ソードアート・オンライン~夢幻の戦鬼~   作:wing//

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さて、本来ならこのお話は明日投稿予定だったのですが、本日はなんと本作投稿開始から1周年でございます!読者の皆様に支えられ、読んで頂き、この1年頑張れてこれました!
ということで、2日連続投稿でございます!

引き続きキリト・アリスの壁登りのお話になります。

ほぼ原作通りの流れですが、一部やりとりや流れを変えていたりもします。思った以上に会話文が多いのでお気を付け下さい。

それではどうぞ!


第37話 「彼女を想う人」

「よっと…システムコール…ジェネレート・メタリック・エレメント・ウェッジシェイプ」

「日が…」

 

あれから地道に鉄串を生み出しては登るという作業繰り返し、登ってきたキリトとアリス。

しかし、アリスの言葉通り、時刻はもう間もなく日没を迎えようとしていた。そのため、キリトが生み出そうとしていた鉄串は生成される前に、元の神聖力に戻ってしまった。

 

「っ…神聖術が…」

「器物の生成は空間神聖力を大きく消費しますからね。ソルスが沈んでしまったら、一時間に一つ作れればいい方かもしれません」

「ふぅ…そうか」

「今どのくらい登りましたか?」

「えーっと…そろそろ85階は越したと思うけど…」

「95階まで、まだまだ先は長いですね」

「ああ…どっちにしろ、完全に暗くなったら、危なくて登れないしな……うん?おい、あそこ。何か見えないか?」

 

今はこれ以上登れないと判断したキリトだったが、ふと上を見上げると何か置物が置かれている出っ張りの部分に気が付いた。キリトに言われ、アリスも見上げると確かに外壁から出っ張っている部分があった。

 

「石像か何かが置かれているみたいですね。しかし、こんな高いところに何故…?」

「なんでもいいよ。石像が置いてあるのなら、座って休めるスペースもあるだろうし…あそこまで何とか登りたいけど、ここからあそこまで6メー…コホン…6メルはある。楔があと2本は必要かな」

「2本の楔ですか…分かりました」

 

慌ててアンダーワールドの単位に言い直したキリトの言葉に、アリスは復唱してキリトに言葉を掛けた。

 

「いざという時まで取っておくつもりでしたが、どうやら今がその時のようですね…フォームオブジェクト…ウェッジシェイプ!」

 

アリスの唱えた神聖術により、彼女の左小手が二本の金串へと変わる。

 

「これを使って下さい」

「ありがとう。助かる」

 

アリスから差し出された金串を受け取り、礼を言ってからキリトは夜空の剣の横に一本の金串に刺し入れる。そして、自由になった腕で金串を壁の継ぎ目に差し込み、足場を作る。そして、これまでと同じ要領でその金串の上に登り、アリスを一段上の鉄串に引き上げた。

 

「大丈夫か?」

「へ、平気です!…えっ?!」

「うん…?どうした?」

 

キリトの言葉に答えた時、上を見上げたアリスは石像を見て驚きの声を上げる。距離が近くなったことで、その姿をはっきりと目に捉えることができたのだが、アリスが驚いていることにキリトは首を傾げていた。

 

「あれは…!?」

「…げぇ…なんか気味悪いデザインの石像だな」

「違います!あれは、ダークテリトリーの…!?」

 

そうアリスが告げた言葉にキリトも驚くが遅かった。キリトたちに気付いたかのように、石像がいきなりダークグレーの色を取り戻し、動き出したのだ。

そして、翼を持った怪物へと変貌したそれはいきなり飛び立ち、キリトとアリスの周りを巡回し始めた。

 

「不味い…!?アリス!!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「アリス!しっかりしろ!?くそ…!?」

 

目の前の出来事が信じられず呆然とするアリスは、キリトの声が届いていなかった。その上、他の石像までもが動き出し、キリトたちを襲い始めた。

 

「うおぉ!?くっ…このぉぉ!!」

 

