至高の御方転生記 〜現地人になった御方達〜   作:ハチミツりんご

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ブルー・プラネットin野営地

 

 

 

 ______かのアダマンタイト級冒険者、蒼の薔薇の戦士、ガガーランはこう言った。

 

 

『今の俺じゃ、ブレイン=アングラウスには勝てねぇよ。タダで負けてやる気はねぇし、状況や準備次第で幾らでも対策のしようはある………が、まぁ純粋にサシでやりあったら勝ち目は薄いだろうな』

 

 

 冒険者の最高位、アダマンタイトにまで登り詰めたかの戦士ですら勝利を諦めざるを得ない程の高みにいる男。たった数回、4年ほど前の御前試合でその戦いを見ただけだが、それだけであの剣士の才能は己より遥かに上だと、ガガーランは理解させられた。

 

 

 

 ______元冒険者にして、王国の生ける伝説。王都で剣道場を開き、己の技を弟子達に伝授している老兵、ヴェスチャー・クロフ・ディ・ローファンは言った。

 

 

『御前試合でのアレは敗北を知らずにいた故にガゼフの小僧に負けたんじゃ。もし負けを知り、腐らず己を高めているのなら……果てさて、どちらが勝つかのう』

 

 

 己が半ば無理やり弟子にし、鍛え上げた御前試合優勝者にして王国戦士長。正統派の戦士にして、同時に心も強かったあのガゼフを弟子にとったのは間違いではないと確信している。

 だがそれでも。もしもあの時の井の中の蛙が化けたとするのなら。贔屓目で見ても、己の弟子が必ず勝つとは言えなかった。もし超えているのなら……年甲斐にも無く、ヴェスチャーの目は獰猛に笑っていた。

 

 

 

 ______そして王国戦士長。かの男と真剣勝負を繰り広げ、そして打ち負かした御前試合優勝者。王に忠誠を誓う愚直な剣、ガゼフ・ストロノーフはこう言った。

 

 

『……アングラウスは本当に強い剣士だった。俺が勝てたのは、あいつが自分に合った武器を持っていなかったのが大きい。もしアイツが自分に最適な武器を手に入れ、鍛えているというのなら………勝てる可能性は薄いかもしれない。竜の秘宝を使えば勝てるだろうが………どうせなら、俺と一緒に王に仕官してくれれば良いんだがな』

 

 

 周辺諸国最強、人間国家に名を轟かすガゼフが勝ち目が薄いだろうと断言する。それ程までにその男の才能は圧倒的で。ガゼフが竜の秘宝を用いて至れる領域に、彼は独力で届くかもしれない。そう思わせるだけの才が、あの男にはあった。

 

 

 

 彼らだけではない。周辺諸国のありとあらゆる者が知る強者。

 

 バハルス帝国では、皇帝ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクスがその武を欲し、ワーカー達の間でも語り草にされる。

 

 スレイン法国でも、かの男を人類の守り手として、次期漆黒聖典の一員として育成するために引き込むべきではないかと度々議論される。

 

 彼を直接知らない者たちでも、腕に覚えのあるものなら一度でいいから手合わせしたいと願わせる、そんな男。

 

 

 無双の武。瞬きの剣閃。その身その刀は蒼き流星の如く。ただひたすらに強さを求め鍛錬を積む探求者。

 

 

 男の名を、【ブレイン・アングラウス】。元はただの農夫ながら、世界中の強者達に認められる力量の持ち主。神の血を覚醒させていない人類としては最高峰の才能を持つ剣士である。

 

 

 そんな彼が今どこに居るのか。自分を打ち負かしたガゼフを打倒するため、己を鍛え上げるため。力を手にするために、彼は今______

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぬぅぅぅぅぅぅおァァァァァァァっ!!?」

 

『グルルラギャァァァオッ!!』

 

「頑張れブレイン!負けるなブレイン!お前なら行けるって諦めんなよォ!!」

 

「てめぇブルプラァ!!自分から突っ込んどいて俺に後始末任せんな!!ツアレ早くそのアホ引っこ抜け!!」

 

「ま、待って下さいぃ………こ、腰抜けちゃった………」

 

「ああああああもうやってやらァァァァ!!来いやクソデカウツボカズラがよぉぉぉ!!?」

 

 

 

 ______なんだかとても賑やかなことになっていた。

 

