ソードアート・オンライン~夢幻の戦鬼~   作:wing//

178 / 264
大変お待たせしました!

遅くなりましたが、本年も宜しくお願い致します!…作者はもうバタバタしたり、寝違えたり、体調崩したり…いきなり大変でした(苦笑)

キリト対ガブリエル…UWにおける最後の闘いとなります!

詰め込みに詰め込んだ50話に相応しい大長編となっております!

もうここで何を語るよりも、その目で見届けて頂ければと思います!

それでは、どうぞ!


第Ⅼ話 「             」

…フォンとPoHの激闘が佳境を迎えようとしていた時…

 

フォンが切り札として呼び出した霊装心刀『雷ノ焔』の力によって、周囲一帯黒雲が覆うという怪奇現象は、ダークテリトリーにいる面々の目に止まっていた。それは、ワールドエンドオールターを目指しているユージオとアリスも同じで…

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「…アリス」

 

「っ…大丈夫よ。大丈夫…大丈夫だから」

 

あの方向は、自分たちが…人界軍とアスナたちがいたであろう方向に近いこともあり、事情を知る術がなかったアリスは、黒雲に不安感を覚えていた。

 

気遣ったユージオが声を掛けるも、なんとか笑みを作り応えたアリスだったが、その言葉はまるで自分に言い聞かせるようでもあった。

 

「…それよりも…ユージオ」

 

「…うん。分かってる」

 

もちろん大切な人たちも気掛かりではあるのだが…上空に浮いている大地…浮島とでも呼ぶべき、人界ではそう見ることがなかった異形の大地…おそらく、果ての祭壇らしき場所が見えてきたところで、背後から迫ってきている敵のプレッシャーに、二人は気付いていた。

 

…それが、ユージオが、ベルクーリとイーディスの三人掛かりでどうにか倒したベクタのものとそっくりであることも既に理解できていた。

 

「…流石にこのまますんなりとは、果ての祭壇には行かせてくれないよね」

 

「そうね…ギリギリ追い付かれる前に祭壇には着地できるかもしれないけど…すぐに、アスナたちの世界であるリアルワールドに行けるかどうかも分からない…下手をすれば、祭壇で一戦を交えるかもしれないわ」

 

「それなら、いっそう地上で迎え撃とう。祭壇が浮島で、どれぐらいの広さがあるかも分からない以上、まだ障害物がない地上の方が闘いやすいかもしれない」

 

「……そうね。ベクタの姿ではないようだけど、同じ能力が使えるとしたら、走って射程から逃げることがしやすい地上の方が有利ね…お願い、雨縁」

 

「頼む、凍華」

 

『『グルルルルゥ!!』』

 

戦闘を避けることは難しいと判断した二人は、ユージオの意見に従い、それぞれの飛竜に地上へと降下するように命じた。

 

主たちの命に従い、地上へと降り立つ二頭の飛竜…素早く着地した二人はいつでも闘いに入れるように準備する前に…

 

「ここでいいわ…雨緑、これから、最後の命令を伝えるわ」

 

『…グル…』

 

「貴女には…私が騎士となってから、今まで…その背に何度もお世話になったわね。本当にありがとう。だから…ここでお別れよ。貴女は…貴女と凍華はこのまま人界の西帝国にある、竜の巣に戻って。

二人とも、良い旦那さんを見つけるのよ?それで、赤ちゃんをいっぱい産んで…強い子に育てなさい。いつかまた…騎士をその背に乗せる日が来た時、私にしてくれたように沢山空を飛べるように…強い子どもたちを育てるのよ?」

 

『・・・・・・・・・・・・・・・・』

 

『…キュル……キュウゥゥゥ!?』

 

「凍華……うん。僕だって、君と別れるのは辛いよ。君との時間はそう多くはなかったけど…君と飛んだ記憶は今でも鮮明に覚えてる…だけど、僕たちは行かないといけない…ここまで連れて来てくれてありがとう…!僕を主として認めてくれてありがとう…!だから……お願いだ。君たちはこの世界でもっと生きてくれ…!?」

 

主たちからの別れの言葉…アリスの言葉を静かに聞き入れる雨緑に対し、凍華は離れたくないとユージオへとその首を抱き着かせるように近づけていた。

 

もちろん、アリスやユージオだって…特に、騎士時代から接してきた雨緑との別れはとても言葉では表わすことができない辛さがあった。だが、これから迎え撃つであろう敵は…飛竜たちをも圧倒する敵であることは明確だった。

 

そして、それをなんとか退けられたとしても、自分たちはこの戦いを終わらせるためにリアルワールド…現実世界へと行かなければならない。いつ帰って来れるかも分からない現状、雨縁と凍華を縛り付けることを…二人はできなかったのだ。

 

我儘を言うかのように離れようとしない凍華だが、ユージオの言葉を理解し、ようやくその身を彼から離した。そして、雨緑と共にその瞳には涙が溜まっており…

 

「…っ…!……さぁ、行って!!」

 

その瞳の涙に、一瞬迷ったアリスだが、感情を押し殺し、雨緑と凍華に行くように告げる。しかし、飛竜たちは主たちの顔を一瞥し、そして、主たちを追っている敵の姿をその目に捉え、頷き合ったかと思えば…

 

『『…グルルルルゥ!!』』

 

「…まさか…?!」

 

「…駄目?!止めなさい、二人と…くっ?!」

 

ユージオとアリスがその動きから気付くも、制止の声を掛ける前に飛竜は地上を飛び立ってしまった。風圧に身動きが取れないでいた二人が止める間もなく、雨縁と凍華は…背後から迫っていたベクタ…いや、暗黒獣に乗っていたサトライザーへと攻撃を仕掛けた!

 

『『ゴオオオオオオオオオオォォォォォ!!』』

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

風と氷の二種類のブレスが、二頭の飛竜からそれぞれ放たれるが…無傷であった左手を突き出し、そこから放出した自身の心意で難なくサトライザーは受け止めてしまった!

 

顔色一つ変えることなく防がれるも、主たちの元へは行かせまいと雨縁も凍華も、ブレスの放出を限界以上に強める。自身の口元が焼き切れようとも、構わずブレスを放ち続けるが…それを顔色一つ変えることなく防ぎ切っているサトライザーは黒雷を左手から放ち、無慈悲にもブレスを消し去るだけでなく、二頭の飛竜へと直撃させた!

 

『グ…ルルゥ?!』『グオ…オオオォ!?』

 

「アリス、ダメだ!?」

 

「止めて…止めてぇェェェェェ?!」

 

一撃で瀕死にまで追い詰められた飛竜たちは…それでも倒れることなく、サトライザーに挑もうと体勢を整えていた。

 

その姿に…もういいのだと駆け寄ろうとするアリスを羽交い絞めにして制止するユージオ。二人が自分たちを行かせるためだと分かっていたからこそだが…彼にとっても、パートナーである凍華がやられることを黙って見ていられる訳もなく、アリスの気持ちは痛いほど分かっていた。

 

…だが、アリスの叫びなど届かないとばかりに、無情な黒雷が再び雨縁と凍華の身体を貫こうと、サトライザーの左手から放たれようと…

 

「雨縁ィィィィィィィィィィィィィ?!」「…くっ…!?」

 

 

【ズオオオオオオオオオオオオオォォォォォンンン!!!】

 

…アリスの叫びに応えるかのように、飛竜たちへと迫っていた黒雷を防ぐかのように、一筋の光柱が、轟音と共にその場に降り注いだ…!

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

轟音と共に強烈な光と風が、ユージオとアリスの視界を塞いだが…光柱が収まると共に、その光柱を放ったであろう人物が姿を露わにした。

自身の黒剣と友から託された薔薇剣…それを、かつて鋼鉄の城にて装備していた二刀流のように背中へと背負い、黒い礼服に黒髪であるその少年の正体を知った面々は息を呑んだ。

 

「……(何者だ…?)」

 

この世界にて、初めて対峙し…それだけでなく、自分の攻撃をも無効化した黒い恰好をした少年に、サトライザーはようやく眉を顰める形で表情を動かした。

 

「…ユー、ジオ……私、夢を見てるのかしら…?」

 

「…ううん。僕も同じものが見えてる…帰ってきたんだ…帰ってきてくれたんだ!?」

 

そして、その姿をよく知る者たち…自分が見ているものが信じられないといったアリスに、溢れそうになる涙を抑えることができずにいたユージオも笑みを零したながら、見間違いではないと同意した。

 

見せていた背中から振り返り、その素顔を見せた黒の剣士…いや、共に過去を過ごし、時には剣を向け、そして、背中を預けてた友の顔を見て、ユージオとアリスは口を開いた。

 

「…おかえり、キリト…」「…おかえりなさい、キリト」

 

「…待たせたな、ユージオ、アリス。後は俺に任せてくれ」

 

二人の言葉に応えるように微笑んだキリトはそう言って、瀕死状態の雨縁と凍華たちへと左手を突き出す。すると、二頭の飛竜を七色の光が包み、それぞれの身体が小さくなりながら、ユージオとアリスの手元へと降りてきて…

 

『キュルル』『クゥゥ…』

 

「…雨、縁…?」

 

「これは…神聖術で、凍華たちを退化させることで傷をなかったことにしたんだ…」

 

