おとなになるってかなしいことなの。
何かのゲームで見たフレーズをプロデューサーは時々思い出す。
確かに、大人になって得をしたことなんて酒と煙草を堂々と飲んで吸えることだ。
健康? 知ったことか。長生き? つまらない数十年より楽しい数日だ。
こういった言葉を常日頃から言うというのはある意味駄目な大人であり、悲しいものである。
毎日寝て起きたら枕元に金塊があればいいのに、と何度考えたことか。
実際にあるのは酒瓶とタバコの空ケース、乱雑に脱ぎ捨てたスーツだけ、世知辛い。
つまるところ刹那的に生きてぽっくり死ぬ。
そして、そういった振る舞いができない奴と同居しているのはある意味運命と呼べるものなのかもしれない。
陽の光が差し込む時刻、プロデューサーはゆっくりと目を開ける。
掛け布団を乱雑に振りほどき、一旦は立ち上がるもそのまま持続する気力がない。
故に、数秒で布団に舞い戻る。
そもそも出社には早い時刻であり、こんなにも早く起きる必要はない。
しかし、一度起きておくことで二度寝をするといった楽しみも生まれるのである。
出社ぎりぎりまで布団の中でくるまっていたい。
窓から見える空模様は青一色で、爽やかな気分にさせるものだというのに、気分は最低だ。
再び、目を閉じて即座に睡眠開始。
後、一時間半は眠れる。準備を雑にしたら二時間はいけるかもしれない。
次起きる時はスッキリな目覚めで布団から出れるはず――!
そんな甘い幻想は、ふんわりとした抱き心地の細長い何かによって打ち砕かれた。
抱き心地、ということは何かを抱いて自分は寝ているのだが、生憎と自分は抱き枕なんて持っていない。
では、自分は今何を抱いているのか。
ゆっくりと目を開けて正体を確かめてみる。
「……ぐぅ」
自分の担当アイドル兼従妹だった。
それはそれとしていきなりなので、当然びっくりする。
プロデューサーは驚きのあまり飛び起きて、まばたきを数度して周りを確認してしまったではないか。
よく見ると酒瓶やタバコケースは片付けられているので計画的な犯行である。
何故布団の中にこいつがいる?
その疑問を確かめるべく、眼前の少女を揺り起こす。
「起きろ、ゆかり」
「……あとごひゅん」
「五分も寝かせてられるか。起きろ、頼む起きてくれ。
俺の精神安定の為に起きてくれ」
「ふぁぁ……あら、おはようございます、兄さん」
ふらふらと身体を揺らしながらも、挨拶だけは丁寧なのは日頃の教育の賜物か。
それはそれとして、いきなり人様の布団に潜り込むのはどういった案件だと問いかけたい。
眼前の少女――水本ゆかりは相変わらずのほほんとした表情でこちらを見つめてくる。
「朝の挨拶が聞きたくて起こした訳じゃないぞ、ゆかり」
「では、何故?」
「布団に潜り込んできた理由を聞きたくて起こしたんだよ」
「それは……落ち着くからでしょうか?」
「疑問形で返さないでくれ、朝から頭痛を巻き起こすな」
担当アイドルであり従妹。
独身貴族の一人暮らしを謳歌していた自分の元へとある日、突然ゆかりが押しかけてきた。
最初は学校への通学が楽になるからという理由であった。
それがいつのまにかに、アイドル活動だったり、他の要素も絡み合ってきた。
そもそも、自分がプロデュースしている事務所に入ってきたし、訳がわからない。
ゆかりの両親も君なら安心だと太鼓判を押してきたので、逃げられない。
このままだと大学進学であったりアイドル活動を本格化するのであったり。
どちらにせよ、なし崩し的に同居は継続であると、プロデューサーも半ば諦めている。
「ほんといい加減、人の布団に潜ってくるのはやめろよ。
起きたら隣で従妹が眠ってましたって普通に驚くから」
「私は起きた時、兄さんが隣で寝ていたら嬉しいですよ」
「そういう問題じゃないからな」
「人肌が恋しくて」
