至高の御方転生記 〜現地人になった御方達〜 作:ハチミツりんご
スーラータン「そ、そうだロリコン!出番をくれ」
ペロロンチーノ「あれは嘘だ」
スーラータン「ウワァァァァァァァァ!!」
次回予告詐欺申し訳ありません。あまりに長引きそうだったので途中で切っての投稿です。全国のスーラータン様ファンの皆様ゴメンなさい
「…………………」
静まり返った室内で、紙と筆ペンが擦れる音が響く。建設されたばかりな上に、使い始めて間もない部屋だ。各々の机や椅子、後は細々とした物以外の姿は無く。整理された綺麗な……人によっては酷くこざっぱりしていると感じるだろう。
「……………………」
「……………………」
そんな生活感の薄い室内で黙々と………傍から見れば不機嫌そのものな風貌で次々と紙にペンを走らせていく2人の人物の姿があった。
片方はくすみのない茶髪のロングヘアの女性、【ケラルト・カストディオ】。普段はおろしている髪型を、最近馴染みのお店で購入した髪留めで一つにまとめて前に流している。普段の彼女を知るものから見れば新鮮な姿だが、眉間に皺を寄せながら怨敵を射殺さんばかりの眼光を見れば『あぁケラルトだわ』、と納得するだろう。
その前の席に座って、同様にペンを走らせているのはこれまたとんでもない眼光の男性。名を【パベル・バラハ】といい、レメディオス等と同じく九色の一人に数えられる凄腕の軍士だ。
細く鋭い目付きに黒目の小さい三白眼。それだけでも近寄り難いというのに、この男は身に纏う雰囲気が暗殺者のソレ。夜道で出会ったら殺人鬼と見紛い卒倒しそうなものだが、その実は愛妻家、かつ超弩級の親バカである。
「………あのー、ちょいといいですかね」
「なにかしら、モンタニェス」
「……………」
そんな恐ろしげな雰囲気を纏う2人が会話もせずに作業し始めて、かれこれ一時間半が経過しようとしていた。そこへ声を掛ける、一人の男性。
一般的な聖騎士団の服装に身を包んだ、冴えない顔つきの男であるが、こう見えてレメディオスの右腕たる聖騎士団副団長。同僚のイサンドロに比べると剣の腕で劣るものの、聡明な頭脳面は正しく聖騎士団を……ひいてはレメディオスを助けてきた気遣い上手。
そんな男性……【グスターボ・モンタニェス】があまりにもいたたまれない空気を変えようと2人に声をかける。彼の方を見向きもせずにケラルトが短く答え、パベルはちらりとそちらを見るものの声は発さない。眼光は人殺しのソレであるが、ただ単にこちらを見ているだけだとこの数日でグスターボは理解していた。
「いやその、頼みますからもーちょっと雰囲気というか………態度を柔らかくして欲しいというか……」
「教員しかいないこの場でそれは必要ないと思うのだけれど。ただでさえ人手が少ないのに仕事は多いんだから、貴方も手を動かしたら?」
どうみたって不機嫌そのものに見えてしまうケラルト、風貌が死刑執行人の如く恐ろしい上に口数の少ないパベル。仕事は出来るのだが、如何せんこのままでは胃がもたない。
せめて他愛ない会話をするくらいの柔らかさは見せて欲しいものだが、そんなグスターボの願いはケラルトの言葉の刃で切って捨てられた。
「まぁそりゃ、仕事に対しての人数が少ないのは承知してますけどさぁ……」
「なら手を動かしなさい。今日中に発送しなければならない書類や報告書はまだまだあるのだから…………チッ、あのクソ貴族達が余計な手回ししてなければあと数人は私塾経営者を確保出来ていたのに………あんの色欲ジジイ共、顔面に『
新しく設立されたばかりで、まだまだ実験段階なローブル聖王学院。今は市民から入学者を募っている訳ではなく、聖騎士団の見習い達に体験授業に近い形で問題点などを洗い出していた。
そんな聖王学院だが、市民の台頭を快く思わない特権階級たる貴族によって、教員になれそうな私塾経営者集めに苦労しているのが現状だ。
王兄たるカスポンドが力を貸してくれているが、それ以外の王族は静観、もしくは反対派の貴族に加担している。その為、それなりな広さを持つこの【職員室】で作業しているのは僅か数名だ。
