街並みから少し離れた場所にある大きな病院。
そこへゆったりと立ち入る。
重苦しく、暗く、苦痛に蠢く声に耳を澄ませながら飛んできた鎌を指先で摘んだ。
「Hay! ジェシカって子の病室の場所を知らないかい?」
クリフォトォォォォォ!
「Ok. 知らないってことね」
ドクロのような顔とボロ布を被った悪魔に返す手でマリーを突き刺す。
どこから発声しているかもわからない甲高い悲鳴を上げながら魔力を吸い尽くされ、ものの数秒で塵へと還った。
うん、クソ不味い。
ここは病院だし後で輸血パック探してから帰ろう。
あるかもわからないが、無かったら諦めていつも通り調達するしかない。
「一番濃いのは最上階の端か。目的の物が一番遠いとは。まるでゲームみたいな配置だなぁ」
言うや否や、四方八方から振り下ろされた鎌がその身に刺さる。
肉を裂く音を奏でながら全身に刃を生やすことになった俺は、軽く笑いながら一番近い悪魔の眉間にマリーをぶっさした。
わざとグリグリねじ込んでやるのは可愛い悪魔のいたずら心だ。
「Hey hey hey,
病院でパーティなんて随分面白そうだな。
塵になった悪魔が紅く発光した途端、周囲に赤黒い針が伸びる。
針は周囲にいた悪魔達を脳天から串刺しにし、何かを吸い出すような動きを始める。
塵の癖に人間の血なんて持っているからバチが当たったようだ。
悪魔の血と人間の血が交互に送られて来るが、悪魔の血の方が多くて不味い。
栄養満点なのはいいんだが、このマズさだけどうにかならないか。
苦言を呈し、ため息を吐く。
手に持ったマリーに何かを囁かれ、別になにが起きても構わないと一二となく頷いた。
針が俺の方に来たかと思うと、体から鎌を引き抜いて自分の中に取り込み、マリーの周囲に浮かび上がった。
「今日のお気に入りはソレ?そんなに刃こぼれしたサビでいいのかい?俺のコレクションから選んでもいいんだぜ?」
返答はなく、早く進めと言わんばかりに触手のような鎌が周囲を切り刻む。
今日のハニーは随分気が立っているようだ。
まあ、自分の餌場にこんなに低級の悪魔を召喚されちゃあ腹も立つ。
唯一の利点は召喚された奴らは皆、人の命を糧に生まれる。
少量の血を持っているから、食えばそれなりに腹が膨れるのだ。
「ちなみに俺とダンスする気は?」
手の中にいたはずのマリーが勝手に浮かび上がり、ヒュンッと風を切る。
一直線に俺の腹に飛び込み、串刺しにしてきた。
俺の可愛いハニーが胸に飛び込んできてくれるのはとても嬉しいが、刀身を打ち込むこたぁないだろう…。
地味に痛いんだぜ、コレ。
「
No thank you!
強い意志で拒否の意思を示されたら、例え据え膳でも喰わぬのが掟。
今の彼女は俺を置物か自分専用のスタンド程度にしか思っていないだろう。
使ってるのか使われてるのか分からねぇな。
所詮は武器職人ということか。
「ここは色々と歪んでて次元を断てない。ショートカットは無しだぜ」
迫り来る悪魔を切り刻む恋人の手足を眺めながら、送られて来る栄養の不味さに顔をしかめる。
面倒臭そうなマリーは俺のことを"無能"と罵った。
仕方がないだろう。
変に歪められた場所で次元への扉を開くと座標が狂う。
魔界に近いこの地で下手に開くと巨大な穴で魔界と人間界を繋ぎかねない。
だからお前はダメなんだとか、どうせ役に立たないのに戦おうとするなとか、死にたく無ければ不味くても魔力を受け取れとか。
ガミガミ叱って来るマリーの言葉を右から左へと受け流し、適当に頷く。
二階へと上がる階段に差し掛かる時、カキンッと甲高い音を立てて何かが弾かれた。
弾いたのはもちろんマリーの手足である。
どうやら俺の視界に入る前に切り刻んでいた悪魔達の中で一匹だけ素早いのがおり、取りこぼしたらしい。
俺のすぐ目の前まで刃が迫っていた。
安心しきってマリー自身を構えもしていなかったが、あと数巡遅ければ少し痛い目を見ていた。
刺された程度で死ぬことはないが名の通り所詮は種、若しくは若木である。
意図せぬところに傷が付くと後で大木になる時に何か支障が出るかもしれない。
「ご、ごめんマリー。ちゃんと俺も警戒するからそんなに怒らないでくれ」
先ほどよりも激しく怒鳴られ、一斉に牙を剥かれた。
なんだかんだ言って守ってくれるハニーのことは愛してるが、ちょっとコレは愛が重いんじゃないかな。
ちょっと刺さってる。
可愛らしいお手てが腹に刺さってるよ。
――早く枝を見つけなさい。貴方の半身の所為でスパーダの息子が迷惑を被っているのよ。誰かに迷惑をかけるなんて!無能のくせに恥を知りなさい!
