【未完】被らない帽子と抜かない刀【ワンピース】   作:千葉 仁史

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3,お前が海賊王になれない理由(ワケ)

 海のど真ん中に、その船はあった。

 船長である男が情けなく「ぼうし~~」と泣(鳴)いている船が。

 

 玩具(オモチャ)を取り上げられた子供のごとく泣(鳴)き続ける船長がいる船首に向けて、エターナルポースで自船の進路を確かめていた航海士が大股で歩き出した。彼女が近付いても尚、嘆き続ける彼に航海士は握り拳をつくった。

 

「うるっさいわ!!」

「いでっ!」

 

 航海士が船長を殴る、小気味良い音がした。

 

「何すんだよ、ナミ!」

 

 当然のごとく抗議する船長に、オレンジ色の髪の少女がぐいっと近付いた。

 

「何すんだよ、じゃないわよ!さっきから聞いてれば、帽子・帽子って!」

「あれはおれの宝なんだぞ!」

「そんな事ぐらい知ってるわよ! ルフィ! 私が言いたいのはね、」

 

 クレシェンド(意味:音楽記号で段々音が大きくなる)をマーク付けられたかのような、ナミの語調は次の台詞で最大に達した。

 

「サンジ君が心配じゃないのかって事よ!!!」

 

 その声は甲板だけでなく、小さな船――ゴーイング・メリー号――中に響いた。

 

「ルフィ、アンタはね!」

「おいおい、落ち着けよ、ナミ。」

 

 今にもルフィに飛び掛かっていきそうなナミを狙撃主が肩を掴んで制止させた。

 

「ウソップ」

 

 狙撃主に振り向いたナミは、鬼以上の表情をしていた。

 

「どうやったら、落ち着けるって言うのよ。」

 

 怒りの矛先を船長から狙撃主に変えたナミがウソップの両頬を引っ張った。

 

「ナミ!」

 

 解読不能の言葉を発しながら訴えるウソップを助けるため、赤い帽子を被ったトナカイが航海士の名前を呼んだ。

 

「何、チョッパー!?」

「あ……いや、あの、その……何でもない」

 

 ナミのあまりにも恐ろしい視線に、チョッパーは尻込みした。

 

("何でもない"訳ねぇだろ!)

 

 ナミに頬を引っ張られているため、上手く言葉の出せないウソップは心の中で文句を言った。

 

「航海士さん、落ち着いて。」

 

 もう一人の女性船員(クルー)の声に、水が打ったように静まり返った。

 

「ロビン……」

 

 ナミがウソップの頬を抓(ツネ)るのを止め、声の出所に顔を向けた。ウソップは頬が痛いのか、しきりに擦(サス)っている。

 

「心配なのは貴女(アナタ)だけじゃないのよ」

 

 言い聞かすかのように、ロビンが話しかけた。

 

「私も、狙撃主さんも、船医さんも、剣士さんも」

 

 一人一人を確かめるようにして、ロビンがみんなの名前をあげていく。

 

「……そして、船長さんも」

 

 ルフィの事を言った瞬間、船首に座っていた彼の肩が微かに震えた。

 

「みんな、コックさんの事が心配なのよ」

 

 ロビンの口調は、ナミを咎(トガ)めるものではなかった。

 

「分かってる、分かってんだけど」

 

 そう呟いた後、ナミが外に視線を向けた。その発言を最後に、みんな黙り込んでしまった。

 

 その雰囲気がいたたまれなくて、チョッパーは海を見た。万物の母である海は、一体何処にあの非常さを隠し持っているのだろうか?

 

 彼が嵐の海に自(ミズカ)ら飛び込んだのは、昨日の事であった。

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

「もう、最悪っ!!」

 

 オレンジ色の髪を揺らしながら、ナミは見事なタクト捌(サバ)きで敵を地面に叩き付けた。

 

「ナミ、大丈夫か?」

 

 航海士を心配した、チョッパーが近寄る。

 

「大丈夫か、ですって!!!」

 

 近付いて来たチョッパーの襟首を掴み、ナミはヒステリックな声をあげた。

 

「チョッパー! あんたにも分かるでしょ!? 今のこの状態がっ!?」

 

 あまりのナミの気迫にチョッパーは震えながら頷き、後ろを振り返った。チョッパーの後ろにある船首は真っ直ぐに進んでいた――"嵐"へと。

 

「物好きな海賊もいるものね。嵐を前にして、戦闘を仕掛けるなんて」

 

取り乱しきっている航海士とは対照的に、考古学者が涼しい顔で話しかける。

 

「ロビン~。どうして、あんたはいつもそう冷静でいられるの?」

 

 ナミが調子を落ち着かせようとしながら、ロビンに問い掛ける。

 

「さぁ? ……慣れているからかしら?」

 

 自分の事なのに、客観的に物事を言うロビンにナミは頭を項垂れた。

 

「わぁ! また来たぁ!!」

 

 チョッパーが怯えた声を出し、大きなガレオン船から飛び移って来る海賊を指差す。

 

「こうもしつこいと流石(サスガ)に飽きてくるわね」

 

 珍しく小言を言い、ロビンが手を胸の前に翳(カザ)そうとした時だった。

 

「必殺、鉛星!!」

 

計三つの鉛玉がそれぞれの敵の眉間に当たり、海賊はもんどり打った。

 

