名もなき武器屋には店先のカウンターというものがない。
さらには看板もなく、何処にでもある民家を模している。
裏社会の人間であれば、目的はなんであれ一度は訪れたことがあるだろう。
トニーの相棒であるグルーもまた、一度訪れたことがあった。
その時は愛銃のメンテナンスを頼みに来たのだが、本日は違った要件でここを訪れた。
「おや、ここは子連れで来るところじゃないぜ」
「分かってるさ。折り入って頼みがあってな」
次女のティキと三女のネスティがグルーに手を引かれて我が家にやってきた。
いつもなら家に上らせず、何が望みか問いかけるのだが玄関先に幼い少女を立たせるほど鬼ではない。
ウチは土足厳禁なんだ、と付け加えて部屋履きを三つ並べた。
「で?ご用件は?子供に聞かせてもいい内容かい」
「…すまない、出来れば…」
「Yeah. ティキ、ネスティ。こっちにおいで。お父さんとおじさんは大事な話があるから君達は遊んでいてくれたまえ」
幼い少女とはトニーが世話になってから何度か顔を合わせている。
グルーとはまた違った父親のように思ってくれている二人は、すぐに近寄ってきてくれた。
ふむ、女の子が喜ぶようなのはどんな部屋かな。
「Hay. マリー、手伝ってくれよ」
階段に直通でつながっているはずの扉の前でコンコン、と踵を踏み鳴らす。
何度か踵を鳴らしたところでガチャリッ!と扉が音を立てて開いた。
目の前にあるはずの階段が奥へと移動し、ないはずの可愛らしいピンクの扉が増設されている。
中を開けると、女児が喜びそうなファンシーなおもちゃが沢山詰まった部屋が出来上がっていた。
何気に子供用のベッドが二つも付いている。
やるな、マリー。
「あーうー!」
「遊んでいーの!?」
「勿論だとも。危ないことはしないようにね」
キャッキャ騒ぎながら駆け出した二人の笑い声につられて、グルーが隣から部屋を覗き込んできた。
少し前にこの家を訪れた時には階段が目の前にあったのを見ていたからだろう、怪訝な顔で廊下を眺めている。
「…アンタ、いつの間に改装したんだ?」
「Now.」
「ンなアホな」
「事実だから仕方ない。さ、大人の話をするんだろう?工房へ行こう」
不思議そうな顔をしたままのグルーの背中を押し、工房に備え付けられた椅子に座らせる。
キッチンから適当にコーヒーを入れて持っていくと、彼の愛銃のパイソンを丁度取り出しているところだった。
ウチはガンスミスじゃ無いんだがね。
「改めていらっしゃいませ。ご注文は?」
「すまない、シード。実は武器の依頼じゃないんだ」
申し訳なさそうに俯いたグルーの顔は浮かない。
「だと思った。子供を連れてウチにくるのはおかしい。さらに下の二人しか連れてこねぇのも変だ。ジェシカはどうした」
「…ジェシカが、重い病気にかかっちまったんだ。薬を買うのに金がいる」
グルー曰く、長女ジェシカは重篤な病にかかっているらしい。
少し街から外れた病院に入院しており、医療費を稼がねばならないという。
トニーは今、ギルバと一緒に指名されてしまっている状態。
今まで通り相棒としてついて回るのは不可能な状態だった。
つまり、グルーの実力でも達成可能な汚い仕事でさえも行わなければならない。
便利屋の中で最底辺と言われる暗殺依頼でも。
もしかしたら帰ってこられないかもしれない。
その時残された子供達の事を考え、表社会にも仕事を持ち、信頼できる俺を頼ってきたらしい。
「ネックレスはどうした。俺の作ったアレならどんな節穴でも金を出す。売ればいいじゃねぇか」
「アレをつけてるとジェシカの症状が幾分か和らいでるんだ。気休めかもしれねぇけど…」
「…なに?」
"あのネックレスを付けて症状が和らぐ?"
「勿論売って薬を買ったほうがいいのは分かってる!でも、あんな大事そうに抱えられてちゃあ、俺は、俺は…」
「分かった。もういい。事情は分かった。だが待て、仕事には行くな。お前もここで待っていろ。金ならいくらでも出してやるから絶対にこの家を出るな。いいな」
「おいおい、俺はアンタに金をせびりに来たんじゃあない」
「ダメと言ったらダメだ。納得できないなら依頼として出す。"俺が留守の間店番をする"ってな」
思い当たる最悪の状況を加味し、最も守るべき
人間は繋がりを大事にする。
エヴァ、スパーダ。
あの子を、あの子達を守ってやるってのはそこを含めてなんだろう?
