至高の御方転生記 〜現地人になった御方達〜 作:ハチミツりんご
バハルス帝国首都、帝都アーウィンタール。帝国のやや西部に存在するこの都市こそ、今まさに繁栄の時を迎えようとしているこの国の心臓部であり、若き皇帝《ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス》が座する王城の存在する場所。ほぼ全ての道が石やレンガで舗装されており、帝国の誇る騎士団が目を光らせて市民の安全を護っているなど、極めて合理的かつ善政が敷かれている。
そんな帝都の中央通りは、活気づいた市民達の賑わいの声で今日も満たされていた。
パンを売る看板娘の大きな声が響き渡り、警邏中の騎士に向けて元気に挨拶する子供達の微笑ましい光景が見うけられる、そんな中で、4人の男女が歩いていた。それぞれが武装を施してはいるものの、皇帝から認められた職業軍人である騎士ではない。そうなると、こんな街中で武装を解かないのは基本的には2つのパターンがある。
ひとつは、彼らが冒険者であるということ。しかし、冒険者は見分けがつくように各々の名前が彫られたプレートを組合から手渡されている。プレートは冒険者にとっての身分証明書のようなものであり、何かしらの理由がない限り隠す必要性は無い。それが見受けられない彼らは、非合法の仕事を請け負う冒険者のドロップアウト組______ワーカーだ。
「しっかし、本当に俺らも行っていいのかよ?アルシェは当然として、神官のロバーも大丈夫だろうが、俺とイミーナは……」
そう言って頭を掻きながら悩ましげな表情をするのは、短い金髪に赤いメッシュを入れた若い男性。腰にはナックルガードのついた2本のショートソードを差しており、後ろには殴打武器のメイス、刺突武器の鎧通しを身につけている。健康的に日に焼けた肌をした彼は、この4人組ワーカーチーム、【フォーサイト】のリーダーたる軽戦士、《ヘッケラン・ターマイト》。基本的に裏表のない性格をしているが、裏稼業であるワーカーらしく腹芸もこなせる柔軟さを持ち合わせた頼りになる人物だ。
「まぁ向こうがいいって言ってるんだから問題ないでしょ。先生良い人だし」
ヘッケランの隣で小さく笑うのは、紫色の髪を高い位置で2つにまとめた切れ長な瞳の女性。スラリとした肢体の美人であり、耳がヘッケラン達のそれよりも長い。
「ヘッケラン達が行くのも問題ないとは思いますが、流石に武装は解いたほうが良かったのでは?ただでさえ私達はワーカー、学院側としては入れたくないでしょうし…何よりあの人への礼を失する訳には……」
綺麗に整えた顎髭を触りながら心配そうな顔でそんな事を言うのは、がっしりとした体格の30代ほどの男性。彼の名は《ロバーデイク・ゴルトロン》。元々は帝国の神殿に仕える上級神官だった彼は、神殿界隈のしがらみに邪魔をされて本当に救いを求める人々を救えない事に嫌気が差し、神殿からの手が及ばないワーカーとなった異色の経歴の持ち主。報酬の一部を孤児院に寄付するなど、ワーカー内どころか帝国全体を見てもトップクラスのお人好しである。フォーサイトにおいては第3位階の信仰系魔法を使う事が出来るチームの生命線にして、依頼人と報酬の交渉などを引き受ける口達者な男でもある。
「先生が言伝してくれてるから大丈夫。それに、みんなに久しぶりに会いたいって言ってた」
ロバーデイクとイミーナに挟まれるようにして歩いている少女がポツリと呟く。艶やかな金髪を肩ほどからざっくりと切っており、その外見はどう見ても十代中程の少女。しかしその手に持つ
そんなフォーサイトは、現在緊急の依頼を終え、その足で帝国魔法学院へと向かっていた。才能ある者、将来帝国の柱となる人材を育成する為に作られたこの学院は、当然ながら警備もかなり厳しい。帝国騎士団の中でも精鋭が警護に当たっており、上空からは
そんな超がつくほどの厳重警護が敷かれた帝国魔法学院。通常ならばかつて生徒だったアルシェを除いた3人は入る事すら出来ないが、アルシェの、そしてこれから会う人物の要望により揃って向かっていた。
