【未完】被らない帽子と抜かない刀【ワンピース】   作:千葉 仁史

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6,いつか光のさす方へ

 プチトマトとパセリとブロッコリーとレタス。

 

「ナミっ、いらねぇのか? だったら、俺がもらうぞ!」

 

 ナミの皿にあるサラダの残りを見つけたルフィが手を伸ばしてきた。

 

「待って、ルフィ! 今から、説明に使うから、これは食べちゃ駄目なの。……はい、みんな、注目!」

 

 その手を払い除(ノ)けながら、航海士は他の仲間を呼び集めた。ウソップとナミが、フォリー・ベルジェール島の町、エディンバラで調達した惣菜や肉やパンがラウンジのあちこちに散らかっている。食べ終わったばかりの船員(クルー)は、いつもとは一人足りないテーブルについていたが、ナミの呼び掛けにすぐに反応を示した。

 

「今から、この島、フォリー・ベルジェールについて説明するから、ちゃんと聞いてね」

 

 ナミは器用にフォークでサラダの四つの残りを皿の縁(フチ)へと時計盤のように追いやった――パセリは十二時に、ブロッコリーは三時に、レタスは六時に、プチトマトは九時という具合に。

 

「此の島を皿に例えると……」

「皿は島じゃねぇぞ」

 

 ナミの話をぶったぎって、ルフィが茶茶を入れる。

 

「だから、例えなんだって」

「皿は島じゃねぇぞ」

「だーかーらー、例えだって、」

 

 同じ台詞を言い、更に茶茶を入れようとするルフィの耳をナミは引っ張ると、「言ってるでしょうが!」と直接、大声で耳に前置きを送り込んだ。

 

「頭がくらんくらんするぅ~」

 

 送り込まれたルフィは耳を押さえながら、頭を左右に降った。

 

「いい? みんな、よく聞いてね」

 

 他ならぬ説明者自身のせいで、聞けない状態になってしまった船長を放って置いて、航海士は喋り始めた。

 

「私たちが今、滞在している、この島の名前は"フォリー・ベルジェール"。別名、"新緑の島"と言われてるの」

「"新緑の島"?」

 

 首を傾げた拍子に、トレードマークのピンクの帽子が落ちないように押さえながら、チョッパーが鸚鵡(オウム)返しした。

 

「そう、"新緑の島"」

 

 ナミが確認するかのように、再度口にした。

 

「この島は春島と夏島の中間のような気候を保っているの。私たちの季節感で言うと、五月ぐらいに当たるのかしら? 夏のように暑くなく、春のように暖かくもないから、ちょうど過ごしやすい気候なのよ」

 

 ナミの説明の単語の一つ一つに、チョッパーは頷いた。

 

「そして、その気候をうけて貿易港が出来上がった。それが、この島の町"エディンバラ"よ」

 

 ナミがフォークで、皿を時計に例えて、六時の位置に置いたレタスを指した。

 

「ウソップとゾロと行ってみたけど、市などが出てて、結構賑わってたし、治安も良かったわ」

「海軍がいないのにね」

 

 航海士の説明を補うようにして、考古学者が発言してきた。

 

「ロビン! フォリー・ベルジェール島のこと、知ってたの?」

「この島にロビンは来たことがあんのか?」

 

 だったら、なんで行ってくれなかったのよ! と言いたげなナミに続くようにして、ウソップが問い掛けてきた。

 

「いいえ、私はこの島に来たことはおろか、この海域には来たことすらないわ」

「だったら、なんで……、」

 

 呟くナミに、ロビンが説明した。

 

「新緑の島、フォリー・ベルジェールは、海賊の中では恐れられている島なの」

「なんで?」

 

 しっかり会話についていこうと、チョッパーが尋ねた。

 

「やっぱり、"クラウン(庸兵)"がいるからか?」

 

 ウソップの質問にロビンが白か黒か言い渡す前に、

 

「なんだ? "くらうん"って喰えるのか?」

 

 ルフィのお決まりな発言が飛ぶ。

 

「ルフィ……、どうして、アンタは全てを食べ物と直結させるの?」

 

