It's not a joke to cry!   作:急須

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Name me

レッドグレイブ市の外れ。

真っ赤なコートを着た男が大きなギターケースを背負ってバー「ボビーの穴蔵」に入って行く。

便利屋組合の拠点であるボビーの穴蔵が彼の仕事場のようなものだからだ。

本日は仕事を終えた帰りのようで、受け取ったばかりの報酬を片手にバーカウンターへと足を向ける。

仲介屋達の怒号と仕事を取り合う者達の声で喧しい店内でも男は眉一つ動かさず、店主のホビーに注文を告げる。

 

Hello, give me a strawberry sundae.(ストロベリーサンデーをくれ)

 

ここはバー、酒を出す場所だぞと言いたげな店主は若干苦笑いをしながら冷蔵庫から予め作ってあったストロベリーサンデーを男の前に置く。

男が粘りに粘って頼み込んだ結果、誰も頼まない彼専用メニューとなった。

否、もう一人だけ頼む人物が居るが彼が訪れる時は大抵、彼の怒りに触れた時だけなのだ。

そして今日はそんな日だったらしい。

 

ドゴッ!!と壊れたかと疑うほどの音を立てて開いた店の扉に、先程まで怒鳴りあっていた店内がシンと静まる。

現れた真っ黒なコートと癖毛を跳ねさせた銀髪と青と赤のメッシュを地毛と言い張るポニーテールが特徴の男に皆いそいそと己の武器をしまい隠す。

一度見られたが最後、傷の一つでもあろうものなら怒鳴られるに決まっているからだ。

金が無ければ修繕一つしないくせに正論でぶん殴ってくる。

 

そして今の彼は超お怒りモード。

誰も手がつけられないほどブチギレている原因は呑気にストロベリーサンデーを食べている男"トニー・レッドグレイブ"だった。

 

Where's Tony!!(どこだ!トニー!!)

I’m here.(ここだ)

 

怒鳴られている本人は何食わぬ顔で手を振り、あいも変わらずストロベリーサンデーを口に入れている。

あの武器職人を前にしてここまで余裕の態度で居られるトニーをある意味で尊敬している輩は多い。

馬鹿みたいに強い癖に銃をいつも壊すせいで常に素寒貧の彼があの伝説の武器職人と謎の関係を持っている理由はわからないままだが。

 

銃を見てくれる奴はいるが剣や籠手といった近接武器を見てくれる武器職人はほとんどいない。

ところが十数年前にやってきた黒コートの男が質のいい武器を作り、従来の武器の修繕までしてしまうものだから彼に頭の上がらない組合員は多い。

普通にしていればノリのいい皮肉の効いた男なのだが、ある一つのことになると性格が変わる。

そう、トニーのことである。

 

「家を空けるなら空けるといえ!仕事が終わったならさっさと帰ってこい!」

「ストロベリーサンデーが食いたい気分だったんだよ。ここのはあんたが作るのとまた違う味なんだ」

「家主に挨拶もなしに出て行方知れずになった理由になっとらん」

 

どうせトニーが受けた仕事の内容もかかる期間も全部わかっている癖にいつもいつも小うるさく小言を言う。

うんざりした顔のトニーがスプーンをくわえながら男に視線を向けた。

 

「おいおい、シード。あんたの中で俺は一体いくつなんだよ。自分だって勝手にいなくなって勝手に帰ってくるじゃないか」

「それとこれとは扱いが違う」

「いいや、一緒だね。あんたなんかどこに行くか一言も言わずに世界中ほっつき歩くじゃないか。仕事で行ってる俺の方がよっぽどマシだ」

 

ふいっとシードがそっぽを向いた。

都合が悪い時によくやる態度だ。

武器職人"シード"は無言でトニーの頭に拳を振り下ろした。

目に見えぬ速さで素早く振り下ろされた拳を避ける動作をしたが間に合わず、トニーはまともにげんこつを食らう。

理不尽なことに言葉に詰まると手が出るタイプだった。

 

