私は今、平原に立っていた。
アクアァァァー!!マイサーン!!!タスケテェェーー!!
そう初クエストである。今回のクエストはジャイアントトードという、その名の通り巨大カエルの討伐である。
タベラレルゥゥゥ!!!
ギルドでウェイトレスをしていた時に、ジャイアントトードを使った料理を運んだことも多々あったが、まさかこんなに大きいとは…。
「アクア様ぁぁぁぁ!!!」
ギルドでは美味しく頂かれているジャイアントトードなのだが…
只今カズマがジャアントトードに美味しく頂かれようとしていた。
助けを求められている気もしたが、アクアは何もせず、カズマに色々と言っているだけなので、とりあえず私も傍観しておこう…と思っていた。
………のだが、今までカズマを追いかけていたカエルが、こっちに向かってきている。
アクアは気づいてないのか、相変わらず何か喋っているが、もしかしたらこれも何かの作戦なのかと思い、この場はアクアに任せこっそりその場を離れることにした。
近づくジャイアントトード。
それに全く動じないアクア。
そしてその距離がほんの数メートルとなり……
アクアが食べられた。
□□□□□□□□
只今アクアが泣いている。
アクアを食べている間、動きを止めていたカエルをカズマが仕留めたのだ。
アクアといえば、助かったもののカエルの粘液まみれで、少し生臭い。
心配だが、近寄りたくないので、少し離れたまま声をかけた。
「アクア大丈夫?」
「マイ、あなたカエルが近づいて来ていたのに気づいて、1人だけ離れていったでしょ。どうして教えてくれなかったのよ!」
1人逃げた私を怒っているのか、泣きながら文句を言われてしまった。
「てっきり気づいてて、作戦のためにわざとそうしているのかなって……。まさかあんな巨体が迫ってきているのを気づかないなんて…」
追い打ちをかけてしまったのか、それを聞いたアクアは更に泣いてしまった。
「かじゅまさーん、マイがいじめるぅ!」
「いや今のはマイさんが正しいだろ」
アクアは更に泣いてしまった。
そんなアクアを一応は宥めるように、カズマが今日のところは撤退することを提案した。
確かに今日の所は諦めた方がいいのかもしれない。
というのも、3人の装備は、私とカズマがそれぞれ持っているショートソードの2本だけである。
アクアに至っては、何も装備していない。
今日の所は撤退して、装備を整えるなり、仲間を増やすなりして、明日再度挑むのがいいと思い、賛成しようとしたら、それはアクアによって遮られた。
「私はもう汚されてしまったの。さらにこのまま逃げ帰ろうものなら、私のかわいい信者たちに示しがつかないわ!」
そう言い残すと、遠くに見えるカエルめがけて、走っていってしまった。
『ゴッドブローーー!!』と叫びながら、走っているところを見ると、恐らく拳で倒そうとしているみたいだ。
なるほど、カエルは拳でも倒せるのかと納得した私は、まだ何もしてないのをここで挽回しようと思い、アクアに続いて、別のカエルにめがけて走り出した。
「おい!アクアーー!!ってマイさんも!?」
後ろでカズマが何やら叫んでいる気はしたが、気にせずに、私は神じゃないし、ゴッドブローじゃなくて、何ブローなのかなー、等と考えながら走り続けた。
カエルを間近にし、とりあえずブローでいっかと思い、『ブロォォー』と叫びながらカエルの腹に拳を打ち付けた。
静寂。
……あれぇぇ。
何かおかしいと思い、先に走り出したアクアの方を見ると…
そこには、アクアはおらず、カエルの口から2本の脚がはみ出ていた。
この時私は初めて絶望というものを体験し、刹那、私の視界は暗闇に包まれたのであった…。
□□□□□□□□
「あれね、3人じゃ無理だわ。仲間を募集しましょ」
と語るのはアクア。
あの後、カエルに食べられた私とアクアは、またしてもカズマに助けてもらい、ギルドに帰ってきていた。
今私たちは、食事をしながら、明日以降について話し合っている。
「仲間っていったって、駆け出しでろくな装備もない俺らを相手にしてくれるやつなんているのかよ」
カズマは手元のカエル肉を不満げな様子で見つめながら、そう言った。
口に合わなかったのだろうか。
こんなに美味しいのに……。
………いや、そういえば先程食べられそうになったのだ。
