ーー大樹の節のこと。
ガルグ=マク大修道院に設置された士官学校にて、三クラス合同の演習が行われていた時のことだ。
突如として現れた盗賊に、現場は大きな混乱に陥った。彼等は曲がりなりにも士官学校の生徒であり、彼等を守るセイロス騎士団もいたがーーいかんせん、タイミングが悪かったのとーー数が多すぎた。
(ーーこれは、囮が必要だな……)
そう即断したのはリーガン家の嫡子、クロードだ。彼は逃げ腰と見せかけつつ盗賊どもを引きつける、絶妙な速さで明後日の方角へと向かう。
(……っと。同じ事を考える奴が、俺以外にもいたみたいだな)
「やあっ、はあっ!……クロード!?」
「貴方も来ていたのね!」
同じく学級の級長を務める二人に、少しばかりの安堵を覚える。
ファーガス神聖王国の王子ディミトリ。
アドラステア帝国の皇女エーデルガルト。
二人とも高い能力を持った生徒達。少なくとも戦闘に関しては最も信を置ける二人と視線を交わすと、各々武器を構えて盗賊どもを迎え撃つ。
しかし前衛二人、後衛一人では突破力に欠ける上に凌ぎきれない。あともう二人、前衛と後衛が欲しいところだが……。
「ーーーふはははーっ!目ある者は見よ!耳ある者は聞け!歴史に名を刻む俺様の名を!」
戦場に似つかわしくない、歌劇のような大仰な声に三人の顔が強張る。うわぁ、と。
あいつだ。あいつが来たーー……。
「来たぞ、『財閥の馬鹿息子』が……」
彼等の頭に浮かんでいたのは、あの『学園一の問題児』の顔だ。
うんざりした顔で声の方を向けば、やはりというか、彼がいた。
豪快・強欲・傲慢。
誰よりも酔狂な道楽者。
人間の負の部分を全肯定してごった煮にして気品を纏わせたような、不遜な性格。世界は俺の物と豪語するほどのうつけ者。
ーーしかし、その思想を行動に移せるだけの財力と能力を持つ故にタチが悪い。
派手好きの性格を体現したかのような、目立つ赤髪に、不敵な笑み。士官学校の制服を着崩した『キッド家の御曹司』。
「俺様の名はアルバート・ザ・キッド!世界を手に入れる男の名を、冥土の土産に持って行け!……いざ!」
彼の動きは早かった。
稲光が走ったかと思うと、盗賊達の身体を雷が貫いていた。
それに驚く暇もなく、間髪入れずに炎の連弾が放たれる。当たる必要はない。弓は正確性が求められるのに対して、魔法は大雑把でも音と光が敵を怯ませる。もっとも、ここまで効果的に使えるのは並み居る魔導師の中でも数少ないのだが……彼も、その一人ということだ。
雑魚を蹴散らすと、背後からの強襲にも動じず腰から剣を引き抜く。
独特の形状をしたそれは、雷の剣。
アルバートはーー剣の腕も一流だ!
振り下ろされた斧を剣で受け止めると、横に大きく薙ぎ払う。竦んだ相手にまた一撃二撃……と、追撃を加えて攻め立てる。
そして高速の突きにより防御を崩すと、間髪入れずに電撃!まさしく剣と魔法とが高水準で備わった、完全攻撃機関だ!