幼少期から、更には卵の状態にまで戻った飛竜たちをしっかりと抱きしめ、アリスとユージオ…そんなことができるとは思っていなかったユージオだったが、目の前で友がやってみせたことに驚きを隠せないでいた。

 

「…ありがとう、キリト」

 

「礼を言うのはこっちの方だよ…それに、二人には長い間、色々と心配掛けたな。もう大丈夫だから…ありがとう。ユージオ、アリス」

 

そう言って、キリトは背中を見せていた相手…サトライザーへと向き直った。もっと色々と話を…聞きたいことがあったユージオたちだが、二人へと声を掛ける人物はもう一人いて…

 

「大丈夫よ、ユージオ、アリス」

 

「…アスナ!無事だったんだね…!」

 

「ええ…それに、フォン君も無事よ。彼も記憶が戻って、今、カーディナルさんたちの方で闘ってるわ」

 

「本当…!?それは良かった…!」

 

そう…それは、キリトと共に二人を追い掛けて来ていたアスナだった。乱戦になって以降、状況が把握できていなかったこともあり、彼女の無事な姿を見れたことにユージオは安堵していた。

 

そして、キリトだけでなく、フォンも無事に回復できたことを告げられ、アリスと共に顔を見合わせて笑みを零した。

 

「キリト君が大丈夫って言ったんだから信じましょう?だから…私たちは、果ての祭壇へと急がないと…」

 

「でも…あの浮島にどうやって…?」

 

「そこは、私に任せて」

 

のんびりしている時間はないと告げるアスナ…それに対し、アリスは上空へと浮かぶ果ての祭壇にどうやって向かうべきかと疑問を零したが、答えの代わりに神剣を抜き掲げたアスナがステイシアの管理者権限能力である地形操作を発動させた。

 

赤き大地が競り上がり、地上から遥か上空へと浮かぶ果ての祭壇へと通じる階段が瞬く間に出来上がってしまった。

 

「…っ?!くぅ…!!」

 

「「アスナ…?!」」

 

「だい、じょうぶよ……急ぎましょう。祭壇が閉じるまで時間がないわ。走るわよ!」

 

「「(コクッ!)」」

 

地形操作の反動で、フラクトライトに更なる負担が掛かり、ふらつき膝を突いたアスナに肩を貸そうと二人が近寄るも、大丈夫だと告げた明日奈は神剣を鞘に納め、先導して階段を駆け出した。

 

アスナの言葉に従い、その背中を追いかけ始めた二人…しかし、背中越しにキリトへと視線を向けたユージオは、心の中であることを呟いていた。

 

(…キリト…君やフォンには、言いたいことも、怒りたいことも、伝えたいことも…いっぱいいっぱいあるんだ…!だから…だから、必ず無事に戻ってきてくれ…!?)

 

敵と相対し、微動だにしない友の姿に…願う様にその言葉を呟き、ユージオは再び自身が駆け上がっている階段へと視線を戻した。

 

 

 

(…アスナたちは行ったか…ユージオ、アリス…なんとか間に合って良かった)

 

即席の階段を駆け上がっていくアスナたちを見送りながら、キリトは安堵していた。しかし、それと同時にあることをキリトは覚悟していた。

 

アスナには、『二人を連れて、先に果ての祭壇へと向かってくれ』と頼んだわけだが…それと同時に二人のことはアスナに任せる形になったわけで…そのことと同時に、キリトの脳裏には浮かんだのはあの言葉だった。

 

『キリト君…!比嘉君の計算では、こちらがどれだけ早くSTLの切断操作をしたとしても、内部ではその間に200年は経過してしまう?!あと10分以内にコンソールに辿り着き、自力でログアウトしてくれ!

この際、ユージオ、アリスの両名の確保よりも、君たち4人の脱出を最優先としてくれ!例え、ログアウト後に記憶を消去できるとしても、200年という時間は、人間の魂寿命を遥かに超えている!?正常に意識回復できる可能性は……ゼロに等しい!フォン君の方はまだ戦闘中のようだから、状況を見てこっちから伝える!急ぐんだ!?』

 

それは、道中に突如として聞こえてきた菊岡からの通信中に告げられたことだった。実は、フォンやキリトを再覚醒させるためにSTLの接続操作を行った際に、比嘉がキリトとフォンとそれぞれ連絡を取れるように手配をしていたのだ。

 

銃撃の負傷によって意識を一時的に失っていた比嘉だが、キリト復活の直後に目覚めた彼からそのことを教えられた菊岡がキリトに連絡を取ったのだ。

そして、PoHとの激闘を終えた頃には、菊岡は比嘉と共に切断作業のために再びメインシャフトへと向かっていたため、フォンに連絡を取ったのは凛子だったわけだ。

 

(10分、か…いや、正確にはもう10分もないか。ともかく、アスナたちはなんとか間に合いそうだな。フォンとユウキもなんとかするだろうし…あとは…)

 

タイムリミットが刻一刻と迫る中、キリトは先程から動く気配がない敵…サトライザーの方へと視線を戻した。

 

あとは、5人が無事に現実世界に戻れるようにこいつを足止めするだけだと…覚悟を決めたキリトは、サトライザーへと問い掛けた。

 

「…お前は何者だ?何が目的で、この世界へとやってきたんだ?」

 

「何者、か…その問いに答えるのならば、求め、盗み、奪う者…とでも言うべきなのだろう。目的もまた同じだ」

 

「求める…?何を求めているんだ?」

 

「…魂を、だ……そう尋ねるお前こそ何者だ?なぜそこにいる?いかなる権利があって、私の前に立つのだ?」

 

「俺が、何者かだって…?俺は……俺、は…(…あれ…俺は…俺は一体…?)」

 

突如として、質問を返されたことに驚きながらも、答えようとしたキリトの口が止まった。いや、正確には思考までもが止められてしまったというべきだった。

 

…そう…あのシノンまでもを呑み込みかけた『虚無の心意』を放っていたサトライザーが、キリトの心までを虚無にて呑み込もうと動いていたのだ…!

 

目が虚ろとなり、言葉や思考だけでなく、心までもがサトライザーの虚無に呑み込まれ、奪われようとしていた。視界が心意に包まれ、心が闇に閉ざされようとしたキリト…だが、

 

『キリト…お前は決して過去や罪から目を背けない俺たちの友で…!』

『夜空のように優しい心を持った剣士…それが君だよ!…キリト』

 

「…っ!?」「…うん…?」

 

…心を閉ざそうとしていた闇を晴らすべく、二つの光が言葉と共にキリトの心で輝き、その目に再び光を灯させた…!

 

「俺はキリト……剣士キリトだ!」

 

その言葉…その一言が、キリトの心意を活性化させ、纏わりつき虚無に包もうとしていたサトライザーの心意を消し飛ばし、押し返した!

 

…そして、変化はそれだけではなかった…

 

キリトの言葉と心意に応えるよう、黒剣と薔薇剣が振動し、黒紫の燐光に二色の蒼…銀蒼と蒼白が混じり合う様にキリトの身体を包み込む。

 

黒き礼服から…黒いアンダーシャツの上に羽織った足首まで伸びたブラックコートに、二つの剣を支える右胸に金属片による装飾が施された胸当て、黒い手袋にブーツへとキリトの姿を変えていく。

 

SAOにて『黒の剣士』と呼ばれ、このアンダーワールドにおいても、チュデルキンやアドミニストレータとの激戦において、その姿を見せてきた…キリト自身にとっても良くも悪くも、最も心に刻まれているその姿を、キリトと、そして、武器に託された友たちの心意とが混ざり合ったことで、再び顕現したのだ。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

(これは…この光は、あの時にも……)

 

自身の心意をはじき返しただけでなく、姿までも大きく変わったキリトに、サトライザーは目を少しばかり見開かせ、感心しながらも驚いていた。まさか、またしても自分の心意を破る者が現れるとは思ってもいなかったからだ。

 

そして、眼前に対峙するキリトの…いや、彼の心意とその周囲に纏っていた二つの光にどこか見覚えがあったサトライザーは…すぐにその記憶を思い出した。

 

「…なるほどな…もう一人の『A.L.I.C.E.』を支えていた光の正体は、君だったわけだ。いや、それだけではないな…私が奪おうとしたシノンの心を守ったのも…そうか、そうだったんだなぁ…!」

 

「一人で勝手に納得してるようだが……一体どうしたっていうんだ?」

 

「…いいや、気にしないでくれ。私の支配をこうも容易く退けるとは想像していなかったのでね。だが…君が、あのユージオという少年の支えになっていたのだというのなら…納得がいっただけさ」

 

「…そうかい。さぁ、俺は名乗ったぜ?お前の名はなんだ…!」

 

「サトライザー……いや、それもまた仮初の名だな…ガブリエル…私の名はガブリエル・ミラーだ」

 

対峙するキリトが…あのユージオと同じ様に、自身を楽しませてくれる者ではないかと期待したサトライザー…いや、ガブリエルは真の名を語り、潜めていた歪な笑みを一瞬晒し、纏っていた心意を更に拡大させる。

 

それを迎え撃つかのように、キリトも背中に背負っていた黒剣と薔薇剣を抜く。そして、イメージを更に強め、心意によって新たな姿を自身に重ねる。

 

ALOにて、影妖精として何度も大空を駆けてきた黒い翅がその背中から出現し、下を向く鞘とは反対の上へと向いたのと合わせると四枚羽のように見えていた。

 

「…いくぜ、ガブリエル!」

 

その言葉と共に、更に高度を上げながら空を駆けるキリト。その動きを目で追いながら、サトライザーも迎撃するための準備を整える。

 

シノンとフォンの攻撃によって二度失った右腕を、自身の心意を形にすることで補い、そして、新たなる腕を作り出す。フォンの弩弓によって壊された肥大な銃腕とは異なり、波動く不定形な細い影のような腕…その手元には、赤紫色の鍔が施された剣が握られ、刀身も心意によって形成された不定形な…まさしく、闇の炎と呼称してもよい刀身が揺らめいていた。

 

充分な距離を取ったところで、一旦停止したキリト。敵の実力が未知数である以上、様子見などすることもなく、最初から全力でいくべく、二つの剣を握る手を更に強め、同時に詠唱省力での神聖術を発動させる!

