【未完】被らない帽子と抜かない刀【ワンピース】   作:千葉 仁史

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5,頭の上にご注意を

 

「次の角は右に曲がって……ちがう、ちがう。そっちの道じゃなくて、"PUB(パブ)(酒屋)"の赤い看板が掛かっている方の道よ」

 

 たくさんの武器――剣やら刀、槍や戟(ゲキ)を乗せた荷台の縁(ヘリ)に座っているリチアが、荷車を引くゾロに指示をする。時折、車輪が小石の上を通ったのか、荷台が大きく上下に揺れた。

 

「おい、ちょっと待て」

 

 荷車を引く力を弱めること無しに、ゾロが尋ねる。

 

「なんで、テメェまで乗ってんだ?」

 

 手を伸ばせば、届く距離だったのだろう。リチアは出店の柱に巻き付く、空向けて高く伸びた蔓(ツル)に触れようとするのをやめ、ゾロに答えた。

 

「当然でしょう? 刀を打とうにも、アナタ、無一文なんだから。店から鍛冶場まで、預かった武器を運んだら、タダで打ってくれるよう、店の主人に頼んだのは、そもそも、このアタシでしょ?」

「だからって、乗る理由にはならねぇだろ?」

 

 振り返ることなく、道の先を見つめながら、ゾロは再び言った。

 

「それとも、なぁに? "旅人"さんは、」

 

 以前の"好きに呼ばせてもらうね"発言により、リチアはゾロのことを"旅人"と呼んでいた。

 

「武器の重さに耐えるのが精一杯で、女の子一人の重さすら、もう耐えられないのかしら?」

 

 その言い草にムカッときたゾロが速度を上げると、後ろの方で小さな悲鳴と金属音があがった。ほんの少しの揺れが大袈裟に荷台を騒がせる。

 

(くそっ、断っときゃ良かったぜ)

 

 握る手を強めながら、ゾロは思った。だが、あの時点――お金を貰い損ねたことに気付いた時点で引き返して、ナミを探すのも、なんて間抜けな話だろう。するより、仕方ない。後ろから、ガンガン声を発する女を無視しながら、ゾロは歩を進めた。

 

「ちょっと、聞きなさいよ!!」

「っ!」

 

 とうとう、我慢できなくなったリチアが槍の柄でゾロの頭を叩いた。

 

「テメェ、何しやがる!?」

 

 ゾロが足を止め、振り返ると、リチアは足をピンと伸ばし、手で荷台の縁(ヘリ)を掴んで叫んだ。

 

「そっちの道じゃなくて、あっちの道!!!」

 

 先程、曲がった分かれ道からは、もう随分と離れていた。

 

 鍛冶――に出す武器を預かる――店は、街のど真ん中にあったクセに、作業場は随分と町外れにあった。

 

「Hallo!」(ドイツ語で"こんにちは")

「おう、リチアか!」

 

荷台からのリチアの挨拶に、作業場の玄関に立っていた、五十代前半らしき男が返答した。

 

「おい、そいつは?」

 

 リチアから、彼女が乗る荷車を引く、見慣れぬ緑髪の若者に視線を移しながら、男が尋ねた。

 

「ああ、この人は"旅人"さん。文無(モンナ)しだけど、刀を研(ト)ぎに出したいそうだから、運送の仕事をしてもらったのよ」

 

 踵(カカト)でコツコツとリズム良く荷台を鳴らしながら、リチアが説明する。その振動に、ゾロは隠すことなく眉間に皺を寄せた。

 

「すまねぇが、荷車はそこに置いといてくれ。後はこちらの若い衆がやるから」

 

 男はゾロにそう言うと、その"若い衆"を呼びに行った。ゾロは荷車から手を放し、肩を回した。流石に、ずっと、同じ姿勢、同じ力の入れ方は堪(コタ)える。後ろでリチアが「ご苦労さま」と言って、ピョンと飛び下りる音がした。ゾロが首等を回してる間、リチアも槍と細長い麻の袋を手に持ったまま、ぐっと伸びをした。それから、ものの数十秒もしないうちに、男が呼びにやったとおぼしき若者が三人来て、二人が引き、残りの一人が押すような形で荷車を運んで行った。