強襲してきた怪物の攻撃を即座に抜刀した黒剣で捌き、キリトは残っていた金串を投擲する。金串は怪物のボディを貫き、黒い血を吐血した怪物はキリトから離れていった。

 

「アリス、剣を抜け!次が来るぞ!!」

「えっ……きゃぁぁ!?」

「アリス!?この場所じゃ存分に戦えないか…!?」

 

慣れない細い足場にアリスは満足に動くこともできないでいた。一方のキリトもこんな不安定な足場ではアリスを庇いながら戦うことなど不可能に近かった。

 

「(一度に来られたら不味い…俺はともかくアリスは…こうなったら)アリス!」

「っ…!っ…!!」

「しっかりしろ、アリス!」

「あっ…!え、ええ!」

「いいか!鎖にしっかり捕まってろよ!!」

「えっ…?ま、まさかお前!?」

「二人とも生き残りたいのなら今は俺に任せてくれ!後でいくらでも謝るから!いくぞ!」

 

体制を低くし、力を込めやすい体制を取ったキリトはカウントを始める。

 

「1、2の…3!」

「っ!?きゃああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

キリトによって、放物線を描くように上へと放り投げられたアリス。かなりの勢いで投げられたため、彼女から悲鳴が上がるが、なんとか石像が位置していた場所へと着地することができた…が、

 

「うぉ!?しまっ…!」

「ふぅ…きゃぁ?!」

 

投げた反動でキリトが金串から落ちてしまい、それに釣られてアリスも落ちそうになってしまった。だが、咄嗟に体勢を立て直し、チェーンを引っ張り上げるアリス。

 

「くっ…!?こ、のぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!!」

「うおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!?!?」

 

アリスの剛力で今度はキリトが放物線を描き、上へと引っ張り投げられた。が、体勢を崩していたキリトに着地を気にする余裕などなく、見事に背から壁へと叩き付けられ、そのまま地面へと不時着した。

 

「な、何を考えているのですか!?この大馬鹿者!?」

「ううぅ…仕方ないだろう。こうするしかなかったんだよ…っ…それよりも話は後だ!来るぞ!」

「っ!?」

 

キリトの言葉に我に返ったアリスは襲ってくる怪物たちへと視線を向けた。鎖を外し、身の自由を確保したキリトは黒剣を再び抜き、他の石像たちも動き出していないかと警戒していた。だが、何かを戸惑っているアリスの様子にキリトは顔を顰めた。

 

「間違いない…何故あれがこんなところにいるの…?」

「さっきから何を気にしてるんだよ!?あの怪物のことを知っているのなら、教えてくれ!」

「ええ。よく知っています…あれらはダークテリトリーの暗黒術師たちが土塊から作り出し使役する魂なき邪悪な使い魔です」

「魂なき使い魔…なるほど、ゴーレムみたいなものか」

「その認識で問題ありません。私たちは彼らに倣ってミニオンと呼んでいます」

「ミニオン…けど、どうしてそんなものが人界で一番神聖な場所に…しかも、あんなにごっそりと並んでいるんだ?」

「それは私が知りたい!!」

「っ…!?」

 

キリトの言葉にアリスは叫び答えた。その様子は本当に彼女すら、ミニオンの存在を知らなかったのだとキリトに確信させる程、アリスは動揺していた。

 

「お前に言われるまでもなく、ミニオンが大量に設置されているなど決してあってはならぬことです!しかも、整合騎士の監視を掻い潜って、セントラル・カセドラルに侵入してきたなど…到底考えられない!?ましてや……」

「ましてや、教会内部でも高い権力を持つ何者かによって意図的に配置されていた、なんてことは絶対にありえないってことか…来るぞ!?そっちに二匹行った!」

 

アリスが言えなかった先をキリトが代弁し、二人はミニオンの動きに合わせて動き出した。アリスに警戒を促すキリトだったが、その心配は無用なものだった。

 

「お前、私を何だと思っているのですか……はぁぁ!!」

 