「にしても、あの先生はほんっとに警戒心薄いよなぁ……普通帯剣したワーカーを招かねぇだろ?」
「確かに、あの方ならば狙う者も多いでしょうしね……信頼して下さるのは嬉しいですが、心配になります」
ヘッケランとロバーデイクの男性陣が心配するようにボヤく。これから会う約束をしている人物は、帝国魔法学院で教鞭を執っている女性教師。温厚な性格としっかりした人柄、更には話し掛けやすい気さくな態度と合わせて生徒からの人気の高い先生であり、在学中もアルシェのクラスで授業をしていた人物なのだが…如何せん警戒が甘い。様々な理由で狙われるであろう人物にしては、非合法の人間を武装させたまま招くなど甘ちゃんにも程があるだろう。
「…でも、そこが先生の良いところ。甘いって言われてるらしいけど、そんな先生だからこそ尊敬する」
はにかみながらアルシェがそう呟く。
とある理由でアルシェはこの先生に多大な恩義を感じており、かのフールーダと並ぶ程の尊敬を覚えている人物でもある。
また、フールーダとは別の、自身の新しい魔法の師匠と巡り合わせてくれた事もあり、本当の意味で彼女が足を向けて眠れない人物なのだ。
「ほんとにアルシェはマイコ先生が好きなのね。……まぁ、私も好きだけどさ。罪のない森妖精達を奴隷から助け出してくれた人なんだし、あんなにいい人中々いないわよ」
「孤児院も経営してるらしいし、あの鮮血帝に真っ向から意見して助成金勝ち取ったらしいからなぁ………」
イミーナがうんうん、と頷く中、ヘッケランも同意する様に言葉を紡ぐ。かの女性は魔法学院の教師ながら、その優れた魔法詠唱者としての能力、さらには教師としての高い能力も相まって鮮血帝からも認められている。そんな彼女は皇帝ジルクニフに自力で嘆願書を出して帝国内の奴隷制度を廃止……とまではいっていないが、現状多くの罪のない人々を奴隷という立場から救い出している。
更にはそう言った人達、更には親を亡くした子供達などの拠り所となれるよう、自費で孤児院を開設。アーウィンタールだけに収まらず、行くあてのない人々、更にはどうしてもやむを得ない事情で愛するわが子を育てられない人達が殺到しているという話だ。今の帝国で最も善なる人は誰か?と問われれば、多くの人が彼女の名を口にするだろう。それほどまでに強い影響力を持っている女性なのだ。
「………まっ、俺らの中で先生の事一番好きなのは誰だか決まってるけどな!!なぁ、ロバーデイクさんよ〜?」
ヘッケランはニヤニヤと笑みを浮かべながら隣を歩くロバーデイクの肩を掴む。その顔は完全に友人をからかおうとしている者であり、同時にイミーナ、アルシェの女性陣も『あぁ〜』と納得したような声を上げる。
「ちょっ!?な、何言ってんですかヘッケラン!私は、第5位階魔法を使え、多くの人を無償で助けてらっしゃるマイコさんを神官として、人として尊敬しているだけでですね…!!」
いきなりの事に狼狽えながら微かに顔を赤らめるロバーデイク。弁解の言葉を述べようと口を開きかけるが、それよりも早く追撃が彼を逃がすまいと飛んでくる。
「嘘つけロバ〜!あんた、いつもと違って髪型や髭を気にしてるし、珍しく香水まで使ってるでしょ?あたしにバレてないと思った?」
「それにロバー、なんだかんだこの日を楽しみにしてた。しきりに日数気にしたり、依頼中も時間を気にしていたり。流石にバレバレ」
「イミーナさん、アルシェさんまで…!!」
チームで最も鼻が利くイミーナ、そして珍しく妹分のアルシェまで加担してロバーデイクをからかい始める。最年長たる彼は普段は落ち着いた頼りになる人物であり、基本的にヘッケランを弄る側の人間なのだが、ことコレに関しては立場は逆転する。
「あぁもう!!ほら、もう学院に着きましたよ!!早く行きましょう!!」
「おっ?そんなに早く会いたいのかよ、ロバー?」
「ヘッケラン……!!!」
「はっは!!わりぃわりぃ、許してくれよ、な?」
