ソードアート・オンライン~夢幻の戦鬼~   作:wing//

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今回結構長い上に会話文大盛りですが、前話で宣言したように色々な事実が出てまいります!
もしかしたら、矛盾してないかと思われる点もあるかもしれませんが、実はミスリードのためにそう書いているところが今回ございます。
そちらも意識して読んで頂ければ有り難いです。

それでは、どうぞ!


第ⅩⅤ話 「心誓の女神たち」

「さてと…現状を整理しようか」

 

謎の部隊からの襲撃を受け、戦場と化したオーシャン・タートル…サブコントロール・ルームのシステムを起動させることに成功し、ひとまずは安堵の息を吐いた菊岡が場を取り纏め始めた。

 

「中西一尉、防護壁の閉鎖は完了したか?」

「はい。第一・第二耐圧隔壁の完全封鎖、及び非戦闘員の船首ブロックへの退避完了を確認致しました」

「そうか…隔壁はどれくらい持ちそうだ?」

「爆発物を使われれば、破られる可能性はありますが…おそらくそれはないでしょう。」

「そうだな…第一隔壁の近くにあるのはライトキューブクラスター…奴らの狙いが『A.L.I.C.E.』の奪取だとすれば、ターゲットを破壊するような工作は避けるだろうからな…人的被害はどうなっている?」

「民間プロジェクトチームのメンバーに負傷者3名、我々自衛隊の戦闘員は重症2名、軽傷2名…いずれも生命の危険はないとのことです」

「船体の被害状況はどうだ?」

「船底ドック及びドックからメインコントロール・ルーム間の隔壁は遠隔操作ができません。

更に深刻なのは、正電源ラインを切断された影響で…電力自体は副ラインから各所へ安定供給されていますが、制御系を再起動しないとスクリューを回せません」

「なるほどな…これでは、オーシャン・タートルはヒレを失くしたウミガメと言っても同然の状態になってしまったわけか…おまけに腹に鮫が喰いついたままとは…」

「ロアシャフトの一番から一二番までの区画も…完全に占拠されてしまいました」

 

中西の報告を聞きながら、状況を分析する菊岡…そこには、いつもの飄々とした態度は全くなく、状況を冷静に分析する自衛官の顔があった。

 

「ふぅ…メインコントロールと第一STL室、そして、原子炉までが軒並み制圧されたわけか…不幸中の幸いが破壊ではないといったところか…

そうでなければ、もうここも爆弾か何かを使って突破し、占拠もしくは破壊工作をもっと仕掛けてこないと不自然だからな。

だが、そうなると、連中の正体が何者なのかという話になるわけだが…比嘉君、何か意見はあるかな?」

 

状況を整理し終えた菊岡は、目的を推測した上で、襲撃者の正体について考察を始め、比嘉に意見を求めた。

比嘉はコンソールを操作し、大画面のモニターに襲撃時の録画映像を一時停止の状態で映し出した。

 

「この映像を見て下さい…奴らの装備の色、形…これはどっかの正規軍の物ではないッスね。体格の平均値から推測して、おそらくですがアジア人ではないでしょう」

「つまり…連中は少なくとも我が国の特殊部隊ではないわけだ…そいつは喜ばしいね。そして、もう一つ確かなことがある」

 

比嘉の適格な分析に苦笑いする菊岡…だが、真剣な表情のまま、その推測の先を話し続けた。

 

「この連中はプロジェクト・アリシゼーションの存在を知っている、ということだ」

「まぁ、そうなるッスね…さっきの襲撃の手際の良さと、この映像を見てる限り、迷わずメインコントロールまで駆け上がってきましたからね…

奴らの目的は菊さんが推測した通り、『A.L.I.C.E.』の奪取でしょう」

「…そんな…」

 

菊岡と比嘉の言葉を受け、ずっと話を聞いていることしかできなかった明日奈の口から思わず言葉が漏れた。

 

「まぁ、幸いにもメインコントロールのロックはなんとか間に合いました。

これでシミュレーションに介入することも、『A.L.I.C.E.』たちのフラクトライトをクラスターからイジェクトすることも不可能です」

「しかし、それができないのはこちらも同様な訳だろう?」

「そうッスね…『A.L.I.C.E.』たちのライトキューブを外部からの操作でイジェクトすることはもう不可能です。

でも、菊さん…こうなれば、勝ったのは同然ですよね?