「悪かったよ。ブラッディ・マリー。許しておくれよ」
――反省のはの字でも申し訳なさそうにしなさい!ついでに名前を返しなさい。
「どさくさに紛れて聞いても返さねーって」
チッ!と女の子らしからぬ舌打ちが聞こえた。
おいおい、レディがそんな下品な音を出すんじゃないよ。
俺の作った魔具は全て本来の名を奪われた悪魔が宿っている。
彼女らが俺から逃れるためには名前を取り返す他なく、度々こう言った要求が挟まれる。
勿論、手放すつもりはない。
どうしても俺から逃げたければうっかり口を滑らすのを待つしかないのだ。
マリーは特に積極的に要求して来るタイプで、こうしてどさくさに紛れて迫って来る。
「ほら"アンジェリカ"ちゃん。もうすぐ枝の近くだぜ」
――その先を!
「言うわけないだろ」
もちろん、こうしてちょい出ししても完全で無ければ意味がないのである。
こう言う類の煽りはよく効く。
言うことを聞かない魔具にムカついた時はこうして奪った名前をチラつかせるといいだろう。
好き好んで魔具になってくれるいい子ちゃんも世の中にはいるが、俺はじゃじゃ馬を乗り回したいタイプなのでそう言った子はウチにはいない。
あんなにたくさんの魔具に宿った悪魔の本当の名前を全部覚えてるのかって?
馬鹿言うんじゃない。
俺が覚えてるのはほんの数個だけだ。
後は開放する気になったら適当に自分に名前をつけさせ、俺との契約を解除させればいいだけだ。
許可が出なければその解除方法も行えないが、いらない奴は総じて開放してからマリーで木っ端微塵に砕いている。
そうやって砕かねばならなかったのは今までで二振りしかいなかったが。
あれはちょっと宿した悪魔が悪かった。
どちらもムンドゥスが想像したムカつく奴だったのだ。
ソリが合わない上にろくに言うことを聞いてくれないから仕方なく砕いた。
あの時の断末魔で溜飲を下げたが、無茶苦茶に煽って来る奴だったなぁ。
「お、この病室だ。中から魔界の匂いがする」
たどり着いた病室はとても静かだった。
たった一点を除いて。
「ジェシカ…ああ、可哀想に。そんな姿にされてしまうなんて…」
――アンタが原因じゃない。心から可哀想だなんて思ってないくせに。
「煩いぜマリー。感動の対面を台無しにするなよ」
玉を転がすような愛らしい声は消え失せ、未来に輝いていた瞳には大粒の涙が溜まっている。
ハラリと落ちた一粒の涙は無粋な枝に吸われ、彼女の白百合のような立ち姿は半分も姿を消していた。
探し人のジェシカはその半身を魔界の樹に飲み込まれてしまっていたのである。
その胸に輝くネックレスが淡く光っている。
傍らには猿のような悪魔が佇んでいる。
お互いにやり合う気なら真っ先に攻撃して来るだろうに、マリーも猿も動かない。
両者ともに静止したまま睨み合うように黙り込んだ。
ふと、猿が小さく口を開けた。
「クリフォト。ムンドゥス様はお前の帰還を望んでいる」
「
二重の輪のように頭に響く質の悪い声に眉をしかめる。
悪魔の声を聞いたのはあの大火災以来だ。
喋れる程高位の悪魔、次元を渡れるほどの魔力の持ち主、それらに人間界で出会うのはまず不可能に近いのだ。
そしてまず間違いなく、喋れる連中はムンドゥスの手下である。
相手にするのが嫌とまでは言わないが、捕まれば最後。
もうダンテには会えないだろう。
「その人間の子供を捕まえてどうしたかったんだ。俺の枝を使えば俺が出て来ると思ったのか?それとも俺が匿っているもう一人を殺しに?」
「どちらでもよかった」
「なるほど。どちらが釣れても万々歳って計画か」
荒ぶるようにマリーが揺れ動く。
お前は下がっていろと言わんばかりに激しく手先を動かす彼女を制し、ジェシカに微笑みかけた。
「待っていろ。すぐに治してやるからな」
「戯言を抜かすな。枯れ木風情が」
その一言にマリーが牙を剥いた。
一斉に襲いかかる刃物の渦を猿は器用に切り抜ける。
この程度の身のこなしは想定内。
数々の大物をその腹に納めてきた歴戦の悪魔たるマリーにはなんの意外性もない動きだ。
返す手に乗せられて俺に降り注ぐ鉤爪をマリー本体で弾き、鼻歌を歌う。
俺は自分の意思で腕すら動かしていない。
俺の腕に巻きついたマリーの手足が勝手に動かしているのである。
若木のしなりは人の腕と格段に違う。
骨も筋肉も好きなように折れるほど振り回しても叩きつけてもビクともしない。
分かっている彼女は遠慮することなく強引に猿の腕を切り落とし、畳み掛けるようにその首を裂いた。
