至高の御方転生記 〜現地人になった御方達〜   作:ハチミツりんご

13 / 14
ウルベルトin皇帝執務室

 

 

 

 

 バハルス帝国の中心たる帝都、アーウィンタール。歴史上類を見ない程の繁栄の時を迎えているこの国を治める若き皇帝が座する場所こそ、アーウィンタールの中心にそびえたつ巨大な城、皇城である。

 

 

「陛下、魔法省からの報告書を預かっております」

「マイコ殿に影響されてか、民衆からも奴隷制度廃止の声が上がっております。如何なされましょうか?」

「王国が持ち直した影響か、商人の一部が向こうへと流れてしまっているようです。厳正な処罰を課さねば物価や景気に影響が出かねませぬぞ、陛下」

 

「全て目を通し追って連絡する。下がって良いぞ」

 

『ハハッ』

 

 

 

 絢爛豪華な皇城、その執務室にて数多の役人達からの報告を捌いて行く男の姿があった。

 

 金色に輝く柔らかい頭髪が風に揺れ、切れ長な紫の瞳が理知的な印象を抱かせる。その顔は正しく至宝、眉目秀麗という言葉が帝国一似合う美丈夫。

 

 彼こそが、この帝国のトップである鮮血帝《ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス》。生まれながらにして人を支配する存在、絶対的上位者として君臨する歴代最高の皇帝だ。

 

 

「…………ふぅ、ひと段落か………」

 

「随分お疲れだな、陛下」

 

 

 多くの文官達や様々な団体、民衆からの訴状なども含めた報告が入り乱れる最も忙しい時間帯を乗り越えたジルクニフが一息を洩らす。

 鮮血帝と呼ばれ、圧倒的な才覚でこのバハルス帝国を専制君主国家に作り替えた傑物たる彼でも所詮は人間。絶え間ない頭脳労働で疲れが溜まるのは至極当然のことだろう。

 

 そんな彼に向けて、砕けた口調で声をかける騎士の姿があった。

 専業騎士の育成が盛んな帝国において、最高位の四騎士にしか許されないアダマンタイト製の全身鎧に身を包んだこの男。獰猛にギラつく眼光とオールバックに固めた金髪が特徴的な彼こそ、帝国四騎士筆頭、《バジウッド=ペシュメル》である。

 

 

「あぁ………この所、王国の情勢が持ち直し始めたからな。それの対応に加えて、今までの仕事も変わらずやってくる。一つ一つは大したものでもないが、積み重なると少しな」

 

「へぇ、陛下ほどのお人がそんなこと言うほどですかい。つくづく皇帝ってやつは大変ですなぁ。なぁナザミ?」

 

「…………護衛に集中しろ、バジウッド」

 

 

 僅かに目を伏せながらため息をつくジルクニフを見て、物珍しそうな笑みを浮かべるバジウッド。

 皇帝たるジルクニフを挟んで反対側に立っている同じ四騎士の一人、《ナザミ=エネック》に同意を求めるように声をかけるが、陛下の護衛に集中しろと呆れ顔を向けられる。

 

 元々口数が少なく、生真面目な性格の彼の事だ。主であるジルクニフに砕けた態度で接するバジウッドに頭を悩ませているのだろう。そんなナザミの性格を知っているバジウッドは、へいへいと軽く流した。

 

 

「にしたって陛下、仕事し過ぎじゃねぇですかい?ロウネや他の文官に任せても問題ねぇと思いますがね、俺ぁ」

 

 

 いくら歴代皇帝の中でも図抜けた才能を持つジルクニフであろうと、増え続ける職務を全て担うのは無理がある。

 当然ジルクニフもそれをわかっている故に信頼の置ける文官達に奔走してもらっているが、彼は何事も一度自分の目で確かめたがる性格だ。必然読む書類も増え、忙しさに拍車をかけていた。

 

 そんなジルクニフを心配してかバジウッドがそう提案するが、当の本人はわざとらしく目を丸くした。

 

 

「ほう、頭からつま先まで生粋の武官のお前からそんな言葉が出るとはな。明日は槍でも降るのか?ナザミ、明日の巡回の騎士団に傘替わりに盾を持たせるよう伝えておいてくれ」

 

「かしこまりました陛下。アダマンタイト製の大盾を配備しましょう」

 

「ひっでぇな陛下!ナザミも乗るんじゃねぇよ!」

 

 

 善意から口にした言葉を茶化してくる主と同僚にバジウッドが抗議するが、揃って軽く笑うだけで流される。ナザミに至っては「柄にも無いことを口にするからだ」、なんて肩を竦める始末である。

 

 と言っても、これはよく見かけられる光景。皇帝たるジルクニフに仕える専業騎士達、その中でも帝国最強と名高い四騎士の面々は、必然彼と関わる機会が多い。

 政に触れる機会も多い上に、高い忠誠心を持つ為人前でなければラフに接しても大きな問題は無い。立場こそ違えど、ジルクニフにとってバジウッドとナザミは年の離れた友人のような感覚だった。

 

 

 

「………しかし陛下、バジウッドの言葉にも一理あります。ここ数日は休みなく執務に没頭されておりますし、少し休まれては?」

 

「お前達の心配は嬉しく思う。しかし、王国が力をつけ始めている今、俺が休むわけにはいかんだろう」

 

「ですが………」

 

 

 