ロバーデイクが足早に帝国魔法学院へと向かっていくのを見てヘッケランが再びからかいの声を上げる。珍しく鋭い目付きで恨みがましい目線を向ける。ヘッケランも彼と喧嘩するつもりは毛頭なく、朗らかに笑いかけてその場を諌める。
その後守衛に挨拶を交わし、魔法学院内を進んでいく。時折すれ違う同級生達は、アルシェを見つけると元気に挨拶を投げてきており、アルシェも控えめに笑いながら手を振り返す。そんな妹分の様子を嬉しそうに見つめる3人であった。
「っ!!アルシェお嬢様!!」
そんな時、アルシェに気がついて駆け寄ってくる少年が一人。学院指定の制服に身を包んだ男子生徒で、凛々しい顔立ちをした好青年。片目を眼帯で覆っていることと、目付きや雰囲気から少し暗め______影のある印象を抱かせるが、その顔は喜色に満ちていた。
「……ジエット?」
「はいっ!!お久しゅうございます、お嬢様!」
驚きのあまりポカンした表情を浮かべるアルシェに、本当に嬉しそうな顔つきで頭を下げる。
彼の名は《ジエット・テスタニア》。かつてアルシェの実家であるフルト家に仕えていた人物であり、アルシェの弟分のようなもの。幻術を尽く看破する特殊な魔眼をタレントとして持つ稀有な男だが、その才能は魔法学院内では平凡……というのが、アルシェの知っているジエットだ。
そんなジエットが魔法学院にいることはアルシェもよく知っている。ならば何故、アルシェが彼の存在に驚いたのか。それは今フォーサイトの面々が通っている辺りの場所が理由である。
「………ジエット、貴方なんでここに?この辺りは教師陣や、魔法省の人達の研究室ばかり。生徒は基本立ち入れないはず」
そう、このあたりは教師や魔法省の人間たち、そして招かれた客人しか入ることの出来ない場所。生徒でここに入れるのは生徒会の面々…さらにその中でも大貴族の娘でありアルシェのライバルともされる生徒会長、《フリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンド》くらいなものだろう。とどのつまり選ばれたものしか足を踏み入れることはできない場所なのだ。
そんな場所に一生徒に過ぎない、更には平民であるジエットがいる事に驚きを隠せなかったアルシェ。そんな恩人の表情に当然だと思いつつ、憑き物が落ちたような晴れやかな顔つきで話し掛ける。
「はい、実はこの度、オードル教授の研究助手に抜擢されまして…!!学院の授業以外にもここで学ばせて頂いてるんです!」
「オードル教授の!?」
はいっ!と返事をするジエット。余程嬉しかったのか、その表情はすこぶる明るい。それもそのはずだろう。この魔法学院において、オードルの名を知らない者は居ないほどの知名度、そして人気を誇る人物だ。
「偶然出会った際に、いきなり『見所がある』と言って頂き……!それに、マイコ先生を紹介して貰えたおかげで母の病気もすっかり治って!本当に、足を向けて寝られませんよ……」
そう言って目じりに涙を浮かべる。ジエットの母は病魔に侵されており、一般的な病気を治せる第2位階魔法《
オードルに出会うまでの自分がいるのはフルト家の、そしてアルシェのおかげ。
そして今の自分がいるのは、オードルのおかげ。
ジエットという少年にとって、アルシェとオードルの2人は本当に感謝してもしきれないほどの恩人なのだ。
「………良かった。今の貴方は、とても楽しそう」
「………はいっ!ありがとうございます!!」
そんな弟分の様子に優しい笑みを浮かべるアルシェ。何度も勢いよく頭を下げるジエットだったが、突然思い出したかのようにはっ、とした表情になる。
「そうだ!こうしちゃいられなかった。お嬢様、そしてお仲間の皆様。マイコ先生のお部屋までご案内します!どうぞコチラへ!」
そう言ってジエットはアルシェを筆頭にフォーサイトの面々を案内しながら廊下を進んでいく。ジエットは世間話や学院での話、アルシェやフォーサイトは今までの冒険の話をしながら仲良く談笑を交えながら歩いていくと、目的の場所にたどり着く。