「見たか! おれ様の命中力を!!」

 

 突如、みかん畑にウソップが立ち上がった。

 

「まさしく神業! そう、人はこのおれをこう呼ぶ。"キャプテン・ウソ――ッ」

「アホかぁ――っ!!」

 

 皆まで言う前に、狙撃主は、いつの間にやら、みかん畑に上がって来ていた航海士のタクトの餌食(エジキ)になっていた。

 

「いってな――っ!! 何しやがるんだよ、ナミ!」

「あんた、さっきからずぅっと姿が見えないと思ったら、そこにいたのね!」

「べ、別に隠れてた訳じゃねぇぞ。おれは、ただ此所からゲリラ戦をしていただけだ!」

「何がゲリラ戦よ!? このか弱くてかわいい私ですら、立派に戦ってるんだから、あんたも姿を現(アラワ)して、戦いなさい!」

 

 ナミはそう言うと、ウソップをみかん畑から蹴り落とした。彼女のそんな姿を見て、チョッパーは『何処がか弱いんだろ?』と思ったが、言葉にして伝える事はしなかった。タクトの被害者に決してなりたくはなかったのである。

 

「野郎……、よくもやりやがったな。」

 

 先程、鉛玉にやられた三人が立ち上がり、こちらに迫って来た。

 

「ひぃっ!? ……ロビン姉様、お出番です。」

 

 ウソップはそそくさとロビンの後ろに回った。

 

「あらあら」

 

 ロビンは一瞬、困ったような顔をしたが、視線を敵に戻すと、顔を引き締め、両手を胸の前で交差させた。

 

「セイス・フルール(六本咲き)」

 

 敵である海賊の一人一人の両肩から二本の腕が生えてきた。

 

「!?」

 

 突然の奇異な出来事に言葉を失う海賊に、ロビンは制裁をくらわした。

 

「クラッチ!」

 

 ロビンの声と共に"咲いた腕"が敵の腕を背中へと――あらぬ方向へと回す。関節が鳴る音と悲鳴が同時にゴーイング・メリー号に響き渡った。

 

 そんなこんなで航海士と狙撃主と船医と考古学者の奮戦により、大方の敵は甲板でのびていた。

 

「……で、あんた達も味わいたい?」

 

 ナミが呼び掛ける先には、出遅れた――また別の――敵三人組が突っ立っていた。言葉を詰まらした敵に、更にナミが声を掛ける。

 

「私達、甲板が汚れるのは嫌いなの。そうよねぇ、ウソップ?」

「お、おうよっ!」

 

 いきなり話を振られた狙撃主は、先程まで震えていたのが嘘のような変わり身の早さで、毅然(キゼン)と胸を張り、のびている敵を指差した。

 

「とっととそいつら連れて、船に戻れ! でねぇと、俺様のファイナルウェポンをくらうことになるぞ!!」

 

 ウソップの嘘事(ソラゴト)を真に受けたのか、ロビンの悪魔の実の能力を目(マ)の当たりにしたせいか、三人組は甲板に突っ伏している奴等を拾い上げると、ガレオン船からゴーイング・メリー号に下ろされた綱を素早く上(ノボ)って行ってしまった。

 

「ウソップ、"ファイナルウェポン"って何だ?」

 

 無邪気な船医の返答に、ますます胸を張って、狙撃主は返答した。

 

「この俺様が五年の年月をかけて完成させた道具で、まぁ、どんな海王類だって一気に倒しちまうという究極の武器なんだよなぁ、これが」

「すっげー!!!」

 

 目を輝かせて、ウソップの嘘を鵜呑みにするチョッパーにナミが「嘘に決まってんじゃない」と言うと、「嘘なのか!?」とチョッパーは表情をコロコロと変えた。

 

「フフッ」

 

 ロビンはそんな三人(?)のやり取りを見て、目をやんわりと細めただけだった。

 

 その瞬間、船が左右に揺れた。慌てて、船員(クルー)達は柵に掴まり、揺れがおさまるのを待つ。

 

「思ってたよりも、嵐が速いわ」

 

 ナミは航海士の顔に戻すと、前方を見やった。嵐はもはや目と鼻の先にあり、船を囲む波の高さが闘い(バトル)が起こる前よりも、確実に上がっていた。ゴーイング・メリー号に乗っていた誰もが数分後に起こる出来事――この船が嵐に飲み込まれる光景が安易に想像出来た。

 

「あいつら。一体、何してんのよ」

 

 声を荒げながら、ナミはゴーイング・メリー号の何倍も高さがあるガレオン船を見上げた。航海士の心配を余所(ヨソ)に、風が段々と強さを増して行く。その割には、こんなにも嵐を近くにしながら、雨が降らないのが不思議だった。

 

「もしかして、ルフィ達に何かあったのかなぁ?」

 

 チョッパーがロビンの足に引っ付きながら、言葉を漏らした。

 

「まっさかぁ。ルフィの他にも、ゾロやサンジがいるんだぜ。そんな事ある訳――」

「でも、遅すぎるわ。」

 

 ウソップの発言に覆い被さるようにして、ロビンが逆の推察を述べた。ナミは息を一つ吐いてから、大きく息を吸い込んだ。

 

「サンジ君! 聞こえてるなら、顔出してっ!!」

「どうして、サンジなんだよ?」

 

 大声を出したナミにウソップが横槍を入れる。

 