 バジウッドの提案を茶化しはしたが、ナザミも同様の心配を抱えていた。

 

 バハルス帝国の目下の標的、アゼルリシア山脈を挟んだ隣国の『リ・エスティーぜ王国』。

 近年までは広大で扶養な土地を腐らせる愚を犯す無能国家であり、バハルス帝国に及ぶべくもない程度の国力しか無かった国だ。

 厄介なのは武力面で突出している王国戦士長、そして表立って出てくることは無いが限られた情報だけでジルクニフの政策を見破ってくる第三王女程度のもの。

 

 故に帝国が王国を吸収するのも時間の問題と思われていたが、国王ランポッサⅢ世の名の元にまさかの大改革を実行。帝国にまで被害を及ぼした犯罪組織『八本指』やそれに癒着していた無能貴族、帝国に情報を流していた裏切り者などを処断。一気に国力を回復し、飛ぶ鳥を落とす勢いで強大になっているのだ。

 

 

「もし王国がこのまま改革を進めたら、土地の差で帝国が不利な状況に陥る。まさかランポッサの代でそこまでは行かないと思うが………専業騎士制や魔法学院までやりだしたら手がつけられなくなる可能性もある。情報収集を怠るわけにはいくまい」

 

「…………陛下がそう仰るなら」

 

 

 無能な貴族が台頭していたせいで低迷していたが、元々王国は人間国家の中でも図抜けて恵まれた土地を持つ国だ。それを最大限に活用するのなら、作物の質の向上や新しい文化の誕生、それに有能な人材が多数生まれることは想像に難くない。

 そうなれば、いくらフールーダとその高弟達という虎の子がいるバハルス帝国でも苦境に立たされるだろう。

 

 

 そして王国にはあの女がいる。ジルクニフの想像出来る以上の事をやってくるだろう。もし微かにでも動きがあれば早急に対処出来るようにしておかねば出し抜かれる。そんな確信がジルクニフの中にあった。

 

 

 

「………にしたって、少し気分を変えたいのは事実だ。こういう時にでも()()()が来ると面白いんだがな」

 

「陛下、流石にかの御仁も執務の時間にやって来るなんてことは________」

 

 

 

 ジルクニフが一人の友人を思い起こしていると、流石に執務中にやってくるなんてことはないだろうとナザミが言おうとした、その時だった。

 

 

 

 ガシャン、と音を立てて執務室の窓が開く。

 

 

「っ!陛下、お下がりください!」

 

「ったく、空護兵団(エア・ガード)の連中は何やって………って、ウッソだろお前」

 

 

 咄嗟にナザミが両手に盾を構えてジルクニフの前に壁となるように飛び出す。バジウッドも四騎士に支給される大剣を引き抜きながら彼の斜め後ろに立つが、やってきた人影を見て頬をひくつかせた。

 

 

「よーっすジル!今暇か?」

 

「く、フフっ………本当にお前は面白い奴だな、ウルベルト」

 

 

 窓から現れたのは、染めたような真っ黒の髪の男。黒を基調とした中に目立たない程度の赤い刺繍を走らせたロングコートを翻し、ジャラジャラと装飾品を揺らすその男の事を、ジルクニフはよく知っていた。

 

 

 男の名は《ウルベルト=アレイン=デイル=オードル》。帝国でも有数の名家であるオードル家の次男坊であり、バハルス帝国の生ける伝説《フールーダ・パラダイン》の高弟筆頭。素行や言動に問題こそあれど、それを補って余りある才覚を持つ魔法詠唱者である。

 

 ついでに言えば元アインズ・ウール・ゴウン所属の転生者、ワールドディザスターにして厨二山羊の異名を持つ生粋の拗らせマンだ。今世ではジルクニフの友人でもある。

 

 

「おいウルベルト、お前どうやって空護兵団(エア・ガード)の連中の警備掻い潜ってきたんだ?」

 

「ようバジウッド。認識阻害の魔法重ねがけして、ついでにアマノマさんに作ってもらった隠密系の装備着けてるから余裕だったぜ。もうちょい訓練した方がいいんじゃねぇの?」

 

「何処の世界に第5位階魔法駆使して、伝説級の鍛冶師の装備身につけて皇城に窓から遊びにくるやつがいるんだバカヤロー。空護兵団(エア・ガード)の連中責める方が可哀想だわ」

 

 

 帝国騎士団の中でも選りすぐりの精鋭である近衛騎士団、その中から更に騎乗適正のあるもの達が厳しい訓練を重ねてようやく至る事が出来る皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)

 

 当然その実力は折り紙付きで、冒険者で言えば金級、実力の高いものなら白金級にも及ぶほどだ。

 だがしかし、第5位階魔法を十全に使いこなすウルベルトの魔法に、レベル的にはフールーダに迫るクラスの鍛冶師であるアマノマの装備の重ねがけだ。人間国家でこれを見破れるのはごく一部の実力者のみだろう。彼等を責めるのはいくら何でも可哀想だ。

 

 

「………取り敢えず、いくら陛下の友人でも執務室へ無断で立ち入るのは大罪だ。他のものに気付かれぬうちに早く外へ______」

 

「まぁ待てナザミ。この男はアホではあるが用もなくここに来たりはせん」

 

「そうそう。マヌケではあるが意外に考えてんだぜアイツ」

 

「おうてめぇジルにバジウッド。一言二言余計だゴラ」

 

 

