親の趣味や好みは子に遺伝するという。遺伝子的な面なのか家庭環境の面なのかはわからないが、日本排泄物大学の研究ではそういう物があるらしい。知らんけど。
飯の趣味、曲の趣味、スポーツの趣味、そもそもハマる趣味嗜好。あれ、親と一緒じゃね? っていう人もいるんじゃなかろうか。安心したまえ、俺もその一人だ。
スポーツに関しては親も野球カジュアル勢だったためほとんど関係ないが、飯や音楽、そして楽器に関しては完全に親の趣味を引き継いでいる。なんだったら俺がベースを始めたのは父親の影響だ。
元々、俺の父はバンドマンだったらしく、今思えば、生まれてから家には当たり前のようにギターやベースが置いてあった。
というか、そもそも俺のベースの指導者は父親だ。父親はギタリストなんだけどな。
始めて楽器を触ってから2年くらいは、ずっと父親にベースやギターを教えてもらってきた。今思い返せば、本来金を払って教えてもらうような専門的趣味が、家で手軽に教えてもらえたのだからお得な話ではある。
曲の趣味も完全に父親譲りだ。90年代のロックを普通に弾いたり聞いたりしているのは、どう考えても父親の影響と言わざるを得ない。
そうじゃなければ、何をどう間違えて自分が生まれる前の曲を好んで聞いたりするものか。親の運転する車で延々とその曲が流れていれば勝手に覚えるし、好きにもなっていくだろ。
「~♪」
こういう暇な時間なんかは、音楽を聴くのに最適だ。
広い事務所に俺一人。普段はイヤホンとか人がいる時にはあまりつけないが、こういう時に自分の世界に没頭して音楽の海にドボンとダイビング出来るから、やはりイヤホンは音楽好きにとっては必需品だね。
李衣菜みたいに年中首から掛けてるわけじゃないけどな。あいつなに聞いてるんだろな。
目をつむって、ちょっと大げさに音をあげてみる。そうして目を閉じるとあら不思議、一瞬でお手軽映画館にいるような没入感になる。聴覚だけでここまでいろんなことを感じられるんだから、音楽ってすげえよな。
「……ん?」
「おはよっ、まっさん!」
肩をポンポンと叩かれる感覚がして、半分落ちかけた意識が戻ってくる。左耳のイヤホンを外して振り返ると、そこには満面の笑みをした外ハネ超絶陽キャ娘こと、本田未央が割と近めの位置に座していた。
本田さんそういう軽いスキンシップがね、全国の男子高校生たちを勘違いさせるんですよ。こいつ絶対に自分で把握してないだけでクラスメイト何人か惚れさせてるぞ。
「ん。おはよ」
「なに聞いてたの?」
「ちょっと昔の曲」
「そういう趣味なの?」
「まぁな。李衣菜とはちょっと違うと思うよ」
李衣菜が普段どういう音楽を聴いてるのか俺は知らんけど。洋楽とか聞いてんのかな。俺、洋楽とかマジでなんもわからんから一切聞いたことないんだよな。なんかカッコいいって言うのはわかるけど。
「今日ってまっさんだけ?」
「みたいだな。多分他の連中はみんなレッスンとかだと思う。美波さんとアーニャは取材とか」
「じゃあ私が一番乗りかー」
「凛と卯月は?」
「15時から一緒にダンスレッスン」
「まだ時間に余裕あるけど」
「なんとなく早めに来ようと思ってさ!」
右側にあるソファーにどっと腰かけてスマホを弄りだす。
なんか意外だ。本田って大体こういうときは早めに自主練したりだとか、もしくは凛か卯月のどちらかを捕まえて一緒に来るのがよくあるパターンだと思ってたけど。こういうパターンもたまにはあるのね。なんか珍しい。
「あっ、そうだ! 聴きたいことあったんだ!」
「びっくりした」
スマホをソファーにボンっと押し付け、重大な事実が目の前に出てきたような反応を見せる。
急に大声出すなよびっくりしちゃうだろ。俺もうイヤホンしまっちゃったんだから。
「ねぇねぇ、まっさんとしぶりんって、ぶっちゃけどーゆー関係?」
「昔からの馴染み」
「いやいや絶対にそれだけじゃないでしょ! お互いの理解度が凄いし!」
「まぁ、生まれてからの付き合いだし、兄弟みたいな感じだからな」
「いやいやいやいや、兄弟でもあそこまでは中々ないって! 私、兄弟いるからわかるもん!」
お前、兄弟居たんか。なんか解釈一致だな。すっげぇ博識っぽい兄か弟がいそう。
って言うかアレなんだよな。兄弟とか姉妹って片っぽが元気だともう片っぽは大人しい説あるよな。
あと、片っぽがバカだと片っぽがすっげえ頭良くなったりするから、大体お母ちゃんのお腹の中に脳みそ置いてきたのを下の子が回収してきたとかいうよな。俺の友達もめっちゃバカだけど、妹がクッソ頭良くておんなじこと言ってたわ。
「だってこの前の時だってしぶりんのこと守ってたのってまっさんでしょ?」
「いや、守れてはないが」
「いやおかしいよ! 兄弟みたいな関係でもあそこまでは出来ないって!」
「そうかぁ?」