 

「ジェネレート・オール・エレメント!!」

 

アンダーワールドにおける全ての属素を神聖術で呼び出す…赤・橙・黄・緑・黄緑・水・青・紫の色を宿した8つの光球がキリトの上空を半円を描くように並ぶ。そして、二つの剣を構え、一気に飛び出したキリトに遅れた属素玉が追従し、

 

「…ディスチャージ!!」

 

射出の式句と共に、先行した八つの色玉は光剣へと変わり、ガブリエルと襲い掛かった。だが…

 

「…フッ」

 

ガブリエルは避けるどころか、その攻撃を受け止めようとしていた…見たこともない攻撃に好奇心が湧き上がり、面白いといった風に笑みを浮かべて、八つの光色剣を受け止めるように両腕を開いた体勢を取っていたのだ!

 

その体勢に応えるかのように、ガブリエルの全身に八つの剣が容赦なく突き刺さる…だが、ガブリエルには大したダメージは入ってない…むしろ、これがどうしたのかと首を傾げる程度のものだった。

 

(…ただの目くらましか…本命は、本体の攻撃…)

 

冷静に状況を分析し、迫り来るキリトの攻撃が本命なのだと思考を切り替えたガブリエルが動く。対するキリトも、神聖術だけでなんとかできるとは思っておらず、飛行速度を更に上げ、ガブリエルへと迫ろうとする。

 

そう思う通りにさせるかと、剣を振るうガブリエル…その刀身が、なんと不定形だった腕と同化し、触手のように幾つにも枝分かれし、キリトを吹き飛ばそうと乱雑に振るわれた。

 

「…っ!しっ!うおおぉぉ!!」

 

しかし、キリトは速度を落とすどころか、更にスピードを上げ、触手たちの乱撃を、持ち前の反射神経で完全に見切り、剣で弾き、もしくは、触手たちの合間をするりと潜り抜け…!

 

「はああぁぁ!せりゃあああぁぁ!!」

 

加速を乗せた一撃を黒剣で繰り出し、ガブリエルの胴体を斬り裂いた!そして、通り抜けてすぐに、振り返った反動をも利用し薔薇剣でその背中を貫こうと…!

 

「っ…?!(…な、んだ…これ…?!)」

 

…取った…薔薇剣でガブリエルの背中を貫く直前、そう思ったキリトの考えは一気に崩された。確かに薔薇剣は背中へと突き刺さった…だが、思っていたのとは違う感触を覚えたキリトは、思わず剣を抜いて引き下がった。

 

(今のは……なんだ?!まるで、空っぽな何かを斬ったような…!)

 

確かに自分の目の前にはいる筈なのに、斬った手ごたえはある筈なのに…それとは明らかに矛盾する斬撃の感触にキリトは動揺してしまっていた。

 

対するガブリエルは、胴体を斬り裂かれ、背中を刃によって貫かれたというのに何事もなかったかのように立っていた。その傷すらも、自身から溢れ出た心意によって塞がれ、キリトが放った神聖術の光色剣さえも取り込む様に、瞬く間に治ってしまっていた。それどころか…

 

「…ううぅ!?」

 

呆然としていたキリトが呻き声を上げる…すれ違い様に、ガブリエルはキリトの右肩に斬撃を喰らわせていたのだ。それを受けたことすら気付けていなかったことにも同様するキリトだが、ガブリエルの視界に映っているのはキリトではなく…

 

「…システムコンソールに到着するまで5分といったところか…ふっ。君に3分、時間をあげよう。その薔薇剣を持っているからには、私を楽しませてくれるぐらいのことはできるだろう?」

 

「それは…気前のいいことだな」

 

「当たり前だ…私を一度は倒すまで苦しめ、そして、死を感じさせる程の力を味わせたんだ…その武器を使うお前が、この私を楽しませてくれないわけにはいかないだろう?」

 

「…倒した…?ユージオがお前を一度倒したってことか?」

 

「…?…何を………そうか。どおりで、もう一人の『A.L.I.C.E.』が持っていた剣とは何か違うと思っていたが…そういうことか。その剣はまた別物なのだな?そして……その剣の本来の持ち主はお前ではないのだな?」

 

「……何を、言って…?」

 

果ての祭壇へと向かうアスナたちへと向けていた視線をキリトへと戻したガブリエル。告げられた時間…いや、上からの目線の言い方に反発するよう笑みを浮かべて言い返したキリト。

 

しかし、ガブリエルの放った言葉に疑問を覚え、眉を顰める。対するガブリエルも会話が噛み合わず…しかし、すぐさま自身が感じていた違和感の正体に気付き、一人で分かった様に嗤い出したガブリエルに、どういうことかとキリトは左手に持っていた薔薇剣へと目線を落とす。

 

(フォンが渡してくれた薔薇剣…奴の興味は、これなのか?奴の言葉からして…ユージオもフォンも、あいつに一杯喰わせたってことか?)

 

自身の黒剣と同じく、名を持たぬ薔薇剣…ユージオの持つ青薔薇の剣とそっくりながら、全てを映し返すような透明な色を宿した剣。それが、ガブリエルの興味を更に釘付けにしているのだとすれば、自分にとっては好都合だとキリトは考えた。

 

(あと5分…アスナたちがログアウトするまで、こいつをここに引き留めることさえできれば…!?)

 

もう脱出しなければならないという考えを半ば捨てていたキリトにとっては、少しでも奴を引き付ける今、その材料は少しでも多い方が良かったのだ。

 

それに、それと同時にユージオとフォン…自分の友たちが、どういう形であれ、ガブリエルに一杯喰わせた以上は、自分も負けてはいられないと鼓舞する形にもなっていた。

 

「…まぁ、いい。お前が持ち主でなかろうと、そうであろうと…その武器も頂くつもりだったからな。さぁ、時間をやったからには、存分にその剣の力を見せてくれ…!」

 

「…ああ。お望み通り、嫌って程に楽しませてやるよ」

 

どこまでも見下してくる言い方に、神聖術で右肩の裂傷を癒してから二つの剣を構え直すキリト。強気な笑みを浮かべるが…虚無を持つ者はその想像を超える力を発揮してきた。

 

自身が乗っていた暗黒飛獣へと持っていた凶剣を突き刺したガブリエル…凶剣は獣を吸収していき、剣を伝ってその身体に同化していく。そして、獣の翼を背中に宿したガブリエルは感情の籠っていない声で告げる。

 

「…一つ盗んだぞ」

 

「っ……なぁ!?(こいつ…!心意だけじゃなくて、生き物の命や能力までを奪えるのか!?)…ぐうぅうぅぅ!?」

 

まさかの出来事に息の呑むキリトだが、驚いている暇などないとばかりに急速に接近してきたガブリエルの攻撃を受ける!

 

なんとか二つの剣を交差させることで、強襲での突きを受け取めることはできたが、余りにも重すぎるその一撃に剣を持っていた両腕は痺れ、勢いを殺し切れなかった体が後ろへと大きく吹き飛ばされた。

 

「…はあああぁぁ……ふぬぅぅ!!」

 

「くうっ?!」

 

しかし、キリトが体勢を整え終わる前に、ガブリエルは次なる一手を繰り出してきた。先程、キリトが繰り出した神聖術を模倣したかのように、黒雷を…飛竜たちに放ったものよりも強力に、そして、広範囲に広げた上で、下に位置していたキリトへと一気に降り注いだ。

 

なんとか体勢を整えなければと、一旦回避に徹するキリト…そんな彼を撃ち落とさんとばかりに、黒雷は降り注ぎ、地面を容易く砕き割り、岩柱をあっさりと崩壊させる。

 

回避しているだけではな駄目だと…体勢を立て直したキリトが二つの剣で迫り来る黒雷を斬り裂く!しかし、全ての黒雷を斬り散らした途端、狙っていたかのようにガブリエルが攻撃を仕掛けてくる。

 

「ぐぅ?!はああぁ!であああぁぁ!」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

心意により、思うがままに伸縮させられる異形の右手…鞭に近い剣戟を受け止めるも、余りにも重すぎる一撃に、二つの剣で防御しているにも関わらず、押されるキリト。

 