それを思い出すと私も少し顔をしかめてしまった。
「それよりもさ、マイさんは本当に何もチートアイテムとか能力とかないのか?日本からの転生者なら、何かしらあるはずだろ?」
「ちーと?とかのことは、よく分からないけど、私にはそんな特別な能力は何も無いよ?」
度々、カズマにはこの質問をされるのだが、心当たりが無いものはない。
アイテムと言われても、私がギルドに保護された時に、何か持っていたという話も聞いたことがないし、職業もただの冒険者だ。
あれ?でもそう言えば、冒険者カードを作った時に何か言われたような…
「おいアクア、まさかとは思うんだが、チート能力すら送る時にパーになったとか言わないよな?」
「そんなことはないはずよ。ちゃんと神々からの恩恵は受け取っているはずだわ」
「そもそも、渡した本人が、それを覚えてないってどういうことなんだよ」
「覚えてないに決まってるでしょ。普通送った人のことなんて忘れちゃうに決まってるじゃない。マイだけは、あんなことがあったもんだから、かろうじて顔は覚えていたんだけど」
カズマの深いため息が聞こえる。
そんな中、私は冒険者カードを作成した時に何を言われたのか思い出すために、カードを眺めていた。
そこには軒並み低いステータス。ただ一つだけ明らかに数値が…
「あのー、もしかしたらこれのことかな………?」
そう言って私は2人に冒険者カードを差し出した。
2人は前のめりになってそのカードを覗き込む。
「これって言ったって、ただのカードじゃぁ…って幸運のステータス低っ!」
「あらほんとね。私より低いわね」
2人は見当違いの所を見ていたので、私は見て欲しいところを指さした。
その指先に2人の視線が集まり…
「「なっ!!」」
2人の声がハモった。
「なんだよこの魔力量!アクア並みじゃねぇか!」
「あぁ!思い出したわ!そういえば私並みの魔力を授けることにしたのよ!」
私が思った通り、これがその私の特別な力らしい。
「これってそんなにすごいの?私他に比較する人がいなくて……」
「すごいにきまってるでしょ。なんたって私並みの魔力なのよ?」
「あぁ。これは凄いよ。これだけの魔力があれば、凄腕のアークウィザードにだって………あれ?なんで最弱職の冒険者なんてしてるんだ?」
「なんでも私は、知力が足りなくて、ウィザード系にはなれないらしいの」
そう言って私は知力のステータスを指さした。
その視線の先を見つめて、カズマは『あぁ…これは…』と呟いたのが聞こえた。
「そう言えばアクアも知力が低くて、アークウィザード以外ならって言われてたな。以外ならってな!」
「何よ、冒険者にしかなれなかったカズマさん。冒険者にしかね!」
そうやっていがみ合う2人は、私はまた、ただただ眺めるのであった。
□□□□□□□□
今私はまた、天井のシミの数を数えようとしていた。
というのも、あの後、私の特別な能力には頼ることは出来ないと分かり、当初アクアが提案した通り仲間を募集するということになった。
そのためにまず、ギルドの掲示板に貼る募集案内を作成しようと思ったのだが、そこで張り紙は私に任せて欲しいと、アクアが名乗りを上げた。
私とカズマは、そこまで言うならとアクアに任せたのだが、その時カズマがアクアに訝しげな視線を向けていたのを私は見逃さなかった。
そして話は今に戻る。時刻は昼過ぎ。
あの時、私はカズマが何を怪しんでいたのか分からなかったが、どうやらカズマの懸念はあたってしまったらしい。
募集を始めて、もう半日近く経つ。
周りで私達同様に募集していたパーティーは、もう既にいなくなっていた。
途中でどうもおかしいと思ったカズマが、募集案内を見に行ったところ、ため息をついて帰ってきたので私も見に行くと、そこには詐欺まがいな誘い文句と、それに加え最後に一文、
上級職のみ募集
の字があった。
なるほど、カズマはこれを見てため息をついたのか。
どうやら、アクアは自分がアークプリーストなので、どんな条件でもすぐに人が集まると思ったらしい。
新しい仲間はやってくるのだろうか…。
□□□□□□□□
「───いいかげん募集の条件かえよーぜー」
遅めの昼食を摂り、テーブルを囲んでいた私達だったが、カズマが今日何度目かのこの提案を呟いた。
それでも譲ろうとしないアクア。