「ふはははーっ!エガ!ディミトリ!クロード!人手が足りんようだな!俺様が加勢してやろう!」
「その呼び方はやめなさい、っていつも言っているでしょう!?」
「落ち着けエーデルガルト!こいつとまともに相手しても疲れるだけだ!」
「まっ、ここは素直に戦力が増えたのを喜んどくとしようぜ。前衛も後衛もこなせる男が来てくれたんだ、流れは変わる!」
クロードの言う通りだった。
エーデルガルトとディミトリで捌き切れない相手はアルバートが相手取り、クロードの弾幕が足りない時はアルバートも攻撃に加わる。
彼は策こそ練れないものの戦況を読む力に長けており、その時々で最善の行動を取れる立ち回りを続ける。そのおかげで各人が自分の役回りに専念できるので、剣の鋭さも増していく。一人増えただけで、彼等が持つパワーは二倍も三倍にもなるのだ。
しかし、それでも、四人では限界がある。
彼等はそれを分かっているからこそ、あくまで攻めに転じずに、防御に徹して攻撃を凌ぎつつルミール村へと向かった。
「喜べ、盗賊どもは俺様が足止めしておいてやる。貴様達は傭兵団の長に話をつけてこい!もっとも、その間に俺様が全員倒してしまうかもしれんがな!」
「だがお前は……」
「行け、ディミトリ!傭兵団がどの勢力を重視し、軽視しているか分からん!だからどの国にも恩を売れる状況を作るべきだ!それは俺様では無理だ、所詮俺様はキッド家の馬鹿息子だからな!」
「……分かった、死ぬなよ!」
「アルバート、殿ついでに村の人達に盗賊の襲撃を知らせなさい!避難が遅れるのはまずいわ!」
「いいだろう、エガ!」
「村に被害が出るかもしれないとなったら傭兵団も無視しないわけにはいかない、それも込みで説得してやるよ!」
「ふははは、期待しているぞクロード!」
さて、もう日も暮れてきた頃合いだ。足止めすると言ったものの、さすがに多勢に無勢。敵の数が目視し辛い。
だがそれは相手も同じ、しかも薄暗い中で味方か敵かを見分けなければならないが、こちらは関係ない。武器を持った人影を見たら即、攻撃である。
闇夜に紛れての闇討ちだ。
しかし……魔法の回数限界も近い。仕方なしに剣での近接戦で攻めていたが……不意にその剣が止まった。
自分の剣を止められる者が、ディミトリやフェリクス以外にもいたのか?ぎょっとして目を向けると、その相手は意外にも女性だった。
「俺の攻撃を受け止めるとは……貴様、何者だ?名を名乗るがいい」
「ーーーベレス!」
「その名覚えたぞ!手合わせ願おうかーーと言いたいところだが、今はそうも言ってられん!倒させてもらう!」
「望むところーー」
「待て!アルバート!その人は味方だ!傭兵団の……」
「ム、そうか!すまん!」
「…………」
二人はお互いに剣を引いた。
無表情な女だ。喜怒哀楽が欠落した、感情を悟らせない表情。しかし一太刀交えただけで分かる、相当の実力者だと。
思いがけない掘り出し物だ。
もしどこの勢力にも属していないフリーの傭兵なら……いや、どこかに属していたとしても。この女、欲しい!
感情を見せずに敵を薙ぎ払っていく姿は見ていて恐ろしいものがあるが、それ以上に見惚れるほどの剣技、そして的確な指揮!
戦術というものをよく分かっている。何でもできる、万能の傭兵だ。
これなら余裕そうだ、と疲れた身体を休めているとーーエーデルガルトが倒したはずの盗賊が起き上がった。
ーー無理がたたって、斧の切れ味が落ちていた。攻撃が浅かったのだ!
「エガ!……ちいっ!」
「くッーーー」
アルバートは慌ててトロンを放つが、距離が遠すぎる。間に合わない!
エーデルガルトは短剣を構えるものの、リーチが違いすぎる。このままではーーというところで間に入ってきたのは、女傭兵のベレスだった。
その表情には微塵も焦りはなくーーあたかも未来が見えているかのような動きで、あくまでも冷静に、そして無慈悲に盗賊の斧を吹き飛ばすとトドメを刺した。
「助かったわ、ありがとう」
「いやーー気にしなくていい。それより、怪我とかはーー」
「貴様!ベレス、と言ったな!」
アルバートはベレスの元へと駆け寄った。
「素晴らしいーー素晴らしい人材だ。最高だ!
ーー気に入ったぞ、ベレス!」
彼は不敵な笑みを浮かべて、言った。
これが彼の特徴にして長所にして短所。
そうだ。彼の本質はーー豪快で、傲慢で、強欲なのだ。
「?一体なにをーー」
「ベレスーー俺様の女になれ!」
「!?」
かくして。
後に戦乱の世に巻き込まれ、神祖の力を振るって戦うことになる『灰色の悪魔』と。
後に世界の全てを手に入れんとする稀代の酔狂者、『キッド財閥の馬鹿息子』とが出会った。
ーー今、ここで運命が交差した。