上空から強襲してきたミニオン二匹をすれ違い様に合わせ、アリスは金木犀の剣を振るった。剣圧と共に両腕と体を一撃で両断されたミニオンは地面へと落ちていった。

一方のキリトは先程金串を突き刺したミニオンにタゲを取られ、腕から繰り出される攻撃を黒剣で裁いていた。

 

「手伝う必要がありますか?」

「いや、結構!」

 

金木犀の剣を鞘に納めながら、先程の意趣返しでそう尋ねるアリスだったが、キリトはそれを断り、ミニオンの動きを見極めていた。攻撃をギリギリのタイミングで捌き躱し、ミニオンの動きに隙が出来たところに、ソードスキルを発動させるために黒剣を構える。

 

「すぅぅ…はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 

気合と共に片手剣4連撃ソードスキル〈バーチカル・スクエア〉でミニオンの四肢と体を切り裂く。その見事な剣筋にアリスも思わず感嘆な声が出た。キリトに切り裂かれたミニオンも地面へと落ちていくのを見届け、ようやく二人は安堵の息を吐く。

 

「なんだよ、その目は…」

「いえ。先程の闘いもそうでしたが、お前は奇妙な剣技を使うのですね。夏至の芝居小屋でもやれば、客を呼べるのではと思っただけです」

「…そりゃどうも。あんた、セントリアの夏至祭りを見たことがあるのか?あれは庶民のお祭りで、修剣学院でも上級剣士出身の生徒は見に行かない奴がほとんどだったけど…」

「私を気取った上級貴族などと一緒にしないでください!もちろん、見た…ことが…?」

「…?おい、アリス?」

「い、いえ…そういう祭りがあると修道士の誰かから聞いたのです」

 

言葉を言い淀んだ辺りで頭を抑えたアリスにキリトが心配になって声を掛けるが、アリスは何事もなかったように頭を振り、言葉を続けた。

 

「整合騎士は任務以外で市井の民と交わることは禁じられていますから」

「そう、なのか…(アリス…君はもしかして…)」

 

アリスの態度にキリトはある可能性を感じ取っていた。それは…アリスも失った記憶の綻びを思い出しているのではないかという可能性だった。

 

そのまま日も完全に沈んでしまい、月が雲で隠れてしまったため、キリトとアリスはミニオンたちが設置されていた場所で休んでいた。先を急ぐ二人だったが、視界が確保できていない現状で動くのは危険だと考え、月が出るのを待っていた。

 

「月が雲から出れば壁登りは再開できると思う。楔さえ作れれば特に難しい状況じゃないしな。この上にはもうミニオンも配置されてないみたいだし…ただ、神聖力の問題とは別にこの絶壁をあと何十メルか登ると考えると、目が回りそうなくらいに腹が減ったって問題もあるけど」

「はぁ…お前のそういうところが不真面目だと言うのです」

「うん…?」

「一度や二度の食事が取れないくらいなんですか。子供じゃあるまいし…」

「はいはい…どうせ子供ですよ。なんせこちとらギリギリ育ち盛りの範疇なんでね」

 

ここにフォンがいたら、ツッコミが飛んできていただろうが、残念ながらある意味オカンでもある彼は丁度90階へと辿り着いていた時だったりする。そんな冗談を言いながらもキリトはアリスへと皮肉を返した。

 

「整合騎士様と違って、食べなきゃ天命がガンガン減るんだ」

「言っておきますが、整合騎士とてお腹は空くし、食事を摂らねば天命を損耗します。ですから『ぐぅぅぅ…』…あっ」

「……ぶふぅ!」

「っ!?」

「ま、待て待て!?悪かった!」

 

綺麗に響いたお腹の音にキリトが噴き出すも、照れ隠しと怒りで剣を抜こうとするアリスに、慌ててキリトは謝罪する。

 

「整合騎士とはいえども、生きてるなら腹も減るよな?」

「……ふん!」

「…そうだ。そういえば、カーディナルのところから持ってきた肉まんがまだ…おっ、あったあった!なぁ、これ食べないか?」

 

大図書室から持ってきていた肉まんのことを思い出したキリトはそれをポケットから取り出すも、それを見たアリスは呆れてしまっていた。

 