負けじと二つの剣による連撃を繰り出すも、ガブリエルはそれを容易く受け止めてしまう…飛行能力に差はないが、神聖術以外には二刀流による接近戦しか手段がないキリトに対し、異形の右腕を自由自在に震えるガブリエルの攻撃はあまりにも分が悪すぎた。

 

接近して攻撃しても、キリトの連撃は防がれてしまい…だからといって、距離を取ってしまうと、視覚外からの攻撃を伸縮した右腕を受け、防御に徹するしかなくなる。

 

ガブリエルを見ていても、回り込む様に迫ってくる怪腕の剣戟に反応せざるをえず、それを防げば、一瞬の隙でガブリエルが接近戦を仕掛けてくる。持ち前の反射神経で食らいついていくも、正攻法と変則的な戦法を織り交ぜるその攻撃に、キリトは押されていく。

 

「…このぉ…!」

 

「ふっ…ぬおおおぉぉぉぉ!!」

 

「うわあああぁぁぁ!?」

 

こちらも反撃しなければと焦るキリト…だが、安易な攻撃が戦闘スキルが豊富なガブリエルに通用するわけもなく、鍔競り合いをしていた薔薇剣から、切り替えた黒剣の一撃を読まれ、その斬撃を避けられてしまう。

 

そして、CQCで右腕を拘束され、そのまま下方へと放り投げられてしまう!黒翅で勢いを殺そうとするも足らず、岩場に不時着する形でようやく動けるようになったのも束の間、上空から急降下で斬り掛かってくるガブリエルの姿が見え、すぐさま飛び立つ。

 

強引に飛んでしまったこともあり、空中での姿勢が不安定な中、すぐさま追撃すべく肉薄してきたガブリエルの凶撃がキリトの顔を斬り裂こうと…咄嗟に頭を後ろに下げたことで、寸前のところで回避し、黒剣で反撃のソードスキルを繰り出す!

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「っ…!(まただ…!?確かに斬った筈なのに…斬った感覚がない!?)」

 

ところが…キリトが繰り出した片手剣ソードスキル〈バーチカル〉は確かにガブリエルの右肩を斬り裂いたというのに…ガブリエルは痛みを感じる素振りを見せず、キリトはまたしても奇妙な感覚に襲われ、困惑していた。

 

そして、その疑念を答えるどころか、考える時間をもガブリエルが与えるわけもなく…硬直に襲われたキリトへと猛攻を仕掛ける!単発技だったこともあり、すぐさま硬直が解けたキリトだが、背後への一撃を薔薇剣を回すことで凌ぐも、またしても勢いを殺し切れず、身体が大きく吹き飛ばされ、その衝撃に一瞬息ができなくなってしまう。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

(これは…心意!?だったら…!)

 

飛ばされながら、ガブリエルが異形の右腕から心意によって生み出した黒い触手を放ってきたことを目で捉え、すぐさま体勢を整えたキリトも心意で障壁を張ろうと…

 

「…っ…なぁ?!ぐああぁぁ!!?」

 

…何かが割れるような音と共に、鈍い肉と血が散る音が続いて響く…

 

堰き止めたかのように見えた触手が、自身の心意によって発生させた黄金の障壁を簡単に砕いたことで、完全に虚を突かれたキリトの身体を触手たちが貫く!

 

キリトを貪り喰うように貫き、腰から下を吹き飛ばされたことで激痛がキリトを襲う。空気だけでなく、口から血まで吐き出す…だが、その痛みを無理矢理押し殺し、再び意識を集中…先程よりも強くイメージしたことで、心意によって今度こそ触手を打ち払うことができたキリト…だが、

 

「がああぁ?!うううぅ…!」

 

「…フフフッ…!フフフフ、アハハハハハハハハハハ!!フハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

(…化け物、かよ…!?)

 

無理矢理触手を打ち払ったこともあり、突き刺さったものが抜かれた反動で更なら痛みが走り、血が流れ出るも…それでも、キリトの目にはまだ闘志が残っていた。

 

そんなキリトの姿を…必死であることを嘲笑うかのように、未だに折れないその魂に喜びを覚えているのか、それとも、自分が圧倒的にこの場を制していることからの優越感からなのか…狂ったように高笑いを上げるガブリエルに、キリトは底知れない恐怖を覚え、そして、絶望という感情を覚えつつあった。

 

ガブリエルの戦闘センスもそうだが…キリトの攻撃が今のところ、何一つ通用していないのだ…自分の攻撃が全て無駄だと、ガブリエルの嗤いが自分にそう訴えかけているかのように聞こえてくる錯覚を、キリトは覚えてしまっていた。

 

…そして、悪夢はまだまだ続こうとしていた…

 

「……ふー……」

 

(…!?何をする気だ…!?奴の心意が、どんどん膨れ上がっている!?)

 

満足したのか、嗤い終えたガブリエルは静かに息を吐き、手を交差して胸の前で組んだかと思えば、意識を集中させ始めた。その姿に…いや、目に見えるまでに増加し続けるガブリエルの心意に、キリトは警戒を強める。

 

「…!ぬああああああおおおおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああああああああぁぁぁ!!!」

 

「…ぁ…なっ……っ…?!」

 

…言葉にできない恐怖…いや、まさしく絶望といっても良かったのかもしれない…

 

雄たけびと共に、心意を身体に取り込むかのようにしたガブリエルの身体が…異形の右腕に酷似したものへと変わる。

 

6枚の羽根に、がっしりとした凶刃の肉体…光と空気が漏れるかのように漂う目と口だけしか残っていない顔に、頭部の上に浮かぶ円輪…人ではない何か…特徴だけでいえば、その名の通り旧約聖書に出てくる大天使なのだろう。

 

しかし、歪な笑みに、その身体を構成する緑と黒の混沌の闇といっても差し支えない姿は…堕天使と呼称するのがあまりにもピッタリなほどだった。

 

そして、その姿を見たキリトは言葉を失くし、その重圧と心意に呑まれ掛かっていた。

 

(…甘く、みてた……少なくとも、アスナやユージオたちが脱出できるまで闘いを引き延ばせれればといいと思っていたけど…本当に考えが甘かった…!失敗すれば、200年間…このアンダーワールドで過ごす羽目になるっていうのに…!)

 

ガブリエルのことを甘くみていた…いや、それだけではなかった。キリトは、如何に自分が自惚れていたのかもしれないと…もしくは、自身が本当はそれを…この世界に残りたいと思っていたからこそ、諦めるという形で思考を放棄していたのではないかと思ってしまっていた。

 

(…いや…もしかしたら、俺は…心の奥底ではそれを望んでいたのかもしれないな…アインクラッドを超える本当の異世界に留まり続けることができるって…

その結果、ユージオやアリス…アスナにシノン、リーファ、フォンと…俺に手を刺し伸ばし、救ってくれた人たちがどんなに嘆き悲しみ、涙を流すかということも考えもせず…!

そうやって、自分の望むままのことをして、自分が罰せられたいとばかりに勝手に苦しみ、他人のことなんか何も考えていない……

 

…結局、俺は……人の心を真に知ることが人間なんだ……!)

 

この選択がまた、どれだけ他人に迷惑を掛け、心配させ、傷付けることになりかねないと…自分に嫌気が差したキリトは、思わず目を閉じてしまった。眼前から感じる重圧にも押し負けそうになり、キリトの心は折れようとしていた。

 

 

 

「はぁ…!はぁ…!」

 

「…っ…祭壇まで、あと少しね…!」

 

「そう、だね…!…っ!?アリス、アスナ!止まって!?」

 

祭壇を駆け上がっていく三人…先導するアスナの背を追うアリスが、ようやく見えてきた祭壇を目の前にそう話し、それに同意しようとしたユージオだったが、何かの気配を感じて制止の言葉を発した。

 

突然のことに足を止めた二人を庇う様に、追い抜き前に出たユージオがいつでも抜刀できるように青薔薇の剣へと手を掛けていた。

 

「ユージオ、どうしたの!?」

 

「…何か…何か変な感じが……あっ…!」

 

警戒態勢を取る姿にただ事ではないとアスナが尋ね、自身が感じた違和感…神聖力を媒介とした何かの力が働いていると言葉にしようとした時…その正体、というよりも、原因たる主たちが、空間を歪ませる形で姿を現し…

 

「…ヤバい!?座標軸をミスった!?」「えええぇぇ?!」

 

二種類の慌てた声が聞こえた瞬間、空間からいきなり姿を現した人物たち…だが、その現れた場所が問題だった。ユージオたちがいる階段よりも、2メートル少し上…自分が想像していた場所ではなかったこともあり、完全に体勢を崩してしまった彼らはそのまま落下し始めた。

 

咄嗟に抱えていた女性を庇う様に男は背中から落ちた…疲労状態だったこともあり、落下した衝撃で女性を離してしまい、揃って男も階段から落ちそうになってしまい…

 

「…全く…君は、どこまで僕を驚かしたら気が済むんだい……フォン」

 

「アハハ…本当はこんなつもりじゃなかったんだぜ…ユージオ」

 

すぐさま駆け出したことで、落ちそうになっていた男の手首を掴むことができ、安堵と共に溜息が苦笑と出てしまい、そう告げるユージオ。それに応えるかのように、こちらも苦笑する男…フォンはそう言い訳していた。

 