「馬鹿ね。戦闘モードに入っちゃっているルフィとゾロが私の声に気付くと思う?」

「んな訳ねぇな」

「でしょ? ……サンジくーん! 聞こえてるなら、返事して――!」

 

 奴が好きなレディ―――ナミに反応しない訳ないよな、とウソップが思った矢先だった。

 

「はぁ~い、ナミさぁ~ん!おれを呼んで下さいましたか~??」

 

 ほらな、とウソップは思いながら、敵の海賊船から眼をハートにして、顔を出したコックを見上げた。

 

「嵐が近付いてるから、早くあの馬鹿二人をこっちに連れて来て欲しいの!」

 

仮にも自分達の船長である男を"馬鹿"呼ばわりしながら、ナミは頼んだ。

 

「んナァミさんの為なら、このサンジ、何だって致しますよ~!」

「良いから、早く行け!」

 

 ウソップの言葉に、サンジは特徴的な眉毛をひそませる。

 

「おいっ、長っ鼻! 折角(セッカク)ナミさんがおれに頼み事をして下さってるのになぁ、余計な茶茶(チャチャ)入れて台無しにすんなよ。……あ、まさか、おれに嫉妬?」

「んな訳あるかぁー! 第一、お前はな――」

「うるっさいわ――っ!」

 

 今度はナミの鉄拳がウソップに炸裂する。

 

「サンジ君、早く!」

「了解♪」

 

 サンジは軽く返事をすると、頭を引っ込めた。

 

「みんな、帆を畳(タタ)んで。嵐に備えるわよ! ほらっ、ウソップも」

 

 先程殴った事への罪悪感なんて微塵(ミジン)も感じさせずに、ナミはウソップや他の仲間に適確な判断を与える。

 

「どぉして、おればっか、こんな目に……。サンジの奴、後で覚えとけよぉ」 

 

 そんなウソップは頬を床にくっつけながら、文句を垂れていた。

 

 必ずしも『後』があるとは限らない。そんな事を考えることなく――。

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

「ちっ。あいつら、何処にいやがんだ?」

 

 サンジは咥(クワ)えていたタバコを吐き捨てると、自船とは比べ物にならない程広い甲板を駆け抜けて行った。波が荒れ狂う程に風が吹き、流れ出た汗で前髪が額に張り付く。ゴロゴロと甲板のあちこちで転がっている敵の多さと、今から襲いかかって来る敵の多さに、コックは溜め息を吐(ツ)いた。

 

「ったく!しつけぇんだよ!!」

 

 両手を地面につくと、両足を一直線に広げ、円周上の敵を――書いて字のごとく――"蹴"散らした。そのままペースを落とす事なく敵を数人蹴り上げ、船の中心地への最短距離の道を確保する。

 

(いやがった!)

 

 コックはマストの下で敵と対峙(タイジ)する船長と剣士を視界に捕らえた。

 

「真打ち登場……ってヤツか?」

 

 眼下――甲板とマストがある中心地とは結構な高さがあったため――に広がる光景を見て、サンジは呟いた。明らかに今までの雑魚(ザコ)とは違う威風を纏(マト)った男二人が、ルフィとゾロと睨み合っていた。おそらく、この海賊船の船長(キャプテン)と、副船長だろう。 片方が逆立てたような黒髪と白のコートを、もう片方が――地毛だろうか――オールバックの白髪に黒のコートを着ている。 白コートの男の左目下に脳天から顎(アゴ)まで剣で串刺しにされた骸骨(ガイコツ)のタトゥーを入れているのが、離れていても見えた。同じように、黒コートの男も右頬から右目を無視するかのように黒い稲妻の刺青(イレズミ)をしていた。体格としては、どちらもがっしりとしたガタイで肩幅が広く、黒コートの男は、怒り肩気味の白コートの男よりも巨体であった。そんな二人組を見て、サンジは「オセロみたいだな」と何処か見当外れな事をぼんやりと思った。最早、やる気満々の臨戦態勢に入っている船長と剣士を無理やり連れ戻そうとするのは、もう無理な話だ。だったら――。

 

「おいっ、クソゴムにクソ剣士!」

 

 暴言で呼びかけ、彼等の反応を見て、自分の声が届いていると確認する。

 

「嵐が近付いてるから、とっととソイツ等倒して、船に戻って来い!」

 

 命が掛かっている内容を、まるで餓鬼(ガキ)のお使いを頼むかのように、サンジは大声で言った。

 

「おう!」

「けっ、テメェなんかに言われなくとも」

 

ルフィからは快諾(カイダク)を、ゾロからは遠回しな了解を得ると、サンジは口端を持ち上げ、視線の先を二人から離した。用件を伝えたとはいえ、サンジは先にG・M(ゴーイング・メリー)号に帰るつもりはなかった。

 

「さぁて、後は……」

 

コックの視界に映るは、懲りもせずに襲いかかる気満々の敵共。サンジは足で甲板をい鳴らし、ポケットから取り出したタバコに火をつけた。

 

「クソ気に食わねぇが、アイツらの帰り道でも作るとするか」

 

一対多数の大乱闘の開始であった。

声を上げながら突っ込んで来た敵を、両手をポケットに入れたまま、サンジは蹴りで出迎えた。サンジはお得意の蹴りで敵を次々と沈(鎮)(シズ)めていく。自分の後ろに誰か――敵以外いないのだが――が立つ気配がした。そいつから振り下ろされたカトラス(意味:海賊の武器である剣)を易々(ヤスヤス)躱(カワ)し、振り向く際に技を叩き込んでやる。

