女子寮生活は難儀です   作:as☆know

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男には守らねばならないものがある

 今日は雨だ。時期も六月に入り、まさに梅雨の到来といった感じだろうか。春も本格的に終わりを告げ、外は暖かくなってきたというのに、今日ばかりは少し肌寒い。少し多めに上着を着よう。

 

 本田をリーダーに据え、卯月、凛との三人で結成されたニュージェネレーションズ。その初舞台ともなったミニライブ以降、本田は346プロに姿を現すことがなくなった。

 詳しい詳細はわかっていない。当時そこにいた凛からの話や、CPメンバーからの話を聞いても、本田自身の精神面の問題と思われるのでどうともしようがないし、明確な原因はわからない。

 意識の相違、本人と周りの認識の違い。言葉にするならば、類似例はいくつもあるだろうが、その心境は本人にしかわからないだろう。

 

 

「お帰り。卯月、今日は休みだってな」

「……なんで、いるの」

「早かったけど、今日の予定は?」

「……帰ってきた」

「そっか」

 

 

 俺は今、凛の部屋にいる。先ほどまで、気分転換にと友達とゲーセンに行って遊んでいたが、LINEで李衣菜から凛が帰ってしまったとの連絡があり、すぐにここまで来た通りだ。あいつらには悪いが、久々に全力で走って凛の家に先回りしてきたわ。少しだけ疲れた。

 実家の近く、それも凛の部屋に来たのは久しぶりだ。この場所自体も、昔と変わっていない。変わったのは、机の上に置かれている教科書が高校の物に代わっているのと、ニュージェネレーションズのCDが新しく加わっているくらいか。

 

 凛のお母さんには、それとない用事を作って、凛に用事があるとだけ言って入れてもらった。多少、怪しくはあったかもしれないが、凛のお母さんも察している部分があるんだろう。凛は多分、お母さんには何も言ってないだろうから。

 扉を開けて出てきた凛の顔は、案の定曇っていた。雨の降りしきる外よりもずっと。ずっと暗い。

 

 

「……Pの所、行ってきたの」

「……本田は来てないか」

「うん。多分、あの人じゃもう、未央を連れてこれない」

 

 

 少しして、凛が口を開く。

 凛の目は、ひどく冷めきっていた。暗い顔に、冷めきった目。制服の袖をキュッと握る彼女の右手が、本田に対して何もできない自分と、何もしてくれないPへの憤りに見えてしまう。今の俺には、そう映る。

 

 

「光……私、アイドル辞めたくない。未央と卯月と、三人でやりたいの」

「勿論」

「でも、私じゃ何もできない」

 

 

 凛の声が崩れるように細くなっていく。か細く、少しでも触れたらプツンと切れてしまいそうなくらい。

 CPにスカウトされ、三人で美嘉さんの後ろで大舞台を経験し、三人でデビューとまで行ったんだ。卯月、凛、未央の友情は短期間とは思えないほど深く、俺には計り知れない感情で繋がっているんだろう。

 

 

「ねぇ、光。私、わたしっ……どうすればいいのかな……わかんないよ、私じゃ、どうにも出来ない」

「うん」

「未央を置いてなんていけない。卯月と未央がいるから、私はアイドルになれたのに。未央を置いてなんて、出来ない」

 

 

 綺麗な青色の瞳が、どんどんと沈んでいき、次第にはポタポタと流れ落ちていく。

 気が付いたら、俺は立ち上がって凛の頭を自分の胸に当てていた。一人で立って泣く凛の姿に耐え切れないからか。よくわからない。

 

 俺が胸を貸すと、凛は全体重を預けてくる。もう泣くことで精いっぱいなんだろう。フラフラと力ない足取りになる凛を支えて、ゆっくりとベッドに腰掛ける。

 目いっぱい俺の胸元のシャツを掴む彼女の手は、ひどく冷たい。きっと、気温のせいだけじゃない。

 

 

「大丈夫。凛は精一杯、やれることをやってたよ」

「出来てない……私っ、何もできてない……! 未央にも、卯月にも……」

「俺も見てるし、あいつらも見てるよ。凛が頑張ってたところ。凛がした努力、俺は否定しない」

「でも……でも……っ」

「だから、今は好きなだけ泣きゃあ良い。今は、強い渋谷凛じゃなくて良い」

「やだ……っ、やだぁ……!」

 

 

 俺は、ただそれを支えることしかできなかった。必死に胸にすがって嗚咽を漏らす凛を、ただ、ただ支えることしか。

 

