ソードアート・オンライン~夢幻の戦鬼~   作:wing//

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大変お待たせしました…!?

展開は考えていたのですが、それを文章に起こすのに滅茶苦茶大変という…そして、書きたいこと書いてたら長くなるという悪循環(苦笑)

そんなわけで物語は対局を迎えます。

先に言っておきますが、本話の結末は多分賛否を呼ぶことになるんだろうなとちょっと危惧しております…ただこういう結末もあってもいいかと思っての考えもあってです(というか、WoU編を書く前から結末は決めていたのですが…)

それでは、どうぞ!



第7話 「         」

「………カナデ」

 

「…フォン…」

 

『翠華壇』…カナデが購入したリストにあった最後の高難度エリアの最奥で待っていた俺は、彼女がやってきた音に気付き振り返る。

 

ここに来るまでに色々なところを回っていたので、もしかしたら間に合わないかもしれないという懸念があったが、どうやらすれ違いにならずに済んだようだ。

 

物凄い倦怠感に襲われているが、今はそんなことは言っていられない…カナデの方も、俺がいることに一瞬驚いたようだが、すぐに落ち着きを取り戻していた。

 

…本音を言えば、まだこの選択が本当に正しいのかは分からない…

 

でも…それでも、俺はカナデと話をしなければならない。

 

覚悟は決まったし、腹も括った…だが、全てはカナデが受け入れてくれるかどうか次第だ。下手をすれば、今よりも状況が酷くなる可能性だってある。もう戻れないことだけは確かだ…なら、できることをするだけだ。

 

「…しつこい性格をしておるな、お主」

 

「悪いな、それが俺の性分なんでな」

 

「そういう者はこっちの世界でも嫌われるのはないか?」

 

「かもな…けど、そうでもしないと、本音を聞けない奴もいるだから仕方ないだろう」

 

「…まるで、わしがそうだとでも言いたいようじゃな」

 

軽口を叩きながら、何もなかったように話していく俺たち。恐れる態度を見せずに俺に歩み寄っていくカナデの姿は…無理をしているようにしか見えなかった。

 

そして、その目が何かを決意しているように見えた…きっと、この機会を逃せば後はないのかもしれない。これから言うこと、やることは軽はずみにはできない。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

俺はそこまで口が上手い方じゃない…何を言えばいいかも今でも迷ってる。話さなければならないことが頭の中でこんがらがっているが、それでも、言葉にしなければ何も始まらない。

 

…口を開かなければ、何も伝えられないし、何も理解などできないのだから…

 

「…ここに来るまでに色々と考えたよ。お前を縛りつけるものは何かって、それに踏み込むことが本当にいいことなのかって、そのために俺が何をしないといけないかって……」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「でも、俺はお前じゃないからさ…お前が何を背負っているかなんて本当に分かってやることはできないのかもしれない…それでも、察してやることはできないかって…そう思って、ここに来たつもりだ」

 

「…察する?わしの気持ちをか?それとも、わしが何をしてほしいをか?わしの何を察することができるというのじゃ…?」

 

会話をしてくれるつもりはあっても、本心を打ち明けてくれるつもりは一切ないらしい。ならば、こっちだって負けじと言葉を放っていくだけだ。

 

「俺も行ってきたよ、お前が行ってきた場所に……正確には、お前が攻略してきた高難度エリアの全部を…」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「流石に短時間で全部を速攻で回るのは苦労したぜ…あんなキツイところを、まだALOを始めたばっかりのお前が攻略しようとした意味は何かって…最初は全く分からなかったが…途中であることに気付いた。

 

高難度エリアっていうことに捉われてたけど…お前があの時に言い放った『罪』って言葉で、お前が何かを背負っているじゃないかって思った時、何も考えずに見たままの光景を目にしてこう感じた。

 

ダンジョンを攻略するのが目的じゃなくって、その先にお前が望むものがあったんじゃないかって…違うか?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

俺を真っ直ぐ見るカナデは何も言わない…有無は言わないというのは、本心を打ち明ける気はないのと同時に、俺が言っていることが間違っていないのだと肯定していた。

 

もしも間違っているのなら、落胆して話を打ち切っていた筈だ。

 

かなり卑怯ではあるが、カナデの好意に突け込む形ではあっても、そうは言ってはいられない事態だ。

 

「そもそもお前が情報屋から買ったこのリスト、全ての高難度ダンジョンが載っているわけじゃなかった。なら、お前が目指していた目的は…ダンジョンの奥にあったもの…ここも、リーファと共に駆けつけたあの霧の森も、お前を尾行した湖も、その深奥にあったこの安全地帯…いや、安息の地と言うべきなんだろうな」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

その考えが合っているかを確かめるように…一旦言葉を切り、深く息を吸ってから俺はその言葉をカナデへと放った。

 

 

「…お前は人がそう訪れることのない…正確には、眠るのにふさわしい景色が広がっている地を…探していたんだな」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

カナデは何も応えてくれない…しかし、見つめ返してくる目が一瞬揺らぎ、その動揺が俺の考えが間違っていないことを肯定していた。

 

ここまでは推測だった…そして、この推測が当たっているのなら、彼女が誰の為にこんなことをしているのかという理由にも見当がつく。更に頭を働かせながら、俺は言葉を続けていく。

 

「…シャーロットの為なんだろう?」

 

「…っ!?」

 

周囲一帯の仄かな光を放つ白い花が風に吹かれて散るのに合わせ、完全にカナデの表情が崩れた。

 

カナデは…いや、カーディナルはその人生のほとんどをアンダーワールドで過ごしてきた。最近になってこっちの…現実世界へとやってきた彼女にとって、その根幹となるのはあの世界となる。

 

そして、支配者アドミニストレータへの反抗を決意し、世界と隔離し続けた彼女には仲間も、

知人も、そして、彼女を知る者などいないといってもいいレベルだった筈だ。

 

…唯一いたのは…自身の目的の為に世界に解き放ち…いつしか孤高の永年を過ごしている内に友として感じていた彼女…シャーロットだった。

 

俺たちがセントラル・カセドラルにやってくるまで近くで見守り続け、ソード・ゴーレムに殺され掛かった俺たちをその身を挺して救ってくれた彼女…その亡骸を前に、抑えていた感情を隠し切れずにいたその姿からして、カーディナルが彼女のことをどれだけ思っていたかなんて理解できないわけがなかった。

 

ここから先はカーディナルを傷つけることになる、思い出せたくないものをまた感じさせることにもなるだろう…それを分かっていながら、俺は敢えてその先へと進む。慎重に言葉を選びながら、覚悟を決めて更に踏み込む。

 

「この『翠華壇』に広がる一面の花の大輪も、『畏符の深森』の最奥に広がる森が見渡せる崖も、『弧月湖』の最奥で魔法石によって照らされる湖も…その光景を求めて、お前はあんな無茶をしてきたんだな?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「カーディナル…お前はシャーロットの墓にふさわしい場所を探していたんだな…そして、最後の候補がここだった」

 

「…お主は本当に察しがいいのう…それほど察しがいいのなら、ユウキがお主を深く信頼するのも納得がいくわい」

 

「…!」

 

そこまで言われてはしょうがない、そんな雰囲気のカーディナルがようやく口を開いた。しかし、そこから聞こえたのは諦めと同時に怒りと悲しみが入り混じったような皮肉だった。

 

そう言われてもしょうがないとは分かっているが、実際に言われると堪える部分があった。けど、それを受け止めなければならない責任が俺にはある。

 

「…のう、フォン。お主は自分のしてきたことを後悔してきたことがあるか?」

 

「……あるよ。嫌っていう程にな」

 

「そうか…わしはの、フォン。自分のことが好きだと思ったことが一度もない。どうしてか分かるか?」

 

「……アドミニストレータや最終負荷実験のことがあったからか?」

 

「それもある…しかしのう、フォン。それはあくまでも事の一つなのじゃよ。根本は…わしが生まれたこと全てにある」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「わしはアドミニストレータの…クィネラの分身でもあり、妹とも言うべき存在じゃ。あやつが禁忌を犯し、生み出そうとしたのがわしじゃ…そして、わしは奴の考えに反するように動き、あやつへと抵抗をし続けた。

 

それがわしのあるべき姿であり、カーディナル・システムのサブプロセスとして為すべきことだったからじゃ。プログラムとして、エラーを起こし続けているバグを消去する…それだけを目的に動くべきじゃった」

 

視線を落とし、静かに言葉を告げていくカーディナル…それを邪魔することなく、俺は聞きに徹していた。

 