 

「ポワトリーヌ(胸肉)シュート!!!」

 

蹴りが敵の胸に直撃し、回りの海賊共を巻き込みながら、ブっ飛んでいく。それを見た相手が怖(オ)じ気付く中、サンジは煙草の煙をゆるりと吐き出した。そんな休息(?)も束の間、意気を取り戻した連中が再び――三度(ミタビ)か――襲いかかって来た。まだまだ、こちらの乱戦は終わりそうにない。

 

 船に打ち付ける波がますます強くなってきている。嵐に程良く近付いてしまっているらしい。なのに、雨も雷鳴もしないのは、一体何故だろうか?

 

 サンジの忠告後も、四人――ルフィとゾロ、敵の船長と副船長は対峙したままであった。

 

(大概、口先だけの弱い奴等は向こうから仕掛けてくるんだけどな)

 

ゾロは鞘にしまっている刀の兜金(カブトガネ)(意味:柄の先っちょ)に掌(テノヒラ)を当てながら、そう思った。甲板が騒がしい。サンジが雑魚共を適当に蹴散らしているのだろう。

どうやら、コックは二人が戻るまで船に帰る気は更々ないらしい。テメェだけでも戻れば良いのによ、とゾロが思っていた時だった。

 

「ゾロ、早く終わらすぞ!」

 

麦わら帽子を被り直しながら、船長が言った。その口許には笑みすら浮かべている。

 

「お安い御用だ、キャプテン」

 

剣士は了解すると、敵を睨み付けて「……という訳だ。悪(ワリ)ぃが、テメェらには"やられてもらう"ぜ」と、とんでもない予定を相手に宣告した。

 

「やれるもんならな……」

「やってみやがれってんだ。」

 

白コートの男の言葉の続きを、黒コートの男が引き継ぐ。

 試合(死合)の始まりであった。

 

 ルフィが白コートの男の相手を受け持った。

 

「ゴムゴムのォ――っ」

 

右腕を"有り得ない"ぐらいに、"ゴムゴムの実"の能力者であるルフィは後方へと伸ばした。決定的な隙(チャンス)なのに相手は攻撃に移さず、握り締めた左の拳(コブシ)をルフィと同じく後方に引いただけであった。無論、ルフィのように腕は伸びたりしない。"当たり前"の人間(ヒト)として、相手は腕を後方に引いただけ。

 

「ピストル(銃)!!」

「   」

 

ゴムが伸縮する反動を利用した、ルフィの拳(コブシ)が相手目掛けてとんでくる。ルフィの拳が戻り切る前に、相手が何か――技名――を口走り、後方に引いた拳を開いて、前に出した。突如(トツジョ)、ルフィに向かって強い風が吹いた。

 

「い゙い゙っ?!」

 

ルフィの拳は風に逆らい切れずに押し戻され、体までもが吹っ飛ばされてしまった。そのまま、後方にあった壁にルフィは激突した。

 

「いてて。なんだぁ、さっきのは!?」

 

ルフィに感想を喋らす暇は無い。相手が一気に間合いを詰め、ルフィに拳を振り翳(カザ)した。野性的闘いの勘、というべきか、ルフィは高くジャンプしてかわした。すると、相手は攻撃した右手とは逆の左手でアッパーを仕掛けてきた。

 

「――っ!?」

 

避けれない。ルフィは顎(アゴ)を強打されてしまった。引き続いて連打をしようとした敵だったが、そう易々と攻撃をくらうルフィではない。二度目の拳がくる前に、ルフィは手を伸ばし、マストを掴んだ。そのまま、一気にマストへ飛ぶ。そこに着いてから――何かに気付いたのか――ルフィは大声を張り上げた。

 

「あっ、帽子!!!!」

 

顎への攻撃によるせいか、帽子の紐が切れてしまったのだ。強風により、空(クウ)に漂う麦わら帽子を、ふいに甲板にいる誰かがそれをキャッチした。

 

「サンジっ!!」

「よぉ、ルフィ」

 

帽子を左手に掴んだコックが答えた。

 

「"コイツ"はおれが預かっといてやる。テメェはそいつを倒して、とっとと船に戻りやがれ」

 

タバコをふかしながら、男は言った。

 

「なくすんじゃねぇぞ!!」

 

承諾が前提にある台詞を船長が吐いた。

 

「バーカ、なくす訳ねぇだろ」

 

それに対する男の返事も勿論、快諾。

 互いにニヤリと笑うと、二人はそれぞれの仕事に向かっていった。

ルフィは敵船の船長をブっ飛ばす為に。

サンジは雑魚共の相手をする為に。

 

 ルフィと白コートの男が激突していた頃、此の男――ロロノア・ゾロもまた、敵と激突しようとしていた。

 

 敵対する黒コートの男は武器らしいものを手に持っておらず、だからといって、身に付けてもいなかった。拳(コブシ)が武器なのであろうか?あるいは……。

 

――先手必勝。

 

 ゾロが刀の柄に手を掛けようとした時だった。いきなり、相手がにタックルしてきたのだ。

 普通に考えて、刃物を己(オノレ)の得物とする男に、生身で体当たりをする奴がいるだろうか? 全く持って、酔狂である………‥黒コートの男が常識の範囲にいるのであれば。

 

 その事実に驚愕の表情を浮かべる事なく、逆に"手間が省けた"と思いながら、敵を葬り去るため、ゾロは二本の刀、良業物『雪走(ユバシリ)』と業物『三代鬼徹』の柄に手を掛ける。

 

  双者が激突し、金属音がきつく鳴り響いた。

 

(斬れねぇっ!?)

