It's not a joke to cry!   作:急須

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Dark knight

右に一歩、左に二歩、後ろの下がっておまけのジャンプ!

スタンッと降りた俺の頭部を狙って再び飛んできた一閃をすかさず屈んで避ける。

いつの間にか火の手が回った店内を自在に飛び跳ね、ギルバの攻撃を躱し続けていた。

 

足運びは鋭くしなやかで、しかし緩急をつけながら刻むように一歩を踏み出す。

ダンスのステップでも踏むかのような軽やかな身のこなしで太刀筋を避け続ける。

その実、内心は冷や汗ダラダラだ。

燃え盛る炎の所為でどんどん逃げられる幅が狭くなり、この建物自体がいつ崩れてもおかしくない。

腰に携えたマリーを抜こうものなら切り裂いた瞬間に足元から抜けそうだ。

 

伺っている好機は未だ訪れない。

一瞬でも体制を崩せばまた頭を吹き飛ばされる。

流石に二度も頭部を破壊されては、再生に時間がかかりそうだ。

この複雑な機関を何度も作れるほど時間も余裕も与えられない。

 

Is it getting warm?(準備運動は終わったか)

I still want to dance!(まだ踊れるさ)

 

襲い来るスラッグ弾はマリーに任せ、愚直にステップを踏む。

店の外には沢山の人間の気配があった。

ニールの店から火の手が上がっていれば野次馬も自然と増える。

彼女はこの掃き溜めに馴染んでいるガンスミスだ。

その内、野次馬の中に知り合いが混じるかもしれない。

 

「そろ、そろ!ワルツにも、飽きてきたんじゃ、ねぇか!」

「踊っているのは貴様だけだ」

「こりゃ失敬!君は演奏家だったな!」

 

鼻先を掠めた出来の良い贋作を横目に出口を探す。

ギルバの太刀筋は研ぎ澄まされているが、これが全てではなさそうだ。

恐らく、閻魔刀を用いて戦っていたスパーダの戦闘データを基に調整されている。

何処か懐かしさを感じる動作が随所に見受けられるのだ。

包帯に隠れたあの顔で、データだけの太刀筋で、作者も素材も違う贋作の刀で、俺達を屠らんとするか。

ムンドゥスはつくづく悪趣味だと思う。

 

しかし変だ。

出会った時からおかしいと思っていたが、力を振るう様を見てさらに疑問が湧く。

ムンドゥスは今まで俺たちの居場所を特定できていなかった筈だ。

ギルバを作る前に俺達を見ていたとしても、何故彼の武器は刀なのだろうか。

口調、佇まい、眼光。

ああ、大きくなった"あの子"はきっとあんな風に…。

 

はたと、とある可能性を考え、一瞬足元が鈍った。

隙を見逃す程、甘くない。

 

「させるわけないでしょう」

 

カキンッ!と弾く音。

おおよそ人間ではあり得ない速さで俺の腕が動く。

赤黒い血管のようなものに操られた腕はブラッディマリーの仕業だ。

有難いけれども今の思考ではお礼を言っている場合ではない。

誰の庇護もないであろう"あの子"が、ムンドゥスの毒牙にさらされているのなら、それは相当に不味いことだ。

 

「ギルバ、なあギルバ。お前、いやお前達は、あの子に、あの子に会ったって言うのか!?」

 

誰を指しているのか、知らぬものが聞けば答えなど帰ってこない問いだった。

しかし、悪魔は笑う。

正しく自らのモデルとなった"あの子"を思い浮かべ、愉しげに。

 

「そうだ、と言ったら?」

 

この感情を、なんと表したら良いのだろう。

あの子が見つかるかもしれない。

やっと会えるかもしれない。

淡い期待と喜びが胸を駆け抜けると同時に、怒りと焦燥感が背筋を這う。

ムンドゥスはあの子に手を出した。

一刻も早く見つけ出し、その腕を掴み取らねばならない。

 

「こりゃあ…話し合いが必要みたいだ」

「応じる義務はない」

「否が応でも答えてもらう!」

 

初めて、攻撃の為に一歩を踏み出した。

たったそれだけの動作であったが、ブラッディマリーには十分過ぎる一歩である。

刀の斬撃か、無数の手による攻撃か。

身構えたギルバは距離を開けようと飛び退いたが、あまりのことに目を見開く。

 

そこに立っていたのは、真っ赤な血に覆われた傀儡だった。

 