初めて聞くカーディナルの本心を邪魔することなどできなかったという方が正しかったかもしれない…だから、俺は何も言葉を発することなくカーディナルを見ていた。

 

「じゃが、いつからか…わしは外の世界の光景に関心を持つようになっておった。シャーロットのお節介のせいでのう。

 

あやつは任務から帰ってくる度に自分が見てきた物を詳しく教えてくれた。新たな協力者となりそうなものも、広大に広がる自然の景色も、仮初とはいえ人々が平穏な生活を過ごす光景も…共有した感覚を通してわしに見せもしてくれた。

 

きっとわしが一人でずっと大図書室にいることを気遣ってくれたのじゃろう…だからかのう、わしの中でシャーロットは特別な存在となり、あやつと話す時間を愉しむ自分がいつのまに生まれておった。

 

変な話じゃろう?プログラムがそんな感情を持ち、僕として接していたものに親愛感を抱くというのなど…昔のわしであったら、ありえないと切り捨てておったじゃろう。

 

そして、わしの中でそんな感情が生まれて、望みまでもが生まれた…知識で知っていても、確かめられないこと…あの大図書館で孤高に過ごしている内は絶対に叶わないと思っていた…人と触れ合いたいという願望が…

 

わしはシャーロットを友として思っているのと同時に羨ましくなっておったのじゃろう。外への偵察をさせておいて、世界の様々な場所へと行けるあやつに…どこか嫉妬もしておったのかもしれん。

 

じゃが、わしにはやるべきことがあった…そして、それは命を賭してでもやり遂げねばならぬことじゃった…それが叶えなれるのなら死んでもよいと…わし一人が犠牲になるのならば構わないと…それこそがわしの真の望みであり、願いのだとあの時までは本気で信じておった。

 

…『まだ何も終わってない!』と言われるまではのう…

 

わしはあの時、心を初めて動かされた。そして、ある感情をも覚えた。

 

認めたくなくて、あの時は誤魔化した…でも、二度も命を救われ、わしは自分の感情を認めざるを得なかった…プログラムが持つ筈がない『恋』という感情をのう。

 

自分を見て欲しいと、自分のことを知ってほしいと…何百年も一人で過ごしてきたわしにとって、その者がしてくれたことは全てが嬉しく、そして、愛おしく感じた。

 

じゃが…わしはその者とは全てが違い過ぎた。

 

生きる世界も、立場も、存在も…いや、わし自身がそんなことを望むことすらが間違いじゃったと…この世界に来て、落ち着いたところで気付いたのじゃよ」

 

そこで言葉を切ったカーディナルの目に暗い色が増した…拒絶の言動をしたあの時と同じ、深く、そして、見ていられない程の悲しい色をした目を。

 

「…わしは…クィネラの暴挙を知っていながらそれを放置しておいた。それによって、何万人…いや、アンダーワールドに生きるものたちが常にその人生を脅かされておるという事実を黙認した。

 

やつに抵抗できるようになるまでとその暴挙を見過ごしたままにした…世界のエラーを知ったまま放置しておった。

 

それが原因でベルクーリを始めとした整合騎士たちの人生を犠牲にし、アリスがユージオと離れることに繋がった。わしは多くのものが犠牲になると分かっていながら、それを踏み捨てにするような行動を取った。

 

今となってはもう取り返しがつかないことじゃ。じゃから、わしはそれを忘れることなく、その罪を背負いながら生きていかなければと…全ての責任を果たすまでは覚えておかなければならないと思っておった……思っておったのじゃ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」・・・・・・・」

 

「……じゃが……わしはそれを思い出すことができなくなった…」

 

「…えっ…?」

 

独白を聞き続けるつもりだった俺は思わず声が出た…言っている意味が理解できず、どういうことだと思ったからだ。

 

そんな俺の心境に応えるかのようにカーディナルがその意味を語った。

 

「以前…大図書室で話したことを覚えておるか?クィネラは、圧迫された自身の記憶領域を確保するために、わしを生み出そうとしたという話を」

 

「あ、ああ…それが失敗したから、確か必要最低限の生活をするためだけのみに覚醒時間を短くしてるって話だろう…それが一体…?」

 

「…わしも似たようなことをしておったのじゃよ…自身の記憶を圧迫しないようにな」

 

「…っ?!」

 

ようやく理解できたが、まさかの事実に息を呑む。そして、カーディナルの言いたい心意までもがなんとなく分かってしまった。

 

「もっとも、あやつのような非人道なやりかたではなく、記憶を移した本を大図書館の棚へとしまうというやり方じゃがな」

 

自身を皮肉るかのようにそう言って笑みを浮かべるカーディナルは…見ていられない程に酷かった。

 

「そうやって必要最低限の記憶だけを残し、わしはクィネラを斃すことだけを考えて生きておった。そうやって覚えておこうと…自身の罪の証拠として遺しておきたかったのかもしれん。

 

じゃが…おそらくわしのフラクトライトがアンダーワールドから切り離されたことが原因なのじゃろう…直接的な繋がりが切れたことで、わしは分離しておいた記憶を思い出すことができなくなった。

 

覚えていないわけではない…じゃが、思い出そうとすると朧げな記憶しか蘇らんのじゃ。誰がどのように苦しみ、絶望し、悲しみ…覚えておかなければならないと思っていたことが、全く思い出せんのじゃ…

 

…滑稽じゃろう…実物として残そうとした記憶が、そのせいで思い出せなくなったのじゃ。こんなことになるとは、流石のわしも予想してなかったわ」

 

「…カーディナル、それはお前のせいじゃ…」

 

「…そうではないのじゃ、フォン!?!?」

 

「っ?!!?」

 

思わず否定の言葉が出そうになったが、それを上書きするかのようにカーディナルの叫びが言葉を遮った。

 

「…違うのじゃ…!わしは…わしは…それが分かった時、自分のことが今までで一番嫌いになったのじゃ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

…それは…仮面を被っていた彼女の悲鳴のように聞こえた。

 

いや、きっとこれこそがカーディナルを縛りつけているものの核だったのだろう。悲鳴のように聞こえたのは比喩ではなく、まさしくそうだったからなのだろう。

 

「…わしがここにこうしていることこそが…あってはならないことだったのじゃ…わしが今こうしてここにいられるのは数多の犠牲と悲劇が積み重なってじゃ…!誰かの幸せや権利を踏みにじってここにおるのじゃ…!

 

なのに…わしはその責任と罪を捨ててここにおる…!?

 

思い出せないと分かって、わしはホッとした……してしまったのじゃ!?

 

わしはクィネラと同じなのに…あやつとしてきたことは変わりないというのに…そのことを思い出すこともできないというのに、わしだけがこのような平穏を享受しようとしておったのじゃ…!

 

そのことが分かった時…わしは自身に今までにない程に嫌悪感を抱いた!!

 

お主に分かるか!?別の世界に来たせいで覚えておきたかった記憶を思い出せなくなった気持ちが!?いつの間にか心地の良さを覚えておった自分の身勝手さを知った気持ちが!?たかがプログラムが感情という不安定なものに振り回されるこの気持ちが!?

 

この身体も…魂だって、本来はわしのものではなかった。わしは偏在していたフラクトライトの…一人のリコリスという少女の全てを奪って生まれたのじゃ!?生まれた時から罪を背負ったわしはいてはいけない存在なのじゃ?!

