真紅の穿炎-Granbrue prominence- 作:山鳥心士
翌朝、あたしは宿屋で朝食を済ませて昨日大社で出会ったトラ耳エルーンの少年マルテとヒューマンの少女ティケに会うため市場へ向かった。直接大社に出向いてもよかったが、マルテという少年は気難しい性格をしていそうなので、少しでも気を許してもらえるように安直ではあるがお菓子でも持っていこうと画策している。
「おじさん! 朝食美味しかったよ! 荷物は置いたままにしておくから掃除はしないでね!」
「あ、ああ・・・ありがとうございます」
宿屋のおじさんは困ったような表情を浮かべた。他の島では荷物を置きっぱなしにして宿から出かけるのは普通だと思うのだが、この島では珍しいのだろうか?
ま、いっか。などと考えながら外へ出て市場へ向かう。細かいことは気にしない気にしない。さて、お菓子はどんなものがいいか。相手は子供だから甘い洋菓子なんかが喜ばれそうだ。
「ねえあなた、さっきの赤い騎士様は宿泊のお客だったのかい?」
「いや知らないなぁ、てっきりわしはお前さんが連れてきた客なのかと―――」
「私は知らないよ、にしても立派な鎧だったわねぇ」
さて、我ながら買い物をかなり楽しんでしまった。気が付けば昼前だ。意外とお菓子屋が多いこの島の市場。次から次へと目移りしてしまう。休暇を見つけてベアと一緒に来るのも楽しいかもしれない。あるいはジータも。そういえばイルザさんが好きそうなシュークリームのお店を見つけたから任務帰りに買って帰ろう。
あたしは子供たちに持っていくケーキを片手にお昼ご飯を買いに昨日の屋台へと向かう。揚げ鶏のサンドイッチがなかなか癖になる味でまた食べたくなった。
「おじさん、昨日と同じやつお願い!」
「いらっしゃい! はて? 昨日と同じ・・・? すまないがメニューを見て注文してくれんかね?」
むっとなってしまったが、きっと忘れっぽいのだろう。
「揚げ鶏のサンドイッチをお願い!」
「あいよ! ところでお姉さんよ、この島には観光かい? それとも仕事かい?」
「やだなぁおじさん、変な冗談はやめてよね! あたしに仕事頼んどいてそれは酷いんじゃな?」
「仕事? そんなもんは頼んだ覚えはないが?」
「ちょ―――、いやなんでもない。代金ここに置いておくね」
「あ、ああ、ありがとよ・・・」
あたしはサンドイッチを受けっとって屋台から去った。何かがおかしいと感じたあたしは急いでサンドイッチを口に入れて大社へと向かった。
屋台のおじさんにあたしに関する記憶がなくなっていた。いや、屋台のおじさんだけじゃなく、宿屋のおじさんもそうなのだろう。今朝の不穏な表情はあたしが宿泊した記憶がなかったからだ。
あたし自身が目立つ格好をしているので立ち寄ったお店には鎧姿で覚えられる。それをまるで初めて見たかのように接してきたのであたしの推測は正しいと思う。
大社に到着すると、マルテとティケは昨日と同じようにボール遊びをしていた。大社に来た理由は神様の巫女、つまりターゲットの星晶獣に最も近い人物がどんな影響を受けているのかの確認の為だ。
「あー! ゼタお姉ちゃんだ!」
ティケはあたしを見つけるなりボール遊びをやめて笑顔で近づいてきた。
「こんにちはティケちゃん。今日はケーキ持ってきたわよ」
「ケーキ! やったぁ! ねえマルテ! ゼタお姉ちゃんがケーキ持ってきてくれたよ!」
ティケの呼びかけに無言でうなずくマルテ。ボールをもってゆっくり近づいてくる。そしてマルテはとんでもないことを口にする。
「お姉ちゃん・・・ティケがわかるんだね」
「ティケがわかるってどういうこと? もしかして、島の人の記憶がないことと関係あるの?」
マルテの口ぶりからするとまるでティケが幽霊とでも言っているようなものだ。だが、ティケは透けているわけでもないし触れてみるとちゃんと体温を感じる。決して幽霊などの類ではないことは明らかだ。
「中で話すよ。ティケもいいだろ?」
「うん! ゼタお姉ちゃんなら大歓迎だよ!」
「わかった、島のことに詳しいみたいだし話を聞くわ」
この島の状況を聞いて青ざめたのは少し先の出来事だった。