奴等は物理的にも情報的にもクラスターにアクセスできないわけだし…あとは護衛艦から援軍が突入してくれば、あんな連中は上等ですよ、上等!」

「何が上等なのかは分からんが…問題はそこだ」

「えっ…?」

 

後は時間の問題だと楽観する比嘉の言動に、菊岡は硬い表情で言葉を刺した。予想とは真逆の反応に比嘉も思わず困惑の声が出てしまった。

 

「どうだ、中西一尉…あさひは動くか?」

「はっ!…それについてですが…あさひには、横須賀基地の艦隊司令部から現状の距離を保ったまま待機せよとの命令が出ています。

司令部は、我々が攻撃者の人質に取られたと判断しています」

「…おそらく、あの黒づくめの連中は自衛隊の上層部にチャンネルを持っているんだろう。

あさひに突入命令が出る頃には、連中は『A.L.I.C.E.』たちのライトキューブを確保して、ここを去ってしまっているだろう…追跡不可能な場所にまで逃走したところでね」

「…ちょっと待って下さい…!ってことは、ただのテロリストっていうわけじゃないッスね…

ヤバいな。もしも向こうに技術屋みたいな専門家がいたら、気付かれるかもしれないですよ!?」

「ああ…ライトキューブのイジェクトはアンダーワールド内部からのオペレーションでも可能だからな…

奴らは第一STL室を抑えているし、アンダーワールドに設置されているバーチャルコンソールからの操作でもそれはできてしまう」

「その操作をアンダーワールドから行うと…一体どうなるの?」

 

最悪の可能性を思い当たった比嘉の言葉に菊岡も同意する。その言葉の意味を確かめようと、神代が菊岡に尋ねると、彼はその先を説明し始めた。

 

「メインシャフトの真ん中にあるライトキューブクラスターから、対象のキューブが取り出されて、エアチューブ経由で任意のコントロール・ルームまで運ばれるんです。取り出し口はそこのコンソールにありますよ…もちろん、メインコントロールにもね…」

 

説明を終え、コンソールを操作した菊岡はスクリーンの映像を変えた。そこには、STL4号機・5号機に接続されている和人・蓮の姿が映し出されていた。和人の姿が映ったことに、明日奈は思わず息を呑んでしまった。

 

「つまり、我々は連中に先駆けて、『A.L.I.C.E.』たちのフラクトライトを回収する…現状それができるのはキリト君、そして、フォン君の二人だけだ」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

「こうなってみれば、フォン君にもアンダーワールドにダイブしてもらったのは奇跡にも等しい幸運だったと言わざるを得ないな……いや、そうであってほしかったと言うべきところか」

 

菊岡はSTLで眠る二人の映像へと視線を映しながら、その一言を漏らしてしまった。

期待から、落胆と後悔の声色が少し混じった言葉…蓮であれば、どうにかしてくれたのではないかという思いを込めたつもりでの一言だったのだが…

 

パァン…!

「っ…!」

 

近づく気配に気付いた時にはもう既に遅かった…乾いた音がその場に響き渡り、菊岡の眼鏡が地に落ちた。それが頬を叩かれたことだと気付いたのは、眼前に涙と共に右手を振り切った木綿季の姿があったからだ。

 

「ふざけないでよ…何が良かったの?何をフォンに期待してたの…?フォンは…フォンはキリトを助けたくて、あの世界に行ったんだよ!?自分の魂の寿命まで削って、ただキリトを助けるためだけにあの世界に行ったんだよ?!

