「……だから、ぼくは竜王を殺していません」
アレフは竜王のことを語るつもりはなかった。しかし、恋慕を抱いたローラ姫の前で嘘をつきたくはなかった。嘘をついてしまうことは悪への第一歩であるような気がしたから。
「ですが、竜王は死にました」
「しかし、お前は殺していないと……」
「竜王は約束しました。竜王としての生は終え、竜王の曾孫として生きる。あの島からこの地を見守ると、人間には決して手は出さぬと。もう、竜王はあそこから出てきません」
ラルス王の厳格な表情が、憤怒を通り越し、赤く赤く染まっていた。その血管が脈動しているのが、傍から見ても良く分かった。
「ですが、あの地に攻め込むなら、竜王の曾孫は全力を尽くしてその身を守ろうとするでしょう。生物としては当然の自己防衛です」
「ならん、それはならんぞ!」
アレフはラルス王を宥めるように言った。
「ロトの子孫はもう協力しませんよ。たくさんの自称勇者ならば、協力してくれるかもしれませんが」
「つ、追放じゃ! 出て行け、アレフガルドから出て行け!」
ラルス王は威厳を保つために、虚勢を張った。虚勢であることはアレフにはすぐにわかった。ラルス王にできることは、せいぜい、追放命令を下すことくらいなのだ。極刑になどできようはずがない。ローラ姫帰還の際にラルス王は、アレフこそが真のロトの子孫だというお触れを出した。先ほども竜王を討伐したとして盛大に迎え入れた。そんな国民の英雄を理由もなく処刑したとなれば、王の体裁は間違いなく悪いものとなるだろう。それに、竜王に適わなかったラダトーム国が軍勢をあげたところで竜王を倒したロトの末裔に適うなど考えるはずもなかった。
「ええ、喜んで出て行きましょう。ただ、船を貸して頂きたい」
ローラ姫ともう会えなくなるという想いが胸をよぎったが、アレフはその気持ちを無理に奥へと追いやった。
「うぬ、いいじゃろう。海の彼方へ消えてしまうが良い」
ラルス王は追放命令を下したことで幾分、落ち着きを取り戻してきたようだった。しかし、その平静はローラ姫によって再び破られた。
「待ってくださいませ! アレフ様にローラもお供しとうございます」
「な、何を言うか、ローラよ!」
焦ったのはラルス王だ。ローラが城からいなくなれば跡取りがいなくなる。下手をすれば国家の存続さえも危ぶまれる。ラダトームにとって、ラルス王にとってローラ姫は何としても繋ぎ止めなければならなかった。
しかしラルス王が何を言っても、どう諭そうともローラは頑なに首を縦に振ろうとしなかった。
「なあ、ローラ……」
「アレフ様」
ローラ姫は実の父であるラルスの言葉をさえも無視し、アレフに語りかけた。
「このローラも連れて行って下さいますわね?」
ラルス王は父親としてローラ姫に父としてどれほどのこともしていなかったのだろう。アレフはローラの様子を見て、それを察した。アレフはちらっとラルス王を一瞥したが、静かに頷いた。
「君がそれを望むなら」
「うれしゅうございます、アレフ様」
ローラ姫は、そう言うと頬を赤らめた。
ラルス王は眉間に皺を寄せて考え込んでいた。打つ手がないことを悟ったようだった。その脳裏にどれだけの打算が浮かんでいるのか、アレフには想像もつかなかったが、あまり関心も持てなかった。
反対したとしても、この二人は駆け落ち同然に旅立つだろう。だからと言ってそれを阻止しようとも、アレフの力は強大である。アレフは竜王を倒したが、あえて命を取らなかった。アレフを殺そうものならば、竜王すらも彼の地から出て来るかもしれない。何よりロトの子孫を殺すことは、この地の創造主である精霊ルビスをも敵に回すと言うこと……ラルス王は一人でぶつぶつと呟いていたが、ようやっと思考をまとめたようだった。早くしないと二人は旅立つ。アレフは殺せない。ローラの気持ちも変わらない。
「やはり、追放は無しじゃ。ラダトームを継いではくれぬか?」
そこには威厳も何もなく、懇願の想いだけが見てとれた。しかし、アレフは首を振った。
「ぼくの治める国があるなら、それは自分自身で探したいのです」
ラルス王はますます悩んだ。そして出した結論は一つ。駆け落ちは防ぎ、国家の体裁を尊重すること。即ち、全力を挙げて、勇者の旅立ちに協力する。うまくいけば、アレフが新天地で国を建築した際には、外交関係も持てるかもしれない。
「よ、よかろう。アレフよ! ローラと二人で力をあわせ、新しい旅に出るがよい! そのための協力も惜しむまい!」