 

 

☆☆★

 

 

 

 

「いやー、ブレインが居て助かった!」

 

「助かった、じゃねぇよお前………マジで死ぬかと思った………」

 

 

 なっはっは、と笑う男の姿に、額に手を当てて大きくため息。どう考えても死の間際に立たされていたと言うのに、随分とあっけらかんとした態度だ。何度も付き合って旅しているうちに慣れてはしまったが、それでもこの危機感の薄さはどうにかしてもらいたいものである。

 

 

 そんな事を思う彼………染められたボサボサの青髪に鋭い茶瞳、ただ鍛えられたのではなく戦いの中で無駄を削ぎ落とされた鋼鉄の肉体の持ち主こそ、先程の話に出た人類屈指の剣士、ブレインである。

 腰からは愛用の武器、遥か東方の国から渡ってきた神刀という珍しいブツを引っ提げ、魔法効果のあるネックレスや指輪などの装飾品を身に付けるなど装備にも拘った一線級の戦士。そんな彼は今、二人組の男女と共に野営をしている最中だった。

 

 

 

「まぁ勝てたしいいじゃないか。数は多かったがそう強い敵じゃなかったし、ブレインに俺の補助(バフ)を入れたら余裕で相手出来たんだし」

 

「………あの植物系モンスター、三体とも難度60くらいの手応えあったぞ……?」

 

「でも森司祭(ドルイド)の魔法であいつらのスキル封じられるし、斬撃に弱いから大したことないぞ?一人で旅してた時も戦ってたし」

 

「そりゃお前が規格外なだけだろ」

 

 

 

 そうか?と言いながら笑う男に、ブレインは呆れたように今一度ため息をつく。カランッ、と焚き火に薪を投げ入れ火の勢いを調整する姿は、中々に堂に入っていた。

 野営も水の在り処の見つけ方も、何もかもブレインやもう一人の女性より熟練している。旅を続けて長いのは、流石といった所だろうか。

 

 

 そんな男の姿を、ブレインは今一度流し目で観察する。

 

 

 

 彼の私物だという持ち運びに便利な簡易椅子に腰掛け、身に預け抱き込む形で杖を持っている。身にまとっているのは深緑の様な色合いの古ぼけたローブ………だがそれが神刀並の逸品である事をブレインは知っている。その情報だけ見れば、彼が森司祭(ドルイド)………自然を尊ぶ魔法詠唱者だと確信しただろう。

 

 

 だが、外見を見れば間違いなくその確信は霧散する。ブレインには断言出来た。

 

 

 

「…………あいっかわらず魔法詠唱者とは思えねぇガタイだな、お前は」

 

 

 そう、デカい。デカいのだ。

 

 何を隠そうこの男、魔法詠唱者とは思えぬほどの恵体の持ち主。

 

 杖を抱える腕は丸太の如き太さを誇り、地を踏みしめる両足は根でも張っているのかと勘繰るほど。上背だって背の高い部類のブレインが子供のように思えるほどで、ゆったりとしたローブの上からでも分かるほどに筋肉が隆起していた。

 

 

 身につけた装備品は魔法詠唱者、しかして肉体的に見れば一線級の前衛。

 そんな彼は、その威圧感ある見た目からは想像出来ないほどに穏やかな笑みを浮かべて後頭部をポリポリと掻いた。

 

 

「ん?あぁまぁ、もやしっ子じゃ旅もできないからね。背が高いのは生まれつきだが………それにほら、俺は野伏(レンジャー)狩人(ハンター)の真似事もするからね。その影響かな」

 

「真似事ってレベルかぁ?そこいらの連中よりよっぽど腕が立つぞ………」

 

「ははは、旅するのに必要で覚えただけだからなぁ………模擬戦とかでも、ブレインに当てられた試しは無いし」

 

 

 

 射った矢を刀で切り払われたことを思い返しながら、小さく肩を竦める大男。

 ブレインに敵うとは思っていないが、それでも一人旅でそれなりに鍛えられたと自負していたのに一切当てることも出来なかった。

 

 さすがはかの御前試合でガゼフ・ストロノーフと互角の勝負を繰り広げた剣聖、ブレイン・アングラウスだ。

 

 そう茶化しながら意地悪い笑みを浮かべると、ブレインは苦虫を噛み潰したようにケッ、と吐き捨てる。

 