能力のある面々ばかりなのでどうにか回っているが、一部の貴族達の横槍が鬱陶しいのも事実。嫌味ったらしい上に下世話な目線を向けてきた貴族のジジイの顔面を凹ませるのを想像したケラルトは、「うっふっふっふっ…………」と怪しげな笑い声を上げる。さらには絶望のオーラの如きどす黒いオーラが垣間見えていた。これもサトルとの信頼関係のお陰なのかは、神のみぞ知る事である。
「…………」
「ん?バラハ殿、どうかなさいました?」
対面で悪鬼の如き想像を張り巡らせるケラルトに若干引き気味になっていたグスターボ。そんな中で、黙々と作業しながらも壁にかけられた時計をしきりに確認するパベルの姿を横目に捉えた。
どうかしたのかと問えば、「あぁいや」、と低い声でそれに答える。
「………今は団長殿が講義に当たられているが………娘が、その………な」
「あぁ……そりゃ心配しますなぁ……」
殺人鬼のような目付きで心配そうにするパベルに、思わず同情の声をあげる。
今現在、生徒である聖騎士団見習い達の授業を執り行っているのはケラルトの姉……聖王国最強の聖騎士。グスターボの上司でもある騎士団長のレメディオスだ。
彼女は優秀な聖騎士であり、見習い達の力量を見誤ることは無いのだが……如何せんおつむが残念なのだ。他の授業も控えていると言うのに、普段の聖騎士団の訓練と同等の厳しさで教えている。いや、むしろカルカから直々に頼まれてこの場にいるので、普段以上に気迫に満ち溢れているくらいだ。
「あぁネイア………だからお前に聖騎士の道は茨の道だと言ったのに……」
そんなレメディオスの授業は、正直グスターボでもかなり堪える内容だ。パベルならば息が切れる程度でついていけるだろうが、彼は王家から黒色を授かっている聖王国屈指の軍士。見習い達と比べるべくもない。
正式な聖騎士達でも厳しいと感じるような訓練を見習いのうちに受けている最愛の愛娘……【ネイア・バラハ】の事を思うと涙すら浮かんでくる。騎士団でも指折りの聖騎士であるパベルの妻とは違い、娘のネイアには剣の才能は無い。どちらかと言えば、ネイアはパベルの弓の才能を色濃く継いでいるのだ。
「先日も訓練後はぐったりとしていたし………しかしその後の授業で他の聖騎士見習いが机に突っ伏す中起き上がって己を高めようとする姿には親として感動を覚えずにはいられなくてですな」
「は、はは………父親としては、誇らしいでしょうな………」
「えぇ、自慢の娘ですよ。あぁ自慢といえば、昔ネイアとキャンプに行った時なんて______」
「「げぇっ……」」
パベルの娘であるネイアは、本人の適性としては聖騎士には向いていない。剣の腕もさる事ながら、未だネイアは何かを一途に信じることが出来ていない、彼女自身の『正義』というものを持っていないのだ。親バカなパベルからして見ても、大成は望めないだろうと予感させていた。
そんな娘だが、元来の真面目な性格と責任感、我慢強さからか、どれほど疲れていても授業中に眠りに落ちるようなことはなかった。周りがあまりの疲労に夢の世界に旅立とうとも、頬を抓って身体から眠気を追い出し、自分を少しでも高めようとする。睨みつけるような暗殺者の眼光を受け継いでしまったネイアだが、その中身は至極良い子なのである。
………そんな可愛い可愛い愛娘の事となると、普段は決して言葉数の多くないパペルは豹変。一切留まることを知らないほど、それこそ湧き出る湯水の如く娘との在りし日の思い出を語り始めるのだ。もう何度もその面倒くささを味わっているグスターボとケラルトが思わず顔を顰める。
幸いな事に……というのもおかしな話だが、娘の話をすると止まらなくなるパペルは仕事の話をすれば止まる。パペル打倒を目標に掲げる軍士の中でも特に問題の多い男から聞いた対処法で、実際に効果はあった。今回もそのようにして止めよう、と密かにアイコンタクトをとる2人だったが、そこにバタバタと騒がしい足音が耳に飛びこんでくる。
「______ケラルトォ!!良い報せだ!!」
「姉様!?」