 

ゾロは二本の愛刀で敵の生身の巨体を抑えていた。

 

(悪魔の実の能力者か)

 

普通の人間ではない事を悟り、剣士は心の内で呟いた。ぐっと体重を掛けてきた相手に、ゾロも負けじと押し返す。だが、その力の媒介(バイカイ)としている刀が軋(キシ)む音がしてきた。

 

―――折られる。

 

そう直感した瞬間、力が緩んでしまったのか、ゾロは相手にはじき飛ばされてしまった。

 

「くっ!!」

 

 すぐさま、ゾロは体勢を持ち直し、両足で立った。そこへ相手の体当たり。ゾロは刀を交差させ受け止めると、床を蹴り上げ、宙返りをするかのごとく、相手の力と自分の力を利用して、二刀と相手の身体(カラダ)を接している点を中心に半円を描くようにして、敵の背後へと着地した。

 

(取った!)

 

振り向く際に、相手の無防備な背中へ刀を振り下ろすが、またもや鋭い金属音がしただけで斬れない。にやり、と敵は笑った。上半身を捻(ヒネ)らせ、副船長はゾロに渾身のパンチをくらわせた。

 

「ぐおっ!!」

 

拳圧で吹っ飛ばされる身体。後方にあった壁に激突することで、その勢いは止まった。

 壁の破片がパラパラと落ちる。剣士はのっそりと立上がると、ペッと血と痰(タン)の塊を吐き出した。

 

「……テメェ、何者だ?」

 

ゾロの問い掛けに男は「ギィヤァハハハッ!!!」と耳障(ミミザワ)りな、人の神経を嫌な意味で刺激するような笑い声で答えた。

 

「ンなもん、教える訳ねぇだろが!」

 

飛び出しそうな勢いでギラつく、敵の瞳に、ゾロは顔全面に不快感を露(アラ)わにした。

 

(何者か分からねぇが……)

 

三本目の刀を取り出した方が良い。敵が斬れない状況を打破するため、剣士が白柄の刀『和道一文字』を抜こうとした瞬間、敵は「抜かさねぇ」と言葉を吐き捨ててから床を蹴り上げ、ストレートパンチをけしかける。ゾロは刀を抜くという動作を止め、そのパンチを二刀で受け流した。

 

 三本目の刀を抜かせるチャンスがないまま、二人の戦闘は続きそうだった。

 

 一方、船長は、というと……。

 

「よっと」

 

マストにぶら下がったままではどうしようもないので、ルフィはマストの上に乗っていた。

 

「こっからだと、よく見えるなぁ」

 

戦闘中だというのに、此の緊張感の無さ。

 確かにルフィの言う通り、高いマストの上からはよく見えた。少し離れた位置にある自船に、此の敵船で雑魚を蹴散らすコックの姿に、二刀で敵と戦う剣士の姿。そして、自分の真下で力を蓄えている様子の敵船長……?

 

「何してんだ? アイツ」

 

ルフィが不思議がって、下ばかり覗いていると、技名かなんかを口走り、相手が信じられない程、飛躍してきたのだ。

 

「げっ!?」

 

ルフィが咄嗟(トッサ)に身を引くと、彼が先程いた場所へ、相手もまたマストに乗ってきた。

 

「何だぁ? さっきのは??」

 

とても素(ス)で飛躍出来たとは思えない相手に対するルフィの素直な感想に「……貴様が死んだら、教えてやろう」と物騒な言い方で相手は答えてきた。その返事に機嫌を悪くしたルフィが言い返す。

 

「お前、アホか。死んだら、教えられる訳ねぇだろ」

 

ルフィは、いつもの不敵な笑みを浮かべながら、更に言葉を続けた。

 

「俺は海賊王になる男だ。"こんなところ"じゃ死なねぇ」

 

―――"こんなところ"。

 

 その台詞が相手の癪(シャク)に障(サワ)ったのか、相手がルフィとの距離を縮(チヂ)めてきた。相手はパンチをけしかけてくるつもりだ。ルフィは避ける為、高くジャンプしたが、  相手はにやりと笑った。

 

 敵のアッパー。だが、それはルフィが高くジャンプしすぎて当たりそうにない。

それもそうだ。相手はルフィに"拳"を当てる気はないのだから。相手が本当にルフィに繰り出したい技は――。

 

「   」

 

不意に相手の拳から、上昇気流が起こった。

 

「うわっ!?」

 

一気に天高く放り投げられるルフィ。風の見えない刃で切り付けられながら、ルフィは上昇気流のてっぺんに来た――掴める物等、何もない宙(チュウ)に。

 

「貴様は海賊王になれない」

 

敵の声がルフィより高い位置で聞こえた。組んだ両手がルフィの前に掲げられる。

 

「なぜなら、貴様は仲間の為に自分を犠牲にすることが出来ても、自分の夢の為には仲間を犠牲にする事が出来ないからだ」

 

