It's not a joke to cry!   作:急須

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Devils

独特の草の匂い、緩やかなそよ風と暖かな日差し。

遠くには少しおとなしい双子の兄を囃し立て、外で遊ぼうと玄関に手をかける双子の弟の声。

くすくすと笑う母は夕方までに帰るよう大きな声をかけ、正反対の双子が返事をする。

 

どこまでも緩やかな時間の狭間に不自然に煌めくような瞳を閉じる。

嗚呼、なんて幸せな時間なのだろう。

 

Hi how’s it going.(やあ、調子はどうだい)

I feel horrible.(最低な気分だよ)

 

心の奥底にある欲望を駆り立てるような悪魔の何気ないささやきに眉目を寄せる。

人間に化けた軟派野郎が漸く腰を落ち着けたと思ったら、小憎たらしいことに随分幸せな生活を送っていた。

あの熾烈な戦いが嘘のように穏やかな顔をするこの浮かれポンチに一発蹴りを入れてやりたい気分だ。

 

「そんなに怒ることはないだろう。古い仲じゃないか」

「エヴァに君の女性遍歴を暴露してやってもいいんだぜ」

「やめてください死んでしまいます」

 

軽く青ざめた最強の悪魔に溜飲を下げ、今日呼び出された理由である閻魔刀を見る。

随分手荒に扱ったようで、刃こぼれがひどい。

折れてもなお呼応する魔力があれば復活する魔剣をこうまで壊せるのはある意味才能だ。

この刀に選ばれさえすれば次元を意のままに操れる文字通り悪魔のような武器なのに。

 

「魔剣しか作らない悪魔のウェポンスミスなんて君しか知らないんだ。頼むよ」

「ほー?アミュレットの装飾だの、双子の木刀だの、君のモノクルだの頼んでおきながら俺をウェポンスミスと呼ぶ気があるのかい?」

「いやー君は手先が器用だしセンスも高いからきっと美しく作ってくれるじゃないかなってさ」

 

青空を切り取ってきたかのような瞳を泳がせ、必死に言葉を探している。

本当にそう思っているのだろうけれど俺の機嫌を損ねないように言葉を探しているのがよく分かる。

ナンパポエムを発しないだけ幾分かマシだ。

だがこの顔がムカつくので告げ口してやろう。

 

「おーい!エヴァー!君の旦那の話なんだけ、むぐっ」

「なんでもないよー!エヴァー!」

 

魔帝ムンドゥスとも渡り合ったその右手を素早く俺の口に当て、全てを言い切る前に言葉を削がれる。

遠くで不思議そうな顔をするエヴァに満面の笑みを浮かべ、何事もなかったかのように俺を押し倒す。

精巧に作られた陶器のような滑らかで美しい顔をずいっと近づけてきた彼の頬は少し引きつっている。

 

「君ってやつは…」

「"名前なんてない。まだ生まれて二日めだもの"」

「君と出会ったあの日から何年経ったと思っているんだい」

「冗談だ。スパーダ。君と出会ったあの日も君に教わった色んなことも忘れたりなんかしないさ」

「シード…」

「だから君が誑かした悪魔や人間についてもしっかり覚えている」

「シード!!」

 

その羨望故にあらゆる悪魔に恨まれ、人間には正義の心を持った悪魔と讃えられるスパーダとは何千年という長い付き合いだ。

魔界と人間界が分かたれる遥か昔、自我もなかった俺を拾ったスパーダは悪魔のことも人間のことも教えてくれた。

seed()の名を俺に与え、今や彼に頼られるほどの武器職人となっている。

 

俺が内に秘めた魔力はあまりにも特殊だった。

なんせ次元そのものを操れる驚異的な魔力だ。

狭間に生きるものとして人間界でも魔界でもない場所で生まれ出でる希少種を手に入れようと躍起になる悪魔は多い。

 

身を守る為にも自ら戦えなければならず、魔帝ムンドゥスにも度々ちょっかいをかけられるほど面倒くさい俺を拾い上げて、人間界に攫っていったスパーダは正直アホだと思う。

魔界と人間界を分かつ為に必要だったのも確かだ。

俺が魔界に残っては道を絶った意味がないのも事実である。

しかし俺は例え道がなかろうと自分でこじ開けられる魔力の持ち主だ。

わざわざ手を引っ張ってでも連れてくる意味があったのか。

 

