至高の御方転生記 〜現地人になった御方達〜 作:ハチミツりんご
ニグンとイアン、占星千里が
「くぁ、ぁ〜あ…………疲れたなぁ……」
大欠伸しながら廊下を歩いている人物。先程、ニグン達と談笑していた漆黒聖典第十三席次、ヘイローである。
ニグンやイアンと楽しい時間を過ごすことが出来たし、その後に偶然、土の最高位神官たる元漆黒聖典の【レイモン=ザーグ=ローランサン】に出会ったため報告書も提出済み。もう少し時間を取られると思っていたが、予想外に早く終わってホクホク顔だ。
「……でも大丈夫だったのかな、あの子……死ぬ程焦ってたけど……」
唯一気がかりなのはニグン達と別れてからすぐに出会った同僚の第七席次、占星千里の異様な様子だろうか。戦士系統ではないので運動は苦手の筈だが、大粒の汗を浮かべながらニグン達の居場所を聞いてくる様子は鬼気迫るものがあった。………まぁどうせ前世からの腐れ縁があるあのゴーレムクラフター絡みだろう。姉という立場はつくづく大変なのだなぁ、とぼんやり思う。
「そう考えると茶釜さんとペロさんってちょうどいい関係性だったのかもなぁ。……いやアレは本人達が変人なだけか」
前世ではNPCの挙動設定などに莫大な注文を付けてきて一触即発の雰囲気まで行ったことのある因縁深いあの姉弟。なんだかんだヘイローの装備の為に狩りに付き合ってくれたり、レアアイテムのお裾分けを送ってくれたりしたので悪い人達ではない。如何せん凝り性なのだ。それはヘイロー含めるギルメン全員に言えることではあるのはご愛嬌である。
「まぁ漆黒聖典のみんなも負けてないけど……特殊部隊の人間と同等のキャラの濃さがあったギルメンのみんなを褒めればいいのか、あのメンバーに匹敵する漆黒聖典のみんなを哀れめばいいのか…………ん?」
「………ん〜?」
恐らくだがユグドラシルでも随一の変人集団であったヘイローの______否。【ヘロヘロ】の所属していた41人の少数ギルド、《アインズ・ウール・ゴウン》。取り敢えず変人を捜し求めてるなら想定の何万倍にもなって襲いかかって来る、そんなギルドであった。今となっては懐かしい………いや、そうでもないか。『
そんなヘイローがぽやーっとくだらない事を思いながら歩いていると、不意に視線の先に人影が見える。目を凝らさなくても分かる、特徴的な服装。間違いなく顔見知り………というか、
「あっ!やっほ〜、ヘ〜ロちゃんっ!」
にへら、っと笑みを浮かべて軽く手を振ってきたのは、女性にしては高めの背をした金髪ボブカットの蠱惑的な女性。人懐っこそうな雰囲気はネコ科の動物のような可愛らしさがあるものの、侮るなかれ。身に纏う雰囲気は歴戦の強者のそれであり、ネコというよりはトラ、トラというよりはオーガ、オーガというよりはドラゴン。人類でも指折りの戦士であり、ヘイローと真っ向から渡り合える数少ない人物だ。
「あぁ、クレマンティーヌさん。早いですね、どうしたんです?」
「何言ってんのさ〜、私は昨日任務終わったばっかりで明後日まで休みだっての」
「そうでしたっけ……?」
ぽかんとした表情を見せるヘイローに「そうだよ〜」と笑う女性。彼女の名は、【クレマンティーヌ】。漆黒聖典第九席次を任される回避重視の軽戦士であり、
「にしてもヘロちゃん、報告書は?レイモンのオッサンに出すんじゃなかったっけ」
「もう出してきましたよ、ちょうどさっきすれ違いまして……それとクレマンティーヌさん、レイモンさんは直属の上司ですからね?そんな口の利き方してたらまたクアイエッセに叱られますよ」
「うげっ、やめてよヘロちゃんそういうこと言うの………」
2人で並んで歩きながら進むヘイローとクレマンティーヌ。直属の上司であり六色聖典のまとめ役たる土の最高神官、レイモンのことをおっさんと呼称するクレマンティーヌに、ヘロヘロが苦笑混じりに注意を口にする。と言ってもクレマンティーヌは仕事が出来る上に、レイモンもなんだかんだその呼び方を黙認しているので大きな問題は無いのだが。ヘイローの中にいる、サラリーマン時代のヘロヘロが「上司にタメ口しておっさん呼びとか解雇待ったナシですよ!!」と顔を出してくるため何度か注意をしているのだ。
そんな中でヘロヘロが口にした人物の名前を聞いて、嫌そうに顔を歪める。血の繋がった兄ではあるが、幼少期の出来事により色々の面倒な関係性の相手だ。性格的にも何もかも、いっそ愉快なほどにウマが合わない。それはヘロヘロも重々承知である。
「真面目にすれば礼儀正しく出来るのに、変に斜に構えた所があるんですから………」
「別にいいでしょ〜?レイモンのおっさんも良いって言ってんだし、あんな堅物くそ兄貴みたいな口調使いたくないっての!!」
んべ、と舌を出して苦虫を噛み潰したように訴えるクレマンティーヌ。正直幼い頃からの付き合いであるヘロヘロからすれば、クレマンティーヌもクアイエッセも反発し合っているだけで根っこはそっくりだと断言出来る。それを本人達に言うと全力で否定してくるし、酷い時は殺し合い一歩手前までいったりするので口にはしないのだが。
