しがないギルドのウェイトレス
私の名前はタナカマイ、
アクセルという街で、しがないギルドのウェイトレスをしている。
私は自分について、何も知らない。
2週間ほど前のある日、ギルドの前にぼーっと立っている所を保護された。
なんでも、記憶喪失らしい。
名前についても、覚えていなかったが、冒険者カードなるものを作成すれば、名前だけでも分かるかもしれないということになり、ギルドのご厚意で、冒険者カードを作ってもらった。
そして、そこに記載されていたのが、「タナカマイ」という名前だった。
とりあえずこのままでは、行くあてもないということで、またしてもギルドのご厚意で、しばらく雇ってもらい、宿も提供してくれることになった。
とても優しい。
私はギルドのご厚意に報いるため、今日も今日とてウェイトレスをしっかりとこなす。
さぁ、ドアが開かれ、新しくやってきたお客を案内しようと、ドアの方へ振り返ると…
「あぁぁぁぁぁぁっ!!!」
と、指をさされ、大声で叫ばれた。
そこには、指をさしながらこちらに向かってくる青い瞳に青い髪をした女の子と、驚いた表情をしている奇妙な…だけども少し懐かしさを感じる服装をした男の子がいた。
指を指した女の子はというと、私に近づいてくるなり、何も言わず、私の顔をじろじろと見ていた。
すごく困る。
「おい、アクア。いきなりどうしたんだよ」
私の様子を察してか、男の子がその女の子を引き剥がしてくれた。
ただ、引き剥がされても尚、女の子は私の顔を見ていた。
男の子はそんな女の子を不思議に思いつつも、私の方に振り返り、申し訳なさそうに、
「す、すいません、俺の連れがいきなり。俺達、冒険者になるために来たんですけど、受付ってどこですかね?」
2人は冒険者になるために来たらしく、私が受付の場所を教えると、男の子が未だに私の顔を訝しげに覗いている女の子を引っ張っていってしまった。
離れていく際に女の子が、『多分あの娘よねぇ…』と呟いたのが、聞こえてきたが、誰かと間違えているのだろうか。
それとも、もしかしたら、記憶喪失前の私のことを知っているのかもしれない。
ならば今度見かけた時は、私の方から話しかけてみるのもいいかもしれなぁ、と思いつつ仕事に戻るのであった。
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「あのー、仕事終わりに少し時間ありませんかね?」
先程の少年が、無事に冒険者登録を終えたと思ったら、私のところに来て突然そんなことを言い出した。
まぁ無事と言っても、お金がなかったらしく、プリーストのおじさんに恵んでもらっていたが………。
そんな文無しで私のことを誘っているのだろうか。
ここは冒険者ギルド。
たった2週間ほどしか働いてはいないが、男性冒険者からお酒の席に誘われることはしばしば。
ひとまず、断っておこう。
「ナンパですか?そういうのは困るのですよね。それにナンパするなら、せめてお金を貯めてからにしてもらわないと…」
「ち、ちがうわ!……あのですね、何やら俺の連れがあなたと話したいみたいで…」
どうやら私の誤解だったらしい。
それにとても動揺しているので、そんな誘いをしたことがないような、うぶな男の子なのだろう。
……まぁそれはおいておいて、連れと言うのはあの女の子のことだろうか。
それであれば、私の方からも話しかけようと思っていたので、都合がいい。
「連れというのは青髪の女の子のことですよね?そういうことでしたら、大丈夫ですよ。私も聞きたいことがあるので。夕方頃には、仕事も終わると思うので、それくらいにでも、ギルドで待っていますね」
そう言うと少年は、『じゃあ、夕方頃に!』と言い残して、ギルドを後にした。
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日はすっかり沈み、ギルドでは依頼を終えて帰ってきた冒険者達が、それぞれ酒盛りをしていた。
私はというと、そんな冒険者相手に仕事をしている、同僚ウェイトレスを眺めていた。
忙しそうだなぁ。
予定通りに夕方頃に仕事を終えた私は、約束通りギルドで待っていたのだが、かれこれ2時間ほどになる。
暇だなぁ、天井のシミの数でも数えようかなぁと思い、天井を見上げていたところ、後ろから声をかけられた。
「お待たせしてすみません!ちょっとバイト先で色々ありまして……」
声をかけてきたのは、あの男の子だった。
