It's not a joke to cry!   作:急須

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prey

見覚えのない天井に、工房より狭いリビング。

足がはみ出るソファーから起き上がり、額に手を当てる。

ニールの気配は店の工房にあるようだ。

閉められたカーテンから外を覗くと、日が沈む少し前。

 

かけられた毛布を畳み、立ち上がる。

自然とマリーを探してしまったが、置いてきたのを思い出してそっと手を下ろした。

愛しの悪魔が養い子に余計な話をしていそうで軽くため息が出た。

なにを話されても構わないが、二人とも意地が悪い。

帰れば確実にその手の話で揶揄ってくる。

 

手持ち無沙汰で武器もない。

一番緊張すべき時に随分と気の抜けたミスをやらかしてしまった。

いざとなれば手品よろしく適当なところから武器庫につないで取り出すことも可能だが、マリーなしでどこまで耐えられるか。

今工房にある中で最も優秀な武器がブラッディ・マリーなのに。

 

さらに相手は人間ではなく悪魔だ。

襲ってきた人間なら、適当な理由をつけて食って仕舞えば良いのだけれど。

悪魔を食べる、なんて出来ればしたくないし。

必要数以上に食すと胃もたれを起こすのだ。

 

For crying out loud.(まったくもう) こういう時に厄介な奴はやってくるんだからなぁ」

 

店の方で何やら言い争いをする声がする。

ニールの抗議する様な声に返るのは静かな言葉だ。

あの包帯男は一体何を求めて四十五口径の芸術家の元を訪れたのだろうか。

少なくともこちらの気配に気がついている様で、店の奥から覗くと一瞬だけこちらを見た。

挑発する様な瞳にその意図を察する。

ほぉ、俺と遊びたいってのかい。

 

眠い目をこすり、手ぶらでニールの横にひょっこりと顔を出した。

驚いた様な彼女の肩に手を回し、後ろに下がる様に促すが、彼女はピクリとも動かない。

あくまでここは自分の店ということなのだろう。

余所者が店の厄介者を相手にする必要はない、と。

こちらは一晩の恩があるんだがね。

 

Hey, mummy.(おい、包帯男) Don't bother the shopkeeper.(店主を困らせるなよ)

Well, well.(これはこれは) Don't let outsiders talk.(部外者が出張るものじゃない)

 

店主もそう思っているだろうさ。

包帯塗れの顔で口元だけを歪めるギルバに、笑いをこぼす。

軽口を叩きながらも腰に据えた刀から手を離そうとはしない癖に何を言うのだか。

我が最高傑作に酷似した別物のソレを注意深く観察する。

 

あの刀は恐らく"閻魔刀の写し"だろう。

俺からすれば写しなどではなく贋作と言いたいものだが、知りもしないジャパニーズソードを作り上げた主への賞賛を込めてあえて写しと言おう。

全く同じ素材で作れるはずもないソレを次元を断つ能力なしとはいえ、ここまで近い形に創り上げられるのは魔界ではマキャヴェリ一人だけだ。

奴が打った刀ならそれなりの切れ味があるはずだ。

 

そして、彼の肉体を形成する"中身"も同様に頑健だろう。

マリーなしで無ければ恐るるに足らぬ筈なのだけれど、一人だけだと実力は上の下程度なんだ。

ここでタイマンに持ち込まれたらニールを守れる自信がない。

 

「それ、熊撃ち用のショットガンだろ?人間相手に仕事するお前が欲しがる様なもんか?」

「次の仕事で使う。保険をかけておくに越したことはない」

「そいつは人間じゃねぇって?馬鹿言っちゃいけねぇよ。ちゃーんと人間サマかどうか見た目で判断してみろってな」

「見た目で判断できない生き物もいるさ」

 

彼が欲していたのは壁に立て掛けられた熊撃ち用のショットガンだった。

丁寧に固定されたそれを打ち付けられた壁ごと引き千切り、何度か振り回して使い心地を確かめている。

あまりの事態に絶句した様子のニールなど視界に入っていないかの様だ。

弾丸の入っていないショットガンに何処から取り出したのか、二発入れてこちらに銃口を向けてきた。

おいおいマジかよー。

 

「お前みたいな"悪魔"は特にな」

 

ドォンッ!!

 

凄まじい銃声が響いた。

散弾の筈がまるでマグナムかの様に一点へと集中し、轟音と共に襲い来る。

そばにいたニールが巻き込まれないように、咄嗟に庇ったのだ。

衝撃を一身に受け、血飛沫をあげながら店の奥へと吹っ飛んだ俺はゴロゴロと転がり、勢いよく"首"を打った。

 

「シードッ!!」

 

運良く無傷で、返り血も浴びずに倒れこんだニールの悲痛な声が遠くに聞こえる。

そりゃそうだ。

今俺の"首から先が"全て吹っ飛んでしまったのだから。

頭のあった位置へ手を当ててもスカッと空を切るだけで、目もないために視界も真っ暗だ。

あーあ、知り合いの人間の前でこんなことしたくなかったのだけれど。

 

メキッと首から徐々に白い枝が伸びる。

樹木が枝を伸ばすが如く、徐々に顔を形成し、ものの数秒で再び同じ顔が出来上がった。

目を見開いて口元を押さえたニールにニヤリと笑って見せ、俺の頭を吹っ飛ばしてくれやがった包帯男へ軽口を叩く。

 

「今のはちょっとだけ痛かったなぁ。俺の頭がおかしくなったらどうしてくれるんだ。うん?」

「それは悪いことをした。あのスパーダの剣をも弾く強靭な樹皮がここまで柔いとは知らなんだ」

「芸術のためには防御力を捨てる選択もあるのさ。見ろよこの綺麗な顔。最高にクールだろ」

 