 

「アンタ、かなりの力持ちなんだな。うちの若い衆でも運ぶのに苦労してやがる」

 

 ゆっくりとした荷車の歩みに、戻って来た男がゾロに呟いた。

 

「……刀をみてもらいてぇんだが」

 

 会話を繋げようともせずに、単刀直入に目的を告げるゾロに、男は顔をしかめ、「いつもリチアの横にいるヤツと、大して変わらねぇな」とぼやいた。

 

「彼と相方の分はまだ手続きをしてないの。やってくれるかしら?」

 

 そんな独り言を、リチアは完全にスルーする。

 

「へいへい、了解」

 

 男は頷くと、事務室へと歩き始めた。それにリチアが続くと、黙って、ゾロもついて行った。

 

 カランカラン、とドアベルが可愛らしく鳴った。最初に入って来たのは、初老の男で、次に金髪の少女、緑髪の若者と続いた。事務室といっても、野郎共の住家を形容したような空間だった。作業場が近いせいか、そう遠くないところから、研ぐ音や叩く音、金属音が響いてくる。山積みとされた資料やら何やらをどかしながら、男がカウンターに入ると、一端の店の主人と化した。ゾロが何かを言う前に――。

 

「手続きの前に、まずはアタシの槍」

 

 リチアが言葉を放っていた。はい、とリチアが差し出したオレンジ色の丸いプレートを主人は受け取ると、そこに書かれた数字を呟きながら、部屋の奥に消えていった。

 

「何でも良いから、今のうちに四桁以上の数字を考えた方が良いよ」

 

 リチアがカウンターに麻の袋と槍を置くと、ゾロに渡した時と同じように金属音が二つした。

 

「何でだ?」

 

 威圧的に後ろに立つ男に、リチアは振り向きもせずに、相変わらず汚いなぁ、この部屋、とぶつぶつ言いつつ、散らかった紙を適当にまとめながら、「ここの鍛冶屋は暗証番号が必要なの。だから、誕生日でも何でも良いから、考えといてね」と答えた。暗証番号か、とゾロが考えていると、主人が一本の槍を持って戻って来た。主人の手の内にある、真銀の輝きを備えた槍が店内の明かりに反射する。

 

「あ、アタシの槍!」

 

 せっかくまとめた書類を投げ落とし、リチアがカウンターを挟んで向こう側にいる主人から、槍をひったくろうとした。だが、主人が身を引いたので、彼女の手は見事に空をきってしまった。恨めしそうに見るリチアに、主人は「暗証番号は?」とだけ訊いた。

 

「1,999(千九百九十九)」

 

 ぶっきらぼうに、リチアは答えると、主人から槍をパッと受け取った。

 

「わぁ、軽い! やっぱり、この槍が一番ね」

 

 振り回したくて振り回したくて、仕方のない気持ちを抑えながら、リチアは槍を両手に掴んで、頭上に掲げたりしている。コロコロと気分が変わる少女を見て、(ガキか、コイツは)とゾロは心の中で呟いた。

 

「代わりの槍に無茶ぁさせなかっただろうな?」

 

 カウンターに置かれた、鍛冶に出した、リチアの槍の代わりに貸した槍を回収しながら、主人が尋ねた。

 

「全然(ゼンゼン)! 相方みたいに折ったりしないよ、アタシは」

 

 リチアが槍を片手に持ち代えて、回答する。

 

――相方?

