東方残火廻~火の無い灰の幻想入り~   作:直剣ブンブン

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人間の里

 

 

「__そうだ」

 

 

暫く思考停止していた妹紅だったが、漸く我に返り、絞り出すような声で、そう返答する。

 

 

「やはり、そうだったか……」

 

「何で、分かったんだ? 私がその、不死の人間だって」

 

 

まさか、こんなにもあっさりと言い当てられるとは思いもしなかった。何の素振りも見せていなかったはずだ。灰に、己が不死だと思われる要素は無い。

 

しかし、灰から感じた自分と似た気配。もしも灰も同じ気配を感じていたとしたら……。

 

 

「__俺も“不死人”だからだ」

 

「なっ……」

 

 

何事も無しに灰は、衝撃的なカミングアウトをする。しかし、別におかしい話ではなかった。むしろ納得してしまう。

 

重傷を負って平然としていることも、食事の際の驚き様も、感情があまりにも希薄なのも、彼が、不死で長い年月を生きていたのならば、すべて合点が行く。

 

 

「しかし、貴公は俺達とは少し違うようだ。瞳にダークリングも宿っていない」

 

「……ダーク、リング?」

 

「不死人になった時に現れる、呪いの証だ」

 

 

過去も未来も、そして光すらも__。

 

”闇の刻印”は、それが現れた人間からすべてを奪うという。

 

そして、やがて失くしたことすらも思い出せなくなった者は、ただ魂を貪り喰う獣、”亡者”となる。

 

灰が語る内容は、妹紅にとって信じられないものだった。ある日突然、何の脈絡も無しに不死となり、迫害され、幽閉される。しかもそれは蓬莱人は違う欠陥だらけの不死で、死に続ければ記憶を消耗し、理性無き亡者へと成り果てる。

 

そんなことが頻繁に起きる世界。それは自分の知る外の世界とは、あまりにもかけ離れた地獄である。しかし、嘘を言っているようには見えない。一体何を間違えたらそんな有り様になるのだろうか。

 

 

「不死の呪い、か……」

 

「ああ。その反応から察するに、幻想郷では不死は珍しいものらしいな」

 

 

灰にとって不死は然程珍しいものではない。不死人以外にも、かつて世界を支配した岩の古竜たちには死の概念が無く、ウロコのない白竜、“シース”は、原始結晶によって擬似的な不死身となり、滅ぼされても尚、“這う蟲”となって醜く生き恥を晒し続けている。

 

どれに対しても言えることは、やはり不死などロクでもないということだ。

 

 

「ある種の妖怪や吸血鬼は不死身に近い再生力や寿命を持つが、完全な不老不死は、“蓬莱人”である私たちだけだ」

 

「ほうらい?」

 

「“蓬莱の薬”っていう飲んだ人間を不老不死にしちまうロクでもねぇ薬があるんだ。それを飲んだ人間のことを蓬莱人っていう」

 

「不死にする薬だと? そんなおぞましいものがあるというのか」

 

 

理解不能。何故そのような“呪い”を蔓延させるような代物を作ったのか。自身が不死になる為か、誰かを不死にする為か、どちらにせよ、制作者はよっぽどの愚者か狂人か、或いは外道かのどれかだろう。

 

 

「……おぞましい、か」

 

「そうとしか言い様があるまい。まさか、貴公は望んでソレを飲んだのかね?」

 

「……ああ、そうさ」

 

 

妹紅は顔をしかめてそう答える。彼が、呪いにとってある日、唐突に、理不尽に、不死にさせられたのなら、何が言いたいのか分かるからだ。

 

永遠に生きるという地獄をよく理解しているが故に。

 

 

「……何故、そのような愚かなことを?」

 

 

案の定というべきか、灰は妹紅の行動を愚行だと切り捨て、理由を問いかける。

 

 

「っ……魔が差した、としか言い様がないだろうな。あんたの言う通りあの時の私は、何も知らない愚か者だった。いや、今だって変わらない。あの日、あの時、薬を飲まなければ、こんなにも苦しむことも、後悔することも、なかったんだと常々思う」

