真夏と言えば合宿。何も、本番に向けて打ち込んでいるのは彼女たちだけではない。俺だって、勿論鍛えている。
というか、あいつらの大目標でもある夏フェスに俺もです。
『それじゃあ最後、音響だけ合わせるのでもう一度お願いします。二部三曲目の────』
このように、今まさに夏フェスの会場であるステージで楽器隊だけのリハをやっております。すんげー緊張してる。動画で見たようなちょうどでかいステージに、俺今立ってるんだ。リハだけど。
スタジオでの度重なる通し練習の末に、実際の会場にてアイドルを除いた裏方さんや俺も含めた音響、イベントスタッフ全体の一発リハだ。
野外ということで空調もなし。本番では長時間の演奏を強いられはするが、リハのここで体調崩しても意味はないということで、だいぶん時間は限られてるんだけどね。ここで体調崩されたら意味がないということらしい。アイドル達含めたリハを問題なく進行するためのリハなところあるから。前乗りの前乗りだね。
限られた時間の中で、テキパキとチェックしたり音響や息を合わせたりというのを初めての現場でやるのは、中々大変なものがある。大分暗いしね! 手元見にくい!
『ベース、後ろにちょっとヨレてる。音響の感じも普段とは違うだろうけど、ちゃんとこの時間で慣れて』
「ウッス!」
普段立っているスタジオやステージなどとは規模が違う。いつものように手元や体の周りで収まるようなレベルじゃない。ステージのその先まで低音は響く。こんな音を自分の手元から出すなんて想像もつかない。感覚だって、多少は鈍る。
それでも、案外今までの人生で培ってきた経験は嘘をつかないみたいで、染みついた左手の動きと、右足で刻んでいるリズムは、正確にフレットの端を正確にとらえている。練習は嘘をつかない。KEIS〇KE H〇NDAも言ってたもんね。
ここで求められているのはプロの仕事。まだ学生だから、若手だからなんて言葉は一切通用しない。一回りや二回りも上の大人と同じクオリティを求められる。裏方という表では見えない仕事に、年齢や事情など関係しない。わかっていたつもりだけど、実際に近づいてくるにつれて、緊張感を肌で感じてくるね。わくわくしちゃう。
アイドルのライブだからと言って、バックサウンドに手を抜くなどの気持ちなんかここには存在しない。
俺のような、346に所属する自前のミュージシャンだけではなく、外部事務所や、フリーのミュージシャンも参加している。
画面の向こうにいたあの人と、裏とはいえ一緒に演奏できている。しなければいけないといった方が正しいかも。一緒に立つって言うことは、足を引っ張れないって事と同義だし。
ひたすらに裏方の音響さんとコンタクトを取りながら、細かいチューニングやニュアンスの部分を根詰めしていく。次に行われるアイドルも参加するリハまでには大方仕上げなければいけない。慣れない舞台だなんて、言っている余裕はない。
『バックバンド組OKです。次、セッティングやるんで────────』
「お、終わった?」
「お疲れ様。楽器は置いたままで良いから、室内に下がって涼もうか」
思わず自然と顎が上を向き、ぶふーっと口から空気が大量に漏れる。緊張が解けるってこう言う事なんだね。
周りの先輩たちも、優しくぽんぽんと肩や背中を叩いてくれる。その度に頭を下げているのも、なんだが乙な感じだ。
今までのスタジオでの収録なんかとはわけが違う。炎天下での野外、本当の一発勝負。メンタルの抉られ方も体力の持って行かれ方も、いつもとは全く非にならない。尋常じゃない。ライブのゲストは一発勝負、ストレスフリースタイルって奴だ。ありがとうDJ,WAKA。
とまぁ、そんなネガティブなようなことは言ってますけれど。
まさに灼熱と許容するに相応しい外とは違い、室内はまさに天国。人類の大発明である冷房には感謝してもしきれない。ありがとう冷房。君のおかげで、今日も又ちいさい幸せみいつけた。
