「今日の授業はここまでにする。もう一度言っとくが、渡したプリントは来週の頭の授業に出せるようにな」
授業で出された宿題ほど、この世で怠いものはない。俺はそういう持論を持っている。
家に帰れば勉強をやる気力もなくなるし、そもそも家は勉強をする場合じゃないだろ。あそこは休む場所だ、憩いの場所だ。
今はそこが寮に置き換わってるけどね。違う意味で緊張が取れない。
「あー、宿題だりぃなぁ」
「アホか。宿題なんか家でやるもんじゃねぇよ」
「どこでやんだよ」
「授業中」
「お前ヤバ」
それが一番賢いだろ。なんかよくわからないプリントを配られたら、その時間のうちに終わらせる。もう授業なんか二の次にして、プリントだけを絶対に終わらせる。
終わらなかったら、最悪休み時間の間に終わらせる。宿題は家に持ち込んだらその時点で終わりだと俺は思ってるからな。
「そんなわけで俺はもう終わらせてるからな。次、移動教室だろ。片付けたら行こうぜ」
「えー、見せてくれよ松井ぃ」
「キッモ、自分でやりな」
「直属の上司の孫だぞー」
「絶対にその肩書で圧をかける気もない癖に変なこと言うな」
俺と会ってから今まで一回もそういう圧かけたことない癖に。
お前そもそも権力とか力とかあっても、それを人に振りかざすようなタイプではないだろ。自分のおじいちゃんが346プロのお偉いさんなの誰にも言わずにのんびりギターしてたの、俺知ってんだからな。
「まぁそれはどうでもいいけどさ。次、移動教室だろ」
「なんだっけか」
「音楽」
「遠いー」
音楽室は俺たちのいる校舎とは別の棟の4階にある。
一旦一階に降りてから音楽室のある棟に移動して4階まで行くのが正規ルートだが、どう考えても面倒くさい。よって、普段はいったん4階に上がってから渡り廊下を通って移動することにしてる。
今までは教室が4階にあったからそのまま横に移動すればよかったんだけど、教室が3階になった今、そのルートで行くには一年のいる4階を経由しなければいけない。
やっぱりめんどい。でもこっちの方が早いんだよな。
「先に行こうぜ。遠いし、遅刻したら面倒だぞ」
「一理ある。行くか」
音楽の担当をしているおばちゃんは、端的に言えばネチネチした面倒くさいタイプなのだ。遅れたからと直接ドヤされることはあまりないが、嫌味ったらしくグチグチネチネチと色々小言を言われる。
俺と今西は直接的な知識ではないながら音楽に関した趣味をしている為、教科自体が特別苦手ということはないんだけど、とにかく教師が苦手だ。
なんなら、高校に入ってからギターを使う機会がガッツリ増えたので、ギターが専門職の今西とそこそこ触れる俺は英雄みたいな扱いをされる。
結果で黙らせることが出来ない教科だったら授業放棄していたまであるな、これ。
「……あれ、俺教科書忘れたかもしれん」
「バカがよ。先行ってるぞ」
滅茶苦茶嫌そうな顔をしながらロッカーを漁る今西を尻目に、見せつけるように教科書でパタパタと仰ぎながら廊下に出る。ありゃ、間違って持ち帰ったかロッカーの奥底に眠ってるかだな。整理整頓しないツケだわ。
「あれ、センパイ?」
「おっ、加蓮」
「一昨日ぶりですね」
後ろから声をかけてきたのは可愛い可愛い後輩こと、先日城聖高校に入学したばかりの新一年生北条加蓮さん。
その姿は城聖の制服ではなく、高校指定のジャージ姿。紺色ベースのThe 高校のジャージと言った風貌だ。若干長めの丈が一年生感をうかがわせる。
「ジャージ姿似合ってます?」
「サイズ合ってんのそれ」
「ちょっと大きめに買ったの。ほら、オーバーサイズってなんかいいじゃないですか」
「なんか可愛い」
「なんですかー? それ、告白ですか? 凛にバレたら殺されますよ?」
「違わい」
ニッコリニコニコと随分上機嫌なご様子で。
いやー、未だにジャージ姿とか見てるだけでぶっ倒れないかどうか心配になるんだけど、多分大丈夫だろう。凛もいるし大丈夫……大丈夫だよね? 本当に大丈夫だよね?