何も言い返せないルフィに相手は拳を勢いよく振り下ろした。

 

「ぐわあぁぁっ!!!」

 

疾(ハヤ)い落下音と盛大な激突音と共に、ルフィは船に叩き付けられる。

 

「ルフィ!!」

 

船長の危機に、剣士とコックの声が重なる。

 

「余所見(ヨソミ)してる暇はあんのかよ!?」

「――っ!?」

 

一瞬の隙(スキ)を突かれ、敵の副船長にはじき飛ばされたゾロは壁に衝突した。

 

 ぐらり、と船が揺れた。ルフィが船に叩き付けられたからではなく、ゾロが壁に激突したからでもない。戦闘前からから進行方向に存在していた嵐に近付き過ぎたのだ。大きく上下左右に揺れる船体。何かに掴まって無いと、船から嵐の海へと振り落とされてしまう。

 

「い゙!?」

 

壁への衝撃、船の揺れ。ゾロの腹巻きのフォルダーにしまっていた最後の刀――和道一文字が外(ハズ)れてしまったのだ。船の傾いた方へコロコロ転がっていく刀を、ゾロは慌てて追っかけた。すぐに追っかけようにも、船は酷く揺れている上に甲板は水飛沫で滑りやすくなっているため、上手(ウマ)く走れない。だが、ラッキーな事に、刀は船から落ちる一歩手前の手摺(テスリ)に引っ掛かった。

 

(しめた!)

 

ゾロが甲板を滑るようにして、その手摺へと近付いた。

 

 その刹那(セツナ)、誰かがにやりと笑った。

 誰が笑ったかなんて、笑った本人と内通者にしか分からない。

 

 剣士が刀に手を伸ばした瞬間、つむじ風がピンポイントに起こった。

 剣士が声を上げるのと、刀が荒れ狂う海の上に放り出されたのでは、どちらの方が早かったのだろうか?

 

 手摺を片手で掴み、ゾロはぐっと身を乗り出した。しかし、届かない。

 

 このまま、刀が海へ落ちるのを見送るしかないのか、と思われた瞬間、新しい何かが、ゾロの、刀と荒れ狂う海しか映っていない視界に飛び込んで来た。

 

 金と黒。

その人物は――左手に麦わら帽子を預かっていたため――空(ア)いている右手で刀を捕(ト)らえた。無論、彼は命綱等していない。

 

 引力に逆らえず、嵐の海に落下する体。合わさる視線。

 

「おい、取ったぞ!!」

 

 コックがそう高らかに宣言し終えるのを待っていたかのように、波はサンジをさらっていった。

 

 その瞬間は緩(ユル)やかに流れていったように思われたが、本当に突然の出来事だった。

 剣士は……言葉を失った。

 

「馬鹿な事するんじゃねぇっ!!」

 

 間を置かずに上がった船長の雄叫(オタケ)びに、ゾロの瞳に物が映(ウツ)った。海へ消えた男を掴むため、ルフィは思いっきり片手を伸ばしたが、海に届く前に、何者かに掴まれてしまった。ルフィの腕を掴んだのは、先程、ゾロと闘っていた黒コートの男であった。そして、伸びた腕を掴んだまま、ルフィをぶん回し始めたのだ。

 

「げっ!?」

 

その上、その円周上にいたゾロを巻き込ませ、回す速度は更に増していく。最後の決めとして、ハンマー投げよろしく、相手はルフィの伸びきった腕を勢い良く放した。

 

「うわあぁぁっ!」

「のわあぁぁっ!」

 

だんごになり、回転しながら、二人は飛ばされ、敵船から離れつつあったG・M号の後方甲板の壁に見事に命中した。

 

「な、何!?」

「船長さんに剣士さん!?」

「おいっ、お前ら、何があったんだ!?」

「あれっ? サンジは!?」

 

突然の激突音に、嵐に揺れる自船をどうにかしようと対策していた船員(クルー)達(ナミ・ロビン・ウソップ・チョッパー)が現場に駆け寄って来た。四人が大きく空(ア)いた壁を覗き込んでいると、真っ先に、トレード・マークである麦わら帽子を被っていない船長が出て来た。

 

「くっそ――っ!!」

 

ルフィは他の船員には一瞥も与えずに、そう漏らすと、もう一度、敵船に向かおうと腕を伸ばそうとした。だが、その瞬間、またもや船が揺れた。しかも、その揺れ方は半端ではなく、下手すると完璧に振り落とされてしまうものだった。G・M号はどうにも出来ない程、嵐の中心地にいたのだ。さっきまでのが児戯だったかのように本格的に襲いかかる、波・波・波。

 

「へにゃ~~」

「わわっ!!」

「くっ!」

 

 悪魔の実の能力者である三人組(ルフィ・チョッパー・ロビン)は途端に力を失った。慌てて、ウソップがルフィを、穴から出て来たばかりのゾロがチョッパーを、ナミがロビンを掴んだ。とりあえず、船員(クルー)が船から落ちるのは免(マヌガ)れたが、その船自身が沈没してしまう危険は回避されていない。

 

 私は航海士! だから、なんとかしなきゃ、と心の何処かで困惑する自分を叱咤(シッタ)しながら、ナミは顔を上げた。しかし、その瞬間、航海士は我が目を疑った。

 

「う……そ……。」

 

