It's not a joke to cry!   作:急須

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Leave

――燃え上がる我が家が青い瞳に映る。

きれた息と体の熱さに反して手に持った閻魔刀の冷たさが刺さる。

炎の向こうに優しかった母が血濡れになって倒れている姿に心が軋む音。

母と共に居た筈の双子の弟の姿はなく、誰かを探すように騒ぐ悪魔達が此方を見る。

弟の生存も絶望的だ。

 

アイツらが母さんとダンテを…!

 

手に持った閻魔刀を引き抜く。

今この場で仇を倒せるのは自分しかいない。

殺らなければ殺られる。

もう自分を守ってくれる優しい両親も側にいてくれる弟も、どこにもいないのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

Shit!!(クソが!!)

 

放送禁止用語で規制音まで入る暴言を吐きながら次から次へと迫り来る悪魔を切り捨てる。

早くあの丘の上まで行かなければならないのに、わざわざ開いた魔界の門をぶち壊した俺にお怒りの同族達がこぞって首を狙いに来る。

 

ムンドゥスによって創造された悪魔トゥウリを退けたは良いが、魔界の門があるとトゥウリクラスの悪魔が際限なく出てくるかも知れない。

一か八か開いている魔界の門たる石像を切り刻み、なんとか門を閉じられたは良いが人間界に来てしまった悪魔はどうにもならない。

 

だからと言って掃討するのも面倒臭いのに相手の方から勝手に向かってくる。

そのまま俺を無視すればお互い穏便に済むのに、下級悪魔(バカ共)ときたら!

本当にオツムが弱い!

 

もうこの街には生きている人間などいないだろう。

一部の人間は何処かに逃げおおせたようだが、殆どは悪魔によって殺され火にのまれた。

翌日のビッグニュースに放火事件とでも書かれていそうで嫌になる。

魔界のことなどすっかり忘れた連中が悪魔の仕業なんて記事に書くとも思えない。

 

「栄養価はともかくテメェらの血はクソマジィんだよ!食事にもなんねぇゴミ共が俺の前に立つんじゃねぇ!!」

 

焦りに焦っている上に馬鹿の一つ覚えでウジ虫のように湧き出てくる下衆共に苛立ちを隠しきれない。

スパーダと人間の血は同意がない限り吸わないと約束し、今まで守ってきた俺でも今回ばかりは欲望のままに吸い尽くしたい気分だ。

魔力も無く、他に栄養を摂取できない人間界では血を吸うことが一番の回復方法なのだ。

物理的に不可能な今の状況では本当は嫌だけれど仕方なく悪魔の血を砂になる前に吸い上げている。

 

これがあまりにも酷い味だ。

泥水のような安いコーヒーが美味く感じるほどに。

もっと言うのならば道端に生えている雑草の方が幾分かマシである。

しかし魔力が潤沢にある分栄養価は非常に高い。

回復力も格段に上昇している。

この味さえなんとか出来れば共喰いだけで生きていけるほどだ。

 

I’m pissed off!!(あー!イライラする!!)

 

どいつもこいつも俺の邪魔ばかり!

あーもういい!

もうこの街には人間の気配もない!

"本来の姿"になったって構わない筈だ!

しかし痕跡を残すと面倒くさい!

ほんの少し"根"を這わせるに留めておけば復興も楽だろう!

人間のことなんてどうでもいい!!

 

――He…lp…

 

悪魔の耳にか細い子供の声が聞こえた。

声の在り処に視線を向けると、子供が炎の中で息も絶え絶えに手を伸ばしている。

灰色の瞳が子供の青い瞳とかち合った。

今にも開放しようと思っていた魔力の渦が反射的に引っ込んでしまう。

 

「あーもー!人間なんかどうでもいいけど!!」

 

その色だけは駄目なんだよ!!