 

 その単語にゾロは引っ掛かりを覚えた。

 

「……んで、コイツが相方の剣か」

 

 主人は、カウンター上にある、リチアが持って来た、麻の袋から剣を取り出した。くっきりとした赤鞘の、黒柄の剣だった。

 

「代わりの剣はいらないってさ」

「当然だ、今まで何本折られたと思ってやがる?」

 

 リチアの台詞に、怒気で答えながら、主人はゾロに手を出した。

 

「ホラ」

 

 リチアが肘鉄でゾロを促す。ゾロは腹巻きのストックから、刀を二本、主人に手渡した。

 

「随分、良い刀だな。業物かなんかか?」

「そんなところだ」

 

 早く手続きとやらを済ましたいゾロは主人に簡潔に答えた。すっ、と主人が黒鞘の刀『雪走』を引き抜いた。ふぅん、と呟き、雪走を鞘に戻すと、今度は紅鞘の刀『三代鬼徹』を引き抜いた。またも、ふぅん、と呟くと、リチアの相方の剣を引き抜いた。そこでの感想も、やっぱり、ふぅん、だけだった。音を立てないように、カウンターに三つの武器を置くと、「どいつもこいつも、乱暴に使いやがって」と顰(しか)めっ面で主人が小言を言った。もっと丁重に扱え、と主人がぼやくのを、リチアは"知らない"と言わんばかりに目を逸らし、ゾロは"とっとと手続きを済ませろ"と言いたげに眉間に皺を寄せることで答えた。

 

「……で、暗証番号は――」 

「1,111(千百十一)」

 

 主人に皆まで言わす前に、ゾロがぶっきらぼうに答えていた。一応、客の手前、不快感を顔に出さないようにしながら、カウンターの引き出しから出した紙にその数字を主人は書き込み、針金でその紙を二つの刀にくくり付けた。

 

「リチア、相方の暗証番号は?」

「10,000,000(百万)」

 

 主人の問い掛けに、あらかじめ用意されていたかのような数字をリチアは答えた。

 

「……10,000,000(百万)?」

 

 ゾロがその奇妙な数字を復唱する。確かに、暗証番号は四桁以上の数字と、リチアは言っていたが、10,000,000(百万)とは指定の桁数を随分とブっ飛ばした数字ではないか。

 

「10,000,000(百万)は、相方の代名詞みたいなものだからね」

 

 ゾロに視線に気付いたリチアが言った。

 

「代名詞か、そりゃ違いねぇ!!」

 

 主人がガハハと笑って頷くが、ゾロにはさっぱり分からない。

 

「くくく……っ、ほらよ」

 

 笑いを抑えながら、主人はゾロとリチアに青色の円いプレートをそれぞれ放り投げた。ゾロのプレートには『O-97』と黒文字で記入されてあった。

 

「引き換えは明後日の朝からだ。テメェらが最初に行った支店に届けるから、そこで受け取れ。……そうそう、そのプレートと暗証番号を忘れんじゃねぇぞ。忘れちまったら、永遠に引き換え出来なくなるからな」

「明後日? 随分、時間が掛かるな」

「当然よ」

 

 ゾロの疑問に、リチアが主人の代わりに答えた。

 

「傭兵ことクラウンがいるから、他の島と違って、鍛冶屋の利用頻度が高いからね」

「全く持ってその通りだ。おい、"ユー"とソイツの支払いは?」

 

 ――ユ'ウ'?

 

 主人の台詞に、今初めて、ゾロはリチアの相方の名前を知った。

 

「旅人さんは肉体労働で払うし、相方からはコレ」

 

 主人に幾つかのベリー札を渡しながら、リチアが何かを耳打ちした。

 

「へへっ、毎度ぉ! それじゃ、準備をしてくるからな」

「頼むね」

 

 リチアの台詞を受け取ると、主人は預かった武器を持ってカウンターの奥へと消えていった。その後ろ姿を見て、用は済んだな、と帰ろうとするゾロの腹巻きをリチアが引っ張った。ゾロが怪訝そうな顔でリチアを睨み付けると「代刀、いるでしょ?」との一言。ゾロがうんともすんとも答えない内に、リチアはカウンターを飛び越え、代刀を入れた棚を物色していた。

 

「二本差してたってことは、やっぱり二本いる? それとも、三本?」

 

 リチアの台詞の後半はふざけたような口調だった。

 

「いや、一本で良い」

 

 ゾロの返事に、リチアが手を止めて振り返った。

 

「一本で良いの?」

「二本使えるんなら、一本使えるのも当然だろ」

「大は小を兼ねる、ってヤツ?」

 

 リチアがゾロに一つの刀を手渡した。その黒塗りの刀を引き抜いてみた。刃の煌(きら)めきは、あんまり良くない。

 