「____________堅物くそ兄貴で悪かったですね、愚妹?」
「げえっ、出たっ!」
と、そんな時。すこし離れた所から聞こえてきた凛々しい声音にクレマンティーヌが顔を顰める。理由は単純、先の会話に出ていた彼女の兄が姿を現したからだ。
「あぁ、クアイエッセも戻ってたんですね」
「えぇ、まぁ。私が出る予定だった陽光聖典の援助を近場にいた貴方がこなしてしまったお陰でしばらく仕事が無くなりましてね。仕事のし過ぎですよ、へーロ?」
「あっはは……面目ない……」
友人であり幼なじみの親友、ヘロヘロから声を掛けられると、柔和な笑みを浮かべながら肩を竦めるこの男。そこにいるクレマンティーヌと同じくらいの金髪のボブヘアーに、真っ赤な瞳。仕事の出来る優男といった風貌をした彼は、妹や親友と同じく漆黒聖典所属。殲滅力では同聖典でも随一の実力を誇る、人類屈指のビーストテイマー。
その名を、【クアイエッセ=ハイゼア=クインティア】。漆黒聖典第五席次、《一人師団》の異名を授かったクレマンティーヌの実兄である。
「けっ、ヘロちゃんと一緒だったのになーんで出てくんのさ、タイミング悪っ」
「おや、へーロは任務を終えて疲れているのではないのですか?そこに勝手に居る暇人はどこのどなたですかねぇ?いやぁ、愚か者は仕事が楽そうで羨ましい」
ヘロヘロと2人で並んでいる時にやってきた兄の姿にクレマンティーヌが舌打ちしながらそう呟くと、クアイエッセは明らかに妹を煽る口調で彼女に語り掛ける。
「はぁ〜?召喚モンスターに任せっきりで大した事しないくそ兄貴に言われたくないんだけどぉ?つーか私は昨日まで任務に従事してたし、暇人はそっちでしょ?」
「これはこれは、お笑い草ですね。去年の年間達成任務数勝負で私に大敗を喫したのをもうお忘れですか?これだから暗殺しか脳のない単細胞は!」
「長期任務は私の方が多かったしぃ〜!?つーか雑魚の殲滅任務を数こなしただけで格上殺しは私の独壇場だったの忘れたのかなぁお兄様ァ!?自分より弱い奴らをいっぱい倒してて偉いでちゅね〜!!」
お互い額に青筋を浮かべながら、詰め寄って遠回しな嫌味を言い合うクインティア兄妹。
片や生まれた時から成功が約束される、ビーストテイマーという希少な才を持っていた男。ヘロヘロに出会うまでは絵に描いたような勝ち組人生を歩んでいた天才児、クアイエッセ。
片や才能はあれど軽戦士という、ある意味では一番替えが利く上に場所を選ぶ才能で。クアイエッセという天才の血縁者故に勝手な期待を掛けられては見放されてきた女。ヘロヘロに出会うまで、狂人としての道を着実に進めていたクレマンティーヌ。
今でこそこうして顔を突き合わせて喧嘩するほどになっているものの、幼少期は目も当てられないような惨状。そのまま行けば、クレマンティーヌの気が狂うのも時間の問題であるほどだった。
「いやぁ、2人とも仲良しですねぇ」
「「どこをどう見たらっ!?」」
「おお、息もピッタリ。流石は兄妹」
………そのクレマンティーヌを救いあげ、クアイエッセの人生に大きな影響を与えた幼馴染の男は、こうしてほやんほやんと笑っているのだが。普通のスレイン法国の民ならあまりの圧に震え上がって気絶し、六色聖典の実力者達でもその覇気に呑まれるであろう、英雄級同士の睨み合い。
これに真っ向から耐えられるのは、ニグンやイアン達など、戦闘の多い陽光聖典の隊長、班長格。それに火滅聖典など他聖典の隊長達だろうか。そんな彼らでも冷や汗が止まらず、逃げ出したい足を必死に堪えるレベルだ。睨まれて平気なのは同じ漆黒聖典だけであろう。昔から慣れてるとはいえ、笑っていられるヘロヘロが変人なのである。
「全く………あなたという人はどうしてそう、緊張感が無いというか危機感が薄いというか………まぁ、そんな人じゃないと、幼少時代にこの愚妹を拾うなんてことは出来ないって事ですかね」
「ほんとほんと、捻くれまくりで俺様サイキョー(爆笑)状態のクソ兄貴と仲良くなろうとするなんてしないよねぇ」
「「…………アァ??」」
「まぁまぁお二人共、そうじゃれてないで早く行きましょうよ。皆さん待ってるんじゃないですか?」
互いに睨み合いながら詰め寄るクアイエッセとクレマンティーヌ。そんなクインティア兄妹を眺めながらもヘロヘロは笑って彼らに先に進むよう促す。彼からすれば2人が幼い頃、2人が仲直りしてからずっと見てきた光景である。
それに、仮に2人が本気で殺し合いをするのならばクアイエッセが詰め寄るわけが無い。彼はビーストテイマー、対して妹のクレマンティーヌは暗殺寄りの軽戦士だ。あんなふうに無防備に詰め寄れば『スっと行ってドスッ☆』で全て終わりだ。十指に嵌めた神々の遺産を使う暇もない、一撃必殺で終了。英雄の領域に踏み込み、刺突に限れば逸脱者にすら至るクレマンティーヌならば造作もないことである。
