ドラゴンクエスト   作:よすぃ

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 ラダトーム、ガライ。マイラ。メルキド、リムルダール。破壊された故郷ドムドーラ。
 どこにも、ぼくの居場所なんてなかった。それでもただ、旅を続けた。ぼくがロトであることを、ただ認めてもらうために。
 ぼくがロトでないならば、何の意味があった?
 ロトを守り、ロトを誇り死んでいったドムドーラの人たちに。死してなおロトの遺産を守り、その魂を鎧に映し、狂戦士として闘い続けた父に――何の意味があった?
 だから、旅を続けた。
 世界の危機も、竜王もどうでもよかった。ただ、ぼくがロトであるために旅を続け、ようやく辿り着いた。
「よくきた、アレフよ。わしが王の中の王、竜王だ」
 ぼくは背に負ったロトの剣の柄に手をかけた。
「わしの味方になる証にロトの剣を渡せ。そうすれば――世界の半分をお前にやろう」
「断ると言ったら?」
 竜王は笑みを浮かべ、何も答えなかった。
 竜王もぼくをロトとは呼ばなかった。ただ、アレフと呼んだ。
 やはり、ぼくは――アレフは。


第2話

「アレフよ、わしを殺せ」

 息をするのももどかしげに、竜王は言った。頭に頂いた二対の角は片割れを失い、その身にまとっていた王の象徴たるマントは敗れ去って見る影もなかったが、魔の王たる風格は無くなってはいなかった。爛々と光るその双眸に、闘志は今なお燃えていた。しかし鋭い眼光を投げる以外に成す術はないように思えた。アレフの剣撃をあと一太刀その身に受ければ、竜王はその永き寿命を終えることだろう。

 しかし、アレフはそうしなかった。

「殺さない」

 戦いの余韻と共に右手に残るロトの力。ロトの剣はまだ抜き身のまま、アレフの手にあった。不死鳥を模した剣格が竜王の青き血にその身を濡らしていた。勇者と魔王、激しい闘いの末に勝利を収めたのは、アレフだった。

「情けか、勇者よ」

「……ぼくにはあなたが悪だとは思えない」

「わしはドムドーラを滅ぼした。アレフガルドに恐怖を蔓延させ、数多の命を奪った。それでも、お前はわしが悪ではないと言うか」

 アレフの表情が強張り、剣を握る手に力が入った。

 旅先で訪れた砂漠の町ドムドーラは、アレフの慣れ親しんだものではなかった。アレフの知っている道は、家は、オアシスのせせらぎは無かった。そこにあったのはただ砂塵の吹き荒れる荒廃した町並みだけだ。アレフに優しくしてくれた隣の家のおばさんも、よく遊んでくれた道具屋のおじさんも、それに父も母もいなかった。そうだ。みんな死んだのだ。アレフの旅立ちのために、彼らはその命を擲った。勇者ロトの子孫のために、彼らは喜んでその身を差し出した。

「わしは人々を殺したぞ」

 しかし、アレフは笑ってみせた。

「だけど、あなたは、ローラ姫を殺さなかった」

 殺す必要がなかったからだ、と竜王はそっぽを向いた。

「それなのに、人々を殺したのはなぜなんだ?」

「ならば問う。魔物を殺したのはなぜだ?」

 それは人間を襲ってきたから、と言おうとしてアレフは思いとどまった。人間が魔物を殺すのは、魔物が人間に害を為すからだ。だけど、その逆も然り。今まで考えたこともなかったが、それもあり得るのだとアレフは気づいた。

「始まりを貴様ら下等な生き物に説明したところで、わかるまい」竜王は語った。「しかし魔物が凶暴化したのは彼ら自身の責任ではない。そのことはわかってほしい」

 アレフガルドを覆った闇――闇の衣、と竜王は称した。かつてこの地を支配した悪の権化たる大魔王ゾーマの遺産たる闇の衣がアレフガルドを再び混迷の時代へと追い込んだのだと竜王は語った。その闇の衣を消し去るために必要なものが光の玉であり、人間の手に本来あるべきものではなく、神の手にあるべきものである。竜王は簡単に語ったが、人の身たるアレフには到底理解の及ばぬ境地の話だった。

「我が母君から勇者ロトに光の玉は受け渡され、それはラダトームの地にとどまった。わしは王の中の王、竜王。ロト亡き今、光の玉を正しく扱えるのはわしだけだ。ラダトームから光の玉を奪取し、全ては元通りになるはずだった――が、やめた。アレフガルドを元に戻すのは人間が滅びてからで良い」