 そう言いながらも、ナミはルフィに、ウソップはチョッパーに"クラウン"が何であるか(ルフィに関しては、"庸兵"の言葉の意味を知っているかどうかすら怪しい)を説明した。その間、ロビンは空っぽになったカップを見つめていた。そのカップに目敏(めざと)く気が付いて、コーヒーを注いでくれる人は、今、この場にはいない。

 

(自分で注ぐしかないわね。)

 

 立ち上がろうとするロビンに一つの影が差した。影を目で追うと、無口さが増した剣士がコーヒーを注ごうとしてくれていた。

 

(アラ、珍しい。)

 

 不似合いな行動を起こすゾロに、ロビンはいつもの微笑みを忘れていた。コーヒーを注ぎ終えると、ゾロはわざと音をたてるとようにして座った。周りを見ると、皆一様にポカンとしている。

 

(それって、ある意味、失礼に当たるのじゃないかしら)

「ありがとう」

 

 いつもの微笑みを取り戻すと、ロビンはカップに口をつけた。一口だけ飲むと、"クラウン"が何たるかを理解した仲間に話し始めた。

 

「フォリー・ベルジェールのエディンバラは昔から貿易港として栄えていた。だから、よく海賊の略奪の標的とされたの。勿論、海軍はいたけれど、彼らは街を海賊から守る代わりに、法外な関税を強いて、それを緩めたい商人からの賄賂や貢ぎ物を平然と行っていたらしいわ」

「昔から、そーゆー最低な奴等はいるのね」

 

 何かを連想したのか、ナミが心底嫌そうな顔をして呟いた。テーブルの下で、膝の上で拳を握り締める力が自然と強くなる。続きをいいかしら? と視線を向ける考古学者に、航海士は黙って頷いた。

 

「今から、二十七年前、強大な海賊がエディンバラを襲ったの。事前からそのことを察知していた海軍は街を捨てて逃亡。エディンバラは一夜にして壊滅してしまった」

 

 部屋にあふれる沈黙を退(しりぞ)けるようにして、ロビンは話を続ける。

 

「海賊から街を守ってくれるからと、今までの海軍の横暴に閉口していたけれど、海軍は街を守ってくれるどころか、自分たちの身しか考えてなかった。海賊が去った後の街跡で、街の人々は一つのことを決意したの」

 

 ロビンが沈黙を一つ吸い込んだ。

 

「海軍が頼りにならないのなら、自分たちで自衛組織を作れば良い」

 

 誰かがゴクリと喉を鳴らす音がした。ロビンの話はまだ続く。

 

「街の人々は島に帰って来ようとした海軍を追い払うと、汚職や賄賂が飛び交う海軍に嫌気がさして辞めた、名のある格闘家たちを呼び寄せ、その人たちを師にして、今回の事件で親を失った子供たちを中心に傭兵の育成を始めたのよ」

「でもよぉ。それだけだったら、海賊がこの島を恐れる理由にはならねぇんじゃないのか?」

 

 話の切れ目に差し掛かったところで、ウソップが疑問を提示した。

 

「そうね、長ハナ君の言う通り。だけど、この話には続きがあるの」

「つづき?」

 

 話の流れにちゃんとついていってるかどうか怪しい船長が、一つの単語を繰り返した。

 

「そう、傭兵の育成を始めてからも、エディンバラは度々(タビタビ)海賊に襲われたけれど、まだ力のつけていない海賊だったから、どうにか追い払えてきたの。でも、その事件から八年後のある日、数千ベリーの賞金が懸けられた海賊が数艦、この街を襲撃した」

「ちょっと待って!」

 

 ナミが話にストップをかける。

 

「まさか、クラウンはその海賊を……」

「一夜で全てを倒してしまった」

 

 言いかけのナミの言葉に、ロビンが結末を加えた。

 

「……それからよ、海賊がこの島を避けるようになったのは」

 

 でも、こんな明るい島だったなんてね。

 そんな締めくくりで、ロビンのエディンバラの説明の幕は閉じた。

 

「じゃあ、おれら、とんでもない島に来ちまったんじゃねぇのか?」

 

 今日の白昼、その傭兵である少女の力量を目の当たりにしたウソップが、声を震わせながら呟いた。

 

「……バレなきゃ大丈夫よ、」

 

 ――多分。

 その言葉を付け加えたいのをナミは堪(コラ)えた。

 

「傭兵のことも分かって来たし、今からこの島、フォリー・ベルジェールの地理を教えるわ」

 

