デレマス書き殴り短編集   作:このむらりく

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双葉杏が飛び降りる話

 双葉杏には大切な人が二人いる。

プロデューサーと諸星きらり。

言葉にこそ出してやらないが、杏は二人のことを何よりも大切に、何よりも重きを置いている。

自分がアイドルをまだ続けられているのは、二人の比重が大きい。

それはまあ、印税で自堕落に暮らしたいという欲はあるけれど。

二人がくれる飴玉が美味しいから、仕方ないなぁとへにょりと笑ってくれるから。

二人が横にいるだけで、このどうしようもなく下らない世界とだって戦えるのだ。

双葉杏は本当に二人のことが大好きだった。

 

 ――それは、キラキラの夢と希望の物語だった。

 

 ある日、三人でいつものようにのんべんだらりとしていた時だ。

この三人で事務所を新しく設立しよう、と。

プロデューサーは目を輝かせながら興奮気味に宣言した。

何を言ってるんだ、この人は。

いつだって突発的な発言をするプロデューサーであるが、今回はとびっきりである。

もっとそういったことは予兆を出すなどしてくれないと受け止めきれない。

杏がめんどくさいという表情を隠さず、冷めた視線を送るも、そんなのお構いなしだ。

一緒に聞いていたきらりは既にノリノリで賛成と手を挙げてしまっている。

こうなってしまっては杏が顔を顰めて否定しても、もう遅い。

最終的にしょうがないなぁと溜息混じりに折れて賛同するいつものパターンだ。

先導は二人の役目だ、杏の担当ではない。だから、二人の後を少し遅れてついていく。

杏は二人の分まで周りを注意深く見る役目だ。

二人が予期せぬ石に躓いてしまわないように。

お人好しな二人に近づく悪い虫を退治する汚れ役。

二人が笑ってくれるなら、喜んでその役目を引き受けよう。

二人の目を曇らせるものを杏は許さない。

ひたむきに夢を追う二人が杏は大好きだから。

そんな輝かしい路を走る二人のそばに自分がいてもいいのか、拭えない卑下が杏に問いかけてくる。

もっとも、卑下なんか知ったことかと言わんばかりに当然のように自分を含めた話をしてくる二人を見ていたら、どうでもよくなってしまった。

 

 ――これからも、ずっと三人でいたい。

 

面と向かってなんか絶対に言ってやらないけれど、杏は切に願っていた。

だって、プロデューサーの右手は比類なき輝きだったから。

怠惰な自分の手を引いてくれた力強いものだったから。

だって、諸星きらりの左手は比類なき温かさだったから。

一人だった自分の手を包んでくれた優しいものだったから。

その両手がある限り、何とだって戦える。

この先に待ち受けている不確かな未来だって、きっと確固としたものに変わるはずなのだ。

 

 けれど、けれど。

 

 これはそうならなかった物語なんだ。

三人の世界が終わったのは突然だった。

プロデューサーときらりが死んだ。

交通事故。居眠り運転のトラックが横から突っ込んできたらしい。

二人共に即死だった。何の希望も抱かせない終わりだった。

原型すらとどめていない二人。

嘗ての面影を欠片も残していない肉塊を見ても、何も感じない。

もしかすると、この肉塊は別人で二人はひょっこりと出てくるのではないか。

そんな淡い期待さえ抱いた程、ぐちゃぐちゃの有様だった。

涙は流れない。表情は崩れない。

ただ一言。どうして、と。自然と口から漏れた言葉は純粋な疑問だった。

二人は何も悪いことをしていない。死んでいい人達ではなかったのだ。

自分のようなろくでなしを引き上げて、一緒に歩幅をあわせてくれるくらいお人好しである。

この先、もっと報われてもいい二人だったのに。

どうして。どうして。どうして。

ロボットのように口ずさむ言葉は乾ききっている。

一人ぼっちになった世界で、杏は立っていた。

死人は蘇らない、命は一度きり。

願えば二人が蘇るご都合主義なんてどこにもありやしないことぐらい、杏は知っているのに。

残ったのは始まるはずだった夢と願い。

輝きの向こう側へと焦がれていた二人の熱が、杏に伝播する。

 

 そうして、杏は二人分“本気”になった。

 