 

 

「馬鹿言ってんじゃねぇよ、お前が魔法を使い始めたら剣士の俺に勝ち目があるかっての。第一、第3位階魔法を使いこなす森司祭(ドルイド)野伏(レンジャー)なんて聞いたこともねぇしな」

 

「旅するのに都合がいいのを覚えたのと、あとはまぁ……昔から慣れてるってだけさ。それに、至近距離じゃブレインの独壇場だ。俺なんて一刀で斬り捨てられて終わりだよ」

 

 

 俺なんて遠距離でせせこましくやるしか能がないのさ、なんて笑って言ってみせる大男に、ブレインは何度目かも分からないため息をついた。

 

 

 確かに接近戦ともなれば、ブレインの勝利は固い。

 ブレインは戦士職の中でも身軽な軽装の剣士、それも刀を扱う剣速を重視した一撃必殺型だ。全力で武技を使えば、その一閃は並大抵の生物に知覚すら許さず生命を刈り取る程。居合抜きのみに限れば、彼の瞬きは英雄の領域にすら踏み込む。

 

 

 だがそれは、こちらの武器の届く範囲まで相手が近づかせてくれた場合の話だ。

 

 かの男は第3位階を使いこなす魔法詠唱者、草木を操る森司祭(ドルイド)だ。【植物の絡みつき(トワイン・プラント)】を初めとした妨害系の魔法に、補助魔法に攻撃魔法、回復までこなす万能さは、敵にすれば厄介なことこの上ない。

 さらに彼は、野伏(レンジャー)の職も修めているために弓矢の扱いにも長けている。その腕は熟練の域、魔法抜きでも冒険者ならば間違いなく白金(プラチナ)級を超えるだろう。

 

 

 ただの第3位階魔法詠唱者ならば敵ではない。ただの白金級の弓使いなら敵ではない。

 

 だがそれを併せ持ち、かつ装備を整え場馴れしているこの男は話が別だ。接近戦以外では勝ち目が薄い………武の天才たるブレインは、冷静にそう判断していた。

 

 

 

「………そんだけの実力がある、冒険者なら間違いなく蒼薔薇の連中と同等かそれ以上の男が、なーんでこうも権力に興味が無いのかね。欲が薄いというかなんと言うか…………」

 

「そうかな?俺は相当欲張りだし、自分の思うがままに生きてるよ」

 

「はぁ?欲深いやつが、ツアレ拾って俺が同行するようになるまで一人旅なんかするかっての。帝国に行けば取り立ててもらって、不自由なく生活出来るだろうによ」

 

 

 

 かのバハルス帝国に行けば、この男は間違いなく取り立てられる。

 魔法省なのか、近衛のうちのどれかなのか、それとも別の地位なのかはブレインには分からない。だがあの鮮血帝が、この男を野放しにしておくとは思えない。相場以上の報酬を与えてでも、帝国につなぎ止めておこうとするだろう。

 

 なのに今のコイツは、こんな草原の中で、貴族に弄ばれた元奴隷の少女に、盗賊団で用心棒をしていた犯罪者の二人を連れて野営だ。

 食事だって固い黒パンに干し肉が中心。野菜類や香草、木の実といったものは彼が採ってくるので普通よりも豪勢だが、それでももっと豪華なものを食べられるだろうに。

 

 

 そんなふうに思えてならないブレインだったが、彼は首をゆっくりと横に振り、続いて夜空を見上げる。

 

 一面真っ暗な夜空の中、星々が輝き、雲がゆったりと流れ、月明かりに照らされる。そんな光景を目を細めながら、噛み締めるように呟いた。

 

 

 

「………星が見られる。自然と共に在る。澄んだ空気に、自然の食事。俺の求めていたものが、ここには全てある」

 

 

 それに、と彼はブレインと、その奥に建てられたテントを見ながら小さく笑う。

 

 

 

「今では頼りになる剣士の友人に、ちょっと怖がりだけど世話焼きで熱心な生徒もいる。こんなに幸せでいいのか、なんて思っちゃうくらいだよ」

 

「………あぁそーかい。お前がそれでいいなら何も言わねぇよ」

 

 

 かつて生きた世界では、彼の求めたものは全て失われていた。

 