「どうしてそんなものがポケットから出てくるのですか…?」

「ポケットを叩けば、肉まんが二つだ。でも、こいつはこのままじゃ美味しくないよな?な?」

「……?」

「さてと…システムコール…ジェネレート・サーマル・エレメント…バーストア「馬鹿ですかお前は!?」…えっ!?」

 

神聖術で肉まんを温めようとしたキリトをアリスが叱責する。一体何事かと慌てるキリトだったが、アリスは再び呆れた視線を飛ばしていた。

 

「そんなことをすれば、一瞬で黒焦げです!」

「あ、ああ…そうか」

「もう…貸しなさい!」

 

呆然とするキリトの手から肉まんを強引に奪ったアリスは神聖術を発動させようと式句を唱え始めた。それはキリトのものとは全く違い、複数の術を組み合わせたものだった。

 

「ジェネレート・サーマル・エレメント…アクウィアス・エレメント…エアリアス・エレメント…ウォーテックス・シェイプ…バースト」

「おお!すげぇ……早くくれ!」

 

複数の属性を組み合わせ、肉まんをその場で蒸し直したアリスの見事な腕前にキリトも思わず感嘆する。そのままアリスから肉まんを受け取ろうとするが、

 

「………あーん…」

「ちょ、ああぁぁ!?」

「冗談ですよ。ほら」

「ハハハ…サンキュー」

 

食べるフリをしたアリスに驚ききつつも、肉まんを一個受け取ったキリト。あつあつの肉まんを少し冷ますために息を吹きかけ、一口齧る。その温かさはまさしく出来立てとそう変わりない温度だった。

 

「なるほどね…道具もなしにエレメントだけで肉まんを蒸せるとは思わなかったな。いや、もしかしたらフォンも出来るかもしれないか……ともかく、流石はあの料理上手なセルカのお姉さんだよな」

「…お姉さん…?待ちなさい!?」

 

キリトの言葉にアリスは咄嗟にキリトの襟元を掴んだ。そして、その言葉の真偽を問い始めた。

 

「お前…今何と言ったのですか…!」

「…あっ…」

 

その時、自身の失言に気付いたキリトだったがもう既に手遅れであることは理解していた。なので、キリトは正直に全てを打ち明けることにした。

 

「…君には妹がいる…そう言ったんだ」

「…妹?私に…?……っ!?」

 

妹がいると言われ、困惑するアリス。だが、その時、脳裏に修道服を着た女子の姿が蘇った。顔までははっきりと思い出すことはできないが、アリスは彼女を確かに知っているような気がしていた。

 

そのアリスの姿に、キリトは話すのは今しかないと判断した。

 

「話すよ…君が受け入れるかどうかは分からないけど、俺が事実と信じる全てを…君に教えるよ」

「っ……話しなさい。但し、お前の言葉が私を謀るものだと判断したなら、その時点でお前を斬り捨てます」

「…構わないよ。俺を斬るという判断が、真に君自身の心から出たものならな」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

斬られても構わないというキリトの言葉に、アリスは目で話すように訴える。その訴えを聞き入れたキリトは語り始めた。

 

「何故そんなことを言うかというと、君の中には君以外の人間に与えられた、しかし、そうとは意識できない命令が存在するからだ。

整合騎士は神の代行者たる公理教会最高司祭アドミニストレータによって、秩序と正義を維持するために天界から召喚された存在、と君たちは認識している筈だ…けれど、アリス。君は自分が誰から生まれ、どこで育ったのかを覚えていない筈だ」

「…それは…整合騎士は地上に遣わされた時点でステイシア神によって、天界の記憶を封じられるかと…」

「確かに君は記憶を封じられている。だが、それをしたのはステイシア神ではなく、最高司祭当人だ。そして、封じられているのは天界の記憶じゃなくて、君がこの世界で人の子として生まれ育ったという記憶なんだ」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

キリトの言葉を黙って聞き続けるアリス。キリトの言葉に嘘偽りを感じられなかったからだ。そして、キリトは遂にその名をアリスに告げた。

 