「ここです。………失礼します!アルシェお嬢様と、お仲間の方々を連れて参りました!」
大きめの扉の前に立つと、軽く何度か扉をノックして告げる。すぐさま中から「どうぞー!」と元気の良い声が聞こえたので、ジエットが扉を開けてフォーサイトの面々を部屋へと招き入れる。
アルシェ達の目に入って来たのは、扉の大きさに比べて質素に、しかし綺麗に纏められた室内。花が活けられたり丁寧に磨かれた鏡や家具から家主の人柄を思い起こさせる、そんな部屋だった。
そんな部屋の真ん中で椅子に座り、手に児童向けの絵本を持って開いている人物がいた。両膝には5歳児程度の子供が二人、左右にそれぞれ腰掛けており、キャッキャとはしゃいでいる。そんな二人の子供を空いた手で優しく撫でているのが、彼らをこの部屋に招いた人物であり、件の女性だ。
透き通るような金髪を髪留めを使って後ろで一つにまとめた『ぽにーてーる』と呼ばれる髪型。快活そうな印象を受ける凛々しい瞳。背は高めで、衣服は落ち着いた色合いのものを着こなしている。10人いれば10人とも振り返るであろう容姿の持ち主であり、血縁関係こそ無いが何処と無く大人になったアルシェはこんな感じなんだろうな、と思わせる印象を受けた。
「おっ!みんな来たね!ウーちゃんクーちゃん!お姉ちゃん帰ってきたよ!」
「っ!お姉さまだー!」
「アルシェお姉さまー!」
そんな彼女______《マイコ》は膝に乗っていた子供達の背中をポンポンと叩いて告げると、二人は膝から降りてアルシェの元へと一目散に駆け寄ってくる。
「!ただいま、クーデ、ウレイ!」
飛び込んできた二人……自身の可愛い妹達を抱き締めるアルシェ。抱きついた2人もアルシェの腰に手を回して大好きな姉をぎゅっと抱き締め返す。
「柔らかーい!」
「お姉さまのお洋服フワフワー!」
アルシェの胸の中でキャッキャとはしゃぐ妹達______《クーデリカ》と《ウレイリカ》。そんな3人を微笑ましげに見つめる女性と、フォーサイトの3人。そんな時に、アルシェ達が入ってきた場所とは別の扉がガチャリと開かれる。
「先生、お茶が入りましたよ………あら?アルシェ、帰ってきてたのね!」
「お母さん!」
そこに現れたのは、アルシェとクーデリカ、ウレイリカの母親。何故彼女がここにいるのか。理由は簡単、
少し、昔の話をしよう。
アルシェの家たるフルト家。元々は由緒正しき貴族の家系なのだが、現皇帝ジルクニフの手によって貴族位を剥奪された家なのだ。
しかし、その後のフルト家は荒れに荒れた。父親は稼ぎも無くなったのにジルクニフを見返すのだ、と妄言を吐いて金を浪費。犯罪組織から金を借りて贅沢を続ける愚行をし、母親もそれを止めることは出来ず従うばかり。ギリギリのところで保っていたのは、娘のアルシェが魔法学院を退学し、ワーカーに身を落としてまで金を稼ぎ続けた為だった。
…ただ、幾ら娘が献身しても、それは崩壊までの時を少しだけ遅らせることしか出来なかった。次第に借金も増えていき、上位のワーカーたるアルシェでもついに返せるような額では無くなって。妹達を連れて出ようとしても、纏まった金が手に入るような大口の依頼なんてそう都合良く転がり込んでくるものでは無い。どうしたら良いのか分からなくなって、仲間にもこんなことは言えなくて。一人泣きそうだったアルシェは、雨の中一人とぼとぼと歩いていた、その時だった。
『………フルトさん?』
『………せん、せい………』
あの日、あの時、あの場所で。
かつて自分を教え導いてくれた彼女との再会が、アルシェの運命を、そしてフルト家の運命をガラリと変えた。
優しく声を掛けて事情を聞いてきたマイコに、アルシェの壊れかけていた感情のダムが決壊、全てをマイコに打ち明けた。
貴族位を剥奪されたのに浪費を続ける父、それを止められない母。使用人たちの給金も払えず、学院を辞めてワーカーとなった事。それももう限界で、いつどうなるのかも分かっていない。辛い。逃げたい。だけど妹達だけでも助けてあげたい。