二人がいなくなってから、杏は自立するようになった。

レッスンや仕事には一人で来れるようになったし、誰よりもアイドルにひたむきに取り組み始めた。

双葉杏を知るものからすると考えられない出来事である。

更には、彼女自身どうしたらもっとよくなるのか。

どの仕事がシンデレラガールへの近道なのか。

本気になった彼女からすると簡単な問題であった。

 

「空っぽになった杏ができることってそれぐらいしかなかったんだよね。

そうすることで、虚無な気持ちもなくなるかなって思ったし」

 

 双葉杏はこれまでとは違い、“売れる”最短ルートを進むアイドルへと変貌した。

傍目から見ると、彼女の風貌は全く変わっていない。

ただ、中身がどうしようもなく――別人になっていた。

全てにおいて、手を緩めない。

高みへと、輝きの向こう側へと至る為なら、何でもする。

それだけが、何も持っていない杏が二人に手向けることができる唯一のものだったから。

本気で動く彼女を止められるものはどこにも存在しなかった。

元々、天才であり、大抵のことをそつなくこなす杏が、一切の妥協抜きで本気になったらどうなるのか。

ライブバトルはもはや蹂躙であった。

いかにして観客を味方につけるか。相手の心を砕くか。

勝ちに行く過程でリサーチを病的な程に行い、相手のアイドルのファンすら奪っていく。

才能溢れる新人が来たら全力で潰す。

杏は将来に障害となりえる可能性を徹底して排除していった。

ありとあらゆる場面で貪欲に輝きを勝ち取る“怪物”へと双葉杏は変貌したのだ。

 

「杏ね、頑張ったよ。いつか言ってたよね、シンデレラの称号を三人で目指そうって」

 

 結果として、杏がシンデレラガールの称号を勝ち取るのは当然の気血であった。

それは満場一致で誰しもが首を縦に振らざるを得ないものだ。

ガラスの靴に輝けるティアラ。かつて、三人が目指した夢と願いの残骸。

けれど、その称号を手にしても、杏の中に生まれた虚無感は全く消えなかった。

 

「でもさあ、手に入れたはいいけど、きらりやプロデューサーからもらう飴玉の方がよっぽど価値があるよ」

 

 内に渦巻く虚無が消えない輝きなど腹の足しにもならない。

飴玉以下の価値と吐き捨てた杏はガラスの靴を脱ぎ捨て、ティアラを踏み砕く。

杏はシンデレラストーリーを真っ向から投げ捨てた。

 

「結局、変わらなかったよ。

 もしかしたらと思って、本気になってみたけどさ。

 称賛も印税も杏にはもう響かないや」

 

 そうして独唱を終え、双葉杏は事務所が入っているビルの屋上で大きくあくびをした。

久しぶりのサボタージュ。何もかもを投げ捨てて、一人きり。

だらけきった顔を出しても、誰も咎めることはない。それだけの偉業は達成してきたし、夢の印税生活だって送れる。

 

「…………ま、わかってたけどさ」

 

何も映さない終わりきった双眸。

見上げた空は雲ひとつない青空で、下を見ると街がよく見える。

プロデューサーと諸星きらりと双葉杏がまだ笑っていた世界。

三人でいた、三人の輝きが詰まった、三人だけの世界。

けれど、今は一人だけの世界になってしまった。

色は褪せ、いつか見た夢は何の価値もないガラクタに成り下がる。

 

「もうおしまい。全部、ぜーんぶ、ぜんぶおしまい」

 

 杏はフラフラとおぼつかない足取りで、屋上の縁まで歩き、柵に手をかける。

無意味で無価値なロスタイムだった。

あの二人が死んだ時、すぐに追いかければよかった。

こんなモノクロの日常を生きていたって仕方がないのに。

柵をよじ登りながら、杏はふと考える。

もしも、二人ではなく、自分が死んでいたら、どうなっていただろう。

取り残された人間が自分でなかったら、ここまで間違えなかったのか。

そんなあるはずもないイフをふとかんがえ、すぐにやめた。

考えるだけ、時間の無駄だ。

双葉杏の頭脳をもってしても、回答は永遠にでてこない。

そんな問題、めんどくさいに決まっている。

 

「どうせなら、杏も一緒に殺してくれたらよかったのに」

 

 虚空に投げかけた言葉は誰にも届かず、消えていった。

数秒後に響いた肉の潰れる音が一つ、それっきり。

もう、どこにもシンデレラは存在しない。

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