息を吐くと、自分の息が白くなる。
デュラハンのベルディアを討伐してから、季節は過ぎ、今は冬を迎えようとしていた。
私はいつも通り冒険者ギルドに向かっていた。
歩いていると、すれ違う街の人が、皆厚着をして暖かそうだ。
私はついつい羨望の眼差しをすれ違う人に向けてしまっていた。
その様子は周りから見ればとても怪しいのか、私の視線に気づいた人達は、顔を伏せ足早に歩き去っていく。
しばらくそんなことを続けていると、後ろから声をかけられた。
「そんな周りをキョロキョロと見て、不審者になってますよ」
「目はさながら、追い剥ぎのようになっているぞ」
私がいかに不審者だったかを教えてくれたのは、めぐみんとダクネスだった。
「街の人が暖かそうな格好をしてたからついね…。そう言えば2人はまだ、衣替えしてないんだね」
街の人は皆、厚着をしていたが、2人の格好は相変わらずだった。
「私はこの格好が魔法使いの正装みたいなものですから、特に変えるつもりはありませんよ?」
「私もめぐみんと同じようなものだな。それにこの肌に刺さるような寒さもまた……っ!」
どうやら2人も今までと同じような格好を続けるようなので、私ももう少しこの格好で頑張ってみよう。
まぁ頑張るも何も、私は何も持たずにこの街に来て、ろくに服も持っておらず、今は借金まみれで買う余裕すらないのだが…。
その後もしばらく服装について話していると、私達は目的地に着いた。
ギルドの扉を開けると、そこには朝にも関わらず飲んだくれて、騒いでいる冒険者達の姿が。
今朝から飲んでいるのか、それとも昨晩から夜通しなのか…。
そんな冒険者達の中でも、少し違った騒ぎ方をしている2人の元へ歩み寄る。
「──借金は私のせいじゃないじゃない!あれは2人にノコノコついときながら、城を破壊させたカズマさんのせいでしょ!」
「あの時は誰のものでもないただの廃城だと思ってたんだよ!それを言うならわざわざデュラハンが建て直していたのを破壊させたのはお前じゃないか!」
2人の口喧嘩もだいぶ見慣れたものだ。そう言えば出会った時から口喧嘩していたような…。
とりあえず今回も眺めて…いや、喧嘩の原因にかなり関係があるので、今回は止めに入るとしよう。
「2人とも朝から喧嘩しないで落ち着いて…?」
「あ、マイ!私は悪くないわよね?ね?城を直接破壊したのは、めぐみんよね?」
「確かに城を破壊したのは私ですが、アクアもノリノリだったじゃないですか」
「それみたことか!」
「そう言うカズマも、城に放った私達の爆裂魔法を見て、点数を付けたりして楽しんでいたではないですか」
「まぁまぁ皆落ち着くんだ。それよりも今日のクエストは決まったのか?」
ダクネスの言葉で、一先ず矛を納めたカズマが答えた。
「クエストならまだ探してねぇよ。まぁこんな様子だからな」
そう言ったカズマの視線の先には、私達が入ってきた時に見た冒険者達の姿があった。
そう、つい先日大物賞金首のデュラハンのベルディアを倒したこの街の冒険者達は、すこぶる懐が温まっていた。
そんな冒険者達が、この寒くなってきた時期にクエストを受けるはずもなく…。
彼らを見ているとこっちまで、ぬくぬくとしていたくなるのだが、私達はそうする訳にもいかず…。
私は城にトドメを刺した罪悪感から、クエスト選びという雑務ぐらい私がしようと思い、皆には席で待っていてもらった。
そんな私だったが、あるクエスト…マンティコアとグリフォンの討伐クエストに手を伸ばしたところで、後ろから近づいていたカズマに、頭を叩かれたのは言うまでもない。
□□□□□□□□
私達は現在雪山を歩いている。
あの後結局、皆でクエスト選びをすることになり、最終的に決まったのが、雪精の討伐。
雪精というのは、その名の通り雪の精霊で1匹倒すと、春の到来が半日早くなると言われているらしい。
雪精自体はさほど強くもないにも関わらず、1匹討伐当たり10万エリスというとても美味しいクエストだ。
