東方残火廻~火の無い灰の幻想入り~   作:直剣ブンブン

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不死と不死

 

 

「ほう……不死者か、私の姿が見えるのか?……面白い。人の身で私の姿を見る者は久しぶりだ……才もある」

 

病み村の下層にて。一人の女と出会った。

 

__イザリスのクラーナ。

 

かつて、イザリスの魔女と共に古竜と戦った、混沌の娘たちの一人であり、呪術の開祖だ。

 

尤も、当時はそんな凄い人物だとは思わず、大沼のラレンティウスよりも高度の呪術を扱えることに興味を惹かれ、彼女に教えを乞うた。

 

 

「だったら、お前を私の弟子にしてやろう。だが、私の呪術は、それなりの種を要求するぞ。お前に応えられるものかな」

 

 

こうして、彼女との交流が始まった。

 

ソウルが貯まると時折彼女の元を訪れ、呪術を教わったり、触媒の強化を行う。ラレンティウスが病み村で亡者化してからはそれは頻繁になった。彼女の指導は厳しいものであったが、分かりやすく非常に充実した時間だった。

 

特別な才能を必要とせず、充分に鍛えた触媒があれば力を発揮できる呪術は、ロードランの旅で非常に重宝した。あまり魔術や奇跡は得意でない分、余計にだ。

 

 

「呪術とは、炎の業。炎を熾し、それを御する業だ。だがいいか。これだけは覚えておけ……炎を畏れろ。その畏れを忘れた者は、炎に呑まれ、全てを失う」

 

 

__炎を畏れろ。

 

彼女はそれを常々言っていた。その真意は、イザリスの魔女の末路を知った時、漸く察する。

 

 

「一つ頼みがあるんだが……私の母は嘗て最初の王の一人だった……最初の火の近くでソウルを見いだし……王となった力で自らの炎を熾そうとして……制御出来ずに、混沌の炎は母も妹たちも呑み込んで異形の生命の苗床にしてしまった……」

 

 

アノール・ロンドにて、無限に近い死を繰り返しながら竜狩りオーンスタインと処刑者スモウを殺し、王の器を手に入れた。二人掛かりとかほんと死ね。

 

その後、ソウルが貯まったので彼女に会いに行くと、いつもとは違う弱々しい口調で彼女は頼み事をしてきた。

 

 

「だが、私は、私だけは逃げ出してしまった……母も妹たちも、ずっと、ずっと苦しんでいるというのに……だから、お前に頼みたい……どうか母を妹たちを……混沌の炎から解放してくれ……」

 

 

まるで縋るような、悔いるような、彼女の頼みを引き受けない理由など、存在しなかった。

 

そして、デーモン遺跡を越え、廃都イザリスを駆け抜け、あの醜悪な混沌の苗床に幾度も落下死しながらも、その本体であるちっぽけな虫を殺し、そのソウルを奪った。

 

 

「ありがとう……お前に会えて、本当に良かったよ」

 

 

そのことを伝えると、師匠は笑った。安堵したように。救われたように。苦しみから解放されたように。

 

その姿を見て、自分までも救われた気分になった。己は漸く誰かの為に戦って、役に立てたのだと、胸が空くような思いだった。

 

 

「もう、お前には何も教えることは無いな……そろそろお別れだ。短い間だったが、楽しかったよ」

 

 

そして、すべての呪術を修得し、彼女との別れの時が来た。

 

悲しかったが、彼女自身が決めたことなのだから仕方ない。彼女の幸せを祈りながら、残りの王のソウルを集め、グウィンを殺し、火を継いだ。

 

 

「__何故だ」

 

 

鐘が鳴る。

 

灰の墓所で叩き起こされ、目にしたのは火は陰り、終わりかけた世界だった。

 

この時代になると、呪術の在り方も変わり、理力と信仰を必要とする扱いづらいものとなっていた。それでも変わらず使い続けたのは彼女との思い出があったからだろう。

 

色々なことを忘れたが、彼女との記憶ははっきりと覚えていた。決して忘れまいとメモに残し、何度も読み返すなどの努力の結果だ。

 