ありとあらゆる感情を、八つ当たりの様にぶつけた。当然ながらマイコには何の関係もない。アルシェもそれは分かっているし、こんな事をするような人間では無い。ただ、その制御が出来ないほどアルシェは限界だったのだ。
そして、それを聞いたマイコは、怒るでもなく、慰めるでもなく。ただ、アルシェの手を取って。
『……行こう』
言葉少なに彼女の手を取って、アルシェの家へ。使用人たちが止めるのを聞かずにずんずんと進んでいき、アルシェの父のいる居間へと乗り込んだ。
『な、なんだ貴様は!!ここがかのフルト家と知っての狼藉か!!』
怒りのままに言い放った父親。もう貴族ではないのにそれに縋る愚か者。そんな相手に対し、マイコはすうっと息を吸い込み____________
『ボクの生徒をなに泣かせとんじゃゴラァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!!!』
『ごっふぁぁぁぁ!?』
『お、お父様ァァァ!?』
渾身の力を込めたグーパンチをお見舞した。女教師、怒りの鉄拳である。
余談ではあるが、マイコは精神系魔法を収めた優秀な魔法詠唱者ではあるが、同時に魔法拳闘士系の職業も収めたタンクも出来るヒーラーである。当然レベルも相まって並の戦士なんぞ相手にもならないほどのパワーを誇っているのだ。哀れ、アルシェ父。
その後ノビてる父親を叩き起し、母親含めて数時間にも渡る説教をかましたらしい。金髪ポニテを揺らしながら怒る彼女は何も知らないものが見れば可愛らしいものだったが、怒られていた当人たちは後に『背中にドラゴンが見えた』と語ったという。
まぁそんな事があったからか、父と母は娘に大きな負担をかけていたことを謝罪。これからは心を入れ替えて、娘達を幸せにする為に生きていくと誓い、事実その通りに生きているという。
ちなみに借金だが、マイコが立て替えたらしい。もちろん無償ではなく、金利ゼロで無期限の貸出という形でだが。無償の奉仕より怖いものは無い、ととある人物にきつく言われていたからだそうだ。
とまぁそんなこんなあって、今アルシェの両親はマイコの元で働いている。以前と違って精力的に頑張る姿は、苦労も多いそうだが充実しているらしい。
「フォーサイトの皆さんもいらっしゃいませ。すぐにお茶持ってきますね」
いそいそと戻っていったフルト夫人。そんな母を嬉しそうに見つめるアルシェだった。クーデリカとウレイリカがここにいるのも、普段は両親かアルシェが面倒を見ているものの今日に限って全員仕事だった故、1日休暇だったマイコが面倒を見てくれるとなった為。……実際のところ「面倒みたい!会いたい!」とマイコがごねた為だったりもする。
「いやー、それにしてもみんな久しぶり!ヘッケランどうなの?イミーナちゃん泣かせてない?泣かせてたらボクの拳が唸るよ〜?」
「ちょちょ、やめてくれよ先生!」
ちょいちょいちょい〜、と言いながらヘッケランを弄るマイコ。美人である彼女から近くに寄られて若干鼻の下を伸ばしたヘッケランだったが、即座にイミーナに的確に小指を踏みつけられて地面に崩れ落ちる。
「……ふっ、流石はイミーナちゃん、その調子で尻にひいちゃいな」
「任せて先生」
グッ!と揃ってサムズアップするマイコとイミーナ。人並みにお洒落が好きなイミーナは、度々マイコと共に買い物に行く程度には仲良しだ。そもそもマイコ自身、アルシェを通してフォーサイトとの交流は深いのだが。一緒にカッツェ平野でアンデット退治をする程である。
「それと!」
くるんっと振り向いたマイコは、残った男性______とどのつまりロバーデイクに目を向ける。意中の相手から見つめられ、年甲斐にもなくドキッとしてしまうロバーデイク。
「ロバーデイクさんもお久しぶりです!また会えて嬉しい!」
「は、はい!わ、私も今一度貴方に会えて、光栄です…!」
「んもー!相変わらず固いなぁ!ボクの方が年下なんだしもっと気楽でいいのにー!」
