It's not a joke to cry!   作:急須

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Solicitation

It's a reward for a cute person who works for you.(可愛い君にはご褒美だ)

 

店先に落ちていたリュドミラを拾い上げると、不服そうに唸っていた。

獲物が一匹も来なかったことへの抗議のつもりらしい。

褒美の悪魔から吸い取った少量の血を分け与えながら、リュドミラの唸りを聞く。

残念なことに俺が狙っている獲物がそう簡単に尻尾を出すはずもない。

今回は過剰防衛だったか?

 

Good morning, Seed. (ご機嫌よう。シード)Did you sleep well last night?(昨晩はよく寝られたか)

Good morning, Gilva. (おはようギルバ)

 

ぬるり、と影から包帯男が現れた。

いつも決まった時間に現れる男が昨夜は穴蔵を訪れなかったらしい。

これから店に入るというギルバを一瞥し、リュドミラを見ると小さく唸っている。

なるほど、獲物はいたが勘の鋭いやつで間合いに入る前に逃げられたと言ったところか。

今だって絶妙な距離感でリュドミラと俺の間合いに入ってこない。

 

What are you staring at each other?(何見つめあってんだ)

 

ふらりとわずかに顔を出し、朝日を背負って別の男が現れた。

またおじゃんにした赤いコートの代わりに黒いコートを羽織った彼は言いつけ通りに行動したらしい。

ニールの婆さんから奪ったのであろうサンドウィッチの食べカスが頬についている。

 

「挨拶をしていただけさ。これから店に入るのかい?」

「ああ。実は君と一緒に飲みたいと思っていてね。店まで誘いに行こうか悩んでいた」

「ふーん?俺も相席いいか?」

「勿論」

 

まるでたおやかな女性をエスコートするかのように俺の手をとるギルバにニヤリと笑い、恭しくその手をとる。

人間なら易々と骨が折れるであろう握力で握り込まれても涼しい顔で同じだけ握り返した。

寒い笑顔の応酬に首を傾げたトニーを引き連れ、三人で店に入るとやかましい連中がはけた後の静かな店内だった。

店の片付けを始めていたボビーが迷惑そうに俺達を見る。

 

「もう閉店の時間だぜ。出す酒も品切れだ」

「そう言うなよボビー。あ、厨房借りていいか?」

「全く!俺の話聞きゃあしねぇ!」

 

ぶつくさと文句を言いつつもカウンターにどっかりと三本のウィスキーボトルが置かれた。

多めの代金を支払い、たっぷり氷の入ったアイスペールとグラスも勝手にカウンターから攫っていく。

バーカウンターの内側に入ってもボビーは軽く小突いてくるだけだった。

 

「俺は寝る。さっさと飲んで帰れよ」

「はいよ」

 

この店で問題を起こしたらロクなことがない。

店の奥へと引っ込むボビーに軽く手を振って、二人に向き直った。

 

「なんだよ、シード。ボビーと随分仲がいいな」

「昔ちと助けてやったことがあってな。軽い頼み事なら聞いてくれるのさ」

 

カウンターに座った二人にシングルを置き、自分の前にはダブルを注ぐ。

何処からともなく取り出した我が家の冷蔵庫にある食料と器達を隅に起き、ツマミとストロベリーサンデーを作り始めた。

 

「で?俺とお喋りしたいって?」

「少し昔話をしようかと思って」

「old story?」

 

あるお方から聞いた話だ。

そう前置きをして、無口な男が嫌に流暢に話し始めた。

 

「二匹の悪魔が一人の人間に恋をする話だ」

Is a man Mummy in love!(ミイラが恋話!)look interesting.(面白そうだ)

 

まるで御伽噺のような設定だ。

カラリと氷が転がる。

薄暗い照明がスポットライトの様にギルバを照らす。

詩人ちゃんの口上は実にメルヘンだ。

 

