女子寮生活は難儀です   作:as☆know

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東大の研究によると5月の8割ぐらいは夏

 本日は快晴。5月も中旬に差し掛かり段々と気温も上がってきた。学年が上がって初めのひと月は慣れるために割と緩い授業が多いが、そこらへんが段々締まってくるのがこの時期だ。

 

 わかりやすいのが体育だろう。体育では学年上がってしばらくすると恒例の体力測定が待っている。

 項目はまさに様々。基本の50m走に始まり、室内で行う反復横跳びや握力、長座体前屈に腹筋に立ち幅跳び。外でやる種目としてソフトボール投げなどがある。

 と、言うことだが、ここまでの競技はすべて前座だ。マジでどうでもいい。きつくもなんともない。

 

 

「暑いわ。雨降ってた方が涼しくていいのに」

「泥ん中走る方が体力持ってかれるだろ。靴汚れるし」

「確かに」

 

 

 問題はみんな大嫌い。そうだ、持久走だ。

 男子は1500m、女子は1000mを走り、それを走り切るまでのタイムを測定するという、いわゆる長距離走に分類される競技だ。

 でも陸上部からしたら1500mは長距離でもなんでもないらしい。化け物かよあいつら。5000m走るとか人間の所業じゃない。

 

 学校によってはシャトルランになったり、シャトルランも持久走も両方やるとかいう鬼畜の所業みたいなもんを制定している学校もあるみたいだが、わが城聖高校では持久走のみの採用となっている。

 毎年春先のこの時期、体育で唯一進んでやりたくない競技と言っても過言ではないだろう。腹筋とかも普段あまり使わない筋肉を使うから、筋肉痛になりやすくてあんまり好きじゃないんだけどね。

 

 

「お前長袖って正気か?」

「寒くね?」

「全然。汗かくし、布面積広いってキショイ」

「それはお前が変態なだけだろ」

 

 

 変態ではねーよ。今西から見た俺ってどうなってんだ。俺は単に服を着るのがそんなに好きじゃないだけだよ。服を着るなら長袖でも半そででもどっちでも変わんないところはあるけど。

 

 うちの学校では、持久走は1時間で2つのクラスがやる決まりというか、そういう時間割になってるらしい。簡単に言ってしまえば、ある日の3時間目は1年の3組と2年の1組が同じグラウンドで走る、違う日は2年の4組と3年の3組が同じグラウンドで走るみたいなね。

 

 これ意味わからんよな。俺は別に持久走で死にかけたりはしないから良いけど、普段動かない人や体のでかいやつにとっては持久走ってマジで死刑宣告だからな。なんで他クラスのしかも違う学年に見られなきゃなんないのか。

 まぁ生徒が多いから仕方ないんだろうけど。体育館とかも半分にやって同じ時間で1つの体育館を2クラスが使うとか日常茶飯事だし。

 

 

「おい、光。あれ、後輩ちゃんじゃねぇか?」

「俺らから見たら全員後輩だろ……あぁ、加蓮だ」

 

 

 遠くからでもわかる。あの髪色マジで目立つな。あっちはまだ気が付いてなさそうだな。まぁ、こっちはもうかなり人が集まってるし見えないわな。気が付かなくてもいいけど。

 ……ん? 待てよ。ここに加蓮がいるってことは、あいつも今日持久走なのか。うわぁ、すげえ心配。あいつ体力無いからな。大丈夫かよ。

 

 

「お願いしまーす!」

「全員いるな。よし、始めるぞ。今日は前々から言ってたみたいに持久走だ。番号順で前半と後半に分けて走ってもらうから、どっちが先か後か代表者がじゃんけんで決めとけ。あと、運動部とかの速い奴は先走っとけ。巻けるからな、そこらへんは変えていいから。男子は外側7週半で1500、女子は内側のコートを基準に10周で1000だから。それから────」

 

 

 

 

 


 

 

 

 

「ヤバイ。マジで走りたくない」

「諦めろ。もうスタートだぞ」

 

 

 前半組が走り終え、現在大体授業が始まってから10分ほどだろうか。前半は運動部所属のゴリラどもが速攻で走り終えたおかげですぐに出番が回ってきた。流石に女性陣はそこまで速く走れないから10分くらい空いたけども。

 

 なんなんだあいつら。一番早い奴とか4分半切ってなかったか? もはや人間じゃないだろ。目の前で走ってたけど、とても1500m走るとは思えないペースで走ってたぞ。しかも走った後もケロっとしてるし。本当に同じ人間か?