ぐしゃりと血を落としながら落下した頭に足を乗せ、目を合わせる。
首を斬り落とした程度で悪魔はすぐに死なない。
まだ動く体をマリーに任せ、頭とのお話に入った。
「敢えて言おう。ムンドゥス、君の所には絶対に帰らない」
じゃあね。
頭部を自らの意思で一刀両断すると、その身も頭も塵となって消えた。
ここにいる悪魔は皆低級ばかりだ。
この魔界の瘴気に惑わされなければ誰だって対応できる程度の強さしかない。
まだ人間界しか知らないダンテには厳しいかもしれないけれど。
「さて。お待たせ、ジェシカ。痛かったね。辛かったね。もう大丈夫だ」
頬を伝う涙をぬぐい、彼女を蝕む枝に触れた。
ガチャリと玄関の扉が開かれる。
グルーは顔を上げた。
何もすることがなく、幼い娘達は遊びに夢中で入る隙もなかった。
愛銃のパイソンのメンテナンスをしようにも工房を下手に触れず、トニーも何処かへ行ってしまい、途方に暮れていた。
そんな中で開かないと思っていた扉の音に驚いたのである。
「ジェシカ!!」
「よぉ。見事完治して退院だってさぁ。おめでとさん」
横抱きに抱えられ、安らかに胸を上下させて眠る長女の姿にグルーは急いで駆け寄った。
あんなに魘されて具合が悪かったのにすっかり元どおりになっている。
一体どんな手品を使ったのかとシードを見ても彼はにっこり笑うだけだ。
「トニーには伝えてくれたか?」
「あ、ああ。鏡から出てきて凄くびっくりしたが…」
「そうか。俺はこれからトニーを追いかける。ジェシカは…俺たちの部屋じゃあ寝かせられないしなぁ」
ついて来いと顎で促され、工房の何もない壁の方へ向かう。
シードが軽くつま先で地面を蹴ると突然扉が現れた。
あんぐり口を上げて驚くグルーをほったらかしに、現れた扉の奥へと入っていく。
それなりの家具が置かれた、なんの変哲も無い二人部屋が出来上がっていた。
「狭くて悪いな。ベッドは大きめにしたから、隣の部屋にいる娘達が寂しがるようならこの部屋で一緒に寝てくれ。工房はむやみやたらに歩かないように。二階は俺とトニーの部屋だ。入るときはノックしてくれ」
「待て待て待て!!まるで今夜はここに泊まるみたいな…!!」
「そうしろって言ってるんだ。娘三人連れてこの夜道を帰る気か?このレッドグレイブの掃き溜めで?」
「それは…」
ここは住宅街とも言えない廃墟が立ち並ぶ薄暗い路地。
こんな夜更けに出歩くならば全て自己責任だ。
女子供が出歩いて命の保証があるかと問われればノーと答えるしかない。
荒事に慣れたグルーただ一人ならまだしも、娘達まで巻き込まれては追い出す側のシードとしても目覚めが悪い。
更に、シードはこの一連の悪魔がらみの事件が今夜で終わるとも思っていないのだ。
誰が関与しているか見当がついていると言っても相手がどこまで動いてくるかわからない。
乗ってくるか飄々とかわされて一杯食わされるかは相手の出方次第なのだ。
下手に刺激して被害が拡大した方が不本意なのである。
「泊まってけ。それともウチは信用できねぇか?」
「それは無い。アンタはこの街でも珍しいぐらい信頼できる。度がすぎるほどの変人だ」
確固たる自信を持って紡がれた言葉にそっぽを向いた。
珍しい程に賛美する言葉が並んでいる。
「字面だけ見れば褒めてねぇな」
「真面目で義理堅くて人情のある裏社会の人間なんて変人以外の何者でもねぇよ」
からりと笑ったグルーはそれ以上何も言わずにジェシカをその腕に抱きしめ、部屋へと入って行った。
聞きたいことはたくさんあるだろうに、今はいいと言わんばかりに気を利かせてくれる奴の方が珍しいのによく言う。
工房の扉を消し、階段に続く廊下へ入り口を移設する算段を立て、独りごちた。
この家も大改造しないといけない。
階段へつながる廊下と彼らがいる部屋を分離し、別のスペースとして一つ広めに居間をつけた。
階段の真横に新しいダイニングが出来上がったのである。
この階段自体はキッチンと工房を挟む廊下の先に設置されており、結果的に不思議な間取りになってしまった。
ダイニングの反対側に広い食卓を設ける事で一階に四部屋あることにしよう。
今まで適当にキッチンに置いていたテーブルを片付け、木のように形を形成する大きな丸テーブルや椅子達を綺麗に装飾すること数秒。
一瞬で何もなかった場所に部屋が増設され、間取りもなんとなく使いやすくなった。
これでしばらくの間は二世帯で暮らせるだろう。
「さて、トニーを迎えにいくか」
ついでにあの包帯男にちょっかいをかけなければ。