なのに、これ以上何をフォンに求めるの!?貴方たちの都合にフォンを巻き込まないでよ!?もう……これ以上、フォンに背負わせないでよ…」

「…ユウキ…!」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

最後には泣き崩れてしまった木綿季を背後から優しく抱きしめる明日奈。

その胸に顔をうずめた木綿季は我慢することができず、そのまま泣き出してしまった。その様子に、自分の言葉が木綿季を追い詰めてしまったことに、流石の菊岡も苦い表情をしていた。

 

「菊岡さん…貴方たちの事情も分かるけど、私も木綿季と気持ちは同じよ。もしもキリト君たちにこれ以上何か起きたら…私は、貴方を絶対に許さない…!」

「…分かってる…今の発言は明らかに僕が悪かった。それに、彼から申し出たとはいえ、僕には彼らの身を守る責務があるのは当然だ。僕の全責任に掛けて、彼らの意識は必ず回復させると誓うよ……本当にすまなかった」

 

明日奈の言葉を、先程木綿季から受けた一撃と共に真摯に受け止めた菊岡は素直に謝罪をした…許されないだろうと分かりつつも、先程の発言は完全に自分に非があることを認め、落ちていた眼鏡を掛け直し、比嘉に蓮たちの状態を尋ねた。

 

「それで…その彼らの状態に関してなんだが…どうなんだ、比嘉君」

「…はっきり言えば、二人とも最悪の一歩手前…いや、フォン君に関しては冗談抜きでこの状態が続けば、かなりマズイ事態にまでなっています…」

「「…っ…!?」」

 

比嘉の告げた事実に明日奈だけでなく、木綿季までも硬直してしまう。蓮たちの状態を説明すべく、比嘉はモニターに二人のフラクトライトの状態を映し出した。

 

「まず、キリト君ですが…デス・ガン最後の一人に襲われて、ニューラルネットワークに損傷を負ってしまったキリト君を治療するために、我々はこれまでのテストダイブ同様に、彼の記憶をブロックしてアンダーワールドにダイブさせました。

ところが、何故か彼の記憶はブロックされていなかった…キリト君は現実世界の桐ヶ谷和人のまま、アンダーワールドに放り出されてしまった…そして、それは同時稼働していたSTLにてダイブしたフォン君にも連動してしまったんです…これは推測ですが、襲撃によるダメージによって、フラクトライトが不安定となっていたから起こったことだと思われます」

「ちょ、ちょっと待ってよ…!それなら、彼らは…加速されたアンダーワールドで、彼ら自身としてどれぐらいの時間を過ごしていたというの?」

「…およそ2年です…」

「「…(2年も…!?)」」

 

まさかの事態が起こっていたことを説明していく比嘉だったが、事態を把握した神代の疑問に、2年という時間をこの数日で蓮たちが体験してしまっていることを告げた。その事実に木綿季たちが驚くのも無理はない話だった。

 

「それだけの時間、キリト君たちは人口フラクトライトたちと触れ合った…彼らが現行シミュレーションが終わり次第、消える存在だとは知らずにね。

ですが、どういうわけか、彼らはその事実に気付いたんでしょう…だから、現実世界との連絡手段…バーチャルコンソールがあるセントラル・カセドラルを目指したのでしょう。

菊さん…貴方に全フラクトライトの保全を要求するためにね…フォン君が通信の最中、怒っていたのはそのことを知ったという何よりの証拠でしょう。彼にもキリト君にも最終負荷実験のことは内容すら話していませんでしたから」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

比嘉の指摘に菊岡は表情を変えることはなかった…それは肯定を意味しているようにも、言い逃れをするつもりはないという態度のようにも見えた。もちろん、木綿季が責めるような視線を向けていたが、それでも表情に変化はなかった。

 

「話を戻します…その道中は決して易しいものはなかった筈です。しかし、彼らはそこに辿り着いた。

新たな『A.L.I.C.E.』の覚醒の確認と奴らの襲撃が重なってしまい、ログの確認が遅れてしまいましたが…公理教会との闘いの中で精神的なダメージをフラクトライトに蓄積してしまっていたみたいなんです。

特に、通信直前に起こった戦闘の前後でそれが顕著に見られていました…そして、通信を開いていたその時でした…黒づくめの連中が電源ラインを切断し、ショートによって発生したサージ電流がSTLの出力を瞬間的に上昇させた…