ケラケラと笑うマイコ。その美しい表情の中に織り込まれた無邪気で快活な少女としての一面に魅了されるロバーデイク。ちなみに崩れ落ちているヘッケラン含め、フォーサイトメンバーはマイコに愛の言葉のひとつでも囁けよ、と呆れていた。まぁロバーデイクがそんなこと出来るとは誰も思っていないのだが。
「いえ、この言葉遣いは癖みたいなものでして……それに、神官として、多くの人を助けてらっしゃるマイコさんを心から尊敬しているのです。………それにしても、少し疲れていらっしゃるのでは?ここ最近、治療活動を問題視する神殿勢力が武力行使に出るという噂もありますし……休めていないのではないですか?」
「……あ、はは〜……そう見えます?」
心配そうにロバーデイクが尋ねると、マイコは苦笑しながら申し訳なさそうに呟く。事実ここ最近神殿勢力からの弾圧は激化しており、中々休めないのが現状であった。そんな中で久々に羽を伸ばせる機会だったが、クーデリカとウレイリカの面倒を見ていた彼女は体力的にはあまり休めていないだろう。これを言っても「好きでやってますから!ちょー元気です!」と言うのだが。
ちなみに心配するであろうクーデリカとウレイリカには聞こえないように、さりげなくアルシェがテーブルの方へと移動させている。その後もロバーデイクの心配は続いた。
「えぇ、よく見ないと分からないですが、少し隈が出来ています。無理に明るく振舞っているようにも見受けられますし…アルシェのお父上や、森妖精の方々がサポートしてくれているのでしょう?他者を救うのはとても立派な事ですが、自分の体もご自愛ください……貴方が倒れると心配する人がいることを、お忘れなく」
「ゔっ……ご忠告、痛み入ります………でも、子供達や森妖精のみんなが大変な時に私だけ休む訳には……」
「そういって頑張りすぎるのは悪い癖なのでは?もしよろしければ私もお手伝い致しますし、伸ばせる時に羽を伸ばすのも大切な事ですよ」
ロバーデイクからそう言われて腕を組みながら悩むマイコ。確かに休むことも重要ではあるし、いざと言う時に倒れては本末転倒。しかし休むといってもどうしようか…と思った、その時。地面に崩れ落ちていたフォーサイトのリーダーが、目を光らせながら言葉を発した。
「………そーいう時は甘いものがいいって言うよなぁ〜………なぁイミーナ?」
甘いもの。そう発したヘッケランの思惑を、フォーサイトの面々は………イミーナとアルシェは察してニヤリと笑い、逆にロバーデイクはまさか、といったような顔つきに変わる。
「そうねぇ!甘いもの食べれば気も紛れるし!マイコ先生、好きだったわよね!?」
「………甘いもの………大ッ好物ですぅ……!!でも機会が無いからお店とか行けてなくて………」
残念そうに肩を落とすマイコ。それを見た瞬間、ロバーデイクを除いたフォーサイトの面々は瞬時にアイコンタクトを取り、即興で連携を重ねて畳み掛ける。
「そうなのか!あぁー、でも1人で外出するのは危ねぇよなぁ〜!!誰かいねぇかなぁ!マイコ先生を守れる程度に腕がたって、かつ甘いものに詳しくて、口がたつような奴がいればなぁ!!」
「ちょっ、ヘッケラ、貴方ねぇ…!!」
いっそ清々しいくらいわざとらしいヘッケランの態度にロバーデイクが物申そうとした瞬間、アルシェがすすす…と近寄ってきてマイコの肩を叩く。
「マイコ先生、それならロバーを連れていくべき」
「ロバーデイクさん?」
「そう。ロバーは第三位階の魔法が使えて前衛もこなせる。護衛にピッタリ。さらに甘いものが好きで色んなお店巡ってるから詳しいし、私達の報酬の交渉も担当してるから口も達者。まさしくこの場面でロバー以上に的確な人材は無いと断言する」
「それに仕事前には甘いものを我慢して験を担ぐから近々美味しいところにいくはずだし……ねぇ、ロバー?」
「あ、なたたち、ねぇ………!!」
ここぞとばかりにロバーデイクとマイコを二人きりにしようとする友人たちに文句のひとつでも言おうと口を開きかける。しかし、それよりも早くロバーデイクの方を振り向く影が。