スタッフさんの人ごみの中で、一際目立つ黄緑の蛍光色。両手にはコップとタオル。視線をくるくると回し、おそらくこっちを探して……あっ、目合った。
「松井さん、お疲れ様でした」
「お疲れ様です。今日の所はこれで終わりですかね」
「えぇ。初めてのことや経験ばかりで、結構ハードだったでしょう? それに、この炎天下ですから……」
「はい! でもめっっっっちゃ楽しかったです!」
予想とは少し反する返答だったのか、合宿中のPさんに代わって付き添いで来てくれていた千川さんも、ちょっと拍子抜けしたような顔をしている。
ちょっと暗めな現場だと、いつもの緑の格好はとてもありがたいですね。遠くからでもすぐに千川さんだってわかる。
実際、とんでもなく楽しかったです。こういうプレッシャーとっても好き。表には出さないようにしてるけど、アドレナリンが体中駆け巡ってるのが今でもわかる。体を冷やしたいくらい。いや、今すぐ水風呂には入りたいんだけど。体が熱いどころの騒ぎじゃないので。
夏樹さんと会ったばかりの頃のライブでも、緊張より楽しさが勝ってたし、自分ではあんまり自覚が無かったのかもしれないけど、俺は案外こういう大舞台が好きなのかもしれない。すんごい主人公みたいなメンタリティしてるねって自分でも思う。
「とはいえ、体にはキますね。アドレナリンで大分マシにはなってますけど……」
「当り前じゃないですか……汗びっしょりですよ。今すぐ着替えても、すぐにべたべたになっちゃうでしょうから、少し、ここで休んでから戻りましょうか」
渡されたタオルがあんまり意味がないくらい、Tシャツもズボンもパンツも汗でぐしゃぐしゃ。通り雨に降られたって言ってもワンチャン通せるレベルだ。数年ぶりの炎天下でのハードワーク。当然といえば当然。
一緒に渡してもらった麦茶が、あまりにも美味すぎる。今のこの状態における冷たい麦茶は間違いなく世界で一番美味しいです。思わず一気飲みしてしまうおいしさ。ありがとう千川さん。マジでいい人。一生ついていきます。
「あっちはあっちで頑張ってるんですかね」
「みんな、頑張っていると思いますよ。フェスに向けて、あんまり時間も無いですから……でも、今はやる気を出しちゃダメですよ? 今日のところは休みましょう。ここで倒れたりでもしたら、私がみんなに顔向けできないですから」
表情でやる気があったのがバレていたみたい。みんなが頑張ってるんだから、俺も頑張りたいよねってなるのは当たり前じゃんね。あんなクソ暑い中でダンスとか、相当ヤバイだろうし。
って言う気持ちも、丸めてひっくるめてバレていそうで。練習、今したらだめですよって釘まで刺されてしまった。ちゃんと大人に制御されているね。
そういわれては仕方がないので、少し休みましょう。
となると、先ずは場所探し。リハーサル中と言う事もあり、ステージの裏にも避暑地である室内にもそこら中にスタッフさんがいる。
廊下にいても目を引くし、外にも出たくない。
となると、良さそうなのは少し外れた機材の置いてある部屋。中を覗いてみると、案の定誰もいないし、だれか来ることもなさげ。ここが良さそう。冷房も入っているし、休むスペースも十分。少し、機材に手で負荷をかけて見ても……うん。全然問題なさそう。背もたれにはなる。最悪、怒られたらごめんなさいをすればいい。
血が全身を巡る感覚に襲われながら、ゆっくりと腰を下ろして、片膝を立てる。顔を上に向けて目元にタオルを掛ければ、突貫休憩スタイルの完成だ。小学生の頃、運動部のクソきつい練習をやった後とかは、みんなこの状態だった。楽だし、何よりそれっぽく絵になる。
嘘です。考えてこんな体制なんか取ってません。自然になるだけです。楽だからね。
こうして休んでいると、少しずつ胸の高鳴りも落ち着いてきて、体から熱も逃げる。皮膚を伝う汗が冷え、乾く感覚が心地いい。溢れていたアドレナリンも鳴りを潜め、その代わりと言わんばかりに、疲労感が体にのしかかる。