アストラの騎士のことも、太陽の戦士のことも、カタリナの騎士の親子のことも、心折れた青い戦士のことも……例え他の何を忘れようとも、彼らとの思い出はドラングレイグでもロスリックでも決して忘れることはなかった。

 

__そして、悲劇は唐突に起きた。

 

ファランへ向かい、“深淵の監視者”を殺し、薪を調達し、その先のカーサスの地下墓地……その下には燻りの湖があり、更に下にはあのデーモン遺跡の成れの果てがあった。

 

デーモンや黒騎士といった懐かしい敵と対峙しながら探索をしていると隠し扉を見つけ、好奇心からその先に進んで……愕然と立ち尽くす。

 

 

__クラーナの呪術書。

 

 

ロードランから離れて、きっとどこかで幸せにやっているのだろうと思っていた。あの師匠のことだ。もしかしたらこの時代でも元気にやっているかもしれない。

 

そんな根拠の無い期待と希望を抱いてしまっていた。この世界には絶望と悲劇しかないということを忘れて……。

 

目の前にあるのは、変わり果てた混沌の娘と、それに寄り添う死体……それが所持する呪術書を見て、総てを察した。

 

__ああ。絶望は、いくら焚べてもキリが無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………夢、か」

 

 

__時刻は早朝。

 

小鳥の囀りが響き、窓から暖かい日射しが差し込む中、灰は目覚め、小さな溜め息を吐く。

 

不死が、夢を見るなど、実におかしな話だ。

 

 

「しかもよりにもよって、“師匠”の夢とはな……」

 

 

あの後、八つ当たり気味に“デーモンの老王”を殺した。彼女の死が、せめて悲劇的なものではなく、安らかなものであったことを願う。でなければ、あまりにも救われない。

 

数え切れない程の死を繰り返し、数え切れない程の命を殺し、ソウルを取り込み、記憶も感情も消耗し、それでも尚、見知った人間が死ぬのは、いつでも悲しかった。

 

 

「どうした? 眠れなかったのか?」

 

「……妹紅か」

 

 

聞き覚えのある声に、視線を送るとそこにはこの家の主である少女が立っていた。

 

灰は、胡座を掻いて座り込んでいる。所謂ジェスチャー“寝る”なのだが、彼女の視点だと寝ているようには見えなかったのだろう。

 

 

「いや、寝るのは得意だ。カタリナ騎士には劣るが」

 

「カナリヤ? 鳥みたいな名前だな。まあ、眠れたならいい」

 

 

そう言って妹紅は灰の目の前に何かを置く。

 

 

「……これは?」

 

「朝飯だ。見たら分かるだろ」

 

 

お盆の上に置かれた白飯、味噌汁、焼き魚……至ってシンプルな日本食だが、灰はそれを物珍しげに見る。

 

 

「米や味噌は外国では珍しいか? まあ食ってみろ、旨いぞ」

 

 

そんな視線に対して、日本食に対する知識が無かったからと判断した妹紅がそう言う。

 

 

朝飯……そうか。普通の人間は、食事を取るのだったな。不死となってからは、草や苔しか食べていなかった灰は、そんな当たり前のことを思い出す。

 

 

「……良いのか?」

 

「ああ。昨晩から何も食ってないだろ? 遠慮せず食いな」

 

「……何から何まで、本当に感謝する」

 

 

妹紅の優しさに、これ以上無く感激する灰。宿泊だけてなく、食事まで与えてくれるなんて、実は聖女か何かではないだろうか。あのイカれた世界では、まず有り得ない体験だった。

 

 

「んじゃ、いただきます」

 

「?」

 

「何だ、外国ではしないのか?」

 

 

合掌する妹紅を首を傾げる。するとここでは、食事をする際にこうして食べ物や作ってくれた人に感謝してから食べるらしいと教えてくれた。

 

成程。素晴らしい習慣だ。己も緑花草や黄虫の丸薬を食べる際には生産者に感謝しようと、灰は思う。

 

 

「__いただきます」

 