______当然、マイコだ。その顔は期待に満ちたもので、目がキラキラと光っているようにも見える。
「……ロバーデイクさん、ほんとですか…!?」
「うっ……あの、その、ですね……」
なんとか誤魔化そうともがくロバーデイクに向けて、仲間達は口々に「行け、ロバー!」やら、「男見せなさいよあんた!」やら、「こういう時だけヘタレる。ロバーの悪い癖」などなどと激励?の言葉を飛ばす。ちなみにこれら全てアイコンタクトである。フォーサイトの絆、プライスレス。
そんな仲間たちの様子に観念したのか、頬を掻きながら恥ずかしげに言葉を紡ぐ。
「えぇ…お恥ずかしながら、私甘いものには目がなくてですね……」
「ボクも!!ボクも甘いの大好きなんです!!でもお店とかよく分からなくて…!高いところだと作法とか厳しそうだし…」
「それならば私の行きつけの店はどうでしょう?ここからさほど遠くありませんし、値段もお手軽なんですがアップルパイが絶品で……」
アップルパイ!!と大きく反応するマイコ。かつて彼女が暮らしていた世界では、アップルパイどころかその原材料となる小麦やらリンゴすら超高級品。並より学歴のあった彼女でも生涯一度も口にしたことがないものなのである。
「行きたい!すごく行きたいです!!あの、明後日ならなんとか時間作れるんですけど、ロバーデイクさんは大丈夫ですか!?」
「えっと、明後日は………」
しまった、とロバーデイクは思う。明後日は自分の提案でカッツェ平野にアンデット退治を計画していた日だ。いつもの寄付の他に珍しく香水を買った為余裕があまりなく、ほかのメンバーに頼んで行く準備も済ませている。まさかその日と被るなんて。
軽率な過去の自分を呪っていると、突然ヘッケランが手を叩いた。
「おー!明後日はフリーだよな!ちょうど俺もイミーナと買い物する約束だったし!!」
「!______そうね!久々だし一日フリーにしてたわよね、アルシェ!」
「私も一日家族といる約束をしている。その日は何も無い」
「!みなさん……」
それぞれが予定なんて無い、と口にする。そんなはずはないが、そう言ってくれている理由は簡単に察しがつく。
そんなヘッケラン、イミーナ、アルシェが。そして話を聞いていたジエット、それによく分かってはいないがクーデリカとウレイリカも、ロバーデイクに向けて「頑張れ!」の意を込めてサムズアップする。
「……それでは、明後日お迎えにあがりますね」
「はい!ボク、楽しみにしてますね!」
約束も決まり、良かった良かったと当人達を除いたその場の全員が頷いた。とっても平和な空気が漂っていた、そんな時だった。
ピクリッ、とイミーナが小さく反応する。それを見たヘッケランは腰の武器に手を添え、ロバーデイクはマイコと近くにいたジエットを庇うように片手を広げる。アルシェは杖を油断なく構えながら、双子の妹達を抱き締めて一歩後ろに下がる。
「イミーナ、どこからだ?」
「正面のドア!走ってくるけど……なにこれ貴族?やたら装飾品の擦れる音が……」
聞こえてくる音に疑問があるのか首を傾げるイミーナ。そんな状況でも相手は待ってはくれない。フォーサイトに加えマイコ、それに若干及び腰だがジエットも臨戦態勢を整えて扉から離れて陣形を組む。そして探知系に優れない他の面々の耳にも聞こえる程大きなドドドドっ!という足音が聞こえ始め、勢いよく扉が開くと______
「やぁあまいこざぁん!!!!ヘルプ!!!」
そこに立っていたのは、大粒の汗を流しながらこちらを見据える『染めたように』真っ黒な髪をした男性。身を包んでいる服装はかろうじてこの魔法学院の教師のものと分かる程度で、ほとんどは改造が施されている特殊なもの。黒を基調としたロングコートに目立たない程度に赤い模様が走り、腰の辺りにはチェーンがじゃらりと垂れている。服のあらゆる部分に金色の装飾具を大量に、しかし貴族のようにいやらしいものではなく黒をより引き立てる配置で装備しており、本人のセンスの良さが垣間見える。手に着けた指抜きグローブには手の甲に薔薇の刺繍が施されているなど細かいところにまで拘ったその衣装。それら全て、マジックアイテムだ。