 視界に飛び込んで来た事実は、彼女を更なる困惑に陥(オトシイ)れさせた。

 それは嵐の中、悠々(ユウユウ)と帆を張り、風の塊(カタマリ)である嵐に引き寄せられる事なく、むしろ逆方向へ船首を向けた敵船の姿が、波の向こうへと遠ざかっていくというものであった。

 

「なんで……?」

 

疑問符が頭の中を占める少女に、再び、塩辛い水が降り注ぐ。

 

 一つの船を飲み込んだ嵐は轟々(ゴウゴウ)と唸(ウナ)り声を、一晩中、上げ続けた。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 嵐が去り(消えたというべきか)、波が平生(ヘイゼイ)を取り戻して来たというのに、未(イマ)だに嵐の渦中のような衝動が冷め止(ヤ)まぬ人物がいた。

 

 ルフィだ。

 

 船長は我が身を顧(カエリ)みずに、海へ飛び込もうとした。

 

「ちょっと、何してるのよ!?」

 

酔狂じみた行為を航海士が慌てて止めさした。だが、船長の次の台詞で更に航海士は慌てる事になる。

 

「サンジが海に落っこちたんだ!!」

 

その衝撃は船員(クルー)中を駆け巡った。

 

「おいっ、どういう事だよ! ルフィ!!」

 

ズカズカと大股で狙撃主が歩み寄った。

 

「分かんねぇ」

 

ルフィは帽子を被り直すような動作をした――主体となる麦わら帽子は彼の頭の上に乗っかっていないけれども。

 

「おれが見たら、サンジが海に飛び込んでいたんだ」

 

おれの麦わら帽子を預かったまま……、と彼らしくない小さな声で、ルフィは最後に付け足した。

 

「嵐の海に自分から飛び込んだのか!?」

 

チョッパーが手を忙(セワ)しなく動かしながら、ルフィの言葉に反応した。

 そんなどよめきの中、静かにその場――前方甲板を立ち去ろうとした男がいた。

 

「ゾロ!!」

 

ナミがその男の名を呼んだ。

 

「うるせぇから、向こうに行く」

 

後方甲板へ視線を向けながら、淡々と剣士は言った。

 

「うるさいって、あんた! サンジ君が嵐に飲み込まれちゃったのよ!! それなのに、あんたは……」

「なぁ、ゾロは知らないのか? どうして、サンジが海に飛び込んだか?」

 

激情に任せて、ゾロに胸倉を掴もうとするナミを人型になって押しとどめながら、チョッパーが訊いてきた。それに対する剣士の返答は、沈黙。視線をこちらに向けもせずに、再び、ゾロが後方甲板を目指そうとした時に「剣士さん、貴方の三本目の刀は?」と今まで静寂を決め込んでいたロビンが尋ねてきた。その質問に答えはしなかったが、ゾロの足が止まった。考古学者の言葉に、ルフィとナミとウソップとチョッパーはゾロの刀達に目を向けた。刀が一つ、ない。

 

「本当だ、ねぇぞ」

「ゾロ、あの刀は?」

 

ルフィとナミが発言した瞬間、ゾロが自分の隣りにあった壁を拳で殴り付けた。穴がまた一つ空いた。

 

「おれに構うな」

 

東の海(イースト・ブルー)の魔獣。

その孤独な時代を彷彿(ホウフツ)させるような一睨(ヒトニラミ)を向けると、黙り込んだ船員(クルー)を残して、剣士は後方甲板へと姿を消してしまった。彼を追っかけていきそうな素振りを見せた船長を考古学者が静かに諫(イサ)めた。

 

「彼の言う通り、構わないであげましょう」

 

 

 

 これで話は冒頭に戻る。

 

 

 

「島が見えたぞ!」

 

 見張り番にもどった狙撃主が大声を上げた。

 

「『フォリー・ベルジェール島』ね」

 

前回の島『ムーラン・ド・ラ・ギャレット』で手に入れたエターナル・ポースに刻まれた文字を見ながら、航海士が言った。

 

「もしかすると、コックさんが流れ着いているかもしれないわね」

 

 Dead or Arive(デッド オア アライブ)(生死に関わらず)。

心の内で思った、非常な接頭語を付け加える事せずにロビンが推測を述べた。

 

「サンジがいるのか!?」

「可能性としては高いわね」

「この島があの嵐のあった地点に一番近いし……」

 

ルフィの質問に二人の女性陣営(ロビン・ナミ)が受け答える。

 

「よっしゃあ、上陸すっぞ!!」

 

可能性があるだけだというのに、船長はコックが居ると断定済みだ。

 

「ゾロは?」

 

チョッパーが今この場にいない男の名を出した。

 

「ほっときなさいよ、あんな奴……と言いたいところだけど、ほっとく訳にもいかないか」

 

ナミが後方甲板へと視線を向けた。

 

「おれが呼んできてやろうか?」

 

見張り台から降りて来たばかりのウソップが話題に首を突っ込んだ。

 

「いえ、私が呼んでくるわ。」

 

珍しい事に、ロビン自らが立候補した。

 

「ロビン?」

 

怪訝(ケゲン)がったチョッパーが口を挟む。

 

「ふふっ。だって、長ハナ君にあんな怖い顔の剣士さんを呼ばせる訳にはいかないもの」

 