アレフとローラは軽く礼をすると、広間を去った。
後に二人はラルス王の協力もあり、多くの人間と共に東へと航路を取った。ラダトーム海峡を抜け、かつてローラ姫の幽閉されていた沼地の洞窟を横目に遥か東の未開の地へと向かった。長い航海の果てに、湖に囲まれた洞窟を見つけた。アレフはこの地を拠点とすることを決め、簡素なローレシア砦を建築した。一行は着々と東へと進軍し、第二の拠点サマルトリア都を築く。サマルトリアの統治が落ち着いた頃、ローレシア砦をサマルトリア都よりも東へと移転し、更なる拠点とした。やがてアレフ達はその大陸をも離れて更なる大地へと向かい、古よりその地に根ざしていた国家と交流を結び、合併した。その地をムーンブルクとする。
アレフガルドを去った二人によって開かれた地は、やがて国家となる。ローレシア。サマルトリア。ムーンブルク。三つの国は栄華を極め、ロトの子孫によって正しく統治された。しかしローラ姫の去ったラダトームには跡取りがおらず、ラルス十六世の世継ぎはその親類から選出され、もはや正当なラダトームの血筋は残っていない。ラルス十六世の死後、その統治は乱れ、国は荒れたと言う。
*
「ロトの剣が、何で竜王の城にあるんだろ?」
魔法使いの証であるステッキを所在無さげに弄りながら、ムーンブルクの麗しき王女ルーナは言った。亜麻色の美しい髪はピンク色のフードに半ば覆われていたが、先ほど初めて訪れたラダトームの人々は揃ってルーナの髪にローラ姫の面影を見出していた。
これほどロト伝説のしっかりと根ざしている地も珍しい。しかし、ここがローラ姫の故郷であり、勇者アレフの旅立ちの地であることを考えれば何の不思議もないのかもしれない。
「アレフが竜王にあげちゃったのかもしれない」
身軽そうな青い服に身を包んだ王子が言った。ローレシアにおいて青とは、ロトのまとった鎧のブルーメタルにちなんで聖なる色彩とされている。
「ばかね、ロランったら。そんなはずないでしょ。竜王は敵なのよ」
ルーナは鼻で笑った。
「決めつけるなよ。光の玉の所在は知れず、ロトの剣も何処にも伝わっていない。ロト伝説ではロト装備をまとったアレフが新天地を目指して旅立ったって伝わってっけど……それすら怪しいって話だぜ。ロト伝説は正史とされちゃあいるが、その真偽は定かじゃない」
ラルス十六世の手によってロト伝説に加えられた新たな章、アレフの章に至ってはことさら疑わしかった。いくつかの矛盾点がサマルトリアの学者によってあげられている。
「サトリったら、いつもあたしに絡むのね。たまには、あたしの言うことも認めてくれてもいいんじゃない?」
「オレが言ってること、ちゃんと理にかなってんだけどな」
サマルトリアの若き王子サトリは手にしたロトの剣を見つめて、不満そうに呟いた。
「ほらよ、ロラン。重くてオレには扱えねえや」
「危ないじゃないか!」
サトリがそうやって放り投げた剣を慌ててロランが受け取った。それを見てルーナがくすくすと笑った。
「まだ下の階があるみたいだし、もうちょっと散策してみましょう」
ルーナが指さした階段を下った先には何者かの気配があった。長い回廊を抜けた先に、伝承に伝わるそれがいた。
ロランは背負ったロトの剣に手をかけ、いつでも抜刀できるよう呼吸を整えた。かつてここでは大魔王ゾーマがロトに、竜王がロトの子孫アレフに討伐された。剣にかけた手にも自然と力が入る。サトリは呪文でも剣でも臨機応変に使い分けられるように敵の動きに意識を集中させる。相手の出方を見て、自分の打つ手を決めるのだ。ルーナは手にしたステッキを握り締め、呪文の詠唱をいつでも始められるよう頭にイメージを思い浮かべ、リーダーであるロランの合図を待った。
ローレシア、サマルトリア、ムーンブルク。ロトの血を引きし子孫たちを一瞥すると、それはふっと笑みをこぼして言った。
「よくきた、ロトの血を引きし者たちよ。わしが王の中の王、竜王の……曾孫じゃ」
竜王の曾孫を見て、勇者の子孫たちはどうしたものかと顔を見合わせた。
The end.
ドラゴンクエストを別方向から考えてみました。
1の勇者をアレフ。2の三人をそれぞれ、ロラン、サトリ、ルーナとしています。DQM+に準拠させました。
ドラクエ1のエンディングは物語調に進みます。「あなたはいいました」なんてまさにそのもの。あれは主人公の視点ではなく、何か書物を紐解いている感じがしたものです。だから、エンディングのあれは歴史の捏造なんじゃないかなんて解釈をしてみた作品が本作です。