「数打ち(かずうち:大量生産された粗末な刀)だから、アナタのよりもだいぶ劣るけど、無いよりマシでしょ」

 

 ゾロが心の内に思ったことを、リチアが口にした。ゾロはそれには何も答えずに、代刀を腹巻きに差しただけだった。

 

「アナタも、"ユー"みたいに代刀を折らないように気をつけてね。でないと、罰金が課せられるから」

 

 ひょいっとカウンターを飛び越えながら、リチアが忠告した。

 

「ユ'ウ'?」

 

 本題とは別のことに、ゾロの興味が引かれた。

 

「"ユー"ってのは、アタシの相方の名前よ。正式には、ユー・」

 

 その瞬間に忙(セワ)しくドアベルが鳴り、リチアの声をかき消した。扉が開いたかと思うと、先程の男が顔を出していた。

 

「よぉ、リチア。準備は終わったぜ」

 

 何故か汗をかいている男に、リチアは「ありがと!」と言うと、ドアへと向かった。これで、俺も晴れて自由の身だな、そう思っているゾロの横を素通り際に、リチアは再び腹巻きを引っ張った。眉をひそめる剣士に、リチアは「旅人さんには、まだ用があるのよ」と笑った。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

「一つ聞いて良いか?」

「んー?」

 

 ゾロの問い掛けに、リチアは足をパタパタと揺らした。

 

「なんで、テメェまで乗ってんだ?」

 

 たくさんの武器を乗せた荷車を引きながら、ゾロは行きと同じ台詞を一息に告げた。坂道に差し掛かったので、握る力を強め、大きく踏み出す。

 

「当然でしょう? アナタが出した刀は二本なんだから。"行き"だけで二本も打ってもらえるなんて、大間違いよ」

 

 リチアも似たような台詞を吐き、縁に座りながら、荷車の側面を足でリズム良く鳴らした。

 

 そう、事務所の外に出たゾロを待っていたのは支店に運ぶ、手入れのし終わった武器を乗せた荷車だった。"準備"とは、このことだったのか、とゾロは勘付いたがもう遅い。結局、ゾロは最初に訪れた支店から鍛冶場まで往復で荷車を押すことになってしまったのだった。

 

「しかも、アナタ」

 

 リチアが足を鳴らすのをやめた。

 

「一人じゃあ、最初の支店まで迷わずに行けないでしょ?」

「テメェ、人を馬鹿にすんのも大概にしろよ」

「でもね、旅人さん。そちらの道じゃ、最初の場所まで行けないんだけど」

「……」

 

 ゾロは黙って、リチアに従うほかなかった。

 

 坂道が平坦な一方通行の道に変わる頃には、ゾロの気持ちはだいぶ落ち着いてきた。リチアにいたっては、カラフルな服を来た後輩たちや知り合いを見つける度に手を振って、挨拶したり、鼻歌をハミングしたりしていた。これが数刻前に大の大人を倒した少女とは、とても思えない。

 

「……いつも、そうなのか?」

「何が?」

 

 ゾロの急な質問に、リチアは挙げた手を下ろしながら、動じること無く反応した。

 

「ゴロツキを薙(ナ)ぎ倒したり、見知らぬ人を案内したりすること、だ」

 

 顔を見もせずに、ゾロは言葉を続けた。

 

「まぁね」

 

 涼しげな風がリチアの返事をゾロの耳へと運んだ。金色がなびき、萌葱色がざわめいた。

 

「この町・エディンバラの治安を壊す者を除外することも、迷子さんを案内することも、私たち・クラウンの仕事だし」

「その"迷子さん"に、こうして仕事を与えるのもか?」

 

 "迷子さん"発言に気を悪くしながら、ゾロは同じ言葉を使って、リチアに返してやる。

 

「まさか」

 

 リチアが何かしらのリアクションを起こしたのか、荷台が揺れた。

 