そう言えばクエスト選びの時に、めぐみんが何か言いかけていたような気がしたが、なんだったんだろうか。
だが、今はそんなことよりも、めぐみんに言いたいことがある。
「ねぇめぐみん、つい今朝、普段の格好が正装だから変えるつもりはないっていってなかった?私それを信じて、普段の格好のままでめちゃくちゃ寒いんだけど」
今目の前にいるめぐみんは、いつものようなローブととんがり帽ではなく、何やらモコモコして暖かそうだ。
「こんな雪山のクエストはノーカンです。それに私はてっきりマイさんの薄着はダクネスのドMが移ったのかと思っていたので、安心しました」
「どえむ…?」
「おいめぐみん、あまりマイさんに余計な言葉を教えるんじゃないぞ。ただでさえお前達の影響を受けて悪い方向にいっているのに…。それよりもだ、アクアお前の格好どうにかならんのか?」
結局ダクネスがどえむという意味が分からず終いだが、どういう意味なのだろうか。
当のダクネスを見ると、普段のような鎧姿では無いものの、皆のように厚着もしていない。
薄着をすることが、どえむということなのだろうか。
ただやはりダクネスは、この寒さで薄着というのに、その寒さを楽しんでいるというか…平気な様子だ。
ダクネスのようになるには、やはりもっと筋トレすべきか…とそんなことを考えていると、何やらアクアが、雪精を捕まえて冷蔵庫にするとか何とか言っていた。
私はてっきり、何食わぬ顔でアクアが網を持っていたので、雪精には有効的な武器か何かと思っていたのだが、捕まえるつもりだったのか。
□□□□□□□□
「どりやぁぁぁぁ!」
カズマがショートソードを振り回し、フワフワ飛んでいる雪精を追いかけている。
隣ではめぐみんとアクアが、それぞれ杖と網を振り回している。
私は、カズマに習ってショートソードを振り回していた。
しかし、雪精はフワフワと浮いているため、剣を振り回す風圧でヒラヒラと避けてしまい、なかなか斬ることができない。
私はどうしたものかと考えていると、ふと雪は熱に弱いと思いつき、ショートソードを収め、杖を構え魔法を唱える。
「ティンダー!」
そう唱えると、杖の先から火が…というより炎が放たれ、雪精を燃やす。
「何その炎!?」
「今ティンダーと聞こえたのですが!?」
「あぁ、雪精達がぁぁ!」
「ってマイ!あまり離れるな!」
後ろで皆が何やら叫んでいるが、私はいとも簡単に雪精達を燃やせるものだから、楽しくなって眼前に見える雪精を次から次へと燃やしていた。
──何匹倒した頃だろうか、眼前に見える雪精を倒しきって私はふと我に返った。
冒険者カードをみると、そこには32匹の文字が浮かんでいた。
320万エリス…、私はつい頬が緩んでしまった。
この喜びを皆にも分かち会おうと、振り向くと…そこには皆はおらず、林に続く私の足跡だけがあった。
夢中になりすぎて、どうやら皆から離れてしまったらしい。
まぁこの足跡を戻れば、皆と合流できるだろう…できるよね?
途中で足跡が、降る雪で埋もれたりしていないだろうか。
少し不安になり早く戻ろうとすると、突然少し離れた林の向こう側で、轟音が響き、爆炎がたちのぼる。
めぐみんの爆裂魔法だ。
このまま真っ直ぐ進めば皆と合流出来そうだと、安心した所でふと周りの景色に目がいく。
道中は雪山に登ることに必死で、登ってからは雪精を倒すことに夢中になり、周りを見る余裕がなかったが、今改めているとなんと荘厳な景色なのだろうか。
辺り一面雪景色で、私の足跡しかない。
見るだけで寒くなりそうだが、さっきまで火の魔法を使って歩いていたので、身体は少し暖まっている。
また、ティンダーを使って身体を暖めながら戻ろうかと考えていると、足元を取られ転けてしまった。
滑ったような感覚だったので、立ち上がり転けた辺りを軽く踏んでみると、そこは今までと違い少し硬くなっていた。
来た時、ティンダーを使って歩いていたので、その熱で溶けた雪が再び寒さで凍ってしまったのか。
転けたところがフワフワの雪の上で良かったが、転けた先が硬かったらまた頭を…また…?