 アレフは竜王の言わんとすることがわかった。

 人間はその存在を悪と決め付け、ただそこにいるだけで魔物を殺した。原因など微塵も考えずに。そんな人間を救う必要など何処にあると言うのか。

「わかったようだな。自分たちのことしか考えず、魔物の心など考えようともしない。あまつさえ同族で殺し合うことさえやってのける。わしは人間に嫌気がさした。貴様らには救う価値すらない」

 アレフの脳裏に旅の始まりの記憶がよぎった。育ての父母を殺され、町を焼かれ、頼るべき術も生きる気力も失った。けれどもアレフをロトの子孫であり、アレフガルドの光だと言って死んでいった父母らの言葉のみを信じて、ラダトームを目指した。ラダトームに行けば、自分の進むべき道がわかると思ったから。しかしアレフがラダトームで見たものは、賞金目当ての自称勇者の群れと、彼らが決して生きて帰って来れないだろうとわかっているのにそれを小額の資金で送り出すラルス十六世の姿だった。

 それでもアレフは自身がロトの子孫であると名乗り出た。ドムドーラの地を襲った悲劇を訴えた。それがドムドーラの人々の、父母の願いだったから。自分がロトの子孫かどうかなんて、どうでもよかった。ただ、ドムドーラの敵を討って欲しかった。

 しかしラルス王がくれたものは、一二○ゴールドとたいまつ。そして、取ってつけた定型文のような冷たい言葉だけだった。ドムドーラのことについては一切答えてはくれなかった。故郷を失った、愛する家族を失ったアレフに対して、同じ人間に対してなんと酷い仕打ちか。アレフは絶望した。王に貰ったたいまつを使おうとしたとき、火種は涙で湿ってしまってうまく火がつかなかった。

「……人間は冷たい。そして、あまりにも汚い」

 アレフは呟いた。何がロトの子孫か、何が勇者か。人々がアレフを勇者だと認めたのは、ローラ姫を城に連れ戻ったときだけだ。成果をあげて初めてラルス王は、人々はアレフを勇者だと認め、ドムドーラの地について心から同情してみせた。

「ならば、なぜ苦しみ、闘う。ロトの子孫であるが故か?」

「ロトか……」

 アレフはその言葉を噛み締めるように言った。ロト。猛き者。正義の象徴。

「ぼくは、ぼくが思うような生き方なんてできやしなかった。本当はドムドーラのみんなが死んだときに一緒に死にたかった。だけど、生まれたときからロトで、村が滅びるそのときもロトだから生き延びなきゃいけなくて、だけど、ラダトームではロトだと認めてもらえなかった。でも、ぼくはロトだから世界を救う旅に出ないといけないと思った。今は皆にロトであることを求められている。だから……あなたを殺さなくちゃいけない」

 竜王は満足げに微笑み、言った。

「わしが、悪だ。わしこそが、世界の均衡を崩した悪だ。それでいい。さあ、お前はお前の役割を果たせ」

 アレフは眼を伏せると、ロトの剣を高く掲げた。鞘走りの音が短く、鋭く聞こえるのが、わかった。

 

 *

 

「世界に光が戻ったのは、お前のお蔭じゃな? アレフよ」

 ラルス十六世は気難しいその顔を崩すことなく言った。

 ラダトーム城、王の間には窓から眩いばかりの光が差し込んでいた。何十年ぶりの光だろう。

「アレフ様なら、必ずや竜王を倒してくれると信じておりました!」

 弾むような声で喜んだのは、ラルス王の愛娘のローラ姫であった。ラルス王は妻を早くに亡くしており、正式な世継ぎは後にも先にもこのローラ姫ただ一人だけであった。その姫さえも竜王の毒牙にかかったものだと思われていたが、竜王によって幽閉されていたのをアレフが救い出したのだ。その結果、アレフは勇者として認められることとなった。

「竜王は倒しました」

 アレフはローラ姫に微笑んでみせた。ラルス王は仰々しく頷くと、さすがは勇者ロトの子孫よ、と口にした。

 ロト。勇者。なんと歯がゆい言葉であることか。旅立ちの日にはその名を呼んで貰えずに歯がゆい想いをした。求めてやまなかったその称号は、もらった今もなお歯がゆいものであった。