まぁ逆にクアイエッセが本気で潰しに掛かったら、クレマンティーヌは勝ち目が無いのだが。漆黒聖典内殲滅最強、一人師団は格下の殲滅から格上殺しまでお手の物、という事だ。それこそ六大神と同じ『ぷれいやー』や、それに匹敵する存在レベルの格上は無理ゲー極まりないが。第一席次たる隊長もダメだが、そんなレベルの存在が攻めてこない限り、クアイエッセは如何なる場面においても獅子奮迅の活躍を見せる。
そんなクインティア兄妹を後ろから押して、ズイズイと廊下を進んで行くヘロヘロ。筋力はあるがビーストテイマー故に線の細めなクアイエッセと、英雄級の戦士だが女性かつ暗殺寄りのクレマンティーヌの兄妹相手なら、
「おいクソ兄貴ヘロちゃんに申し訳ないとか無いわけ?とっとと歩けよくそだぼ」
「私も親友に負荷をかけたくないんですがねぇ、それ以上に負荷をかけている愚かな妹にそれを気が付かせてやるのも優秀な兄の勤めではありませんか?」
「(これ先に動いた方が負けとか思ってんだろうなぁ………)」
睨み合う美男美女の兄妹を後ろから地味目な大男が押して進むという、スレイン法国どころか人類国家で見られない謎の光景が繰り広げられる。どうせ対抗心剥き出しのこの兄妹はくだらない勝負を繰り広げているのだろうとヘロヘロはほっこりした気持ちで二人を眺める。仲直りしてからやたらと張り合うことの多い2人だが、互いに基本的な実務能力の高さと得意分野の違いもあって、数々の勝負を行ってきている。大体は多数殲滅任務、及び判断力を必要とする任務ではクアイエッセが。逆にスピーディな所作や潜入、暗殺関連の任務に関してはクレマンティーヌが勝っている。総合すれば半々だ。
余談だがヘロヘロの仕事量は2人並みどころか割と普通に超えている。便利な男故にこき使われる、それは前世も今世も逃れられない運命である。むしろ前世で色々こなしていた分の経験値が仕事を終えるスピードに拍車をかけ、結果追加を頼まれるのだ。哀れ社畜。それでも前世より格段にマシなのでヘロヘロ的には満足しているのだが。
「…………なんっだアレ………」
「ボーマルシェさん、どうかしました?」
「ん、あぁいやなんでもねぇ。クインティア兄妹が直立不動のまま押されてたように見えたんだが………んなわけねぇよな。疲れてんのかな俺」
そんな光景を他の聖典達に見られながら、ヘロヘロ達は賑やかに目的の場所へと進んで行った。
☆☆★
「………あ、来た」
しばらくの間ヘロヘロが田舎のヤンキーのように睨み合っているクインティア兄妹を押していくと、開けた場所に出る。どうやら目的の場所に着いたようだ。既に到着していた他のメンバーが椅子に座っている中で、眠たげな目をした少女がようやく来たか、と彼らに視線を向けた。
「…………兄妹揃ってなにしてんの」
「今日も仲良しなんですよー」
「「誰がだっ!!」」
ヘロヘロに背中を押されるようにして睨み合う同僚2人に、眠たげな目をした少女が訝しげに尋ねる。仲がいいのは良い事だとヘロヘロが笑えば即座にクインティア兄妹が否定する……が、揃って否定するその見た目だけ見れば実に仲の良い兄妹関係である。
そんな彼らがやってきたのを見て、眠たげな目をした少女と同じように椅子に座っていた、蛮族のような装いをした大男が片手を上げてヘロヘロへと声を掛ける。
「よう、柔剛一体。やっと来たな」
「………その名前、苦手なんですけど……」
無精髭を生やした無骨そうな男が笑いながらそう言うと、ヘロヘロは苦笑しながらも内心苦虫を噛み潰したような気分を感じた。どうにも彼はこの名前が苦手なのである。
「なんだお前、まだそんなこと言ってんのか。授かった名前を嫌がるのなんて、お前くらいなもんだろうに」
「私はそんな名がつく程の人間じゃないんですよ。こうやってコードネームで呼び合うのも、正直苦手です」
同じ漆黒聖典のメンバーである第十席次が笑う中で、ヘロヘロは小さくため息をついてそう零す。聖典内でそんな態度をとるのはヘロヘロくらいなものなので、物珍しいものを見るように第十席次が笑う。実力的にはヘロヘロにも匹敵する彼は、実力を鼻にかけないヘロヘロの事を高くかってはいる。しかし、こう消極的というか、謙遜が過ぎる部分が玉に瑕だな、なんて小さくボヤいていた。
【柔剛一体】______漆黒聖典における、ヘロヘロの2つ名にしてコードネーム。六大神の従属神であり、死の神スルシャーナの第一従者とも呼ばれるあの方から授けられた名前。
柔を持って剛となし、剛を持って柔となす……全てをいなす柔の技術と、一切合切を貫き砕く剛の力。表裏一体の如く近しい場所にありながら、それ故に両立させることの難しいその2つを使いこなすヘロヘロにこそ相応しいと評されている。
更には漆黒聖典内のみならず、他聖典のメンバー達。さらには最高神官長や各宗派の神官長達の属する最高執行機関の面々からも似合っていると太鼓判を押される2つ名だ。最高神官長を間に挟むゆえに姿も見たことは無いものの、従属神たるあの方から直々に与えられたコードネーム。かの方の存在を知る法国民ならば、大粒の涙を流して突っ伏す程の恩賞である。