 重くなってしまった空気を振り払うかのように、極力明るい声でナミが言った。

 

「この皿をフォリー・ベルジェール島に置き換えると、ココがエディンバラに当たるの」

 

 ナミが、皿を時計盤に置き換えたところの六時の位置に置いたレタスをフォークで指した。次にナミは、一同の視線が集まる皿の九時の位置に置いたプチトマトを指した。

 

「ココが『ザ・タワー』。クラウンたちの本拠地。分かってると思うけど、行こう! なんて思わないでね」

 

 時計回りに、今度は十二時の位置にあるパセリをフォークでつついた。

 

「ココは『アルカトラズ』。捕まえた奴が送られる牢獄よ。聞いたところによると、月一ぐらいに海軍がやって来て、罪人の受け渡しを行うらしいから、あんまり近付きたくない場所ね」

 

 三時の位置にあるブロッコリーに、フォークが向けられる。

 

「ココは『セント・ヴィクトワール山』。岩山なだけで、特に目立ったものはないわ」

 

 最後にナミは何も置かれてない、三時のブロッコリーと六時のレタスの間にフォークを置いた。

 

「そして、GM(ゴーイング・メリー)号のある場所はココ。これで終わりだけど、何か質問はない?」

 

 その発言にチョッパーがぐいっとテーブルに身を乗り出した。

 

「なぁ、ナミ。"ココ"はどうなってんだ?」

 

 そう言って、船医が指差したのは、何も置かれていない、皿のど真ん中で。

 

「そこは"荒野"。この島の中心部になるけど、荒れ地が広がってるだけで本当に何もないわ」

「"緑島(みどりじま)"なのにか?」

 

 今度は、ルフィがツッコんでくる。

 

「確かにそうなんだけど。新緑があるのは沿岸部だけみたいなの。……にしても、ルフィ」

 

 ナミがルフィに視線を向ける。

 

「"緑島"じゃなくて、"フォリー・ベルジェール島"。島の名前ぐらい、ちゃんと覚えときなさいよ」

「別にいいじゃねぇか。"緑島"で」

 

 それにこっちの方が言いやすいし、短い! と力説する船長に航海士は溜め息を吐いた。 少しずつだが、いつもの喧騒が戻りつつあるなか、ゾロはキッチンのシンクを見つめていた。 遮る"モノ"がなく、ポジションの空いているシンクに、キッチンの明かりが反射する。その反射してきらめく白い光を、何処かで見たような気がして、剣士は今日の夕方の記憶を無意識の内に手繰(たぐ)り寄せていた。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 

「……そういえば、アナタ」

 

 棒飾りを頭に付けた金髪少女が振り返った。

 

「自分の船の場所まで帰れるの?」

 

 一人で、とリチアはその台詞の最後にそう付け加えた。鍛冶屋の支店に武器を運び終わり、店から出た瞬間にそう尋ねられたゾロは無言で答えるしかなかった。

 

「帰れないんでしょ?」

 

 ゾロの迷子癖を発見した少女が問い詰める。夕日が当たって、彼女の金髪が更に色濃く見えた。

 

「……帰れる」

 

 何の根拠も無いのに、男の意地がゾロにその言葉を吐かせた。

 

「本当に?」

「馬鹿にするな」

 

 人気の少なくなった道を歩き出す剣士に、傭兵は再度、問い掛けた。

 

「なんか目印はあるの?」

「山があった」

 

 やま……。

 背を向けながら答えるゾロに、リチアは首を傾げた。そして思い出したように駆け出すと、ゾロの背中を強く叩いた。急なことに不平を言うべく振り向いたゾロに、リチアは言った。

 

「その山って、『セント・ヴィクトワール』のことでしょ? そのまま歩いて行っちゃったら、アナタ、『ザ・タワー』に行くハメになるっての!」

「……」

 

 ゾロは黙って彼女の道案内を譲受するしかなかった。

 

 

 

「疑わねぇのか?」

 

 ゾロがリチアにそう尋ねたのは、家路につく子どもたちと擦れ違うように歩いているときだった。

 

「何を?」

 

 首を傾げることなく、問い返す少女にゾロは言った。

 

「……おれのことだ」

「何を今更」

 