ロビンの言う通り、今のゾロは恐ろしく機嫌が悪い。人ひとり、斬りそうな勢いが漂っているぐらいだ。

 

「それじゃあ、ロビン、任せたぞ!」

 

先程の凶悪面(キョウアクヅラ)のゾロを思い浮かべて、ゾッとしたのか、ウソップが素早く、ロビンに託した。

 

「ええ、任せて。」

 

微笑むと、ロビンは流暢(リュウチョウ)な足取りで後方甲板へと歩いて行った。

 

 誓いの刀"和道一文字"が無い事・ゾロが酷く不機嫌な事から、サンジが麦わら帽子だけではなく、刀も持っていってしまったのだと、ナミには予想が付いていた。おそらく、他の船員(クルー)達も分かっているとまではいかなくても、勘付いている事だろう。何かしらトラブルがあって、刀を拾ったサンジが―――いや、刀を拾う為に彼は海に飛び込んだのだろう。我が身を顧(カエリ)みずに……。そう考えると、ナミもゾロではないが、ムカついてきた。ムカツクというより、自分を犠牲にする、彼のやり方に酷く腹が立った。

 

(ドラムの時でも、空島の時でも、どうして、そんな自分勝手な行動を取るのよ? 少しは、された側の方の気持ちも考えてみなさいよ、馬鹿! 今度、会ったら、ビンタをかましてやるんだから!)

 

そんな強がりで今すぐにでも不安に揺れそうになる心を誤魔化しながら、ナミは前方にある島を強く睨み付けた。

 

 

 

 ※ ※ ※

 

 

 

 (理解出来ねぇ)

 

 後方甲板に、自分の腕を枕に寝転びながら、ゾロは思った。空は呪いたくなるような快晴で、剣士を見下ろしていた。

 

(ムカツク)

 

それは空に対して放たれた言葉ではなく、この船に乗っていない人物に対してだった。 アイツが海に飛び込んだ理由が、ちっとも分からないのだ。

 

("アレ"は俺の刀だ。何故、お前がそこまでして取りに行くんだ? 遠回しにおれを馬鹿にしたかったのか? 分からない、判(ワカ)らない。苛々(イライラ)する)

 

それに、とゾロは付け加えて思った。

サンジが飛び込んで来たとき、ゾロは一瞬だけコックと視線が合った。その時のサンジは笑っていたのだ。何で笑っていたのか、ゾロにはさっぱり分からない。

 

(落ちゆくテメェが笑う程、俺は阿呆面をしてたのかよ。滑稽だったってのかよ)

 

そう考えると、ゾロは非常にイラついてきた。

 

(むかつく、ムカツク、むかつく)

 

 何遍も、頭の中で一つの単語を繰り返す。

 

(だが)

 

ゾロは思い返した。その時、コックの見せた顔が、あの笑った顔が何処(ドコ)かで見たような気がするのだ。けれども、それが何処で見たのかが思い出せない。

 

(何処だったか)

 

瞼(マブタ)を閉じながら、ゾロは考えた。

 

 そう考えていると、ブーツの足音が近付いて来た。それが誰の足音だか分かっていたので、ゾロは瞼(マブタ)を開けずに無視する事にした。何かが自分の近くで咲く音がした。

 

………3

……2

…1

 

「ぶはぁっ! テメェッ、おれを殺す気か!?」

 

ゾロは慌てて上半身を起こした。ロビンがハナハナの実の能力を使って、ゾロの鼻をつまんでいたのだ。

 

「あら、ごめんなさい。いつも、蹴りで起こされているから、これぐらいでなきゃ起きないと思ったの」

 

謝っている内容なのに、ちっとも謝りの感情が入っていない口調でロビンが言った。

 

「ンで、何なんだよ?」

 

やっぱり、この女は苦手だと思いながら、尋ねる剣士に「コックさんが流れ着いているかもしれない島が見えてきたから、知らせに来たのよ」と考古学者は淡々と答えた。

 

「クソコックが?」

 

気になる固有名詞に、剣士の眉がひくりと動く。

 

「ええ」

 

短く返答すると、ロビンは後方甲板の手摺を掴み、視線の先をゾロから海に移動させてから、ぽつりと呟いた。

 

「自ら、嵐の海に飛び込むっていうのは、どんな気分がするのかしら?」

 

波は緩やかな単調な動きを繰り返し、数羽のかもめが愚痴っぽく鳴きながら、船の回りを旋回している。

 

「さぁな」

 

興味が無い、関心が無い、とでも言いたげに、ゾロは答えてやった。

 どんな気分だなんて、きっと本人にしか分からない事なんだろう。この船に今は居ない、コックにしか……。

 

 G・M号は、ゆっくりと『フォリー・ベルジェール』島へと近付いていった。

 

 

 

つづく




 オリジナルキャラ

◆リバーシ(男性)船長
逆立てたような黒髪と白のコート。左目下に脳天から顎(アゴ)まで剣で串刺しにされた骸骨(ガイコツ)のタトゥーを入れている。がっしりとしたガタイで肩幅が広く、怒り肩気味。

◆オセロー(男性)副船長
地毛だろうか、オールバックの白髪に黒のコートを着ている。右頬から右目を無視するかのように黒い稲妻の刺青(イレズミ)。がっしりとしたガタイで肩幅が広く、船長リバーシよりも巨体。

※名前は二人とも本編には未登場。
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