【未完】被らない帽子と抜かない刀【ワンピース】   作:千葉 仁史

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2,最初の手掛かりは女好き(レディーファースト)

 その日の朝、ジョリーはかなり大忙しだった。予期せぬ患者(クランケ)を部屋に運び込むと、風呂を沸かした。

 

(冷えた体を暖めてやんねぇと……)

 

 握り締めている帽子と刀が邪魔で服を脱がせられないので、医者は取ろうと試みるが、まるで死後硬直のように拳は固まっていて、とても外せそうにない。ジョリーは一つ舌打ちをすると、躍起(ヤッキ)になって手の平をこじあけようとした。……駄目だ、開かない。

 

「くっそー、全然開かねぇ!」

 

 その作業を一旦辞め、ジョリーは自分と患者しかいない部屋で叫んだ。

 

「いっその事、両手首をちょん切っちまうかぁ」

 

 ちらっと男を見ながら、ベッドの下に隠してある"得物"を使おうとする"医者"らしからぬアイディアを口にする。男は目を覚まさない。

 

「……冗談だよ」

 

 何か反応示してくんねぇと、つまんねぇじゃないか、と昏々と眠る男に文句を垂れ、再び作業に戻った。

 

 どうにかして、麦わら帽子と刀を外し、スーツと靴を脱がした後、ジョリーは見知らぬ男を風呂に突っ込む――勿論、沈まないよう固定を行うのも忘れずに。

 

(あんぐらいの傷なら、湯に浸かっても大丈夫だろ)

 

 風呂の小窓から差し込む日光が眩しい。シルクも随分早く店に向かったものだ。

 

「えっと、点滴、点滴、と。あと、風呂から出たら、ガウンを着せてやらないとな」

 

 これからすべき事を順序だて、ジョリーは必要な物を用意し始めた。それから、男を風呂から上げ、ガウンを着せ、点滴をし、なるべく暖かくして寝かせてやった。

 

(もう一度、着れるかどうか分からないが、男のスーツは捨てないでおこう)

 

 頭の隅では別の事を考えつつ、海水で湿った麦わら帽子と靴を陽の当たる所に干しておく。

 

 問題は刀だ。

 とりあえず、刀を抜き、鞘内の水を出そうと思った。スラァ、と緩(ユル)やかに白柄の刀を抜いた。良い刀だな、とジョリーは鞘内から水を出すのも忘れて魅(見)入った。柄が自然と手に馴染み、扱い易そうな感じが漂う。えらく丈夫な刀なのか、長い間海に浸かっていたのに、そうは思わせない煌めきが刃にあった。とても良い刀だ、再度比較級を付け足して思った。こんな刀を持つ男が到底、凡人とは思えない。余程、腕の立つ剣士か、それとも……?

 

  足元に滴(シタタ)り落ちる水に気付き、ジョリーは慌てて鞘をひっくり返し、水を出した。

 

(明日ぐらいに、研ぎに出した方が良さそうだな)

 

 麦わら帽子の乾かせ方とは対照的に、刀は陰干しにする事にした。

 

 そして、嵐の翌日にはよくある事だが、快晴だったので、溜め込んだ洗濯物と共にスーツを洗い、全て干した。

 

「んぁー、疲れた!」

 

最後の服を干し終えると、一日の始まりである朝っぱらに相応(フサ)しくない言葉を吐きながら、ジョリーは伸びをした。それと同時に、腹の虫が鳴った。

 

「おっと、忘れてた。飯でも食うか~」

 

 あの男のせいで今日の予定がトチ狂っちまったぜ、等とぼやきながら、台所へと向かおうとしたが、再び音が鳴った――十時を告げる鐘の音が。

 

「……は?」

 

 その音が鳴り響いた瞬間、医者は硬直してしまった。此の島に来てから、一度も狂った事のない時計を見た。やっぱり、十時である。

 

「本当(マジ)かよ」

 

 ジョリーは呟いた。十時とは、診療所を開ける時刻である。

 

「くそっ! こうなったら……」

 

 玄関に掲げた『close(閉館)』をそのままに、と思い切らない内に、その玄関のチャイムが聞こえてきた。一週間に一度、薬を貰いに来る婆さんだ。

 

(ズルは出来ないもんだな)

 

 大きく踏み出した足をゆっくりと運びながら、ジョリーは空(ス)きっ腹で診療する事を覚悟した。

 