その結果、自身を責めていたキリト君の自己破壊衝動が現実的なものになり、治療していた筈のフラクトライトのダメージまでもを巻き込む形で拡大し、彼の自我を非活性化させてしまった」

「自我を非活性化する…?それはどういう意味なの?」

「こちらの映像を見て下さい」

 

神代の疑問に答えるべく、比嘉はモニターの映像を変える…そこには、白い靄の真ん中に真っ黒な穴が空いてしまっている映像が映っていた。

 

「映像に映っているこの穴…ここに本来あるべきものは、言うなれば主体…セルフイメージなんです」

「セルフイメージ…?自ら規定した自己像ってこと…?」

「そうです…どうやら、僕らの意思決定は“自分はこの状況でそれを行うか否か”というフラクトライトの中のイエスノー回路を経由するようです。

例えば、牛丼屋に行って、牛丼を食べ終えた時…二杯目を食べるかどうかを判断する際、自身の状況ではなく、自らの意思に沿って判断する…それがセルフイメージによる処理結果というわけです」

 

比嘉の例えはともかく…セルフイメージの意味合いは素人である明日奈や木綿季にもなんとなくではあるが伝わった。

 

「キリト君の場合、フラクトライトの大部分は無傷です。しかし、問題の回路が機能していないので、今の彼にできるのは…おそらく染みついた記憶による反射的なリアクションのみでしょう…

自分が誰なのか、何をするべきなのかも分からず、自分からは何も言うことはない…言うなれば、自我を喪っている…そんな状態ではないかと…」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「そして、フォン君の方ですが…さっきも言いましたが、彼の方が問題は深刻です」

「…っ…!」

 

再びコンソールを操作し、今度は蓮のフラクトライトの状態画像を映し出す比嘉。再度告げられた事実に、木綿季の手には自然と力が籠ってしまう。それでも、彼女は逃げることなく、話を聞き続けようとした。

 

「これは今のフォン君のフラクトライトの状態です…そして、こっちの映像がアンダーワールドにダイブ直後のフラクトライトの記録映像です」

「…!これって…」

「そうです、凛子先輩…彼のフラクトライトは襲撃前後に全く違うものへと変化してしまっているんです…」

「「っ…!?」」

 

明らかにフラクトライトのパターンが異なる映像に驚く神代。その認識が間違っていないという比嘉の肯定の言葉に、木綿季たちの目が見開かれる。

 

「…フォン君もキリト君同様に記憶を持ったまま、アンダーワールドにダイブしてしまっていたんですが、彼には更に不思議な現象が起こってしまっていたんです。

廃棄されていた筈の武器のデータが勝手にSTLを通して、彼のフラクトライトにアクセスし、我々が認識していなかった武器がアンダーワールドに生まれてしまったんです。それに気付いたのは、彼らが公理教会に向かった時のことです」

「廃棄されたデータっていうのは…?」

「…テストダイブ以前…まだザ・シードによって、アンダーワールドのプロトタイプを作成していた時に作られたものです…ですが、あまりにも過剰な性能だったため、プロジェクト・アリシゼーションには不要と判断され、データは凍結…このオーシャン・タートルに保存されていました。

しかし、まるで彼に呼び起こされたかのようにデータがアンダーワールドに流入したんです。その時はアンダーワールドへの不正アクセスが行われたと警報が鳴り、僕らも大慌てで原因を探っていたため、事態に気付くのが遅れてしまいました」

「その武器が…フォンの状態と何か関係があるってことなの?」

「ええ、木綿季ちゃん。大ありです…」

 

不安な態度で尋ねる木綿季に、比嘉は感情を乱すことなく冷静に答える。そして、いくつかのフラクトライトの画像をモニターへと映し出した。

 

「これはセントラル・カセドラルの戦闘毎に観測されたフォン君のフラクトライトの画像です。

見てもらえば分かりますが、元の彼のフラクトライトと比べて、戦闘ごとにそれぞれ一部分が変化していることが見受けられます…特に通信前に起きたであろう二つの戦闘では、その変容が他のものに比べてかなり大きくなっています」