 

…じゃから……幸せになる権利がないと…そう考えるのが当然だということは分かるじゃろう…」

 

「………(…ああ、そういうことだったのか…)」

 

本当に…本当に分かってやれてなかったのだと痛感させられた。

 

自分の不甲斐なさと、勝手な自信をどこかで持っていた苛立ちが募る。

 

叫びながら涙を流すカーディナルの姿に、彼女がどれだけそのことを想い悩み、心で堰き止めていたのかを察することなどできないわけがなかった。

 

「…それで、急にこんなことを始めたんだな。ALOを…いや、俺たちの元から去る前に少なくともシャーロットの墓としたい場所を探していたんだな」

 

「………それこそが、わしがシャーロットにしてやれる友としての恩返しであり、あやつを死なせた者としての罪滅ぼしじゃ…アンダーワールドにはない、この世界独自の美しい光景が見られる場所であればと…そんな場所があればと…思ったのじゃ…」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「それさえ済めば、わしがここにいるべき理由は無くなる…わしさえいなくなれば、お主たちが責任を感じることも、気まずくなることもない…全てが万事いくじゃろう?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「…全てが元に戻る…わしは独りに戻るだけ…それだけじゃ」

 

そこまで考え込んでいたのか…ようやく聞けたカーディナルの本心に、どこまで酷く思い詰めたその心が分かり…俺は…

 

「…ふざけんな…」

 

思わず呟いてしまっていた。

 

カーディナルに対して…ではない。ここまで掛ける言葉が正しいのかどうか迷っていた俺自身に対してだ。

 

どうして俺はここまで来た?…決まってる。カーディナルを放っておけないと思ったからだ。

 

最初は…きっと同情心が大きかったと言わざるを得ない。

 

見ていてどこか折れそうになっていたカーディナルを放っておけなかった。自分を否定し、本心を隠し、自身のすべきことを盾に自分を犠牲にするその姿が…過去の俺と重なって見えたのだ。

 

カーディナルをうちで預かると決まった時もそうだ…そう言って責任を盾に、俺はカーディナルと接してきた。そうあるべきだと、彼女の気持ちを分かっていながら、見て見ないフリをしてきたのだ。

 

カーディナルを傷つけることを恐れて、その気持ちを確かめるのが怖くて、受け止める勇気がなくて…そして、それが回りに回ってこんなことになったのは皮肉でしかない。

 

…そして、つくづく自分という人間の傲慢さに、偽善者ぶりに辟易する。

 

『フォンは、フォンが思ったことを言って?どんな結果になろうとも…ボクがフォンを受け止めてあげるから』

 

家を出る前、そんな応援をくれたユウキの言葉が蘇り思わず内心で苦笑した。そして、同時にカーディナルへと掛ける言葉を放つ勇気も湧き…少しだけ笑みを浮かべて、俺は口を開いた。

 

「…カーディナル。悪いが、お前の考えている通りにはさせてやれないな」

 

「…何を…」

 

「お前が思っているより、俺は良い人間じゃないってことさ…さっき言ったよな、俺にお前の気持ちが分かるかって……お前と同じかどうかは断定できないが、少なくともその気持ちだけは嫌って程に分かってるつもりだ…!」

 

「…っ?!そんなありふれたことを適当に言っても…!?」

 

「…適当なんかじゃない、本心だ。俺も…ある意味ではお前と似たようなもんだからな。その絶望感を知っているから…だからこそ、その闇を平然と受け入れようとしているお前を放っておくことなんてできない!」

 

「…うるさい…うるさい、うるさいうるさい!?何も分かっていない癖に、そんな適当なことを…!?」

 

「…分かるさ!…俺もこの世界に来たことでそう思っていたんだから!?」

 

「…?!」

 

聞きたくないとばかりに耳を閉ざそうとするカーディナルに、俺はめげることなく叫ぶ!そんな姿をさせたくないと、もうそんな感情に振り回されて泣かせたくないのだと決めた以上、もう躊躇することはない。

 

「俺もお前と同じだった…自分がしでかしたことを忘れて日常に溶け込んでいた!自分が犯した罪のことなんか気に留めてもいなかった!

 

この世界にいた筈の自分を殺したのも同然なことをして、その幸せを奪うような形で生きてきたんだ!それが分かって嫌という程に自分のことに嫌いになったさ!それこそ、自分の記憶を封じるまでにな!

 

…俺は…音弥蓮というこの人格は本当はこの世界のものじゃない!別の世界に生きていた別の記憶を持った人格だったんだからな!?」

 

「…!?」

 

勢いよくカミングアウトしたその事実に、カーディナルの目が見開かれた。しかし、それで止まらない程に口が動き続けていた。

 

「どうしてこんなことが起こったのかは今でも全く分かってない…でも、俺がいた世界じゃ、この世界は小説の中の話だった!夢みたいなことを言ってると思うかもしれないし、適当なことをって思うのも当然だと思う。

 

けど、少なくともお前と向き合うのにこの事実だけは隠しておくわけにはいかないと思ったんだ。お前だから…この秘密を打ち明けてもいいと思った。隠したまま、お前の気持ちに応えることはできないと…そうしちゃいけないと思ったんだ。

 

…だから、ここに来た…お前の気持ちに応えるために…!」

 

これから言うことはとんでもなく最低なことだ。

 

あまりにも自分勝手で、偽善で、とんでもないことだ。

 

そんなことは頭でも分かっている…正しくないことも重々承知だ。

 

…だけど、それがどうした…?

 

傲慢だろうと、人でなしだろうと、人として最低だとしても…それで…

 

迷いやプライドは捨てきった…あとは口に出すだけだ!

 

「…カーディナル。ゴメン、お前の気持ちには気付いていた。でも、今の関係が崩れるのが怖くて、気付いてないフリをしてきた。でも…だからこそ言う。

 

お前は自分が幸せになっちゃいけないなんて言っていたが、そんなことはない…絶対にあるわけがない!!」

 

分かっているからこそ…その言葉を彼女から言わせてはいけないのだ。覚悟を決めた今こそ、何度でもこの手を差し伸ばすのだ。

 

「お前が自分の幸せを否定することはあっちゃいけない!それは、お前を大切に想っていた人たちの思いまでもを踏みにじることになるからだ!

 

お前はシャーロットが唯一の友だって言ったな?自身をそこまで追い詰めるほどまでに罪の意識を持つ程に、お前の中ではシャーロットが大事な存在だったんだろう!?

 

そんなシャーロットがお前のためにしてきたことは、お前のことが大切で、お前の為に思ってしてくれたことだって分かっていたんだろう!?そんなシャーロットがその身を挺して、あの悪魔といってもいいソード・ゴーレムに立ち向かったのは、主従でも、命令されたわけでもなく、お前の力になりたいと…大切なお前の為にと動いたからだろう!?

 

だからこそ…こっちの世界に来てまでもあいつの為にこうしているお前が、自分の幸せを捨てることはシャーロットへの侮辱にしかならない!?あいつのしたことを無意味に帰す行為だ!

 

確かに…お前の感じてきた罪や後悔は果てしなく重いものだろう。でも、今、お前が生きている世界はアンダーワールドじゃない!今、ここにいるのはプログラムでも、システムでもない…カーディナルっていう一人の人間だ!

 

…だからこそ…そんなお前のことを放っておけないんだ!?

 

責任でも義務でもない!お前のそんな姿を見たくないんだ!?その絶望がどれだけのものか分かっているからこそ、お前を独りにさせたくないんだ!?」

 

「…それは…お主は優しいからじゃろう…!?わしを気遣ってそんなことを…」

 

「気遣いや気休めでここまではしないさ…それにな、カーディナル。少なくとも、大事な人でもなければしないさ。でも…俺にとってはお前はその一人なんだよ。お前が泣いているところを見たくないくらいに……大事なんだよ」

 

「…ダメじゃ……ダメなのじゃ…!わしは…わしがいれば、お主たちに迷惑が掛かる…!わしなんかいない方が…!?」

 

「…違うよ、カーディナル。そうじゃない…お前がいなくいいことなんてないんだ。少なくとも…俺はお前にいなくなってもらったら困っちまうよ」

 

涙と負の感情が大いに入り混じったカーディナルは最後まで全てを拒絶するかのようにぐちゃぐちゃな感情を表情に表していた。そんな彼女へと…最後の言葉を掛けるために俺はゆっくりと歩み寄る。

 

「…来るな……来るでないぃ?!」

 

混乱のあまり、持っている魔法杖が乱雑に振り回される…考えなしに振り回されるそれは軌道が不規則で全くなっていなかったが…それを避けることも防ぐことせず、俺はカーディナルに近づく。

 

そんなことをしては当然の如く…振り回していた杖の一撃が左腕を襲った。その身で一撃を喰らうことで受け止め、俺はカーディナルの眼前へと辿り着いた。

 

「…カーディナル…俺にはユウキがいる。だから……お前を一番に愛することはできない」

 

「……っ…」

 

その一言が…分かっていても、聞きたくなかったその一言が、カーディナルを硬直させる…そして、絶望させるその前に、俺はその先の言葉を続けた。

 

「……でも…お前の好きっていう気持ちを背負うことはできる…」

 

「……ぇ…?」

 

次に放った言葉に、カーディナルの目が見開かれ、何も見ないようにしていた視線が久しぶりに俺の顔へと向けられた。

 

「…酷い男だよな?本当ならさ…きっぱりと断るべきなんだろうけどさ…そうしないでいい方法があるのならって…軟派で、不断で、最低なやり方でも…お前の涙を止めて、笑顔を守れるなら…俺の尊厳とかプライドなんか捨てることでそれができるなら…こうするべきなんじゃないかって…正しいとか正しくないとかじゃなくって…そうしたいと思っちまったんだよ」

