女子寮生活は難儀です   作:as☆know

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クリアリングで黒歴史をケアしていこう

 

 

「うむ。静かだ。よもや、よもやだ」

 

 

 CPルームに誰もいない。本当に誰もいない。照明はついているが、Pルームや応接室、全部ひっくるめて、今この時間、CPルームには俺以外誰もいないのだ。普段はベッドの下に転がり込んでる杏ですらいない。

 

 なんでかって? 理由は単純。俺以外、全員予定があるからである。これではまるで俺が暇人みたいに聞こえるが、その通りだ。今日は収録も何も入っていないし、レッスンはすでに終わっちまった。こうなっては、マジで暇の日だ。

 あと、多分よもやよもやではない。

 

 

「杏のベッドでも借りて寝ようかしら」

 

 

 こうも一人だと、独り言を言ってないとやってられない。寮の部屋でも最近独り言が増えて、ちょっと怖くなってきたと評判の俺だが、それでも意識して独り言を言ってしまうレベルで暇だ。

 

 こうなると、さっさと寮に帰るのがやっぱ鉄板なのかな。というか、いつもならさっさとそうしているんだが。なんだか今日はそういう気分じゃない。

 今日は、寮に戻ってもマジでやることが無いのだ。練習したい曲も珍しくないし、ゲームだって学校でボッコボコにされたおかげでモチベーションが無い。今日は月曜日だ。プロ野球も無い。

 

 そうなれば、隣の部屋にいる飛鳥や周子さんを捕まえて遊ぶのが鉄板ともいえるが、周子さんは紗枝ちゃんと二人で大きい仕事があるらしく、今日明日は寮にいないらしい。飛鳥も仕事で今日は遅くなるとか、さっきなんか予期してLI〇Eが来ていた。

 日本人は、この状況を詰みと言う。誤用にもほどがあるな。

 

 

「~♪」

 

 

 はい、結局ギターを握りました。一旦ね、一旦。一旦ギターは握っておいた方が良いと思うんだわ。宇宙最強の最速最強の雀士と言われている人ですら、一旦ってよく言うから。

 あのおじさん、宇宙最強の超強くてかっこいいおじさんなはずなのに、某活舌死んでる系VTuber(該当者多数)を前にすると、ただの限界化親戚のおじさん化するからな。麻雀って恐ろしい(違う)

 

 誰もいない広い部屋でギターを弾くと、こんな反響の仕方をするんだな。寮でギターを弾いている時とは、また違った反響の仕方だよな。

 

 

「──────ハッ!!!」

 

 

 ここで、八〇に電流走る。いや、俺の苗字は松井だが。あいついっつも電流走って、トラ〇ピオ魔改造して、すまんかったしてるからな。天才なのかアホなのか一体どっちなんだ。

 

 誰もいないCPルーム。普段は、メンバーの誰かしらがいて、普段はいつも騒がしいCPルーム。

 そんな場所で、もしも、全力でギターを弾いて、かつ、歌ってみたらどうなってしまうのだろうか。超絶全力ガチガチギターは弾いたことあるが、歌なんぞここでは歌ったことはない。だって、本職のアイドル達の方が上手いに決まってるじゃんね。そんな人の前で歌えるもんか。

 

 けど、今はその本職の人たちが誰もいない。そんな中、CPルームには俺だけ。もしかして、これは最初で最後のチャンスなのでは。

 

 

「ン゛ーっ! アッアッー!………………ヨシ!」

 

 

 試しに超絶でかい咳払いと、よくわからない声をあげてみて周りを伺う。

 ……マジのガチのスーパー誰もいない。その事実に、思わず俺は現場猫のポーズをしてからばんてふガッツポを決めた。

 反人類史ではこれを、またとないチャンスと言うんだ。漢字あってんのかこれ。

 

 

「チューニング、ヨシ! 声の度合い、ヨシ!」

 

 

 ジャカジャン! と、口で言うのならそういう感じの発音になるような音をギターで出す。なんか芸人みたいだな。

 一つ一つを現場猫の要領で確認していく。これが現場に必要な指さし確認ですね! で、これ一々このポーズしなきゃならないの? 普通に疲れるんだけど。現場の人って毎回片足上げてるの? 体力えぐくね?