「ガキのお前と一緒にすんな」

「イッテェ!あんたのそういうところが嫌いだ!」

「そうかよ。オラ、食ったら早く帰ってこい。婆さんのとこ寄るならさっさとしろ」

「あんたももうジジイだろうが…イッ!」

 

余計なことを言ったトニーがまたげんこつを食らう。

今度は威力が強かったらしく、頭を抱えて机に突っ伏した。

鼻を鳴らしたシードが店を出て行くのを見て、またざわざわと怒号が飛び交い始める。

突っ伏したまま動かないトニーに店主のボビーが声をかけた。

 

「早く家に帰ってやんな」

「…チッ」

 

軽く舌打ちをしたトニーがむすっとした顔で残っていたストロベリーサンデーをかきこみ、席を立つ。

代金を乱暴に机の上に叩きつけ去って行く姿は謎の哀愁が漂っていた。

 

 

 

 

 

 

カウンターの上に乱暴に置かれ銃に、ニール・ゴールドスタインが眉を釣り上げる。

引き金の部分がぐにゃりと曲がり銃身が変にひしゃげる銃を見るのはもう何度目になるだろうか。

今日はやけに不機嫌なトニーは眉間にしわを寄せて代金を乱雑に置く。

 

「なんだい。またシードの奴に怒られたのかい」

「…もうガキじゃねぇのに」

「あんたのことが心配なのさ。私が怒るまで過保護に過干渉に甘やかしまくりで酷い有様だったの覚えてるだろう」

「自分はどんどんいろんなところ行く癖に」

「あいつの放浪癖は本能さ。治るわけないよ」

 

壊れた銃と代金を受け取りながらニールは拗ねたトニーの頭を撫でる。

大人しく撫でられている時は大抵シードに反抗している時だ。

喧嘩したい訳ではないのについカッとなって言い合いになってしまうといつも寂しそうに言っている。

 

シードもシードで最近は頑固親父のように自分の言ったことを曲げようとしない。

さらに自分のことは何一つ話さないものだから余計にトニーの反感を買う。

それでも頑なに語ろうとしないところを見るに、昔の友人とやらにしか話していない内容なのか。

 

「あいつ、名前すら名乗ってないって分かって問い詰めた時なんか"お前に名乗る名前なんてねぇ"って言ったんだぜ!?」

「シードの名前は私も知らないねぇ。名前が嫌いなんだって言ってた気がするけど」

「俺にもそういえばいいのにわざわざムカつく言い回ししやがって!」

 

いつもの皮肉な言い回しやふざけた態度は何処へやら。

シードのこととなると途端に感情をあらわにするトニーにニールは苦笑いを隠せない。

十数年前、突然子供を連れて銃作ってくれと言いにきたシードはどちらかというと今のトニーに近いような性格をしていた。

しかしトニーが大人になるに連れてどんどん読めなくなって行き、気がつけばあの有様だ。

 

もうちょっとトニーと接すればいいのに、最近は長く家を空けることもある。

自宅を工房にし、名前もない武器の修繕屋をしている癖に長期不在が当たり前。

彼の調整した武器を振って惚れ込んでしまった連中が何度泣きを見たかわからない。

トニーのところにまできていつ帰ってくるのか問い詰める輩もいる程だ。

 

「確かに、どこに行ってるのか、名前は何なのか、気になるといえばそうだ」

「婆さんも知らねぇのか」

「出かける度に挨拶に来る奴じゃないしね。名前に関しちゃ、昔愛刀に彫ってあるって言ってた気がするけど愛刀自体見たことないよ」

「…マリーに彫ってる?」

「あいつが振り回してるところすら見たことないけどそうらしい」

 

トニーが黙り込んでしまった。

愛刀とやらに心当たりがあるらしい。

確かに"マリー"と呼んでいる。

愛刀のメンテナンスを欠かしたことはないと豪語する彼の側にいれば知らない刀ではないのだろう。

刀に彫る癖に誰にも名乗らないとは随分不思議だ。

 

「Thank you. ちょっと探ってみる」

「銃は明日取りに来な。シードとあんまり喧嘩するんじゃないよ」

「分かってる」

 

