夕暮れ時をテクテク歩く二人の男女。
夕日に照らされて長く伸びた影を引き摺りながら、彼と彼女は帰路に就く。
「なぁ、一色」
「なんですか、先輩?」
右手で自転車をゆっくり慎重に押しながら声を掛ける比企谷八幡。
左手に通学鞄をぶら下げて夕日を見据えながら返事をする一色いろは。
「……いや、やっぱいいや」
「そうですか」
比企谷八幡の左手は、彼の制服のポケットに。
一色いろはの右手は、彼の制服のポケットへ。
「ねぇ、先輩」
「どうした、一色?」
狭苦しいポケットのなか。二人を繋ぐ手錠。擦れた鎖がシャラリと小さな音を上げた。
二人にだけ聞こえるような僅かな音色は、二人の耳元で弾けてその役目を終える。
「……いいえ、やっぱりいいです」
「そうかよ」
小さく首を回し、振り返った一色いろは。彼女の視線の先。
寄り添うように並ぶ二つの影を見て、少女は寂しそうに微笑むのだった。
* * *
生徒会室の窓から手錠の鍵がフライアウェイしたとき。
比企谷八幡は言った。鍵を探すべきだと。
一色いろはは言った。鍵は家にもあると。
独神召喚による物理破壊を提案する比企谷八幡。
器物破損は如何なものかと抵抗する一色いろは。
最終下校時刻を告げるチャイムが鳴り響いたとき、先に折れたのは彼であった。
あるいはそれは、手錠から伝わる彼女の微かな震えに気がついたからなのかもしれない。
「やり直しを要求します」
「……だよな」
けれど生徒会室を出るにあたって問題がひとつ。
彼と彼女を繋ぐ手錠の存在。もう校舎に残っている生徒も疎らとはいえゼロではない。故に目立つ。だって手錠だし。
「上から制服のブレザーをかければ上手く隠れると思ったんだが……」
「どう見ても警察に連行される犯人ですよ、これ」
どうにかこうにか自由な右手側から脱いだブレザーで手錠を隠蔽したのだが、彼女からは大変不評だった。
「先輩、こうしましょう」
「……マジか」
一色いろはが示した解決策。
狭いポケットの中で伝わる温もりが比企谷八幡の精神を大いに削り倒す。
「なぁ、さすがにこれは……」
「これは……なんですか?」
彼の異論反論抗議質問口応えは、彼女の今日一番の笑顔によって封殺されたのだった。
* * *
駅の駐輪場に自転車を止めて、二人は電車とモノレールを乗り継ぐ。……改札どうやってクリアした。
「そういえば、前にも先輩とこうして一緒に帰ったことがありましたよね」
「……そうだったか?」
「そうですよー」
「……」
「別に気を遣わなくて大丈夫ですよ?」
「……そうか」
不安気に見つめる少年を安心させるように、少女は唇を少しだけ横に広げるようにして微笑む。
朗らかに笑う少女の姿に、少年は眩しそうに目を細めた。
「一色は……」
「あ、駅着きましたね! 降りますよー、先輩」
彼女に誘導されるまま、比企谷八幡もそれに続く。
彼が発しかけた言葉は、ホームの喧騒に紛れて霧散した。
「……」
「……」
既に夜の帳が下りた家路を辿る二人。
半歩だけ先導するように前を歩いていた一色いろはの足がピタリと止まる。
「ここが私の家です」
「お、おう」
「……緊張してます?」
「……するに決まってんだろ」
ガシガシと頭をかいてそっぽを向く比企谷八幡。
そんな彼の反応が可笑しいのか、一色いろはクスクスと優しく笑う。
「大丈夫ですよ」
「何が?」
「今日はウチの両親帰ってこないので」
「ほーん」
「……」
「……」
「だから二人っきりです」
「……」
「……」
「はぁっ!?」
カチャリと家の鍵を開けて玄関のドアを開く一色いろは。
彼女はまるで悪戯が成功した子供のような笑顔で告げる。
「ようこそ、我が家へ。歓迎しますよ」