バァン!!と扉を乱雑に開け放って現れたのは、ケラルトの姉であり聖王国最強の女、レメディオス。考えを巡らせるという行為がトコトン苦手であり、それ故にカルカやケラルトの癒しにもなっている頭の弱い子だ。
そんな姉が良い報せ、と言いながら飛び込んできたのにも驚くケラルト。しかしそれ以上に、今現在授業の真っ最中のハズのレメディオスかやってきた事に眉を顰める。
「………姉様、今は講義の時間では?まさかまた以前のように全員気絶でもさせました……?」
「む?いやいやそんなことはないぞ!ちゃんと全員意識はある!!」
聖王学院を設立して早々、レメディオスは聖騎士見習い達に正式な聖騎士達の訓練内容______しかもレメディオス等の上位に位置する者達のを参考にした講義を実施。結果として見習い全員が地面に突っ伏して気を失うという惨事を引き起こしたのだ。
またそれをやらかしたのかとケラルトがジト目を見せれば、流石に違うと首を横に振る。そんな報告を聞いて、後ろにいたパベルがバレない程度にほっと胸を撫で下ろした。
「それよりもだ!ケラルトも来るといい、今はアイツに講義を代わってもらっているんだ!」
「アイツ?講義の代理って……他の教員はそれぞれ仕事があるから空いている人員はいないはずだけれど……」
「あぁ!だから追加人員だ!」
追加人員?とケラルトは訝しげに首を傾げる。それもそのはず、未だにカルカを快く思わない派閥の貴族から横槍を入れられ、人にものを教えられるほど教養ある人間を確保出来ていないのだ。追加人員なんて望むべくもなく、ケラルト達全員がそれを知っていた。
レメディオスは少しばかり……いや、人の上に立つものとしてはかなりおつむが足りない女性ではあるが、嘘をつくような性分では無い。カルカに仕える聖騎士として、誠実かつ実直に生きることを旨としているのだ。そんな彼女がからかいの為に嘘をつくとは考えにくく、同時にそんな嘘つけるほどの脳みそは持っていない。
ということは本当に……?と、ケラルトが考えていると、レメディオスは笑いながらその人員の名を口にした。
「______サトルの奴が来てるんだ!」
「…………は?」
☆☆★
「______神よ」
膝をつき、極大の感謝の念を込めて、その神に向けて祈りの姿勢をとる。聖騎士見習いとしてこれが正しくないとは分かっているが、そうせざるを得なかった。
「あぁ神様……!!」
「助かった、助かったんだ……!」
それは地獄に垂らされたか細い救いの糸。死に瀕するのが当たり前のこの環境下に神が遣わされた、我らの光。周りの人達も、それが当然の様にその人に向けて祈りを向けていた。
そんな、ローブル聖王学院の修練場。見習いの聖騎士達が戦いの腕を磨くための場所で祈りを捧げられている、かつての死の王は______
「ちょ、ちょっと!なんで私に祈ってるんですか!?レメディオスさんに見つかったら怒られますって!とにかく皆さん水分補給、水分補給!」
「おぉ、神よぉ……!!」
………謎に向けられた祈りにアタフタしながら、死屍累々の見習い達にお水を配っていた。
【ローブル聖王学院修練場】。見習い達が全員並んで剣を振れるほどの広さのその場所は、聖騎士の主な敵となる多種多様な亜人を模したカカシや鍛える事を目的とした刃を潰した鉄剣。重装鎧の重さを再現するため多量の袋に石を詰め込んだ厚手の布服などが用意された、聖騎士というよりかは軍人としての純粋な実力を磨く為に作られた場所だ。
そんな修練場は、聖騎士としての実力を………正式に聖王学院が民草に向けて門を開いた時には徴兵した市民達の戦闘能力を向上させる為に使われる場所。かつての世界、サトルが生きていたあの世界のサブカルチャーで言うところの『運動場』や『体育館』に相当する施設。
しかし、行われる内容はそれらの比にならないくらい過酷なもの。というか、見習い達の実戦実習担当者がレメディオスになったのが運の尽きかもしれない。
