東方残火廻~火の無い灰の幻想入り~ 作:直剣ブンブン
◇
__“迷いの竹林”。
幻想郷に存在する、かつては高草郡と呼ばれていた土地であり、伝承によると大津波によって流れ着いたらしい。
その名の通り、単調な風景と深い霧、地面の僅かな傾斜で斜めに成長している竹等によって方向感覚を狂わされ、また竹の成長が著しい為すぐに景色が変わり、目印となる物も少ないので、一度入ると余程の強運でない限り抜け出せない。妖精でさえ道に迷うと云われている。
そんな迷いの竹林で暮らす不死の少女、“藤原 妹紅”は現在、酷く困惑していた。
(思わず助けてしまったが……何なんだ、こいつ?)
彼女の視線の先には、幻想郷では見慣れぬ、異様な風貌をした人物が立っていた。
バイザーの付いた、顔全体を隠すフルフェイスの鉄兜。全身を覆う鎖帷子の上に着込む青いサーコートが印象的な、上質な
右手には片手で持つには重そうな、肉片がこびり付いた両刃の大剣。左手には傷だらけで血糊がべったりと付いた、かなり使い古されたであろう紋章が描かれた上等な銀盾。
体格からして、男だろうか? 容姿だけならば旅の上級騎士といいった出で立ちだが、生憎と西洋の知識が薄い妹紅からすれば変な鎧武者にしか見えなかった。
(……外来人、だよな? 武士は消えたって話だったが、外にはまだこんな奴が入るのか?)
たまたま通りすがり、たまたま目撃した。彼は、無数に等しい妖怪の大群を相手にただ一人で戦っていた。
信じられない、異常な光景だった。妖怪自体は知能の低い下級の妖怪ばかりだったが、それでも普通の人間なら、例え束になろうとまず敵わない力を持っている。
しかし、彼はあれだけの数を相手に、圧倒していた。歴戦の戦士のように大剣を振るい、身体のあちこちに明らかに深手と思われる傷を負いながら……周囲に転がる大量の死体からして、恐らく百体近くの妖怪を殺したのだろう。
それだけでも有り得ぬ光景だが、あんな大勢の妖怪が一人の人間を狙って襲うなんてこと自体がおかしい。普通ならば勝てないと分かった時点で逃げるはずであり、現に一部の妖怪は逃げようとしていたが、大半の妖怪は獰猛な獣の如く次々と襲っていた。
まるで何かに惹かれるように……。
「__貴公」
すると、その人物が、声を発した。
無機質な声。やはり男だったようだ。付着した血や肉片を振り払った大剣を肩に乗せ、僅かな覗き穴からこちらを見据える。
「な、何だ?」
「感謝する。貴公のお陰で助かった。あの数を相手取るのは面倒極まりないからな」
男が礼を言う。兜で顔が隠れているためその表情は伺えないが、声質からして嬉しそうなのが伝わる他、どこか安心している様子だった。
よく言う。あれだけの妖怪を殺しといて……見たところ息は切らしていたが、大した疲労があるようにも見えない。というか、本当に人間か? 腹に思い切り風穴が空いているのに平然としていることから、もしかすると妖怪の類いかもしれない。妖力は感じられないが……。
とりあえず、妹紅は平静を装いながらも少しばかり警戒心を強める。
「礼なんていい……随分とえらい目に遭ってたな」
「ああ。危うく死んでしまうところだった。貴公が“呪術”で一掃してくれなかったらどうなっていたことか……」
「……呪術?」
男が聞き慣れぬ単語を口走る。
呪術とは、呪いのことか? 妹紅の炎は妖術によるものだが、何故あの炎が呪いなどに繋がるのだろうか。
「む、呪術を知らない? しかし、先程の炎……あれは呪術のものではないのか? それもかなり高度な代物のはず……」
「少なくとも私の炎は呪術なんかじゃない」
「何と、炎といえば呪術ではないのか……では、もしやイザリスの失われた炎の魔術か?」
「イザリス……? いや、魔術でもないよ。私の炎は、妖術によるものだ」
「……ようじゅつ、とな?」
不思議そうに首を傾げる男。呪術だの魔術だのは知っているようだが、妖術は知らない。随分と知識が偏っているようだ。
しかし、炎といえば呪術とはどういうことだろうか。呪術で炎を操る、ありそうではあるが、妹紅の呪術のイメージとはかなり違っていた。
「てっきり高等な呪術師と思ったのだが……成程。俺の知らない系統の技か……」
「……随分と物分かりが良いんだな?」
「そうか? 世界は未知で溢れている。俺の知らないことなどこの世には何千何万とあるのは、当然だろう」
「……そうかい」