「…つまり、音弥君が使っていた武器はフラクトライトそのものに影響を与えてしまっていたとこと?」

「…憶測の領域になってしまいますが、おそらくそうかと思います。確かにフラクトライトに負担を掛けるコマンドはアンダーワールドにも実装されていますが、彼のそれはそれと同等か、上回っていると言えるでしょう…そして、彼もまた精神的なダメージを負っていたことが重なり、襲撃によりフラクトライトにダメージを受けてしまいました」

「…フォンに…フォンに一体何が起こったの?」

 

「フォン君の場合…記憶どころか、人格までもが変化してしまったかもしれないと考えられます」

 

「……えっ……?」

 

比嘉から告げられた事実に、木綿季は時が止まったかのような感覚に襲われた。言っていることは頭で理解できているのだが、事実を受け止め切れずにいたのだ。

 

「フラクトライトの一部変容というダメージがいくつも重複し、そこに精神的なダメージが重なった結果、別人格が形成されてしまったんです。それにより、フラクトライトのパターンが元のパターンから大きく変わってしまったんです。

問題なのは、その原因も対処の仕方も分からないことなんです…彼の場合、我々が把握できていないイレギュラーの要素までもが絡みついてしまってのことですから…

アンダーワールドのことだけでなく、現実世界の記憶…いや、ありとあらゆる記憶が彼から零れ落ちてしまっているのかもしれません」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「っ…その謎の武器は解析することはできないの…?」

「今の状態では無理ですね…一度、アンダーワールドからデータごとサルベージでもしないと…しかし、そんなことをする余裕もありませんし、おそらくその武器はフォン君のフラクトライトと密接な結びつきを形成してしまっています…もし強引に切り離せば、どうなるか…予想がつきません」

 

「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」

 

その場にいた誰もが言葉を発することができないでいた。木綿季や明日奈はもちろん、神代も二人になんと声を掛ければいいのか分からず、あの菊岡に至っても苦い顔を隠すことができないでいた。

 

「…ですが、打開策がないわけではないんです…」

 

その一言…はっきりとは断定できないといった表情で比嘉が言い放った一言に、その場にいた全員の視線が彼に集中した。

 

「確かに、現実世界の彼らに置かれた状況は今説明した通り、楽観を許さない状況です。ですが、彼らはまだアンダーワールドへのログインを継続しています。つまり、セルフイメージを損傷したり、フラクトライトが変容してしまっているとはいえ、二人のフラクトライト自体は活動を続けていて、様々な刺激を受け取っているんです。

だから、誰かがアンダーワールドから彼らに接触して、働きかけることができれば…二人のフラクトライトを回復させることができるかもしれないんです」

「その働きかけるというのは、どういうことをすればいいの…?」

「そうですね…キリト君の場合は自分自身を責めてしまった結果、自身の魂を損なっています…それを彼自身が赦せるように、赦しを与えることが必要かと…フォン君の場合は、零れ落ちた記憶を埋められるように、補填することができればと思うんですが…」

「…しかし、そんなことをできる者なんて…」

「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」

 

比嘉と神代の会話を聞き、該当する人物が今のアンダーワールドにいるわけが…そう思っていた菊岡が視線を向けるよりも先に、二人の覚悟は決まっていた。

 

気持ちは前から持っていた…そして、行かなければならない理由ができたのだ…ここで躊躇する必要など…木綿季と明日奈には微塵もなかった。

 

「僕は行くよ…フォンの元へ!」

「私、行きます…キリト君のところへ…!」

 

「君たちならそう言うと思ったよ…確かに第二STL室のSTL6、7号機は空いていて、使用が可能だ…だが、アンダーワールドは君たちが体験してきたVRMMOとは何もかもが異なる世界だ…君たちのことを守らなければならない僕からすれば、両手で賛同するわけはいかない」

 