「君の本当の名は…アリス・ツーベルク。北部辺境のルーリッドという小さな村で生まれ育ったんだ。そして、11歳の時に君は果ての山脈を貫く洞窟に探検に行って、人界とダークテリトリーの境界線からほんの少し外に出てしまった。つまり、君が犯した禁忌はダークテリトリーへの侵入だ」

「…アリス…ツーベルク…それが私の名前…ルーリッド…果ての山脈……思い出せない…何も…!?」

「無理に思い出そうとするな。エルドリエみたいになるぞ」

 

エルドリエの時のことを思い出したキリトはアリスに警告するが、アリスは反発した。

 

「今さら何を言うのですか!?私は…知りたい…全てを……さぁ、続きを話しなさい!」

「…分かった」

 

キリトはその先を話し始めた。

 

「君のお父さんはルーリッドの村長、ガスフト・ツーベルク。お母さんの名前は分からないけど、さっき言ったように君には妹が一人いる。名前はセルカ…教会に連行された君のことをずっと気にかけていた。

ルーリッドで暮らしていた頃の君は神聖術の天才と呼ばれてたそうだけど、そんなお姉さんの後を継いで、立派なシスターになろうと一生懸命頑張っていたよ」

「お前は言いましたね?このような反逆を企てたのは最高司祭様の過ちを正し、人の世を守るためだと」

「ああ。その通りだ」

「しかし、最高司祭様より我ら整合騎士が与えられた第一の使命はダークテリトリーに対する防衛だというのも事実なのです。仮にお前たちが全ての整合騎士を倒し、最高司祭様をも刃にかけたとして、その時は人界を一体誰が守るというのです?」

「なら逆に聞くけど、君は整合騎士団が万全の態勢で迎え撃てば、ダークテリトリーの総攻

撃を間違いなく撃退できると本当に信じているのか?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

キリトの指摘にアリスは反論することができなかった。それはアリスだけではない…整合騎士を束ねる騎士長もそのことに対して意見を述べている光景を見たことがあったからだ。アドミニストレータに仕える元老長はそれを全く聞き入れてはくれなかったのだが…その時の騎士長…ベルクーリの顔がアリスの脳裏に映った。

 

「確かに…伯父様…いえ、騎士長ベルクーリ閣下も胸の内には同様の懸念を秘めているようでした。しかし、だからといって、人界には我らの他に戦力と呼べるものが存在しないのもまた事実…」

「けれど、それはアドミニストレータが望んで作り出した状況なんだ。最高司祭は自分の完全なる支配が及ばない力が、人界に生まれることを恐れたんだ。いざ、戦となれば真っ先に剣を取るべき上級貴族に怠惰で贅沢な生活を許し、その結果、彼らの魂は澱んでしまった。

でも、まだ全てが手遅れになってしまったわけではない。ダークテリトリーの軍勢が押し寄せてくる前に、人界にもできる限りの軍隊を整えることができれば…」

「できるはずがありません!?そんなこと…!お前も今言ったばかりではありませんか!この世界の貴族たちが如何に堕落してしまっているか…!」

「ああ、確かに…でも、そうじゃない人たちだっているし、下級貴族や一般民にもこの世界を守ろうという意思を持った人たちが沢山いるんだ」

「一般民…?」

「そうだ。彼らにこの塔に蓄積されている莫大な武具を全て分け与え、君たちが磨いた本物の剣技と神聖術を学ばせれば、1年で立派な軍隊を作り上げることだって不可能じゃない筈だ」

 

カセドラルで目撃した宝物庫やこれまで闘ってきた整合騎士たちの剣技を思い出し、そうアリスを説き伏せるキリト。その理論にアリスは言葉を失い、ただ聞き入れていた。しかし、キリトは今の現状でそれは不可能だと語る。

 