 

「……何を…どういうこと、じゃ…?」

 

未だに俺の言ったことが理解できていないのか、たどたどしい口調なカーディナルの涙を拭いながら、俺は言葉を掛ける。

 

「…お前の好きって気持ちを受け止めるってこと…冗談でも、慰めでもなく…お前を愛する権利を俺にくれないかってこと」

 

「…だ、だって…!?さっき…さっきわしは愛せないって!?ユウキがいるからって…!?」

 

「ああ、一番には愛せないって言った…けど、それでも、ユウキと同じくらいにはお前のことを愛することができるってこと…本当、こんなことでしか応えられない自分が嫌になるよ」

 

「…えっ……それって…っ!ダメじゃ!?お主がそのつもりでも、ユウキが気付いたら…そしたら、お主が…!?」

 

「…というかな…これ、ユウキの提案なんだよ」

 

「…なぁ…!」

 

俺の宣告…堂々とした二股宣告に混乱しまくりのカーディナルだが、その発案がユウキだと聞いて更に驚く。無理もない…俺だって、その提案をユウキからされた時には面を喰らったのだから。

 

 

『フォン………覚悟はある?それがどんな茨の道になるとしても…それでも、カナデと…ボクの笑顔を守りたいっていう覚悟が…どんなことになろうとも揺るがない覚悟を、ボクと背負ってくれる?』

 

『…どういう、意味だ…?』

 

ログハウスを出る直前…覚悟を決めた目をしたユウキから、そんな問いを掛けられた俺はその言葉の意図を図りかねていた。

 

「…それは…カーディナルのことも好きになってあげられないかなって」

 

「…好きにって…!あのな、ユウキ!?流石にそれは…!」

 

意図を知りたくて尋ねたが、予想以上にはっきりした答えが返ってきたことで、流石に目を丸くしてしまった。ユウキの言うことはそれは…

 

「分かってるよ…確かにとんでもないことを言ってるし、ボクだって思うところはあるし…」

 

「だったら…!?」

 

「でも……カーディナルの気持ちも分かるんだ」

 

「えっ…?」

 

待て待てと思っていた俺だが、ちょっと穏やかに、でも、少し寂しそうな笑みを浮かべるユウキの言葉に首を傾げる。

 

「アスナたちを見てて思ったんだ。もしアスナよりも誰かが早くキリトとくっついていたらって…みんながキリトのことを好きだっていうのは分かってる。だけど、もしそれが自分だったら…ボクが同じ立場だったらって考えたら…嫌な思いを少しは絶対するんだろうなって思っちゃって…

 

もしもだよ…もしもフォンさえいいのなら、カナデの気持ちを受け入れてあげてもって…ボクもカナデのことは好きだし、それにカナデがフォンのことをどれだけ想っているのかもちゃんと確かめられたから」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「まぁ、元を正せば、キリトみたいにカナデの心を奪ったフォンにちゃんと責任を取ってほしいという考えからなんだけどね」

 

「ぐぅ…?!」

 

とってもいい話風だったのに、最後にとんでもない刃が突き刺された!いや、確かにその通りなのだが…言い分に納得していたところへの一撃だったため、思わず口からそんな声が漏れた。

 

ジト目と呆れ顔から一転、しょうがないという風に笑ったユウキは俺の目を見ていた。まさかの浮気…というか、不誠実な愛を反論できない理由から推奨されてしまったが、最愛の人からここまでの譲歩した提案をされては、俺も無碍に否定できるわけもなく…

 

「…カナデが望むかどうか次第だ。こんな無茶な提案を呑むなんて…全然勝率なんてないしな…」

 

「でも、フォンにとっては選択肢が広がったでしょう?それに…選択肢が広がったのなら、フォンだってやりようが広がるじゃない?」

 

「…いつの間にそんな小悪魔になっちゃったんだか、俺の彼女は…」

 

「エヘヘ…そんなボクは嫌い?」

 

「その聞き方は反則だろう…嫌いなわけがないよ。それに…ここまでユウキがお膳立てしてくれてるのに、嫌だなんて言えるわけがないだろう」

 

「…うん。カーディナルのことはお願い……そうだ!」

 

ともかく…まずはカナデに話してみてからだ。下手をすれば、呆れられて嫌われてしまうかもしれない。けど…確かに選択肢は広がったのもまた事実だ。俺の精神とかを考慮しなければ、確かに一つの手段ではあるかもしれない…倫理とかモラルとかの意味からしたら、俺の精神が不安だが!

 

困った挙句に苦笑するしかない俺に、ユウキは思い出したように口を開いた。

 

「そのことを認める代わりに、約束して?ボクのことを一番に愛することと、他の女の子も不満にさせることなく、ボクと同じぐらいにまで愛するってこと!それと…他にそんな人ができた時には必ず報告すること!」

 

「…ちょっと待て!?なんで更に増える前提!?」

 

「カーディナルで既にやらかしてるでしょ?」

 

「…いや、それは………おっしゃる通りでございます」

 

最初と二つ目の条件が矛盾してないかという疑問を吹き飛ばす、とんでもない条件が三つ目にぶっこまれ、思わず反論の声が出るも、ジト目と共に放たれた言葉に封殺されてしまった。

 

いや、事実なんだけど…キリトと同じ扱いにされたことに不満を持つも…反論することは叶わず、俺は諦めて肩を落とすしかなかった。

 

「…ともかく行ってくるよ。玉砕するかもしれないけど…それでも、できることは全部してこようと思う」

 

「うん…フォンは、フォンが思ったことを言って?どんな結果になろうとも…ボクがフォンを受け止めてあげるから…行ってらっしゃい」

 

「…行ってきます…!」

 

 

「…ってことがあってな」

 

「………お、お主らは…何を…!」

 

苦笑交じりにここに来る直前に、ユウキと交わした会話の内容を掻い摘んで説明するも、案の定、カーディナルは目を丸くしていたわけで…驚きを言葉にすることもできなくなっていた。

 

「とんでもないことを言うよな…俺自身、今でもそう思ってる部分はあるよ。でも、そこまでユウキが背負ってくれるって言ってくれて…お前の本心をやっと聞けたことで、俺も覚悟が決まったよ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「カーディナル…お前が自分のことをどれだけ赦せなくても、どんなに思い罪に苛まれても、独りでは背負いきれない重荷を持っていてもいい…それらを全部忘れることなんてできなくたっていい。

 

俺にできることで、お前のその涙を止められるなら…その積み荷を少しでも減らせるのなら…ちょっとでも自分のことを認められるのなら…させてくれないか?」

 

…どれだけ傲慢だろうと、傍から見ればとんでもない人でなしだろうと、誠実とは真逆な程に人として最低だとしても…それで俺のことを想ってくれている一人の女の子を救えるのなら……プライドなんていうくだらないものなど捨てる覚悟はある。

 

「…俺がお前にいてほしいんだ…

 

お前にそんな愛おしい想いをさせたことも、俺たちのことを考えて苦しんだことも、自分を赦せないことも…全部俺のせいにしていいから。それらを肯定することも、正当化することも、全部俺を理由にしていいからさ…

 

 

 

 

 

 

 

 

 

…その代わりに、お前を幸せに…好きになる権利を俺にくれないか?」

 

 

「…!?」

 

ここに来るまではそれを告げるのに二の足を踏んでいた言葉が、今はすんなりと出ていた。少なくとも…この場の凌ぎや適当なものではなく、そうしたいという本心から出た言葉だった。

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「あり得ないことを言ってるのも重々承知だ。その……関係が変わる以前に、良い事だけじゃないこともあるとは思うけど…」

 

「…なんで…」

 

「…うん?」

 

「なんで……ここまでしてくれるの?」

 

 

その口調にも驚いたが、信じられないと感情を隠すことなくその目で見てくるカーディナルの問いに、俺は少し目線をズラして…

 

「好いてくれてる子の為になんかするのに…理由なんてそこまでいらないだろうが」

 

「…ぁ…」

 

「強いて言うなら…さっきも言ったけど、お前も俺の大事な人だからだよ…それも、大勢のとかじゃなくって…誰にも代わることができない一人としてな」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

照れくさくなってしまい、ほんの少し乱暴な言い方になったのをすぐに修正しながら答える。言うべきことは…伝えたいと思ったことは伝えられたと思う。あとはカーディナルの答えを待つだけだ。

 