「それでも…もしここで行かなかったことを後悔したくないんだ…フォンは僕に沢山の思い出を作ってくれた…一緒にいてくれて、笑って、泣いて…まだそんな時間は長くないけど、それでもフォンにその想いを返してあげたい…今がその時だと思うんです…!」

 

「キリト君が…彼が誰かの赦しを求めているというのなら、私、言ってあげたいんです…頑張ったねって…悲しいこと、辛いこともいっぱいあっただろうけど…君はできる限りのことをしたんだよって…」

 

菊岡の忠告に、それでも変わらぬ意思を示す木綿季と明日奈。菊岡も、今の二人には何を言っても、無駄だと分かりつつも、今のアンダーワールドの現状について説明を始めた。

 

「アンダーワールドは今…平穏とは言い難い状況だ。予定されていた最終負荷実験のラストステージに突入する瀬戸際だからだ」

「最終負荷…?何が起きるの?」

「人界とダークテリトリーを隔ててきた東の大門の耐久値がゼロになって、怪物の軍勢が人界に雪崩れ込むんです。人間たちが十分な防衛策を整えていれば、侵略を押し返せる筈です。

しかし…今回の実験では、キリト君とフォン君の手によって、統治組織である公理教会が壊滅寸前にまで追い込まれてしまいましたから…どうなるかはなんとも…」

 

最終負荷実験の内容を尋ねる神代に、人界とダークテリトリーの戦争が勃発することを告げる比嘉。想定では人界が勝つと考えていた比嘉だが、アドミニストレータの暗躍を知る由のないラースの面々は、キリトとフォンがどうして公理教会と闘ったのかを知らず、戦況を厳しく見ていた。

 

「だとしてもだ…我々の誰かが向こうにダイブしなくてはならない状況かもしれんな。侵攻が始まれば、その混乱に乗じて、人界のどこかにいるであろう二人の『A.L.I.C.E.』が殺されてしまうこともありうる。

高位のアカウントでアンダーワールドにダイブし、『A.L.I.C.E.』たちを保護しつつ、果ての祭壇…ワールドエンドオールターまで移動して、そこから二人のライトキューブをイジェクトできれば…」

「そういえば…貴方、キリト君たちにもそう頼んでいたわね」

「うむ…彼らのどちらかが無事であったのなら、きっと遂行してくれた筈だ。あの時、彼らは二人の『A.L.I.C.E.』のすぐ近くにいたのだからね」

「内部時間で何か月が経った今でも4人は一緒にいる可能性が高い…そういうこと?」

「そう考えていいと思います…特に、通信直前で確認されたもう一人の『A.L.I.C.E.』は、キリト君たちがダイブした直前から、共に行動していたみたいですから…少なくともそのフラクトライトはキリト君たちの近くにいる筈です。

ならば、やはりダイブは明日奈さんと木綿季ちゃんにお願いするべきかも…キリト君やフォン君とのコミュニケーションはもちろん、高位のアカウントを使ってダイブするにしても、『A.L.I.C.E.』たちの保護にはアンダーワールドでの戦闘能力が要求されますから、VRMMOの経験がトッププレイヤーの域に当たる彼女たちほど適任者はいないと思います」

「だったら、アカウントも可能な限りハイレベルな物を使ってもらった方が良いな…比嘉君、スーパーアカウントは使用できるか?」

「えっ…?!そりゃありますけど…スーパーアカウントはその性能が凄まじい分、特殊能力を使った反動も酷いんですよ…!?」

「分かっている…だが、彼女たちを死地に行かせる以上、最善の装備で送り出すべきだ。それに、彼女たちの実力なら最高クラスのアカウントであればある程、その実力を十二分に発揮してくれる」

 

まさかのスーパーアカウントの使用許可まで出した菊岡の言動に、比嘉から反論の声が上がるも、木綿季たちの覚悟を受け止めた菊岡はそれを一蹴した。その発言に比嘉も反論することを止め、スーパーアカウントの使用手続きを始めた。

 

「あ~、もう…!分かりました!けど、今使えるスーパーアカウントは『創世神ステイシア』の一つだけですよ?『テラリア神』と『ソルス神』のアカウントは六本木の分室にデータがありますから、今の状況ではアカウントデータを送ってもらうことはできませんよ」