スッと切れ長な瞳が細められる。

その中身は悪辣な毒の樹だろう、と言いたげだ。

ケチケチすんなよ。

同じ悪魔同士仲良くしようぜ。

お前の包帯の下にある俺好みの顔だって立派な芸術なのにさ。

そういうところは最高に生真面目だよなぁムンドゥスよ。

 

「試し撃ちしたいなら外へ出ろ。ここじゃ狭過ぎる」

「その必要はない。貴様も、そこの人間も今から死ぬのだから」

 

ギルバが装填している実包は熊撃ち用ショットガンの名に恥じないスラッグ弾だ。

大口径のショットガンに込められる弾丸の中で拡散しない種類はそれしか思い当たらない。

弾頭が小さく、射程距離の短さを散弾で補うショットガンにしては怪しい選択だが、この".45 ART WARKS"にそもそもショットガンを買いに来るなという話だ。

誤字がチャーミングな四十五口径の芸術家が大口径の熊撃ち用ショットガンを売るはずもないのに。

 

「どうせ貫通力を求めるならライフルをお勧めするぜ」

「目的が違う。広範囲に木っ端微塵に出来る銃ならばこれで十分だ」

 

今は。

付け足した不穏な言葉に合点が行く。

俺とニールを始末した後は可愛い育て子へと散弾のショットガンをお見舞いするつもりらしい。

おいおい、俺を薄っぺらい木製のドアか何かと勘違いしてないか。

 

「さて、言い残すことはあるかな」

「んーそうだな。墓にはキュートでクールでパッションなアイドル、ここに眠る。とでも書いてくれ」

 

これで俺も晴れてシンデレラなガールズさ。

ウィンク一つを飛ばす前にその引き金が引かれていた。

相当のウザさを孕んだ一言に耐えきれなかったのだろう。

もちろん大人しく食らう気もない。

 

懐から武器庫にアクセスし、魔具を取り出そうとしたその時。

手に触れたのはひんやりとした人の手。

いや、悪魔の手だった。

 

「私に黙って一人でヤるなんていい度胸してるわね」

「あっ」

 

ぬるり。

その悪魔は鋭く美しい爪を振り上げ、いとも容易く弾丸を摘んでしまった。

摘んだ弾丸に興味はないのか、その辺に放り投げ、鼻で笑う。

その程度の武器に傷付けられる軟弱な肉体ではないと言いたげだ。

ヤメテ!心にくる!

 

「王子様が助けに来てあげたわ。アイドルちゃん(偶像)

「聞いてたなら早く助けに来てくれ」

「人間一人を入れ違いに次元移動させる準備を素人がやってみせたのだから褒めなさいよ」

 

え。

思わずニールが立っていた場所を見ると、そこに彼女の影はない。

何故だか周囲にあったあらゆるものまで一緒になくなっているのは、転移に巻き込まれたのだろう。

ブラッディ・マリー自体に次元移動を可能にするほどの能力はないはずなんですけれども。

何をやらかしてくれたんだこの吸血鬼。

 

「あら。余計なお世話だった?」

「有難いけど、どうやったんだよ」

「そんなこと気にしてる場合、かし、ら」

 

追い討ちをかけるようにもう二発撃ち込んだギルバの弾丸を再び掴み取る。

人間が作った程度の武器では彼女に対抗することは不可能だろう。

マリーはいつの世か、魔界でも名の知れた悪魔だったのだから。

もう二千年は前の話になるが。

 

「その容姿、その実力。吸血姫のアンジェリカとお見受けする」

「あら。私の"奪われた名前の一部"を言えるなんて、ムンドゥスはよほど私を警戒しているのね」

「厄介な相手だと聞いている」

 

ギルバ曰く、昨日の昼に俺が丸腰でこの店に入るのを見たからこそ、今日わざわざ攻め入ってきたのだと言う。

トニーのことは仕留めるために用意周到に準備するのに対して俺に関しては随分と適当じゃないか?

場当たり的というか、戦略性のかけらもないというか。

取るに足らないとでも思われているのだろうか。

今でさえ警戒しているのはマリーだけだ。

 

「じゃあどうする?諦める?」

「いいや。厄介なだけだ。倒せぬ敵ではない」

「その慢心が身を滅ぼすのよ。憶えておきなさい。坊や」

 

手に収まったマリーを構える。

この狭い室内で果たしてどこまでヤレるのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ニールが次に瞬いた時には、見覚えのある他人の工房にいた。

 

「うわっ!?なんだ!?」

 

相当驚いたのだろう。

沢山の宝石が入った箱を抱えた男が後方に飛び退いた。

その音を聞きつけたのか、大声に反応したのか、さらにその奥の扉から出てきた男に合点が行く。

シードは人ならざる者だったのだ。

 

「ばあさん…なんでココに」

「私だって知らないよ。気が付いたらここにいたのさ。グルーとトニーがいるってことはシードの工房かい」

「ってことは、ばあさんもシードに助けられた口か。アンタの店にアイツが狙ってる"獲物"が来たんだな」

 

グルーが納得したように頷き、工房の机に持っていた箱を置いた。

転移に巻き込まれたのであろうあらゆるものを拾い上げようとして、ニールに手を叩かれる。

触るな、と言いたげだ。

こんな摩訶不思議な状況にも臆することなく、商売道具は決して他人に持たせないその根性に恐れ入る。

キモが座りすぎてやしないか、と。

 

「相手は誰だった?いや、何者だった?」

「トニー。その前に聞きたいことがある。シードってのは」

 

何者だい?

 

返答次第ではげんこつ食らわす。

あまりの覇気にトニーは両手を挙げた。

悪いな、シード。

このばあさん相手じゃあ全部ゲロッちまいそうだ。


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