 それから、凛は泣き疲れて寝てしまった。数分、いや数十分は泣いていた。声を詰まらせるほどに泣いていたんだ。心身的疲労もかなりあったんだろう。曇った顔をしたまま、今はベッドに横たわっている。

 俺が凛に出来るのはこのくらいだろう。だから、今度は俺がやりたいことを。

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 あの日、あの時、何があったのか。それは以前、凛から全て聞いていた。今は、本田がふさぎ込んでいることも。そしてきっと、本田は今も話を聞いたときと変わっていないであろうことも、想像がつく。

 

 

「Pさん。今、時間ありますか?」

「松井さん、ですか。時間なら、大丈夫です」

「少し、本田達の件で聞きたいことがあって。すいませんね、部外者が口を出すようで」

「……いえ、松井さんと渋谷さんの関係は、こちらも把握しておりますので」

「今回の件、大体の話は凛本人から聞いたので。ある程度は把握してます。その前提の話で、いくつか聞きたいことがあったので」

「答えられる、範疇でなら」

 

 

 346プロ、CPルームの、通称Pルーム。暗いからかな。照明も付けないで、Pはモニターの前にたたずんでいた。

 降りしきる雨の中、薄暗い曇り空を背にして、Pの顔は酷く疲れているように見える。無理もない。いくらいっぱしの大人とは言え、ここ数日で起きた出来事は、あまりにも壮絶すぎた。

 

 

「じゃあ、あえてあいつと同じ質問をしますね。Pさん、これから先、本田が帰ってこなかったらどうするつもりですか?」

「こちらで、調整を……」

「もう一度、同じ質問をしますね。調整って、なんですか?」

「……彼女たちには、各々のやれるべきことをやっていただきたいと」

「……今とおんなじことを言ってたとしたら、そりゃあ凛は怒るでしょうね」

 

 

 俺の言った事実を受け、Pの視線が自然と下がっていく。あぁ、おんなじことを言ったんだろうな。そりゃあ凛も怒るわ。

 ガタイの大きいコワモテのPが、やけに弱弱しく見える。何よりも小さく、弱く見える。

 

 凛はきっと、自分一人ではどうにもできないと、どうしようにもPが任せてくれとの体勢を取っている。それを理解したうえでのこの返答だから、そりゃあ腑に落ちないだろうな。

 

 

「本田には、会えたんですか?」

「いえ……まだ、連絡は」

「時間が解決してくれるパターンは、多分無理ですよ。時間が経って本田が帰って来たとしても、きっと凛はもうアイドルに気持ちが向いてない」

 

 

 そのことは、きっとPも重々わかっているんだろう。

 本田が再起出来ない今、一時的とはいえ三人中一人が欠けている状況、二人が万全ならまだしも、もう一人が欠けた状態で残された時間は少ない。

 

 卯月の体調不良がこれが原因で起きたことならば、それが長期化する危険性もある。卯月の状態が分からないので何とも言えないが、本田パターンと仮定するなら、今まさに一番最悪の状態だ。

 三人が比喩抜きにバラバラの状態。これがある程度の期間続くとなれば、ニュージェネレーションズは事実上、解散。これは現実になるだろう。

 

 

「……本田さんも、まだ本調子ではないので」

「それ前提の話です。どちらにせよ、凛の離脱は防げたものじゃないんですか?」

「……申し訳、ありません」

「……わかりました。それじゃあ情報共有がてら、少しだけ俺の考えを伝えたいと思います」

 

 

 こくりと、Pさんが頷く。

 謝られたってどうしようもない、傷ついたのは松井光じゃなくて、渋谷凛だから。

 俺が思っている以上に、本田の状態は芳しくないらしい。本調子じゃないとは言っているが、きっと本人のプライバシー面の保護もあって濁しているだけだろう。

 

 少なくとも凛が連絡を取れていない時点で、Pが直接本田の家を出向いたところで門前払いを食らうのが関の山だ。Pの焦り具合からしても、進展どころが状況は未だ最悪な様子が見て取れる。

 

 

「今回のミニライブ、現場に俺はいなかったので事細かい場面は俺自身把握してません。ただ、これだけの騒ぎならきっと上にも話は届いているでしょう。当時現場にいた大人たちの考えも踏まえた上で、今の行動を取っているのなら、346プロ自体がその判断が最善案としているんだと、俺は思っています」

「……はい。当社としても、今は本田さんに復帰していただくのが第一だと判断しています」

「それには俺も同感です。そして本田が動けない今、Pさんが本田にコンタクトを取ろうとしていること自体は、凛も認識しています」

 

 

 良くも悪くもだが、今回の件の核となる存在は本田だ。本田が動くか動かないかで、この件の着地点が決まると言っても過言ではない。

 本田が動き、帰ってくればそのまま元通り。じゃあ、その逆は? どれだけ周りが動いたところで、本田が復帰できなければ残された二人はどうなる?