しかも連れてきたのに放置して自分は島の統治したり綺麗なお姉さんとイチャコラしたりして。

たまに次元の綻びから出てきた悪魔に追われたり。

人間界を一人楽しく満喫して、用事があるときだけ一方的に呼び出してくる。

閻魔刀で勝手に俺の次元に侵入してきた時は流石にその首跳ねてやろうかと思った。

 

「スパーダなんかよりあの双子の方が可愛らしい。一人欲しいぐらいだ」

「君、今バージルの方を欲しいと思っただろう」

「彼の方が気は合いそうだからね。ダンテの方は君に心底似そうだ。子供だから愛らしいけれど」

「遠回しに私を貶すのやめてくれないかい?」

「ほぼ人間のような悪魔を今更恐れる気になれなくてね」

 

不満げに上から退いたスパーダに軽く笑いながらまた空を見上げる。

自分達が悪魔だと忘れてしまうほど人間界は平和そのものだ。

悪魔を嗅ぎ分ける鼻の良さを持って生まれたスパーダの一族はこうして人里から少し離れていた方が過ごしやすいのだろう。

この一家だけが有するこの地は空気が澄んでいて気分がいい。

 

「息子達はあげないよ」

「いらないよ。他人から幸せを巻き上げたくなるほど純正な悪魔に育ってはいないさ」

「言葉に矛盾を感じるな」

 

いい年した悪魔が二人して寝転がっていると、頭上に小さな足音が二人分やってくる。

本を小脇に抱えた兄と大きなバスケットを抱えた弟がやってきたようだ。

髪を下ろした弟が父に満面の笑みで駆け寄り、スパーダは起き上がって彼を抱き上げる。

髪を上げた兄はゆっくりとこちらにやってきて俺を覗き込んできた。

 

「こんにちは。シードおじさん」

「はい、こんにちは。バージル。挨拶できて偉いな」

「こんちには!シードのおじさん!」

「はいはい。ダンテも挨拶できて偉いな」

 

座って俺に挨拶をしてくれたバージルの頭を撫でていると、少し頬を赤らめて嬉しそうに本を抱える。

実に可愛らしい子供だ。

スパーダにバスケットを渡したダンテは羨ましそうに寝転がる俺の腹の上に飛び込んで挨拶をしてくる。

彼の頭も撫でてやりながら、上体を起こした。

 

嬉しそうなダンテが途切れ途切れにバスケットの中身を説明してくれた。

昼食の後に彼らの家を訪れた俺への気遣いのサンドウィッチと子供達へのおやつがバスケット一杯に詰め込まれていた。

どうせならエヴァも来ればいいのに、と家に目線を向けると、バージルが飲み物を準備してくれていると補足を入れてくれた。

なるほど、先に食べ物だけ子供達に持って行かせたのか。

 

「ダンテが走り出すから、母さんがすごく笑ってた」

「だってこのストロベリーアイス、食べていいんだぜ!」

 

キラキラと大きな青い瞳を輝かせる少年の手にはピンク色のストロベリーアイスがある。

バスケットの中にバニラアイスもあるようでそちらはバージルがとっていった。

甘いものが大好きな双子を横目に、ありがたくサンドウィッチを頬張る。

 

「父さんの分もあるぜ。ほら、チョコアイス!」

「本当だ。ありがとう、ダンテ」

 

双子が現れてすっかりだらしない顔になった友人に寒い目線を送りながらも口を動かす。

本当に自分達は悪魔だっただろうか、と心底頭を抱えたくなった。

悪魔の矜持的にこのままでいいのだろうか。

人間の血肉を貪っていた口で人の作った食べ物を食べるのはなんとも不思議な感覚だ。

 

「シードおじさん、あとどのぐらいこの街にいるんだ」

「今回は泊まらない予定。二日に一回ぐらいは様子を見に来るけどな」

「どうせなら住んじゃえばいいのに」

 

家主が言うことではないような適当なことを真に受けた双子がアイスを持った冷たい手で俺にまとわりつく。

双子が生まれてからかなりの頻度でスパーダから頼みごとをされるものだから、何度か泊まり込みになってしまったことがあるのだ。

双子はすっかり泊まると思っている。

残念なことに今回は量が多い。

次元の狭間にある俺の空間に籠ることになりそうだ。

 

「父さんの言う通りだ。シードおじさんがいればバージルも俺とたくさん外で遊んでくれる!」

 

少ししょんぼりしたバージルに苦笑いしていると、ダンテが寂しそうにそんなことを言った。

それじゃあまるで俺がおまけみたいな言い方じゃないか。

俺はバージルと遊ぶための材料か。

 