「で、その凛は?」
「それ聞いちゃう? デリカシーがないなぁ」
「トイレか」
「わかっててもド直球に言ったらダメですよ?」
仕方ないじゃん。これでお花畑かって言っても、頭おかしいんかって取られかねないし。流石に俺も、ちょっとこの発言はアウト寄りのアウトかなぁって思ったけどさ。もう今更いいじゃん。長い付き合いなんだしいいじゃん別に。
「一年も会ってなければ何か変わってるかなって思ってましたけど、センパイはセンパイですね」
「褒めてる?」
「さぁ」
「なにそれ」
「なんでしょうね?」
なんなんだその濁し方は。俺が困る。
そもそも今まで10年と少し生きてきた人間が、たった一年間で劇的に変わるなんて言う話がおかしいんだ。
きっかけとかあればおかしい話ではないかもしれないけど、あいにくながらこの一年間、特に変わったことは何もなかったしな。
強いて言うなら、今年に入ってから346プロに入っていきなり寮生活が始まったくらいだ。黄金生活みたいだな。ぱっと見だけは。
残念ながら俺は無人島生活もしないし、一ヵ月一万円生活だってしないし、全メニュー制覇するまで家に帰れないわけでもないし、うなぎパイを一週間食い続ける訳でもないんだが。
「で、恰好以外になんか無いんですか?」
「コロネ以外の髪型一年ぶりに見た」
「それもそうだけど!」
「良いじゃん。スポーツモード似合ってる、ポニテはいいぞ」
「別にスポーツモードって訳じゃないですけど」
「無理して動くなよ。次、俺音楽だから。何かあっても抱っこして保健室まで運べないからな」
「その話はやめて」
あっ、怖くなった。でもカレンチャン、体が弱いのはマジだからなぁ。体力もそんなにないけど。
話を聞くに、幼少期は一時期入院とかしていたらしい。病名とかは知らないけど。わざわざ細かいことは聞いても本人が思い出したくないかもだしね。
加蓮と本格的に知り合うようになった中学時代でも、ちょくちょく学校は休んだり早退していたので、未だに体は弱い。
その癖して普通に無茶するので、見ている側としては心配で心配で仕方がない限りです。もうこれ半分お父ちゃんの気分だわ。
「もー、アタシだって一年経って色々成長したんですよ。成長期なんだから」
「ほんまか?」
「雰囲気だってちょっとは大人っぽくなったでしょ?」
「確かに」
それは本当に言う通り。一年見ない間に、加蓮は一気に大人っぽくなっていた。なんというか、子供らしさが薄くなったというか、雰囲気がかなり落ち着いてきたというか。
「スタイルだって良くなったんですからね」
「触れにくい」
「大きくなりましたよ?」
「身長はそんなに変わってないと思うけどね」
「この前測ったらEになってた」
「ダメだよ加蓮ちゃん? 年頃の男の子にそういうことしたら」
「センパイ以外には絶対にやらないから安心しなって」
そういう問題じゃないと思うんだ。しかもEって俺の好みドストライクだな。いや待て違う。ダメだぞぉ♡ 可愛い可愛い後輩ちゃんをそういういけない目で見たらダメだぞぉ♡
こういうのって一回意識したらもう駄目なんだよね。もう蟻地獄よ。もはや視力検査(?)