 皇帝たるジルクニフの友人とはいえ、こうも簡単に皇城に入られては問題になりかねない。特にウルベルトはフールーダの高弟筆頭に抜擢された若き天才であり、普段から恨みを買うことが多い。これ幸いと排除に乗り出してくる連中がいないとも限らないのだ。

 

 それをわかっているナザミが退出を促そうとするも、ジルクニフとバジウッドが待ったをかける。

 ウルベルトはふざけた態度が多く不真面目に見えるが、実際は聡明な男である。そんな彼がやってきたということは、それ相応の理由があるのだろうと親しい2人は判断を下したのだ。

 

 

 

「それで?わざわざ今日来た理由はなんだ、ウルベルト」

 

「新作のマジックアイテムが出来たから自慢しに来た。あとついでにちょっとした情報提供」

 

「情報提供がついでかよ」

 

 

 何をしに来たのかと問えば、自慢げに指でクルクルと手のひらサイズの筒を回す。口の部分にそれぞれ色の着いた突起のあるそれが何を意味しているのかジルクニフには分からなかったが、彼の作るアイテムは変なものが多い。考えるだけ無駄だろう。

 

 それに加えて情報提供、といったウルベルトに対して、それがついでなのかと呆れ顔を覗かせるバジウッド。

 幼い頃からカッツェ平野のアンデット討伐に赴いていた彼は、独自のアンダーグラウンドな情報網を持っている。その速さたるや、精鋭を配備している帝国の密偵達より先に伝わることがあるほどだ。

 

 

「マジックアイテムか、それは楽しみだ。だがまず先にその情報とやらを教えてもらおうか。お前が持ってくるんだ、それなりの物だろう?」

 

「大したもんじゃねぇよ。王国のアダマンタイトが2つ、アーウィンタールに向かってるってだけだ」

 

「!…………朱は最近王都に戻ったばかりのはずだから………蒼と新人か?」

 

「正解。蒼薔薇とタケミカヅチさん、ニシキさんが王都を出発したらしい。着くのは馬脚を考えて一週間前後ってとこか」

 

 

 王国冒険者組合所属のアダマンタイト級冒険者チーム、蒼の薔薇とミート・コゥ・ムーン。

 

 どちらも今勢いに乗っているチームであり、王国改革の裏の功労者。帝国のアダマンタイトとは違い、不可能を可能にする人類の切り札、真っ当な実力派として近隣諸国に名を馳せている。

 

 そしてウルベルトがこれを報告した理由は至極単純。以前からジルクニフは、彼ら彼女らに目をつけていたからだ。

 

 

「蒼薔薇はリーダーのアインドラ嬢が王国貴族だ。それ以外のメンバーは王国に関係するものでは無い筈だが、あのチームは彼女の人望によって集まっている面がある。引き抜きは望めないだろう………だが」

 

 

 蒼の薔薇のリーダー、ラキュースは由緒正しき王国貴族だ。

 ほかの4人は過去の経歴が不明だったり、帝国や都市国家連合で暗躍する暗殺者集団イジャニーヤの頭領だったりと王国関係者では無いのだが、ラキュースという少女の人望によってチームを共にしている。

 

 故に引き抜こうとしても頷いてはくれないだろう。メンバー単品での引き抜きも考えたが、むしろ心象を悪くするだけ。得策では無いだろう。

 

 

 だがしかし。ミート・コゥ・ムーンの2人は違う。

 

 どちらも王国の農村出身、改革に大きく関わった人物ではあるものの王家への忠誠心や愛国心というものは薄いという報告があった。改革の手助けをしたのも、八本指や悪徳貴族への怒りに加え、元々知り合いだった蒼の薔薇に頼まれたから、という側面が大きい。

 

 これから王国は強大な敵国となる可能性が高い。有能な人材は幾らでも欲しいと考えるジルクニフにとって、この2人は是が非でも勧誘して手元に置いておきたかった。

 

 

「ウルベルトは、2人と知り合いだと話していたな」

 

「おう、間違いなく知り合いだぜ」

 

「皇帝直々に勧誘して、待遇も何もかも望むものを与えるという条件を出した場合。あの二人は乗ってくるか?」

 

「無理だろうな」

 

 

 ジルクニフからの質問を当然と言った表情でスパッと切り捨てる。

 ナザミとバジウッドが目を丸くするが、ジルクニフは分かっていたのか小さくため息を着くのみだった。

 

 

「無理、か………こっちに靡かせる手段とかは?」

 

「いやー、あの人らただ単に冒険したいから冒険者やってるタイプだからなぁ………どっかの国に仕えるとかはしねぇんじゃねぇの?」

 

 

 王国の冒険者組合に登録したのは、王国に生まれたから。ただそれだけで、帝国に生まれていれば帝国の冒険者組合に居ただろうし、都市国家連合なら都市国家連合の冒険者組合に居る。そんな性格の2人だが、何処かの誰かに仕えるというイメージはあまり湧かない。

 

 これが戦国時代など和風の国家ならば嬉々として武士になっていたかもしれないが、この周辺の国は中世の色合いが濃い。騎士という身分は、2人にとってイマイチ乗り気になれないだろうと、昔馴染みのウルベルトは予想していた。

 

 

「そうか………なんとも言い難いな。いまは放置し、確信を得られるまで情報収集を続けるのが無難か」

 

 