そんな法国民垂涎の褒美であるコードネームを貰いながら、それを苦手だと評するヘロヘロは結構な変わり者として認知されている。正直ヘロヘロからすれば周りの方が変わり者の巣窟だと言いたいのだが、口に出したところで意味は無いので心の底に静かにしまう。
「あらあら……【人間最強】たる彼に匹敵する実力者の貴方がそんな事ではいけませんよ?」
第十席次、人間最強を筆頭にヤレヤレとでも言いたげな空気漂う中、一人の女性が穏やかにそう口を開いた。ヘロヘロが目を向ければ、最初に声をかけてきた眠たげな目の少女……第十一席次の隣に腰かけた金髪の女性が、笑みを称えながらこちらを見ていた。
「その謙虚さは貴方の美徳ですが、人によっては我らが神への侮辱と捉える方もいらっしゃるでしょう?もっと自分を褒めてもバチは当たりませんよ、柔剛一体」
窓から差し込む光に反射する、腰まで伸ばした美しいブロンドヘアー。深緑と薄桃色を基調とした神官系の服装______と言っても六大神が残したもうた装備品の1つであり、ほぼほぼ彼女特注といって過言でない代物だ。アダマンタイトの全身鎧すら凌駕する衣服に身を包んでいる彼女は、瞳の見えない微笑んだような表情のままヘロヘロに向けて小さく首を傾げてそう言った。
彼女こそ、漆黒聖典第四席次に身を置く法国の才女。特殊部隊である六色聖典でも珍しい、『
「と、言われましても………ヴィーナ_______んんっ。神聖呪歌が言う程スパッと割り切れないんですよ!大体、この歳になってまでそんなことしなくても………」
「上位の邪術師が相手の場合、真名を知られれば強力な呪詛を掛けられることもあります。モンスターや亜人、異形種にはそういった輩も少なくありませんし、万が一があっては遅いんですよ?」
思わず呼び慣れた本名の方を口に仕掛けるが、咳払いをしてからコードネームに言い直す。ヘロヘロからして見れば痛々しいロールプレイ系ギルドのような呼び掛け合いは心の古傷が痛むので勘弁願いたいのだが、この世界では至極真面目にこの対策が取られているのだ。前世を知るヘロヘロならともかく、それ以外の面々はこれを当然の事として受け止めていた。
「そうだよ。今この場で、ヘロちゃんに高位の呪い掛けたりも出来るんだし。……なんなら一回、身をもって怖さを思い知る?」
神聖呪歌の隣、眠たげな目をした青髪三つ編みの少女………ほかのメンバーと違い、椅子の代わりにフワフワと浮遊する巨大な水晶玉の上にちょこんと鎮座している第十一席次がそう告げた。
たわわな胸元を惜しげも無くさらけ出し、先の折れた魔法帽子を被っている扇情的な衣装の少女ではあるが、その実態は生粋の面倒臭がり。人間の中でも最高峰に位置する魔法詠唱者であり、同時に他者の強さを見抜くタレントを持つ稀有な人間。漆黒聖典でも重宝される優秀な人物である彼女からしてみれば、ヘロヘロに呪いを掛けることは造作もなかった。
「………【深淵看破】、冗談が過ぎますよ」
そんなふうにおどけて言ってくる十一席次……深淵看破の名を授かった少女に向けてヘロヘロが苦笑していると、クレマンティーヌといがみ合っていたクアイエッセが釘を刺した。
同じ漆黒聖典の仲間である彼に呪いをかけるなぞ、冗談でも口にして欲しくはない。少し目付きを鋭くしながらクアイエッセが彼女を見れば、深淵看破は肩を竦める。
「ヘロちゃんのそういうとこの危機感足りなさそうだったから。一回知った方がいいんじゃないの?」
「彼は仲間内でまでする必要は無いと思っているだけですよ。神に見放された愚か者達に己の名前を晒す程馬鹿じゃあない。それは貴方もよく知っているでしょう?」
「そりゃそうだけどさ………はァ、まぁいいけどね。私だって、いつも代わりに報告書書いてくれるヘロちゃんにそんなことしたくないし」
前世なんてない、この世界の住人である深淵看破からして見たら、迂闊に自分の名前を出してしまいそうなヘロヘロの姿勢は危険だと思えてしまう。彼自身に被害が被る前に実体験した方が良いだろうと提言するが、クアイエッセは頭を振ってそれを否定する。ヘロヘロはあくまで分別をつけているだけ、実際にそんな凡ミスをやらかすほど甘い信仰心は持ち合わせていない男だ、と。
「(あー…………この時だけウルベルトさんに代理で入って欲しい………もしくはモモンガさん………)」
まぁ当の本人からしてみればいい歳こいてドヤ顔で「一人師団______」なんて言いたくないだけである。実際に任務中にもポロッと実名を言ってしまって呪いをかけられたこともあるのだが、レベル差と
前世に比べれば断然マシな待遇だし、同僚達も変わり者だが気が良く楽しい人達ばかり。別の仕事に移りたいとはあまり思わないヘロヘロだったが、こういう時だけはかつての友人の中でも筋金入りに患っていた彼らに変わって欲しい。ギルド最強の魔法職だった彼ならば嬉嬉としてこのやり取りをするだろうし、ギルド長だった彼ならば上手いこと折り合いをつけてやっていくだろう。それなりにノリノリでやりそうだし。
「………ねぇ、つーかさぁ。なんで私ら集められたわけ?」
そんな風に会話が続く中、クアイエッセと睨み合っていたクレマンティーヌがヘロヘロの隣に腰を下ろしながらそう尋ねる。
