朝焼けがようやく目を覚ます。時刻は午前四時過ぎ。柄にもない行動をするときは、いつもこういう時だ。要するに、翌日イベントが控えて眠れないとか、そういう夜。
目を閉じては、開き。スマホを開いて、五分後に目を閉じる。転がり、トイレに行き、もう一度寝る。そうして外が明るくなると、眉間にしわを寄せながらベッドを出るのだ。
いっそのこと、外に出てしまうのが俺の流儀。部屋、もしくは食堂で水を飲めばいいものを、わざわざ346プロ構内の自販機までドリンクを買いに行く。選んだのはサイダー。なんというか、どこまでも柄にない。
口に広がる炭酸の刺激で、少しずつ意識が覚めていく。何故か、どこかに隠れていた眠気が顔を出す。今更遅いというのに。
半分くらい減ったサイダーをふらふらと揺らしながら、付く帰り道は、かなり明るい。構外の道には、スーツを着た社会人や、犬の散歩をするおじいさんなども見受けられる。
真夏の朝は、かなり湿気が厳しい。外に出るもんじゃなかったと、今更後悔してみるがもう遅い。速足で寮に帰ろう。
寮の玄関は、来た時よりも涼しかった。俺が暑くなって帰ってきただけなんだが。
廊下はまだ静かだ。誰かが起きている様子もない。シンと物音ひとつ聞こえない。
ただ、玄関を曲がって自分の部屋がある方へ向かうと、自室の隣の部屋の前に人影。一瞬、目を凝らしてみるも、すぐにわかった。エクステの有無でわからなかったんだな。
「……起こしたか?」
「いいや。呼ばれた気がしただけさ」
態々スマホをポケットに入れて、扉に背をかけなおす姿に、ちょっと安心したって言うと柄にもない気がする。
「随分と早起きなんだね」
「お嬢さんも」
「まさか。ボクは早寝早起きなんだ。特に、こういう日はね」
俺が早朝に誰かと会うイベント。今まで飛鳥以外だったことがない。随分と生活リズムが正しいようで。もしくは……いや、飛鳥のイメージにはちょっと合わないかも。
「気合入っちゃってさ。体力勝負だし、寝たかったんだけど。流石に自分の体質を恨むね」
「アドレナリンだね」
「かもな。随分と、力が入ってんだ」
本当にそんな体質なのかはわからないけど、もしかしたらそうなのかも。こういう日には、決まって眠れない。今でこそ運動会程度なら眠れるようになったけど、楽しみにしているとか、緊張なんかしていると、もう寝れない。
今日が本番。夏フェス。人生一の大舞台。
一日一日と近づくたびに、自分の実力が上がっていく気がした。この日をずっと待ちわびていた。俺だけの日じゃなく、CPの躍動の日としても。
始めて一緒のステージに立てる日でもあるんだ。そりゃあ、テンションだって上がって仕方がない。
この道で生きてきた先輩たちと同じ舞台で戦えるんだ。怖くもあるけど、それ以上にワクワクが止まらない。目をつむっても、リハの景色が忘れられない。本番、今日の日を待ちわびていた。
「…………ふふっ」
「気合入りすぎてんなぁ。俺」
「いいや、すまない。馬鹿にしているわけじゃないんだ」
口元を右手で隠しながら、年頃まんまの女の子のように笑って見せる。
ちょっと自虐してみたが、どうやらそういう意味で笑っているわけではないらしい。まぁ、人の事を馬鹿にして笑うような子じゃないんだけどさ。
「ただ、君も本当にプロになったんだなと思っただけだよ」
心底嬉しそうに、そうやって零して見せた。
なんだか嬉しかった。頭が回っているのか回っていないのかよくわからない。少し、夢のような空気すらあるこの時間では、自然と胸に染みる。
照れくさげに頭をかいて、ちょっとカッコつけてみる。
「お前らを最高に輝かせてやる。だから安心して、前だけ見ててくれよ」
それが俺たちの仕事なんだから。
間違いなく、人生で一番熱く、記憶に焼きついて離れない。
体から逃げ出す水分と、追いかけるように補給する水分の半分がトントン。塩飴がこんなにもおいしいと感じたのはいつ以来だろうか。
15時を回って始まった夏フェス。順調どころか、ライブ全体で見てもそれ以上を行く代物だった。
洗礼されたダンス。パフォーマンス。演出。音響。
夏樹さんのライブに出させてもらった時とは一味違う、バンドのライブとは違う。アイドルのライブを肌で感じていた。
俺個人の話としても、絶好調そのものだった。寝不足の心配も一切なく、アドレナリンが溢れて止まらない。