「シードおじさんがいればダンテが俺とたくさん本を読んでくれる」

「うっ…本なんて何が面白いんだよぉ…」

 

バージル、お前もか。

二人ともなんだかんだ言って外で遊ぶ時は遊ぶし、読み聞かせる時はしっかり聞いているくせにお互いそんなことを言う。

双子はやりたいことも好きなことも違うけれど、もともと一つだったからこそ、側にいたくて嫌われたくなくて楽しいことを共有したくて堪らないのだろう。

お互いの主張のぶつかり合いで喧嘩してはエヴァに怒られているこの子達のいじらしさと言ったらない。

悪魔にはない感情を半魔の彼らが有している様に生命の神秘を感じる。

 

「なるほど、バージルはその本を読んで欲しいんだな」

「うん。これ、知らない単語ばっかりで全然わからないんだ。英語のはずなんだけど」

「俺が父さんの部屋から見つけてきたんだぜ。なんか変な文多いよな。叫んでるみたいな感じで。こわーい本かも!」

「ほー…どれ、タイトルをみせ…」

 

バージルから受け取った本のタイトルを見て思わず固まった。

小首を傾げる双子の様子を見るにタイトルについてもよく分かっていないようである。

いや、もしかしたら思っているような内容ではないかもしれない。

そう思って一応中身も見てみたが、予想通りの内容で、思い切り本を閉じた。

 

「ah…バージル、ダンテ。このご本はショッキングな内容だから、他の本にしようか」

「ショッキング?やっぱり怖い本だった?」

「おじさんでも読めないほど?」

「yeah. おじさんがお母さんに怒られる」

 

だから他の本を持ってきておいで。

好きなだけ読んだあげよう。

エヴァも呼んでおいで。

家族四人でピクニックをしながら読み聞かせだ。

終わったらみんなで鬼ごっこでもしようか。

 

双子に囁くと食べ終えたアイスのカップを置いて、嬉しそうに家へと走っていった。

素直ないい子達で本当に良かった。

 

呑気にチョコレートアイスを食べるスパーダは首を傾げなら俺が手に持っている本を見る。

おそらく彼が随分昔に買った本を本棚の隅にでも放置しておいて、そのまま忘れてしまったのだろう。

呆れながら持っていた本の角で勢いよくその頭を殴った。

 

「イタッ!なんで殴るんだい!?」

「子供の教育に悪いもんを本棚に置くな。どう読んでもこれはエロ本だ」

「そんなもの置いてたっけ?」

「ちゃんと整理しとけ!!」

 

所謂、官能小説とやらの類を子供達が見つけてきてしまったのである。

そりゃあ読めない単語だらけのはずだ。

わざわざ避けて教えているのだから知るはずもない。

すっかりアホになったこの男、全くだめだ。

早くなんとかしないと。

 

「これはエヴァに渡すからな」

「えぇ!?」

 

俺から本を奪おうとするスパーダの手をすり抜け、次元の狭間に本を落とす。

後でこっそりエヴァに渡しておこう。

閻魔刀がないため、自分で取りに行くこともできないスパーダが恨めしそうにみてくる。

ザマア見ろ、と軽く鼻で笑ってやるとその美しい顔を綻ばせ、緩やかに笑った。

なんだよ、気持ち悪い。

 

「シード、感情表現が豊かになったな」

「あんたと一緒に居れば嫌でもそうなる」

「君も私の息子みたいなものなんだよ」

「友人の方が関係性が近いだろうが」

 

後ろからエヴァと双子の楽しそうな声が聞こえる。

幸せの代名詞のような家族に囲まれてスパーダは今、幸せだろう。

いつかこの平穏が崩れると知っていても。

 

「おじさーん!いっぱい選んできたぜー!」

「待てダンテ、走るな!母さんが転ぶ!」

「あら!私が一番乗りしちゃうんだから」

「あ!ズルい!」

「母さん待って!」

 

バタバタと騒がしい背後に苦笑いして振り向く。

後ろからそっとスパーダが小さな声で呟いた。

 

「シードも、幸せかい」

「さぁな。種に幸せなんかあるのか俺には分からん」

 

泣き虫なあんたにはこのぐらい穏やかな方が良いのかもしれない。

感情を人のように持つことを教えてくれた最強の魔剣士は大事なものを失ってはよく泣いていたから。

 

「君にだって幸せはあるよ。だってすごく泣く子だったし」

「はぁ?何言ってんだ!It's not a joke to cry!(泣くなんて冗談じゃない!)

 

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