 船を港に停泊させず、町外れに自船を停めた男にリチアがそう返した。

 

「アタシ、最初に言ったでしょう? 『名前が知られたら困るご身分なんでしょ』って」

 

 初めて出会ってからの、あの凛とした態度は相変わらずで。

 

「海賊を捕まえるのは海軍の仕事で、私たち・クラウンの仕事は街の治安を乱す者を排除すること。なのに、どうして、"この街で何もしていない海賊"を捕まえて、海軍に貢献しなくちゃいけないの?」

 

 その台詞は、まるで海軍よりかは海賊の方を重んじているかのようだった。

 

「……エディンバラはね」

 

 リチアが頼まれてもいない説明を始めた。

 

「街で暴れないなら、別に海賊が来ても構わない街なの。それに、海賊なんて、イチイチ相手にしてたら、キリがないじゃない。そうでしょ?」

 

 先に角を曲がったリチアを見失わないように、ゾロも早足で曲がった。

 

「それにね。もし、そうでなかったら、アナタ、とっくのとうに"アルカトラズ"行きよ」

 

 手持ち無沙汰(ブサタ)にパレードで回(マワ)されるバトンのように、リチアが槍を回した。

 

「港も、海賊船が停まっても構わないけど、その代わり、ちゃんと、ベリーは必要だからね」

 

 返事が返ってこないことを良いことに、リチアは一方的に喋り続ける。

 

「ログが溜まる日数、預かってくれるし、クラウンが責任持って見るから、まぁ大丈夫よ」

「どうだか」

 

 今までずっと黙っていたゾロが話し出す。

 

「そう簡単に、おれらはクラウンを信用する訳にはいかないからな」

「でも、仮にアナタが予想している事態になっても」

 

 どうなるのか、少女は具体的に言わずに話を切り出した。

 

「自信はあるでしょ?」

 

 彼女は笑って言った。

 

「絶対に負けない自信」

 

 敵になるかもしれない男に向けられる、言葉と表情の矛盾。変な冷たさを感じた理由(ワケ)は、太陽が完全に暮れてしまったせいにしたかった。

 

「……そう言うテメェも随分、余裕そうじゃねぇか」

「そうかしら?」

 

 リチアは道の先に目をやりながら、呟いた。

 

「アタシも相方も、強い相手と戦うのが好きなだけよ」

 

 相方……、確か『ユウ』と言ったな。よっぽど、コイツに似たような“女”に違いない、とゾロは思った。

 

「あ、そうだ」

 

 リチアはそう呟くと、ポケットに入れていた小さな手帳とペンを取り出した。そして、何かを書き込むと、その紙を破り、二つ折りにしたのをゾロに押しつけた。

 

「なんだ?」

 

 訝(いぶか)しげに見る剣士に、傭兵は言った。

 

「推薦状。それを港に持っていったら、半額で預かってくれるよ」

「おい、おれはまだ、港を使うとは……」

「まぁ、念の為に取っときなさいよ。アタシが推薦状を書くってのは、珍しいことなんだから」

 

そう告げると、リチアはとっとと歩き出してしまった。

 

(わけ分からねぇ。)

 

ゾロは頭を抱えたくなった。

 

(全く持って、この女の正体が掴めねぇ。女の身であることを気にせずに平気でゴロツキを倒したかと思うと、見も知らぬおれに親切を施したり、挑発めいた台詞も言う。……ってか、今日のほとんどをコイツと一緒に過ごしてねぇか、おれ)

 

 推薦状の中身を確認することなく、ゾロは腹巻にしまうと、少女の後を追いかけた。

 

「テメェ、どういう気だ?」

 

 リチアに追いついたゾロは、自分が疑問に思っていたことを伝えた。

 

「何が?」

 

 素(す)っ惚(とぼ)けたかのように受け答えるリチアに、ゾロは苛つきを隠すことなく言った。

 

「おれと会ってからの全部だ! テメェのそれは、クラウンとしての仕事を逸脱(いつだつ)しすぎてるだろ!?」

 

 問い詰めるゾロに、リチアは"それが?"みたいな顔をしながら言った。

 

「だから、言ったでしょ? それは、アタシがアナタに気があるからだって」

 

 武器を運んでいた時と同じ理由を、リチアが吐いた。

 

「なら、なんでそうなんだ!?」

「それはっ、」

 