急いできたのか、はぁはぁと息を荒らげていた。
「全然待ってないので、大丈夫ですよ?……そう言えば、連れの女の子の姿が見えないようだけど……?」
「あ、あのー、結構待ってましたよね?その、目が笑ってないんですけど………って、アクアのやつまだ来てないのか。急げって言ったのに!」
そう言うと男の子は、辺りを見渡し、扉付近で見つけたのか、そちらに手を振ってこちらに呼び寄せた。
「おい、遅いぞアクア。どれだけ待たせてると思ってるんだ」
「うるさいわよ、ヒキニート。そもそもカズマがせっかく見つけたバイトをクビになったから遅れたんじゃない!」
「しょうがねぇだろ!秋刀魚を畑から取ってこいだなんて言われたら、やってられるわけないだろうが!お前だって色々とやらかしてたじゃねぇか!」
なんだか、喧嘩が始まり、お互いが顔を突合せ、歯をギリギリしながら睨み合っていたので、終わるまで2人を眺めていることにした。
すると、視線に気づいたのか、2人が申し訳なさそうにこちらに会釈しながら、私の目の前の席に座った。
3人が顔を見合わせ、つかの間の沈黙。
その沈黙を破ったのは男の子だった。
「………そ、そう言えば、自己紹介もまだでしたね。俺の名前はサトウカズマ。そしてこっちが…」
「私は水の女神アクアよ!………あなたは本当に私のこと覚えてないの?」
「カズマとアクアですね。私の名前はタナカマイ。その私、記憶喪失で何も覚えてないんです。アクアは私のことを知っているのですか?」
そう言うと、カズマは私の名前に驚いたように見え、アクアはというと、唸りながら何かを考えているようで、『やっぱりあの時に…』などと呟いていた。
「お、おいっ、タナカマイって…それより記憶喪失だって!?アクア一体どうなってるんだよ。」
「私も何か知ってるなら教えて欲しいです」
「あのね、怒らないで聞いて欲しいんだけど、カズマが思ってる通りマイは日本からの転生者よ。ただ…、カズマにも話したけど、脳に負荷をかけて、こっちの世界の言語とかを習得させるって言ったじゃない?それでね、マイを送る時の魔法陣が今までに見たことがない反応をみせてね、えっとー、その、多分だけど…、運悪く送る時に失敗して…パーに…なって記憶を…無くしちゃったの…かも…?」
アクアの言っている話が全く理解出来ないのは、私だけなのだろうか。
ニホン?テンセイシャ?どういうことなのだろう。
カズマはどうだろうと、彼を見てみると、ワナワナ震えていた。
「ほんとにパーになるのかよ!お前よくもその危険性をサラッと説明しやがって!俺までパーになってたらどうしてくれるつもりだったんだよ!」
「脳に負荷をかけるんだから仕方ないじゃない!それに今まではこんなことはなかったの!長く案内をしてたけど、マイが初めてだったの!何も知らないのにいきなり怒ってきたこと謝って!ほら早く謝って!」
どうやらカズマはアクアの言っていたことを理解していたらしく、また、2人は喧嘩を始めてしまった。
なのでまた、しばらく眺めていると、私の視線に気づいたのか、大人しく喧嘩をやめたようだ。
「あの、私にはアクアの話がよく理解出来なかったのですが、一体どういうことなのですか?」
私の疑問に答えてくれたのは、カズマであった。
「まぁ記憶喪失になってちゃ、何言ってるか分からないよな。とりあえず、マイさんが記憶を無くした全責任はこいつにあります。」
と言って、アクアに向けて指を指したのであった。
アクアは、先程の勢いは全くなく、少しシュンとしていた。
アクアに責任があるのは、間違いないようだが、どうすべきか。
記憶を戻して貰えるわけでもないしなぁ…
と、考えていた時にふと思いついたことを2人に述べた。
「じゃあ、慰謝料ください。」
2人はぎょっとこっちを向き、顔をだんだんと蒼白にしていったのだった。
───あの後、3人で話し合い、3人でパーティを組むということに落ちついた。
というのも、慰謝料を払うにしても、2人はお金を全く持たずにこの街に来たらしく、ほとんど無一文らしい。
暫くは日雇いのバイトでお金を貯め、装備品を揃えてから、依頼をこなすつもりらしい。
それでどうせなら、一緒に冒険者をやらないかと。
私としてもいつまでも、ギルドのご厚意に甘えるのはいかがなものかと思っていたので、その案に賛成した。
それに、慰謝料として、アクアの報酬の一部を私の報酬に上乗せしてくれるとのことだった。
こうして私の冒険者への道が始まったのであった…。