「でも、今のままじゃこれは絶対に実現不可能な話なんだ。忠誠心を強制できない軍隊なんて、アドミニストレータにとっては闇の軍勢と同じくらい恐ろしいものの筈だからな。つまるところ、結論は一つだ……最高司祭アドミニストレータの絶対支配を打ち破り、残された僅かな時間を最大限有効に使って、来たるべき侵略に対抗できる防衛力を作りあげるしかない」

「…闇の国のミニオンがここにいること…その一事を取っても、最高司祭様は忠実な下部たる我らを深く欺いておられることは否定できない」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 

キリトはそれ以上何も言うことはなかった。アリスが迷っているのが分かったからだ。だから、彼女が答えを出すまで待つことにした。静かな夜に風だけが音を立てていた。そして、遂にアリスが口を開いた。

 

「…会えますか…」

「…えっ?」

「もし…お前に協力し、封印された記憶を取り戻せたのなら、私はもう一度セルカに…妹に会えるのですか?」

「っ!?………会えるよ…でも、いいか?よく聞いてほしい」

 

アリスの切実な願いにキリトは返す言葉に一瞬詰まるが、覚悟を決め、真実を告げることにした。

 

「セルカと再会するのは…君であって、君じゃない。記憶を取り戻した瞬間、君はシンセサイズの秘儀を受ける前の…アリス・ツーベルクへと戻る。同時に整合騎士アリス・シンセシス・サーティは……多分消滅すると思う」

「…そう、ですか」

 

告げられた真実にアリスはキリトが思っていたよりも冷静だった。そして、静かに言葉を紡ぎ出す。

 

「思い出せない…顔も声も…でも、この名前を呼ぶのは初めてじゃない。私の口が、喉が、心が覚えている。何度もその名前を呼んだ…毎日毎晩…セルカ、セルカと…あっ…!」

 

その言葉と共に自身が涙していることに気付くアリス。その涙も、彼女が妹がいたことをどこかで覚えているのだという証拠だった。

 

「本当なのね…私に家族が…父と母とそして、血を分けた妹がこの夜空の下のどこかに……ううぅ!くっ…!」

「……家族だけじゃないぜ?」

「…っ…えっ?」

 

涙を我慢することができず、泣き出してしまったアリス。そんな彼女にキリトが掛けた言葉でアリスは更に驚く。

 

「俺たちがここに来た理由はアドミニストレータを倒すためでもあるが…君を助けにも来たんだ」

「…私を、助けに…?」

「ああ…君にはセルカだけじゃない。ルーリッドの村で一緒に過ごした友達がいたんだ。それも君のことを想い、苦しんで、それでも諦めずに斧を振り続けた友がな」

 

友という言葉にアリスは再び首を傾げる。その様子に苦笑しながらもキリトはその言葉の先を続けた。

 

「俺たちは、君が教会に連れていかれるまで一緒にルーリッドの村で生まれ育ったんだ。一緒にご飯を食べて、馬鹿して、探検して、遊んで…でも、君が連れていかれてからそれは終わってしまった。

でも、あいつは…ユージオは君を助けるためにここに来たんだ。それを手助けしたくて、俺もフォンもここに来たんだ。君を…アリス・ツーベルクを取り戻すために…」

「……ユージオ…?その名もどこかで……!」

 

アリスの脳裏によぎったのは、先程80階で対面した青薔薇の剣を持った青年…ではなく、亜麻色の髪に翡翠の色を宿した瞳の少年だった。斧を巨大な樹に打ち付ける少年の姿がアリスの頭にぼんやりと浮かび上がる。

 

その少年だけではない。キリトの顔やフォンの名前に、アリスはどこか懐かしい少年たちの顔までもが頭に浮かぶ。悪戯好きで暇さえあればサボろうとする悪友と常に両者の仲介を担っていた年の割には大人びていた朋友…だが、少年たちの顔をはっきりと思い出すことがアリスはできない。

 

「…お前たちを見た時…いや、お前の話を聞いて、私の感じた既視感は気のせいではなかったのですね。いえ、私はどこかそうなのかもしれないと思っていたのかもしれません」

「…えっ?」

「整合騎士は最高司祭様によって作られたという話を聞いた時から、そういうこともあろうと思っていたんです。私は…この体をアリス・ツーベルクという名の少女から奪い、6年間も不当に占拠してきた。ですが、盗んだものは返さなくてはなりません…それが彼女を想い、罪まで犯してまで取り戻そうとした人がいるのなら尚更ですね」