 あるべき空は有毒なスモッグガスに覆われて月明かりすら見えず、ありとあらゆる自然は人類の発展の代償に消え失せた。富裕層の住むコロニーにはまだ一部人工的な自然が残っていたらしいが、最下層の生まれである彼がそれを目にすることは無かった。

 

 

 だから全てを取り戻そうとした。

 

 そして死んだ。

 

 自然を取り戻そうと必死になって、身体を壊し、それでも諦めずに活動していたが………快く思わない連中もいたのだろう。

 呆気ない最期だった、なんて、2度目の生を享受する今では笑い話にすら出来た。

 

 

 

「まぁそういう訳さ。俺は旅してることに後悔なんてしてないよ」

 

 

 

 求めてやまなかった生命が、美しい自然が、まさか命を失ってから見ることが出来るなんて。『事実は小説よりも奇なり』なんて言葉もあるとは知っていたが、よもや自分自身で体験する時が来るとは思いもしなかった。

 

 

 輝く星空の下で目を細めながら笑う彼の様子を、ブレインは半ば諦めに似た感情を抱きながら肩を竦める。変人だとは思っていたが、中々どうして筋金入りだ。これだけの実力がありながら、如何せん求めるものが謙虚過ぎる。

 

 だがしかし、そんな彼だからこそ友人となり、今こうして共に旅しているのかもしれない。かつての宿敵に打ち勝つ為にも、自分の知らない知識を多数有している彼との旅はブレインにとって非常に有益なものだった。

 

 

 

「まっ、それ抜きにしても気に入ってんだけどな………」

 

「?何か言ったかい、ブレイン」

 

「いんや、何も言ってねぇよ。………ん?」

 

 

 

 小さく響いたブレインの呟きに、首を傾げる。わざとらしくなんでもないとヒラヒラと手を横に振るブレインだったが、そんな彼の耳にもぞり、と音が聞こえた。

 

 布が擦れるような音が響いた先にあるのは、焚き火から少し離れた場所に建てたテント。

 名目上は旅の面々で共有して使うものだが、男二人は殆ど使っていない。どちらも野営慣れしている上に、そこいらの野生動物やモンスターなんて軽く捻ることが出来る実力派だ。夜中であっても敵が寄ってくることは無い。

 

 それに森司祭(ドルイド)の魔法で体感温度を最適化すれば、遮蔽物がない分警戒しやすく外で寝る方がブレインにとって都合がいい、というのもある。

 ちなみに彼はただ単に自然の中で眠るのが好きなだけだ。なんなら泥の中だろうと嬉々として眠るだろう。そういう男なのである。

 

 

 

 そんな二人が使わないのに、何故建ててあるのか………答えは単純、未だ旅に慣れていない()()の為に建てられた、実質専用テントだからだ。

 

 

 

「…………んぅ…………おはようございます………」

 

「あぁ、ごめんねツアレ。起こしてしまったかい?」

 

 

 テントの中から這い出でるようにして姿を見せたのは、少しくすんでいるもののよく手入れされた金の長髪の女の子。歳は10代後半程だろうか、眠たげに目を擦るその姿は整った美人、というよりも愛嬌のある可愛い人、といった印象を抱かせる。

 

 

 そんな彼女____ブレイン達と共に旅をしている元奴隷の少女【ツアレニーニャ=ベイロン】に向けて、騒がしかったかと謝罪。しかしツアレはふるふると首を横に振ると、一度伸びをしてから立ち上がった。

 

 

 

「んーっ………いえ、そろそろ交代の時間だと思って、目を覚ましたんです。テントは、いつも通り静かで快適でした」

 

「ブルプラがガチガチに魔法で固めてっからなぁ。防備に関しちゃそこら辺の上流階級の部屋レベルだろ、そのテント」

 

「ははは………どうせなら快適な方がいいじゃないか。俺みたいに地面の方が好きってやつの方が稀だろうし」

 

 

 彼の習得している魔法を幾つか重ねがけし、更に魔法持続時間延長化(エクステンド・マジック)まで使用したテントの快適さは、並の宿屋とは比べ物にならないレベル。弟子に対して過保護では無いかとブレインが肩を竦めるが、当の師匠はあまり気にした様子も無い。

 

 というのも、ツアレの身の安全を考えるとこれは仕方が無いとも言える。

 それなりの時間をブルプラと共に旅している彼女だが、実力面では2人に大きく劣る。それこそ比べるべくもないほどに、だ。

 