いや、だってあの時は李衣菜から凛が早退したって聞いて飛んでっただけだし。
俺は凛に何かしら緊急事態が起きた時に絶対にサーチできる特殊能力とかを持っているわけでもない。そんなもん持ってたら李衣菜から連絡が来る前に、凛の家じゃなくて事務所にすっ飛んでただろうし。
「まるで恋人同士みたいだもん! しぶりんもまっさんの事は凄い知ってるし、まっさんだってしぶりんの事凄い知ってるじゃん!」
「そりゃ歴が違うからな」
「そうだけどそうじゃないのー!」
なんだよ、ただ単に付き合いが長いの一言に尽きるじゃねぇかよ。
多分だけど、俺の立場に本田がいても全く同じ様になってたと思うぞ。付き合いの長さって言うのは、基本的にはそのまま相手への理解度に比例するわけだし。
「私はしぶりんとまっさんがなんでそんなに仲が良いのか知りたいの!」
「なんで」
「いや……それを知れば、しぶりんともっと仲良くなれるかなって……」
……ははーん。さてはこいつ、この前の一件をまだ引きずってんだな? 俺なんてPさんが許してくれたのを良いことに、もうなかったことにしようとしてるんだから。絶対になかったことにはならないし、俺もしないだろうけど。
お前は俺と違って正当に近い理由があったんだし、終わったことなんだから自分の中にとどめる程度にしといてもう終わりでもいいのにな。義理堅いというか、リーダーとしての自覚というか。責任感の強い奴め。
そもそもお前は凛に嫌われているわけではないんだし、今のままの本田で全然大丈夫なのに。寧ろ今のままの方が良いと思うけどな。急にキャラ変したらしたであいつが戸惑いそうだし。
「俺は今のままの本田で凛と向き合うのが、一番理にかなってると思うけどな」
「うぅ……まっさんの意地悪……」
「話が変わってくるようなことを言うじゃありません」
なんだか気持ち本田が小さく見える。
どうしよう。この立場、滅茶苦茶やりづらい。ヤレヤレ系の主人公っていっつもこういう気持ちなのかな。だとしたらあの人たちも割と大変なんだな。そりゃあチートみたいな能力貰わないと割に合わないわけだわ。
…………ちょっとだけなら、昔話をしても凛だって許してくれるか。本田相手だし許してくれるだろう。なんとでもなるはずだ。やって見せろよ誰だっけ?
「あいつさ、昔は友達作るの苦手だったんだわ。幼稚園の頃とか小学校低学年の頃は無口なうえに、近づいてくる奴らみんな睨みつけるもんだからよ」
「今のしぶりんはそうは見えないけど……」
「昔の話だよ。これ、あいつには内緒だぞ?」
マジで昔のあいつは、人との付き合い方が分からなかったんだろうな。昔から警戒心は強かったというか、というよりも、未だに初対面の人に対して警戒心が強いのは、このころの名残もあるんだろう。
若干だけど人見知りみたいな面もあったし、昔から割と目つきは鋭い所あったから、睨まれた側は逃げるわ泣くわの何のって。
本人は泣かせるつもりもなかっただろうから、余計に人に近づかなくなるの悪循環だよな。小学校に上がる頃にはもう人にあんまり近づかないようなクセが出来てて、凛は一人で行動することが多かった。っていうよりも、俺といる時以外は大体一人だったな。
「そんな時に話したり遊んでた相手が、偶々俺だったってだけだよ」
「近所に他の子とかいなかったの?」
「いないことも無いけど、学年が違ったりで接点もそんなになかったんだよ。まぁ、俺も凛とは一学年違うけど」
俺と凛の家は小学校から若干離れたところに区分してたから近所に同学年の友達が少なかったんよな。俺は普通に友達とかもいたんだけど、まだ友達の作り方とか知らんかった凛はそういうわけでもなく。
「まっさんは昔のしぶりん怖くなかったの?」
「そりゃあ俺もガキだったし、最初の方は睨まれた記憶しかなくて怖かったし、マジで距離感測りかねてたよ。お互いに何考えてんのかわかんねーしな」
「昔のしぶりん……ちょっと気になるかも」
「ま、全部昔の話よ」
物心ついたときには一緒に居たと思うんけど、それでも俺の記憶にある最古の凛の記憶って、なんか死ぬほど睨まれてめっちゃ怖かった記憶しかないんだよな。
あと昔の思い出だと、確か小学校上がるか上がらないかくらいで一回喧嘩した記憶も印象的。そん時に改めて凛との距離感測るのに物凄く苦労した思い出あるわ。逆にそれがあったから、今の凛との関係が成り立ってるところあるけど。
どうやって仲直りしたんだっけアレ。なにが原因で喧嘩したのかは覚えてないけど、凛を泣かせて死ぬほど気まずかったって記憶だけくっきりとあるな。
あと、どうしても昔の凛は物静かだったから。ずっと一緒に居たとはいえ、何考えてるかわからねーって困ることもあったな。結局、どこまで行っても以心伝心って訳ではないし。
「学年上がって高学年になって、周りも落ち着いていったら、自然と凛にも友達は出来たんだけどな。いないまでの期間が少しだけ長かったんだよ」