これで駄目だったら…カーディナルを引き留める権利は俺にはない。答えを待っている時間が大変嫌に思える程に内心冷や汗を掻きまくっていると…

 

…ポスッ、という微かな音が聞こえると同時にへその辺りに何かが当たった感触があった。

 

「…本当に…よいのか…?」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「わしで……わたしも……この心をぶつけてもいいの?」

 

「…ああ。俺たちは……いや、俺はちゃんと受け止めるよ。それで、ちゃんと返してみせるよ。してほしいことがあるのなら遠慮なく言ってくれ。ちょっとでも不快なことがあったら怒ってくれていい…少なくとも、俺の前でくらいは女の子としていていいんだ」

 

「………ううううぅ…!?」

 

「…?カーディ…うおぉ!」

 

突如としてまた泣き出したカーディナルの姿に驚いた上に、掛けられていた体重バランスが崩れたところに、花を踏んでしまったことで足が滑ってしまい、押し倒される形で倒れ込んでしまった。

 

二人の人間が倒れたことで、その勢いで俺たちを取り囲むように光の花びらが舞い散る。そんな中、痛みで閉じていた目を開いた時に見えたのは霧散する光と、

 

「……ううううぅぅ…!うわぁああああああぁぁ…!?」

 

大粒の涙を流し、俺にしがみついているカーディナルの姿だった。

 

「わたしぃ…!わたしぃ…!?こんなことを想っちゃいけないって…!この想いを知られたら、フォンやユウキに酷い思いをさせることになるって…わたしを受け入れてくれた二人を裏切ることになるって…けど、けど!

 

あの世界からずっと…!この感情を知ってから、いつかこうなれたらって…でも、それは叶っちゃいけないことだって…だから…だからぁ!?」

 

「…もういいんだ。我慢しなくていい。全部はできないけど、手を貸せることでならお前の願いを叶えてやる。良い事も悪い事も一緒に受け止めてやる。

 

あの時にも似たようなことを言ったけど…俺を好いてくれてるお前を守るよ、誰にも頼れないとしても、どんな絶望が待っていても…俺がお前を幸せにしてやる」

 

アドミニストレータと激闘の最中、『お前の未来を切り開いてやる!』と叫んだ。あの時と、今言っていることの意味は少し違う。

 

あの時の意味が宣言だとすれば、今告げているこの言葉は宣言と共に約束だ…告白とも言えばいいのかもしれない。本気で、偽りなど一切ない心からの言葉だ。

 

仮面を被り続けた…カーディナルという一人の少女の素顔とようやく向き合うことができたのだ。そんな彼女に全てを曝け出すことにためらいはなかった。

 

「…だから…思う存分に泣け。それで、泣き終わったら答えをくれ」

 

「…!…うううううぅぅ……うん…うん!!」

 

堰を切ったかのように大声を上げながら、俺の胸元にその叫びを叩き付けるように泣き出したカーディナルを優しく抱きしめる。

 

これまで本心を隠し続けてきた少女が素顔を曝け出すことができた反動か…泣き止む気配がないカーディナルの姿に苦笑いしながら、どこか安堵している自分がいるのもまた事実で…

 

…ともかく、カーディナルが落ち着くのを待っていると…

 

「…ぅぅうう…ぐすん…!」

 

「落ち着いたか?ほら、これでも飲め。大泣きして、かなり涙を流したから水分を取った方がいいだろうしな」

 

「…ありがとう」

 

結構な時間泣き続けたカーディナルだったが、流石に30分も経っていないぐらいまで泣けば落ち着いたらしく、とはいってもまだ涙目の彼女をもう少し落ち着かせるべきかと、身体を半分起こしながら、ストレージからハーブティー(ラベンダーの香り)の入った水筒を取り出す。

 

それを大人しく受け取るカーディナルだが、抱き着いたまま離れる気はないらしい。あと、口調も崩れたままになっている。普段とは違い過ぎる言動にちょっとかわいいと思ったのは余談だ。

 

ゆっくりとハーブティーを飲むカーディナルに、少しづつだが話を進めていこうと言葉を掛ける、

 

「それで、カーディナル…その……落ち着いたのなら、答えを聞かせて欲しいんだが…」

 

「…えっ?」

 

「えっ?」

 

質問した筈が、なんのことだという純粋な疑問の目で問い返され、俺までもオウム返しの如くそんな言葉が漏れた。

 

「いや……だから…その……だあぁぁ!?お前の気持ちに応えていいかどうかってことだよ!?」

 

こんなことをユウキ以外に言うことはないと思っていたのもあって、恥ずかしさの余り顔が赤くなっているのを感じながら、俺は求めている答えの意味をもう一度伝えることになった。

 

「…今さらそんなことを聞く?そのくらいは察してよ。フォンは変なところで気が回らないわよね」

 

「察しろって…こういうのはちゃんと答えを聞かないと落ち着かないんだよ。こんなことを提案する時がくるなんて思ったもみなかったし…玉砕をも覚悟してたぐらいだし…」

 

「さっきの自信満々な姿はどこに行ったの?それとも、さっきまでの言動は本気ではなかったのかしら?」

 

「い、いや!?そういうわけじゃ……カーディナル。お前、楽しんでるな?」

 

「さて、どうかしらね…?」

 

のらりくらりと躱されていく中、途中で揶揄われていることに気付き、ジト目を向ける。ところが、その視線を受けても困った様な笑みを浮かべるカーディナルは、笑みとは異なり全く困ってなさそうだった。

 

「…もうフォンも分かってるでしょう?わたしがどうしたいかだなんて」

 

「…そうか………はあぁぁぁぁぁ~~~~…!」

 

「むうぅ…!そのため息は何よ?」

 

「安堵のため息だよ。さっきも言ったが、お前に断られることの方を覚悟してたぐらいなんだよ。それに…お前がそう応えてくれたことにも安堵してんだよ。俺だって…まぁ、男だからな」

 

まさかのハーレム…ゴホン…恋人を増やすという、明らかに普通ではないイベントを経験したこともあるが、こんな無茶な提案を承諾してくれたカーディナルに…いや、こんな酷い男の告白を受け入れてくれたカーディナルにホッとした自分がいたのだ。

 

これからどれだけ大変だとしても…それでも、同時に楽しいことも待っていると思うと、案外悪くはないのかもしれない。

 

…修羅場とかはなんとか避けたいところだが…まぁ、それは今後考えるとして…

 

「カーディナル…ありがとうな」

 

「…それはわたしが言うことよ。ありがとう、フォン…こんなわたしの気持ちに応えてくれて」

 

そう言ったカーディナルは涙を浮かべながらも、これまで見たことない程に嬉しそうな笑みを浮かべて、

 

「あなたのことが好きよ…フォン」

 

ようやく求めていた答えをくれたのだった。

 

 

 

「…というのが、俺、音弥蓮という人間の真実だよ」

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

完全に落ち着いたことで我に戻ったカーディナル…すると、真っ先に尋ねられたのは『俺が異世界の記憶を持っている』という、先程勢いでカミングアウトしたことに関してだった。

 

『さっきいった異世界人とはどういうことじゃ!?』と、いつもののじゃ口調(と称していいのか?賢者モード…止めておこう。別の意味に聞こえる…)に戻った彼女の問い掛けに、俺はその秘密を詳細に伝えていった。

 

俺がいた世界は「ソードアート・オンライン」ことこの世界(正確には、SAO世界軸から枝分かれした世界の一つ)が小説の中の物語で、突然俺はその世界からSAOの世界にやってきたことを、

 

だから、原作知識という形でキリトたちのことを知っていて、どうして自分がこんなことになってしまったのかを探るために、全ての始まりであるアインクラッドを駆け上がり続けたこと、

 

そして、この世界にやってきたことに関係している可能性が最も高い映現世の剣のことを…その本質、このSAO世界だけでなく、可能性として存在するありとあらゆる異世界やパラレルワールドの一端を映し出すことができる力のことを、

 

その能力を…剣の本来の力を知り、同時に異世界のことをも認識した上に、元々SAO世界にいた筈の俺という存在を殺してしまっていたことを自覚してしまったことで記憶を封じてしまっていたことを、

 

映現世の剣の力がアンダーワールドに及ばない様に、そして、その能力が他の誰かに触れられることがないようにと、そのデータを回収しようとしたせいでカーディナルをこっちの世界に連れてきてしまうことになった原因を、

 

…全てを余すことなくカーディナルへと伝えた…

 

半身だけ起こし、彼女を抱え抱くようにして座り込んだ姿勢で話していたわけだが、時折話の中で質問がいくつか飛んできたこともあって、かなりの時間が経っていた。

 