 そんなツアレがいるにも関わらず、夜を明かすのは基本野原や森の中。危険度の高い場所だろうと興味の赴くままに突き進む為、必然ツアレでは到底勝てない相手が跋扈するのだ。

 ある程度安全を確保してから野営しているものの、危険には変わりない。少しでも安全度をあげるため、このようにテントに魔法をかけるのが決まり事なのだ。

 

 

 

「ブレインさんも一回寝てみますか?先生の魔法のお陰で、凄いフカフカなんですよ!」

 

「遠慮する。己を鍛える目的でこいつの旅に同行してんのに、んなもん知っちまったら感覚が鈍っちまう」

 

「相変わらずブレインはストイックだね。それとも戦闘狂、って言った方がいいのかな?」

 

「自然狂には言われたくねぇよ、タコ」

 

 

 胸の前でキュッ、と拳を握りながら興奮気味にツアレがそう勧めるが、ブレインは寝転びながらそれを拒否。

 己の感覚を鍛え、研ぎ澄ませる為とはいえそこまで徹底出来るブレインの事を戦闘狂だと称して小さく笑えば、自然狂いには言われたくないと眉を顰めていた。

 

 

「まっ、どうせ次の仮眠は俺だろ?ここで寝てっから、出る時になったら起こしてくれや」

 

「了解。ツアレはどうする?もう少し寝ていても構わないけれど」

 

「えっと、もう目が覚めてしまったので………授業の続きを、お願いしたいです」

 

「それじゃあ、渡してる杖を持ってきて。補助用のペンダントも忘れずに」

 

「はいっ!」

 

 

 

 毛布も被らずにそのまま目を閉じ、眠りの体制に入るブレイン。傍らには愛刀を備えているし、そもそもブレインの鋭い探知能力を掻い潜って彼の間合いに入る事が出来る敵などそうそう居ない。放っておいても大丈夫だろう。

 

 そんな彼をしり目に、ツアレはいそいそとテントに戻って一本の杖とペンダントを手に戻ってくる。彼女の身の丈より少し短い程度の大きさで古木の捻れた枝のような杖と、緑銀色のペンダント。どちらも元々は彼の私物だが、便利だからという理由で彼女にあげたマジックアイテムである。

 

 

「前回学んだ魔法はマスター出来たかい?」

 

「はい!頂いた杖の補助無しでも、《軽傷治癒(ライト・ヒーリング)》は問題なく使えるようになりました!」

 

「うん、さすがツアレ。昔の俺よりよっぽど筋がいいや」

 

「い、いえ……!先生に教えて貰えるまで、魔法なんて一つも使えなかったんです!その私が、魔法を使えるようになったのは先生が教えてくれたからで、えっと、その………先生の方が凄いと思います!」

 

「はっはは、本当?そう言って貰えると嬉しいなぁ」

 

 

 身振り手振りを使って、ツアレが必死にそう伝える。

 

 元々魔法なんて縁のない人生を送っていたツアレが魔法を使えるようになったのは、彼の指導のお陰だ。実際、自力では第0位階の生活魔法にすら使えなかったであろうツアレを、僅か一年と少しで第一位階をある程度使いこなせるまで成長させたのだ。彼の教育手腕は中々のものだろう。

 

 そんなことを言われてものほほんと笑っている大男。ホントにこの人は自分の凄さを分かっているのだろうか、とツアレが複雑そうに首を傾げるが、当の本人は笑みを絶やさぬままもう一度焚き火に乾いた木の枝を投げ入れた。

 

 

「俺の事を凄いって言ってくれるのは嬉しいけど、大した人間じゃないよ?俺の意志じゃないとは言え、ズルみたいなこともしてるし」

 

「ズル、ですか?」

 

「そ。生まれながらの異能(タレント)と、あとは……前世というかゲーム経験というか……まぁ、知らないはずのことを知ってたりするって感じ。そんな訳で、一から努力した殊勝な人間ってわけじゃないのよ、俺って」

 

 

 パチッ、パチッと火花が咲く音の中でそう呟いた。

 

 前世の自分_____あの自然が壊滅したディストピア時代に経験したゲーム、ユグドラシル。そこでそれなりの廃人として遊んでいた彼にとって、そのゲームとそっくりそのままな魔法体系をしているこの世界に来たことはある意味ラッキーだった。