当初は見習い達も、団長直々の訓練を受けられるとあって喜びをあらわにしていた。ローブル聖王国で聖騎士を目指す者たちにとって、レメディオス・カストディオという女性はどんな偉人よりも憧れの存在。国を護る盾であり亜人達を屠る矛………そんな彼女の技術を少しでも盗めれば、と皆やる気に満ちていた。
………その結果が誰一人としてついていけずに死屍累々の惨状なのだが。
「(いくら何でも、全身に重りをつけて鉄製の模擬剣を力尽きるまで素振りってやり過ぎだ。見習いの子達を潰すつもり…………なんて、レメディオスさんにはそんなつもりないんだろうなぁ………純粋にこれが一番強くなるって思ってそうだ……)」
倒れ伏して動けない聖騎士見習いの生徒達を日陰へ移動させながら、サトルはため息をついて苦笑する。
事情を知らなければ、意地の悪い団長が見習い達に過度な訓練をさせて潰そうとしている……なんて思って怒りを感じるところだが、レメディオスにそんなことを考える脳みそは無い。戦闘時以外は基本的に考え事が苦手なだけで気のいい女性だ。そんな悪質な事をするような人間だとは思っていない。
多分だが、『自分が聖騎士で一番強い=自分の訓練を元にすればみんな強くなる=カルカ様の助けになる』、くらいの謎理論が彼女の中にあるのだろう。才能と強さに極振りし過ぎたがゆえの弊害、と言ったところか。普段ならカルカやケラルト、それにサトルやグスターボがフォローするところだが、講義中はそうもいくまい。
「え、っと………すみません、有難う御座います………」
「あぁいえ、大丈夫ですよ。こちらこそお手伝い助かります、バラハさん」
「あ、いえ……一人早々にバテたから動けただけなので……」
ひとしきりぶっ倒れていた生徒達を陽の当たらない屋根の下に避難させたサトルの元に、一人の生徒が礼を言いに来る。
少し癖のあるくすんだ金髪で、線の細い少女。見習いであることを加味しても周りの生徒達よりも身体付きが細く、凡そ聖騎士という前衛職は似合わない見た目。更には細く吊り上がった三白眼と目の下の隈が酷いせいか、抱かせる印象は聖騎士というより暗殺者……もっとアンダーグラウンドな世界の住民を彷彿とさせる女の子だ。
そんな少女……パベルが溺愛している一人娘の【ネイア・バラハ】から声を掛けられたサトルは、ギロりと睨み付けてくるネイアの眼光に表面上は柔らかく笑うが、思わず心の奥でヒェッ…と情けない感情を抱く。
「(うわぁ、すっごい睨まれてる……警戒されてるなぁ。まぁそれもそうだよなぁ、この子にとってはいきなりやってきて憧れの団長を追いやった謎のオッサンだろうし、今の俺………)」
見習いであり今は生徒でもあるが、それでもネイアは聖騎士の端くれ。突如としてやってきた謎の人物に対して、警戒するのが当然といえば当然だろう。
ネイアからしてみれば、サトルは彼女の所属している聖騎士団のトップであるレメディオスが素直に耳を貸す相手だ。少なからず親しい間柄であると判断するのに時間は要らないが、それでも怪しすぎるというもの。
「(一応カルカ様から正式な追加人員の証明書は貰ってるけど………この子にそれを見せるのは気を使わせそうだしなぁ)」
王家直々の指令を受けてこの地にやってきたサトルは、当然ながら『彼は王家直属の宮廷魔術師であり、正式なローブル聖王学院追加教師である』という礼状をカルカから預かっている。それを見せれば信用して貰えるだろうが、サトルはそれを躊躇った。
目の前の少女にとって、聖王たるカルカは雲の上の存在。自身が見習いとして働いている聖騎士団、その上司である正式な聖騎士達。それらのまとめ役であるレメディオスの更に仕えている相手……それこそがカルカ=べサーレスだ。
とどのつまりこの礼状を見せるということは、まだ子会社で仮契約の新人である彼女に向かって『我、お前さんの親会社の幹部ぞ?代表取締役の身内ぞ?お?』と、見せびらかすのにも等しい行為。
いくら何でもマナーが悪過ぎるし、パワハラなんて言葉で表せる範疇を越えている。故に後で見習い全員に謝罪はするとして、今はレメディオスがケラルトを呼んでくるのを待とうと考えたのだ。