強がりなんか言ってたけど、疲れるもんは疲れる。人間は暑さに特別強いわけじゃないんだ。ノーダメでいられるほど、俺は歴戦の猛者じゃないからね。
ふと、タオル越しにおでこが冷たい感触。今の時期はありがたい、心地の良い。
ただ、明らかに他人の手。
「やあ。こんなところでぐっすりとは、案外キミはボクが思っているよりも図太いんだね」
「……なんで?」
「その疑問には、答えるまでも無いと思うんだけれどね。ボクが誰なのか、キミが知っているのなら」
「そりゃ知っていますよ。知り合いですもの」
目元に被ったタオルを剥いで顔を上げると、よく知った中二病のイケメンなアイドルがいた。丁度目線のすぐ近くに、汗をかいたペットボトルがゆらゆらと揺れている。
いつものようなゴテゴテの装飾品たっぷりの恰好では無く、動きやすそうな比較的シンプルな格好。それでも、袖は破けている。上着の方がダメージ加工ってあんまり見ないんだけどね。とても似合っている。
疲労感に動きが鈍い。ゆっくりと身体を押し上げてみると、前かがみになってこちらを覗き込んでいた彼女も、合わせて真っすぐと姿勢を正していった。なんというか、所作がそれっぽい。細かいね。
「なして飛鳥ちゃんがここにって話よ」
「大舞台を前にして、何も準備しないというのは愚かなことだよ」
「律儀というか、丁寧な所あるのねぇ」
「ボクだって、アイドルという自覚はあるのさ。応援してくるファンがいる以上、ボクという存在を輝かせる為の行動を惜しむ理由は無い。そうだろう?」
「俺、今感動してる」
ごもっともにも程がある。芸能界、アイドル界を生きる先輩って言うのは、こんなにも眩しいものなのか。年下とは思えない、あまりにも達観したプロとしての行動。尊敬しちゃう。中二病的な言い回しも、こういう時にはこんなにバフになるんだな。
ステージに前乗りをして、本番前に自分の立つ場所を再確認って言うのは、俺達裏方だけの話じゃなかったんだな。
「努力とは惜しむものじゃない。誰もが壁に阻まれ、それを乗り越え、ボクらはこのセカイで一層輝く……それは、キミも同じじゃないかな」
「まだハゲたくないな」
「物理的な話になるには、もう数十年かかるだろうね」
「若ハゲになったらどうしよう」
「人間、時には思い切りというのも大事なのさ。覚悟を決めた人間は、その人にしかない輝きを放つ」
「頭部が?」
「視線を頭からずらさないかい?」
若ハゲになったら坊主になってマッチョになってシュ〇ちゃんを目指さないといけないもん。この世で最も格好いいハゲを目指そう。あのお方こそが、俺達男子の考える最強のイケてるメンズだからね。もしくはマッチョな喋るキウイになるしかない。
少しだけピクリと反応した眉。それ以外は汗一つない涼しい顔に、少しだけ滲んだ首元。こういう人間が大体陰で死ぬほど努力をしているなんて言うのは常識の世界だ。
少ない努力でこの世界を生きていける人間はほんの一握り。何かしらの才に恵まれた人間が、みんなこぞって自分を磨くと努力をしているんだから、そりゃあ叶わない。人前に出る職業の究極系って言うのはそういう事なのかな。
「すげーよな、アイドルって。こんなどでかい舞台で、一杯に詰まった観客を身一つで沸かせるんだもんな」
「……いや、ボク達はなにも一人でここに立っている訳じゃない。この言葉の意味がわからないキミでは、無いと思いたいんだけれどね」
……あれ。なんか、さっきから君物凄く僕の事を励ましてくれていない? そういう方向性じゃない?
もしかして、心配されてる? よくよく考えてみれば、過去一の箱イベントのリハ。初めての環境。ハイペースなプロの所業。それを終えて、裏方の端の方で、タオルで顔面を隠して休息を取ってる。
見方によってはというか、相当にこれ落ち込んでるね。全然落ち込んでないんだけど、状況証拠揃ってるもんね。最後が決め手だもんね。もうマヨネーズだもんね(?)