これぞ俺にとって最大で最低の戦闘態勢。

悪魔としてのプライドも、剣士としての矜持もかなぐり捨てたまさに捨て身の構え。

その名も"全部マリーにお任せ"である。

たとえ人の形をした身が引き千切られようとも、人としての核が砕かれようとも、再生と防御だけに特化した人形はすぐさま元通り。

頑丈な人形で心ゆくままに殺戮の限りを尽くせるマリーと、どんな手を使ってでも勝ちたい俺が編み出した最低なお人形遊びである。

それだけこの戦いは本気だと言う証明に他ならない。

 

しかしこの傀儡術、重大な欠点がある。

残念なことに"走れない"のである。

マリーの翼によって飛翔するか、歩くかしか移動方法が存在しない。

何故足の動きだけぎこちないのかは様々な複雑な事情があるのだが、簡単に言えばマリーが普段歩かないことに最大の原因がある。

 

飛ぶか魔具になって仕舞えば歩く必要のない彼女はそれはもう歩き方を知らない。

お前歩いたことねぇのかと言ったら爪で顔面をズタボロに引き裂かれたが、そう言う事情なのである。

しかし、ここは狭い室内。

こんなにも好都合な場所はないのだ。

 

「"ムンドゥス、私と遊びましょう。お前のお人形と私のお人形、どっちがより優れているかを競うだけの簡単な遊びよ。嫌だとは言わないわよねぇ?元は貴方から誘ったのだから"」

「なるほど。不可解な戦闘記録の理由が解明できた。軟弱な毒の樹が武勇を誇れるのはそう言った手品か。よく考えたものだ」

「"お喋りが好きなお人形ね。ならティーカップでも用意しましょうか?注ぐのは貴方の血だけれど!"」

 

俺の口を使い、お上品に喋るマリーに内心苦笑いだ。

もう一つだけ欠点があるとすれば俺が夜のバーに出没する性別不明の人間のようになってしまうことだな…。

背に腹は変えられない。

正しく一転攻勢となった俺達に、ギルバは何を思ったのか。

店の壁をぶち壊し、外へと飛び出した。

 

「"鬼ごっこかしら"」

 

おいおい、マリーさんよ。

俺達は走れないんだからちゃんと捕まえておいてくれよ。

 

「"何の問題もないわ。今は夜なのだから。吸血鬼は夜に飛ぶものよ"」

 

それもうコウモリ…グッフッ!?

 

「"次に同じことを言ったらギルバと一緒に切り刻みます"」

 

バイオレンスなレディのお相手とは大変だ。

一つの肉体に精神体が二つも入っているような現状、殴られたのは胴体ではなく精神の方だが、余計に痛い。

くっそ…形なき精神体の腹を的確に殴るその技術は一体何なんだ。

 

「"この方角、あの穴蔵とか言う人間が沢山いる場所に向かっているみたいだけど"」

 

ボビーの穴蔵に一体何の用がある?

 

「"…そうね。人間を餌にした屑共の召喚なんてどうかしら"」

 

マリーの指摘に背筋が凍った。

正確には精神体が硬直するかの如く活動を停止したのだが、そんな話はどうでも良い。

フツフツと、どうしようもない怒りが湧く。

あそこはお気に入りの場所だったのに!

塵芥共に明け渡す羽目になるとは!

 

「"恐らく既に喚ばれた後でしょうね。助けに行くのではなく、殺戮に行くことになります。明らかに罠でしょう。それでも私達だけで突っ込むの?"」

 

行くしかないだろう。

トニー…いや、ダンテがくる前に決着をつけたい。

 

「"貴方…まさか…"」

 

何かを察したようなマリーは重々しくため息をつく。

精神体同士と言えど、お互いの思考に干渉できないはずなのだが、この察知能力の高さはどう言う構造なのだろうか。

これが連れ添った長さか。

 

呆れたような彼女は夜空へと赤黒い翼を羽ばたかせる。

宵闇に浮かび上がる異形の影に、野次馬達から悲鳴が上がる。

たった一度の羽ばたきで、周囲は風圧に引き飛ばされてしまうだろう。

急ぐことを了承した彼女が加減をしてくれるとは思えない。

 

「"贋作を写しにしようだなんてひん曲がった根性に反吐が出ますけれど、聞き入れましょう。私は職人ではないし"」

 

ギルバ。

それは探し人の贋作。

ムンドゥスとマキャヴェリに創造された悪魔だ。

人間の顔を見ても区別が付いていなさそうなムンドゥスが双子の兄であるバージルを模して造られたのだと推測される。

一度お持ち帰りの時、包帯の中身を確認した際はその造形美に思わずよだれが出た。

 