ゾーンとは少し違うのかもしれないけど、会場の熱に乗って浮遊感すら感じる。手元は自然とするする動いた。
横目にちらりとステージで輝く楓さんたちを捉えながら、自分の仕事を遂行する。主人公になりたいわけじゃない。アイドルを輝かせることがこんなにも楽しいなんて。
なんて感傷に浸れていたのも、数時間の間だけだった。
自分の出番がない打ち込み主体の曲が続くパートで小休止。
裏に下がってシャツを変えに控え室に向かうと、反対方向からちひろさんが小走りでこっちに向かってきた。緑色はよく目立つ。
「あっ」
「────ーっ、松井、さん」
目があった瞬間、ピタリと足を止めたちひろさんは、驚きの表情を浮かべたが、直ぐに焦ったように寄った眉間のしわがそれを追い越す。
察した。何かあった。
「何かありましたか」
「…………話した方が良いですよね」
伝えるか伝えないか、数秒足元に目線を下げて沈黙を溜めて、ちひろさんは口を開いた。
「美波ちゃんが、倒れたんです」
背中を這いずる、嫌な感覚。
「恐らく、本番前の極度の緊張で……今は、医務室のベッドに……」
「医務室、そっちでしたよね」
急に頭を埋め尽くす嫌な考えから逃げ出すように、うろ覚えの医務室に向かって走り出す。
嫌な汗は止まらない。自分を湧きあがらせていたものが蒸発する。残るのは、早む鼓動に疲労感。
あんなに努力したんだ。ここまで来たんだ。みんなで乗り越えてきてたんだ。
大舞台でそれはないだろう。そんなこと、許されてたまるか。誰にも倒れてほしくなんかない。みんなで、ステージへ。なのに、美波さんって。
切れた息を整え、二度唾を飲み込む。
無理やり動悸を押し込めて、優しく扉を叩く。
「松井です。入っても大丈夫ですか」
動悸はまだ収まってない。扉越しの足音のすぐ後、扉が開いた。
「え、あ……美嘉さん、なんで……?」
「後で話すから。美波ちゃん、奥にいる」
半開きの扉からステージ衣装に身を包んだ美嘉さんが、口元に人差し指を立てて顔を覗かせてきた。
美嘉さんの出番、結構近くなかったっけ……そのままの足でこっちに来たのか。何があったのかはわかんないけど、ともかく、自分の目で見てみないことにはわからない。ここまで来て、まだ現実らしきものを受け入れられなかった。
部屋の外からは、ステージの音響が響いてくる。それでも、部屋の中は静寂ともいえるような空気に包まれていた。
足を進めると、少しずつ漏れ出すような鳴き声が大きくなる。しきりの奥に通されてベッドを覗くと、美しい茶髪のロングヘアがこちらを向いていた。
あぁ、現実。神様、容赦がないんだな。
気持ち一つでここまで来たが、目の当たりにすると言葉が出ない。何をするために来たのかもわからない。
だけど、来ないといけないと思った。
「美波さん」
顔を見下ろして覗き込んでしまわないように、枕元に片膝を立てるようにしゃがむ。
震える肩。止まらない嗚咽。胸が張り裂けそうになる。
なんて言葉をかけていいのか、全くわからない。
美波さんが倒れた。その言葉を聞いて駆け付けた。ただ、いざ目の前にすると、俺には何もない。
無力だ。
「俺、やります。絶対に、シンデレラプロジェクトを支えて見せます」
ごめん、ごめん。小さくつぶやくそれを、遮るように口から言葉が流れる。
頭にはない言葉が、つらつらと口元からあふれ出る。
「俺は、俺の仕事をやってみせます。それは、みんなも一緒です。だから、大丈夫」
きっと、これは俺の悪い癖だ。
何が正解なのか、声をかけないのが正解かもしれない。けど、俺は貴方が自分を責めるのなんて嫌で嫌で仕方がないから。そんなこと、してほしくないから。
「自分を責めないでください。俺だって、一応仲間なんですから」
俺にはなんも出来ないけど、そんなの、見たくないから。
出来ることなら、俺がなんとでもしてあげたいから。
「俺たちが、シンデレラの靴を履かせて見せます」
無力でも、今できることを。みんなが、それぞれできることを。
表に立つシンデレラを最高の状態に輝かせる、俺たちプロのスタッフの仕事だから。
読者層気になるので知りたいアンケ
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