 あの早朝の男のように、患者は何時(イツ)来るか分からない。婆さんが去った後、誰も来そうにないな、と思って、実行に移そうとすると、また患者が来る。その患者が去って、今度こそと台所へ向かおうとすると、また患者が来る。さっきから、それの繰り返しで、結局、ジョリーは何もつまむ事が出来なかった。

 

  十二時を告げる鐘が鳴り、ようやく、待ちに待った昼休み。昨日食べたシチューを温め、やっと食べ物を口にした。食べながら、先程、取ってきた昼刊(お昼の新聞)を広げる。

 

(おーお。載ってる、載ってる)

 

 白衣もそのままに読んでいると、昨日の嵐の記事が目についた。

 

『昨日、此の島近辺で起こった嵐は雷雨を伴(トモ)わないものであり、竜巻に近いものであった。島には風が吹き荒れただけで、大した被害もなかったが、今日の明朝、海岸で数人の遺体があがっているのが発見された。昨日は漁船や商船が海に出たという記録がないことから、海賊の一味と思われる。船の破片が見つかっておらず、遺体だけが流れ着いているので、嵐により船から誤って落ちたとして、海軍は調査を続けている』

 

 そこまで読んで、ジョリーは咥(クワ)えていたスプーンを空の皿に戻した。後の記事には、海軍のお偉いさんの言葉が載っているぐらいで、これ以上の情報は得られそうにない。

 

「つぅ事は、あの餓鬼は海賊ってか」

 

 新聞を乱雑に畳みながら、ジョリーは呟いた。だが、金髪・グル眉で黒スーツを着こなし、麦わら帽子を被った金髪海賊剣士なんて、奇妙以外の何者でもない。そんな男の像を想像してしまい、思わず口がニヤけそうになるのを片手で抑えながら、使った食器を流し台へと運んだ。

 

(そりゃあ、俺の頃とは今の海賊は違うだろうけどよ。ンなのは、有り得ねぇだろ)

 

 ひたすら全面否定をしていたが、ふと思い立った。

 

(まぁ、確かに麦わら帽子を被った海賊はいたけどな)

 

 今回は更に訳の分かんねぇオマケが付いてるぜ、とジョリーは心の内の言葉に付け足したのだった。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「Bonjour! Ca va?(ボンジュール! サバ?)」(仏訳:こんにちは!元気?)

「Ca va(サバ)(仏訳:元気)……な訳ねぇだろ!」

 

 全ての元凶である少女が現れたのは、医者が『open(開館)』となっていた札を『close(閉館)』にひっくり返している時だった。

 

「シルク! よくも逃げ出しやがったな!!」

 

「朝から思ってたんだけど、医者、Ca(カルシウム)不足じゃない?」

 

 話題をはぐらかそうとするシルクに、ジョリーが大きく踏み込んだ。

 

「終いにゃあ、キレるぞ」

 

 眉間を寄せながら、泣く子も黙りそうな勢いでシルクを睨み付ける。

 

「あっそう」

 

 そんなの何処吹く風と、シルクは言葉を続けた。

 

「なら、私も医者の夕飯作ってあげない」

「な゙っ!?」

 

 踵(キビス)を返そうとする少女の前に、医者が立ちはだかった。

 

「シルク!! それだけは勘弁してくれ!」

 

 自力では食事を作れないジョリーが懇願する。

 

「ど~しよっかな~?」

 

 完全に相手の足許(アシモト)を見ながら、シルクは自分の顎(アゴ)に人差し指を一つ添えた。まるで卸売の魚を値踏みするかのような動作だった。

 

「~~っ!! 分かったよ、もう何も言わねぇよ!」

「分かればよろしい!」

 

 一体どちらが年上なのか分からない会話が続く。半分自棄(ヤケ)になりながらも答えるジョリーに、苛(イジ)めすぎたかな、とシルクはこれ以上からかうのを思い止どまった。

 

「……でも、"あの子"を助けてくれて、ありがとう」

「……ンだよ、急にしおらしくなるんじゃねぇ」

 

 調子が狂うじゃねぇか、とシルクの素直な感謝の言葉にジョリーは自分の頬を掻いた。

 

「ところで、"あの子"は?」

「まだ寝てる。ちっとも起きそうにねぇ」

 

 ちらっと彼が寝てるであろう部屋がある方にジョリーは視線を向けた。

 

「そう……、見に行ってもイイ?」

「行っても良いが、その前に洗濯物の取り込みを手伝ってくれないか?」

「ラジャー!」(訳:了解!)