「嘘つけ、お前一人でもすやすや寝れるタイプだろ」
口元に手を当てて上品に笑う姿は深窓の令嬢そのものである。
しかし、プロデューサーは知っていた。
その外見を割いて中身をみるとあら不思議。結構なポンコツ具合である。
外面はしっかりしているのだが、親しい間柄の前ではかなり緩む。
一緒にユニットを組んで活動しているアイドル仲間であったり。
自分の前であったり。
「というか、下着見えてるぞ。早く隠せ」
「別に兄さんには見られても構いませんよ。
幼い頃からの仲ですし、いつものことじゃないですか」
「親しき仲にも礼儀ありという言葉を知らんのか、お前は」
特に自分の前では緩んでいるというより無防備なのだ。
兄としても、プロデューサーとしても、ゆかりの将来が心配である。
今の彼女の服装はピンクの可愛らしいパジャマだ。
しかし、上のボタンは一番下まで開きっぱなしで、下のズボンも膝までずり下がっている。
つまるところ、上も下も丸見えである。
普通なら眼福であると喜ぶべきだというのは理解できる。
しかし、慣れというものは怖いもので、ゆかりのそういった姿を見すぎたせいかもう何も感じなくなってしまった。
ちなみに下着の色は黒であり、無駄に大人なセクシー系統だ。
色仕掛けしたい相手でもいるのだろうかと頭によぎる。
「親しき仲であるからこそ、隠し事はするべきではないと思うんです」
「お前がまたわけのわからないことを言ってるのはわかった。
後、胸を張るな胸を。はしたないし揺れてる揺れてる」
思い返すと、プライベートで男性の好みについてよく相談されるようになった。
自分の嗜好がベースなので参考になっているかわからないけれど。
とりあえず、ゆかりはいつも満足そうな顔をしているのできっと大丈夫なはず、メイビー。
「兄さんは今日も仕事ですか?」
「休みだったら昨日の酒の量が倍以上になってる。
つーか、もう目が冴えちまったじゃねーか」
「どうしてでしょう?」
「お前が布団に潜り込んできたからだよ。
暑苦しいしびっくりするからやめろって何度も言ってるだろうが」
「私は暑くないですし、心地いいんですが」
「俺が暑いんだよ! というか、そんなあけっぴろげな服装なら暑くないわな!」
ゆかりは心底不思議そうに指を顎に当てて考えているようだが、もうどうにでもなってほしい。
朝からゆかりのペースに振り回されっぱなしである以上、このあたりで自分のペースを取り戻したい。
「とりあえず、ボタンを留めて、ズボンを上げて。いつかは独り立ちしなきゃいけないんだからな。
俺がこうしてやってるのなんて今だけなんだぞ」
「えっ、そうなんですか」
「そうなんだよ。お前も大人になって好きな奴ができたらここを出ていくんだし」
「出ていきませんよ?」
「なんで断言しちゃうかなぁ」
「だって、私の好きな人は兄さんですし」
「………………あー、はいはいいつものやつね」
人生数回目の告白もいつもの調子で放たれた。
ゆかりは天然なので、そういった言葉を平然というが、あくまでも家族的な意味で好きなのだろう。
「まあ、現状維持だよなぁ……」
「つまり、ここが二人の愛の巣ということですね」
「お前はまた変なことを吹き込まれたな、どうせ法子だろうが」
この従妹、よっぽどこの家が快適なのか、実家にも中々戻らない。
プロデューサー自身、ゆかりに対して甘やかしている自覚はある。
しかし、甘やかすのにも理由がある。
ゆかりが変な奴等の毒牙にかからないように身体的にも精神的にもプロデューサーが護らなくてはいけないのだ。
「この調子で着替えもお願いできませんか」
「お願いされないから、自分で着替えてくれ」
もっとも、護り切る前に色々と終わりそうなのが現状である。
プロデューサーとして、兄として。
正直、もうだめっぽい、と。
眉間に寄った皺が解ける瞬間は来るのだろうか。