広間を抜け、ホールを抜け、エレベーターに滑り込む。少しだけ息を整えたら、今度はドアが開いた瞬間に、走ることなど一度たりともなかった廊下を駆け抜ける。
1分ほど走り続けて、スライディングするような形で急ブレーキをかけると、ゴールは目の前。元気いっぱいノックを3回!
「どうぞ」
ドアの向こうから激渋声! つまり開けてもヨシのサインです! さぁ、そいやっさ!
「お疲れ様です! はぁ……! Pさん今時間大丈夫ですか!」
「……お疲れ様です、松井さん」
おそらく、先ほどまでいつも通りデスクワークをしていたのだろう。今日は外のロケに付き添うっても聞いてないしね。
少し位置が低めに設定されているモニター後ろから覗くPさんの顔は、真顔ながらに少しだけ不思議そうな表情を浮かべていた。
そりゃあそうだ。こんなに急いでPさんの部屋に転がり込むなんてことは無かったし。本田の一件の時もドタバタって感じじゃなかったからね。黒歴史思い出してしまった。
「息が上がっているようですが、何かありましたか? 現場で何か……」
「俺! 決まったかもしれないです! CDデビュー!」
「………………はい?」
一世一代の大報告。
不思議そうだった表情から、一切変わらずに首元に手が伸びる。何がなんやらといった様子だな。仕方がないからもう一度言うよ、Pさん。
「決まったんですよ! 俺のメジャーデビューが! 2回目!」
思わずというか、勢いそのままに机に手を置き、身を乗り出してPさんに目で訴えかける。Pさんからしたら藪から棒だろう。
そもそも、こういう話は本来運営、マネージャー側であるPさんが第一報を聞くはずだから。
「……松井さん。本日は、デモテープの収録だったはずですが……」
「えぇ! 今しがた終わりました!」
「デモテープで生音源のレコーディングが珍しいのは理解しています。ですが、今回のはあくまでデモテープの収録です。本番の音源では無いので……」
「一回やったんで知ってますよ! でも決まったんです! デモじゃなくて、本番のガチの収録!」
今回は色々と特例も特例だ。そもそも、初めてのCDデビューの時はあんなあっさりしてたのに、2回目でこんなに喜んでる時点で特例だ。いや、1回目も死ぬほど嬉しかったんだけどね? これを1から10まで説明しようにも、ちょっとだけわかりにくい。
そういう時に便利なのが脳内回想~! あっ、四○元ポケットは無いです。ただの脳内回想なので。
回想ってこういう時便利だよね。そういうわけで、ちょっとだけ遡り回想してみましょう!
今日、僕はデモテープの収録現場にギター兼ベースとして参加をさせていただきました。
本来であれば、デモ音源の作成は打ち込みが主。生音源の収録は手間がかかる上に、コストも勿論かかる。最初のデモ段階であれば、打ち込みで済ませる理由しかないんですけど……今回はちょっと特例だったという話。
というのも、今回の曲は作曲者さんと編曲者さんが別パターン。ここまではよくあるパターンなんですけど、この編曲者の方がどうやら生音源での音を取りたいと。曰く、本物の音の方がイメージしやすいから、本物の音に越したことは無いとか。
だがしかし、ここで一々デモテープの収録にプロのスタジオミュージシャンなんか呼んでたら手間もコストもかかるという最初の話に戻る訳で。
『……と、言う事で。デモテープにはなるんですが、松井さんに収録のご依頼が来ていますよ?』
『はぁ……もちろんやらせて頂きます』
そういうわけで、普段は編曲者さん自らギター弾いたりドラム叩いたりしていたわけらしいんだけど……ここで俺に白羽の矢が立った。
コストもかからず、かつベースの技術も買っている上の人からの推薦もあったらしい。これは千川さんが教えてくれた。そもそも、Pさんからではなく、千川さんからお仕事の話が来た時点で普段とはちょっと違うしね。
こちら側としては、頂いた仕事を断る理由なんて何一つない。仕事を選ぶ立場でもないし、デモテープの収録とはいえ、あの現場を体感できるなら喜んでいかせてもらうくらいだ。
そんな訳で、世にも珍しいデモテープの収録に向かったんだけど。
『兄ちゃん滅茶苦茶センス良いね~! その安定感、プロでも中々いないよォ!』
『マジすか? あざす!』
『兄ちゃんぜってービッグになれる! ボクが保証するって!』