 無理に勧誘して心象を悪くした結果、帝国と敵対する国家に協力される方が不味い。今はまだ顔見せ程度にしておいて、確実に引っ張ってこれると判断がつくまで手を出さない方が得策だと独り言ちる。

 

 

「にしても、ミート・コゥ・ムーンか………いっぺん手合わせ願いてぇもんだな。なぁウルベルト、2人組みの剣士の方はどんだけ強ぇんだ?」

 

「あ?あー………最近聞いた話だと二人でギガントバジリスクを無傷で倒したってよ」

 

「ギガントバジリスクだと!?」

 

 

 闘いを好むバジウッドが剣士であるタケミカヅチはどれほど強いのかと問えば、ウルベルトの出した答えにナザミが驚愕する。それほどまでに、ギガントバジリスク討伐という偉業は大きいのだ。

 

 

「確か………アダマンタイトでなければ討伐は厳しいと言われているモンスターだな。帝国ではあまり聞かない種類だが………どれほど強いんだ?」

 

「仮に帝国騎士団全軍と正面からぶつかり合ったとすれば………確実に一軍は崩壊するでしょう。魔法詠唱者込みならば話は変わりますが、それでも相当数の騎士の命が失われることになるかと」

 

 

 資料でしかギガントバジリスクという魔物を知らないジルクニフが驚愕を露わにしていたナザミに尋ねれば、神妙な顔つきでそう計算する。

 

 帝国騎士は平均として銀級冒険者相当の力を有しており、近衛に抜擢されるものとなれば金級相当だ。

 しかしギガントバジリスクの難度は実に83。オリハルコンすら優に超えるかの化け物は、アダマンタイトのチームでなければ全滅必至という異常っぷりだ。

 四騎士全員を繰り出した場合はマジックアイテムやポーションの量でごり押せるが、かなりのアイテムを使うことになるだろう。それほどの強敵であり、それをたった二人で無傷で仕留めたミート・コゥ・ムーンの強さが分かるというものだ。

 

 

「あー、マジかぁ………ウルベルト、お前のツテでどうにか引っ張って来れないか?金なら幾らでも出すし望むものは全部与えるぞ?」

 

「あの人たち、今の自由気ままな身分が気に入ってるからなぁ。俺が頼んでも無理だわ」

 

「お前で無理かぁ………あー、頼むから冒険者辞めて王国に仕えるのだけは勘弁してくれ。戦争で出てこられたらそれだけで戦線が崩壊しかねん」

 

「けっけけけ、参ってんなぁジル」

 

 

 友人であるウルベルト経由で帝国側に引っ張れないかとジルクニフが尋ねるが、無理無理と手のひらを顔の前で横に振る。あの二人は魑魅魍魎の巣窟(アインズ・ウール・ゴウン)の中ではまだ常識ある方だが、自由人度は中々に高い。皇城仕えという身分は彼らにとって望むものでは無いのは、ウルベルトには簡単に予想出来た。

 

 

 そんなふうに軽い雰囲気のウルベルトとは対照的に、ジルクニフの気分は重い。

 

 元々冒険者はピンキリだが、基本的にその戦闘能力は高い。モンスターと切り結んできた前衛職は農民歩兵程度が束になってかかっても一蹴される程の剛力を持ち、後衛職は弓矢等の遠距離武器で的確に敵の脳天を貫く。魔法詠唱者ならば一撃で十数人を巻き込むことも、苦労してダメージを与えた前衛を回復、補助することだって可能だ。

 

 しかも冒険者のうち上位20%は、近衛騎士すらも上回る実力の持ち主達。更にその中でアダマンタイトともなれば四騎士が纏めて掛からねば危険な領域だ。たった一人で戦況を覆す事が出来る文字通りの切り札となろう。

 

 

 そんな相手だ、もしミート・コゥ・ムーンが王国戦士長と似た地位を与えられてみろ。帝国軍は多大な被害を受け、将軍や今の四騎士達ですら討ち取られかねない。

 

 もちろん、王国に仕える可能性が限りなく低いのは分かっている。だがしかし、蒼の薔薇や朱の雫と違ってミート・コゥ・ムーンは2人とも王国の平民身分だ。あの手この手を使えば冒険者を引退させ、徴兵という形で戦場に出すことも可能なのがジルクニフには分かっていた。

 

 というかあの籠の中の鳥のくせに全てを見透かしているかのような第三王女が相手だとそのか細い可能性を通しかねない、という心配も浮かんでくる。

 

 

 「はぁ」、と思わずひとつため息をついたジルクニフに向けて、ウルベルトは至極愉快そうに笑っていた。

 

 

「………で?主目的はどうした、ウルベルト」

 

「ん?あぁそうだそうだ、タケミカヅチさん達の話しててすっかり忘れちまってた」

 

 

 懐かしい友人の話をしていたせいか、ついつい話し過ぎてしまった。そんな風に呟くウルベルトを眺めながら、手に持った新作のマジックアイテムをクルクルと回す。

 

 

「新作のマジックアイテム……と言うと、オードル殿は研究成果を陛下に報告しにここへ来たということか?」

 

「いんや、研究とは別個。アイツが面白半分で作ったもんを度々陛下に見せに来てんだよ。お前は初めて見るんだったっけか?」

 

「陛下の身辺警護の際は、俺はロックブルズ殿と組む事が多いからな。苦手なんだろう、彼」

 

「あー………そういやそうだったな」

 