「(______ヤバいよ、どっからどう見ても宮廷魔術師様だよ………!カルカ様直属の超絶お偉いさんだよ……!!なんで居るの……!?)」
まぁ当のネイアにはとっくに身分がバレているのだが。
ローブル聖王国が聖王、カルカ=べサーレス。そんな彼女の直属の臣下になれるのは聖騎士や神官といった王城に仕えるもの達の中でもほんの一部の選りすぐりのみである。レメディオスとケラルトの姉妹等がいい例であり、文官達もその冴え渡る頭脳で国内で名を馳せているもの達ばかりだ。
そんな聖王直属の臣下に、平民でありながら選ばれ。更には第4位階魔法を十全に使いこなす______機密事項だが第5位階にすら到達する魔法詠唱者、サトル。宮廷魔術師であり、市場に出歩く事の多い彼の顔を知らない民は、ホバンスには殆ど居ないと言ってよかった。
「(や、ヤバい………聖騎士の訓練でこんな惨状を見られたら……下手すればこの場の見習い全員除隊、なんてことも……!!)」
そんな民達の例に漏れず、ホバンスの一等地で両親と暮らしているネイアもサトルの顔を知っていた。
突如としてやって来た、自分たちに訓練をつけていた団長が素直に言うことを聞くような相手。しかも聖王国でも指折りの地位と実力を持つ宮廷魔術師だ。
今年度の見習い達はレメディオスの訓練についていけない……そんな決断を下されては、見習いの殆どがもう一度基礎の基礎からやり直し……下手すれば除隊なんて未来も見えてしまう。
どうにかこうにか、今まで努力して聖騎士見習いになれたネイアからしてみれば、そんなことは勘弁して欲しい。母の背中すら追いかけられなくなる。
心中でグルグルとそんなことを思っているネイアだったが、不意にサトルの方からスっ、と何かを差し出された。
「はい、バラハさんもお水どうぞ」
「へっ?……あっ、そのっ、ありがとうございます!!」
サトルの手伝いで、友人達を日陰へと引きずっていたネイアにはまだ手渡していなかったから、と言って透明なコップを手渡す。中にはなみなみと注がれた水が、ネイアの手の動きに合わせた揺れ動いていた。
即座に礼を述べながらコップを受け取る。手に触れる感触は硝子のそれに近いが、ザラザラとしておらず手触りが良い。注がれている水の動きが良く見えるほど透き通ったソレは、どう考えても高級品だ。
「え、このコップ、すっごい高級品じゃ………?」
「?あぁいえ、それ今作った奴なので高級品とかでは無いですよ」
「あぁなんだ今作った………作った!?」
貴族とかが使うような芸術品の側面も持つコップに、思わずそう呟くネイア。それに対してサトルは笑って今作ったものだと述べれば、ネイアは一層目を丸くする。
「えぇ、例えば……【
今しがたこのコップを作ったというのが信じられないネイアの様子を見て、サトルが1つ魔法を唱える。
彼の手元に光が集中し、魔力が核となって形を構築………糸で編まれるようにして作られていくソレは、ポンッ、と光が弾けてからサトルの手元に創り出される。その手には、ネイアの手にあるものと同じコップが握られていた。
「これに【
虚空から湧き出る水をコップに注ぎ、ネイアに手渡したものと同じものを生み出したサトル。そんな様子を見て、ネイアは口をぽかんと空けたままあほ面を見せる。
『魔法』。一般市民にとっては第0位階とも呼ぶべき生活魔法等が親しまれている、不可能を可能にする術。ネイアの身近には聖騎士として加護系の魔法を扱う母がいるものの、こんな使い方をしたのは見た事がない。
というか世界ひろしと言えど、見習い達に魔法で生み出したコップに水を注いで手渡すなんて真似をするのは居ないだろう。魔法詠唱者は魔力が命、それが尽きれば回復するまで抵抗する術なし。
こんな真似ができるのは、余程のアホか。それともこの程度の人数にコップと水を生み出して手渡すくらいの消費をなんとも思っていないかのどちらかだ。
「………魔法って、凄いですね………」
「?聖騎士ならバラハさんも加護系魔法を扱えるのでは?」
呆けた様な表情で感嘆の息を吐くネイア。こうも見事な魔法を見せられては、先程の心配も心の隅に置いて純粋な尊敬の念を覚えてしまう。