不器用な連中だ。

ニールは壊された銃を手に溜息をついた。

 

 

 

 

 

 

 

 

ガタガタッと二階から大きな音を聞き顔を上げる。

依頼の髪飾りへ細工を掘っている間に随分時間が経っていたようだ。

ちょうど真上にベッドしか入らない俺の狭苦しい個室があるのだが、そこから何かが取り外されたような音がした。

あの部屋にはベッドと俺の愛刀しかない。

立て掛けてあるマリーが外されたのだろう。

 

この家は特殊で、玄関から別次元にある俺の工房へ繋がっている。

繋がりを切ればなに一つない廃屋が登場し、住んでいた痕跡すらなくなる。

つまりここは俺が自由に操れる素敵な俺の世界。

指先一つで二階への道を開き、するりとベッドの上に降りた。

わざと寝転がるように現れてやったのはいたずら心である。

 

What are you doing? Mischievous boy.(なにしてやがるんだ?悪戯小僧め)

Eww!?(げーっ!?)

「おい、まるで人を汚ねぇものみたいに言うな」

「家の中と外での性格の違いに風邪引きそうだ」

 

トニー・レッドグレイブことダンテが心底うんざりした顔で寝転がる俺をみる。

家の中と外で全く性格が違うようにしている理由を知っている癖にいつも嫌そうな顔をするのだ。

もちろんその理由とは俺が悪魔だからである。

寿命の違いによって俺はその地域に長居できない。

別の場所に行った時に全く違う別人を装うための手段である。

 

最初からそうしなかったのは幼いダンテがいきなりリベリオンが喋り出したと言い出したり、偽名を勝手に考えたり、俺の料理が下手すぎて全然食べてくれなかったりと物凄く疲れていたからである。

流石にそこまで頭が回らなかった。

今はメシマズクッキングからメシウマクッキングにまでなっている。

 

「で?俺の部屋でナニしようとしてた?」

 

ベッドに乗り上げるダンテの手を見る。

一応大事そうに抱えている俺の彼女は抜き身になっていた。

 

「人の女、取っ捕まえて脱がすとはどういう了見だぁ?」

「アンタがコイツに名前を彫ってるって噂を聞いたんだよ」

「女に名前彫るなんてとんでもねぇ独占欲の塊じゃねぇか、気色悪りぃ」

「彫ってねぇのかよ。アンタなら女にでも容赦なく彫りそうだったのに」

「まあ彫ってるんだけどな」

「自分で自分のこと罵るなよ」

 

わけわかんねぇ、と言いながら掘られている場所を探しているようだ。

刀といえば刀身の、特に鍔の方に掘るものだが生憎そちらには名を彫っていない。

マリーは刀身こそ血のように輝いているのに、わざわざ潰すような真似はしなかった。

もっと別の場所にあるのだ。

 

「ココだよココ。鞘の内側」

「え?あっ!?小さ!分かんねえよこんな位置!」

 

いくら刀身を見てもわかるはずがない。

鞘のすぐ内側、ギリギリ見える場所にかなり小さく俺の名前がある。

Seed(シード)と読めるだろうが微妙に見えない位置にその先が、正確には人間でいう名前の部分が彫られているのである。

シードとはスパーダが俺につけた新たな名であり、苗字でもある。

真の意味で正しい言葉だ。

 

なんの(seed)なのか。

それがわかる言葉が奥に書き込まれているのである。

もちろん鞘を割ってみないことには読めないようにわざわざしている。

どうやって彫ったかは企業秘密だ。

 

「中に彫るとか恐ろしいことしやがる」

「俺が死んで彼女が俺以外に破られても新しい恋人に存在をアピールできるだろ?」

「うわ怖」

 

しかも削れない位置に入れるところがまた悪質だ。

持ち主が誰だか知りたければ鞘を割らなければならない。

割ったが最後、意匠の凝った金細工や鞘の木を彫って彩られた控えめな装飾が全て御陀仏になる。

反りが激しい彼女の鞘を並みの素人が作れるとは思えない。

 