今日ここに集められたのは、全部で6人。
第四席次、【神聖呪歌】。
第十席次、【人間最強】。
第十一席次、【深淵看破】。
この3人に、先程やってきた第五席次、【一人師団】ことクアイエッセ。
第九席次、【疾風走破】のクレマンティーヌ。
最後に、第十三席次、【柔剛一体】のへーロ=ヘイル=ヘイロー………我らがヘロヘロさん。
この場の6人がいつも一緒にいる程仲がいいのかと言われれば首を傾げるし、漆黒聖典に所属している以外の共通点がある訳でもない。ならばなにか新しい任務かとも思うのだが、チームとしての相性を考えても最適解とは言い難い。
そんな自分たちがなぜ集められたのか、クレマンティーヌは訝しげにその場にいた3人に問うた。先に座っていた3人ならば事情を知っているのかとも思ったが、帰ってくる答えは芳しくない。
「俺たちも、この日に集まれって指示されただけだ。詳しいことは聞いておらん」
「私もついさっき任務を終えて帰還したばかりですし、申し訳ありませんが詳細は………」
「聞いてても覚えてない」
人間最強が腕を組みながら理由は知らないと言い、神聖呪歌も同様の様で申し訳なさそうに頬に手を添える。唯一深淵看破の少女だけがかったるげにヒラヒラと手を振っており、そんな彼女の発言に真面目なクアイエッセと神聖呪歌が頭を痛めるような素振りを見せた。
「はんっ!タレント頼りのお子ちゃま様は気楽でいいよねぇ〜……その無駄な胸の栄養、少しは頭に回したらァ?」
「若さでも胸でも負けてるからって僻みは醜いよ?………あ、元からシワだらけで醜いかぁ、ゴメンねぇ、オバサン?」
やる気無さそうにしている深淵看破を挑発するようにクレマンティーヌが口角を上げる。惜しげも無く晒される、彼女のたわわに実った胸部に目をやりながら鼻で笑えば、そんなクレマンティーヌに対して皮肉げに笑みを浮かべて年下の深淵看破が返す。
「______てめぇの目ん玉抉りとって喰わせてやろうか?」
「やってみれば?どうせその前にヘロちゃんに止められる癖に」
周囲の気温が下がったのかと錯覚するほどの覇気を纏いながらクレマンティーヌが真顔でスティレットに手を伸ばすと、それを煽るように深淵看破が両手を広げて無防備な姿を晒す。英雄級同士の一触即発の雰囲気、仮にここにニグンがいればその重苦しい空気に思わず膝を着いていただろう。
なお余談だが、クレマンティーヌは充分若い女性である。確かに深淵看破が漆黒聖典女性メンバーで最年少ではあるものの、クレマンティーヌは決して『オバサン』と揶揄されるような年齢ではない。むしろ漆黒聖典内では若輩に当たる。………まぁ女性メンバーは4人とも若く、男性メンバーの一部が平均年齢を大きく引きあげているのだが。主に第三席次と第十席次である。
「まぁまぁ二人とも、落ち着いて下さい。もうすぐ隊長も来られるでしょうし、神殿内で我々が争い事なんて始末書どころじゃありませんよ?」
爆発寸前の如く睨み合う2人の女性メンバー。その間に割って入って落ち着くように取り成したのは、漆黒聖典でも苦労人的立ち位置に属する社畜。後々隊長に捕まって始末書をかかされるのは嫌だろうと言えば、報告書の作成が好きではないふたりがうっ、と思い止まる。特に深淵看破の方は普段からそういった面倒事を避けたがるので、報告書案件なんて勘弁願いたいのだろう。ため息をついて、ブカブカの帽子によってほとんど隠れた顔からギッ、とクレマンティーヌを睨む。
「………次は無いから」
「それはこっちのセリフだっつの」
互いに睨み合いながら、ぷいっと視線を逸らす。傍から見れば猫同士の睨み合いに似たようなものにみえることだろうが、その場にいるもの達からしたらドラゴンとドラゴンの睨み合いにすら等しい圧力。
片や格上殺しの達人であり、ヘロヘロと共によく神々の儀式である『れべりんぐ』を行っている故に漆黒聖典内でも人間の格が高いクレマンティーヌ。
そして片や『れべりんぐ』こそ参加することは無いものの、魔法詠唱者としての才能と聖典内でも図抜けた胆力、図太さを持つ故に真正面から睨まれても滅多にビビることの無い第十一席次。
そんな2人の間に平然と割って入るヘロヘロも大概感覚が麻痺しているし、すぐ傍でヤレヤレとでも言いたげに笑っている他の3人も同様だ。漆黒聖典という特殊な環境下にいるが故に、こんな程度じゃ恐怖を感じることもない。
爆発寸前の地雷原が沈静化し、少し空気が弛緩した部屋の中。そんな時に、漆黒聖典の耳にかつ、かつという足音が聞こえる。聞き慣れた音から考えて、自分たちが待っている人物だろうと当たりをつける。
「______すまない、待たせたか」
扉を開けて現れたのは、深く艶やかな射干玉の長髪。彼の歩みに呼応するように揺れ動くその髪を携えた、赤い瞳が特徴的。未だ幼さの残る顔立ちの、中性的な少年だった。
「よう隊長。急に呼び出したりして何の用だ?」
その場にやってきた、この中でも最年少に位置する少年に人間最強が軽い調子で声をかける。