「大丈夫、ユウキ!?」

 

「今、引き上げますから…!」

 

「…ありがとう。アスナ、アリス」

 

その反対側でも、咄嗟に駆け出していたアスナとアリスに手を掴まれていたユウキがお礼を言っていた。その身体が階段へと引き上げられる頃には、ユージオもフォンを階段へと引き上げ終えていた。

 

「助かったよ、ユージオ…ちょっと力を使いすぎて、コントロールが甘く、なっち…っ…!?」

 

「フォン…?!」「大丈夫?!」

 

どうして落下しそうになったかを説明しようとした傍から、頭を抑えて崩れ落ちそうになったフォンを慌てて支えるユージオとユウキ。

 

「…サンキュー、二人とも。ちょっと頑張り過ぎたみたいでさ…もう大丈夫だ」

 

「本当に大丈夫…?」

 

「ちょっと眩暈がしただけだから…流石に無理はできないけど、本当に大丈夫だよ」

 

限界寸前だったこともあり、移動手段として使用した次元跳脚『時駆得』も元の姿…天日剣と戻り、背中の鞘に納まっていた。余程の激戦を繰り広げてきたのだと、疲弊した姿を見せるフォンに、アスナは気になっていたことを尋ねる。

 

「フォン君…PoHは……リズたちは大丈夫なの…?」

 

「ああ、ちゃんとケリは着けてきた。少なくとも、PoHがこれ以上どうこうすることはできないようにしてきたし、リズたちも全員無事だから安心しろ」

 

「そう…良かった…」

 

自分たちが去った後で、知る術がなかったアスナだが、全てを終わらせてきたのだと告げたフォンの言葉に、心の底から安堵していた。

 

そして、話には聞いていたも、目の前にその無事に…いや、正確には元の状態に回復したフォンの姿をようやく目にすることができたユージオとアリスも安堵と共に、涙を浮かべていた。

 

「「…フォン」」

 

「ユージオもアリスも…心配も迷惑も掛けてゴメン。ちゃんと記憶も戻った…っていうのも、ちょっと違うんだが…二人のことも、この世界で過ごしたことも、今までのことも…ちゃんと全部思い出せたし、覚えてるよ。だから…もう大丈夫だ」

 

「…本当に…本当に良かったよ。君やキリトには…聞きたいことも、話したいことも…君たちが眠っている間に沢山…沢山できたんだから…!」

 

「そうね……本当に人を振り回す性格は昔から何も変わってないわよね、貴方たち」

 

「…ったく。まだ泣き虫な癖は直ってないみたいだな、ユージオ。それと、昔振り回していたのはお前の方だからな、アリス。まぁ、積る話は沢山あると思うが、時間がない。急いで、コンソールのところに……待った。キリトはどうした?」

 

笑いながらも涙を浮かべるユージオに苦笑しつつ、お転婆娘だったアリスにだけは言われたくないとツッコミを入れ、話を切り上げるフォン。

 

すぐにコンソールの元へ向かおうとするも…キリトの姿が見えないことに気付き尋ねると、アスナは無言のまま、視線をずらし…

 

(…まさか…あそこでまだ闘ってるのか!?もう時間が残ってないのは分かってるはずだろう?!)

 

視線の先…ここに着いた瞬間から、いやという程感じ取っていた心意の発生源…まさしく、全てを飲み込もうとするどす黒い闇のようなオーラが解き放たれ続ける中に、キリトが今も闘い続けているのだと知り、フォンは息を呑んだ。

 

ここに着いた時点で、残り時間は4分を切っていた…今すぐにでも戻って来なければ、キリトはログアウトすることが…いや、もうそれすらもできないと悟り、一人足止めの為に闘っているのではないかと予想がフォンの頭を過ぎり、フォンは階段を降りようとする!

 

(…今の状態でどこまでやれるか…けど、このままあいつを放っておくわけにも…!)

 

はっきり言えば、フォン自身もかなりの無理をしてきたこともあり、余り表には見せないようにしているが、実は限界が近い状態だった。しかし、キリト一人をこのまま闘わせるわけにはいかないと、なんとか体を動かす。

 

「ユウキ、アスナ!二人を頼む!俺はキリトを……っ?!」

 

だが、助けに向かうと言おうとしたフォンの言葉が途切れた。それは、階段を駆け下り、助走をつけようとしていた体が、左腕を引っ張られたことで制止させられたせいだった。何事かと、振り返ったフォンの視線の先には…

 

「……ア、スナ…?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

自身の腕を掴む人物…顔を伏せたまま、自分を行かせまいとするアスナの姿があり、思わずフォンも言葉が詰まってしまう。しかし、キリトを見捨てることなどできる筈もなく、強引にアスナの手を外そうと試みるが、

 

「アスナ!行かせくれ!?このままじゃ、キリトが「分かってる!?」…っ…!」

 

自身の言葉を遮ったアスナの叫びに、言葉だけでなく、動きまでもが止まってしまう。そして、フォンはアスナの表情に気付いた。

 

「分かってる…けど、お願い、フォン君…お願いだから……キリト君は…!」

 

「………(…アスナ。お前、気付いて…)」

 

全てを告げられなくとも…キリトがどういうつもりかを、ここに来るまでの言動でアスナも薄々勘づいていたのだと…その悲壮な表情と言葉でフォンも知った。

 

そして、キリトが自身を犠牲にしてでも自分たちを行かせようとしている中、フォンを行かせるわけにはいかないのだと…懸命に引き止めるアスナの姿に、フォンも抵抗する気はもう無くなってしまっていた。

 

「(…キリト…)………………分かった」

 

今も尚、底知れない心意を放ち続ける敵と闘い続けている友がいるであろう場所を見ていたフォンは…その意を汲み、覚悟を決め、降りようとしていた足を登る方へと向け直した。

 

「…行こう、みんな。もうほとんど時間は残ってない…急ぐぞ!」

 

今すぐにでも駆けつけたい思いを押さえつけ、歯を喰いしばりながらも、なんとか言葉を吐き出し、フォンは一同に先に進む様に告げる。ユージオたちも、フォンとアスナの意志を汲み取り、階段を再び駆け始めた。その最後尾を走りながら、フォンは背中越しに視線を向ける。

 

(…キリト…!?)

 

自分たちの為に…今も闘い続けてくれているキリトの無事を願い、フォンは遅れまいと、駆けるその足を速めた。

 

 

 

(…結局、俺は……人の心を真に知ることが人間なんだ……!)

 

『それは違うぜ、キリト』『それは違うよ、キリト』

 

「……っ!?」

 

折れそうになっていたキリトの耳に、その声だけが突然と聞こえた。

 

聞こえる筈のない…ここにいる筈のない二人の声しか聞こえていないことに、幻聴かと疑ったキリトは、絶望のあまり閉じていた目を開き、顔を上げた。しかし、そこに広がっていたのは、先程までとは違っていた光景だった。

 

「…フォン…?ユージオ…?……ここは…」

 

『ここは君の心の世界…って言っていいのかは分からない。そして、今、語り掛けているのは、その剣に込められた僕とフォンの想い』

 

「俺の…心…?」

 

ユージオが…いや、薔薇剣の記憶から溢れ出た彼の言葉に、キリトは思わずその言葉をオウム返ししてしまっていた。満点の星々が輝く夜空…それが自分の心を表しているのだと言われれば、当然の反応だった。

 

『キリト…もし、お前が人の心が分からない人間だっていうのなら、それは大きな間違いだぜ?人の心が本当に分からない人間っていうのは、他人がどうなるかなんて興味を持てない…無関心であることを平気でいられる人間のことだ』

 

『でも、君は違う。君のすることで誰かが悲しむことを、傷付くことを分かっている。そして、そのことを背負い、自分を責めている…この空間の夜空のように、君はあまりにも優しすぎて、自分の魂までもを壊してしまうぐらいに、他人の事を思い遣れている』

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

もしかすれば、自分は都合のいいまやかしを見て、聞いているのかもしれない…そう思うことは、キリトにはなかった。

 

…自分の親友とも言える二人の言葉は、あの時…後悔と絶望のあまり、自分の心を殺そうとしたあの時と同じく、今も自分を助け、前へ引っ張ろうとしてくれているのだと分かっていたからだ。

 

『今だってそうだよ…君がこの世界を離れたくないと思ったのなら、それは自分の為じゃない。この世界を…ここで出会った、この世界に生きている人たちを愛しているからだよ』

 

「…!」

 

『そして、その人たちの笑顔を、生活を、未来を…自分の事を二の次にして、守りたいと思ったから…アスナたちもこの世界のことも大事だからこそ、お前は自分ができることをしようと、この世界に残るべきだと思って、今闘ってるんだ』

 

「…ぁ…」

 

『そして、お前が闘ってる理由は…お前が闘ってる敵が、その真逆の存在だから…それを放っておくわけにはいかないと思ったからだ』

 

『フォンの言う通り…あいつは君とは違う。あの男こそ、人の心を知らないんだ。自分がしたことがどう影響するのか、誰をどれほど傷つけることになるのかが想像できない、理解できない…だから、求める…他人から奪おうとする…そして、壊そうとする』

 

「…それは…」

 

『『そう…あいつは恐れてるんだ……人の心を…魂に刻まれたものを…』』

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

夜空の空間の中…唯一、異物として存在する堕天使を見ながら、フォンとユージオの言葉が重なる。そして、キリトに近づき、黒剣にユージオが、薔薇剣にフォンが手を触れながら、その背中を押す。

 

『だから、恐れるな…お前は一人じゃない。あの時にも聞いただろう?どれだけ離れていようと、俺たちの心は繋がってる』

 

『それは僕やフォン…アスナたちだけじゃない。君のことを知っている人たち、君が助けてきた人たち、君を救ってくれた人たち…沢山の人が君のことを信じて、想っている』

 

「……ああ…!」

 

『この夜空のように…その色を映す剣を持つ君なら、必ずできる!あんな人の心すらも持っていない怪物に…君は負けない!』

 

『そして、信じろ!夜空を埋め尽くし、世界を照らすこの星々のように…個々では弱弱しい光でも、集まることで輝きを増す、その想いを!』

 

「………ありがとう…二人とも…」

 

その言葉を受け、絶望の色に染まっていた表情から、笑みを浮かべたキリトは両手に握る剣を握り直す。

 

…夜空のような色を映す自身の黒剣、星々のような輝きを映し出すかのような透明な薔薇剣…それぞれの刀身から光が溢れ、キリトの視界を覆い尽くし…!