 

 それを理解しているからこそ、346プロは本田を復帰させる方針に出たんだろう。

 ただ、俺には何も見えない。

 

 

「ハッキリ言います。今の段階では、俺も凛も本田が復帰する未来が見えません。本田を戻そうとするにあたる、その内容が見えない。貴方の本心も、貴方の描く算段も、その光景も」

 

 

 Pさんが、普段から不確定要素があれば、そこに言及をすることは無いというのは勿論理解している。前川の一件でも、それが悪い方向に働いていたから覚えている。

 だがそれは、今回に限ってはあまりにも致命傷だ。先が見えない不信感の募る中での、不透明な返答。これ以上に更なる疑惑や疑念を持たせるものは無い。

 

 

「……Pさん、本田とコンタクトは取れたんですか」

「……一応、取れてはいます。ただ、本人が本調子ではないようで」

「ほぼほぼ門前払い、っすか」

 

 

 広い範囲で予想をしていたから当たっているという表現がおかしいが、どちらにせよ状況はやっぱり最悪みたいだ。

 

 グループ内一番の元気印が精神面をやられる、そういった話は珍しくない。むしろ、普段明るく接している人の方が、そういった精神面での問題を抱えやすいという傾向もある。

 本田もリーダーとして色々と背負っていたんだろう。現実と理想の違い。そのギャップに幻滅するのも無理はない。彼女が沢山自分で背負っていたなら、その重さはなおさらだ。

 

 

「一社会人であるPさんが、本田の一件を任せてほしいという行動を取っている。その時点で、凛たちは貴方に任せるしかないという選択を取るほかない。それでいて、出てくる答えは不透明と来た。行動と結果が一致していない。不信感が募るのは当たり前です」

 

 

 本田の一件に関して、この人が何の行動もとっていない。それだけは絶対にありえないだろう。

 さっきの発言からしても、直接だか電話だかはともかくとして、Pさん側から何とかして本田にコンタクトを取ろうとしている姿勢は見受けられる。ただ、それが結果として出ていないのも事実。

 

 俺は専門家じゃないからわからないが、こういう意識のすれ違い系の物は、本来なら少しずつお互いの考えをすり合わせることで、時間とともに距離を縮めるのが一番安全だと思っている。無理やり距離を詰めて本人と心の距離が離れたら本末転倒だから。

 

 とは言え、凛の視点では、Pさんが本田との間に入って直接話をさせてくれず、任せてくださいと言っているのに、その道を防いでいる当の本人は何の成果も出せていない。内容も知りえない。何が起きているのかもわからない。

 そんな状況で、一体彼に何を任せるなんて心境になるのか。

 

 

「Pさんの、不透明材料はなるべく見せない事で、アイドルに無駄な心労やタスクを割かせないようにする。そのスタンスは理にかなっていると思います。ただ、偉そうにクソガキが大口叩く様ですけど、少なくとも俺はPさんより凛の事を理解している自信がある。あいつは、その方法じゃあ人を信用しない。自分を見せない人間の、一体何をどう信用すればいいんだって話だ。信頼関係ってのは、そう簡単じゃない」

 

 

 

 貴方がこの件にいる誰よりも追い込まれているであろう現状は、部外者の俺でも理解できる。今のニュージェネレーションズを繋ぐ、命綱と言える存在だから。正直、こうなった時に一番負担が大きいのは、Pだろう。

 

 凛に対しても煮え切らない答えしか出せなかったのは、Pさん自身も困惑していて上手く本田に手が出せないという現状を、そのまま表していると感じられる。

 それでも、それでもだ。今のあなたに、凛は預けられない。

 

 

「俺、久しぶりに見たんだ。あいつが、あんなに泣いてる所。ガラスみたいに綺麗で脆いけど、あいつは強いんだぜ? ……いや、強くいようとしてる。よっぽど本田の事を信頼してたんだなって。だからこそ、あいつがいなくなった時の不安は計り知れない」

 

 

 フツフツと湧き出てくる感情を拳を握りしめて抑え込む。俺が怒ったところでなんにもならない。

 そもそも俺はアイドルじゃない。これはニュージェネレーションズ、彼女たち三人と、それを担当するPの問題だ。

 立場としてはただのスタジオミュージシャンで、凛との繋がりもただの古くからの知り合いというだけの俺は、今ここに立っているべき人間ではない。そんなことわかってる。

 

