良い夢を見られそうだな。

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