従妹が担当アイドル。
言葉にすると羨ましいとか、その立ち位置を変われとか。
結構な頻度で妬み羨望がふりかかるが、実際はそんなにいいものではない。
容姿がアイドル級、教養は高水準、性格は非の打ち所がない。
要素だけを並べると水本ゆかりは完璧だろうが、いざその身の回りを世話する立場からすると大変である。
従妹故に距離感は近く、ふとした瞬間自分達の距離感は恋人間のもようなものでは、と。
確かにその可能性を考えたことはある。しかし、水本ゆかりは従妹だ。
そもそも、担当アイドルに手を出した時点でアウトなのである。
「心を鬼にして言うが、俺とお前は距離感が近いんだよ」
「えっ」
「そんな心底驚きました的な顔をするのはやめろ」
「えー」
「残念そうな顔もやめろ。というか、お前は一体なんなんだ」
「兄さんの従妹で担当アイドルの水本ゆかりです。今はまだ」
「今はってなんだよ。その立場は変わらんだろうが」
朝から疲れるやり取りをしている自覚はある。
プロデューサーはコーヒーをぐびぐびと飲む。
疲弊をカフェインでごまかすように、コーヒーの消費量は速い。
この調子だと二杯目も飲むだろうな。
自らの胃腸をまた酷使してしまうことにプロデューサーの目尻は下がる。
「兄さんはこのままでいいと思っているんですか」
「いいけど」
「人の関係とは移ろいやすいもの。
いつまでも、そのままという訳にはいかないんです」
「すごいまともなこと言ってると思うが、口調と表情で台無しだからな」
のへへんとだらけきった顔に、微妙に間延びした口調。
そして、しっかりと着せたのに微妙に着崩れしているパジャマ。
どこをどう見ても、寝言をほざいているアホ従妹である。
「確かに、俺が彼女を作ったら変わるけど」
「それはいけません」
「なんでさ」
「業腹ではありますが、仮に兄さんに彼女ができたとします」
なんで彼女を作っただけでゆかりが業腹になるのかについては深くは問いたださない。
絶対に面倒なことになるという確信があるからだ。
「兄さんはお忙しい人です。彼女を作ったとしても、関係性を維持するのが難しいかと。
そうして一人の女性を悲しませるのは感心いたしません」
「確かに一理はある」
「それに、担当アイドルかつ従妹の私を放って彼女を作るのは駄目です」
「それは一理ねぇよ。というか、自立しろよ。
俺に彼女ができたら遠慮しろよ」
「そんな……っ! 私ではなく赤の他人を選ぶのですか……? 担当アイドルかつ従妹の私よりも?」
ゆかりが想定よりもごねる。
この勢いで自立を促すつもりであったが、逆効果だったらしい。
「兄さん、いいですか。家族は大切にしましょう」
「すごくしてるつもりなんだよなぁ……。たぶん世間から見ると過干渉な方だと思うぞ」
「兄さんに過干渉……悪くないですね」
こんな調子だと、正直、従妹の将来が心配である。
悪い人間に騙されてあれよあれよと急降下。
清らかなままとまでは言わないが、素直に育ってほしい。
(俺のわがままだっていうのはわかっているんだがな)
ゆかりの人生はゆかりのものだ。
ゆかりが思うように生きて、好きな人に恋をしたりしなかったり。
熱中するなにかに全てを注ぎ込むものでもいい。
(あいつの人生がよくなるように、俺も一助程度ではあるが頑張るつもりなんだがな)
ゆかりがこの先、見つけたい、手に入れたいものへの道筋を照らす。
従兄としても、プロデューサーとしても。
「……俺はやっぱり、お前に対して過干渉なのかもしれんな」
「別に構いませんが? 兄さんがその気になってくれるなら、私も本気を出す所存です。
ひとまず、今度から寝床も共にいたしますね」
「やっぱり距離をおいた方がいいかもしれんな」
眼前のポンコツ従妹は甘やかしたら際限なくもたれかかってくる。
このままではいけないとわかっているのに。
それでも、きっと。
自分はまた、ゆかりを甘やかしてしまうんだろうなという予感がする。
「……それで、今までノータッチだったが、いい加減言わせてくれ」
「はい」
「何故、口を開けたままなんだ。朝食食べろよ」
「兄さんに食べさせてもらおうかなと」
「小鳥じゃあるまいし、自分で食べろ。
お前のその両手とわざわざ置いてやった箸は何の為にある」
「両手は兄さんと手を繋ぐ為にあり、箸は兄さんが私に食べさせてくれる時に使う箸ですよね?」
「違うっつーの」
「私、箸は重くて持てませんので?」
「何で疑問形なんだよ、こっちが疑問形だよ」
それはそれとして、用意した朝食を食べさせることまでは甘やかしの範疇外だとプロデューサーは思うのだ。
されて当然といった顔をゆかりはしているが、世の中の常識的にそれは明らかにアウトである。
最近のゆかりは甘えたがりが激しすぎる。
朝食を作って二人で食べる。
ただそれだけの日常の所作に頭を悩ませる事柄などなかったはずだ。
「おかしいですね、兄さんなら食べさせてくれると思ったのですが」
「おかしいのはお前の予測だよ」
同居当初は躊躇や照れがあったのに、今では悪びれもせずに甘えてくる。
もちろん、ゆかりが素直なのは嬉しい。
変に気を使われるよりはよっぽどマシだ。
「いけずですね、兄さんは」
とはいえ、ここまで甘えたがりだとさすがにまずい。
この従妹、自分に対してガードがゆるすぎる。
結局、ゆかりは渋々と箸を手に取って朝食を食べ始めたが、プロデューサーの心中は危機感で溢れていた。
このままではまずい、と。