「二匹の悪魔には決定的な違いがあった。一匹は世界最強の魔剣士。一匹は世界に厄災をもたらす最低の悪魔だった。彼らが恋をしたのは人間の女だ。美しく、清らかだった彼女に彼らは次第に惹かれていった」

「血みどろの戦いになりそうな組み合わせだなぁ」

「ところがそうはならなかった」

 

二匹の悪魔は異常な程に人間に友好的だった。

彼らは互いにを尊重し、愛した人間が最後に選んだ方が勝者だと定めた。

殺し合いの末に手に入れたとしても人間の女が喜ぶとは到底思えなかったからだ。

何よりも二匹の悪魔は親友の様な関係にあった。

刃を向けあえばどうなるかなどやる前からわかっていたのである。

 

「悪魔にとっては一瞬の間に決着がついた。最強の魔剣士に女は落ちた。清く負けを認めた最悪の悪魔はその地を去った。友と愛する女の間に子供が生まれるまで」

 

当てもなくふらふらと人の波を彷徨っていた最悪の悪魔は友からの声を聞き、再び女の前へと現れた。

愛する人が友との間に出来た双子を抱え、柔らかく微笑む。

 

「俺は最悪の悪魔は一体どんな気持ちでその様を見ていたのだろう、と興味が湧いた」

「そりゃあ腹わたが煮え繰り返る思いだったんじゃねぇの?」

「そうだろう。俺もそう思ったが、どうせなら本人に聞いてみたくなった」

 

ーーなあ?最悪の悪魔よ。

 

パチリと目があった。

赤い瞳をした包帯男が俺の顔を見る。

ずっと黙り込んでいた俺は出来上がったストロベリーサンデーをトニーの前に起き、氷が半分溶けたグラスに口をつける。

察しの良い方もそうでない方も聞けばわかる様な内容だろう。

 

先ほどの話はスパーダとエヴァの馴れ初めの話だ。

俺と言う邪魔者がいる、なんてことない恋の話。

スパーダは男前で強くて金もあって優しかった。

悪魔とは思えないぐらい人間臭いのに、人間に化けていられるのが不思議なくらい悪魔だった。

けれど、そこは俺と同じで。

 

エヴァがスパーダを選んだ決定的な理由はたった一つ。

そしてそのたった一つが、俺にはまだ理解できない。

分かるのに、解らない。

 

「そうさな…あの時はまあ、驚いたな。人間の赤子ってのはこんなに柔いのかって。抱えていいって言われた時ビビったもんさ。ぶっ壊しちまうと思ったから」

 

返答が予想外だったのだろう。

煽る様に上がっていたギルバの口角が少し下がる。

実の所、俺はまだエヴァを愛しているが、それはそれなのだ。

所詮叶わぬ恋。

俺の初恋は儚く散ったが、悪魔と人間の関係なんて食うか食われるかなんて物騒なものが根底にあるし。

 

「んで、その双子に恋…いや、愛を覚えた。守ってやらなきゃならないんだって思った。もし女の子が生まれてたら俺のハニーにしてやろうと思ってたんだけどなぁ」

 

ケタケタと笑う。

アホの子トニーがようやく自分達の話をされていることに気がついた。

あっと短く声を上げて、不審な目でギルバを見る。

まだこの性悪の正体に気がついてないのかい、トニー。

 

「…結局、あの日は片方しか救えなかったけどな。今もずっと探してる。西側はもう探し切ったから、今度は東かな」

「シード、あんたもしかしてずっとアイツのこと」

「愛した女に、親友の男に頼まれたら無視できねぇだろ」

 

あの子はイヤーカフのことを忘れていない。

時折鏡の前に置かれている小さな紙にあの子が好きだった詩集の一節が書かれている。

返答する様にその続きを書くと、日を置いてまた違う一節が届くのだ。

生きてる。

たった一つの事実、されど重大な事実を元に今も探し続けている。

 