この少年こそ、ヘロヘロ達の所属する特殊部隊、漆黒聖典の隊長。今のスレイン法国に『四人』しかいない、『ぷれいやぁ』の血を覚醒させた神人。単騎で漆黒聖典全員を相手にしても容易く勝利を収められる、文字通り神に近しい人間である。
普段着用しているぷれいやぁの遺産とは違い、法国内で生産された衣服に身を包んでやってきた隊長。声をかけてきた人間最強をチラリと見ると、その場で全員がいることを確認した。
「揃っているみたいだな。今回呼び出したのは、手が空いてるメンバーだけでも急ぎで伝えた方がいい情報が入ったからだ」
最年少である故に本来は礼儀正しい口調で話す隊長だが、任務が関わった場合上下関係を重視して、第一席次【漆黒聖典】としての立場で話す。つまり今の言葉の内容も、個人的に共有したいものではなく組織として耳に入れておかなければならない内容、という事だ。
幾ら漆黒聖典が仕事が多く各地に奔走しなければならないとはいえ、こうしてつかの間の休息をとる面々まで呼び出すことはそうない。かなり面倒なことが起こったのかと、ヘロヘロ達の意識が研ぎ澄まされる。
「まず一つ、神官長達の話し合いによって、他国の強者達の勧誘任務を一旦停止とする事に決まった」
「勧誘の停止?いいんですか、それ?」
一つ目は、スレイン法国外の人間国家に属する強者……つまりは異形種や亜人種の脅威に対して共に戦ってくれる仲間を探す任務の停止。最高位神官達の話し合いによって決定されたことならば反論することは無いが、クアイエッセが大丈夫なのかと怪訝そうな顔を見せる。
六色聖典を初めとして、スレイン法国の国力、軍事力は他国の比にならない程強力だ。六大神の残したもうた遺産の数々もさる事ながら、国民全員の戸籍帳簿を作成して才能ある人間をドブに捨てることなく拾い上げるシステム。神の尖兵となって、人間の為に戦う厚き信仰心。それらが合わさってこそ、スレイン法国の高い国力の礎となっている。
……しかし、それでも足りないのだ。亜人種や異形種に比べて、人間はとにかく弱い。戦闘力でも頭脳面でも技術と言った面でも、ありとあらゆる面において他種族に負けている人間だ。しかも向こうは数も膨大、子供ですら人間の戦士に勝る力を持つ種族だって珍しくはない。
それを補う為にも、スレイン法国は今まで風花聖典や水明聖典を中心に勧誘活動を行ってきた。勿論、無理やり連れてきてもいつ裏切るか知れたものではないので本心から人間の為に戦ってくれる勇気ある者たちのみではあるが、それでもこちらの手を取ってくれる相手はそれなりにいた。
「そんな彼らの勧誘を停止するなんて………それに、人によっては明日も生きられるか不明な者たちだっている。そう言った人々を救うことも兼ねていたのでは?」
「その点についてはこちらから接触し、望まれれば保護する形にするそうだ。法国で保護しても、戦いにつくのか市民として生活するのかはその人に任せる……と、言った具合らしい」
「それメリットあんのぉ?ただでさえこっちは人手不足だってのに、なーんでわざわざ使えるもん使わないのさ」
法国の勧誘活動には、環境によって潰えてしまう才能を拾い上げることも含んでいた。当然悪戯に全員を助けるような事はせず、悪人や自業自得でそうなったものを除き仕方なくそうなってしまった人間、特に才能ある子供を助け出すのもその仕事の内だった。
それをクアイエッセが問えば、話し合いの場で決まった内容を隊長が口にする。その説明を聞いたクレマンティーヌが、それってただの慈善事業じゃんと不満そうな顔を見せる。
「スザク殿が提案した内容だ。各地の強者を同一の思想で纏めすぎるのは危険、程よく各地に散ってくれていた方が支援せずとも他種族とも戦ってくれるし、人間国家の地力の増強に繋がるとの事だ。ココ最近は、王国も建て直してきたからな。各地で人類の守り手となれる勇者達も産まれるかも知れないという説得が決め手で決定されたよ」
「けっ、あのオッサン理屈っぽくて嫌いなんだよねー。現場のことも考えろっての」
「上手く回せているからいいじゃありませんか。下手な人員を補充されても困るのはこちらですし」
隊長からの説明に、クレマンティーヌがけっ、と面白くなさそうに吐き捨てる。法国改革の第一人者とも呼ばれ、最高執政機関への参加が特例で認められている男性、スザク。彼の考える内容は一定では共感出来るものもあるものの、今回のは実際に動く側として見れば法国内部以外からの人員補充が無くなるので面倒であった。それには同意なのか、クアイエッセも彼女を窘めつつも共感はしかねる様であるし、他の3人も同様だ。
「(______ナーイス、流石スザクさん)」
唯一、ヘロヘロのみを除いて。
「(これでこっち側からみんなへアプローチをかけられることも減るだろ………建御雷さんとか弐式さんとか、半分勧誘確定みたいな扱いだったし……間に合って良かった)」
そう、今回のスザク______ユグドラシル時代、アインズ・ウール・ゴウンで最年長だった元大学教授の【死獣天朱雀】が提案し決定された内容の目的は、かつての仲間達を法国側に引き込ませないようにするためだったのだ。