 

 

 

 

 

 

――私が戻らなかったら、一人で逃げるのよ。名前を変えて、強く生きるの。

 

母さんはそう言ってクローゼットの扉を閉めた。

外に行ってから戻らないバージルを探して家を出ていく。

けれど直ぐに母さんの悲鳴が聞こえ、もう駄目なんだと分かった。

 

外には悪魔がたくさんいる。

鼻につく腐った物の臭いが酷い。

父さんともシードおじさんとも違う酷い異臭がする。

手に持ったギターケースを握りしめ、火がつき始めた玄関を見る。

今なら裏口から逃げられるかもしれない。

母さんを、置いて。

 

いや駄目だ。

そんなことしたくない。

逃げたくても足が竦んで動かない。

こんな時に頼りになる片割れがいつも隣にいたのに、今はどこにもいない。

火の手の中でリベリオンを強く抱えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「アンタ!ここまで逃げてきたのか!生き残りか!?」

「あ、ああ!君もか?」

「この丘の上から誰か降りてこなかったか!」

「誰も降りてきていないが…」

 

風向きが街の方を向いているせいか、丘は静寂そのものだった。

しかし上のスパーダ家が見えるわけでもなし、油断もできず足踏みをする。

何人か逃げてきた人間の中でも怪我が少ない男に先ほど瓦礫から拾ってきた子供を無理やり抱かせる。

 

「先を急いでるんだ!この子供、アンタに預ける!」

「ちょ、ちょっと待て!この丘の上で家が燃えているんだ!今行ったって何にもなりはしないよ!」

 

男の言葉を全て聞く前に俺は走り出した。

エヴァとダンテは降りてきていない。

まだ家の中に居るかもしれない。

燃えていたとしてもすべて燃え切ったわけではないのならまだ助かる見込みがある!

助けなきゃならないんだ!

 

直ぐに見えてきた家は、半分ほど火の手が周った後だった。

玄関だった場所は血で濡れていて、奥に手のようなものと悪魔のものと思わしき布切れなどが散らばっていた。

燃えることなど気にせず瓦礫を吹き飛ばし、その手を引き上げる。

 

ギターケースを背負ったダンテが薄く呼吸をしていた。

 

「ダンテ!!」

「シー…ド、おじ…さん?」

「エヴァは、母さんは何処に!?」

 

息も絶え絶えのダンテに必死に魔力を送りながら再生を促し、意識を保たせる。

半魔の彼なら魔力さえあれば持ち前の回復力で傷がふさがる筈だ。

何処かを指差すダンテを抱き抱え、示された方向の瓦礫を必死にどかす。

まだ燃えている高温の瓦礫に皮膚が焼けようとも悪魔の俺には関係ない。

 

体のあちこちから焼けるような匂いと血が溢れ出した頃、ようやくエヴァのか細い身体が見えた。

火傷も含めた切り傷が酷い。

もう死んでいる。

それがわかっていてもその亡骸を引き上げ、火に焼けた喉を開く。

 

「バージル!!どこだ!バージル!!」

 

ここにいたような気配があった。

彼は玄関からではなく、火の手が周っていない裏口からの侵入を試みたようで、その付近から空間の歪みが酷い。

両手にダンテとエヴァを抱え、歪みの先を必死に探るが座標がうまく掴めない。

バージルは閻魔刀で何処かへの時空を開き、飛んで行ってしまった。

彼はこの光景を見て一体何を思ったのだろうか。

 

ガラガラッ!!と激しい音を立てて家が崩れる。

今ここで座標を特定しなければ、バージルを探すためにこの無駄に広い人間界を当てもなく彷徨うことになる。

エヴァと約束した、あの馬鹿な友人が大切にしていた子供達を離れ離れにさせるわけにはいかないのに。

 

一層強い音を立てて頭上の屋根が軋む。

炎に巻かれた屋根が無情にも降り注いだ。

 

 

 

 

 

 

 

レッドグレイブ市にある一部の街を襲った突然の大火災。

犯人の特定もできず、生き残った者は殆どいない。

住む家も家族も失った者達の一時の住処として提供された市の施設で一等異様な雰囲気を放つ子連れの男がいた。

男はギターケース一つだけを持ち、一人の幼い子供の世話を焼いている。

 