「じゃあ、しぶりんがちっちゃい時は?」
「殆ど俺にくっついてた。まぁ、あいつも特別孤独が好きってタイプでもないしな」
いや、本当にずっとくっついてた。当時は友達がまだいなかったから人との距離感もよくわかんなかったんだろうな。俺が友達の家に遊びに行くとかでもない限りはずっとだった。
しかも家が隣同士で家族ぐるみの付き合いなもんだから、余計に距離が近くなりやすかったんだよな。しかも親目線、自分の娘息子が死ぬほど仲が良く見えるもんだから、そりゃあウッキウキという話よ。
「中学に上がれば、凛にも親友って呼べるような友達が出来てさ。それ以降は、特別俺がなんかしたって事はなんもないよ」
「しぶりんにそんな友達がいるの、私知らなかった……」
「二人ともすげー良い奴らだよ」
独り立ちって言うと凛にも失礼かもしれんけど、中学に上がって加蓮と奈緒って言う一番仲の良い友達が出来るまで、本当に小学校では隙あらばずっとくっついているって感じだったし。
俺も年下好きとか色々言われたけど、事情を知らん奴は好き勝手言わせれば宜し。凛は気にしてたけど、それも懐かしい話だなぁ。
小学校高学年から中学に上がって、凛にも人並みに友達が出来るようになって行ったにつれ、自然と俺の出番は少なくなっていった。あとは、俺が凛の事をちゃんと異性として認識し始めたっぽいってのもあって、余計に距離感が少しずつ離れていったってのもある。
前までの距離が近すぎたって言うのは勿論わかるが、なんか若干寂しいのは事実だよな。懐いてたのになんかちょっと距離を取られるようになった感覚。実際はわかんないけど。昔はあんなに懐いてたのになー。おいおいおいおい……
「まっさんが彼女いないって言うのはよく聞くけど。それじゃあ、しぶりん彼氏とかもいたことないのかな」
「お前普通に刺すやん。うーん、多分な。まぁ、あいつは多分まだ恋愛感情的な物を抱いたことが無いんだろ」
「なんでわかるの?」
「なんとなく」
あいつが俺に対して求めているというか、抱いている感情は、異性に対して抱く恋愛感情的な物とは少し違う気がする。
なんというか、それに比べると少し近すぎるというか。それにしては毛色が違うというか。そんな感じ。
ハナコに向けている感情も愛情と言えるじゃん? なんかそれに近い気がする。そりゃあ、知らんけど普通の男女の高校生にしては距離が近いかもしれないが、俺たちのそれはバカップルのそれじゃないんだよな。説明難しい。
「なんか。凄いまっさんってしぶりんを見る時って凄い優しそうな眼をするもんね」
「そうか?」
「うん。しぶりんもまっさんを見てる時は違うもん。なんか、本当に仲が良いんだなって感じ」
「なんだそれ」
「あははっ、なんか兄妹みたいだね!」
あー、それかもしれん。その表し方が一番正しいのかもな。
他人から見たら俺たちの関係って言うのは一番兄妹が近しいのかもしれない。良くも悪くも本当の兄妹じゃないからこそ、今の俺とあいつの関係でいられてるのかな。良いのか悪いのかわかんねーけど。
「ま、あいつは俺の事どう思ってんのかわかんねーけどな。乙女心とか本当にわからん」
「まっさんは割とわかってるほうだと思うけど」
「乙女心理解してたらとっくの昔に彼女出来てるよ」
「自信あるんだねぇ」
「大体、女性との付き合いって乙女心理解度勝負なところない?」
俺、彼女とか出来たことないから知らんけど。
だって考えてみ? 顔面偏差値だけなら多分俺と変わらん奴が、バンバン女とっかえひっかえしてバンバン女食ってるんだぜ? つれぇよ。
きっと何が違うかって考えると、やっぱトーク力とかコミュ力とか乙女心理解度とかだと思うんだよな。俺もそれさえあれば彼女が出来るはずなんだ。俺ァ悲しいよ。おっかさん。
「意地張らないでしぶりんと付き合っちゃえばいいのに」
「そんなこと出来るかボケカス話聞いてた?」
凛が彼女……凛が彼女かぁ……
俺だって思春期の男子だから5万回くらいそのシチュエーション考えたけど、なんというか、やっぱり渋谷凛は俺の中でどこまで行っても渋谷凛なんだよな。多分、あいつも同じだと思う。聞いたことないけど。
読者層気になるので知りたいアンケ
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男! 未成年
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どっちでもないorわからん! 未成年
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女! 成人
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