 

 自信に満ちた表情を見せるウルベルトを他所に、よくある事なのかとナザミがバジウッドに尋ねる。

 

 一応皇帝と臣下という関係性なのだが、ジルクニフにとってウルベルトは悪友と呼べる存在。ウルベルト自身もジルクニフ個人を気に入っており、毎度毎度なんでそんなもんを作るのか問いただしたくなるような物を作って持ってくるのだ。

 

 ただし、彼がやって来るのは基本的に昔っからの腐れ縁であるバジウッドがジルクニフの身辺警護にいる時………というよりも、厳密には苦手に思っている相手、四騎士唯一の女性である《レイナース=ロックブルズ》が居ない時だ。

 

 

 皇帝たるジルクニフの傍は常に四騎士が最低2人は控えている。その組み合わせだが、余程の事情が無い限り固定されている。

 

 片方は、攻守のバランスが良い前衛であり四騎士で最も強いバジウッドと、剣も魔法も扱えるが騎獣に跨ってこそ真価を発揮する故に地上戦では他のサポートに回ることが多いもう1人の四騎士、ニンブル。

 もう片方は攻撃力は一歩譲るが四騎士最高の守備力を誇るナザミと、逆に防御は苦手としているが図抜けた攻撃力と高火力のスキルを持ち、信仰系魔法もある程度扱える女性騎士のレイナース。

 

 緊急時でも互いの実力を最大限引き出せるように、かつ物理特化の戦士と魔法を使用できる神官戦士を組み合わせることで状況対応能力も確保する。基本的にこの組み合わせ、ローテーションを崩すことは稀である。

 

 

 それ故に、ウルベルトは苦手視しているレイナースを避けてジルクニフの元にやってくる。結果として、彼女と共に護衛に立つナザミはウルベルトのマジックアイテム披露会を見るの自体初めてなのであった。

 

 ちなみに本日バジウッドとナザミが組んでいるのは、貴族であり執務能力も高いニンブルが帝都を離れている上にレイナースも所用があると言って休みを取っている。残っているのがこの二人だけだった為である。

 

 

「ほいコレ。俺の新作」

 

 

 そんな話が繰り広げられているとは露とも知らず。ウルベルトは手に持っていたマジックアイテムをジルクニフへと手渡した。

 

 

「ふむ………両端に水晶が嵌め込まれているな。それ以外は特に何の変哲も無さそうだが………」

 

 

 軽くつまむようにして指先で持ちながら、ジルクニフはそれを観察する。

 

 

 手のひらサイズの大きさをした筒状のもので、彼の言うとおり筒の両端に赤と青の水晶が嵌め込まれている。淡く輝くそれらの水晶は美術品としての価値もそれなりにありそうだったが、それ以外は特に変わったところはない。強いていえば、筒の部分に金色の線が何本も不規則に描かれている程度だ。

 

 今までウルベルトが持ってきた妙な形の仮面や真っ黒に銀色の刺繍が施された軍服、着用すると左目が禍々しく朱に輝く眼帯などといった奇天烈なマジックアイテムに比べればまだマトモなようだが、何に使うのかジルクニフには見当もつかなかった。

 

 

「それで?これはどうやって使うんだウルベルト」

 

「なぁに、簡単だ。その水晶がスイッチになってるから指で押してみろ」

 

「………ここで発動しても問題無いマジックアイテムだろうな?書類がおじゃんになる様なことがあれば流石のお前でも騎士団に取り押さえさせるぞ」

 

「大丈夫、大丈夫。俺を信じろってジル」

 

「信じられんから言っとるんだ、たわけ」

 

 

 軽い調子でニヤニヤ笑うウルベルトに、呆れたような様子でジルクニフがそう告げる。以前新作のマジックアイテムだと言って持ってきた時は、まさかの悪魔大量召喚の魔法が詰め込まれていた。ドッキリ用との事だが、心臓に悪いなんてもんじゃない。

 しかも調整を間違えたせいで召喚主に従うはずの悪魔達は寧ろ嬉々として召喚主を襲ってきた上に、無駄にウルベルトの技量が高いために最下級の悪魔だけでなくそこそこ強い悪魔も紛れ込んでいた。

 

 あの時ウルベルトが魔法一発で全部消し飛ばしていなければ、このアホを牢屋に叩き込んで打首に処さねばならないところだった。バカなことをしでかすものの、それが大事になる前に処理出来るだけの能力があるのだからなんとも言えない男である。

 

 

「以前のような思いは御免だぞ。まさか敵国ではなく自国の人間に暗殺未遂されるとは思わんだろ、普通」

 

「まぁ無事だったしいいだろ?今回は身の危険を感じるようなことは無いから安心しろって!それぞれ別の効果があっから、どっちから押してもいいぜ」

 

 

 お前がそう言って無事だった試しの方が少ないのだが、という言葉を発さぬまま呑み込む。言っても無駄だとジルクニフはよく知っているためだ。

 

 

 軽く肩を竦めながら、ジルクニフはじっとマジックアイテムに視線を注ぐ。

 

 

 赤と青の水晶。まさかどちらか片方がハズレで、間違えると攻撃を食らうなんてことは無いだろうが………それでも2択を突き出されると情報がなくとも悩んでしまうのが人間のサガ。

 

 少しして、ジルクニフは心の中で小さくよし、と呟いた。

 

 