――最初にこの施設に来た時、男は全身ひどい火傷を負っていた。

特に背中が酷く、血濡れだった男を職員達が必死に止めていた。

男はせめて子供だけでもなんとか安全な場所に入れたがった。

職員達も子供は責任持って預かるから早く治療しに行ってくれ!と血相を変えて叫んでいた。

 

しかし、そこで子供が駄々を捏ねる。

血濡れの男に抱きついて離れたがらなかった。

困り果てた職員達は二人揃って仮設の診療所へと促していた。

しばらくして包帯だらけの男が綺麗な服に着替えた子供を抱え、割り当てられた部屋へと入って行く姿を見た。

 

男と子供が来てから三日が経とうとしている。

相変わらず包帯だらけの男を不気味に思った施設の人達はあいつこそが大火災の原因ではないか、と根も葉もない噂を囁き始めた。

白い髪の子供を連れたミイラのような男など格好の標的だったのだろう。

彼のことを知っている住民はチラホラいたが、不安と不満、このどうしようもない生活の鬱憤をぶつける対象として男は後ろ指を指される。

 

人は誰しも、不安な時ほど何処かに気持ちをぶつけたいものなのだ。

例えそれが醜かろうと根拠がなかろうとそれで心が救われるのなら。

 

そして一週間が過ぎようとしたころ。

男は子供を連れて施設を出て行った。

住む場所と働き口を見つけたようだった。

ずっとこの施設で子供の側にいたのに一体いつそんなものを見つけてきたのかさっぱりわからなかったが、誰に引き止められることもなくその日のうちに男と子供は出て行った。

 

男が去って行く時、一瞬だけ見えた色のない灰色の瞳を俺は一生忘れないだろう。

何もかもを壊してしまいそうなほど真っ暗な瞳孔が焼き付いて離れない。

俺達の事をどうでもいいモノのように見てたんだ。

あの眼は人間じゃない。

悪魔みたいな奴だよ。

 

 

 

 

 

 

悪魔が人間を育てるなんて無理だ。

初めてダンテとバージルを見た時にスパーダへと放った言葉だった。

今俺の手を握っているこの子供は悪魔であり人間でもある半魔だ。

俺にはエヴァのように人間として育てることも、スパーダのように強さを教えてやることも出来ない。

 

「なぁ、ダンテ。本当に人間界(ここ)でいいのか」

「ここがいい」

 

ダンテを連れてくる時に彼には四つの選択肢を与えた。

人間界で生きるか、魔界で生きるか、俺の次元(世界)で生きるか、俺とは別れて一人で生きるか。

四つ目の選択肢は酷ではあったが無しにはできなかった。

彼が生きる上で、俺という存在がどれほどの影響力を持つかわからない。

 

しかしダンテは間髪入れずに人間界で生きると力強く答えた。

そこに訂正の余地はなく、確固たる意志だけが残る。

分かってはいたが、結局俺は過去の自分が無理だと断じた"悪魔が人間を育てる"行為を行うハメになった。

俺が出来ることなんて精々飢え死にしないよう食べ物を提供し、住む家を与え、大きくなったら何をしたいか問う程度だ。

 

一つの紛れも無い個を作るなんて俺には到底できない。

俺だって個になるのに数千年かかったのだ。

しかも悪魔の手を借りてやっとである。

それを人間は数年でやり遂げてしまうなんて、一体どんな事をすればいいのか見当もつかない。

 

「レッドグレイブ市の外れの方に行くぞ。かなり治安が悪いし、俺は仕事で家を空けたりする」

「分かった」

「…お前を育ててやる自信はないぞ」

「シードおじさんは父さんでも母さんでもないから、分かってるよ」

 

シードおじさんはシードおじさんだ。

青い瞳が俺を見上げる。

ああ、やめてくれ。

そんな目で俺を見ないでくれ。

ロクに約束も守れなかった、お前達兄弟を離れ離れにさせてしまった俺を見ないでくれ。

 

こんな事でしかお前を救えないのに。

 

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