全てを聞き終えたカーディナルは頭の中を整理しているのか、合わせていた視線を伏せていた。それを邪魔しないようにと声を掛けずに大人しくしていると、

 

「…なるほどのう。確かにこれはおいそれと誰にも話せるわけではないのう」

 

「まぁな…俺を知っている人ならまだしも、それ以外なら頭か精神のおかしい奴扱いか、下手すればどこぞの研究所に連行されるかもしれないしな」

 

「…(ユウキが言っておった、フォンでなければ話せないというのはこういう意味じゃったのじゃな)」

 

思っていたよりも早く整理が終わったらしく、納得したような言葉が彼女から漏れた。その言葉を受け、苦笑いしながら冗談交じりの言葉を返す。

 

…あの比嘉さんでさえ、最初は驚きと同時に疑っていた部分があったからな。キリトや茅場はまだしも、アインクラッドでの原作知識しか持ってない俺は、自分が異世界の住人だという証明をできる術などほとんど限られてるわけで…

 

「いつしかユージオやアリスと話していた時にも、お主はキリト以上の秘密を抱えておるのではないかと思っておったが…その予想を大いに超えるものを抱えておったとは…出会った時から脅かされてばかりじゃが、今までで一番の驚きじゃよ」

 

「だよな…この世界に来てもう数年…アンダーワールドでの二年も入れたら5年以上か…そのぐらいの時が経っても、俺ですら未だに信じられない自分がいるだからな」

 

「…ユウキ以外にこのことを知っている者はおるのか?」

 

「キリトにラースの比嘉さん…お前をこっちに連れてきた時に一緒にいたプログラマーの人…あとはネットの海を彷徨っている電子生命体と化した天才科学者といったところかな…映現世の剣のことを知っているのはユウキと比嘉さんだけだな」

 

「うん…?キリトには教えておらぬのか?」

 

「時を見てな…俺の秘密を知ってるあいつなら薄々勘付いてるとは思うけど、俺も映現世の剣のことは理解できてないところが多いから…もうちょっと具体的なことが分かってから話した方がいいかと思ってな」

 

まぁ、あの時は限界加速フェーズからの脱出や後処理などでバタバタしていたこともあってタイミングを逃したことも大きく、それならば、詳細がはっきりするまでは伝えるのは一先ず保留にしたのだ。

 

「…(ジー…)」

 

「ど、どうした…いきなり睨むような視線を向けて…」

 

「いや…お主のことじゃからまだ何か隠し事をしておるのではないかと思ってしまってのう。ちょっとした懐疑心が出てたわけじゃ」

 

「ない!?ない!?マジで全部話した!?流石にこれ以上何かを隠してるってことは…多分ないはず…」

 

「何故そこで言い淀むのじゃ…」

 

「…最近前例がありすぎて自信がなくなってまして…」

 

ジト目が更に一段と増したこともあって、思わず敬語になってしまった。まだ自覚があることならいいが、自覚なしでのことになると…ねぇ?

 

直近での出来事を思い返せば、自分にはそういうのがチラホラ転がってそうなわけで…思ってもみないところから、とんでもないことが出てきそうな気もしているわけで…

 

…ほら、特に昔のこととかになると、元いた世界での話のことも出てくるわけで…そうなると、ユウキにも教えてないことも結構あるわけで…

 

「…善処します」

 

「何をじゃ…?」

 

自然とそんな言葉が出てしまい、カーディナルを不思議がらせてしまった。隠し事はできるだけしないとユウキとも約束したばっかりだからな…ともかく、今はカーディナルへと意識を戻そう。

 

…それにしても…

 

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

 

「…?どうしたのじゃ?」

 

「…いや。さっきまでの雰囲気が鳴りを潜めたから、早くもちょっと懐かしんでた。『わたし』口調のお前も良かったと思ってな」

 

「…ふむ……こっちのわたしの方が、フォンは好き?」

 

「切り替えの早さがエグイな」

 

「お主がさっきの口調が良かったと言ったのじゃろうが!?」

 

思わず建前がポロっと口から零れ出たことで、憤怒するカーディナル…いや、急なことだったので可愛いと思ったのだが、意識するとなると、素直にそれを告げるのがちょっと恥ずかしかくなってしまったわけで…

 

「どっちのカーディナルも好きだよ。どっちもお前には違いないんだから」

 

「っ…~~~!?お、お、お主はぁ?!そういうことを…急に言うのでは……ないわ…!」

 

素直に思ったままの事を告げると、顔が真っ赤に染まったわけで…言葉は乱暴ながらも、どこか嬉しそうにしているカーディナルの語尾が小さくなっていく。

 

もう少しこういうのが言い慣れるようになった方がいいのだろうか?……止めておこう。ただでさえ、ユウキにとんでもない疑惑を持たれているのだ…流石の俺も、想ってくれている女性二人から刺される未来なんて想像したくはない。

 

するならば、二人の良いところをもっとよく見つけられるようになるべきなのだろう。あとはそれを素直に言えるようにといったところだろうか。

 

…ともかくだ。一件落着、というか、なんとか丸く収まった…というのもまた違うな。なんというか………上手い言葉が見つからないが、結果だけを見ればこう言うべきなのだろうか。

 

…『この選択を後悔することはきっとない』と…

 

「さてと…そろそろ帰ろうぜ?」

 

「う、うむ……その前に…」

 

「…ああ。そういえば、カーディナルがここに来たのはシャーロットの為だったな」

 

かなりの時間、ここに滞在してしまった。安全地帯とはいえ、ここでイチャイチャ…コホン…長居していて、他のプレイヤーに出くわすのは色々と面倒なことになりそうだし…ここから去るべきかと思ったが、まだカーディナルの目的が済んでなかったことを思い出した。

 

俺の膝元から立ち上がり、カーディナルは光によって満たされる花畑を見つめる。夜の月光に反応して、幻想かと感じさせる淡い薄白翠の光を放つ『翠夜花』が花を開く光景がここには広がっているわけだが…

 

「…駄目か?」

 

「……うむ。確かに良い場所だとは思うのじゃが……」

 

周囲を見渡すことで見極めようとするカーディナルの反応が芳しくないことは見て取れるわけで、俺の問い掛けに言葉を詰まらせていた。リストに載っていた場所はここが最後だったな…それがハズレだったとなれば、残念に思うところはあるよな。

 

…だから…

 

「気を落とすなよ、カーディナル」

 

「えっ?」

 

「お前の納得がいくまで探し続ければいい。あいつのために、一生となる場所を見つけてやるんだろう?」

 

「う、うむ…」

 

「だったら、とことんやろうぜ。納得がいく場所が見つかるまで俺も手伝ってやる。この世界でないのなら、現実世界でも他のVRワールドっていう手段もある。それに、この世界だって、どんどん広がり続けてるんだ。

 

必ず見つかるさ…だから、頼ってくれよ。まぁ、その………彼氏としては当然だしな」

 

「……うむ、宜しく頼むぞ…」

 

少し乱暴にわざと力を加えて、帽子の上からカーディナルの頭を撫でる。時間はこれからいくらだってあるのだ…変に焦る必要もなくなった今、じっくりと探していけばいいのだ。

 

元気を取り戻したその返事だけでなく、その頭部にある獣耳も勢いを取り戻したことからもう落胆していないと判断し、今度こそホームに戻ろうかと踵を翻し、ダンジョンへと戻ろうと…

 

「…フォン!」

 

「…?どうした、カーディナル」

 

背後から呼び止められ振り返る。一体どうしたのだろうかと、呼び止めたカーディナルを待っていると、彼女はゆっくりと俺の眼前へと歩み寄ってきたかと思えば、

 

「………ちょっと顔を見せてほしいのじゃ」

 

「…はい…?」

 

「じゃから…!お主の顔がじっくりと見えるように、屈めと言っておるのじゃ!?」

 

「…はいぃ?!」

 

とんでもないことを言い出したカーディナルに、俺は同じ言葉を言うことしかできない!

 

いやいやいやいや!?そういうことなのか…というか、そういうことしかないと思うんだが!?