妹紅は、不審に思う。男は、この状況下で異様なまでに落ち着いていた。普通ならば少なからず戸惑いや動揺を見せるようなものだが……。
「__ところで、貴公に少々尋ねたいことがあるのだが」
すると男が切り出す。
「……何だ?」
「ここが、どこなのか教えてほしい。つい先程目覚めた身でな……」
やはり外来人だったか。目覚めた、という物言いが気になったが、口振りから幻想郷に迷い込んでそう時間は経ってないようだ。
だとしたら、やはり何故こんなにも落ち着いていられる? まるで冷静な老人を相手にしている気分だった。
「うーん……なら、私の家で話そう。ここじゃなんだし、妖怪共がまた襲ってくるかもしれない」
「……ふむ、確かにそうだ」
暫し考えた後、妹紅がそう提案すると、男もそれに同意し、従う。
妹紅としては、この血生臭い、グロテスクな殺害現場からさっさと退散したかった。
ついて来い。そう一言言って妹紅は男へ背を向け、歩き出す。カシャンカシャンと金属が軋む音が彼が己の言葉に従ってついて来ていることを証明していた。
警戒している相手に、こうも無防備になれるのは彼女が不老不死の“蓬莱人”であるが故だろう。例え奇襲を受けても己は死なず、反撃できる。そんな確固たる自信と事実があってのことだった。
「__そういえば、名乗ってなかったな」
ふと、妹紅が思い出したように言って振り返る。
「私は、藤原妹紅。見ての通りこの竹林に住んでて、案内人をしている。よろしくな」
「……フジワラのモコウ……妹紅か。こちらこそ、よろしく頼む」
「ああ。……で、あんたの名前は?」
こっちが名乗ったのだから向こうも名乗るが流儀。これ習って妹紅は男の名を自然と聞き出すことにした。
男は、暫し顎に手を当てて思考し、ゆっくりと口を開く。
「__火の無い灰。気軽に“灰”とでも呼んでくれ」
◇
__不思議な少女に出会った。
炎を操り、異形の群れを瞬く間に消し炭にした、奇妙な格好をした白髪の少女……呪術師かと思ったが、彼女曰くあの炎は呪術ではないらしい。
(……フジワラの、妹紅か)
灰は、心の中で少女の名を呟く。
聞いたことのない地名だ。国だろうか? 街だろうか? 少女……妹紅の顔付きから察するに東国の内部かその近隣だろうと予想される。
本当は藤原というのは姓なのだが、“アストラのソラール”や“カタリナのジークバルト”を筆頭に彼の世界の者は国名や地名を頭に付けて名乗るので勘違いするのも無理はない。
(情報提供だけでなく、家にまで招いてくれるとは……)
実はパッチやペトルスみたいに本性を隠しているのかもしれないが、そんなことは考えたくはない。少なくとも現状では妹紅は親切なペイトよりも親切な人物だというのが灰の評価だった。
「__着いたよ。えっと、灰……さん」
彼女が灰の名をぎこちなく言う。確かに奇怪な名前であるし、そもそも人名ではなく“火の無い灰”というのは火継ぎが行われず、過去の薪の王たちも火継ぎを拒絶した際に呼び起こされるセーフティのような存在であり、薪になれずに朽ち果てた英雄未満の不死人らを指す総称みたいなものだ。
脱走者ホークウッド。
カタリナの騎士ジークバルト。
アストラのアンリ。
沈黙の騎士ホレイス。
__そして、黒い炎のフリーデ。
そんな志半ばで死んでいった、憐れな者たち。あのパッチやトゲの騎士カークといった懐かしい面子も灰として目覚めていたのには驚かされたものだ。
しかし、生憎と灰は、己の本来の名など当の昔に忘れ去ってしまっている。故にロスリックでも“灰の方”、“灰の人”と呼ばれるのが普通であった。
にしても__。
(彼女も、不死人なのだろうか? 我々と同じような気配はするが、どうにも少し違う……)
似ているようで、似ていない。灰は、妹紅から感じる妙な気配に関して不思議に思う。
「さっ 入って」
「ああ。失礼する」
妹紅の家は、小さな木造の小屋のようだった。周りに他の家屋はなく、竹林の中にぽつんと建っているという状態であり、どうやって生活しているのか気になる所である。
灰は彼女に言われた通りにそのまま屋内へと入ろうとすると、妹紅に止められた。
「あ、おい。靴脱げ、土足で入るな」
「……む、駄目なのか?」
「当たり前だ。常識ねぇのかよ」
どうやらここでは家に入る時、靴を脱ぐらしい。よく見れば玄関は段差になっており、靴置き場のようなものがある。そういう習慣なのだろうか?