 前世で自分が遊んでいたアカウント____分身とも言うべき存在、《ブルー・プラネット》。今世でそれと似たような職業構成になったのは、偶然とは言い難い。

 

 どんな風に過ごせば、どんな風に生きていれば、どんなことをすれば森司祭のクラスを獲得出来るのか。習得すべき魔法は何か、どんなコンボが使えるのか…………それを知識として持っているだけで、十分なチートだ。何故なら迷わなくて済み、それに伴い自分にとって不必要なクラスを獲得することを防げるのだから。

 

 

「特にタレントの方は、聞く人が聞いたら『なんだそのクソチート!』って言われるようなレベルだしね。そういう風にラッキーに恵まれて、それを惜しげも無く使ってきたから今こうしていられるのさ」

 

 

 チーターだよ、チーター。

 

 そう呟いた彼の言葉の意味を、ツアレが全部を理解することは難しかった。

 チートとかチーターってなんの言葉なんだろう、なんて首を傾げていたが、フルフルと首を横に振って思考をリセット。

 

 ヨシ、と意気込むツアレの様子を見て穏やかにはてなマークを浮かべる大男。

 

 

「あ、あのっ!」

 

「ん?」

 

 

 

 そんな彼のローブの裾をツアレはそっと掴む。真剣な眼差しを見せながら、少し考えてから口を開いた。

 

 

 

「私、は………何年も前に貴族の妾として突然連れて行かれ、家族と離れ離れになりました」

 

 

 

「妹とも離れ離れになって、一人ぼっちになって………貴族に、その………沢山、乱暴されました」

 

 

 

「それでも必死に耐えて、耐えて、耐えて………八本指や貴族の粛清が起こった時、私やほかの妾は証拠隠滅の為に森に捨てられて………あの時先生が助けてくれなかったら、今私はここに居ません」

 

 

 

「だから、その………ラッキーなのは、先生だけじゃないと思います。私もラッキーで、先生に会えましたから………もっと、自信を持っても良いと思います」

 

 

 

 ツアレニーニャ=ベイロンという少女の人生は、苦楽で言えば断然苦に寄っているだろう。

 

 貧しい農村に生まれ、幼い頃から働いてばかり。生活に余裕は無く空腹と隣合わせの生活。

 その上下衆な貴族に僅かばかりの金銭で強引に買われ、女性としての尊厳なんてありもしない生活を長年続けて来た。

 

 そんな地獄の中でも、必死になって耐えて……最後はどことも知れぬ森にほかの妾共々捨てられて、モンスターや野生動物の餌になるのも時間の問題。

 

 

 そんな彼女達に手を差し伸べたのが、偶然その森にいた彼だった。

 魔法で防護壁を張って彼女らを保護し、近くの都市まで護衛。自身の財を殆ど使い、彼女たちの殆どを望む環境へと送り出した。

 

 

 そんな恩人が、凄くない訳が無い。

 

 ただ単純に、その想いをぶつける。

 保護した当初は他の子達以上に怖がり、目を合わせることすら出来なかったツアレ。そんな彼女からの真っ直ぐな言葉に、彼は少しばかり目を丸くした。

 

 

 

「…………ツアレも言うようになったなぁ」

 

「はい、先生の教え子ですから」

 

「そっか、教え子か。………うん、そうだね。君は俺の教え子だ………半ば無理やり旅に同行しようとする位のお転婆な子」

 

 

 

 貴族から処分されかかった少女達を救い、各々が望む場所へと送り出した後。ただ一人残ったツアレは、故郷に帰るでも、彼の知り合いの商会に身を寄せるでも無く、旅に同行することを願い出た。

 当たり前だが、当時のツアレはただの少女だ。度重なる不幸に見舞われる運の無い人物ではあるが、特別な才能を持ち合わせているわけでも無ければ戦闘経験も無し。ユグドラシル時代で言うところのゲームスタート直後のプレイヤー以下の生存能力だ。

 

 その為、彼はその申し出を断り、納得しない彼女を知り合いの商会に任せて夜中に一人旅立った。自分の趣味で危険な場所に踏み込むような男の傍に居ては、命が幾つあっても足りないだろうと考えたから。

 

 