 

絶賛混乱しまくりの俺だが、カーディナルはそれ以上何も言うことなく、俺がするのを待っている状態だった。

 

…さっき確かにそういう関係にはなったが…まさかここまで積極的にアプローチされるとは思ってなかった。しかし、受け入れてると決めた以上、ここで拒否るのもどうかという話になるわけで…

 

「…分かった」

 

覚悟を決め、俺は目を瞑って顔をカーディナルの顔の位置にまで下がるように腰を落とした。されると分かっていて、まっすぐカーディナルを見ている勇気がなかったのもあって、思わず目を瞑ってしまったが、今さら目を開けて、いきなり目が合うのも互いに気恥ずかしくなると思い、このままいることにした。

 

気配でカーディナルが更に近づいてくるのが分かる…ユウキとはまた違った匂いをも分かるぐらいにまで近づいたと思った時、俺の顔に触れる二つの感覚が…

 

…ぐにゃり…

 

(…うん…?)

 

来ると覚悟していたものとは異なる感覚が、自分の顔を色々と触っているのだと認識できた時、俺は思わず心の中で唸っていた。そんな俺の疑念に合わせてか、原因であるカーディナルの声も聞こえてきた。

 

「…ふむ。似ておるが、やはりちょっと違うのじゃな。現実世界に一番近いのはアンダーワールドの時のアバターという奴か。耳も長いからまた違った印象を受けるのう。じゃが、それ以外の顔のパーツは…」

 

「カ、カーディナルさん…なにをしてらっしゃるんですか?」

 

ブツブツと独り言を呟くカーディナルに何事かと尋ねながら目を開けると、至近距離にカーディナルの顔があり、俺の顔を色々と両手で触りながら観察しているようだった。

 

「何をって…お主らと違って、わしはこっちでしかお主に触ることができぬのじゃぞ?ならば、慕っている者の顔をじっくりと見ておきたいと思うのは当然のことじゃろう?

戻ってからでは、ユウキの手前、そんなことをすると怒られそうじゃしな…それとも、お主は何か別のものを期待しておったのか?」

 

「っ…!?そ、そんなわけないだろう!というか、別にこんなことをしても、ユウキはカーディナルに何かを言うとは思わないぞ(…多分、俺が色々と大変なことになりそうだけど…)」

 

下心を見透かされ、慌てて否定しながら話を逸らす。してやったりとニヤニヤしているカーディナルの視線が痛く、そっぽを向こうと…したくても顔を両手で抑えられているため、視線だけを逸らすことしかできなかった。

 

いかん…本調子に戻ったせいか、カーディナルに手玉に取られまくっているような気がする。あと、至近距離で顔を触られている時点で色々ヤバい!このままやられっぱなしなのはマズいと思い、強引に話を打ち切ろうとする。

 

「もういいだろう…!そろそろ行こうぜ…」

 

「そうじゃのう。それじゃ、最後に…」

 

「あと何をしようって……っ?!」

 

こうなったら、最後まで付き合ってやるかと半ば諦めの境地で受け入れようと思った時、唇に柔らかいものが触れて…

 

…目を開いていたことで、カーディナルとの距離が更に近づいたと認識したのは、キスされたからだと理解せざるを得なかった。

 

ちょっと強引ながら…けど、唇同士が触れ合うソフトなキスはほんの一瞬だった。だが、俺は一瞬、時が止まったかのように感じていた。

 

「…ふぅ……わしのファーストキッスじゃ。受け入れてくれるのじゃろう?」

 

「……ったく。最後の最後でやられたよ」

 

真っ赤な顔をしながらも、喜びの笑みを一切隠す気がないカーディナルのその言葉に、俺は今度こそ肩の力が抜ける気がしていた。

 

ユウキもカーディナルも…どこでそんな小悪魔的な要素を身に着けてきたのか。最初から最後までやられっぱなしで白旗を上げたい気分だ。

 

…恋する女の子は強い…間近で嫌という程に見てきたつもりだが、その身を以って味あうことになるとは誰が想像できただろうか…もっとも、やられっぱなっしというのも悔しいので…!

 

「…ほら、いくぞ…カーディナル!」

 

「ちょ!?待ったんか、フォン?!」

 

強引に手を繋ぎ、カーディナルを引っ張る形で元来た道を引き返し始める。カーディナルに悪いが、ホームに戻るまではこのままでいさせてもらおう。

 

ついてこれるぐらいのスピードで引っ張る形でカーディナルを連れていくも、握った手を離してやるつもりはない。カーディナルの方も、俺の意図を察してか離すつもりはなかったらしく…

 

ポップしてくるモンスター共は空いている手で装備した大剣の錆に変える形で倒していき、俺たちはそのままダンジョンを突破し、ホームへと戻った。

 

 

 

そして…

 

「…おかえり」

 

「…ユウキ…」

 

ホームがある22層に戻ってきた俺とカーディナル…彼女も覚悟はしていたようだが、ログハウスの前で俺たちを待っていたユウキと対峙した際には、これから告げなければならないことに躊躇いを覚えていたようだ。

 

「…そっか。上手くいったんだ」

 

「そういうことだ…ユウキには…その……」

 

安堵とやれやれといった感情が半々に入り混じった笑みを浮かべたユウキは、俺とカーディナルが手を繋いでいる様子から、結果を察してくれたらしい。

 

報告というか…まずは何かを言わなければと思い、口を開いたのだが…その何かをどう言えばいいか分からず、口ごもってしまう。すると、

 

「フォン…わしに言わせてくれ」

 

「……分かった」

 

これは自分が言うべきことだからと…そんな雰囲気を纏うカーディナルに任せることに、繋いでいた手を離したカーディナルは、ユウキへと近づいた。

 

「ユウキよ…初めて会った時のことを覚えておるか?わしはお主に、フォンに想いを告げるつもりはないと言った…じゃが、お主が許してくれるというのなら、わしはフォンと一緒にいたい。

 

お主の気持ちを損なうかもしれぬ、もしかすれば、時間をも取ってしまうことからもしれぬ…じゃが、それでも…わしもフォンのことが好きなのじゃ。

 

いい加減なことを言っておるのは重々承知しておる…だから、この身をどうとでもしてくれて構わぬ。好きなだけ殴りたければ殴ればいいし、罵倒しまくればよい…お主の気が済むまでやってくれ」

 

「…………分かった。それじゃ、一つだけ…目を瞑って、カーディナル」

 

「…っ!?」

 

贖罪をすべきなのだと言わんばかりにカーディナルはその身を差し出し、その要望に応えるかのようにユウキは目を閉じるようにと告げた。衝撃に備えるように、目を瞑りながらビクリと身構えたカーディナル…けど、

 

「えい!」

 

「むにゃ!?ひゃ、ひゃにをするのじゃ!?(な、なにをするのじゃ!?)」

 

重い空気を払い除けるかのように、明るいユウキの声がしたと思えば、その両手がカーディナルの頬を優しく引っ張っていた。

 

まさかのユウキの行動に驚くカーディナルだが、頬を引っ張られているせいで変な話し方になっていた。

 

「フォンが言ったんでしょ?ボクからこのことを言い出したんだって…別にフォンをあげるわけじゃないからね?あくまでも、ボクが一番だってフォンにも約束してるんだから。でも…ボクと同じくらいカーディナルも愛してあげることが条件とも約束したから。

 

嬉しいと思うのも、嫉妬するのも…お互いに味わう時間はきっと同じだよ。それに…あの時にも言ったけど、同じ人を好きになった者同士じゃないとできない話もあるし、カーディナルにも、フォンを繋ぎ止める人になってほしいんだ」

 

「……まったく。お主には勝てる気がせんな。それとも、そんな余裕こそが正妻とやらの立場の強さなのかのう?」

 

「ちょ!?そんな言葉、どこで知ったの、カーディナル!?」

 

「ユイがネットワークに連れ出した時にちょっとのう…アスナたちの関係を尋ねたら、プンスカしながら話してくれてのう」

 

(…あれ?とてつもなく重たい話になるかと思っていたけど、いつの間にか井戸端会議の空気になってる?)

 

途中から話し声が小さくなって聞き取れなくなっていたのだが、修羅場みたいな空気は一体どこにいったのやらと思うぐらいに、明るい雰囲気を二人はしていた…というか、俺、完全に忘れられてない?