そんなネイアの発言に、サトルが首を傾げる。魔力系や信仰系の純魔法詠唱者系列には遠く及ばないものの、範囲内の味方にバフを乗せたり、悪魔やアンデッドといったカルマ値が負に寄っている存在へのメタ魔法が多い加護系魔法を扱えるのが聖騎士だ。
見習いということは彼女も聖騎士団の一員、加護系魔法の1つでも使えるものだと思っていたが、ネイアは慌てて首を横に振る。
「とっ、とんでもない!私は確かに聖騎士団の所属ですが、訓練兵です!」
ネイアの所属しているローブル聖騎士団は、確かに聖騎士団と名乗っている。しかしそれは【聖騎士のクラスを持った戦士達が集まった団体】という意味では無く、あくまで【聖王国の騎士団】という意味での『聖騎士団』なのだ。
団長であるレメディオスや副団長のグスターボ、イサンドロといった上位の面々ならば当然のように聖騎士のクラスを保有しており、得意不得意あれど加護系魔法の使用は可能だ。それに新人聖騎士や、見習いの中にも加護系魔法を扱える人間がいるのも確かな事実。
「でも、全員が魔法を使えるわけじゃないんです。むしろ剣の腕のみで戦っていく人の方が多いくらいで…………」
まぁ自分はその剣の腕も無いのだけれど、と心で小さくつぶやく。
弓はある程度扱えるし、見習いの中でも斥候や野伏の真似事が出来るのはネイアくらいなもの。他に無い長所はあるにはあるのだが、聖騎士としてみればあまり意味は無い。
「聖騎士でも加護系魔法が使えない人もいる、かぁ…………」
そんな話を聞き、なるほどなぁと発しながら顎に指を当てて考え始めるサトル。
聖騎士団、という名前な上にあのレメディオスでも極々わずかながら加護系魔法を使えた為、全員が聖騎士のクラスを習得していると思い込んでいた。しかし実態はそうでは無いらしい。
「(聖騎士は確か………カルマ値が負に寄ってるモンスターの一定数討伐とかが条件にあった気がするなぁ。ユグドラシルなら簡単に達成出来るけど、この世界でお誂え向きのモンスターがポップするなんて有り得ないし………)」
前世でのサトル………モモンガにとっての友人にして恩人、そして憧れの人であったかの聖騎士。彼のビルドの相談に乗ったり手伝ったりしていた関係で、多少なりとも聖騎士系統の知識は持っている。
ユグドラシルという仮想ゲームの世界ならば、低級の悪魔やアンデッドといったテンプレ的な悪系モンスターが沸くダンジョンで数分戦えば聖騎士のクラスの取得条件を満たす事が出来る。もちろん上位職業にはそれ以上の手間が掛かるが、少なくとも聖騎士になるにはそれだけで良かった。
だがここはあくまで現実、ユグドラシルの魔法形態やゲームデータが反映されたようであって、細部は大きく異なる場所だ。初心者向けダンジョンなんてありはしないし、普通に生活していてそれらの悪系モンスターと遭遇することなんて稀。
その上、聖騎士団の主な相手は亜人だ。彼らも自分たちが生きる為に人間を襲うのであって、全員が悪な訳では無い。価値観の違い、人間種から見たら子供を攫い貪る絶対的な悪かもしれないが、同種族からしてみたら己が子のために体を張って食料を調達してくる良き父である可能性だってある。
「(聖王国はレベリングの為の土台はあるけど、聖騎士になる為には不向きなんだなぁ……まぁ範囲バフや軽い回復が出来るレメディオスさんたち聖騎士のお陰で、有事の際に民兵の死亡リスクが軽減されてるから有難いんだけど。カッツェ平野が傍にあれば………いや、それはそれで危険過ぎるなぁ)」
聖騎士になる為には悪系モンスターを討伐したい、だが聖王国でそんなモンスターは滅多に沸かない。
このローブル聖王学院の大元となった帝国魔法学院があるバハルス帝国、その近くに存在するアンデッドの巣窟………【カッツェ平野】。あれが近くにあればもっと聖騎士団や神官団のレベリングは捗ると思われるが、それはそれで危険が伴う。
亜人種は確かに強力だが、種族的な力に頼るため職業レベルを保有する者が少ない。それ故に強者は生まれにくく、対抗出来る戦力が整っていればある意味安全マージンは取れていると言える。