「それなのに、君はほぼ身一つで追いかけてきたんだからビックリしたよ。普通そんなことする?」

 

「え、へへ………あの時は、その………無我夢中だったんです。置いて行かれたくなくて」

 

 

 懐かしい思い出に、ツアレは少し恥ずかしそうに頬を掻く。今思えば危険極まりない行動だが、今こうしていることを考えたら勇気を出して良かったと思う。

 

 

「置いて行かれたくなかったって、ほぼ初対面の男にホイホイついて行ったら危ないよ?ただでさえ俺は人相悪いのに」

 

「えっと………先生しか頼れる相手が居ないというか、なんというか………この人なら助けてくれるって思って追い掛けたのも事実です。せっかく紹介してくれた方も、当時はその………男性というだけで、反射的に怖くて」

 

 

 図体はでかい上に強面、森を歩いている時はフードを深く被り、大弓を背中に背負っている大男。そんな自分を追いかけてきた少女の行動力に目を見張りながら心配そうにするが、当の少女は小さく目を伏せる。

 

 当時ツアレを無理やり妾にした貴族の男は、人を人とも思わぬ性格だった。大貴族という訳では無い、寧ろ貴族社会では末端に近い存在。

 しかしだからこそ、上の貴族から掛けられる圧や嫌味の鬱憤晴らしを平民に向けていた。

 まるで物のように少女達を扱い、飽きたもの、歳をとって容姿が変わってしまったものは八本指を通じて非合法の娼館に売却。また新しく領内の少女をはした金で奪い取り、また少女を売る………その繰り返し。

 

 齢13にしてその場に連れていかれ、数年もの間慰み者として使われ続ければ人間不信にもなるというもの。半ば発狂している娘も居る中で、正気を保っていたツアレはむしろ心が強い方だ。

 

 だがそれでも、そんな扱いを受け続ければ幾ら信用出来ると紹介されても男性が怖かった。唯一信用出来たのが、自分や周りの子を救ってくれた存在………目の前の、彼だけだった。

 

 

「あ、でももう一つ、理由があったんですよ?」

 

「もう一つ?」

 

「はい。何となくだったんですけど………もう会えない気がしちゃって」

 

 

 もう一つの理由。それを聞いた彼が首を傾げるが、ツアレは少し恥ずかしそうにしながら続きを口にする。

 

 

 

「その、言葉にしにくいんですけど………消えちゃいそうな、というか………ここで呼び止めなかったら、どこか知らないところで一人死んじゃってそうな………そんな風に、二度とお会い出来ないって感じてしまって。だから、追い掛けたんです」

 

 

 夜の闇の中、一人歩いて街を去っていく彼の後ろ姿。それを見たツアレは、直感で二度と会えないと感じたのだと言う。

 

 傍から聞いたら笑ってしまいそうなその理由。

 

 しかしそれを聞いた彼は、驚いたように目を丸くした。

 

 

 

 

 

 

「(_______気付かれてたのか。死のうとしてたこと)」

 

 

 

 そう。ツアレが感じた小さな違和感。それは紛れも無く真実で、彼は元々命を絶とうとしていた。

 

 

 かつての世界で『ブルー・プラネット』と呼ばれた彼は、この世界に生まれ落ち、感動し………そしてそれを凌駕する絶望を味わった。

 

 

 

 彼の両親は自分の誕生を心の底から喜び、貧しいながらも愛情を注いで育ててくれた。

 

 だけど彼の両親はこの世界には居なかった。

 

 

 彼の友人達は気が良く、苦しい生活の中でも笑い合い、互いに夢を目指して励まし合える素晴らしい友だった。

 

 だけど彼の友人達はこの世界には居なかった。

 

 

 彼の恩師は生徒の為に駆け回る熱血漢で、失われた自然を愛していた彼の為に方々に掛け合ってより上の学校で学べるように推薦を勝ち取ってきてくれた善人だった。

 

 だけど彼の恩師はこの世界には居なかった。

 

 

 

 両親は居る。友も居る。森司祭(ドルイド)魔法を教えてくれた恩師だっている。

 

 だがそれは全て()()()()()()()だ。両親であって両親では無く、友であって友では無く、恩師であって恩師では無い。

 

 

 彼は生まれ変わった。かつてとは比べ物にならない世界に身を置き、恋焦がれたものを手に入れた。

 