当然法国内にも、前世の友人達はいる。しかし多くが他国に籍を置いていたり、法国外で活動している人の方が多いのだ。死獣天朱雀の如く職業構成の殆どが一般クラスで占められるタイプならばまだしも、ヘロヘロの様にガッツリ前世の構成に近い戦闘系ならば間違いなく六色聖典……特に漆黒聖典に配属されるのは目に見えている。新しい人生を謳歌する友人達に水を差す真似はしたくはない。
「まぁ、いいじゃないですか。その分こちらが頑張ればいいですし」
「………貴方は貴方で働き過ぎな気もしますけど………信仰に厚いことは知っていますが、ちゃんと休んで下さいね?」
「?大丈夫ですよ、マジックアイテムのおかげで日に一時間も休めば眠気も疲れも吹っ飛びますし」
「そういう事じゃないんですけど………ねぇ………?」
前世では長く寝られて4時間、一日の平均睡眠時間は1時間を切っていただろう。それに比べればこちらの世界ではマジックアイテムのおかげで短時間の睡眠でも普通にうごけ、ご飯も美味しく、頼りになる同僚もいる。なんて恵まれた環境なんだとほくほく顔だが、彼の言葉を聞いた神聖呪歌が心配そうに見つめていた。普通はそうである。
「んで、次はなんだ隊長。一つ目ってことは、次があるんだろう?」
「あぁ。次に関してなんだが……………王国に少しばかり怪しい男が出没するとの情報が入ったか」
「怪しい男?」
満足気な
「王都に出没するらしく、向こうでも噂になってる。特段何かしている確証がある訳ではなく、あくまで噂の領域を出ないらしい」
「……それ共有する意味ある?水明か風花か……万全期して天上天下でも向かわせれば終わりじゃん」
隊長から語られた内容を聞いて、共有する価値があるのかと面倒くさそうに深淵看破が呟く。仮に何者かがいたのだとしても、六色聖典でも情報収集に長けたふたつの聖典のどちらか……もしくは英雄の領域に踏み込んだ盗賊系の職業を修める漆黒聖典の同僚、第十二席次たる【天上天下】を送り込めばすぐにでも終わるだろう。
「………もう天上天下を送り込んだ。その上で、彼から報告が入っている______尻尾を掴めなかった、とな」
「……天上天下が掴めなかった?」
「隠密性では私以上のアイツで捕まえられないとなると………なるほどねぇ、確かに議題に登るわけだ」
漆黒聖典でも図抜けた隠密能力を持つ天上天下。彼でも捕まえられなかったことにクアイエッセが驚くと、盗賊系の職業も修めているクレマンティーヌが事態の深刻さに納得の声を上げる。人類屈指の隠密である天上天下ですら掴めない相手、もし悪意あって何かしようとしているのならば………下手したら王国の危機にすら等しい。
「早急に手を打たないと、大事になるやもしれんな」
「それで隊長、その男の特徴は?何も判明していないのですか?」
人間最強と神聖呪歌も手を打たなければと隊長に尋ねる。
そんな話を聞いて、ヘロヘロが焦りを募らせる。天上天下を超える隠密性を持つ相手、王都には前世の友人である武人建御雷や弐式炎雷がいるはずだ。王都からは離れるものの、エ・レエブルにはぷにっと萌えが住んでいるし、確か今はブルー・プラネットも王国内にいるはずだ。忍者である弐式炎雷ならばともかく、指揮官系のぷにっと萌えなどが狙われた時はそのまま命を落とす危険すらある。
「(朱雀さんやルシファーさんに相談した方が………いやでも………)」
どうするべきか悩んでいるヘロヘロ。そんな彼の耳に、隊長から僅かに得た特徴が語られる。
「あぁ、なんでも音楽を好むらしく、その隠密性と相まって王都ではそいつは【暗闇の調べ】と呼ばれているそうだ」
「……………ん?」
「また、夜闇を紛れて出没するものの特段被害の報告は出ていない……唯一天上天下が手に入れた奴の言葉が、『輪廻を超え巡り逢う、これもまた彼らとの運命なのか______』という意味深な言葉だけ」
「………………んん〜?」
「あぁそれと、自分のことを暗闇の調べと自称することもあり、本人が一度名乗った時は『俺は節制の暗示______イエロー・テンパラ______』」
「テンパラァンスッ!!!」
ガァンッ!!と机に頭をうちつけたヘロヘロにその場の者たちがビクリと肩を揺らす。普段温厚な彼がいきなりこうなるだなんて誰も思わなかった。
「へ、ヘイローさん?大丈夫ですか?」
「ふ、ふふ……大丈夫です隊長、後そいつは放っておいて構いません……ただ拗らせてるだけの無害な人間なので……………」
「そ、そう………か?」
思わず柔剛一体というコードネームではなく本名の方、しかもオフの時の敬語口調で話し掛ける隊長。大理石製の頑丈な机にぶつけても傷一つつかない額を見せながら怪しげに笑うヘロヘロが放っておいて良いと言うと、隊長は若干引き攣った笑みを浮かべながら次の話題に移る。これは彼の前で話していい内容では無さそうだ。
「そ、それじゃあ最後の報告だ。実は竜王国に派遣した【時間乱流】と【巨盾万壁】の2人との連絡が途絶えた」