「なあ、ギルバ。別にお前が何しようと知ったこっちゃねぇがな」

 

カラン。

一欠片だけ残った氷を口に含み、態とらしく噛み砕く。

口の中にじんわりと広がる冷たさと爛々と輝く赤い瞳に冷え切った血の味を覚える。

ああ、愛する女を"食った"時もこんな気持ちだった。

 

「俺の縄張り荒らそうってんなら、喰う」

 

皮に牙を立て、肉を噛みちぎり、骨を砕き、血を啜る。

その包帯の下に隠れた俺を惑わす為のお綺麗な顔に噛り付いて目玉を吸い出して脳みそを引きちぎる。

生きたまま喰って魂だけ魔具に変えてやる。

 

クリフォトは食らえば食うだけ育つ。

二千年の間にゆっくりとはいえ食べ続けている俺の本性を舐めてもらっては困る。

人間らしく振る舞い、人間として生きているから忘れられがちだが、俺は悪魔だぜ?

 

「肝に銘じておこう」

「ぜーんぜん聞く気ねぇなぁ?」

 

フッと笑った男は琥珀色の液体を揺らす。

今ここでこいつをぶった切っても良いのだが、生憎なことにこの街を随分気に入っている自分がいる。

まだ出て行きたくない。

問題を起こすには少しばかり早い。

 

「なあ、シード」

 

トニーがストロベリーサンデーをつつきながら、気まずそうにどこかを見ている。

こちらに目線を合わせ辛そうに。

何を聞きたいのかを察し、あー、と短く感嘆符を漏らした。

誤魔化す様にグラスにウィスキーを注ぎ、口に含む。

子どもの前でする話じゃなかった。

話したのは俺じゃねぇけど。

 

「トニー、ギルバ。この残ったウィスキーで飲み比べしようぜ。誰が一番早く飲み切れるか」

 

次の言葉を発する前にサッと二人の前にボトルを渡す。

開けてしまったウィスキーの代わりに自室にしまっていたウィスキーのボトルをどこからともなく取り出して、ニヒルに笑った。

顔を見合わせた二人もまた同じように笑う。

 

三人同時にボトルへ手を伸ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「なーシード」

「んー?」

「母さんのこと今でも好きか?」

「…いい女だった、とだけ」

 

酒に弱いギルバが酔い潰れた後、すっかり明るくなった窓の外を見ながら琥珀色の液体を傾ける。

俺の人格は最初に食った人間を元に作られているから、正直なんで惚れたのかは分からない。

何となく彼女に惹かれた。

 

「明るくて、優しくて、強くて…人間ってあんなに綺麗なんだって初めて知ったなぁ。何千年も生きてるのに!」

 

窓から降り注ぐ陽の光の様に暖かな女性だった。

人間も彼女に惚れていたのだから悪魔が惚れたって仕方がないよなぁ。

 

「親父のこと、憎い?」

「いいや。あれで良かったのさ」

 

くしゃり、と白い頭に手を置く。

不思議なことだ。

俺を救ってくれた悪魔と俺が初めて人らしい感情を向けた人間の間に生まれた子と暮らしている。

俺を構成する最初の人間は随分穏やかで優しい人間だったんだろう。

人間の言葉で正義感というのだったか。

 

酔い潰れる前に渡された小さな紙を眺める。

ただの紙切れに神経質なスペルが綴られていた。

 

I'm going to give you the illusion.

 

「幻想を貴方に、か」

「なんか言ったか?」

「なんにも」

 

魅力的な言葉だ。

俺が逃した夢を提供してくれるという。

だからギルバは"あの顔"に作られたのだろう。

欲しかったものを作ってくれる。

趣味の悪い人形遊び一つで人間界を血の海に沈める最低の悪魔が手に入るのなら、安いものだろう。

 

でもなぁ。

Playing alone is no better than nothing!(一人遊びなんて虚しいことこの上ない!)


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