「……勿論」
いや、『勿論』って滅茶苦茶雰囲気作っていってる場合じゃないんだけどね。状況とか回答としては何も間違ってないんだけども、これが進めば進むほど、『いやー、ただ疲れて休んでただけなんだよね~!』って言いにくくなる。
これが普通の相手だったらいいんだけど、飛鳥が相手だとなんだか憚れる。そもそも、女の子がこんなに心配してくれていることを無下にするようで憚れる。
うわー、飛鳥ちゃんすんごい嬉しそうな顔してる。俺も嬉しいよ? 飛鳥ちゃんがこんなプロフェッショナルなアイドルなんだなって知れてとっても嬉しい。なんでか、そういう雰囲気になる度に背中が汗でびちゃびちゃになってくるんだよね。
待てと。もしかして俺、考えすぎてやしないか? 普通に疲れて寝てただけなんだよねって言ってしまえば、それでいいのでは? 飛鳥ちゃんが心配してくれて嬉しかったよって、ワンチャン俺のそこそこの顔面をもってすれば、行けるのではないか?
「キミ含め、スタッフさんや裏方さん、一人一人のおかげでボクはここにいるんだ……キミも、その一人なんだ」
「うん。付いてくのに必死で疲れて寝ちゃってたもん」
「えっ」
「はい」
今なんか普段出てないのが出て無かった? それどころではない気がするんだけど、それはそれとして出てたよね?
あっ、思ったよりもびっくりしてるほんますまん。
あっあっ、顔が赤くなりだした拳も握りだしてるこれは不味い。ほんますまん(二回目)
そんで拳が上に行って、そのまま振り下ろされる……こともなく。
「……フフッ、アハハッ!」
あんまり見ないような、年頃の女の子そのものの笑顔。
頭を小突かれるか、何かしら怒られるかの覚悟をしていたので、こちらはまさに鳩が豆鉄砲を食ったような状態。
飛鳥ちゃんが乱暴するような子だとは思ってないんだけどね? それはそれとして、ちょーっと恥ずかしくなりそうな感じになっちゃったので、結構びっくりだと言いますか、何と言いますか……
「いや、キミはボクがキミに対して感情を昂らせることを想像したんだろうけど、それは少しボクの事を買いかぶりすぎさ」
「……ほへ?」
手に握ったままのタオル。その端を摘んだかと思うと、視界の大半が白に染まる。額の感覚で飛鳥が汗を拭いてくれたとわかった。
白にまみれた視界が開け、元に戻ったかと思うと、今度は飛鳥の少し口角が上がったしたり顔が、すぐ目の前に。近い。顔が良い。本当に顔面が強い。
「何しろ、キミに対して綴った言葉は、何一つ嘘偽りない本当の言葉。ボクの口から紡いだ言葉を、恥ずかしがる理由なんてないじゃないか」
あぁ、そういえばそうだった。二宮飛鳥という女の子は、こういう女の子だった。
飾られ、ねじり曲がったような言葉で自分を飾っているのに、まっすぐな女の子。
これはねぇ、お兄さん完全にやられましたよ。もう見てくださいよ、今の私を。恥ずかしくなって体操座りに両手で顔面隠して、これ完全に夢女子のポーズですよ。完全にハート射抜かれちゃってますよ。
「ごめん!!!」
「キミ、案外褒められていないのかい? それとも……いや、こういう事には慣れていると思ったんだが。あの子相手だと、勝手が変わるのかな? 興味深いね」
こうして、私、松井光は、二宮飛鳥に一本どころか三本くらい取られて完全敗北しましたとさ。
簡単なオチがついて話として完璧だなーなんて思ってたのに、やっぱりアイドルってすげぇんだな。キャラが濃いってだけじゃ説明がつかねーや。
お仕事忙しすぎて小説死んでました。生存確認で活動報告は上げましたが、あんまり見られない場所で生存報告しても意味がなかったです。へっぽこ。
感想読み返して気合で書き上げました。感謝。小説の感想ってすごいですよね。何度も読み返せるのガチで神です。今年もよろしくお願いします。
追記 あとから気が付いたんですが、夏フェス会場確認してたら思いっきり外でした!!!!(アホ) 全体的に修正かけてます!!!
読者層気になるので知りたいアンケ
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男! 未成年
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女! 未成年
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どっちでもないorわからん! 未成年
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男! 成人
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女! 成人
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どっちでもないorわからん! 成人