 

 

「メンバーの予定、ヨシ! 多分!」

 

 

 もう一度、ちゃんとメンバーの今の状況を振り返ろう。

 ニュージェネレーションズ。ボイスレッスン。ついさっき出て行ったので、しばらくは帰ってこない。今日はPさんも付いているらしい。

 キャンディアイランド、蘭子。イベントで外出。ちひろさん付き。

 ラブライカ、前川、李衣菜。ダンスレッスン。ニュージェネとおんなじタイミングで出て行った。しばらくは来ない。

 ヨシ! 全員大丈夫だな!

 

 ソファに若干浅く座り直し、足を組んでギターをしっかり乗せる。広い部屋で響き渡るこの音響。なんだかたまんねぇな。背徳感と爽快さが一緒に来る。

 オーディエンスがいないのは、本来ならちょっと残念なことなのかもしれないけど、松井光という人間から言わせて貰えば、独りで気楽に好きな歌を歌える方がよっぽど楽しいぜって感じだ。

 要するに、この状況は最高中の最高。こんなの逃してたら男の名が廃るぜ。

 

 

「──────ァア……」

 

 

 空虚に力を抜いて、照明が照らすまっさらな天井を見上げる。

 それっぽく口でメロディを奏で、ギターと自分の声を一体化させるよなイメージを作る。

 

 

『育ってきた環境が違うから 好き嫌いはイナメナイ』

『夏がだめだったり セロリが好きだったり するのね』

『ましてや男と女だから すれちがいはしょうがない』

『妥協してみたり多くを求めたり なっちゃうね』

 

 

 ボディを三回、曲のテンポに合わせてノックするように小突くのが開始の合図だ。

 

 歌を歌う上で大事な事。それは自分に酔いしれることだ。

 人の目を気にしないで、自分の一番かっこいいと思える姿に身を任せて、世界最強のナルシストになろう。そうすれば、一瞬だけ、一般人からミュージシャンに人はなれると思うんだ。

 

 

『何がきっかけでどんなタイミングで』

『二人は出逢ったんだろう』

『やるせない時とか心許ない夜』

『出来るだけいっしょにいたいのさ』

 

 

 足で気持ちよくリズムを刻みながら、ノリに乗って自分に酔いしれる。

 間奏の合間に、原曲にはないフェイクなんかも入れたりしてみる。

 綺麗にギター弾くだとか、原曲に忠実な歌い方だとか難しいことを考えちゃダメ。楽器の弾き方も、歌い方も十人十色百人一首。

 ただ、今はこの名曲に身を任せていれば、いい気分になれるからさ。

 

 

『Mm……がんばってみるよ やれるだけ』

『Mm……がんばってみてよ 少しだけ』

『Mm……なんだかんだ言っても』

『つまりは 単純に 君のこと』

 

 

 サビでは、あえて大声を張り上げない。自分の出せる全力の、多分7~9割のライン。割と結構張り上げてるくらい。自分が気持ちよく、こんくらい出したいってぐらい出すのが一番良いんだ。だって、それが気持ちよくて、楽しいんだから。

 音を楽しむって書いて音楽って読む。本当にそのまま。それを極めし者が音楽に愛されるって、誰かが言ってたような気がする。気がするだけ。

 

 

『好きなのさ』

 

 

 

 

 


 

 

 

 

 

 質問来てた! Q.誰もいない大部屋の中、一人で大きな声で歌を歌うと、気持ちが良いですか?

 結論。今までの人生の中で一番気持ちが良かった。じゃあ二番目に気持ちよかったのは何? 二番目は赤い羽根募金におもちゃのコインぶち込んだ時。

 山ちゃんのとんでもないゲラ笑いが聞こえてきそうな気がする。勿論、嘘です。当然の様に嘘をつくからね。

 

 

「ヤバイ。癖になるこれは」

 

 

 ついてはいけない癖がついてしまいそうだ。ギターを握ってる腕が、もう次の曲を弾きたいって言いだしてるもんね。

 でも、こういう時に油断は禁物。でけぇ音出した後には、ハイエナみたいに漁夫が飛んでくるって有名だからな。無限漁夫編不可避。ちゃんと戦闘終わったら飛んで逃げる! ジャンパで逃げる! さっさと漁ってさっさと退散! 引くこと覚えろカスって五万回聞いたから。