 

 

 

(…恐怖したようだな…)

 

…堕天使と化したガブリエルはそう判断した…

 

姿を変えた自身を見て、俯き微動だにしないキリトを見て、ガブリエルは今度こそ、キリトの心を絶望させることができたのだと思い込んでいた。

 

(あれほど自信に満ちていた彼が、死に際に迸らせる恐怖は……どんな味わいだろうか…!)

 

こうなれば、後は簡単だと…心を完全に堕としたのならば、後はこの手で完全に奪えばいい…その時、キリトがどんな反応を見せてくれるのか…想像するだけで喜びが増してきたガブリエルは、止めを刺すべく動き出した。

 

「…フン!」

 

左手を掲げ、先程まで何度も放っていた黒雷を凝縮させ、いくつもの小さな雷球を周囲に浮かべる。そして、振り下ろした左腕に従い、高速の雷撃がキリトへと降り注いだ。だが…

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

キリトは防御どころか、身動き一つ取らなかったのだ。

 

乱れ打たれた雷撃のいくつかが直撃したかのように見え、キリトの身体が重力に引かれ、落下を始めてしまう…そして、その様子を見て、完全に終わったのだと確信を持ったガブリエルは高笑いを上げる。

 

「…アハハ…アーハハハハハハハハハハハハハハ!!!」

 

落ちようとしていたキリトに追い縋り、その胸元へと手刀を突き込んだ!しかし、キリトは先程からずっと反応を示さないままだった。

 

「さぁ、盗ませてもらうぞ…!お前の感情、記憶…心と魂の全てを!!今、喰らってやるぞぉ!!…………ぬぅん?!」

 

キリトの最期の姿を…どんな反応を示すかと期待していたガブリエル…だが、その言葉が困惑へと変わる。そして、その違和感に気付いたが…一手遅かった。

 

「そんなところに…心も、記憶も、あるものかぁ…!?」

 

「…!?(これは…直撃していない…!?金と…銀と蒼の障壁が邪魔をして…?!)」

 

そう…キリトは絶望などしていなかった…ユージオの時と同じように…そして、心意としてキリトに語り掛けた二人が言ったように、ガブリエルは知った気で何も知らないでいたのだ。

 

…人の心が…魂がどんなもので、どれだけの強さを想いとして秘めているのということを…その可能性を…!

 

雷撃も、手刀も…キリト自身と、未知なる薔薇剣とそれによって昇華させられた黒剣の…友たちの心意までもがキリトを守り、力を貸していた!

 

「…身体なんて、ただの器だ…!?思い出は…記憶は…いつだって、魂にある!!」

 

「…!?!?」

 

先程のお返しとばかりに虚を突かれたガブリエル…そして、反応が遅れたことが致命的な隙を生んだ…心意を解き放つ共に、二つの剣を平行に構えたキリトは、心意を最大限にまで引き出したことで金色の瞳に変わった両目を見開き、全身全霊の声で叫んだ!

 

「…記憶開放術(リリース・リコレクション)!!!」

 

右に持つ黒剣からは全てを包み込む優しい闇が、左に持つ薔薇剣からは永久凍土と星々の異なる二つの輝きを宿した氷光が解き放たれる!

 

「…はっ…?!」

 

突然の大技に逃れようとするガブリエル…だが、そうはさせまいと、キリトは左手の薔薇剣をガブリエルと向ける。すると、氷光は薔薇の蔓へと変わり、ガブリエルを拘束した…堕天使の身体をも容易く包み込み、ガブリエルはそこから抜け出そうとするも、どれだけ力を出しても薔薇蔓はびくとしなかった。

 

そして、残っていた黒剣…それをキリトが天へと掲げると…刀身から闇光が昇り、次の瞬間、空がその光へと包まれた。

 

昼も夜も…いや、雲や星といった全てが人界・ダークテリトリー関係なく包まれ、まさしく真っ黒な、しかし、見ているとどこか優しさを覚える闇…夜空へと変わっていた。

 

そして、黒剣に同調するかのように、薔薇剣が振動し、白銀の光がキリトの身体を伝い、黒剣へとその光を繋げる。すると、天へと伸びていた闇光の柱に、幾多ものの燐光が合わさり、真っ黒な夜空に…大地を照らし尽くすかのような、様々な光色を持った星々が散りばめられた!

 

…その光景は、アンダーワールドにいる全ての人の目に映っていた…

 

 

「…えっ…?これは……そうか。この夜は、キリトの心なんだ………だったら、お願い…!私の心も…!」

 

戦闘不能寸前で、岩柱にもたれ座っていたシノンは…天を染めた真っ黒な夜空が、キリトのものだと悟り、願った。

 

…自分の心がキリトの力になるようにと…青き氷のような光を放つ星が一段と輝いた…

 

 

「…おにい、ちゃん……私の、最後の力…(…お兄ちゃんの、剣に、届いて…!)」

 

満身創痍のまま、リルピリンたちに見守られながら、地面に伏せるリーファ…広がる夜空と共に感じた風に、キリトの気配を感じ、残る力を想いと共に託す。

 

…自分の想いがキリトの助けになるようにと…風を思わせるような緑の光を宿す星が一段と輝いた…

 

 

「なぁ、シェータよ…力っていうのは…強ぇっていうのは、どういうことなんだろうな…?」

 

「貴方にも…もう分かってる。怒りや憎しみより、強い力があるってこと」

 

リーファやリルピリンの姿を、そして、急に訪れた夜空を見て、イスカーンは思わず隣にいるシェータへと尋ねてしまっていた。

 

しかし、その答えをも知っている筈だというシェータは、夜空に祈るように手を合わせた。そして、そうだなといわんばかりの笑みを浮かべたイスカーンも彼女に続いて祈った。

 

…想いこそが、限界を知らない強さになるのだと…赤銅と希白の星が並び輝く…

 

 

「…騎士長…これって…?!」

 

「この感じ…まさか、あの黒髪の坊主がこれを…!」

 

「…でも、なんだろう…不思議と恐怖は感じない…それどころか、優しい感じがする…」

 

「…そう、だな…いつまで見ていても安心する…そんな感じだな…」

 

もう間もなく、カーディナルたち本隊と合流できる直前、飛竜に乗っていたイーディスとベルクーリもその夜空を目撃していた。

 

しかし、恐怖どころか安心するその夜空に…いつの間にか、二人は闘っているであろうキリトへとエールを送っていた。

 

…対峙したことがあっても、今はこの世界を守る者同士、想いは同じなのだと…鈍蒼と黒赤の星の輝きが夜空に加わる…

 

 

「この現象は……まさか、キリトか?!それに、あの夜空に輝く星々は、フォンの武器の………願い、か…もし本当にそれが届くというのなら…あやつらの力になれるというのなら…届いてくれ…!」

 

「…!間違いない…この感じは、キリトの…!」

 

「キリト、先輩…?この空は…キリト先輩が作ったんだ…!」

 

「…綺麗……まるで、私たちを見守ってくれてるみたい…!」

 

「キリト先輩たちは…まだ闘ってるんでしょうか…?」

 

「多分…生きることっていうのは、生きて闘い、命を、心を繋いでいくことなんだよ…それが、それだけが強さの証なんだ。彼らは…それをよく分かっているんだ」

 

夜空に混じった星々…それらにキリトやフォンの気配を覚えたカーディナルは驚き、そして、願った…こんな自分の想いでも彼らの力になってほしいと…

 

リーナとロニエも、夜空にキリトの気配を覚え、目を潤わせていた。マーベルの言葉通り、夜空はアンダーワールドを包み込むだけでなく、見守っているかのような感じでもあった。

 

その横で、夜空を見上げていたティーゼの疑問に、隣に立っていたレンリが力強く答えていた。

 

…それぞれの想いが光へと変わり、星々に更なる輝きを与えていた…

 

 

「(…キリト)…ねぇ、シリカ。あたしね…やっぱりキリトが好き…!」

 

「…!…私もです…!アスナさんには怒られちゃうかもしれませんが…」

 

(…届くよね、キリト!心が繋がってるもんね…!)