 

「……凛の事は、ある程度俺に任せてください。P、あんたに出来ないことを、俺がやる。だから、俺に出来ないことをあんたがやる。最大限、お互いにできることをやりましょう。ニュージェネレーションズは、凛の居場所は、絶対に俺が潰させねぇ」

 

 

 それでも、それでも俺は許せない。たとえこの感情を彼に向けたところで、何にも変わらないとわかっていても。この気持ちだけはぶつけないと、虫の居所が収まらない。

 男として、絶対にこれだけは譲れない。

 

 

「俺は、あんたの事を信頼している。それは今でも変わらない。心の底から、大人としてのあんたを尊敬している。どんな結末になろうとも、凛もここまで連れて来てくれたあんたの腕は、きっと本物だと思っている。だから、だからこそ……」

 

 

 雨脚が強まる。今日の雨はそこまで強くないと聞いていたが、天気予報は外れらしい。窓ガラスをぶっ叩く雨粒の音が雪崩れるように大きく速い。

 

 

「ふざけんな」

 

 

 自分の大切な人が泣いている。その原因を作った奴が目の前にいる。あんな顔、俺はもう二度と見たくない。

 

 

「ふざけんじゃねぇぞ!!!」

 

 

 顔も見たくない相手の目を真っすぐ見つめ、奥底からとめどなく沸き立つ感情を吐き出す。これ以上踏み込んでしまえば、きっと俺はPに掴みかかってしまう。

 空虚な空間には、行き場のない、ただただ虚しい怒号が響き渡った。

 

 

「俺の手の届かない場所で大切な女が傷ついて! 何が起こったか俺は理解すらできねぇ! 気が付きゃ、俺は泣いている凛を支えることしか出来なかった! ……俺は、俺は惨めでどうしようもねぇよ」

 

 

 虚しさ。この感情を吐き出したところで、新しく得られる感情は、それしかない。そんなことは、ここに来る前からとっくに理解している。

 

 

「起きちまったもんはどうしようもねぇのは重々承知している。この感情をあんたにぶつけたところで、お互いに何の得にもならねぇことなんて、俺が一番わかってんだよ! けどな、それではいそうですかと簡単に引き下がれるほど、残念ながら俺は賢くないからよ。大切な女が泣いていて、それを見て黙ってられるほどお利口じゃねぇんだわ」

 

 

 この状況でこの感情を抑えきれる人物がいたら、ぜひとも俺に教えてもらいたいね。

 こんなことしたって何にもならねぇ。大切な女が泣かされて黙っていられるか? そんな葛藤なんか、俺の中で100万回やった。それで出した結論だ。無駄だろうが何だろうが、男として許しちゃいけないラインってあるんだよ。

 

 大切な女一人も守れねぇ男が、ヘラヘラと他人にこれからもこいつの事をお願いしますだなんて、簡単に決定権を渡せるか? 少なくとも、俺には理解しがたい考えだ。

 

 

「……アイドルをやるかやらないかはあいつ次第、あいつの人生。そこに俺から口出しする気は一切無い。ただ、次にあいつを泣かせるようなことがあれば、俺はあんたを絶対に許さない。この言葉の意味、ガキが適当言ってるなんて勘違いするなよ。俺だって男だ。言葉の重み、あんただからこそ一番理解しているはずだ」

 

 

 この行動を正当化するわけじゃない。ただ、少なくとも今の俺にはそれをするなというのは、申し訳ないが無理だ。

 俺の中でぐるぐると渦巻くこの感情を、ぶつけて正しい相手は決していないとわかっていても、それでもこの気持ちをぶつけるしかない。自分の弱さが情けない。

 

 

「大人だろうが上司だろうが社長だろうが、誰であっても関係ねぇぞ。俺がここをクビになろうが一生磔にされようが笑いものにされようが、どうなろうが知った事じゃねぇ! 凛を傷つける奴は誰一人として俺が許さねぇ、絶対だ!」

 

 

 吐き捨てる様に自分の感情を床に押し付けて、Pルームから速足で出ていく。

 頭ではわかってるんだよ。こんなことしたって何の意味にもならないって。薄っぺらい御託を並べた自分の無力さでPをぶん殴ったところで、どうしようもないなんて。終わった後に何言ったって無駄なんだって知ってんだ。

 

 そうわかっていながら、この気持ちを抑えきれなかった俺の未熟さが。大事な女一人も守れない俺自身の弱さ、実力、立場、度重なる自己嫌悪。そのすべて反吐が出る。

 俺は、女一人も守れねぇ。

読者層気になるので知りたいアンケ

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