私はどうして"また”だなんて思ったのか…。
私の今の記憶では転んだことはない。
もしかすると、記憶がなくなる前に転んだことがあったのだろうか。
それになんだか、冬の寒さを感じてからたまに、後頭部に頭痛がする。
丁度頭を打ったような痛みで…、とそこまで考えたところで、酷い頭痛が私を襲った。
このまま1人でいるのはまずいと思い、急いで皆と合流しようと、頭を抑えながら、帰り道を急いだ。
□□□□□□□□
しばらく歩いていると、頭痛も治まり、林も抜けて、めぐみんの爆裂魔法跡が見えてきた。
まだ遠いが、人影も見えてきた…見えてきたが、2人しか見えない。
背格好からして、アクアとダクネスか。
めぐみんは爆裂魔法を撃って倒れているとして、カズマはどうしたのだろうか。
そう思いつつ近づいていくと、少し異変に気づく。
爆裂魔法跡の他に、雪の白を変色させているところがある。
その色はとても真っ赤で…その上に誰か倒れている。
いや、誰かというより、誰かの体…胴体がそこにある。
本来くっついてあるべきの首から上が、少し離れたところに転がっていた…。
困惑。
いや、認めたくないだけ。
何が起こったのか、冒険者をやっている以上認めなければならない事実。
カズマが死んでしまった。
私が離れていた間に、彼らでも手に余るほどの強敵と出くわしたのか、犠牲がカズマだけだったということを喜ぶべきか、私が離れずにいれば結果は変わったのか。
色々な思いが私の頭を過ぎる中、だいぶ近づいた私は皆の様子が認識できた。
ダクネスは呆然と立ち尽くし、先端が折れた剣を握りしめている。
めぐみんは倒れたまま、泣きじゃくっている。
アクアはおもむろにカズマに近づき、腰を下ろした。
プリーストとして弔いでもするのだろうか。
私はアクアに近づき、声をかけた。
「アクア…、そのカズマは…」
なんと言えばいいのか分からず言葉を詰まらせていると、
「マイじゃない!もーどこに行ってたのよー。まぁそんなことより、ちょっとグロいけどカズマさんの生首持ってくれる?」
「へ?」
思いの外あっけらかんとしていたアクアの様子に気を取られ、素っ頓狂な返事をしてしまった。
当のアクアは、カズマの胴体を両手で持ち上げると、少し離れたところにそれを下ろした。
私はアクアが何をしているのか分からず、ただ呆然としていると、めぐみんとダクネスも同じようで、ただアクアを見つめていた。
「マイー、早くしてちょうだい。カズマさんを蘇生できないでしょ?」
「「「蘇生!?」」」
私は蘇生という言葉を聞き、とりあえずカズマの首を手に取り、アクアに手渡す。
もちろん、出来るだけ手元は見ないようにした。
カズマの首を受け取ったアクアはというと、カズマの首を元あった場所に置き、少し鼻歌まじりに、回復魔法を唱える。
するとみるみると首が繋がったのだ。
その様子を見ると直ぐに、ダクネスがめぐみんを抱え、駆け寄った。
「アクア!カズマを蘇生できるのか!?」
「もちろんよ!私にかかればこんなもん、ちょちょいのちょいよ」
アクアは得意げな顔でそう言うと、カズマに手をかざし魔法を唱える。
「リザレクション」
そう唱えたアクアの手元が淡く光り、その光を浴びたカズマは少し血色が良くなったように見える。
それでもまだカズマは目覚めず、何やらアクアがカズマに向けて話しかけていた。
その内容はカズマが無事に生き返るか半信半疑の状態だったので、ほとんど頭に入ってこなかった。
アクアが少し怒鳴っていた気もするが、そんなことはどうだっていい。
カズマが生き返るよう必死に祈っていると、カズマの目がおもむろに開く。
それを見ためぐみんとダクネスは、泣いてカズマに抱きついた。
私はというと、カズマが無事に生き返り、安心してその場に座り込んでしまった。
その後、カズマが放った第一声が「女神チェーンジ!」という言葉で、それを聞いたアクアが怒り、一悶着ありもしたが、とりあえず雪精討伐はこれで断念し、アクセルに帰ることにしたのであった。
□□□□□□□□
あのあと、私達は特に問題もなくアクセルの街に戻り、ギルドでクエストの報酬を受け取った。
あの時、ダクネスの剣を折り、カズマの首を刎ねたのは、冬将軍という雪精達の長にして、2億エリスもの懸賞金がかかっている、超危険なモンスターだったらしい。
雪精討伐という、美味しいクエストの裏にはこんな危険なモンスターが隠れていたようだ。
私は知らなかったのだが、冬の間は弱いモンスターは隠れ、活動しているのは強いモンスターだらけということで、冒険者達もあまりクエストを受けないらしい。
まぁ今回、私を含めたくさん雪精を討伐したので、今日くらいはパーッとお金を使ってもいいだろう。
そう思ったのは皆も同じらしく、たくさんの料理を注文していた。
私もそれに便乗させてもらった。
カズマは死んでしまったのが、ショックだったのか終始ボーッとしていたが、たくさんの料理をみたら元気も出るだろう。
─そう思っていたのだが、料理が出てきた頃にアクアに声をかけられ、我に返ったカズマは、怒ってしまった。
「お前ら!どれだけ注文してんだよ!今回の報酬は冬を越すための資金なんだよ!」
「今日は私がカズマを蘇生させてあげたんだからこれぐらいいいでしょー。それにマイがたくさん倒してくれたおかげでこれぐらい食べても全く問題ないわよ」
カズマがこちらに視線を向けてきたので、片手でカエル肉を食べつつ、冒険者カードをカズマに見せた。
「さ、30!?」
「雪精燃やすのに夢中になってたら、こんなに倒してた」
32という数字に驚きつつも納得したのか、カズマも料理を食べ始めたのであった。
ちなみに、アクアが捕まえたと言って自慢し、危うくカズマに討伐されそうになった雪精。
少し透けていたように見えたのは、私の錯覚だったのだろうか…。
フッハハハハー!冒頭のR18宣言を見て、エロを想像した諸君、残念!グロ表現の方でした!…汝らの悪感情──
と、まぁ早くバニルさんも登場させたいですね。
まぁ多分R18と聞いて、エロを想像した人は皆無だと思いますが…