 

互いに手を繋ぎ、キリトへの想いを伝えあうリズベットとシリカ…諦められない想いは、いつか伝えたいと…ライバルでありながら、互いに想う人は同じ友と共に夜空を見上げていた。

 

その周囲でも、この夜空がキリトのものだと気付いたクラインを始め、エギルたちも拳を突き上げるように鼓舞し、もしくは、ユナのように祈る者もいた。

 

…幾多ものの想いが重なり、更なら輝きを持つ星々が生まれていく…

 

 

その夜空を見ている者は、アンダーワールドにいる者全てといっても過言ではなかった。

 

東の大門跡地を守るファナティオたち残留軍も、央都の人々も、修剣学院にいる人々も、ザッカリアの街といった地方にいる人々も…そして、

 

「…お願いします、神様…どうか、ユージオとお姉様を…キリトやフォンたちをお守りください…」

 

ルーリッドの村で、4人の帰りを待ち望んでいるセルカも、夜空に願っていた。約束通り、無事にみんなが戻って来れますようにと…

 

…その願いが光と変わり、夜空に一段と明るい黄色の光を星へともたらす…

 

人界も、ダークテリトリーも…どこにいようと、どこの生まれだろうと…その夜空を見ていた者の心へと訴えかける何かが、その夜空にはあった。

 

そして、願い、託し、祈り…夜空に散りばめられた星々の輝きを一段と…いや、上限を知ることなく輝きをもたらし続けていた。

 

 

…そして、彼らの想いもまた…

 

「…アスナ!これって…!?」

 

「…キリト君…!」

 

「これは…キリトの…?!」

 

「…ユウキ、アリスさん…手を……信じましょう。キリト君を…この想いが届くって…信じよう」

 

「うん…!」「ええ…!」

 

アスナが差し出した手にユウキとアリスが手を合わせる…その手元から、見えない光が…オーロラに金木犀と十字架の燐光が合わさり、星々を導くようにキリトの方へと向かって行く。

 

「…これが…キリトの剣の……力なのか…?!」

 

「…っ…!?フォン、これは…?!」

 

「…これは…!?」

 

果ての祭壇の入口へと辿り着いたところで、天が夜空へと包まれる姿を見たフォンとユージオ。その感性で幾億ものの心意が…キリトへと集まっていくのを感じていたフォンは、驚きのあまり、脚が止まってしまっていた。

 

その時、何かに気付いたユージオの言葉に、フォンは…!

 

 

 

「うううぐぐぐぅぅ!?ううううううううううぅぅぅ……ぐああああああああああああああおおおおおおおおおおおぉぉぉぉぉ!!?!?」

 

持てる力の限りで、自身に纏わりつく薔薇蔓を振り払おうとするガブリエル…しかし、一向に砕ける気配のない蔓に思わず言語が崩壊している雄たけびを上げてしまっていた。

 

ところが、突如として拘束していた蔓の拘束が弱まり、ガブリエルは好機だと捉え、一気に蔓を弾き飛ばした。そして、鬱憤を晴らすかのように蔓を粉々に砕いていく。

 

そして、今度はキリトの番だと視線を向けた時…ようやく悟った。蔓の拘束が弱まったのは、限界を迎えた…などの理由ではないのだと。

 

キリトの方の…いや、それらが集まるのが終わったからこそ、これ以上拘束する必要がなくなったからだった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「…?……?………?!(いつの間に夜になっていたんだ…!いや、それよりも…夜空を埋め就く程の…動き回っているあの星々は一体…!?)」

 

その時になって、天の様子がおかしいことに気付いたガブリエルだが…その正体を知る…いや、理解することはできなかった。

 

…『夜空の剣』…夜空のように、悲しい世界を優しく包み込むようにと…友の言葉を元に、ようやく銘をつけた剣の記憶開放術…それは、剣の元となったギガスシダーが持っていた性質…広範囲でのリソース吸収能力を呼び起こすものであった。

 

そして、フォンがキリトへと託した薔薇剣…赤薔薇の剣にフォンの心意が加わったことで、悪縁たる不純物を取り除き、友たちの心意により昇華された…夜空を反映させるかのような、透明な輝きを持つ『星薔薇の剣』が『夜空の剣』に同調する。

 

青薔薇の剣の能力を持ちながら、更に備わった能力…それは、同時に使用する神器の力を昇華させる…といった力であった。

そのため、夜空の剣のリソース吸収能力を、キリト自身がアンダーワールドに住む人々の心意を集める為に使った術を、集めた心意を更に活性化・純度を上げることにより、底上げしていたのだ。

 

その結果が、夜空を埋め尽くす程の星々が、一定速度で空を廻り続けるというあり得ない光景を作り上げていたのだ。

 

…そして、純度を増した星々の輝きは、夜空に溶け込み…発生源となっていた闇の光柱を伝い、一気にキリトへと降り注いだ…!

 

剣を通し、心意が星々の輝きとなって伝わっていく…自分のことをよく想ってくれている人たち、そうではない人たち、顔すら知らない人たち…数えきれない人々の想いがキリトの心に注がれ、そして、それらがキリトに力を与えてくれる!

 

黒一色だったキリトの身体を黄金のオーラと化した心意が包み、攻撃によって失われていた下半身が復活…そして、人々の心意を宿した夜空の剣・星薔薇の剣のそれぞれの刀身には、星が跳ねるかのような燐光が絶えず走り続けていた。

 

「・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「ううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 

「ぬうううううううううううううううううううううあああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁ!?!?」

 

…これが最後だと…

 

キリトは…自分一人ではダメでも、この世界に生きる人々の想いを乗せたこの一撃を…心を知らない奴には必ず届く筈だと…

 

ガブリエルは…この一撃さえも呑み込むことができれば…自分の勝ちなのだと…

 

それを直感で互いに感じ取っていた…皆の想いを、自身が放てる最大の技で放つ…それを受け止めてやると……数秒にしか満たない時間、睨み合いの末、互いの咆哮が重なり、最後の火蓋が切られた!

 

先手を取ったのはガブリエルだったが、左手で放ったどす黒い心意の触手は今までで一番重く、深いものであったが…先程破った筈のキリトの心意によって無効化されてしまう。そして、その一瞬の隙にキリトが仕掛けるべく飛び出した。

 

『…殺意を棄てるのだ…あやつの虚ろなる魂は、殺意の心意では斬れぬ…』

 

『君の剣を信じろ…ユージオや君の友が信じ、世界の人々が願い託した想いの込められたその剣を…』

 

全く知らない男の声と、一度対峙した青年騎士の声が…ふとキリトの耳に聞こえた気がする。生きる者だけはない…既にいなくとも、その残留信念までもが、キリトに力を貸していたのだ。

 

心意による攻撃を防がれ、虚無の心意と同化した凶剣を身構え、迎撃態勢を取るガブリエル…それに対し、キリトは殺意といった負の感情を棄て、剣に込められた想いを叩き付けることだけに意識を集中させていた。

 

…そして、右手にある夜空の剣を上段で構えながら、技名を叫ぶ…

 

SAOでは74層ボスに止めを刺し、ヒースクリフをも打ち倒し…それ以降も、幾度となくキリトが放ってきた…『黒の剣士』としてはこれ以上ない程使ってきたソードスキルを…!

 

「スター・バースト……ストリーム!!!」

 

二刀流16連撃ソードスキル…上段からの初撃から、左右交互の剣で繰り出す高速剣戟がガブリエルの身体へと叩き込まれる!

 

3撃目、4撃目、5撃目…先程と変わらず、痛みなど全く感じていないかのように連撃を受け続けるガブリエル。剣戟の余波が、ガブリエルを貫通し、周囲の岩壁・地面を物凄い勢いで砕いてくにも関わらず、ガブリエルは全く堪えた様子を見せない!

 

(…届け……届け…!…届けぇぇぇぇ!!)

 

一心に剣を振るい続けるキリト…託された想いをこれでもかとばかりに剣に乗せる形で、ガブリエルへと叩きつけていく!

 

14連撃目、15連撃目を喰らわせ、最後の一撃を繰り出すべく…左手の星薔薇の剣を大きく振りかぶった。

 

「…受け取れェぇ!ガブリエルゥゥゥ!!」

 

渾身の叫びと共に放たれようとした16連撃目…だが、その隙を…最後の一撃を放つ為に、最も大きくなる隙をガブリエルは見逃さなかった!

 

「…!いええええええええええああああああぁぁぁ!?」

 

(っ…しまった…!?)

 

キリトの目にはしっかりと見えていた…最後の一撃を繰り出そうとしている左腕を狙って、ガブリエルが異形の右腕を伸ばし、凶禍剣で斬り落とそうとしているのが…!?