「何よりこの刀は"俺"だからなぁ。俺が死んでからじゃあもう二度と同じものは作れねぇだろうな」

「おいおいまさかこれも閻魔刀と同じ原理か?」

「なんだ知ってたのか。この赤黒い鞘は俺の足。あらかじめ刺青を彫ってから作った。この一番槍の証と言っていい朱色の柄糸は俺の血、この刀身は俺の…」

「いつも思うが、本当のアンタはどんな姿なんだ」

「その見えねぇ名前の先に答えがある」

 

ぐぬぬ…と必死に読もうとするダンテに苦笑いをこぼす。

残念なことにあまり本が好きではない彼がその名を見てもよく分からないだろう。

魔界の連中なら知らぬ者はいないだろうけれどダンテには難しいところだ。

まあ、どれだけ目が良くてもその先は見えな…。

 

h,t,o…(エイチ、ティー、オー…)Qliphoth?(クリフォト?)

 

咄嗟にダンテの手からマリーを取り上げた。

一気に吹き出した冷や汗と震えた瞳孔がダンテの青い瞳を見た。

なんで、なんで読めたんだ。

物理的にも魔力的にも読まれないように最大限の保護を行なっているはずだ。

それなのに、何故。

 

「な、なんだよ。クリフォトってアンタの名前なんだろ」

「その名前を誰の前でも口にするな。もうこの街にはいられなくなる」

「何か意味のある名前なのか?」

「…魔界じゃあ俺を見つけたら取っ捕まえてふん縛って監禁して二度と外に出さずに飢えさせるだろうな…それが一番目的を達しやすい」

「は?なんでアンタを飢えさせる必要があるんだよ」

「俺が実らせるそれはそれはクソ不味い"実"を食うためさ」

 

魔帝ムンドゥスはそうした。

定期的に部下に殴らせて血を流させるのも忘れずに。

あの時は自我がなくぼーっとしていただけだった。

なんの反応も返さずただ与えられる暴力のままに飢え、飢えに飢えて目の前の悪魔を食った。

腹を満たしたい衝動のままに根を伸ばして食った。

 

人間界への道がまだ閉ざされなかった頃だったが故に外にまで幹を伸ばして、ただひたすらに食った。

一ヶ月かけて実をつけ、その実をムンドゥスに取られた。

何故か役目を終えたと思った俺は樹から分離して種になったのだ。

そのあとあの樹はスパーダによって伐採されたが、それと同時に俺も回収されたっけ。

 

「調べたきゃ書斎に行きな。俺の机の引き出しに全部入ってるよ」

「結局シードって名前なのか?苗字なのか?」

「どっちもだ。これからもSeedのままでいいんだ」

 

面倒臭くなってベッドにもぞもぞと入る。

マリーをちゃんと元あったところに立てかけ、すっかり寝る体制に入った。

ベッドの上にいるダンテの腕を引っ張り、隣に倒す。

 

「俺としちゃあこのまま忘れてくれた方が嬉しいね」

「いやだね」

「だと思った」

 

すっかり伸びてしまった髪が散らばり、白いシーツと同化して赤と青のメッシュだけが色味を出す。

何故かどっと疲れ、これ以上何かをする気力が湧かない。

途中だった細工をする気にもなれず、ぱちりと目を閉じた。

 

「急におねんねかよ」

「今なら悪夢が見れそうでな」

「普通そういう時は寝ないって知ってるか」

「今なら無防備で襲い放題ですよ。出血大サービスだ」

「うわいらね」

「ひっでぇ!魔界じゃ評判だったんだぜ!?」

「悪魔は悪趣味だ」

「悪だからな!」

 

目を閉じてゲラゲラ笑う。

その名前を聞くたびに自我のなかったあの頃がちらついて離れない。

ダンテは俺の"(心臓)"なんて欲しかねぇだろうけど、いつか必要になったら遠慮なく言えよ。

世界をぶっ壊してお前を"魔王"にしてやるから。

 

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