「誰が、鍛冶に刀を出したいけど、1ベリーもない奴に仕事を与え、付き合うっていうの?」

「じゃあ、してるテメェは何なんだよ?」

「さぁ、何でしょうね?」

「"さぁ"ってなぁ……。自分(テメェ)自身のことだろ。それなりに理由があるんじゃねぇのか?」

「……じゃあ、その理由は?」

「俺が知る訳ねぇだろ?」

 

 傭兵と剣士の間を、質問を質問で返す会話が飛び交う。

 

「……答えは簡単よ」

 

 リチアがぽろりとこぼれ落ちたかのように言った。夕暮れ時のせいか、出店は片付けられ、人の姿は見られなかった。赤い空間の中、剣士と傭兵の二人きりだった。

 

「アタシがアナタに気があるから」

「なんでだ?」

 

 行く先だけを見ながら、考えもせずに、ゾロはリチアに尋ねていた。それは丁度、パブの横を通ろうとした時だった。リチアはこれまでの声と同じトーンで喋り始めた。

 

「それはね、アナタが……」

「よぉう、リチア、仕事サボって、男をたらしこんでんのか?」

 

 リチアの台詞に被るようにして、誰かが発言してきた。声の出所をゾロは探した。

 

 いた! パブの軒下に少年が三人たむろっていた。それぞれ、赤・青・黄と信号機みたいな髪色をしており、三人とも、動きやすそうなカラフルな服を着ているので、クラウンに間違いないだろう。先程の台詞は、その三人の内の一人である赤髪の男子が発言したものであった。

 

「あら! アナタたちは剣の修行をサボって、お喋りの修行中かしら?」

 

 リチアが荷台の縁に立ち、相手を見下す形で言い返した。

 

(……かなりの毒舌だな)

 

 荷車を止め、リチアの口喧嘩に付き合うことをなってしまいながらも、ゾロは心の中で呟いていた。

 

「じゃあ、リチア、お前は男をたらしこむ練習中ってか?」

 

 先程とは異なる、青髪の少年の発言に、残りの二人がどっと笑い出した。

 

「……そんな練習、傭兵であるアタシには必要ないわ。アナタたちが極めている"無意味な"お喋りの修行もね」

 

 リチアが冷静なままで切り返す。

 

「だから、アナタたちは、いつまでたっても"弱い"のよ。武術も精神面においても。アタシに何一つ敵いやしない」

「ンだと、コラァ!!」

 

 一番目の赤髪の男が激昂する。

 

「あら、図星だったのかしら? ごめんなさいね、本当の事を言っちゃって」

 

 刺(とげ)のある言葉を連発する金髪少女に、ゾロは誰かと重なった。

 

(テメェら“二人”も十分、お喋りの修行とやらをやってるじゃねぇか。)

 

「アナタたちの無意味なお喋り修行に付き合う程、アタシは暇じゃないの。行きましょ、旅人さん」

 

 顔から湯気が出るんじゃないか、と思われる程、顔を赤くする少年たちを尻目に、リチアがゾロに荷車を進めるよう指示する。

 

(仕方ねぇな)

 

 ゾロが腕に力を込め、荷車を進めようとした時だった。

 

「確かに、女にゃお喋りの修行はいらんわな。女はお喋りが専売特許で、男は武術が専売特許。アンタの言う通り、道に外れたこと、しちゃあ駄目だよな。俺らも、そして、アンタも」

 

 今までずっと黙っていた三人目の黄色い髪色の男の言葉が後ろから聞こえてきた。

 

「分からないの?」

 

 荷車は動いているというのに、座りもせずにリチアが再び少年たちに言い放った。

 

「男や女なんて関係ない。強い者が弱い者を守れば良いの。守られたくない弱い者は強くなれば良い、ただ、それだけのことよ」

 

 一気に言うと、リチアは少年たちに背を向けた。もう何も言いたくないらしい。少年たちもぶつぶつ言い合うだけで何も言い返さない。

 

(やっと、進めるな)

 

 ゾロが思ったと同時に、リチアがダンッと足を鳴らした。

 

(何だ?)