 突然、喧嘩のようなやり取りを仲裁するかのように、街の真ん中に位置する鐘楼(しょうろう)から、幾(いく)つもの鐘の音が鳴り響いた。

 

「……ほら、ココが街の終わり。後は海岸線沿いに歩けば、自船に着けると思うよ」

 

 リチアがプイッと顔を背(そむ)けながらに言った。これ以上、問い詰めてもリチアが口を割らないことに確信していたゾロは背を向け、素直に黙って歩き出した。

 

「あのさぁ!」

 

 急にリチアが大声を出して呼び止める。

 

「一つだけ、訊いてもイイ?」

「なんだよ!?」

 

 しつけぇ、と心で思いつつ、ゾロは振り返ったと同時に風が強く吹いた。

 

 刹那(せつな)。

 離れた位置にいる、長い金髪で隠されていた、彼女の首元が白く光って見えた。

 

 リチアは言った。

 

「剣士って、何かしら腹にこだわりを持ってるのーっ?」

「……は?」

 

 思ってもいない質問に、ゾロはその文字を吐いた形のままで固まってしまった。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 そうか。あの時の光と似ているのか、とゾロはシンクの反射する光を見ながら思った。だが、と言葉を続ける。

 

(『ねぇよ!』と即答しちまったが、あの女はなんで、あんなことを尋ねたがったんだ? その意図も、あの女の目的も正体も何もかもが、ちっとも分からねぇ! 第一、あの女はなんでおれが気になるんだ? 『それにっ』って、一体、何を言いかけ……)

 

「ちょっと、ゾロ! 人の話を聞いてるの!?」

 

 ナミの大声が、ゾロの思考を一気に引き裂いた。

 

「なんだよ?」

 

 ゾロが見たのは、テーブルに両手をついて、こちらを睨んでいるナミの姿だった。テーブルに手をついた音にすら気付かなかったとは、自分でも笑える話だ。

 

「明日の予定の話よ! アンタ、全然、聞いてないじゃないの!?」

「悪(わり)ぃな」

 

 憤慨するナミに、ゾロは頭を掻いた。

 

「……ったく。いーい?」

 

 航海士は息を吸い込んだ。

 

「私とロビンとルフィはサンジ君を探しに、ウソップとチョッパーはアンタたちがあけた穴を修復する板を買いに行くの」

 

 一気に早口で喋るナミよりも、舌を伸ばして、説明に使われた野菜を食べているルフィの方に、ゾロは思考を持っていかれてしまった。

 

(ゴムゴムの実の能力によるものと分かっていても、あまり気分の良いもんじゃないな)

「そんで」

 

 ゾロの思考がナミに戻る。

 

「アンタは船の留守番!」

「その必要はないんじゃねぇか?」

 

 ふと、リチアの話を思い出したゾロは、そんな言葉を放っていた。

 

「ゾロ」

 

 呼び掛けるナミの声は怒りと呆れが混じっていた。

 

「ロビンの話、聞いてた? この街にはクラウンがいるのよ!? 船を襲われでもしたら、たまったもんじゃないわ!!」

「"あの傭兵女"の話だと」

 

 ナミの言い分を最後まで聞いてから、ゾロは話を切り出した。

 

「街で暴れない限り、海賊でも上陸しても構わないうえ、港を使っても良いらしいぜ。その代わり、迷惑沙汰でも起こしたら、すぐさま、牢獄にぶち込まれるけどな」

「……"あの傭兵女"って、あの棒飾りの付いた?」

 

 ウソップの問い掛けに、ゾロが頷く。

 

「ロビン。そこんとこ、どーなの?」

 

 落ち着いた声で、ナミがその事実が真か嘘かを考古学者に問うた。

 

「私がこの街について聞いたのは、だいぶ前のことよ。海軍嫌いのクラウンのことだから、エディンバラに何もしていない海賊を捕まえて、海軍に進んで貢献するようには思えないから、有り得ると思うわ」

「おれらの自信が"担保"ってわけだろ」

 

 ロビンの推測を聞いても、腑に落ちない顔をしていたナミに、ゾロはリチアからもらった推薦状を突き付けた。

 

「なにこれ?」

「"あの女"から貰った"推薦状"だ。コレを港に持って見せれば、半額でログが溜まる日数、預かってくれるんだと」

 