この編曲者の人がとんでもない褒め上手だった。現代のインテリヤンキー風、如何にもチャラいバンドマンみたいな風貌をしていた方だったが、やっぱり人は見かけによらないらしい。
今回の編曲者さんが求めていたベーシスト像が、ぴったり俺にマッチしたのもあったらしく。収録も殆どセカンドテイク無しの一発収録。ものの1時間と少しでお仕事終了してしまった。
そんな超絶絶好調の現場で褒められながら収録してたら、そりゃあウッキウキにもなるだろう。だって嬉しいんだもの。ビッグになれるなんて現代で聞くとは思わなかったけども。
『デモだけじゃなくて、本番も来てくれないかな? 346の人にはボクから声かけとくからさ! 君からも頼むよ!』
『マジですか! 是非お願いします!』
『346さんの所、最近新プロジェクトの方も好調らしいじゃない? そういう所にはね、実績ある人も採用されるんだけど、兄ちゃんみたいなフレッシュで勢いある若手も採用されるのよ! 乗るしかないじゃない? このビックウェーブに! 新プロジェクトの女の子と一緒にCDで名前も載るのよ!』
「Pさん! 俺はここが勝負所なんです! このビックウェーブに俺を乗せてください!」
「は、はい。勿論、検討させて頂きます」
「ヨシ!!!」
別に、正直自分がビッグになるのにはあんまり興味はない。杏イズムじゃないけど、良い感じに働いて、並から並以上くらいの生活をさせて頂ければ、もうこれ以上の幸福は無いからね。
ただしかし、『新プロジェクトの女の子と一緒にCDで名前も載るのよ』って言うあの言葉を聞いた瞬間、今まで考えもしなかった感覚が頭を貫通した。いや、蘭子とはもう名前が一緒に載ってるんだけど。多分編曲者さん知らなかったからね。
「凛と一緒に名前乗るってヤバくないですか! 載りますよね! 蘭子の時、俺の名前ありましたもんね!」
「……確かに、CDには収録参加者の名前が載ることもあります。ですが……」
「ですが?」
「……いえ。松井さんが、渋谷さんと同じCDに名前が載るかも……という所に、強く興味を示すとは思いませんでしたので……」
…………確かに。なんで俺、こんなに凛と一緒のCDに名前が載るなんてことでこんなに熱くなってるんだろ。いや、賢者タイムに入ったとかではなく、今も心はアチアチなんだけど。
言われてみれば、俺は凛と同じステージに立ちたいとかも思わなかったし、同じ現場で仕事したいっても思わなかったな。そもそも、あいつがアイドルで俺はなれてもただのスタジオミュージシャンってのが根本にあるのは大きいんだけども。
この会社、この業界に入ってからも、俺はなんでか凛との距離感を強く感じてたかもしれない。追いつくとかではなく、そもそもの土俵が違うから、追いかけることもままならない。隣の家で、お互いの部屋の窓2枚分しかなかった距離が、勝手に物理では測れないような距離に広がって行ってる気がした。
「俺も、なんで急にこんなことに興味を示したのかちょっと不思議ですね。少なくとも、多分、ちょっと前の俺なら食いついてないと思います」
「それは、心境の変化も……」
「勿論ですよ。俺だって高校生ですから。何が変わったかはわかんないですけど、変わって行ってるのはわかります」
前の自分と今の自分。何が違うかは少し考えれば簡単にわかることかもしれない。それでいて、今もまだこの距離感を埋める手立てどころか、この隙間の正体も正直掴めてはいない。
けど、CDって言う形に残る媒体で。目に映るモノであれば。もしかしたら、俺と凛の今いる場所を可視化できるかもしれないと。あえて言語化をするなら、そうやって言うのが一番近いのだろうか。
でも、多分本心はそんな難しいことを考えていない気がする。バカだからね。毎日そんなに頭を使って生きていない。いつもの自然体な姿で言うならどう言った言葉で口にするのが正解なんだろうか。
「ただ、変わらないというか。素直に言うんだったら」
自分の素直な気持ちを口にするのが恥ずかしいとかではない。ただ、自分の本心が一体どこにあるのか。シンプルだけど、難しいことではあると思うんだ。
ちょっとだけ、昔の思い出からかき分けてみる。
小学校の思い出、中学の思い出、高校からの思い出。公園で遊び、野球に打ち込んだ。家でゲームに明け暮れ、楽器に触れて、色々と変わった。距離が離れていた人と、また近づける機会が来た。これかな。