 

 振り返ったゾロが見たのは、少年たちを射殺しそうな勢いで睨み付けるリチアの姿だった。怒りの感情が顔だけでなく、体中から表れている。さっきまで、何を言われても、飄々(ヒョウヒョウ)としてたのが嘘のようにさえ感じられる程、少女はキレていた。

 

「今、なんて言った?」

 

 リチアが感情に邪魔されながらも、絞り出すように声を出した。どうやら、少年たちのボソボソ声がリチアの逆鱗に触れたらしい。少年たちは答えない。

 

「今、なんて言った!?」

 

 リチアは、怒りを露わにした大声で、もう一度、問い詰めた。

 

「へっ、何なら言ってやろうか」

 

 吹っ切れたように、三人目の男が答えた。

 

「アンタに背中を預けている"ユー"は、かなりの"ど阿呆"だって、言ったんだよ!」

(ユ'ウ'といやぁ、この女の相方じゃねぇか)

 

 ゾロが思っている間、リチアは何も言い返さない。言い出した男子に嫌な意味で勇気づけられる形で、残りの少年たちも次々に台詞を放った。

 

「"腑抜け"もあるだろ」

「"大莫迦者"も忘れんなよ」

「それじゃあ、"ど阿呆"と同じじゃねぇか」

「ハハッ、そうだな」

 

 リチアの相方を罵倒する言葉が際限無く飛び出して来る。

 

(……何か、起こるな)

 

 ゾロはリチアの目の色が変わったような気がした。ヒュン、と槍を回す音がした。少年たちの会話は止まらない。

 

「だってよ、あの二人は……」

 

 次の瞬間、リチアは少年たちの方に向けて槍を投げ飛ばしていた。

 

「ひっ!?」

 

 少年たちは思わず声をあげたが、槍は彼らよりもだいぶ上に向けられていた。ビビった自分が馬鹿らしくて、それを追い払うかのように少年は叫んだ。

 

「こンのド下手クソめ! 何処、狙って……」

 

 槍が何処かに刺さる音がし、落下音がした。

 

「ヒッ!?」

 

 悪口を散々叩いた少年たちの足下に、パブの赤い大きな看板が落ちて来たのだ。頭上から顔面スレスレで落下し、自分たちの目の前の地面に突き刺さる看板に、当たりこそはしなかったが、少年たちは驚きと恐怖から情けない悲鳴をあげた。

 

「頭上注意」

 

 壁に突き刺さる槍の持ち主が言った。

 

「自分たちの居る場所さえ掴めてないなんて、クラウン失格ね」

 

 冷静なリチアの声が響き渡る。

 

「アタシを前にして、アタシを馬鹿にするのは別に良いの。幾らでも言い返してやるから。でもね」

 

リチアが、パシンッとグーにした手の平をパーにした手の平にぶつけた。

 

「相方の悪口を言うのは許さない」

 

 リチアの瞳は、怒りで煮えたぎっていた。

 

「本人を目の前にせずに、この場にいない奴をけなすなんて、だからこそ、アナタたちは"弱い"のよ」

 

 リチアの言葉はとどまらない。

 

「どうせするなら、本人を目の前にして言いなさい。そして、言った言葉を実行してみなさいよ。……それが出来なくて、アタシの目の前で相方を愚弄するのなら」

 

 今までのどれよりも大きく、リチアが足を鳴らした。

 

「自分たちが入る棺桶を用意してから来なさい」

 

 リチアの瞳も声も気迫も、全て本気だった。少女に恐れおののいた少年たちは、恐怖で呂律の回らない言葉を口々に叫びながら、何処かへ走りさってしまった。

 

「……ふぅ」

 

 少年たちの最後の一人まで見えなくなるのを確認すると、リチアは、トスンと縁に座り込んだ。

 

「行って、旅人さん」

 

 疲れた声質でリチアが言った。

 

「……良いのか?」

 

 ゾロは荷車を動かそうともせずに、リチアに訊いていた。

 

「いいのよ、あんな奴等。何も出来やしないんだから」

「いや、そうじゃなくて……」

 

 ゾロは言った。

 

「テメェの槍のことだ」

「あ」

 

 パブの壁に突き刺さった槍は夕日に反射して、その存在を静かに主張していた。

 

 

 

つづく

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