「アリス…君は…」

「ただ…一つだけ頼みがあります」

「…何だ?」

「この体に…本来のアリスの人格を復元する前に、私をルーリッドの村に連れて行ってくれませんか?そして、物陰からほんのひと目だけでいい…セルカの、妹の姿を、家族の姿を見せてほしいのです!それだけ叶えられれば、私は満足です…」

「…分かった。約束するよ…記憶を復元する前に必ずルーリッドに連れていく」

「…絶対ですよ」

 

アリスの確認に静かに頷くキリト。これを共に来た二人に言ったら、フォンは苦笑しつつも賛同してくれそうだなと思う一方で、ユージオへの説得が色々な意味で難しそうだなと思っていたキリト。

 

(まぁ、いざという時はフォンに味方してもらうか)

 

心の底から信頼している友の助力に期待しながら、キリトは夜空を見上げていた。そんなことをキリトが考えているとは知らないアリスは立ち上がり、深呼吸して何かを決心していた。

 

「…すぅ…私の心は決まりました。人界とそこに暮らす人々の守るため、私、アリス・シンセシス・サーティはたった今より整合騎士の使命を捨て…ぐうぅぅ!?」

「ア、アリス…!?」

「ああぁ…?!ああああああああああああぁぁぁぁ!?」

「どうし…その右目は!?」

 

絶叫と共に苦しみ始めたアリス。右目を抑えている彼女に何があったのかと、顔を覗き込んだキリトはアリスの右目に異変が起きていることに気が付いた。そして、思い起こされたのは、禁忌目録を破ったことで右目が吹き飛んだユージオの姿だった。

 

「キ、リト…!目…が!?」

「アリス!右目を見せてみろ!…っ!?(バーコード!?でも、この世界にそんなものがあるわけが…!?何だ…何か文字が浮かんで…)」

 

真っ赤な右目に表示されたバーコードのような記号にキリトも動揺を隠せないでいた。すると、アリスの右目に何かの文字が表示され出した。キリトからは逆向きに見えていたが、その文字を読み取ることはできた。

 

『SYSTEM ALERT CODE:871』…その表示された文字…アンダーワールドではシステムコマンドとされている文字が浮かんだことにキリトの脳裏にフォンとの会話が蘇る。

 

『それを考慮すれば、ユージオの右目が吹き飛んだのにも納得がいく』

『……もしかして、禁忌目録を破らせないためのセキュリティか!?』

 

『っ…!まさか、そいつが禁忌目録やフラクトライトたちの右目に細工をしたかもしれないってことか?!』

 

(…もしかして…!?俺たちはてっきり禁忌目録を破らせないために誰かが右目に細工をしていたと思ってたが、これがそれなのか!?しかも、整合騎士のアリスにまで発動するってことは……禁忌目録じゃなくて、フラクトライトたちが『A.L.I.C.E.』に覚醒しないようにするためだとしたら…!?)

 

その推測はキリトにある事実を突きつけていた……ラースの中にアリシゼーション計画そのものを邪魔しようとしている裏切者がいるのだ…そうでなければ、フォンの推測通り、こんな仕掛けをできる者などが外部にいるとは考えにくかった。

 

「くぅぅ!?…あああぁぁ!?」

「アリス!?」

「右目が…焼けるようです…!?それに文字が…」

「落ち着け!?それ以上何も考えるな!頭を空っぽにするんだ!」

 

このままではアリスが危険だと判断したキリトは、アリスの頭を両腕で支えながら言葉を掛ける。

 

「君に起きている現象は…多分この世界の思惑から外れた、もしくは逸脱した行動を起こさせないための心理障壁みたいなものだ!そのままその思考を続ければ、目玉が吹っ飛ぶぞ!」

「っ…!?酷い…記憶だけでなく、意識すらも誰かに操られるなんて…!?この赤い神聖文字を植え付けたのも、最高司祭様なのですか…!?」

「…いや、違うと思う。俺たちの推測になるけど…この世界を創った者…この世界を外側から観察している、創世記には登場しない神たちの中でも、負の心をこの世界に持ち込んでしまった者の仕業だと思う」

「神…?私たち整合騎士が神の創りたもうた世界を守るため、無限の日々を戦い続けても神は信じて下さらないのですか!?私から家族を…妹の思い出を奪い、その上このような封印まで施して服従を強要するなんて…!