 

妹紅の真似をして灰は合掌すると、味噌汁の入った器を持ち、飲もうと口元に近付け__。

 

 

「あ、おい。ふざけてんのか? 兜外さないと食えないだろ」

 

「……む、」

 

 

寸でのところで妹紅が止める。このまま行けば味噌汁が兜に掛かり、大惨事になっていたことだろう。普通ならば。

 

しかし、灰たち不死人は、口が完全に塞がった兜や仮面越しからでも飲み食いできる謎の特技を持っているが故に、その必要性を感じなかった。

 

 

「まさか、取るの忘れてたなんて言わないよな?」

 

「そのまさかだ」

 

「……変な奴だな、本当に」

 

 

呆れる妹紅。そうは言われても、まともな食事なんて久方ぶりなのだから仕方ないだろう。ロードランでのことすら曖昧なのにそれ以前の記憶などもはや存在しないに等しい。

 

とりあえず灰は、言われた通りに兜を外す。

 

 

「……………」

 

「へぇ……そんな顔してたんだな」

 

 

意外と、普通の顔をしていると妹紅は感想を述べる。灰の素顔は、整った顔立ちだが、特徴の無い“平民顔”であった。

 

そんな反応に灰は安心する。火の無い灰は、どういう訳か死んでも亡者にならないという特性があり、ロンドールのヨエルに唆され、“暗い穴”を穿たない限りは亡者にはならず、逆に一度でも“暗い穴”を穿ってしまえば解呪石を使うか、暗い偽りの指輪を嵌めない限りはずっと亡者のままだ。莫大なソウルで火防女に癒してもらうという手段もある。

 

今回の世界では、亡者の王になるつもりなどなかったので灰は、“暗い穴“を穿っていない。もはや特にメリットが無いのもそうだが、“ユリア”を殺した時に発した最期の言葉によって判明した事実……ロンドールにも、あの胡散臭い世界蛇が関わっていることを知ったからだ。

 

__王の探求者フラムト。

 

__闇撫でのカアス。

 

全く以って忌々しい。あの身も心も醜悪な二匹の蛇を、灰は心の底から嫌っていた。それこそペトロスの何百倍も嫌いだ。どちらも逃げ足が早く殺せないから余計にだ。

 

 

「では、いただく」

 

 

気を取り直して、灰は、味噌汁を啜る。

 

そして、目を見開く。

 

 

「……………」

 

「……どうだ?」

 

 

口に合っただろうか。妹紅は、黙ったままの灰の様子を伺う。

 

 

「熱い……が、確かに旨い」

 

 

淡々とした感想。しかし、その口は震えていた。

 

初めて口にする味だ。舌に伝わる未知の刺激に灰が当の昔に忘れていた感情が甦る。

 

__ああ。そうか。

 

これが、美味しいということなのだな。

 

 

「エストスープとは比べ物にならないな」

 

「おお、そうか。そのなんちゃらスープとやらが何なのかは分からんが、気に行ってくれたなら良かった」

 

 

他人に料理を振る舞ったのは初めてだったが、小さく笑みを浮かべる灰を見て、妹紅は機嫌を良くする。

 

 

「この白いのは何だ?」

 

「ん? ああ、米っていう穀物を炊いた奴だ。魚と一緒に食べるといい。あ、箸の使い方分かるか__」

 

 

妹が言い終わる前に、灰は味噌汁の器を置いて白米の入った茶碗へと手を伸ばし……そのまま躊躇無く米を鷲掴みにして口へ持っていく。

 

 

「あ、待てコラ!」

 

 

まさかの手掴み。灰の予想外の行動に思わず妹紅は、大声をあげる。

 

これは食事のマナーから教える必要がありそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__悪い奴ではなさそうだ。

 

箸の扱いに悪戦苦闘する灰を見据えながら、妹紅はそんな評価を下す。

 

相変わらず何を考えているか分からず、一般的な常識や教養が欠落しているが、その“人間性”は紛れも無く、善性であるとしか言いようがない。

 

 

(にしても、まるで人形みたいな奴だな)

 

 

あまりにも感情が希薄。最初は兜で顔を隠しているので感情が窺い知れないのだろうと思ったが、素顔の状態でも表情筋が死んでいるかのように微動だにしない。いや、僅かには動いているのかもしれないが、少なくとも目視することはできず、微かに変わる声質でしか感情を察することができなかった。

 

しかし、食事の際は違った。味噌汁を啜った際に見せた驚いた顔。あれは単に初めて日本食を体験しただけには到底思えない反応だった。

 

 

(今までまともな飯を食ってなかったのか……?)