「そういえばそうだったな………待った、比嘉君。確か、アンダーワールドのプロトタイプを作成中に、破棄されたスーパーアカウントが存在していなかったか?」

「…ああぁぁ!?ありましたね…!フォン君のSTLに侵入した武器データ…『天日剣』・『月影剣』と共に削除された、存在しない筈の第5のスーパーアカウント…『ルナリス神』

のことですね!了解です…すぐに現行のアンダーワールドでも使用可能なように調整するッスよ!」

 

菊岡の言葉に、その存在を思い出した比嘉はいつもの口調に戻り、すぐさま作業を開始した。スーパーアカウントの存在は木綿季も明日奈も知っていたが、聞き慣れない神の名前に眉を顰めていた。

 

「スーパーアカウントの固有名…創世神ステイシア、地母神テラリア、太陽神ソルス…これにダークテリトリーに属するスーパーアカウントの4つは、現行のアンダーワールドにて創世期に存在したとされる神々のことを指しているんだ。

二人には、ステイシアと、月夜神ルナリスのアカウントを使ってもらう。ダイブの準備はこちらで進めておくから、君たちは安岐君の元へと向かうんだ」

「「(コクッ…)」」

 

解説と共に二人にそう指示する菊岡。その指示を聞いた木綿季たちはすぐさま第二STL室へと向かった。その時、会話を聞いていた神代が一つの疑念を抱き、菊岡と比嘉に問い掛けていた。

 

「ちょっといいかしら…このアンダーワールドにダイブして、『A.L.I.C.E.』たちのライトキューブをイジェクトする方法だけど、それと全く同じことを襲撃者たちが思い付く可能性はないの?」

「その可能性はありますし、奴等にも可能な手段ですが…ちゃんとその辺りの対策は済ませてありますよ」

 

もしも襲撃者たちもアンダーワールドに高位のアカウントでダイブしたりすれば…そう懸念した神代だったが、作業する手を止めることなく比嘉はその答えを述べた。

 

「ただメインコントロールからのアクセスはロックされてますから、奴等が高位アカウントへのログインパスワードを解除する時間はない筈です。使えたとしても、レベル1の一般民だけ………」

「比嘉君…?どうしたの…」

「…今、何かが引っ掛かったような気がして……いや、なんでもないです。作業を続けます」

 

自分の回答に違和感を覚え、作業の手が止まってしまった比嘉。その様子に神代も思わず声を掛けるも、今は作業を続けることが最優先だと比嘉は再び意識をモニターへと切り替えた。

 

…菊岡が放った言葉が、比嘉が見落としてしまった違和感の正体であることを、作業に集中していた彼は気付くことができなかった。

 

 

 

「準備はいいかしら、二人とも?」

「「…はい…!」」

 

STL6、7号機の起動が完了し、グループトークアプリにて、他の面々にアンダーワールドにダイブすることを告げた後…蓮たちと同じ患者衣に着替えた木綿季と明日奈は、安岐に点滴を刺してもらいながら、その問いかけに力強く答えた。

 

『明日奈さん、木綿季ちゃん、聞こえますか?二人に使ってもらうスーパーアカウントについて説明をするので、よく聞いて下さい。

 

まず、明日奈さんに使用してもらうアカウントは、スーパーアカウント01『創世神ステイシア』の方ッス。このアカウントは管理者権限として、無制限地形操作のコマンドが使えるんですけど、地形操作中はSTLとメインビュジュアルライザーの間で、大量のデータが行き来する影響で、フラクトライトに膨大な負荷が掛かるッス。

だから、無闇に地形を操作するのは控えて下さい。コマンド中に頭痛を覚えたりしたら、すぐにコマンドを中止して下さい…いいですね?