そんな装飾的にもマジックアイテム的にも金のかかった服を着る彼は、他国には知られていないがこの魔法学院の中でも有名人。先程の話にもでてきたジエットの恩人だ。
「お、オードル教授!?」
「っ!!ジエット!!ちょぉど良いとこに!!!お前そこ立ってろ!!」
「えっちょっ!?」
困惑するジエットを引っ張りながら走る彼は、窓の扉を乱雑に開くと近くの家財の裏に隠れ、その近くにジエットを立たせる。
なにを、と他のメンツが困惑する中、マイコだけが事情を察してため息をつく。
そんな彼が隠れた瞬間、再び扉が開かれる。そこに立っていたのは、豊かな白い髭を蓄えた老人。しかし、彼はこの帝国内で……否。人間国家全てで名を轟かせる、文字通りの逸脱者だ。
「ウルベルトォォォォォォォォォ!!どこじゃ!!!どこに隠れおったァァァァァァァァァ!!!!」
目を血走らせながら部屋を見渡す老人。彼の名は《フールーダ・パラダイン》。帝国魔法省のトップであり、主席宮廷魔術師。帝国には6代前の皇帝から仕え続ける、悠久の時を生きてきた人物である。そして、それと同時に魔道の深淵を覗く為ならばどんなものでも犠牲に出来る、生粋の魔法狂いでもある。
「……師、師よ…どうなされたのですか?」
「む?おぉ、アルシェ!!お主ウルベルトの奴を見なかったか!?あやつ、わしの魔法実験から抜け出しおって……!!わしの十分の一しか生きておらんのに第五位階に到達し、そして斬新な観点を持つあやつこそ!!あやつこそワシをさらなる深淵へと導いてくれる逸材だというのに!!!魔道に対する心掛けがまっっっっっったくもってなっとらん!!!」
お主の爪の垢を煎じて飲ませてやりたいわい!!!と叫ぶフールーダ。それを見てなんとなく事情を察した面々は、そこの家財の影に隠れている、と教えようとしたその時。
『パラダイン様!オードル教授ならこちらの窓から外へと飛び出していきました!!』
「え?」
「へ?」
「っ!?ちょっ……!?」
そこに響いてきた、虚偽の報告。しかし驚いたのはそこではない。今この場にいる全員が口を開いていなかった。しかし、その声は間違いなくジエットのものだ。声を聞いたフールーダは、ぎゅわんっと勢いよくジエットへと視線を投げる。
「なぬっ!?まことか!?」
「い、いえ!私では____________」
『はい!!《
「ちょぉ!?」
つらつらとジエットの背後で言葉を紡ぐ彼。そんな事は露知らず、フールーダはジエットに巻かれている包帯を見て彼のことを思い出す。
「おお!!おお!!君はウルベルトの助手の!!そうか君ならば幻術なぞ無意味!!なればジエット君!!共にあやつを捕らえるのだ!!そしてなんとしてもあやつを魔道の道に!!」
フールーダは無詠唱で《
「悪いジエット。安らかに眠れ」
「オォォォォォドル教授ゥゥゥゥゥゥゥゥゥ!?!?」
「ウルベルトォォォォォォォォォォォォ!!!ワシにもその《飛行》と《転移》を同時発動する術式を教えるのだァァァァァァァァァ!!!」
悲痛な叫びをあげるジエットと、平常運転のフールーダが空へと舞い上がっていく。しばらくして二人の声が遠のき、聞こえなくなった時に家財の裏から出てくると、ふぅ、と息をついてから額の汗を拭う。
「よし、ジジイの危機は脱したな!いやー我ながら完璧な作せ______」
「仮にも教師が生徒を盾にするな厨二山羊!!!鉄拳制裁、正義降臨バージョン!!!」
「死ねくそ偽善シャブベラっ!?」
女教師怒りの鉄拳、再び。哀れ山羊、地面に沈む____________。
「………なんだよこれ」
「あたしに聞かないでよ……」
「は、はは……これは、中々……」
「おじさんおねむー?」
「床で寝ちゃったらお姉さまに怒られるよー?」
「こら、クーデ、ウレイ、ばっちいからつんつんしちゃメッ」
そして、そんな光景を見せられているフォーサイトであった____________。
後編、山羊視点へ続く……