 

 今日中に医者にかけた迷惑を挽回するかのように、ジョリーの頼みごとにきっぱりと答え、シルクは親指をあげた。

 

 

 ※ ※ ※

 

 

「変化無し、と」

 

 男が眠る部屋に訪れた医者は、棚の上に患者(クランケ)が身に付けていた――幾度見ても、アンバランスな組み合わせである――麦わら帽子と刀とスーツと靴を置いた。

 

「ねぇ、生きてるの?」

 

 ジョリーの後ろから顔を覗かせ、シルクは男が寝ているベッドを見やった。

 

「おいおい、勝手に殺すなよ」

 

 苦笑いするジョリーの横を擦り避け、シルクはベッドの横に立った。男の顔をじっと見つめている。俺にいろいろと(ほとんど)任せてたけど、やっぱり患者(クランケ)の事が心配なんだな、と暖かい目で少女を見ていた医者だったが、彼女の一言で崩される事となる。

 

「珍しいよね、グルグル眉毛って……」

「そこかよっ!」

 

 ただ、特徴的すぎる眉に興味を持っていかれただけだったりもする。

 

「お前って奴は……」

「あははっ! 助けたかったのは本当よ」

 

 シルクはジョリーの方を向いて言った。

 

「医"師"の娘だもの。人を助けたい気持ちは持ってる」

 

 親譲りね、と笑う少女に医"者"であるジョリーは少女に分からないように眼を伏せた。だが、直(ジキ)にそれも消えた。

 

「じゃあ、俺の事も医"者"じゃなくて、医"師"って呼んでくれよ」

「やだね!」

 

 いつもの調子で話し掛けると、いつもの調子で返された。過去の出来事を引き摺(ズ)らない、これぐらいが一番良い。

 

「あれっ? この子の手……」

 

 シルクが何かに気付いたらしい。

 

「ああ」

 

 ジョリーはシルクの台詞(セリフ)の続きを口にした。

 

「手が固まっちまってるんだ」

 

 男の右手は筒状の物を掴んだような形で、左手は握り拳の状態で硬直していたのである。

 

「強い力で握り締めていたから、麦わら帽子と刀を抜き取るしか出来なかったんだ」

 

 ジョリーが淡々と話した。

 

「俺が想像するに、こんなんになるまで、この麦わら帽子と刀を放さねぇとは、余程大事な物か、」

「価値がある物なんでしょうね」

 

 ジョリーの言葉の続きを、シルクが受け継いだ。

 

「仮に価値があるとしても、刀は分かるが、麦わら帽子はどうよ?」

「……無さそうよね」

 

 患者(クランケ)には失礼な事を話題に上げ、二人は顔を見合わせた。

 ふと、医者は昼刊(昼間の新聞)の記事を思い出した。患者(クランケ)が海賊である可能性を、少女に話した方が良いのだろうか?

 

「この子、何者かな?」

 

 ジョリーの気持ちと示し合わせたかのように、シルクが独り言のように尋ねてきた。

 

「さぁね」

 

 肩を竦(スク)ませながら、ジョリーは答えた。"分からない"とは言わなかった。

 

「まぁ、変わった奴には違いねぇだろうな。"こんなの"を持っていたし」

 

 そう言って、ジョリーが棚に置いていた麦わら帽子と刀に触った瞬間だった。

 

「触んじゃねぇっ!!!」

 

 第三者の声が聞こえたのは。

 

 第一者(I)と第二者(YOU)は声のした方を振り向いた。ベッドの上で上半身を起こしている患者(クランケ)がいた。二人の視線を一身に受けながら、金髪の男はもう一度、大声で言った。

 

「"それら"に触るなっ!!」

 

 二回叫ばれて、ジョリーは此の"麦わら帽子"と"刀"の事を言ってんだ、と気付いた。 医者が手を引っ込めると同時に、急に叫んでむせたのか、男が深い咳をした。

 

「大丈夫っ!?」

 

 心配したシルクが男に手を差し延べた。

 さて、男は何て言ったと思う?