 二つ折りにされた紙を見るナミに、ゾロが単調な説明をする。

 

「ゾロ、"あの女"ってだれだ?」

 

ナミが「半額かぁ」と紙を見ながら考えている間に、チョッパーが尋ねてきた。

 

「"あの女"ってのは」

「それはな」

 

 剣士が何かを言いかける前に、ウソップが話し出した。

 

「ゾロがナンパしたクラウンの女なんだよ」

「おお~っ。ゾロ、お前、ナンパしたのか!?」

「そうじゃねぇよ!!」

 

 急に話題に首を突っ込んで来たルフィの隣りでは、チョッパーが、ゾロもナンパするんだな、とぼやいている。半分真実なので、ゾロも強く完全には否定できない。

 

「そんでもって、なんと、デートまでしてきたんだぜ!」

「すっげーっ!」

「んなわけあるかっ!」

 

 加熱するウソップの"ほら"に、乗る二人組に、怒鳴るゾロ。とうとう、ナミまでもが吹き出した。

 

「ナミっ、テメェっ、」

 

 調子に乗って囃(はやし)立てる三人組に制裁を与えた後、航海士に詰め寄ったゾロだったが、彼女の吹き出した理由はまた別のところ――その手元にある、広げられた推薦状にあるようで。

 

「ゾロ。アンタ、あの女の子に自分の名前、明かさなかったでしょ?」

「? そうだが……」

「やっぱりね」

 

 それだけ聴くと、ナミは再び笑い出した。気になったルフィ、ウソップ、チョッパーは、ゾロに殴られた頭を押さえながら、ナミの手元を覗き込んだ。途端に、三人組も笑い出した。反対側にいるゾロには、さっぱり分からない。

 

「その女の子のネーミングセンス、コックさんや船長さん並みね」

 

 航海士の後ろに立つロビンが微笑みながら、ハナハナの実の能力を使って、ゾロにその推薦状を広げて見せた。

 

 それには、本来ゾロの名前が書かれるべきのところに『腹隠し剣士』とはっきりと記入されてあった。

 

(あのアマ……)

 

 腹巻きをした剣士は、あの女・リチアが最後に尋ねた質問の意味を、ようやく分かったような気がした。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

「みんな、意外と大丈夫なのね」

「あら、何が?」

 

 ナミが皿を洗い、渡された皿をロビンが拭く。夕食が終わり、男共は就寝し、女性だけのキッチンで、ふと、航海士が思い出したように呟いた。

 

「サンジ君のことよ」

 

 カチャン、と泡の中で皿が鳴った。

 

「最初はあわてたけど、みんな、いつも通りに戻ったみたいだし」

 

 ナミがそうこぼしながら、ロビンにボウル(皿)を手渡した。

 

 帽子がないっ! と嘆いていたルフィも、パニックを起こしていたウソップも、心配性チョッパーも、今はだいぶ落ち着いてきている。

 一番、意外だったのは、ゾロだった。エディンバラの街で別れる間際まで、ゾロはかなりイラついていたし、鍛冶屋に行くのにお金も渡し損ねていたから、迷惑沙汰でも起こしてんじゃないか、と内心、ナミはビクついて仕方なかった。

 だから、ゾロが気分を落ち着けて戻ってきた上、迷子にならず、しかも、暗くなる前に帰ってきたのは、本当に奇跡だと思う。殺気も完全に消えていたし、何より、あの近寄り難い雰囲気がなくなっていた。ゾロが言うには、あの女(リチア、といったか)が全てを――鍛冶屋に出す為の仕事も、案内もしてくれたらしい。おせっかいな子なのね、とナミがからかうと、『手伝う理由は、おれが気になるからだそうだ』とゾロは答えてきた。

 

(『気になる』って……、女の勘として、女が男にその言葉を使う理由は一つしかないような気がする。まさか、そのリチアって子、ゾロのことが……)

「そうかしら?」

「え?」

 

 ふいに放たれた、ロビンの発言に、思わず、ナミは声をあげてしまった。

 

(じゃあ、なぁに? リチアがゾロに『気になる』って言葉を使ったのには、"それ"とは違う意味があるっていうの?)