 運動部本当にやばいな。遅くても5分半くらいだもんな。本当におかしい。

 普段から走り込みが地獄だとか野球部やサッカー部から散々聞かされてはいるが、ありゃマジだな。じゃなきゃあんな走れねーわ。何よりも運動部全員、走り終わった後にケロっとしてるのが異常性を感じさせる。怖いわ、もはや。

 

 

「どうする? 何分で行く?」

「6分」

「おけ、ついてこなかったら普通に置いてくからな」

「流石に大丈夫だわ……多分」

 

 

 本当にお前大丈夫か? そこまで運動苦手なイメージないんだけど。去年もなんだかんだ一緒に走れてただろ。普通にランニングする感覚なら俺らなら大丈夫だよ。

 一つ懸念点があるとすれば、気温が上がってきたことくらいだろうか。明らかに4時間目の始まりよりも暑い。めちゃくちゃ暑いというわけではないが、体力は持ってかれるだろうなぁ。

 

 

「準備いいか?」

「大丈夫っす」

「よし、そっちも大丈夫ですかね。じゃあ行くぞ、スタート」

 

 

 体育担当のちょっとコワモテな教師こと、大前田先生の手を叩く合図で軽く地面を蹴る。Pさんと合ってから並大抵のコワモテでは怖いと感じなくなったんだよな。ってか、6分ペースってどんなもんだっけな。

 

 腕を軽く脱力しながら胸の横あたりで前後させて、なるべく体力を消耗しないように走る。時々今西の体力がどんなもんかを口頭で確認しながら黙々と走っていく。

 

 後半組は運動が苦手な人が集まっていることもあり、俺達は先頭集団の1つ後ろの集団を半ばペースメーカーのような形にして少し距離を開けながらついていく。

 このグラウンドは一周200m。大体一周50秒切るくらいのペースで走れば6分ちょいで完走できる計算だ、多分。今計算したから実際はわからん。

 先頭集団は物凄い勢いで走ってるので、恐らく1年の運動部だろう。はっや。あんなんで1500m持つのかよ。

 

 

「4分51、52、53……」

 

「よし……ラス1な。俺、ペース上げるわ……!」

「了解、俺も行く」

 

 

 持久走って終盤に近付くとやけに活力が増すよな。最後の一周だけ爆速で終われるわ。全力疾走とまではいけないけど、明らかにギアを一つ上げられる。んで、大体後で後悔するんだよな。

 そういうわけで、ラスト一周の境目が見えてきたあたりで今西と一緒に一つペースを上げる。前の先頭集団にも同じような考えを持つ人がいたらしく、2人ほどが俺らと一緒に集団を抜けていった。

 

 ラストに入って最初のコーナーを曲がったところで、ふと内側のコートを走ってる女子たちが目に入る。

 女の子走りで大体の子がゆっくりと走る中、一人の様子がおかしい。頭だけではなく、体自体が左右にフラフラと揺れている。というか、あの状態を俺は何回か見たことある。

 

 

「わり、今西。俺ちょっと抜けるわ」

「え、お前まだ終わってないだろ!」

 

 

 外側のコートから一気にショートカットして、フラフラと揺れる女の子の元に一直線で走る。多分あれ、もう5秒くらいしか持たんだろ。間に合うかな。倒れて怪我でもされたら俺は困らんけど、多分本人が困る。

 

 

「……ぁ……ひかぅ……」

「……っはぁ、おっけ、救助。喋んなくていいから。あぁ、ごめんね一年の子。びっくりさせて……はぁ……この子限界だから運んでくるわ」

 

 

 予想通り。俺が真後ろに着いてから右に大きく傾いてそのまま地面に倒れ込みそうになったところを。ギリギリ左腕を掴んで倒れるのを阻止。一瞬腕が抜けないかどうか心配になった。そこまで脆くは無いけど。

 

 対象の女性は北条加蓮。足で踏ん張る力がわずかしか残っていないっぽく、外に逸れようにも外側は男子が走ってるので、誰もいないコートのど真ん中に肩を担いでいく。

 どれだけ丈夫になったって言っても、やっぱ持久走は厳しいわな。その日のコンディションもあるだろうし。

 

 

「意識あるか?」

「……うん、大丈夫」

「馬鹿言え。お前立てないだろ。抱っこしてくけど、文句言うなよ…………よっと」

 

 

 片膝を立てて、加蓮をそのまま俺の体を背もたれにするような形にして一旦安定させる。地面にそのまま寝かせるわけにはいかんしな。

 そんでもってそのまま背中から加蓮のわきの下あたりと膝裏に腕を通して、そのまま持ち上げる。こいつ本当にちゃんとご飯食べてるんだろうな。胸があるとおのずと体重も増えるはずなんだが、それにしては軽い。日陰のある校舎の玄関側の方に避難する。

 

 

「ちょっと松井! その子大丈夫!?」

「大丈夫だけど大丈夫じゃない。ぜぇ……先生、こいつこのまま保健室運んで行っていいですよね?」

「あぁ……大丈夫だ。ちょっと待ってろ、すぐに飯田先生にもついてもらえるようにする」

「わかりました」

 

 

 玄関側まで小走りして加蓮を運んでいくと、その様子を察してクラスメイトの山野と担当の体育教師が寄ってきてくれる。

 山野は普段あまり交流は無いが、俗にいう陽キャで一人でも行動できる系の女子高生って言う感じだ。内情は知らんが、俺の知る限り性格はとてもいい。まとも。

 

 

「俺だけだとあれだから山野もついて行ってくれるか? 女子がいた方が加蓮も安心だろ。女の子だしな」

「私は大丈夫……って言うか、松井って案外大胆というか、その子知り合い?」

「後輩だよ。昔からのな」

 