 

「おっ! なんて美しい女性(レディー)!!」

「は?」

 

 目をハートにしながら言う男に、シルクは言葉を失った。

 

「眼が覚めた瞬間、このような麗(ウルワ)しきレディーに心配されるとは、おれは千載一遇・空前絶後の幸せ者だぁ~!!」

 

 お前、本当にさっきまで寝てた奴か? とツッコミたくなる程、男は元気に喋った。

 

「天使のようなマドモワゼル、もしよろしければ、お名前を―――ぐえっ!」

「俺を無視して話を進めるな」

 

 ジョリーは近場にあった銀のトレイを取り、男をど突いていた。

 

「このクソ野郎!! 何しやがるんだ!?」

「随分と元気の良い事だなぁ」

 

 シルク(女)相手の時とは180度違った態度で自分(男)に対応する患者(クランケ)に、ジョリーは自分でも青筋が浮かぶのを感じた。

 

「はっ! そりゃあ、当然だろ? 目が覚めたら、綺麗なレディーが横にいるんだぜ? ……それにな、おれは野郎が"大嫌い"なんだ」

「奇遇だな」

 

 自分の額(ヒタイ)に青筋が増えるのを認識しつつ、ジョリーも答えた。

 

「俺も野郎が大っ嫌いなんだ!」

 

 その会話を幕開けに、医者と患者(クランケ)は火花がはじけそうな勢いで睨み合った。初対面の筈なのに、同年齢(タメ)のように、犬猿の仲のように、啀(イガ)み合う二人に困惑していたシルクだったが、お互いに手が出ない内に制する事にした。

 

「はい、ストップ! ストップ!!」

 

 二人の男の顔の空間に手を入れ、視線をかき消してやる。

 

「喧嘩なんかしてないで、初対面なんだから、自己紹介しましょ」

 

 二人の男の興味を反(ソ)らすため、全く別の話題を提示した。

 

「はいっ!」

「ああ」

 

レディーに話しかけられたせいか、喜んで承諾の旨を伝える男と、そんな男の態度に不機嫌になりながら頷くジョリー。まずは私ね、とシルクが自分で確認させるかのように言った。

 

「私は"シルク"。此の島の酒場で働いているの」

 

 自分で自分を指差し、次にジョリーを指差した。

 

「んで、こっちは"医者"」

 

 いつもの癖でシルクは職名で紹介してしまった。医者? と患者は訝(イブカ)しげに先程口論していた、短い青髪で緑色の枠縁(ワクブチ)眼鏡を掛け、白衣を着用した男を足の爪先から頭のてっぺんまで見た。

 

「……名は体を表すって、本当なんだな」

「ちげぇよ!」

 

 "医者"を男の名前だと認識してしまった患者に、ジョリーがツッコミを入れた。

 

「"医者"じゃなくて、俺の名前は"ジョリー"だ!」

「シルクちゃん……、何て可愛らしい名前なんだ」

「人の話を聞けよ!」

「ところで、貴方の名前は?」

 

 ジョリーの話を患者が無視し、患者の話をシルクが無視する形になった。

 

「そうだ、そうだ! 次はお前の番だぞ!」

 

 ジョリーもシルクの質問に同調した。

 さぁ、これでやっと此の男が何者か分かるぞ。黒スーツで、麦わら帽子と刀を手に持った、金髪グル眉男の正体が。

 

 心の中で同じ事を考えつつ、医者と少女は患者(クランケ)の返事を待った。

 

 男は答えた。

 

「おれの名前は……なんだっけ?」

「はぁっ!?」

 

 ジョリーとシルクは同時にその言葉を吐き出した。

 

「そんなの、こっちが知りたいわよ!」

「おいおい、それともなんだ? "なんだっけ"が名前なのか?」

 

シルクが言い返し、ジョリーが揶揄(やゆ)(意味:からかう)した。

 

「ンな変な名前な訳ねぇだろ! えーっとな、おれの名前は……」

 

 シルクには怒らず、ジョリーにのみ怒ると男は再び唸(ウナ)り始めた。

 

「……? 思い出せねぇ……?」

 

 男の呟きに、ジョリーの顔が医者の表情に変わった。

 

「ねぇ、それって――」

「なぁ。お前、此の島の海岸に倒れていたんだが、どうしてそこにいたか分かるか?」

 

 シルクが男の状態の結論を言う前に、ジョリーが尋ねた。

 

「は? なんで、ンな所に? ……って、なんだよ、コレ??」

 