もうこのパーティーを抜けてしまった方がいいのではないかと、そんな考えが頭をよぎった時、
「募集の張り紙見させて貰いました。」
私の思考を遮ったのは、いかにも魔法使いといった格好をした女の子の言葉だった。
その女の子は何やら、この邂逅はなんたらかんたらと、難しい言葉を羅列していたかと思うと、突然羽織っていたマントを翻し、
「我が名はめぐみん!アークウィザードを生業とし、最強の攻撃魔法”爆裂魔法"を操る者!」
と名乗りをあげた。
「………冷やかしに来たのか?」
「ち、ちがうわい!」
呆れた表情でカズマが言い放った言葉に、すぐさま否定していた。
なんだろう、ちょっとかわいい。
その後色々あって、カズマに付けていた眼帯をペシーン!とされた彼女であったが、アクア曰く、紅魔族という種族の女の子らしい。
めぐみんというのも、本名だそうだ。
そのめぐみんといえば、今はカエル肉を頬張っていた。
頬張りながら私を見つめていた。
「どうかしたの?」
「このパーティーには既に、アークウィザードがいたのですね。アークプリーストと冒険者しかいないと、思っていたのですが」
「アークウィザードなんて、俺らのパーティにはいないぞ?」
めぐみんの言葉に首を傾げていた私の代わりに答えたのは、カズマだった。
「そんな!確かにこの人からは紅魔族にも引けを取らない魔力を感じるのです!」
私は言葉で説明するより冒険者カードを見せた方が早いと思い、めぐみんにそれを見せた。
「な!冒険者!?でも確かに魔力が…な、なんですかこの魔力量は!どうしてこのような魔力を持ちながら、冒険者なんて…」
と言っためぐみんの視線があるステータスに留まると、『あっ』と呟き、何か納得したようで、目を伏せたまま、私にカードを返した。
「でもあれだけの魔力量、私が教えれば、爆裂魔法も…」
カードを返す際にめぐみんが、何か呟いていたが、それを聞き取ることはできなかった。
ただ、めぐみんもまた、私が爆裂魔法ってどんな魔法だろうと、魔法という言葉に惹かれ、爆裂魔法に興味を持っていたことは、知る由もなかった…。
魔法という言葉には、えも言われぬ魅力がある…。
□□□□□□□□
私達はまた、昨日の平原に来ていた。
めぐみんを加えて、カエルに対してリベンジマッチである。
今日も今日とて、アクアがカエルに向けて、走り出していた。
だが、今日は騙されない。
あれは、身を呈した囮作戦である。
私はもうカエルの粘液まみれになるのは嫌だったのだが、アクアの献身ぶりには驚かされる。
そして予想通りアクアはカエルに突っ込み、無事に口の中に収まり、カエルの足止めに成功したようだ。
…………今のアクアの状態を見ると、カエルに食べられた時の嫌な感触が思い出されて、少し身震いする。
そんなアクアの勇姿を見守っていると、後ろから何かめぐみんが呟いているのが聞こえてきた。
内容が全く理解出来ず、何を呟いているのだろうと、めぐみんの方に振り返る。
そこでふと、空気が変化に気づく。
そしてすぐにその空気の変化は、めぐみんを中心に起こっているのだと理解した。
めぐみんが口にしていたのは、詠唱らしく、めぐみんが言葉を重ねる度に、その変化は大きくなり……、不意にめぐみんが詠唱をやめる。
………いや、やめたのではなく、どうやら詠唱が終わり、魔法の準備が整ったようだ。
めぐみんの周りには静電気がバチバチとしており、魔法について全く知らない私ですら、強力な魔法であることを理解出来る。
カズマにも目を向けると、彼も魔法の凄さを理解し驚いていた。
私もカズマ同様に驚いてもいたが、それ以上に初めて見る魔法に対して興奮していた!
「見ていてください!これが最強の攻撃魔法です!!…………『エクスプロージョン』っっっっ!!!!」
刹那、平原に爆音が轟き、爆炎が立ちのぼる。
私はあまりにも爆発による衝撃が強すぎて、地面に伏せ衝撃をやり過ごすのがやっとであった。
肌を熱風が駆け巡るのを感じる。
───やがて、爆風が止み、爆炎が晴れて辺りが落ち着きを取り戻す。
そこで私はやっと顔を上げて爆裂魔法の強力さを思い知った。
私が見たのは、土が抉れ出来上がった巨大なクレーター。
そこにはカエルがいた形跡は、何も残っていなかったのだ。
それは豪快でかつ、圧倒的な威力。
まさに最強の攻撃魔法であった。
……………かっこいい!
