今日の俺は気分がいい。休日にもかかわらず、心地よい朝日に包まれてすっきりきっぱり朝8時に目が覚めた。
そうだ、今日は優雅にカフェでモーニングを楽しもう。暖かいコーヒーとサンドイッチで、最高の一日をスタートさせよう。
ロッカーからパーカーとズボンを取り出しささっと着替える。顔を洗って、鏡で寝癖だけ軽く整えれば準備はOKだ。
ポケットに財布とスマートフォン、それから無線のイヤホンを耳につけて、部屋のドアを開ける。
「ふぁあ~……あら、おはよ」
「おはよっす」
眠そうな顔をして食堂側から歩いてきたのは、ハチャメチャに眠そうな顔をしている周子さん。そんなに眠そうなのに着替える気力はあったのね。めっちゃ欠伸してるけど。
「朝っぱらからどこ行くんよ」
「優雅にカフェでモーニングでも」
「さては給料が入ったな?」
「いや~」
ご名答。つい先日、初めてではないが人生二度目のお給料が手元に入ってきていたのだ。
俺が346プロに厄介になる前にスーパーブラックなスーパー(激ウマギャグ)でアルバイトをしていたというのは、勿論皆様周知の事実であろう。
ここの給料が高いのか、それともあそこがガチのブラックすぎて最低賃金ギリギリなのかはわからないが、俺の手元にはアルバイトの時に比べて倍近い給料が入ってきていた。あのバイト先マジでいつか痛い目見せてやるからなクソ店長……
先月のお給料の時点でかなり多くはあったんだが、何故か今月は先月に比べて更に金額が増えていた。なんか俺したっけか。
「じゃ、あたしも行くか~」
「え」
「シューコちゃんお腹すいたーん」
「さっき朝飯食ってきたんじゃないすか?」
「食べてへんよ。ちょっと忘れ物取りに行ってただけ」
いや、まぁ良いんですけどね? 給料日直後だし、男としての懐の広さ見せてやろうじゃありませんか。
よくわからんけど絶対に周子さんの方が貰ってる給料多いと思うんだよな。この人、もはや近所の狐のお姉さんみたいなイメージしかないけど、ちゃんと凄い人だもんな。
「さぁさぁ! そうと決まったらレッツゴー!」
「おー!」
なんかでもウッキウキな周子さんの後姿を見ていると、なんか全部許せそうな気がする。この人末っ子なのかな。人の甘い所に突っ込む力が物凄く高そう。
それでも美女と二人で優雅にモーニングとかどう考えてもご褒美だよな。やっぱり今日は最高の一日なのかもしれない。
朝の346プロカフェは、多くもなく少なくもなく、店内の席は大体3~4割くらい埋まっている俺的には非常にリラックスしやすいくらいのお客さんがいた。
俺以外にも、恐らく346プロの職員の人と思われる男性の方もいるって言うのも凄くありがたい。寮から出るだけで男の人がいるって良いな。なんか安心するわ。俺が異端児じゃないんだなって安心感に包まれる。
「じゃあ、あたしはモーニングのAで! あとサンドイッチも!ドリンクはカフェオレにしよっかな」
「私もAセットの紅茶で。光くんは?」
「あっ、俺はBセットのブラックで」
「流石周子ちゃん。よく食べるわね~」
「今日は彼の奢りですからね~」
うん。本当に光景は安心する。目の前の景色は全く安心しない。
いったいどういうことなんだってばよ。俺様、未だに理解が全く追いついてないってばよ。もはや語尾と一人称までぐっちゃぐちゃだわさ。
「何ぽけーっとしてんのさ。眠いの?」
「朝には光君も好きなコーヒーを飲めば目覚めもすっきり、ですよ」
「カフェイン入ってますからね……」
「それにしても楓さん。今日はお酒飲まないんですねー」
「ここはカフェですから。それに、Pさんにも止められていますし……」
「流石に朝っぱらから酒はヤバイですよ……」
うん、うん。この突拍子もないダジャレ。噂に違わぬお酒好き。そして、どう考えてもアイドルなのかモデルなのか区別がつかないほどの超絶整った顔。というかオーラ。
完全に高垣楓だ。346プロを代表するアイドルでも過言ではない、あの高垣楓だ。普段テレビを見ない俺でも知ってる、あの高垣楓だ。俺の目が腐ってなければモノホンだ。
ダジャレとか酒飲みのキャラって、マジでこれ素だったのか。粗〇が借金まみれだったのと同じくらいビビっている。今、目の前の存在にビビってる。
「……周子さん、高垣楓さんと面識あったんすね」
「同じ事務所やし、一緒に仕事したこともあるからね」
「あの時のロケ、楽しかったわね~。奏ちゃんや美優さんと一緒に食べ歩き」