 

 だがそこに彼の愛した人々は居ない。

 

 恩返しをしたかった父と母は居ない。酒を酌み交わしたかった友は居ない。もう一度会って礼を言いたかった恩師は居ない。

 

 

 

 もう一度言おう。彼は生まれ変わった。

 

 そして、彼の愛した人々………愛した世界は、泡沫の夢のように消えてしまった。

 

 

 

「(だから死のうと思った。二度目の人生は、どうしても重く感じてしまって)」

 

 

 誰にも見られない場所………自分がここなら死んでもいい、と確信出来る自然を見つけたら、そこで静かに眠ろう。

 

 

 そう思っていたのに。

 

 

「………2人に会っちゃったからなぁ………」

 

 

 

 自然に目を輝かせ、知らぬ事を臆せず尋ねてきてくれるツアレに教師の様に教えるのが楽しかった。

 

 興味無さそうにしながらも、何だかんだと気にかけて助けてくれるブレインの姿が面白かった。

 

 初めて魔法が使えた時、子供のようにはしゃいでいたツアレの成長が誇らしかった。

 

 一つの目標に向けて愚直に、ブレることなく努力を続けられるブレインに尊敬した。

 

 

 

「………2人が俺に出会ってくれたから、きっと俺はまた生きようって思えたんだなぁ」

 

「先生?どうか、しましたか?」

 

「………ううん、何でもないよ」

 

 

 

 偶然出会っただけの2人。ツアレを助けたのも偶然に過ぎないし、ブレインに至ってはそれこそ殺し合いになるかもしれなかった。

 

 だがこの2人が旅に同行してくれた。それによって彼は、また歩き始めることが出来た。

 

 

 

「そういえば、明日はどこに行かれるんですか?また新しい森林探索とか?」

 

「いいや、ちゃんとした街に行くよ。ここから北の方にある『エ・ナイウル』って港町から船が出ているから、それに乗る予定」

 

「船、ですか?王国から離れて別の場所へ?」

 

「うん。ローブル聖王国にちょっと会いたい人が居るんだ」

 

 

 

 そういって、彼は小さく笑う。

 

 

 

 彼の名は、【ブルー=プゥラネィト】。リ・エスティーゼ王国辺境の農村出身、自然を旅して回る森司祭(ドルイド)野伏(レンジャー)

 

 旅の目標は__________

 

 

 

 

 

 

「俺の古い友人で………誰よりも優しかった、ガイコツさんにね」

 

 

 

 

 _________電脳世界で出会った、かけがえの無い友人達。彼らを全員、見つける事。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

〜〜〜エ・ナイウル〜〜〜

 

 

 

 

 

 

「タァァァァァァアアアアァァコォォォォオオォォォォオオォォッッ!!!!!!」

 

「せ、先生ぃぃぃぃぃぃっ!?!」

 

「バッカじゃねぇの!?あんなバケモン居るとこに飛び込むとかバッカじゃねぇの!?」

 

「タコは頭足綱 - 鞘形亜綱- 八腕形上目のタコ目に分類される軟体動物なんだがこれはそれを数十倍にも巨大化させたモンスターのビッグデビルフィッシュと言ってモンスター的に見たらそこまで特徴がある訳では無いんだがこうして間近で見ると実に興奮するねあぁ見てくれツアレブレインこのサイズ感でどうやって獲物を掴まえるのかと思ったら足の吸盤は通常のタコとほとんど変わっていないむしろこちらの方が大小様々なありより多数の獲物を捕まえることに適しているみたいだあぁそうだ口はどうなっているんだこの大きさなら相当数食わなければ生きていけないはずいや待てエネルギー効率がいいと言う可能性やそもそも海水からエネルギーを得ているという可能性だってあるないや全く森林を中心に探索していたからな淡水に住めないタコと出会うのは初めてだがなんて綺麗なフォルムなぜひ前世に戻って先生や皆にこの生物的な美しさを見せてあげたガボボボボボボ」

 

「喰われかけながら何やってんだテメェはァァァァァァァ!?あぁちくしょうやってやらァァァァ!!!」

 

「ブレインさん!?せめて水上歩行の魔法を……ブレインさぁぁぁぁん!?」

 

 

 

 このあとめちゃくちゃタコ切った。

 

 

 

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