だって完璧だ。

パーフェクトだ。

その細部に渡るまでそれはバージルだと断言できる。

本人がどのように成長しているのかダンテを見つめるより本人に近い。

本質や力量に関しては残念ながらマイナス点を付けざるを得ないが、そこを抜けば高得点をつけても良い。

 

そしてあの贋作閻魔刀。

存在すら許せないアレを俺の手で真作に、否、写しへと昇格させたい。

何もかもを作り変える必要があるが、閻魔刀とブラッディマリーの従兄弟として扱ってやっても楽しいだろう。

兎にも角にも俺はアレらが欲しい。

欲しいったら欲しい。

 

しかしダンテが来たらどうだろう。

彼はとにかくぶっ壊すこと専門だ。

壊さずになんとかしろ、と言っても結局壊す奴だ。

何より、母であるエヴァを殺されて以来、悪魔に個人的な恨みを持っている。

殺せと言うならまだしも、悪魔の捕獲をしろだなんて言った日には俺にもリベリオンを向けかねない。

そんなリスクを冒すぐらいであれば、マリーの手を借りた方がマシだ。

 

「"模倣品の芸術なんて私にはわからないけれど、貴方が欲しいと言うなら捕まえましょう"」

 

オリジナルこそ真の芸術だと言ってはばからない彼女は少々不満げだ。

そう言いつつも翼は真っ直ぐ、ボビーの穴蔵を目指している。

彼女の出せる全速力はもっと早いはずだが俺の肉体では重いのだろう、ギルバを視界に捉えながらも追いつきはしない。

 

「"死なない程度に殺してあげます。私基準でね"」

 

あとはどうにかしなさい、とだけ付け加えられ、数秒の空の旅を終えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「シードは悪魔の父親の友人で、死んだ両親の代わりにあんたを育てていて、あんたはトニー・レッドグレイブじゃなくて、本当の名前はダンテ?んであんたは人間と悪魔のハーフ、半魔だっけ?」

「そうそう」

「そんな馬鹿げた話があるかいっ!」

「イタッ!本当なんだって!」

 

トニー・レッドグレイブ改めダンテと話をしていたニールがその白い頭に名一杯のげんこつをかました。

御伽噺でも聞いているような、現実味のない内容を信じられるわけがない。

しかし、ニールは実際に摩訶不思議な体験をし、今命を助けられている。

心の中では冷静に、嘘と言い切れないだろうと思っている。

例えどれほど信憑性がなくても。

 

「はーっ…仮にあんたの話が本当だったとして、ギルバは何で私とシードを狙ったの」

「ギルバも悪魔…だと思う。確証は持てねぇけど、そうでもなきゃシードの頭を吹き飛ばすなんてありえねぇ。人間がアイツを殺せるって話の方が信じられねぇし」

 

つまり、話を鵜呑みにするのなら悪魔同士の小競り合いに巻き込まれたと考えるべきだろう。

喧嘩を売った側がギルバ、いつの間にか買わされていたのがシード、知らず知らずに買っていたにも関わらず守られているダンテ、という構図のは容易に想像できる。

文句垂れながらも保護者をしているらしいあの悪魔は、今頃死闘を繰り広げているだろう。

 

「もういいか。シードのところに行きたいんだが」

「ちょっと待ちな。今あんたに持たせるもんがある」

 

早くシードを助けに行きたいと言わんばかりに荒々しく席を立ったが、ニールの迫力ある声に留まる。

今度は何だと片眉を上げるが、ニールの顔は真剣だ。

先ほど拾い集めた銃の部品をいくつか取り、何やらいじくり回している。

シードと同じぐらい制作に手を抜かないニールにしては珍しく、必要最低限の動きしか行っていない。

 

「組み立てて持って行きな」

「これは?」

「そうさね…"エボニー&アイボリー"とでも呼ぼうか。理論上、あんたの射撃に耐えられる唯一の双子銃さ」

「おいおいマジかよ」

 

目の前に並べられた銃の部品達は一つ一つの完成度が凄まじく高い。

間違いなく手の込んだとんでもない逸品である。

 

「ただし!今は仮調整された状態だ。無茶するとそいつもお釈迦になるかもしれない。決して無理に振り回すんじゃないよ。戻ってきたらまた調整をかけるからね」

 

だから早く行って帰ってこい。

手の中で次々と組み上がっていく新しい相棒を見つけ、ダンテは強く頷いた。


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