 ローラ姫も嬉しそうに喜び、アレフに祝福の言葉をかけようとした。しかしラルス王がそれを遮った。

「して、光の玉はどこじゃ?」

 アレフはラルス王の顔を見つめた。そこには皺の刻まれた厳格な老人の表情が崩れることなくあった。

「竜王の城にあります」

「なんと、あの魔の城に? いやいや、竜王亡き今は邪悪な力も滅びていることか」

「竜王を殺してはいません」

 その言葉を聞いて、ラルス王は初めて表情を変えた。ありありと憤怒の表情が浮かび上がる。王は「なぜ、殺さないのか」と抑揚のない声で問いかけると、アレフは答えた。

「ぼくはロトの子孫である前に、アレフという一人の人間だから」

 

 *

 

 アレフは竜王に止めを刺さなかった。いや、刺せなかった。

「お前はお前の役割を果たせ」

 竜王が嘲笑したそのときに、アレフは己の役目を悟った。アレフはロトの剣を大きく振りかざすと、地面に突き刺した。

「これをやる、竜王。誓いの証だ」

「ロトの剣、だと。かような忌々しい剣などいらぬわ」

「悪しきを絶ち、正義のために使う剣だ」

 竜王は値踏みするような視線を投げつけた。アレフはその視線を受け止め、背負った鞘を床に投げつける。

「だけど、悪はもう……いない」

 魔物を狂わせた物が何かわかり、その解決策もわかった。魔物はもう邪悪な存在ではなく、今まで身近にいた普通の生き物に変わる。そう、光の玉を使えば。

「悪は魔物にも、人間にも潜んでいる。今までぼくは人間の中で生きてきて、悪い人もたくさん見てきた。だけど、誰一人にだってロトの剣を、ロトの力を向けたことなんてない。今この世界にある悪程度なら、ぼくひとりで何とかしてみせる。誓おう。勇者アレフは、生きとし生ける者すべてを公平に扱うと。それがぼくの役割だ」

 アレフは竜王に右手を掲げ、その手に癒しの精霊の力を集中させた。

「精霊ルビスよ、傷を癒す力を貸したまえ――ベホイミ」

「……なっ?」

 竜王の全身を優しげな光が包み込み、その傷は跡形もなく消え去った。

「さあ、光の玉を使ってくれ」

 竜王はアレフを驚きの表情で見つめた。その表情がみるみるうちに歪み、大声をあげて笑った。

「これだから愚かなやつよ、人間とは。ロトとは!」

 高らかに笑いながら竜王は足元に刺さった剣を抜いた。

「わしが光の玉を使わなかったら? わしがアレフガルドに光をもたらさなかったら?」

 不死鳥の装飾の施されたその剣を手に、竜王は言った。

「アレフガルドに光が戻らなかったら?」アレフは視線を宙に向けて、首をぽりぽりと掻いた。「そりゃあ、困るな」

 竜王は口元を緩めると、足元の鞘を拾って刃を納めた。

「愚か者め」

 そう吐き捨てると竜王は、玉座の後ろに置かれた小箱を開けた。瞬間、中から眩いばかりの光が溢れ出す。あまりの明るさにアレフは目を瞑った。

「竜の神よ、このアレフガルドの地を覆う闇の衣を剥ぎたまえ! アレフガルドの地に、光あれっ!」

 竜王が光の玉を高らかに掲げると同時に、空気が変わったのがアレフにはわかった。身体に纏わりつくような、肌を突き刺すような嫌な何かが消え去ったのだ。

「ここからではわかるまいが、地上に出てみればはっきりとわかるだろう。世界はもとに戻っておる。もっとも、光の玉はラダトームに戻さんがな。これは先代の竜の神の使いたる母からわしに受け継がれるべき神器である故」

「竜王、ありがとう」

「礼はいらん。わしはわしの役目を果たしたまで」

 アレフはその言葉を聞いて、踵を返した。返して、やっぱり振り返った。

「竜王、あなたのことは世界には内緒にするよう、言ってみる。だから、あなたもあなたのことを内緒にしてほしい」

「まったくもって意味がわからん」

「誰かが来たら、竜王だってことはばらすなってこと。とは言ってもあなたは目立つね……、適当に曾孫とか言って誤魔化せばいいと思うよ」

 竜王は、愚かなやつめ、と苦笑した。そして、背を向けて去ろうとするアレフに声をかけた。

「アレフガルドを覆っていた闇の衣が無くなった今、海も従来の穏やかさを取り戻している。この城より東へと航路を取れ。その先には更なる世界がお前を待っているだろう」

 アレフは振り向いた。

「勇者アレフよ。ロトの剣と引き換えに、世界の半分をお前にやったぞ」

 勇者アレフは微笑み、竜王の曾孫に手を振った。

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