「すまない。俺の居た場所では基本的に靴は履いたままだったものでな……」
「あー、そういや外国はそうらしいな」
すぐに納得する妹紅。灰は彼女の言う通りに足装備を外してパンイチに……なるようなことはせず普通に
「うおっ!? どうやったんだそれ?」
「? 何がだ?」
「ほろ、足の鎧を消したじゃないか今」
「はて、ソウルの内にしまっただけだが……そこまで珍しいものだったか?」
脛当てが一瞬で消えたことに驚く妹紅。ただ装備の一部をソウルの内に収納しただけ。亡者すら使用できる技術と呼ぶことすら烏滸がましい動作。灰の世界では、それは常識的なことであった。
なのに、この驚き様。もしやこの地域では、ソウルの業が伝っていないのだろうか? あまり考えられないことだが……。
「ソウル? 何だそりゃ、魔法か何かか?」
そして、その予想は当たる。
訝しむその目は、彼女がソウルに関する知識を有していないことを物語っていた。
本当にソウルの業が伝わっていないとなると、ここは余程の辺境か、或いは理すらも異なる別世界なのだろうか。恐らく後者だと思われる。
「成程。俺の居た場所とはかなり違うらしい。まあ、詳細は俺にもよく分からないが、物質をソウルというエネルギーのようなものに変換させて収納している」
「へぇ……そういう能力か」
すると灰は、背中にしまっていたクレイモアを消し、何の変哲のない
「こんな風に、出し入れが自在に可能だ。何なら俺の背よりも高い特大剣や大鎚も取り出せるが……」
「いやいい。しかし、便利な能力だな……筍もしまい放題って訳だ」
「……たけのこ?」
感心する妹紅。それに対して確かにソウルの業が無ければ色々と不便だなと灰も思う。何せ装備の収納は勿論のこと、あの王の器をわざわざ持って運ばなければならないのだから。
そんな会話をしながら二人は居間に着く。すると床は木製ではなく、藁のようなものを編み込んだ四角形の板を埋め込んだ変わったものになる。
成程。確かにこれは土足だと汚れてしまう。
畳の居間を見て、灰はそんなことを思いつつ、妹紅に促されて座り込む。
「……さて、ここがどこなのか知りたいんだったな?」
すると妹紅が本題を切り出す。
「__ここは“幻想郷”。察しては居ると思うが、あんたが居た場所とは違う世界だ」
妹紅が語る。その内容は、灰にとって興味深いものであり、驚くべきものであった。
世界から切り離された、人々から忘れ去られたものが流れ着く、幻想が集まる地。そこにはあの異形……妖怪と呼ばれる種族や妖精、神までもが暮らしている。
忘れ去られた、己は、忘れ去られたというのか。
まさか、そう思いながらも納得してしまう。火の英雄として、絶望を焚べる者として、火の無い灰として、数々の偉業を成したが、灰がその名を刻むことはなかった。
そりゃそうだ。己の名など__己自身ですら忘れ去っているのだから。
「……つまり、俺は忘れ去られたのか?」
率直に訊く灰。それに対して妹紅は顎に手を当て、神妙な面持ちで口を開く。
「さあね。心当たりがあるのか? だが、外来人っていう時折外の世界から迷い込む人間も居るんだ。そっちかもしれない」
「迷い込む、か」
「ここへ来る前のことは覚えているか?」
「………………」
話すべきかどうか、灰は考える。
ここが本当に外と断絶した世界ならば灰の経験してきたことは荒唐無稽な話に聞こえるだろう……前にドラングレイグでロードランでのことを話したら法螺吹き扱いされた嫌な思い出が甦る。
__なら、少し簿かして話そうか。
「……ある存在と闘っていた」
ゆっくりと語り出す灰。その頭の中には、あの“王たちの化身”の姿が思い浮かんでいた。
光の大王から始まり、火を継いだ偉大なる王たちの魂が、力が融合した、最初の火の守護者。その戦い方は歴代の薪の王そのものであり、灰にとって懐かしい光景ばかりだった。
パリィ不可の直剣ブンブン。木目ロリの曲刀呪術戦士。遠距離魔法を多用する純魔。槍使いのアンバサ。