それに、他種族同士での戦いもあって人間ばかりを襲う訳では無いし、知性ある亜人種ならば交渉だって可能だ。その分、作戦を立てたりするので厄介ではあるが。
対してアンデッドは、低位のモンスター……鈍器に脆弱な【
しかしアンデッドは放っておくと、負のエネルギーが充満し、より上位のアンデッドを生み出してしまうという最大の懸念点がある。
少しでも駆除を怠れば、【
「(疲労の関係ないアンデッド相手じゃ、襲撃タイミングの予測も立てられないし……
疲れ知らずな上に睡眠を必要とせず、食事も取らないアンデッド。そんなのに断続的に襲われるなんて、命がいくらあっても足りないだろう。生者を害するアンデッド同士での殺し合いなんて起こり得ないので、勝手に数が減ることも無い。
しかし、聖騎士や神官といった面々が得意とする相手もまたアンデッド。どうにかして安全を確保した上でそれらと相手にできないものか。
そう考えたサトルの脳内に、一つ妙案が思い浮かぶ。
「………バラハさん、まだ体力残ってますか?」
「へ?は、はい。お陰様である程度は……」
声を掛けられたネイアが小首を傾げながら、まだ動ける旨を伝える。割と早い段階でレメディオスの訓練から脱落した為、他の倒れている見習いたちと比べて体力自体は残っていた。
「あの、ちょっとお願いがありまして」
「お願い?」
「はい、実は______」
☆☆★
「こっちだこっち!遅いぞケラルト!」
「ま……待って……姉様の……バカ体力と……同じに……しないで……!!」
ハッハッハ!と笑いながら先頭を軽い様子で駆けていくレメディオス。背後で息を荒くしている妹に笑みを浮かべながら言葉を掛けると、後衛職である自分を脳筋ゴリラと同じに考えないで欲しいと汗を流しながら絶え絶えに呟いた。
「あーんなケラルト殿初めて見たな……」
「訓練場は少しばかり遠いからな……団長殿のペースが速すぎるのもあるだろうが」
普段の余裕綽々な態度で薄ら笑いを浮かべ、腹に一物抱えてそうな雰囲気とは打って変わった様子のケラルトを見て、珍しいもんを見た、とグスターボがポツリ。彼も汗をかいてはいるがこれでも聖騎士。レメディオスについて行くくらいは出来る。
汗ひとつ流さずグスターボに並走するパベルが変わらぬ殺人鬼面でそう呟けば、グスターボも苦笑しながら同意する。幾ら本人が軽く走っていようとレメディオスは紛れもなく人類でも指折りの前衛職、その速度はかなりのものだ。純神官のケラルトには辛いだろう。
「……そういえば聞きそびれたが、サトルとは宮廷魔術師殿で合っているだろうか?」
「ん?あぁそうですよ、そのサトル殿で間違いない。仕事は出来るし人柄も良い、きっとバラハ殿も気に入られるはずだ」
「……そうか。それは楽しみだ」
ふとパベルがグスターボに声を掛け、今向かっている先にいる人物について尋ねる。パベルは九色の一色を預かる聖王国屈指の実力者だが、立場上王城へ行くことはそうそうない。宮廷魔術師の噂は聞いているが、実際に会ったことは無かった。
そんなパベルに、グスターボは彼の事を頼れる人間だと信頼をもって告げる。聖騎士団の仕事を手伝ってもらった時など、彼の魔法に助けられた事は多い。本人と顔を合わせる機会も多く、グスターボには彼が悪意ある人間だとは到底思えなかった。
「………それに団長とケラルト殿を御せる数少ない人なんですよ、サトル殿」
「それは………頼もしいな。本当に」
今共に走っている、このアクが強すぎる姉妹が素直に言うことを聞く相手。それだけでもう一定の信頼を寄せられる。ある意味、グスターボとパベルが1番求めていた人材だ。
「着いたぞ!」
レメディオスの言葉に、パッとケラルトが顔を上げる。修練場と書かれた看板と扉、先程までレメディオスが講義していた場所だ。
「サトル!」
カルカ様の警護はどうしたとか、事前連絡が無かったとか色々と言いたい事はある。だがしかしケラルトの顔には少なくない喜色が滲み、声も弾む。そんな彼女は息を整え、そして扉を開き______
「バラハさん頑張って!