 

 そんなわけで、ちゃんと一度きりにしてギターを置きます。検証結果もちゃんとわかったしね。

 

 

「んー、帰るか」

 

 

 そう、この検証が終わった時点で、もう俺がここにいる理由が無いのである。

 そうなれば帰るだけです。もう達成感しかないからね、こっちとしては。やる事やりましたよ! えぇ! とんでもなくろくでもないけど。

 

 そんなわけで。ギターをしっかりスタンドにおいて、元々持ってきてないも同然の手荷物を纏めて、さっさと僕は退散します。あっ、電気は消さないです。つけっぱでいいらしいからね。

 

 

「お」

「今から帰り?」

「おう……なんでPさんと美波さんも?」

「あー、えっと、ちょっと忘れ物しちゃって」

「私も、少し用事がありまして……」

 

 

 ルンルン拍子でPルームのドアを引くと、なんか目の前に凛とPと美波さんが現れた。目と目が合ったらポケモンバトル! いや、まぁそんなことしないけど。

 

 三人とも戻ってくるとは。でもこちらはそういうのを想定済みでしっかりと引いてきたからね。ちゃんと引いてよかった。引くこと覚えろカスとは名言だったのだよ。

 あそこで欲張っていたら、俺は全力歌唱を聞かれていて死んでいた。だがしかし、俺は引いた。バトロワは最後に残った奴が勝ちなのだよ! フハハ!

 

 

「新しい曲、覚えたんだね」

「いやいやいや、セロリは昔から知ってただろ。何なら実家でも歌っ……て……ん? なんで?」

「随分、気持ちよさそうに歌ってたから」

「あはは……ごめんね? 本当は、早めに入ってあげた方が良かったのかもしれないけど、凛ちゃんがまだ早いって……でも、歌はすっごい上手だった!」

「……良い歌声でした。もしよければ、これからボイストレーニングの方も、視野に入れて頂ければ」

 

 

 今、俺は完全にムンクの叫び状態です。有頂天から絶望まで急転直下の160キロで叩きつけられた。富士Qの高飛車なんかよりもよっぽど怖いわ。人生。

 って言うか、実家の件と言いなんでそう貴方は聞こえているのに止めに来てくれないんだね。なんで一回上げておいてから、もういっちょと時間差で叩き落すの。

 性格悪いよ、それ。より絶望を感じるからね。

 

 しかも何があれって、凛だけに聞かれてるなら、まぁええやってなったところなのに、何でかPと美波さんもくっついている所が余計にダメージ高い。

 今まで、アーニャ、飛鳥、夏樹さん、美嘉さん、奏、周子さんには自分の歌を聞いてもらう機会があったけど、それ以外にはないんだよ。どういうことかわかるだろうか。僕が夏樹さんみたいに、誰にでも聞いて貰えるような、歌が上手くないという自覚を持っているということだ。

 

 つまり、俺は普通に人に歌を聞かれることに関しては、恥ずかしいという感情を覚える人間なのだ。文化祭の時は別な。あんときはスイッチ入ってアドレナリンどっばどばだから。

 

 

「あの、どうにかしてどうにかならんですかね」

「諦めなよ。詰めが甘い」

「でも、本当に歌は上手だったから! 大丈夫だよ。うん!」

 

 

 ほらぁ! Pさんが首元に手をやってるじゃん! あれやっている時は、大体困っている時のサインってもうCP内では共有されつつある事実なんだから!

 歌が下手糞って言われたことは一回も無いんだけどさ、それは大体みんなが面と向かって、お前歌下手だな、なんて言えないだけじゃん。自分で自信持てない時点でそういうことなのよ。

 

 とりあえず、もう二度とCPルームで誰も人がいないとわかっていても、本気で歌を歌うのはやめると心に決めたね。もう絶対に歌わない。本当にやらない。

 こんな黒歴史みたいなことを何回もやる奴は馬鹿だわ。俺は絶対にやらんからな。

読者層気になるので知りたいアンケ

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