「みんな、気にしてると思うわ」

 

 ナミが何かを言う前に、ロビンの口からはそんな言葉が続いた。どうやら、ロビンの発言は先程の『意外と、みんな、大丈夫なのね』を受けたもののようで。

 

「なんで、ロビンはそう思うの?」

 

 自分の中で勝手に生じた勘違いが恥ずかしくて、ナミはぶっきらぼうに訊いてしまっていた。

 

「だって」

 

ロビンはそんな聞き方にお構いなしに答えた。

 

「"いつも通り"ではないもの」

 

 そう言って答えるロビンの視線の先を辿(たど)ると、絶対に残るはずのない肉が、手付かずのままでのった皿があった。

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

『サンジっ!!』

――よぉ、ルフィ。

 

 麦わら帽子を掴んだ、金髪の男のまわりには紫煙が漂っている。

 

――"コイツ"はおれが預かっといてやる。

『なくすんじゃねぇぞ!!!』

――バーカ、なくす訳ねぇだろ。

 

その台詞は、当たり前のように放たれた。だが、その後に“当たり前”が訪れることは無かった。

 

「貴様は海賊王になれない。なぜなら、貴様は仲間の為に自分を犠牲にすることが出来ても、自分の夢の為には仲間を犠牲にする事が出来ないからだ」

『!?』

 

 反論出来なかった。

 

 船に叩き付けられ、這い上がった瞬間に見たのは、嵐の海に飛び込む男の姿だった。緑髪の剣士は手摺に凭(もた)れて唖然(あぜん)としている。気が付いたら、「馬鹿な事するんじゃねぇっ!!」と訳も分からないままに怒鳴っていた。

 

 手は伸ばしても、金髪の男には届かなくて、麦わら帽子にも届かなくて、何もかもに届かなかった、その瞬間――シャンクスが頭の中を横切ったのは、何故なんだろうか?

 

 

 

※ ※ ※

 

 

 

 先程から同じ光景が、ルフィの頭の中を端と端を繋げたフィルムのように、ぐるぐる回っている。う~ん、とルフィは唸(うな)ると、麦わら帽子を更に深く被ろうとした。そして、気が付いた――麦わら帽子はサンジが預かってしまった、持っていってしまったということに。仕方がないから、その挙げた手で顎を見張り台の縁(ふち)にのせたままの頭をかいていると、「船長さん。今夜の見張りの当番は私だから、貴方がする必要はないのよ」と不意に見張り台へと昇る音と共に声が聞こえて来た。ルフィのことを『船長さん』と呼ぶ女性は、この船に一人しかいない。

 

「おぅ、ロビンか!」

 

 半分よりも欠けた月が発する頼りげない光の中、微かに見える輪郭を確認すると、ルフィは手を伸ばして、ロビンが見張り台に乗り込むのを手伝ってやった。ありがとう、と呟くと、考古学者は見張り台の縁に腰を掛けた。

 

「こんなところにいて、どうしたの?」

「う~ん、なんでか分かんねぇけど、眠れねぇんだ」

 

 ルフィは再び唸ると、首を大袈裟(おおげさ)に傾(かし)げてみせた。それこそ、縁に耳がつきそうなぐらいに。

 

「悩み事でもあるの?」

 

 ロビンの質問に、ルフィが縁に手をついて勢い良く顔を上げた。

 

「あぁ、そっか!」

 

 合点いった。ルフィはそんな風に声をあげた。

 

「おれ、悩み事をしてたんだ。だから、さっきから、気になって仕方なかったんだ!」

 

 そう呟くルフィに、ロビンは縁に手を置いたまま、目を丸くしてしまった。自分が悩んでいることに気付かないなんて、なんて彼らしい。

 

「話、聞きましょうか?」

 

 ロビンのそんな発言に、再び、ぽてっとルフィの頭が沈んだ。麦わら帽子のない彼は、何故か別人のように思える。誰も話さない時間を狙ったかのように、風がメインセールをはたはたと鳴らした。それに飛ばされる帽子はない。

 

「不思議だよなぁ」

 

 暗く浮かび上がる山、セント・ヴィクトワールを見ながら、ルフィが告白した。

 

「サンジがいなくなったのに、おれ、帽子のことばかり考えてる」

 

 頬を縁に擦(なす)り付けたせいで、最後の方は言葉が濁(にご)ってしまった。

 

 どっちも大切なことは分かっているのに、いつもあるはずの帽子がないことに、どうしようもない違和感を覚える。そっちばかりが気になって仕方がない。そもそも、自分がどういう感情の中にいるのか分からない。このモヤモヤ感が"悩み"ならば、どうすれば、晴らせるのだろう?