「またグルメ系のロケ、一緒に行きたいですね~」
周子さん、あんたマジで凄い人だったんだな。今まさに実感したわ。高垣楓というテレビの画面の向こう側にいる存在を目の前にしたことで初めて実感したわ。
寮からカフェに訪れて一番最初に俺の目に飛び込んだのは、まさに菜々さんに何かを注文をしようとしている高垣楓の姿だった。
346プロに入ってから、何度か遠くから見かけることや目に入る機会はあったが、ここまで近くにいるのは初めてだ。そういうこともあって謎に緊張していた。ただ同じ場所で朝飯を食うだけなのに。
そう、そのはずだったんが、何故だか一緒に居た周子さんがさも当たり前のように高垣楓の元に向かって話しかけに行き、なんかよくわからないまま、相席で今一緒に居る。本当に意味が分からない。何がどうなったんだ。
「そういえば、光くんとはまだ自己紹介もしてなかったわね。私、高垣楓って言います。これからよろしくね?」
「あっ、自分、松井光って言います。一応、スタジオミュージシャンやってます。よろしくお願いします」
勿論存じております。ファンとまでは行かないけど、存在は前々から知っていたから。
なんと言うか、本当にここって夢のある職場なんだな。今、俺初めて実感したかもしれん。もう少しテレビとか見た方が良い気がしてきた。
「光くんってちゃんと敬語使えるんやね」
「周子さんにもちゃんと敬語じゃないすか」
「年近いんやから敬語や無くてもええのに」
なんか俺より年上の人、みーんな揃って同じようなこと言うけど、それヤバいからね? 普通、ありえんからね?
野球部だったらもうぶん殴られるから。同じ高校の大先輩のOBにタメ口聞いても許されるのなんて、この世の中で森〇哉くらいなんだから。あの人本当に凄いんだから。同期入団とは言え大卒の先輩の事をデブ呼ばわりして運転手にさせてるんだから。
「光くんは、どうしてここに?」
「えっ。どうして、ですか」
「ふふっ。そんなに細かい意味はないの。ただ、ちょっと気になったから」
「それ、あたしも気になるわ。聞いたことなかったし!」
「なんで、ですか……」
なんでって言われてもなぁ。そんな盛大な目標や理由もあったわけではないし。
そもそも俺がここに来たのはあの今西の野郎の差し金だ。あの346プロがスタジオミュージシャンを募集してるから、そのオーディションに出てみないかと。
実際の所、オーディションには参加すらしないでベヨ〇ッタみたいな偉い常務の人との面談を終えて速攻入社。
そっから知らん間にここに来てた。
「難しいですね、俺はスカウトされたわけではないんで」
「光くんってスカウトじゃないん?」
「俺は一応形上はオーディション受けたんですよ。ただ流れで今ここにいるみたいなもんなんで、明確な理由を聞かれると……うーん」
あれは多分オーディションとは言わないだろうし、実情はほぼスカウトみたいなもんだとは思うんだけどね。
ただ、そうだなぁ。強いて言うなら、今から後付けでもいい理由を付けるとするなら。
「……心配な奴がいたから、ですかね。ここなら、近くで見守れますから」
多分、俺は凛が346プロに入社していなければ、今西から聞いた話は断っていただろう。特別、凛の事が心配って訳ではなかったと思うんだけど、なんでだろうな。
「ちょっとした知り合いがいるんですよ。特別どうって訳じゃないですけど、もしかしたらそういう縁があったかも知れねーな……って、今思い返すと感じるかもですね」
あの時はお金に特別執着もなかったし、確かに音楽は大好きだけど、プロのミュージシャンという称号に惹かれるものはなかった。
ただ単に、昔馴染みの奴がアイドルとして入社した会社。すっげーでかい会社。ただそれだけの印象。だったんだけど、一体なんで俺はここにいるんだろうな。
「素敵な理由。きっとその人も嬉しいんじゃないかしら」
「いやー、あいつは多分キモがりますよ」
「じゃあ光くんは凛ちゃんのストーカーと」
「違うわ」
頼むからこれ以上俺に不名誉な称号を付けないでくれ。ただでさえほぼ女子寮住まいでどう考えてもクソ野郎って印象を持たれても何も文句は言えないって言うのに。
高垣さんもすげえ優しいこと言ってくれてるけど、多分凛はあれだよ。そういうのやめな? って諭してくるタイプだよ。一番傷つく奴だよ。
「凛ちゃんって確か……」