 

 

上等そうな鎧を纏っている割に、意外と貧乏なのかもしれない。それでもあの反応は少しオーバーだと思うが。

 

本人に直接訊けばすぐに分かるのだろうが、そう無闇に他人の素性を探ろうとすることを嫌う妹紅は、それができない。しかし、気になってしょうがなかった。

 

何故なら、彼からは自分と似た気配がするのだから。

 

 

(……まさか、な)

 

 

初めは気が付かなかったが、今ならはっきりと分かる。思えば、こんな得体の知れない奴を家に泊めたのも、この気配のせいだろう。

 

灰から放たれる妙な気配。それは自分や宿敵の姫、そして彼女の従者である薬師と非常に近いものであった。それはつまり彼も不老不死か、それに類する存在だということ。

 

しかし、そんなことがあるはずがない。妹紅は己の思考を真っ向から否定する。

 

 

「……そういえば」

 

「ん?」

 

 

すると先程まで無心で白米を掻き込んでいた灰が、口を開く。

 

 

「幻想郷には、様々な種族が暮らしていると、貴公は言っていたな?」

 

「ああ。それがどうした?」

 

 

その時、彼が何を言おうとしているか察する。彼は決してただの人間ではない。故に、妹紅が真っ当な人間ではないことに気付いていたのだろう。

 

 

「貴公も、人間ではなく、別の種族だったりするのか?」

 

「……だとしたら、何だと思う?」

 

 

予想通りの問いかけ。しかし、妹紅は動じない。灰の人間性は大体把握できた。今更相手が人間ではなかろうと、決して敵対するようなことはしないと理解しているからだ。

 

 

「ふむ……魔女か?」

 

「いいや、生憎と魔法は使えないよ」

 

 

首を振る妹紅。そういえば初めて会った際もイザリスの魔女かと質問していた。彼の認識だと炎を操るのは呪術か、そのイザリスの魔女とやららしい。

 

己の正体など、決して分かるまい。妹紅には、自信があった。妖怪ならともかく、蓬莱の薬を飲んで不老不死になった人間など誰が予想できようか。

 

 

「__ならば、不死か?」

 

 

故に、それは予想だにしない言葉だった。

 

 

「______」

 

 

その答えがあっさりと導き出され、妹紅は今までにない程に、驚愕の表情を浮かべ、頭が真っ白になる。視線を向けた灰の瞳には、(リング)のようなものが浮かび上がっていた。

 

先程までは気にもしてなかったそれに、吸い込まれそうになるほど釘付けになった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__暗い森の中、“彼ら”は歩いていた。

 

 

「………………」

 

 

彼らは、剣、大斧、斧槍、大剣と様々な、人が持つにはあまりにも大き過ぎる武器を携え、幽鬼の如く草道を突き進む。

 

全身を漆黒の鎧で纏い、二本角の兜と被るその姿は、正しく“黒騎士”。かつて、大王と呼ばれた太陽と光の神と共に“始まりの火”に灼かれた者たち。

 

 

「……見つけた」

 

 

誰かが言葉を発する。その主が黒騎士の内の一人であることは明白だった。

 

彼らの視線の先には生い茂る木々、その先には人間たちが暮らす集落、更にその先には、迷いの竹林。そして、膨大なソウルを持つ“灰”が居た。

 

 

「すべては、大王グウィンの為に」

 

 

火を、薪を、回収する。

 

黒騎士たちは、ただ進み続ける。その身よりもドス黒い殺意を胸に秘めながら。

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