万胸引力の法則って知ってるかい? 主に男性が陥りやすい傾向のある国家指定の非常に厄介な現象なんだけどね。なんらかがきっかけで意識するようになると、急に女性の胸部に目が行きやすくなる謎の傾向があるんだ。厄介だね。
「センパイなら良いんですよ~? いいじゃないですか、当の本人が良いって言ってるんだから。甘えちゃいましょうよ!」
「ここ廊下だからね? 僕移動しなきゃ」
「今逃げたら叫びますよ?」
「痴漢したみたいな言い草やめない?」
本人は冗談で言ってるんだろうけどダメだからね? ちゃんと僕と加蓮には中学二年間の信頼関係の上で成り立ってる訳であって、他の人は真似したらダメだからね?
にしても困った。本人が良いと言ってるからダイブが許されるのは漫画の世界であって、ここは現実世界である。そもそも先輩としての面子が保たれない。
誰か助けて。僕もう逃げられない。
「何してんの」
「あ、凛」
「手洗った?」
「ぶっ飛ばすよ」
来た、知ってる人だ。そりゃあそうか。
こっちのジャージ姿はなんか見慣れてるな。ライブ前はこの姿で夜の公園に繰り出して、ひたすら課題にしていた部分を繰り返し練習していたもんな。いつものジャージとは違う学校指定のジャージだけど。
「いやー、グラウンド行こうとしたら偶々センパイと会っちゃって」
「グラウンドに最短距離で行くならこの廊下は通らないはずなんだけど」
「あれ、そうだっけ」
「普通に一階まで降りるんだからここを通る必要性は別にないでしょ」
それはそう、絶対にそう。別にここを通ったら特別遠くなるとか、そういうことになるほどの場所ではないんだけど、わざわざここを通るなんて二年の教員がいる部屋に用事があった場合のパターンでしかなさそう。
なんならそれを裏付ける証拠として、加蓮以外にここを通ってる体操服姿の一年生をこの廊下で見てない。偶々かもしれんけど。
「何の話をしてたの」
「変な話はしてない」
「私が大きくなったって話をしてた」
「加蓮ちゃん? なんでそういうこと言っちゃうのかな?」
「『大きくなった』って単語だけで、どうしてそこまで動揺してるんだろうね?」
「…………加蓮謀ったわね」
「光が勝手に引っかかったんでしょ」
謀ったな! 謀っただろ! 謀ったということにしておいてくれ!(願望)
加蓮は心の底から楽しそうかつ他人事ですと言わんばかりのにんまり笑顔だし、凛はさっきから何一つ笑っていない。本当に笑ってない。口角が下がり切っている。
「いいじゃんいいじゃん。センパイだって男の子だし、好みなんてわかれるもんだよ」
「まるで女神みたいなこと言うじゃん」
「だとしても光が大きいもの好きって言うのは肯定できないけどね」
「こっちに魔王もいるじゃん」
そんなに怒らなくてもいいじゃない。何とは言わんけど大きさが全てじゃないよ。ほら、凛にはもっといい所があるじゃない……なんだろうな、料理も出来るし嫁力も高そうだし、後なんか凄い愛してくれそうだよね。知らんけど。
「前々から聞きたかったんだけど、どうしてそういう好みになったのかな? 私が育て方間違えた?」
「俺はお前に育てられてないし、お前よりも年上なんだが」
「好みなんて人によるでしょー。アタシは大きいの好きでも悪くないと思うよ!」
「加蓮は基準超えてるから言えるんでしょ」
「人の好みの事基準って呼ぶのやめな?」
結局このゴタゴタは休み時間中ギリギリまで続いた。おかげで音楽の時間にはしっかりと遅刻をしたし、一部始終を見ていたクラスメイトからは、男女関わらずなんかすごい目で見られるようになった。
なんでだよぉ、俺は被害者じゃんか。俺はただただ好きなサイズを公表されて、二年生なのに一年生の女子二人から延々と詰められてた被害者じゃんか。
やだ……俺の立場弱すぎ……?
読者層気になるので知りたいアンケ
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