なんてかっこいいのだろうか!
私も爆裂魔法を撃ってみたい!
私はその衝動を抑えることは出来ず、咄嗟に冒険者カードを取り出した。
そして私は見つけてしまう。
習得可能なスキル一覧に、爆裂魔法の名前があることを。
一瞬どうして一覧に、爆裂魔法があるのだろうかと、思いもしたが、それよりも爆裂魔法が使えるという興奮が勝ってしまう。
「──新手か!?めぐみん一度下がって………、ってどうして倒れているんだ?」
「爆裂魔法の威力は絶大……そして消費魔力も絶大。なので、一度撃つと身動き一つ取れません。……新手が出てくるとか予想外です。すみませんが背負って──」
そして私は一心不乱に冒険者カードを操作する。
………そんな私には、先程の爆裂魔法の衝撃で、後方から新手のカエルが近づいているなど、気づけるはずもなく。
すぐ傍で、魔力を消費しきり、倒れていためぐみんが食べられたことにも気づかず。
「よし、できた!」
その言葉と同時に私は先程めぐみんが口にしていた、詠唱を思い出す。
「めぐみん!今助けるぞ!マイさん援護…………ってマイさん!?あんた一体何を!?」
正直詠唱は、あまり覚えていなかったが、曖昧な部分にはそれらしい言葉を埋める。
すると、私の周辺の空気が少しずつ変化しているのを感じた。
案外、魔法の詠唱というのは、そこまで重要では無いのかな………、そんなことを考えていると不意にあることに気づく。
そう言えば標的決めてなかった。
その時、カズマの声が耳に届く。
「マイさん後ろ!!」
私はその言葉を聞いて、反射的に後ろを振り返る。
そこには大きく開かれたカエルの口が、間近まで迫っており………
次の瞬間には、私の視界は暗闇と化していた。
同時にもう体験したくないと思っていた感覚が全身を覆い、パニックに陥る。
だが、パニックになったのも一瞬だった。
なぜなら、練り上げた魔力が暴走し───
ボンっとなって、私の意識が刈り取られたからだ。
□□□□□□□□
「カエルの中って、少し暖かいんですね」
その思い出したくもないが、2度も体験したその感覚を語るのは、カズマの背中に背負われている、粘液まみれとなっためぐみんである。
その後ろには、粘液まみれで泣きじゃくっているアクア、そして、少し煤けながらも、同じく粘液まみれな私が続いていた。
「あれな、緊急時以外は爆裂魔法は禁止な。もっと使い勝手のいい魔法を使ってくれ」
「使えません」
静寂
その静寂を破ったのはカズマだ。
「………今なんて?」
「爆裂魔法以外の魔法は使えないと言ったのです」
その言葉を聞くなり、カズマがめぐみんを見る目が、文字通り荷物を見るような目になった。
───その後、捨てる捨てないと一悶着あったのだが、無事にめぐみんはパーティに残ることが出来るようだ。
よかったよかった。
また、魔法について色々聞いてみようと考えていると、カズマに声をかけられる。
「めぐみんは兎も角、マイさんはもう爆裂魔法は使わないでくれよ。そもそもいつの間に爆裂魔法なんて覚えたんだよ」
「めぐみんの魔法をみて、使いたくなっちゃって……。冒険者カード見たら習得可能だったからつい………」
「な!?確かにマイさんの魔力量はとてつもないものですが、そんな簡単に究極魔法である爆裂魔法を習得できるはずが!それにスキルポイントはどうしたのですか?」
「私もどうして習得出来たのか、分からないのだけど……もしかしたらめぐみんが詠唱しているところを近くで見ていたからかな?スキルポイントは、まだ1つも使ってなかったから、沢山余ってるの」
そう言って私は、冒険者カードを取り出した。
そこには、爆裂魔法を習得したにも関わらず、まだスキルポイントには余裕があった。
「「なっ!?」」
私の冒険者カードをみた、カズマとめぐみんの声がハモる。
「アークウィザードの私ですら、ために貯めたスキルポイントを使って習得したというのに…」
「俺なんて、レベル4になってようやく4ポイント貯まったのに…、レベル1でこのスキルポイント…」
「私も最初からそれぐらいあったわよ?」
最後にアクアが放った言葉は、それぞれブツブツと呟いていた、カズマとめぐみんの耳には届いていなかった…。