それに、これは俺が"蒔いた種"だ。
同族の牙が思いの他速く、目の前まで迫ってきている。
ゆっくり端から潰していこうと思ったのに相手も同じ考えだったとは。
外堀を埋め、ジワジワと確実にこちらへと。
仕掛けるのなら死なない俺よりトニーに、ダンテに仕掛けに行くはずだ。
「グルー…ニールの婆さん…穴蔵の連中…襲うなら先ず穴蔵か…?」
ブツブツ小言を言いながら工房を駆けずり回り、長らく仕舞い込んでいた黒いコートを引っ張り出す俺を、グルーが呆然と眺める。
毎度トニーに作っているようなコートと同じ素材、同じ強度を誇る少しだけ細身な黒コート。
なにかとゲンを担ぐ裏社会の人間には似合わない格好だ。
「マリー!カチコミだ!急ぐぞ!」
「ちょ、ちょっと待てよ。急にどうしたんだ」
「グルー、もしトニーが戻ってきたらニールの婆さんのところへ行くように伝えろ。ボビーの穴蔵で落ち合おうってことも」
「本当に留守番させる気か!おいおい、武器職人が刀持ち出してどこ行く気だよ!?」
いつぞや帯刀して穴蔵に行った時、グルーはいなかった。
初めて見るマリーに心底驚いている。
それはそうだろう。
俺はあくまで武器職人。
誰かに刃を向けるなんて冗談じゃない、と宣っていたのに。
俺の言う誰かとは人間のことで、悪魔なら別だなんてダンテしか気がつかなかっただろうけど。
グルーの制止を聞かずに、家を出る。
扉が閉まったのを確認し、次元の狭間に一太刀入れるとたちまち歪み始め、もう一度扉を開けるとグルーの間抜け面はなく、綺麗さっぱりなにもなくなった空き家が出現した。
工房を現実から隔離したのだ。
空き家の室内にはここにきてから設置した緊急用の姿見がある。
異変に気がついたダンテならばこの姿見で工房に飛ぶだろう。
「起きろ、リュドミラ。久々の出番だ」
俺の作品の中でも特に強度の高い防衛魔法陣が敷ける優れもの魔具に呼びかけると、ぬらぬらとした影が伸びる。
深淵の奥にケタケタと笑う悪魔の影がこちらに手を伸ばす前に、ペシリと影を叩いた。
今は君と遊んでいる場合じゃないのさ。
「今から投げる場所できちんと役目を果たすんだ。何なら一戦交えてもいい。ただし、襲ってきた奴限定で。君からは手を出してはいけないよ。いいね?」
不服そうな影の答えを待たずに穴蔵への次元に放り込んだ。
後で適当に魔力をあげてなだめよう。
リュドミラは魔具の中でも比較的温厚で言うことを聞いてくれるタイプだし。
ムンドゥスの人間界侵略の時に生け捕りにした高位の悪魔だけど。
「ホラーの定番といえば病院だし。楽しいアトラクションを用意してくれてるんだろうなぁ」
勝手に人から折った"枝"なんか使いやがって。
絶対にぶん殴ってやるからな、ムンドゥスの野郎。
トニーは腕に絡みついてくる女達をやんわりと引き剝がしながら、急いで寝ぐらに歩いていく。
今日は厄日だ、そう思いながら素寒貧で寂しい財布を振る。
殺しをよしとするギルバに賛同した気の強い連中が軟派者代表のトニーと争うことを恐れ、穴蔵の店主ボビーに入店拒否されてしまったのである。
今日は特に荒くれ者が多く、店を壊されては困ると。
一時の仕事のために出禁になるのも割に合わない。
腹も減ってきたし、今日の所は養父の元へ帰ってしまった方が良さそうだ。
きた道をとんぼ返りで戻っていき、いつもの寝ぐらの玄関の戸に手をかけると違和感に首をかしげる。
「…Hey, seed.」
返事がない。
いつもなら内側からガチャガチャと歪な音と共に工房への直通扉を開いてくれる養父が、呼びかけに無反応なのは有り得ない。
今日一日工房に篭っていくつかの魔具をメンテナンスすると言っていたのに。
急に出かける予定が入ったにしては、家の中の空気が寒い。
ガチャリと抵抗なく開いた扉の向こう側はもぬけの殻だった。
「Oh, my gad! 俺を置いて引っ越し…じゃあ無さそうだな」
思わず大声を出してしまったがよく見たらあからさまに目立つ姿見が置いてある。
これは"使え"と言うことらしい。
あのシードが大慌てで自分の次元、時空に閉じこもるなんてらしくない。
無駄だとわかっていても抵抗するタチだと思っていた。
「えぇっと…seedっと」
ぼんやりと鏡の向こう側にいる自分が揺れ動き、一瞬で向こう側の工房にある姿見につながった。
するりと向こう側へ抜けると、ガタッと何かを倒す音と共に鈍い音が響いた。
「ト、トト、トニー!?なんで鏡の向こうから!?」
「あ?グルーじゃねぇか。アイツが俺以外をココに入れるなんて珍しいな」
今までこの工房に本当の意味で立ち入れたのはスパーダ家の面々だけだった。
鍵を所有しているのもシードとトニーと、いるかいないのか分からないままの奴が後もう一人。
それ以外の者が入ったと言うことはシードがここに招いた以外の何者でもない。
「シードのやつになんか言われなかったか?」
「よく分からんが、突然シードが出て行ってから玄関が開かなくなって、お前が鏡から出てきた。伝言なら預かってるが…」
「なんだって?」
「すぐにニールの婆さんのところに行け。ボビーの穴蔵で落ち合おうってさ。一体全体どうなってるんだよ、この家は」
と言うことは家主、いやこの次元の主であるシード本人はどこかへ行ってしまったらしい。
最近街中で悪魔に奇襲をかけられることが多かったが、シードにまでちょっかいをかけ始めたか。
基本工房から出ない神出鬼没のレアエネミーを探すだけで骨が折れそうなのに、よくやる。
「そういや、グルーはなんでここに…いやいい。後で聞く。今はおじさんの言う通りに動くしかねぇな」
グルーの複雑そうな顔に苦笑いを返し、また鏡へと向き直った。
全く、あの養父の行動は突発的すぎる。
連絡の仕方が置き手紙が伝言の二択しかない。
今度から工房に電話線を引くことをお勧めしておこう。