 クエスチョンマークを頭上に沢山浮かべた男が次に疑問を抱いたのは、自分の両手だった。変な形に固まって、指一本も思い通りに動かない手に男は少なからず困惑しているようだ。

 

「"あれら"を握ってたんだ」

「"あれら"?」

 

 男は医者の指差した方を見やった。その方向には、棚の上に麦わら帽子と刀が置かれていたあった。

 

「麦わら帽子と刀?」

「お前、一番最初にあれらに"触るな"って怒鳴っただろが」

「……そうだったっけ……?」

 

 男はそちらを見つめ、幾度も瞬(マバタ)きを繰り返した。本当に"分からない"らしい。

 

(……つぅ事は無意識に言ったのか?)

 

 男のそんな様子を見ながら、ジョリーは思った。

 

「ねぇ、"コレ"って……」

「ああ」

 

 少女の問い掛けに、はっきりと医者は頷いた。

 

「完璧な"記憶喪失"だ」

 

 とうとう、ジョリーが結論を下(クダ)した。

 

「……」

 

 話題の中心である男は何も言わなかった。否、言えなかった。記憶と名前の失った事実が自分の中で上手く処理出来ない。記憶喪失、という単語が自分に関わる事なのに、薄っぺらい鉄の板のような無機質な言葉に感じられた。それを指で摘んでみても手の平に乗せてみても、軽過ぎて実感がわいてこない。

 

「はっ! 俺が記憶喪失なんて……」

「じゃあ、言えるのかよ?」

 

事実逃避をしようと発言した男を、ジョリーのレンズ越しの瞳が捕らえた。

 

「いつ、何故、なんで、どうして、どうやって、あそこにいたのか、よぉ?」

「……」

 

 ジョリーの質問に、男は黙り込んだ。本当に何も覚えていないのだ、答えられる訳がない。

 

「ちょっと、医者、意地悪しすぎ」

 

 シルクが二人の会話に口を挟んだ。

 

「しかも、『何故』『なんで』『どうして』、全部、同じ意味よ」

 

 シルクは律義にも、ジョリーの台詞のおかしな点を指摘した。

 

「ぐ……、別に構わねぇだろ」

 

痛いところを突かれ、開き直る医者を許す少女ではない。

 

「構わなくない。いっその事、国語を勉強し直したら?」

「四字熟語は得意だ!」

「あのね、国語の基本がなってないのよ!」

「俺は医者だから、国語なんてイイんだよ!」

 

 三十路前後の男と十代後半の少女との押し問答が続く。

 

「訳の分かんない屁理屈言ってないで……と・も・か・く、この人、記憶喪失で不安なんだから、医者は医者らしく、もっと優しくしてあげなさいよ!」

 

 ジョリーにずいっと近付いて、シルクは注意した。

 

「そう言うんだったら、シルク、お前も親切にしてやれよ」

「するに決まってんじゃない!」

「……だったら、シルクちゃん、おれに愛の抱擁をしてくれっ!」

 

 二人の会話に入り込み、ハートをそこら中に振り撒きながら、自分に手を伸ばす患者にシルクは、すかさず、ジョリーから奪った銀のトレイを、

 

「病人は病人らしく、静かにしとれっ!」

「ぐはっ!」

 

 と思いっきり男の頭の上に振り下ろした。

 

「……有言不実行」

 

 そんな光景を目(マ)の当たりにしたジョリーは、ボソッと小さく言った。

 

「医者、何か言った?」

 

 医者の視線の先にいるのは、凶器(銀のトレイ)を持ち、言葉と共に自分を睨み付けて来る少女が一人。

 

「いや、何でもないッス」

 

 自分の身の危険を察し、語尾が不自然に変わってしまいながらも、ジョリーは、それについて、これ以上、言うのを控えようと決めた。そして、シルクの注意を自分から反らすため、ジョリーは咳払いを一つすると話を切り出した。

 

「まぁ、こいつが何で海岸に倒れていたか――」

 

 男を指差しながら、ジョリーは話を続けた。

 

「――どうして、麦わら帽子と刀を手に持っていたのか、さっぱり何者なのか分からねぇが、こいつがかなりの"女好き"って言うのは、確かだな」

 

 そんな医者の推測に「それを言うなら、"レディー・ファースト"だろ……」と殴られた箇所を抑えながら、男はそう呟いたのであった。

 

 

 

つづく

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