 

 中学でもなんか似たようなことがあった気がする。あんときはちょっと状況とかも違った気がするけど、急に目の前でフラッと行ったからびっくりしたわ。あんときは炎天下だったからなー。

 今日は熱中症になるには少し温度も低いけど、加蓮の場合は体力も低いし、単にバテたか若干の脱水みたいな感じだろう。多分、ポカリ飲ませてれば大丈夫だ。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

「んで、お前いつ走るんだ?」

「知らねーよ。出来るだけ早めにしてもらうわ」

 

 

 知らんかった。持久走を途中で抜け出したり、学校を休んで走れなかったりした場合は後日授業後に個別で走らされるということを。

 俺がそれを知らされたのは、ベッドに加蓮をinさせて保健室の先生に引き渡して、グラウンドに帰る途中の事だった。加蓮のクラスを担当する女性の体育担当の教師……確か飯田先生っていってた気がする。その人から聞かされた。

 

 

「知らんかった。マジで知らんかったわ。もっかい走らなあかんって」

「始める前に大前田先生言ってただろ」

「話聞いてなかった」

「お前が悪いじゃん」

 

 

 いやまぁ話を聞いてたとしても、あの場面俺は迷わず加蓮の方に走っただろうけどなぁ。あんな綺麗な肌や顔に傷なんてつけたくないし。

 それにしても、殆ど完走しかけてたからちゃーんと疲れたんだよな。

 

 

「あの……センパ……松井先輩いますか?」

「あーっ! 大丈夫だった!?」

「あっ、はい。ご心配をおかけしました」

「松井だよね。松井ーっ!」

「呼ばれんでも行くわい!」

 

 

 後ろから聞こえる山野のどでかい声のした方を振り向くと、そこには復活したであろう加蓮がなんか申し訳なさそうな表情をして来ていた。

 山野は元気というか、圧倒的に陽キャだからな。美嘉さんとはちょっと別ベクトルの陽キャ。圧倒的に良い奴。勢いが凄いけど。

 

 

「あ、えーっと、その、ありがとね」

「いいよ。でぇじょうぶだ」

「じゃ、私はお邪魔虫だからどっか行ってるね! じゃ!」

「……凄い元気だね」

「俺もあんまり関わりなかったんだけど、あんなキャラ濃いとは知らんかった」

 

 

 いや、いい奴なんだよ? いい奴なんだけどね? 普段から女子の割には声がでかくて男らしい一面があるなーとどうでもよく思ってたけど、ちゃんと関わるとちゃんとそうなんだな。ボーイッシュというか、男勝りだわ。

 加蓮も普段は凛と奈緒って言う元気度で言えば4くらいの面子と一緒だし、むしろ引っ張る側だからな。あんな暴走機関車とはわけが違う。俺、全然知らない人に散々な良いようだな。仲良くなれるかもしれん。

 

 

「体調はどうよ」

「うん、もう大丈夫。完全復活」

「ならばよし」

 

 

 ふんすという感じで力満点のポーズをしてるけど、腕が細いから全く説得力がない。それはともかくとして、もう大丈夫ではあるんだろう。じゃなきゃここにいないだろうしね。

 

 

「去年大丈夫だったから、今年も大丈夫だと思ったんだけどなー」

「去年は知らんけど、今年は凛と一緒じゃないからな」

「それはあるかも」

 

 

 凛と加蓮は中学三年間全くクラスが一緒だったので、中学の時の体力測定の持久走では、基本的に凛がつきっきりで横に引っ付いていたらしい。

 多分、本気を出せば普通に好成績を出せると思うけど、凛はそこに執着はないだろうしな。なんなら、凛と加蓮の最初の接点もそこらしいし。

 

 

「……あのさ、迷惑かけてごめんね。もっかい走らなきゃいけないんだよね。アタシさ、もう大丈夫だと思ったんだけどさ……その……わっ! ちょっ、髪崩れるってっ」

「ばーか。気にすんなって、俺はどんだけでも走れるから。お前が大丈夫ならそれでいいよ」

 

 

 少しずつうつむいて良く頭を両手でわしわしとぐっしゃぐしゃにしてやる。そんな細かいこと気にしやがって。命を取られるわけでもあるまいし。

 凛も奈緒も同じ立場だったら同じことをするだろうし、同じことを言うんだろうなってふと思ったよ。似た者同士ってやつだな。何より友達だし。

 

 

「さぁ、行った行った。凛にも顔出してやれよ? 多分心配してるから」

「……うん! ありがと!」

 

 

 やっぱ可愛い女の子には笑顔が一番だよ。笑顔は最高のアクセサリーってな。これどこで聞いた名言だったっけ。

 

 という感じで、滅茶苦茶格好つけたまでは良かったものの、後日僕はしっかりと1500m走らされ、クラスメイトからは後輩の可愛い女の子をお姫様抱っこした奴という称号を与えられた。

 おかしい。俺がやったことは間違ってないはずなのに、なぜこうなるのだ。

読者層気になるので知りたいアンケ

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