「近くにいたいじゃないですか。我儘ですけど。あいつが輝いてる所、特等席で見たって文句言われないと思うんですよ、俺」
慣れないことを言うようで、つい頬をぽりぽりと掻いてしまう。変な感じだ。
中学あたりで疎遠になった時、かなり寂しかったし。お互いに思春期なのは理解してるし、そもそも他人なのも理解している。家族と言える中でも、兄弟というにはかなり擦れた距離感って言うのもわかっている。
でも、大事な人と言う事には変わりがないから。そいつがドンドン遠くに行くとしても、違う所で暴れたとしても。場所は違くたって、なるべく近くで見たいと思うのは、多分変な事じゃあないと思うんだ。
あいつがどう思ってるかは知らないけどね。ちょっとくらい、近くで見たっていいじゃない。お叱りはちゃんと受けるからさ。
「それなら、私も全力でサポートさせて頂きます。シンデレラの舞踏会に、王子様は必要ですから」
「王子様なんて柄じゃないし、なるつもりもないですけどね。ガラスの靴を履くお手伝いくらいは、出来たら嬉しいですけど」
なにも俺は主役になりたいとかそういうのはない。シンプルにどんどん綺麗になってくシンデレラを特等席で見たいだけだ。自分の本心はよくわからないけど、今の気持ちは少なくとも嘘ではない。本当の気持ちに気が付くのは、今じゃなくてもいいだろう……と、都合よく解釈したい。自分の本心を簡単に理解するなんて、口では簡単だけど案件にも程があるしな。
「件に関しては、また検討させて頂きます。収録の方、お疲れさまでした」
「ありがとうございます! じゃあ、失礼します!」
お互いに普段言わないようなことを言ったせいか、ちょっとだけ歯が浮く様な空気感になったけど、そこはPさんがしっかりと切ってくれた。
いつものように検討するって言葉止まりだけど、前向きなものとして受け取っても問題は無いだろう。確定的な事しか言えないから仕方がない。
「おっ、お疲れ~」
「んぉ? 三人ともレッスン終わり?」
「疲れましたぁ……」
「ん。見ての通り」
静かになるようにドアを閉めると、丁度出た先にジャージ姿のニュージェネが揃ってお出まししてた。タイミング良くってよりかは、もう通り過ぎてたのを音で気が付いて、ちょっと戻ってきた感じだけど。
見ての通り、と言われたように、ダンスレッスン終わりなんだろう。三人とも中々に疲弊している。それでも大分息は戻ってきてるみたいだけど。やっぱり毎日動いてると回復力も上がるんだねぇ。今なら体力勝負も絶対に負けるわ。
「ねぇ」
「はい?」
「なんか、良いことあった?」
「えっ、しぶりんなんでわかるの!? 未央ちゃんには、まっさんは普段と変わらぬしかめっ面にしか……むむ……」
「わかるっていうか……なんとなく……」
「凛ちゃん凄いです!」
俺、そんなに普段からしかめっ面してる? マジ? ただの怖いおじさんじゃん。直そう。
というより、まだ俺は何も言ってないのに、なんか良いことがあったのは確定みたいな流れになっている。まだ何にも言ってないのに(二回目)
「ご名答、良いことはあったよ」
「ほうほう、良いこととは!」
「秘密」
「えー! けちんぼー!」
いやいや、聞かれたら恥ずかしいこと言ってたし。それにまだ、決定事項じゃないしね。
もしかしたら、CDに凛と一緒に名前が載るかもなんだ~ってウキウキで言うのは流石にキツいものがある。年齢と性別考えろ。キツイ以外の何物でもないだろ。っていうか、こんなこと本田に言ったら絶対に言いふらされるしな! 絶対言えねぇ。
「まぁ、いいよ」
「ほえ? いいの、しぶりん?」
「言うほどの事でもないって事でしょ。アイスが当たったくらいで大喜びで報告してくる男だし」
「アイスが当たったのは大ニュースだろうが」
「確かに、それは大ニュースかも……」
「一理ある……」
「三人ともそっち側なのは想定外だったな……」
そう頭を抱えるなよ。俺は本田と卯月がこっち側の人間で安心したよ。お前の事は知らねぇ、頑張ってくれ。大丈夫! いけるいける絶対大丈夫!
俺らの付き合いだからこそわかるってことがお互いにあるもんだ! な! ガハハ!
読者層気になるので知りたいアンケ
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