 

  う~ん。ルフィがもう一度、唸ろうとした時だった。

 

「悩む必要はないんじゃないかしら?」

 

 ロビンの声がルフィの頭の上から降ってきた。なんでだ? も言わずに、顔をあげた船長に、考古学者はゆっくりと告げた。

 

「船長さんの大切な帽子は、貴方が信頼し、貴方を信頼するコックさんが持っているのだから、両方とも心配する必要はないでしょう?」

 

 ぽかん、としてしまった。……というより、なんて、当たり前のことなんだろう。なんて、当たり前のことを忘れてたんだろう。

 

「ししし、そーだな!」

 

 頭の後ろで手を組んで、ルフィは笑い出した。吹っ切れた。そんな笑顔で、いつもの笑顔だった。

 

「やっぱり、笑ってる船長さんが一番だわ」

 

 ロビンはそんなことを言いながら、自分が目を細めて、口端が引くのが分かった。

 

「ん? でも、ロビン」

 

 何か疑問に思ったのか、いつもの声質でルフィが尋ねてくる。

 

「どうして、おれが笑ってるって分かったんだ?」

 

 雲一つない、今宵の半月が海に反射し、物々の輪郭が分かる程度の明るさだが、その物の細部(ディティール)や色、表情まではわからない。それなのに、自分が笑った、と判るロビンが不思議でたまらないらしい。

 

「声で判るわ。それに、いつも、船長さんの笑顔を見てるもの。だから、すぐに想像出来てしまうのよ――貴方の笑顔が」

 

 そう答えたロビンの前に、ルフィが立っていた。「?」とロビンが不思議に思っていると、ふいに暗闇から手が出てきて、彼女の両頬を軽く引っ張った。

 

「船長さん?」

 

 強く引っ張られてないため、普通ではない状況なのに、声が普通に出た。

 

「おれも、いつもロビンの笑顔を見てるけど、やっぱ、そーぞー(想像)じゃなくて、本物がみてぇぞ」

 

 十歳も下の男の発言に、一瞬だけ、この身体の感覚が全て吹っ飛んでしまった。

 

「そうね」

 

 ルフィが手を放したせいもあり、頬が緩むのを感じる。

 

「光がさしたら、私も笑っていられるわ」

 

 ――ずぅっと。

 

 最後の言葉は付け足さなかったが、通じてると良い、と思った。すると、ルフィがまた「ししし。」と笑った。

 

「じゃあ、光がさしたら、朝になったら、ロビンの笑顔が見られるんだな」

 

彼は笑ったままで、言葉を続けた。

 

「だってよぉ……、朝(アシタ)が来ねぇってことはねぇんだから」

 

 何がそんなに嬉しいのか、ルフィは笑ったままだった。

 

(励ますつもりが、励まされちゃったみたいね。……ふふっ、今が暗くて本当に良かった)

 

 片方の目尻を抑えながら、ロビンは思った。

 

「ねぇ、船長さん」

 

 ひとしきり、ルフィの笑いがおさまってから、話を切り出した。

 

「なんだぁ、ロビン?」

「レモネードを飲まない?」

「れもねーど?」

 

 突拍子もない、ロビンの提案に、ルフィがその言葉を繰り返した。

 

「ええ。今日、航海士さんたちがレモンを買ってきたらしいの。レモネードなら作れると思うのだけど」

「おぅ、飲むぞ!」

 

 ロビンが全てを言い切る前に、ルフィは承諾していた。早くキッチンに行こう、と言わんばかりに、全身ゴムの力を利用して、ひょいっと飛び下りてしまった。来いよ! と手を振るルフィを、ロビンは急に呼びたくなった。理由はない。ただ、名前を呼びたくなった――彼の役柄ではなく、彼の名前を。

 

「今、行くわ」

(ルフィ)

 

 心の中で彼の名前を呼んでから、ロビンはゆっくりと見張り台から降りていった。

 

 

 

つづく




※ロビンが裏主人公。
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