 

そして、木綿季ちゃんの使うスーパーアカウントEX『月夜神ルナリス』ですが、こちらにも実装される筈だった際の管理者権限として、一定時間あらゆるステータスのリミッターを外し、バッドステータス・ノックバックを無視するブーストアップ能力「能力超越突破」が使えます。

こっちもフラクトライトに少なからずのダメージがありますし、ノックバックの反動もとてつもないものになっています。アンダーワールドは痛覚が現実世界と変わらないですから、使用はここぞという時にだけして下さい』

 

「分かりました」「分かったよ」

『では、これよりアンダーワールドへのダイブに入ります!』

 

スーパーアカウントの能力と注意事項を聞いた二人は了解の意を示し、ラースの面々が見守る中、アンダーワールドへのダイブに入ろうとしていた。

 

「…アスナ…」

「ユウキ…どうしたの?」

「…ううん…なんとなく呼んでみただけ。行こう、アスナ…フォンとキリトのところへ!」

「うん…!」

 

STLのジェルベッドに寝転がる二人。そのままSTLのメインビュジュアルライザーが二人の体を覆うように動き出し、ダイブの準備が完了した。

 

『STL6,7号機稼働に問題なし…それでは、お二人とも…頼んだッスよ!』

 

「「…リンク・スタート!!」」

 

その言葉を起源に二人の意識はアンダーワールドへとダイブしていったのだった。

 

 

 

一方、その頃…木綿季たちよりも先んじて、アンダーワールドへとダイブしていた襲撃者たち…アメリカの特殊部隊のリーダーとその副官がダイブしているSTL2、3号機をイラついた様子で見ている隊員がいた。

 

「シット!?…いいよな、隊長もヴァサゴも行けて…絶対に楽しんでるだろうなぁ…!現実世界と変わらない殺しが楽しめる世界なんてよぉ…サァイコウゥじゃねーか、ヒャーハハハハハ!?」

 

比嘉が見落としていた懸念…それはメインコントロールでロックされているのは人界側の高位アカウントだけであり、ダークテリトリー側の高位アカウントをロックし忘れていたことだった。

 

それに気付いた特殊部隊は、正式スーパーアカウント最後の一つ…『暗黒神ベクタ』と高位アカウントの『ダークナイト』でのダイブを慣行したのだ。

 

その作戦から漏れ、ダイブしている二人を妬みながらも、自身の妄想に悦の笑みを浮かべる男は狂喜していた。

 

その狂喜の刃が…物語を大きく狂わせることになることを、誰もが知る由がなかった。

 

 




一応明言しておきますが、菊岡は冷静に状況を分析した上での発言だったので本当に悪気はなかったです…問題なのは、精神的にギリキリで踏み止まっていた木綿季の前で言ってしまったことです…

そして、ようやく登場した封じられたスーパーアカウント『月夜神ルナリス』。その性能とユウキの活躍はもうしばし先までお待ち頂ければと思います。
それとは別に登場怪しいキャラ……まぁ、そういうことです(笑)かなりのクレイジーキャラだとだけお伝えしときます。

そんなわけでお話はまたUWへと戻ります。
少しだけ次回のお話をすると、またしてもユージオに(良い意味での)試練が訪れます…軽くオリジナルエピソードに近いバトル回になりますので、ご期待頂ければと思います(まぁ、大体誰と闘うのか想像つくかとは思いますが…)

それと、外出自粛でずっと小説書いてますので、次話は5日(水)に投稿する予定です。現在誤字チェック中ですので、もうしばしお待ち頂ければと思います。

アンケートも5月中旬まで行う予定です。意外に色々な武器が見たいという意見が多くてちょっとビックリしてます(作者的には2番目が圧倒的かと思っていたので…)この調子だと、上位二つを採用する方向性でシナリオ練ってます…
まぁ、決戦用の方で武器を色々考えていたせいで、どんな武器たちを追加しようかと迷っていたりもします。
こんな武器が見たいなどの要望あったりしたら、感想などで頂けると助かります。

それではまた!

以下の戦い方のうち、見てみたい・好みだというものはどれですか?

  • 様々な武器を換装し続ける暴れ無双
  • 武器射出無双(ゲー●・オブ・バビ●ン)
  • 過剰威力での殲滅無双
  • 精神かつ覇気的要素での威圧無双
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