 

 

妹紅は追憶する。

 

父が、あの月から来た姫に恥をかかされた後、月に帰った彼女が迷惑をかけたとして帝に残した“壺”が運ばれることを知り、壺を奪うことで復讐をしようと考えた。

 

帝の勅命により薬が運ばれる先である富士山頂へ向かった妹紅であったが、所詮は世間知らずの貴族の娘。登山の準備を怠っていたため途中で行き倒れ、本末転倒にも帝の使いのリーダー、岩笠に助けられてしまう。

 

それ以降は共に行動し、山頂へ至ると、岩笠は壺を火口へ投げ込んで処分しようとするが、そこに現れた木花咲耶姫という神によって阻止され、彼女の口から壺の中身が服用することで不老不死になる“蓬莱の薬”であることを知ってしまう。

 

次の日、咲耶姫から薬を処分する場所として八ヶ岳を勧められ下山するが、魔が差した妹紅は、恩人であるはずの岩笠を殺し、薬を強奪し、それを口へ運んでしまった。

 

不老不死になった妹紅は全く成長しないことを周囲の人間に訝しがられるのを嫌い、妖怪のように人目を避けるようになる。一つの場所に留まることができなくなり、何不自由なく暮らす事のできた貴族の娘から、妖怪退治を生業としながら妖径のように孤独な流浪生活を送るようになった。

 

それは正しく地獄の日々と言えよう。百年もすれば、妹紅は人格は酷く歪んだしまっていた。それでも発狂することも崩壊することもなかったのは、まだ生きているであろう月の姫に対する復讐心に縋っていたからだろう。

 

そして長い年月が過ぎ、幻想郷に辿り着いた。そこで因縁の相手と再会し、数少ない理解者である親友と出会い、妹紅の中の時間は凡そ1300年振りに漸く進むようになる。

 

 

(ああ__思い返してみても、本当にどうしようもない、クソッタレな人生だ)

 

 

幻想郷へ来なければ、自分はどうなっていただろうか。当の昔に狂い、魂は腐り、灰の言う亡者と同様の存在と化していたかもしれない。

 

そう考えれば己は、実に幸運であった。

 

 

「そうか……嫌なことを思い出させたな、すまない」

 

「あんたが謝る必要なんてない。当たり前のことだが、不死になると不死の気持ちがよく分かる。不老不死なんて、クソ喰らえってな」

 

「ああ。全く以って、その通りだ」

 

 

人は不老を、不死を羨望し、渇望する。秦の始皇帝を代表するように、古今東西の権力者たちが不老不死を求めたことから歴史が証明している。

 

蓬莱人の生き肝を喰らえば同じ不死になれる、そんな噂が広まれば多くの者が妹紅を捕らえようと、醜い争いを繰り広げた。その先には地獄しかないというのに。

 

死ぬのが恐いから、長く生きたいから、そんな人間として当然の感情で、至極“くだらない”理由で不死を望む。しかし、彼らがもし不死となったのなら絶望しながらこう叫ぶだろう。

 

死にたい、と。

 

 

「……その、あんたは、どうだったんだ? 不死になっちまった時……」

 

 

ある日、突然、唐突に発現する呪い。それにより不死となった灰の心境は、如何程のものだったのだろうかと気になった妹紅が尋ねる。

 

彼に身の上話をさせるのは少し後ろめたい気持ちがあったが、それでも彼女は知りたかった。

 

 

「__さあな」

 

 

しかし、灰は間を置くこともなく、そう言い放つ。

 

 

「え?」

 

「覚えて、いない。何も覚えて、いないんだ。自らの素性も、出身も、家族も、友人も、名前すらも……」

 

 

ぽつぽつと灰は語り出す。その顔は相変わらずの無表情。この時、妹紅は理解した。呪いが彼から何を奪ったのかを。

 

__その残酷さを。

 

 

「っ……忘れちまったのか、全部」

 