「それなら………こちらの赤い水晶の方から押させてもらおうか」

 

 

 そう言って右手で筒状のマジックアイテムを掴み、親指で押せるように赤い水晶の方を上に向けた。選んだのに大きな理由はなく、強いていえば自分とウルベルトの服装、どちらにも赤色があったからだ。

 

 

 前の惨劇を知るバジウッドが若干心配そうに、初めてウルベルトのマジックアイテムを見るナザミが少し物珍しそうな視線を向ける中、ジルクニフは意を決して親指に力を込める。

 

 

 カチッ、と小さな反発と共に押し込まれるような感覚が指越しに伝わる。

 

 そして、次の瞬間__________

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 _______バジウッドの頭から噴水が流れ出した

 

 

 

「ブフッ!!」

 

「は?…………はァ!?」

 

「っしゃ!」

 

 

 

 ぴょろぴょろぴょろ、と気の抜けるような効果音とともに、オールバックに整えられたバジウッドの金髪から透明な水が吹き出していく。空中で二股に分かれながらバジウッドの頭を濡らしていくソレがアホ毛のようで、見ていたナザミが笑いを堪えきれずに吹き出した。

 

 

 この意味のわからない状況を作り出した本人は、満足気にガッツポーズしている。どうやら調整ミスでもなんでもなく、狙った効果が現れて満足らしい。清々しい笑みを浮かべながら、バジウッドにサムズアップを向けてきた。

 

 

 ばっかじゃねぇのかコイツ、とウルベルトをとっ捕まえようとしたバジウッドだったが、ふと視界の端にジルクニフが映った。

 

 こんな馬鹿げた効果のマジックアイテムはバジウッドも初体験だ。ただでさえ今のジルクニフは王国の盛り返しによる業務増加のせいで疲れている。こんなくだらないものを見せられて、キレてもおかしくない。

 

 

「いえあの陛下、ウルベルトの奴もふざけてるわけじゃ………!」

 

 

 こんなことをする奴とはいえ、流石に友が投獄されるのは寝覚めが悪い。友人想いなバジウッドは慌ててジルクニフの方を向いて弁明を述べようとした。

 

 

 そんな中、肝心のジルクニフはというと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………プッ、くくっ…………ふ、ふふふ…………」

 

「…………陛下?」

 

 

 バジウッドが頬をひくつかせながら、まさかコイツという思いで声をかける。

 

 

 カチッという音がまた響く。

 

 

 バジウッドの噴水の勢いが強まり、ぴょーっと言う音を奏でた。

 

 

 

 

「ふはははははは!!!ウル、ウルベルト!!お前は天っ才だな!!はっはははは!!!」

 

「だぁぁぁろぉぉぉぉ????こんなこと出来るの大陸広しといえども俺だけだぜ!!」

 

「やるのもお前しかいないわ!!はっはははは!!!」

 

 

 

 バンバンバンと執務用の豪奢な机を叩きながら爆笑するジルクニフと、そんな彼に合わせて悪ノリするウルベルト。

 

 その姿はさながら、休み時間にふざけ倒す帝国魔法学院の男子生徒たちのようであった。

 

 

 

「陛下ァァァァァァ!?なんっで部下がこんな目にあってるってのに爆笑してんですかねぇ!?」

 

「くっ、くくっ………いやバジウッド。今のお前の絵面で笑うなと言う方が無理だぞ。なぁナザミ」

 

「バジウッド。今のお前なら旅芸人でも食っていけるぞ、良かったな」

 

「良かねぇよ!?」

 

 

 筋骨隆々の大男であるバジウッドの頭から噴水が噴き出している構図は実にシュールなもので、普段の彼を知るものであれば笑わずにはいられないだろう。噴き出した水が見事に二股に分かれている辺り無駄に技術が高い。

 

 そんなバジウッドを見て笑わないのは不可能だと目じりに溜まった涙を拭いながらジルクニフが言えば、同意するようにナザミも真面目な顔で頷いた。

 

 ちなみに先程吹き出していたナザミは今は真顔になっているが、バジウッドには分かる。小さく震えているし時折頬がひくつくので、笑いたいのを我慢しているだけだ。

 

 

「ウルベルト、この青い水晶の方はどうなるんだ?」

 

「ん?あぁ、そっちを押すとだな…………」

 

 

 笑いを堪えきれていないジルクニフが、もうひとつの効果はどうなのかと手に持ったマジックアイテムを持ち替え、青い水晶の方を上に持ってくる。

 

 額に青筋を浮かべているバジウッドにドヤ顔を向けていたウルベルトだったが、ジルクニフの呼び掛けに反応して彼の机に近づいていく。

 まがりなりにも皇帝たるジルクニフに無断で近づくのは如何なものかとも思うが、そんなものを指摘する人間はこの場に居なかった。

 

 

 ジルクニフに近づき、躊躇いなく彼の手の中にあるマジックアイテムの青いスイッチを押す。そしてバジウッドの方に視線を向けるので、倣うようにジルクニフとナザミも彼に視線を向けると……………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 _______シャキーンッ!という音と共にバジウッドの顎髭が伸びた

 

 

 

「こうなる」

 

「「ダーッハッハッハッハ!!!」」

 

「テメェらァ!?」

 

 

 船の錨のような形に整えられている顎髭が、地面につき刺さらんばかりの勢いで真っ直ぐ伸びる光景。唐突に重くなった顎部分にバジウッドがプルプルと震えていると、ウルベルトは特に悪びれる様子もなく指さしていた。