__そして、第二形態は“薪の王、グウィン”を思わせる動きを見せ、しかもパリィが不可能という強化を経ている。
焼け爛れた上級騎士の鎧を纏ったその姿は、かつて薪となった灰自身の映し身のようであり、どの戦法にも苦戦を強いられた。これで平和怒りやロリ狩り、飛沫ぶっぱなんかされていたらまず勝てなかっただろう。
「長い死闘の末、そいつを討ち倒し、俺は火を消し、世界は闇に包まれた」
「火を消す? 闇に包まれた?」
「ああ。本来ならばその後、俺は別の場所で目覚めるはずだったが、今回はどういう訳か、この地で俺は目覚めた」
「ふうん……成程な。闇に包まれたってのが少しばかり気になるが、話したくないようだし、訊かないでおいてやるよ」
「……感謝する」
幸いなことに、妹紅は深く聞こうとはしなかった。彼女からすれば灰は、謎だらけの存在だというのに。その証拠に隠しているつもりのようだが、灰に対して警戒心や猜疑心を抱いている。
「……よし。あんた、今日はここに泊まるといい」
「……良いのか?」
暫し、思考に更けた後、妹紅が提案する。それは灰にとって予想外だったのか驚いた様子で訊く。
「ああ。今夜はもう遅い。妖怪共も活発になる時間帯だし、明日の朝にでも人里へ行こう」
「しかし……」
「何だ、嫌なのか?」
「いや、非常に有り難いことだが……こんな素性も知れない男を、泊めるなど……」
「大丈夫さ。寝込みを襲われて殺られるようなタマじゃないし、あんたはそんなことしないだろ?」
「それはそうだが……」
何か企んでいるのだろうか。こうも手厚くされると何か裏でもあるのではないかと怪しんでしまう灰。しかも彼女はまだ灰を信用していないはずだ。
余程のお人好しか、或いは己の実力に確固たる自信を持っているのか……どちらにせよ、こう言われてしまえば頷くしかない。
これが完全な善意であることを祈り、灰は今晩は妹紅の家に泊まることにした。
「よし。それじゃあ布団を用意してくる」
そう言って妹紅は居間を後にする。残された灰は一人、ただ思考する。
(__幻想郷か。また随分とおかしな場所へ来てしまったな)
喚ばれたのか、流れ着いたのか、それとも迷い込んだのか。だとするならば何故? 己は何を成せば良いのか?
あの名も知らぬアストラの騎士に使命を託された時と同じように、灰は目的を求めていた。
鐘を鳴らし、王のソウルを集め、火を継ぐ。例えそれが自らを薪にし、世界を延命させる、単なる滅びの先伸ばしだったとしても、あの胡散臭い世界蛇に良いように利用されているだけだったとしても、使命こそが灰の原動力であるのだ。
だからこそ、
そういう人間なのだ、灰という男は。
(……まあいい。一先ず、妹紅に従うことにしよう。そうしていれば己が何をすべきなのか、分かっていくはずだ)
今までがそうであったように。灰は、流れに身を任せ、その過程で己が思うように動く。そのせいで、どれだけの悲劇を、どれだけの絶望を、どれだけの死を経験しながらも、灰という人間は変わらない。
もはや大半の記憶を忘却の彼方に捨ててしまっている。ロードランでの記憶も、ドラングレイグでの記憶も朧気で、ロスリックでの記憶も最初の方は忘れかけている。それは年月の経過以外にも、幾度もの死を繰り返した影響だろう。
(__そういえば、あの炎……綺麗だったな)
ふと、妖怪を焼いた妹紅の炎を思い出す。
妖術といったか。あの炎は、生命の輝きのように思えた。まるで命そのもを燃料とし、メラメラと燃えているようで呪術の火とも始まりの火とも違う。
もしかすると、あれは本当に命を燃やしているのかもしれない。灰は彼女の操る炎に、妙に惹かれる。
__それが、火の無い灰としての性質かは分からぬが。
灰が装備してる盾は“ロスリック騎士の盾”です。上級騎士なら竜紋章や紋章が似合うと思いますが化身戦直後なのでロス盾を装備してる設定です。