「大半の不死人は、亡者になって人を襲うのを未然に防ぐため不死院という牢獄へ幽閉される。その不死院での生活が、俺の中で最も古い記憶だ。身ぐるみも総て剥ぎ取られていたから服装で己の素性を予想することもできなかった。不死になる以前の記憶などもはや存在しない」

 

 

ロードランでの灰は、“持たざる者”であった。ボロボロの腰巻き以外何も装備しておらず、何も持ち合わせていなかった。

 

そんな状況から始まるのだ。最初の強敵である“不死院のデーモン”にすら苦戦し、何度も殺された。殺した亡者兵士から鎧を剥ぎ取るまで、裸一貫で死地を駆け抜けた。

 

実のところ、これが最初の記憶かはもはや分からない。初めは戦士だったかもしれないし、騎士だったかもしれないし、山賊、盗賊、狩人、刺客、魔術師、聖職者、呪術師だったかもしれない。

 

 

「そう、か……そんなことまで忘れてしまうくらい、あんたは永い、永い時間を生きたんだな……」

 

「まあな……数百年、数千年……己が体験したことが実話かどうかも怪しまれる伝説やお伽噺になる程には、生きた」

 

 

淡々と話す灰に対して、妹紅は苦虫を噛み潰したような表情で下を向く。

 

__いずれ自分も、ああなるのだろうか。

 

いつか、幻想郷が無くなり、友が死に、何もかもを失い、以前と同じような無気力な日々を送るようになった時、きっと妹紅は狂い、彼女の思い出は忘却の彼方へと葬り去られる。

 

久々に妹紅は、言い知れぬ恐怖心を抱いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

__人間の里。

 

人里、或いは単に里と呼ばれることもある、その名の通り、幻想郷で唯一存在する、人間たちが暮らす集落である。

 

 

「……………」

 

「……………」

 

 

その人里の入口前にて、灰と妹紅は立っていた。

 

 

「えっとその……ここが、人里だ。少なくとも人間にとっちゃ幻想郷で一番安全な場所さ」

 

「……そうか」

 

「……………」

 

「……………」

 

(……気まずい)

 

 

妹紅が額に手をやる。平常運転な灰とは違い、彼女は先程の話を未だに引き摺っていた。否、そう簡単に切り替えられるほうがおかしいのだが。

 

灰は、今までと変わらない様子だ。彼にとっては、不死などそこら中に居るものであり、大した驚きではなかったのだろう。

 

しかし、妹紅は違う。永遠亭の二人以来の同胞。それも蓬莱人とも違うタイプの不死者だ。

 

主に死に続ければ亡者になるという点と、死ねばその場に復活はせず、篝火という場所で復活するという点だ。しかし、前者は既に克服しており、後者は幻想郷ではまだ篝火を見つけていないためどうなるか分からないらしい。

 

ともあれ、妹紅は灰に対してどう接すれば良いのか分からず、思い悩んでいた。

 

 

(嫌われた、かなぁ……同じ不死だけれど、私は完全な自業自得で、あいつは単なる被害者だし……)

 

 

幻滅されただろうか、失望されただろうか、妹紅は昨日会ったばかりの外来人に対して、他人の評価なんて気にしない彼女らしくもなくそんな心配をしていた。

 

いつも竹林で殺し合いをしている、月の姫が見ればさぞ驚き、笑い転げる光景だろう。

 

 

「……ここに、貴公の友人が?」

 

 

そして、残念ながら灰は、妹紅のそんな心境に微塵も気付いていない。

 

 

「え? あ、ああ。上白沢慧音って奴でな。私の数少ない理解者でもあるんだ。だからきっと、あんたの面倒も見てくれる」

 

 

妖怪が活発化してる中、灰が竹林に留まるのは危険だ。連中はどういう訳か、灰を執拗に狙っていた。いつか妹紅の家を嗅ぎ付けて寝込みを襲われたら堪ったものじゃない。

 

故に、人里へ住居を探しに来た。灰は、暫く幻想郷に滞在するつもりだった。元の世界へ帰る前に、幻想郷の各地を見て廻りたいからだ。

 