 

 声を荒らげながら彼の方を振り向くバジウッドだったが、哀れかな。その勢いに呼応するように長く伸びた顎髭がシルクの様な滑らかさと輝きを持ってユラユラと揺れ動き、それが一層皇帝と同僚の爆笑を誘った。

 

 

 

「どっ、同時に押したらどうなるのですかな、オードル殿」

 

「いい所に目をつけるなぁエネックさん。これを押すとバジウッドの野郎のもみあげが………」

 

 

 カチッ、と赤と青の水晶を同時に押す。

 

 

 

『クルッポー!クルッポー!』

 

 

 マジックアイテムを取り上げようとしていたバジウッドの鼻の穴から綺麗な鳩の模型が飛び出した

 

 

 3人揃って吹き出した。

 

 

「ウゥゥゥゥルベルトォォォォォォ!!?」

 

「やべぇなバジウッド、もみあげが伸びるだけにしてたはずなのに鼻から鳩とか………お前天才かよ」

 

「好きでこうなったんじゃねぇわボゲがっ!!」

 

「や、やめろバジウッド……お前が興奮する度に鳩、鳩が………くっ、くく………は、腹が痛い………!!」

 

 

 元々はもみあげが髭のように伸びるだけという効果のはずが、調整を間違えたのかバジウッドの鼻毛を触媒に鳩へと変化して飛び出すという人間鳩時計の完成。

 この土壇場でウルベルトの予想以上のことをしてのけた友人に流石だと賞賛を送れば、怒りの言葉と共に鳩が鼻から飛び出した。

 

 

 

「てめぇ待ちやがれ!!ぶった斬ってやる!!」

 

「うおっ!?てめぇあぶねぇじゃねぇか!!皇帝の執務室でそんなもん振り回していいと思ってんのか!!」

 

「こんなことやりやがったてめぇが言うんじゃねぇよ!?大体なんで俺にだけ効果出るんだよ!?」

 

「は?そりゃお前、この間飲みに行った時にお前の髪の毛を拝借して作ったからな。金色の模様あるだろ、アレお前の髪の毛の名残」

 

「よーくわかった。やっぱ殺す」

 

 

 

 ジルクニフから下賜されたアダマンタイト製の大剣を抜き、躊躇いなく振るう。

 

 薙いだ一閃が剣閃上に真空を作り、瞬間的に暴風が吹き荒れる。帝国内でも指折りの実力者、四騎士筆頭たる戦士の一撃は余裕で人間の理の外にいた。

 

 あぶねぇな、なんて文句を垂れながらもウルベルトは軽やかにバジウッドの剣を躱す。幼少期からバジウッドとつるみ、カッツェ平野のアンデッドを相手取ってきたウルベルトの回避能力は妙に高い。普段からフールーダと本気の鬼ごっこをしているのもその一因だろうか。

 

 

「ん?…………はいよ、了解」

 

 

 大上段から振り下ろされる必殺の一撃を寸前で躱し、反撃に一発魔法の矢(マジック・アロー)でもお見舞いしてやろうかと画策していたちょうどその時。ウルベルトの脳にピンッと一本、魔法の糸が繋がるような感覚があった。

 

 バジウッドから逃げ回りながら脳裏に響く声に意識を傾けると、了承の返事を返しながら【飛行(フライ)】を発動。空中にフワリと浮かんでバジウッドの攻撃範囲内から逃れると、先程入ってきた窓へと足をかけた。

 

 

 

「悪ぃ、タブラさんから呼び出し来た!じゃあなジル、バジウッド、エネックさん!」

 

「随分急だな。まぁいいさ、じゃあなウルベルト。また完成したらもってこい、笑ってやる」

 

「出来れば窓から来るのは控えて頂きたいものですな」

 

 

 急用が入ったと述べるウルベルトに向かって、ジルクニフとナザミは目じりの涙を拭いながら笑って送り出す。悪友たるジルクニフにとってはいつも通りリラックス出来る時間であったし、ほぼ初対面のナザミにとっても実に面白い時間だった。

 

 

「はぁ!?てめ、コレどうすんだコレ!?」

 

「時間経過で戻っから心配すんなって!じゃあな鼻鳩噴水髭ロン毛!!」

 

「誰のせいだゴラァァァァァァァァァァァァーーーーッ!!」

 

 

 憤怒と悲痛の入り混ざったバジウッドの絶叫が帝都の蒼穹に響く中、最後まで友人をからかいながら空へと飛んでいくウルベルト。その姿はまさしくクソガキの感性のまま力ある大人になった問題児だったが、どうにも憎めない愛嬌も併せ持っているように思えた。

 

 

「…………相変わらず愉快な奴だ」

 

「随分お笑いでしたな、陛下」

 

「なんだナザミ、お前も笑っていただろう」

 

 

 窓枠に乗り出してバジウッドが叫ぶ中、ジルクニフは愉快な友人の去り際に苦笑を浮べる。

 

 そんな皇帝に向けて、厳つい顔に小さな笑みを浮かべながらナザミがそう呟いた。

 

 確かに普段の自分しか知らないナザミから見たら今日のジルクニフは衝撃を覚えるものだっただろうが、それはナザミも同様だ。全く表情が変化せず、どんな仕事だろうと淡々とこなすナザミが爆笑している姿の方がジルクニフにとっては珍しかった。