 

私は……私は人形ではない!!」

 

アリスの叫びがその場に木霊する。そして、アリスは叫び続ける。

 

「確かに私は造られた存在かもしれない!?でも、私にも意思はあるのです!!私はこの世界を…世界に暮らす人々を守りたい!それが私が果たすべき唯一の使命なのです!」

「アリス…君は…!?」

「…キリト…頼みがあります。私が逃げ出さないようにしっかりと掴んでおいて下さい…頼めますか?」

「……ああ!任せろ!」

 

アリスの頼みを聞き入れ、体を預けられたキリトは彼女を優しく抱きしめる。呼吸を整え、覚悟を決めたアリスは宣言する。

 

「最高司祭アドミニストレータ…そして、名を持たぬ神よ…私は私の為すべきことをするために貴方と……闘います!!」

 

その宣言と共に、異常を感知したアリスの右目に仕掛けられたシステムが発動する。アリスの右目が伸縮したと思えば、彼女の右目が吹き飛んだのだ。

 

「あああああぁぁぁ!?ぐぅぅぅぅぅ!!?」

「アリス!?…しっかりしろ、アリス!?」

「ああ、あああぁ!?つぅぅぅ?!」

「っ…しっかりしろ!君は強い!」

「っ!?」

 

痛みのあまり叫ぶことしかできないアリスにキリトの声が届く。

 

「君は一人じゃない!俺がいる!ユージオだって、その右目の封印を打ち破って剣を振るったんだ!君にもできる!頑張れ!!」

「ユー、ジオ…?そう、ですか……彼にできて、私に…できな、いはずがありませんね…ぐぅぅぅ!?」

「アリス!?」

「はぁ…はぁ…はぁ…はぁ…っ!?」

「おい!?アリス…?アリス!?」

 

なんとか呼吸を整え、痛みを堪えるアリス。その息遣いが治まったと思った瞬間、彼女の体がキリトへと倒れ込んできた。なんとかその体を受け止め、アリスの状態を確かめると、どうやら気を失ってしまったようだった。

 

「まずは血を止めないと不味いよな…システムコール」

 

治癒の神聖術を使い、アリスの右目の出血を止めるキリト。しかし、彼の神聖術では血を止めるのがやっとであり、神聖術が得意であるフォンがここにいないことを内心舌打ちしながらも、キリトは応急処置として、服の一部を破り、眼帯代わりにアリスの右目に巻く。

 

「さてと…流石にこんな足場の悪いところにいつまでもいるわけにもいかないよな」

 

気絶しているアリスをここに寝かせ続ける訳にもいかず、キリトは視界に入っている95階を見上げる。そして、覚悟を決めたキリトはアリスを背負い、ずり落ちないように鎖で自身の体にアリスを固定すると、

 

「よし…やるか!」

 

月が雲から出てきたことで再び鉄串を作れようになり、再び壁登りを再開した。その背に友の大切な人を背負って…

 

 




今思ったら、フォンが全く登場しないお話は初めてだったりしますね…そんなわけで、明日更新のお話はカセドラル内部に戻ります。
読者の皆様も大体予想していると思いますが、あの問題のシーンと変態ピエロの登場…そして…

是非ご期待頂ければと思います。

とまと博さん、ばさっちさん
ご評価ありがとうございました!

投稿開始から1年経ちましたが、今後も突っ走していく所存ですので、これからも応援よろしくお願い致します!!


それではまた明日!
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