「いや確実にそっち先に報告すべきだよね!?」
最後だといって隊長が口にした内容は、竜王国から多額の寄付金を払う代わりに頼まれているビーストマン退治の任務に同行した漆黒聖典の仲間、第二席次の少年、【時間乱流】と、第八席次の大男、【巨盾万壁】の2人との連絡が途絶えてしまったとの事。どう考えても重要度が最も高い報告を最後に回した隊長にクレマンティーヌがツッコミを入れる。
「竜王国で通信が途絶えたということは、まさか2人ともビーストマンに……!?」
「あの二人を殺し切るとは思えないが……どうなんだ、隊長」
「いや、マジックアイテムの反応から見て2人とも生きている。反応もビーストマンの根城ではなく、竜王国の首都内だ」
時間乱流は神々の遺産の力と本人のタレントが相まって、周囲の速度を大幅に減速、加速させることが出来る稀有な少年だ。子供っぽさは抜けきらないもののその才能は圧巻の一言であり、彼の手にかかれば無数のビーストマンでも殺し切れるだろう。
逆に巨盾万壁は、鏡のような大盾を二つ操る盾使い。その防御を抜けるものは例え英雄級のビーストマンであってもほぼ不可能。全てのスキルを使い切って防御に徹すれば、なんとレベル100の化け物の攻撃からでも警護対象を生き延びらせることが出来る。……まぁ本人は死ぬし警護対象も瀕死にはなるが、この世界でレベル100からの攻撃を受けて死なせないだけでも十分偉業。文字通りの鉄壁だろう。
「………それで、2人は何故首都に留まっているんですか?彼ら、まだ任務も残っていると言ってましたけど……」
「あぁ、それなんだが………」
少し落ち着いたのか、ヘロヘロが額を擦りながら隊長へとそう尋ねる。まだまだ時間乱流も巨盾万壁も任務が残っており、向こうに残っている陽光聖典のメンバーと共に早々に帰還する予定だったはずだ。
それなのにわざわざ知り合いもいない竜王国の首都に残るなんて、何をやっているのだろうか、そう首を傾げるヘロヘロに、手元の紙をめくりながら隊長がえーっと、と呟く。
「持たせたマジックアイテムの通信は時間を置かないと魔力が回復しないので、少しばかり前の情報だが………時間乱流の方が言っていたのは『助けて』、『美人だけど顔怖い』、『喰われる』。巨盾万壁の方が『女神に出会った』、『俺以上の盾使い』、『死ぬほど好み』」
「………………………」
「あぁ後2人以外の声も入っていて『合法ショタキタコレ』、『黙れ愚姉』、『モモンガさん早く来てくれ』______」
バギャンッ!!と音を立てて大理石のテーブルが砕け散った。
「ヘ、ヘロヘロさん!?」
「ヘロちゃん!?どったの!?」
突然の暴挙に隊長とクレマンティーヌが驚愕の目でヘロヘロを見る。彼は全てを悟った様な、とても落ち着いた笑みを浮かべながら立ち上がると隊長に近づき、ポン、と肩を叩いた。
「______隊長、私の任務確か竜王国方面でしたよね?」
「あ、あぁ、そうだが…………」
「どうせ今回の件も確認しなければならないのでしょう?もし確認に向かわせる人員がいたら同行してもよろしいでしょうか」
「そ、それは勿論構わない!陽光聖典のニグン殿が先程抜擢されたので彼に言えば同行は可能だ!」
「ありがとうございます。それでは皆さん、お先に失礼しますね」
至極穏やかに見えながら、何処と無く背中にドロドロと溶けた漆黒色の最上位粘体生物のオーラを纏っているように思えるヘロヘロ。そんな彼に眼前でそう説明すると、ヘロヘロは穏やかにぺこり、と礼をしてから部屋から出ていった。
扉越しにくぐもった声で「茶釜ァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!!!」という叫び声と共にとてつもない地鳴りが聞こえて来た。恐らく全力で走っていったのだろう。
段々遠くなっていくヘロヘロの声を聞きながら、ポカンとしていた漆黒聖典の面々。そんな中で、クレマンティーヌが至極可哀想なものを見る目で隊長の方を見やった。
「………ねぇ隊長、ヘロちゃんの仕事量減らせない……?私少し受け持つからさ………ヤバいよ絶対アレ」
「私も受け持ちます……友として、とてもでは無いがみていられない……」
「………俺も、流石にアレを見せられたら哀れに思えてくる。直近の休みで、アイツの担当の仕事を引き受けるぞ」
「私も心配になってしまいます………任務がありますので代わりに受け持つことは出来ませんが、せめて何か癒しを………」
「………他でもないヘロちゃんの分だし、私も受け持つよ………ちょっと可哀想過ぎる」
「…………ありがとうございます、皆さん……戻ってきたらヘイローさんには、長期の休暇と心身療養の期間を設けようかと……」
その場にいた誰もがヘロヘロの心配をして仕事を受け持つといってくれる様子に、隊長たる少年が心の底から感謝を贈る。そして全員が突然発狂するほどストレスと疲れを溜めていたヘロヘロを憐れむような視線を彼の出ていった扉へと向け、同時にそうなるまで律儀に仕事をしていたヘロヘロへの感謝と尊敬の念を新たにしていた______。