「これホントに意味あるんですかァァァァァァっ!?」
「大丈夫!人間死ぬ気になれば考えるより体が動いて何とかなるって建御雷さんも言って______」
「何しとんじゃアンタはァァァァァァァァァっ!!!」
「うわぁッ!?」
カストディオ流神官ドロップキックが元骨のモヤシ魔法使いの腰を強襲した。
「アンタねぇ!?見習いにアンデッドけしかけるって聖王国民としてアウトもアウトな事やってんじゃないわよ!!怒るわよ!?」
「た、タンマタンマ!誤解ですってケラルトさん!それにもう怒ってますって!!」
「うっさいわね姉様の手料理口に捩じ込むわよ!?」
「すみませんでした!!だからどいて下さいってぇ!!」
倒れ込んだサトルの体をまたいでマウントポジションを陣取ったケラルトは彼の頭を両手で挟むようにして掴み、グラグラと揺らす。仮にも聖王たるカルカに仕える人間がよりにもよってアンデッドを見習いにけしかけるなと至極もっともな説教をしながら、ギャイギャイと騒ぎ立てる。
サトルもサトルで言いたいことはあるようだが、ケラルトは聞く耳持たず。そんな彼らを一歩下がった位置から眺めていたグスターボは、うわぁ……と小さく呟いた。
「なんつーかまぁ、仲良いなあの人ら………ねぇバラハ殿?」
「………………………」
「………バラハ殿?どうかなされましたか、バラハ殿?」
あのケラルトが遠くからグチグチ嫌味を言うのではなく真っ先に飛び蹴りし、そのうえであの距離でギャイギャイ説教をするなんて。仲が良くなければ起きないだろう光景に、グスターボは隣にいるパベルに声をかける。
しかし返事は返ってこない。真顔でサトルの方を見つめるパベルの様子にどうかしたのかと思い、再び声を掛ける。
するとパベルはフッ、と小さく笑い、くるりと踵を返し……。
「______俺の弓を取ってくる」
「パベル殿ォ!?」
殺人鬼の如き視線を投げ、己が武器を手にすべく動き出す。纏う殺気は対亜人戦の時と同等……或いはそれ以上。この場に某愚連隊の戦闘狂がいたら嬉嬉として戦いを挑んでいたであろうほどに、パベルは殺気立っていた。
「えぇい離せ!離してくれモンタニェス殿!!うちの可愛い可愛いネイアに暴挙を働いたアイツは俺が射殺すッ!!」
「同僚になるから!!というか九色の1人が宮廷魔術師殿殺害とか洒落にもならん!!団長!手伝って下さい団長!!」
「従者ネイア!なんだそのへっぴり腰は!それでは力が剣に伝わらんだろう!!それに回避の挙動が大きいっ!無駄が多いぞ!!」
「は、はいっ!申し訳ありません!!」
「だが足さばきは中々だ!それに力不足を全身で補おうとする姿勢はヨシっ!腕に頼らず全身を連動させろ!特に腰を意識するんだ!回避は最小限、振った後に相手の懐に………そう!そうだ従者ネイア!良いぞ!なかなかスジがいい!」
「あ、ありがとうございます!!」
「うむ!それでは手本を見せてやろう!こうだっ!!」
「こうですかっ!?」
「団長ぅぅぅぅぅ!!?イサンドロォォォ!!助けてくれぇぇぇぇぇ!!?」
☆☆★
「………はっ!?」
「?どうかされましたか、サンチェスさん」
「はっ、あっいえ、その…………なんだか無性にカルカ様の身辺警護で助かったという思いが湧いてきまして………?具体的には、聖王学院勤務じゃなくて良かったな、みたいな……?」
「……?不思議なこともあるのね……?とにかく、今はレメディオスもケラルトもいないから、頼りにさせてもらうわね」
「はっ!お任せ下さい!カストディオ様方やスズキ様の分まで、このサンチェスめが御身をお守り致します!」
「ふふっ、ありがとう。そう言えば、そろそろサトルさんが聖王学院に着く頃かしら………通話……通話…………………通わきゃぁっ!?」
「カルカ様ァァァァァァァァァっ!?」
その頃王城では、何かに気を取られたように惚けていた女性聖王様が何も無い場所でお転びになられて盛大に書類をぶちまけあそばせられていた。
グスターボとイサンドロ。いつの世も、どんな時でも。『副』と名のつく役職に身を置く人間は苦労を背負う運命なのかもしれない……?