どうせ戻っても、延々と繰り返される王狩りの日々に戻るだけ。火を継ぐか、火防女と一緒に火を消すか、火を編纂するか、法王の裏庭で殺し合いをするか、それくらいしかやることはない。

 

また同じように先の時代で、別人として目覚めるかもしれないが、どうも“次はない”ような気がしてならない。これが、このロスリックでの日々が、物語の完結のような、そんな気がしていた。

 

 

「……んじゃ、入るか」

 

 

妹紅が入口へ近付くと、門番らしき男が現れる。しかし、妹紅と顔見知りらしく、少し話すと快く通してくれた。灰の姿を見てぎょっとしていたが。

 

 

「……これは凄いな」

 

 

足を踏み入れた瞬間。がやがやと賑やかな声が耳に入ってくる。

 

建ち並ぶ木造の家屋。街道を歩く人々。そして彼らが見せる笑顔。活気に溢れるその光景に、灰は驚嘆する。

 

 

(思えば、ちゃんと人が暮らす街並みを見るのは、初めてだな)

 

 

ロードランも、ドラングレイグも、ロスリックも、灰が来た頃には既に滅びたか滅びかけた状態であり、街は荒れ果て、住民は死ぬか亡者に成り果てていた、

 

故に、滅びる前、こういった“人の営み”を見るのは灰にとって初めての経験だった。

 

 

(……まるで幻想だな)

 

 

だからだろうか。灰は、こんな場所があることを、夢のようだと思う。

 

いつも、手遅れだった。救おうと思っても、守ろうと思っても、救うべき存在は、守るべき存在は当の昔に死に絶えており、だからこそこの地獄を終わらせようと、火を継ぎ、或いは火を消した。

 

しかし、ここは違う。この里の人間たちは、まだ滅んでおらず、元気に生きている。救うことも、守ることもできる。何と素晴らしいことか。何と奇跡的なことか。あの悲劇にしかない世界では、有り得ぬものだ。

 

故に、それは正しく幻想の世界だった。

 

 

「……どうした?」

 

「……いや、予想よりも賑やかだったから、少しばかり驚いただけだ」

 

 

そうか、と妹紅は首を傾げながらもそう言って友人宅へと向かい、その背を灰は見失わないように追従する。

 

全身に鎧を纏い、おまけに腰にロングソードを帯刀しているその姿を見た里の住民たちは、先程の門番のように驚き、ざわついていた。

 

 

「……なぁ、その格好、どうにかならないか? ここじゃ悪目立ちし過ぎる」

 

「何?」

 

 

それが気になった妹紅が堪らず言う。灰は、何故住民たちが己に注目するのか理解していなかったようで首を傾げるが、すぐに状況を察した。

 

 

「成程……なら、これでどうだ?」

 

 

魔術師の頭巾。

 

魔術師のローブ。

 

魔術師の手袋。

 

魔術師のズボン。

 

すると灰は、即座に装備を変更し、フードを深く被り、ローブを纏う魔術師の格好になる。端から見れば一瞬にして見た目が変わっているように見え、住民たちを余計ざわつかせてしまう。

 

 

「うおっ!? いきなり変わるなよ」

 

「む、すまない」

 

「あっ いや、悪気が無いなら良いんだ」

 

「?」

 

 

妙によそよそしい態度の妹紅に疑問に思いながらも灰は彼女の後を追う。

 

何かあったのだろうか? 朝食以降からどうも様子がおかしい。

 

 

「へぇ……面白いわね、あなた」

 

 

その時だった。

 

背後から声をかけられる。透き通るような、女の声だ。

 

 

「……貴公は?」

 

 

振り向くと、そこには日傘を差した、青みの掛かった銀髪の少女が立っていた。その背には、蝙蝠羽のデーモンを思い出させる黒い羽が生えており、彼女がただの人間ではないことを証明している。

 

 

「__ごきげんよう。奇妙な運命に呪われた御方」

 

 

少女は不敵な笑みを浮かべ、血のように紅い瞳で、灰を見据えていた。

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