「渋谷凛。最近入社した新人です。まぁ、この間デビューが決まったばっかのド新人ですよ」
「Pさんが担当しているって言うCPの子よね? あの子と知り合いなの?」
「知り合いというか……まぁ昔からの知り合いです」
「凛ちゃんと光くんは幼馴染なんですよ。すっごい仲の良い、ね?」
周子さんあれだな。俺が寮に来たばっかりの時に、寝てる凛をおぶってPさんの所に運んでるところをガッツリ遭遇したんだよな。あれを見てるからこんなにニヤニヤしてるんか。
俺だって凛の事は周りに触れ回ってないもんな。言っても飛鳥にだけだろうし、触れ回ってる代表格の本田と周子さんって接点ないはずだし。
「あら幼馴染! それって、小学生からの?」
「えーっと、家が隣なんですよ。だから生まれた時からずっとって感じで」
「へー、それ初めて聞いたわ。なんで言ってくれんかったん?」
「わざわざ言うことでもないでしょうに」
「なんかええやん! 生まれてからずっと一緒に居る幼馴染って。あたしもそういうの欲しかったわぁ」
別にいたところで何か変わるわけではないですけどね。実質兄弟みたいな感じだし、それ以上でもそれ以下でもない、友達以上家族未満という感じ。
家族ほど近くは無いけど、友達や親友といった関係でもない。こうやって思うと、俺と凛って中々言語化するのが難しい関係だ。
「渋谷凛ちゃんと松井光くん、ね。ふふっ、覚えておくわ」
「忘れてください。そんな大層なもんじゃないですよ。あいつはでっかくなるかもですけどね」
「彼女には甘いねぇ」
「言っておきますけど、あいつはやりますよ? アイドルという分野ではわかんないけど、何かしらでは名を残す奴になると俺は勝手に期待してるんで」
あいつ、顔は良いわスタイルは良いわ、とっつきにくいだけで最近はコミュ力に問題があるって訳でもないし、基本的になんにしてもセンスは良いから絶対にどこかで輝ける逸材になると思うんだ。
アイドルの原石って言う意味ではこれ以上の素材はいないのかもな。そういう意味でもCPや346プロにとって渋谷凛は大きい存在になる……って俺は思ってる。絶対に親バカだわこれ。
「随分と入れ込んでるのね」
「……まぁ、あいつがどういう人間なのは割かし近くで見てきたので」
「自信満々だねぇ」
「大切なのね。彼女の事」
「仲が悪いって訳でもないですから……」
なんで二人ともそんなに嬉しそうにこっちの事を見つめてくるんだ。そんなに変な話でもないだろうに。
ただ単に自分が知ってるやつが変な目にあってほしくないって言うのは当然の考えじゃないか。
「私で良ければ、いつでも相談に乗るわ。大切な彼女ですもんね」
「シューコちゃんも。こう見えても、一応経験豊富なアイドルなんやから頼ってくれてええのに」
「二人とも多忙じゃないですか……」
「飛鳥ちゃんも人気あって多忙なんやから。相談できる相手は多い方がええやろ?」
ニターっと先ほどよりも若干含みのある笑い。俺が凛の事を飛鳥に相談してたっていったいどこのルートで仕入れたんだこの人は。
そりゃあ、相談相手は多いに越したことはないだろうし、相手が塩見周子と高垣楓ともなれば百人力どころの騒ぎではない。
とはいえ、塩見周子に相談はともかくとして、高垣楓に相談ってハードルが高すぎるよな。
「ほらほら。楓さんのLI〇E送っといたで、ここでさっさと承認しとき」
「……なんかこう言うのを見ると、詐欺メールとか思い出しますね」
「目の前に本人がいるのに何を疑ってんのよ」
「ふふっ、こう見えても私、本物の高垣楓なんですよ? 変えのきかない楓さんですから」
「あぁ、本物だ」
「お待たせしましたー! モーニングAセットお二つに単品のサンドイッチ、それからBセットと……」
本物の高垣楓のLI〇Eを手に入れてしまった。信じられん。なんていうことだ。
うん、アイコンがお酒だ。ガッツリと日本酒だ。なんだったら、プロフィールに『肝臓のためにも、お酒の飲み過ぎはあかんぞう』ってある。
こりゃあ、まごうことなき本物だ。本物すぎて偽物みてえだ。信じらんねぇ。
なんか俺のLI〇E、段々と乗っ取りに会った時の被害が尋常じゃなくなるような代物になってきた気がする。なんか怖いからパスワード変えておこうかな、これ。
読者層気になるので知りたいアンケ
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