 

スターバースト・ストリームの弱点…それは、超高速攻撃ソードスキルである分、防御がどうしても疎かになりかねないといった点であった。

 

いくらキリトの反射神経が良くても、ソードスキル発動中にできることなどほとんどなく…特に今回の技のように隙が大きいものであれば、尚更である。

 

最後の…あともう一発が放たれる前に、潰される…負ける…!その想いがキリトの脳裏を過ぎる…しかし、今のキリトは左腕が斬り落とされるのを見ていることしかできず…痛みに備えて、目を瞑ろうとした。

 

…『『ガァン!?』』…

 

キリトが目を瞑ろうとした瞬間…肉が斬り裂かれる低く鈍い音…ではなく、金属がぶつかりあったような高い音が響いた。何が起こったのかと目を開いた時…キリトは息を呑んだ。

 

なぜなら、キリトの眼前で、二つの剣がキリトを攻撃から庇うように位置していたのだから…そう、ここにある筈がない友たちの愛剣…片割れであり陽炎の刃を持ちし剣(天日剣)と、永久凍土の力を刃に秘めた剣(青薔薇の剣)が、そこにはあった。

 

 

 

「…フォン、これって…」

 

「これは…天日剣と青薔薇の剣が何かに呼ばれて……っ?!そうか、キリトに渡した剣…!」

 

…時はほんの少しだけ遡る…

 

夜空の剣と星薔薇の剣での記憶開放術による現象を目の当たりにしていた時、腰に差していた青薔薇の剣が振動していることにユージオが気づいた。

 

それと同時に、背中の鞘に納めていた天日剣までもが激しく振動していることにフォンも気づき、手に取ったところでその理由に思い当たった。

 

キリトに託した薔薇剣…元となった青薔薇の剣と、元の姿の片割れである天日剣と同調し、呼んでいるのだと…それを理解した二人は目を合わせ、自分たちの想いを剣に込めるように祈り、空へと放り投げた。

 

((…頼む…キリトに力を…!?))

 

その願いに応えるかかのように、同調し呼ばれた方向へと二つの剣は空を駆けていった…そして…

 

 

「…?!……?!?!?!」

 

「……ぁあ……!」

 

自身の攻撃を防いだ…突如として現れた二つの剣…一度は自身を追い詰めた剣と、自身に死を思わせるような感情を与えたものとよく似た雰囲気を持つ武器…それがいきなり現れたこともそうだが、持ち主がいないにも関わらず、ここにあることにガブリエルは理解が及ばないでいた。

 

対するキリトは…言葉にならない声が漏れ、その姿を捉えていた。

 

右前方にいる太陽の炎を激しく散らせながら受け止める魔導士のような翼衣の格好をした友と、その反対側で陽炎に負けることなく凍土と薔薇の燐光を輝かせながら同じく攻撃を受け止めている青薔薇の鎧を身に纏った友の姿が…!

 

『さぁ、今だぜ…キリト!!』

『さぁ、今だよ…キリト!!』

 

「…ありがとう……本当にありがとう…フォン…!ユージオ…!」

 

…そう…キリトが持つ星薔薇の剣のもう一つの力…それは『同調』。

 

本来一つしかない筈の薔薇剣と、その夫婦の片割れである剣が近くにある時、その能力を倍増させる…それは、込められた二人の心意の力までもを爆発的に増加させる!

 

あれほどキリトを苦しめていたガブリエルの一撃を、友の剣たちは一切揺るぐことなく完全に防ぎ止めていた。そして、攻撃を防がれたガブリエルに決定的な隙を作り出し、心意によって幻が具現化したフォンとユージオが、キリトへと告げる。

 

二人の言葉を…最後の最後まで…自分に力を貸してくれる友たちに、必死に言葉を絞り出すように礼を述べ、キリトは自身が持つ二つの剣を握り占め、止まってしまった16連撃目…本来であれば、最後の一撃になる筈だったものから、その先を放つ!

 

勢いをつけるべく空中前回転しながら、二つの剣を振り下ろそうとするキリト…その攻撃をさせるものかと、ガブリエルは全身から心意による黒雷を放つが、キリトを守るべく天日剣と青薔薇の剣が、それらを全て撃ち落としていく!

 

…そして…本来存在しない17・18連撃目の星の斬撃と、友の剣たちが最後の一撃を繰り出すべく、斬撃が重なる…!

 

「…はああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!」

 

キリトの振り下ろした二つの剣はガブリエルの身体を両肩からクロスに斬り裂き、それに合わせる様に、天日剣と青薔薇の剣がガブリエルの胸元へと突き刺さった!

 

4つの剣が…3人の想いと、剣に込められた幾多ものの心意と重なり、無限の色をライトエフェクトとして発生させ、ガブリエルに注ぎ込んでいく!

 

…だが、堕天使はそんな想いすらも呑み込めるとばかりに、受け止めるかのように斬撃を喰らい続けていた。

 

「ヌハハハハハハハハハハハハハハハァ!?無駄なことをぉ!!一滴残さず飲み干し、全てを喰らい尽くしてやろうぅ!?」

 

「できるものか!?人の心の力をただ恐れ、怯えている者のお前に…!」

 

『傷つくことを恐れず、人と絆を紡ごうとする俺たちの…!』

 

『過去を忘れず、希望を掴もうと前へと進み続けようとする僕たちの…!』

 

「『『…この世界に生きる人たちの想いが…負ける筈がない!!』』」

 

「いいだろう!?ならば、見せてみるがいい!?ハーハハハハハハハ!ヌハハハハハハハハハ!!ヌハハハ…?!」

 

キリトの言葉に、フォンとユージオの…いや、剣に込められた心意が呼応し、更なら光をガブリエルへと注ぎこんでいく!

 

それを呑み込める…呑み込めるはずだと…!高笑いを上げながら、受け止めていくガブリエル…

 

…しかし、ガブリエルはキリトたちの言う通り、何も分かっていなかった…

 

幾多ものの願いや想いが託されたものを知ろうとしないガブリエルに、それがどれだけの重く、強く…そして、簡単に呑み込めるものではないということを…

 

「ヒーハハハハハハハハハハハ…?!ヌアアアアアアアアアアアアアア…!?アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアァァァァァァァ!?!?!?!」

 

嗤いから、悲鳴に近い声に変わり、堕天使と化していたガブリエルの身体が徐々に膨張していく…そして、目と口…いや、全身の至る所から光が…心意が漏れ始め、その身体を逆に呑み込み始め…!?

 

『…ドオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォンンン!!!』

 

…星々が乱れ咲く夜空を焼き尽くそうような、終わりを告げるかのよう轟音をたて、太陽の如く火柱がキリトとガブリエルを包み込んだ…!

 

第Ⅼ話 「夜空に咲き乱れる星薔薇」

 




オリジナル武器解説
●幻氷絆界『星薔薇の剣』
 片手剣のカテゴリーに属する武器。
元はアドミニストレータ戦で呼び出した赤薔薇の剣だが、そこにフォン自身の心意が織り交ざられたことで鏡のように透明な色と化した薔薇剣。刀身には光を反射し、幾多ものの燐光が輝く、星々の光を思わせる細工が施されている。
 青薔薇の剣と同様の力を持つだけでなく、この剣の独自の力として、『昇華』・『同調』という力を持つ。
 『昇華』に関しては、同時に発動させた別の神器の武装完全支配術・記憶開放術を一段階以上、更に上に能力を引き上げることができる。上昇幅はその武器との相性によって変動し、最も相性がいいのは夜空の剣、青薔薇の剣、映現世の剣であれば、心意にもよるが無限大の力へと引き上げることもできる。
 そして、『同調』は近くに青薔薇の剣(もしくは赤薔薇の剣)、映現世の剣:セパレートモードの夫婦剣が近くにある場合、この剣とそれらの力を倍増させる。そして、使用者の意思を汲み取り、自在に操ることができるようになる。
 基本、神器での武装完全支配術・記憶開放術は(映現世の剣といった一部の例外を除き)同時使用することは不可能とされているが、星薔薇の剣はどの武器とでも同時に発動させることができる。
 モチーフ(読み込んだ世界の記憶)は、原作『ソードアート・オンライン』より、『赤薔薇の剣』にフォンの心意が加わったことにより昇華された、半分オリジナル武器。

…前回とほとんど文字数変わってないんですよ、本話…(苦笑)

そういうことで、キリト対ガブリエルの闘いでした。
ユージオとフォンのせいで、キリトに対するハードルが滅茶滅茶上がってましたね。最後に助けてますけど、軽くマッチポンプみたいなことにもなってるという(苦笑)

…さてと…原作と流れは似ておりますが、最後の部分だけ少しアレンジしました!
というよりも、最後のあの流れだけは最初に決めており、そこから星薔薇の剣の設定を考えたわけです。
心意版18連撃スターバースト・ストリームが炸裂し、更には絶大な威力に膨れ上がったことで、最後の描写も大きく変化したわけです…ある意味では、前編のアドミニストレータとのラストをオマージュした形でもあったわけです。

いや…ようやく大台を乗り越えました!
次回はまぁ、エピローグといいますか…キリト視点でのその後といったお話と、襲撃部隊のその後といった感じのお話を予定しております。
そんなに長くなることはないので、ちゃんと今度は間に合う様に更新できるかと…た、多分…幻想剣ソードスキルの解説も次回する予定ですので…!

それでは!

ぃめさん、つね吉さん、
ご評価ありがとうございました!

ミトを本作に登場させるとしたら、その後はどういう感じで登場してほしいでしょうか?

  • 半レギュラー化(物語にもがっつり絡む)
  • スポット参戦(閑話に出てくるレベル)
  • まさかのサブヒロインポジ

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。