 

 

 お互い様だろう、そういう意味を込めて言葉を返したジルクニフだったが、いえいえと首を振ってナザミは次の言葉を紡いだ。

 

 

「確かに私も大いに笑わせて頂きましたが………あれほど人間味のある陛下を見るのは初めてだと思っただけです」

 

「フッ………なんだ、鮮血帝には似合わなかったか?」

 

「いいえ。むしろ今の貴方の方がお仕えのしがいがある」

 

 

 ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス。

 

 バハルス帝国歴代最高の才を持つ傑物、生まれながらにしての支配者。父親が母により暗殺された過去や、自らの手で兄弟の幾名かを処刑したあの日より、彼の心の一部は砕け散った。

 

 ジルクニフはバハルス帝国の英雄だ。それは偽りではなく、もしもウルベルトを殺した方が帝国に莫大な利益があるというのなら迷いなく処刑出来る。心を許した友であろうと稀代の忠臣だろうと、利益のために犠牲に出来る。そういう男なのである。

 

 

「………オードル殿はわかってやっているのですか?」

 

「いいや、アレはただの阿呆に違いないさ。ただ………」

 

「ただ?」

 

 

 バハルス帝国皇帝として、臣下達に余計な心配を与えぬため、対立貴族や他国家に若造と舐められぬため。常に小さな笑みを浮かべ、堂々たる賢王として君臨する。

 

 それにストレスを感じなければ、最早ジルクニフは人間では無いだろう。

 

 

「………得がたい阿呆だ」

 

「………なるほど、違いない」

 

 

 そして、ジルクニフは未だに人間だった。

 

 当たり前に泣き、笑い、怒り、悩み、生を謳歌する。

 

 

 そんな彼が、当たり前に本性をさらけ出せる場所。

 

 バハルス帝国皇帝、鮮血帝のジルクニフではなく、ただ一個人としてのジルクニフとして振る舞うことが許される場所。

 

 数少ないその場所のひとつが、ウルベルト=アレイン=デイル=オードルだと言う事は、ナザミにも明白だった。

 

 

 

「居なくなられては困りますなぁ」

 

「全くだ。あれでもう少し爺の言うことを聞くようになれば言うことないんだが………」

 

『テメェらァァァァァァ!!!そのバカ野郎とっ捕まえろぉぉぉぉぉぉ!!!』

 

「………ひとまず、止めましょうか」

 

「ククッ、だな。おいバジウッド、その辺にしておけ!お前の顔を見た皇室空護兵団(ロイヤル・エア・ガード)の連中が腹筋吊ってヒポグリフから落ちたらどうする!」

 

 

 

 暫くして、バジウッドの奇天烈な格好は元の彼に戻り。四騎士筆頭のアホみたいな姿を目撃してあわや空の塵になりそうだった空護兵団の面々は、この日のことを口外せぬ代わりに皇帝直々に休暇とたっぷりのお駄賃を貰ったのであった………。

 

 

 

 

 

 

 

 ______時折、バジウッドの頭から噴水が吹き出す姿を見た文官が吹き出したという報告が上がったとか上がってないとか。

 

 

 

 

 

☆☆★

 

 

 

「あーっと………タブラさんの部屋だっけ?確か魔法学院の………あぁあったあった」

 

 

 風にマントをたなびかせながら、目的の場所の前にフワリと降り立つ。

 

 

「_________がいします____」

 

「窓から入るととんでもねぇ罠仕掛けてやがる時があるからな………ビアーキーはまだしもムンビは勘弁だぞマジで」

 

 

 かつて驚かそうと思って窓に手をかけた瞬間、仕掛けられた魔法によって呼び出されたモンスターと追いかけっこしたことを思い出す。偶然マイコに出会わなければそのまま簀巻きにされる所だった、あんな目は二度と御免だ。

 

 

「お願いします_____」

 

「にしてもマイコさんとこじゃないのは珍しいな………つっても会って話聞きゃいいか」

 

 

 話も聞かぬまま色々思い描いても致し方ない。少なくともあのジジイは問題行動ばかり起こす変人だが、伝言(メッセージ)の魔法で呼び出してまで罠にかける様なことはしないはずだ。

 

 ………たぶん。きっと。おそらく。メイビー。

 

 

 

「おーいタブラさん!!呼ばれてわざわざ来てやったぜぇ!!」

 

 

 バァン、とノックも無くいきなり扉を叩き開ける。

 

 ウルベルトの目に飛び込んできたのは………

 

 

 

 

 

 

 

「______お願いします!お願いします!私の全てを捧げます!!だから、だ、から…………!!」

 

「レ、レディ?落ち着いて、ね?」

 

 

 …………白髪の混じった斑な黒髪の中年男性に、艶やかな金髪の女騎士が縋り泣き。それをじとーっと見ているマイコという妙な光景だった。

 

 

 

 





次回、タブラ=スマラグディナサイドに続く。



更新頻度が遅い、という声がちょこちょこメッセージに送られてくるのでひとつ宣伝?を。興味無い方は流していただいてかまいません。




創作用のTwitterアカウントを作成して自分のページのところに貼っつけております。至高の御方転生記だけじゃなくて他も全部ひっくるめたものですが、そこでごく稀に進捗について呟くようにします。あとどれ位なの????って気になる方はそちらを見ていただけると幸いです。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。