 

「…おーい。そろそろいいか?」

 

「…あっ。ゴメン、フォン。忘れてた」

 

「…さいですか。話が終わったのなら、今日はもう休まないか?カーディナルも色々な意味で疲れただろう…まぁ、元凶は俺なんだけどさ…」

 

本気で忘れていたらしく、そんな謝罪がユウキから飛んできてちょっと凹んだ。気を取り直して、そろそろお開きにするべきではと提案するも、言っておいてちょっとブルーな気分になった。

 

…いや、本当…元を辿れば身から出た錆というか、優柔不断な結果が招いたことというか…色々話したいことは俺もユウキもカーディナルもあるだろうが、それはまた明日以降にした方がいいだろうと思ったのもあってだ。

 

「それじゃ、わしはアルンに戻るわい」

 

「いいの?良かったら泊っていったら?」

 

「いや…わしも色々と整理したいことがあるのでのう。それに…これ以上、フォンとの時間を奪ってしまうのは流石に気が引けるわい」

 

「…ありがとう、カーディナル」

 

「フフッ、礼を言うのはこっちじゃよ…それではな、フォン、ユウキ」

 

「ああ…また明日な、カーディナル」

 

「…!うむ、また明日なのじゃ」

 

瞬く間に絆を深めた二人はそんな他愛もないやりとりを交わしていた…元々それなりに仲は良かったと思うが、気が合い過ぎじゃないかと思うぐらいのレベルでちょっと驚いてる…それと同時に寒気を覚えているのは気のせいだと信じたい。

 

…決して変な同盟みたいなものを結成しているとは思いたくない。

 

また明日会おうと別れの挨拶に、影のない笑みで応えてくれたカーディナルを見送り…その影が見えなくなったところで…

 

「さて…じゃあ、話を聞かせてくれるよね…フォン」

 

「…もちろん」

 

笑っている筈なのに笑ってないように見える笑顔のユウキに、逆らうことなく俺はその願いを素直に聞き入れた。

 

 

 

(…こんなことになるとはな…)

 

ユウキに、カーディナルとの間にあったこと全てを打ち明けた。

 

色々と責められることは覚悟していた…のだが、ユウキは分からない部分だけ追加で質問してきただけで、それ以上どうこう言うことはなかった。

 

話が終わった今、交代する形で風呂に入り、先に入った俺はログハウスの寝室…そこに置いてあるダブルベッドに寝転がっていた。

 

このログハウスを購入した際、ユウキと家具探しの際に一緒に買ったものだ。結構使っているが、まだ買ってから半年も経っていないのだとふと思った時、今の状況へと考えが至った。

 

SAO・ALOからなんとか帰ってきて…GGOでは因縁によって死銃事件に遭遇し…ユウキと再会して恋人という無二の関係になって…オーディナル・スケールというこれまで経験してきたことのなかった環境で悲しき事件と対峙することになって…アンダーワールドという一つの世界の命運を握る大戦を経験する一方で、見て見ないフリをしてきた過去と罪と向き合うことになって…

 

…それで、遂にはカーディナルとこんな関係に至って…

 

濃いというレベルを遥かに超えた出来事の数々に思わず嘆息してしまう…確かに、自分のことを他人として見れば驚くような人生を迎え続けていると自分でも思う。

 

(…ユウキだけでなく、カーディナルのことも…これからはちゃんとしていかないとな。言葉だけじゃなく、行動で…)

 

大変だとは思うが…それでも、選んだ以上は彼女を見ていかなければならない。それに…きっと大変なことだけが待っているわけでもないだろうし…

 

ともかくは明日から…その辺りも三人で話し合ってからだろう。周りの人たちへの対応とか、言い訳とか…そういえば、こういう関係になったのなら一緒に住むとかも考えるべきなのだろうか?でも、このログハウスはリビングと寝室以外ではゲスト用の部屋が他に一室あるだけだから…

 

「上がったよ~!」

 

いつの間にかこれから先のことを考えていると、寝室に入ってきたユウキの声が飛び込んできた。いつものパジャマに、前髪を留めているバンダナを外した自然体の彼女の姿に、俺は思考を止めた。

 

「ほら、おいで。髪を拭いてあげるから」

 

「うん!」

 

拭きながらベットに近づくユウキを受け止め、バスタオルを受け取ってまだ水気の残るロングヘアーの紫髪を拭いていく。

 

「ちゃんと乾かしてから来ないと…VRだからっていっても、バットステータスに風邪とかいうものだってあるんだからな」

 

「フォンに拭いてほしかったんだもん!」

 

「へいへい…かしこまりました、お嬢様」

 

今日のことがあってか、いつもよりも積極的に甘えてくるユウキに、俺も流石に強気で出ることができず、素直に受け止める。

 

「なぁ、ユウキ…本当に良かったのか?」

 

「…カーディナルのこと?」

 

「まぁ、な…今さらというか、あそこまでユウキに言ってもらっておいてだけど…俺としてはユウキがどう思っているか一番気になっているのが本音だ」

 

タオルの隙間から覗いた後ろ目がこちらを向き、すぐに視線が前に戻る。少し考えてから、ユウキは答え始める。

 

「まぁ、彼氏がモテるのは悪くないってことで…それにフォンもところだれしもに声を掛けまくってるみたいな軟派な人じゃないでしょ?そういう好きな人たち同士で一緒の時間を共有できるのって…きっと大変だけど、その分の喜びの時間も多いじゃないかなって…そう思っちゃうボクもいるんだ」

 

「…そっか…そうかもな」

 

自分が考えていたものに近いことを、ユウキが思っていたことにちょっとホッとし、そのまま髪を拭いていく。

 

何度も尋ねるのはしつこい以前に、俺はそこまで乗り気じゃなかったのかと取られかねない。ユウキが良しとするのなら、譲歩してもらっている俺がどうこう言える立場でもないわけだし…そんなことを思いつつ、拭き終えた髪を確認してユウキへと告げる。

 

「はい、終わり」

 

「ありがとう、フォン!…それとね…」

 

「うん…まだなに、うおぉぉ?!」

 

バスタオルから手を離したところで、どうしたのかと声に出そうとした時、視界がいきなり天井を向いていた。そして、次の瞬間、

 

…ガチャン…!

 

ほとんど聞き覚えのない金属音が頭上で鳴り響いた…思考がようやく通常運行へと戻り、自分がユウキにベットへと押し倒されたのだと、そして、体勢が変わったことでベットの頭部分が頭上へとやってくる形になっていて、倒れた勢いで頭の近くに位置することになった両腕がベットボードを構成する数本の細い鉄棒の一本を回り通すように繋がられた手錠に拘束された音が先程の正体だと……理解したと同時に頭の中がパニックになった!?…これ、何事!?

 

「ねぇ、フォン…」

 

「…っ!?(ゾクッ!?)」

 

パニックになっていた俺だが、こんなことを仕出かした目の前にいる元凶である彼女の言葉に、息を呑むと同時に物凄い嫌な予感を覚えた。

 

(あっ…これ、逃げ場ない奴だ)

 

そんなことを思ってしまう程に…明るい声の筈が、ものすごく冷たく感じる程に…ユウキの声と雰囲気は感じるものがあった。

 

「確かにカーディナルのことはいいって言ったし、ボクも受け入れるって言ったよ?でもね……それとボクの感情は別っていうか…やっぱりボクはボクでどうしても許せない部分があるわけでね……分かってるよね?」

 

「…あい…」

 

そうだよな…いくらユウキが優しくて、まだ子供っぽいところがあるって言っても…一人の女の子だもんな…多分、俺も同じ立場だったらそう思うだろうし…覚悟と同時に俺はどこか諦めていた。

 

「…そんな思いを上書きしてくれるよね?今日はボクが満足するまで付き合ってもらうから」

 

「……お手柔らかにお願いします」

 

完全に動かせない状態で拘束されている左腕を操られ、メニューを操作される。それと同時に自身のメニューをも操作し、『倫理コード解除』を選択したユウキを見て…俺はそう返すことしかできなかった。

 

 

 

『…ど、どうしたのじゃ、フォン?!隈ができておるが…何があったのじゃ!?』

 

「…気にするな、カーディナル…当然の報いを受けただけだよ」

 

翌朝、限界まで頑張った結果…疲れ果てて先に寝落ちしたユウキを置いて、ほとんど一睡することなく朝を迎えた俺は、現実世界にて眠気覚ましのコーヒーを飲んでる姿をカーディナルに見られて、そんな心配をされることになったのだった。

 

 

第7話 「Cardinal Heart」

 




…まさかの正妻公認…(黒笑)

まぁ、冗談は置いておいて…実はこの展開に関してはどうするか結構迷っていました。WoU編を書く前にその辺りをどうするかをずっと考えていたのですが、カーディナルをサブヒロインにするにあたって、現実世界に連れてくることを決めた際にこの展開にすることにしたわけで…

実は主要メンバーの差別化を図る意味もありました。
キリトは…まぁ、言わずもがな、ユージオがアリス一筋という純愛ルートであるのに対して、フォンは全員の想いに応えたいという『強欲』を背負うという道を選んだわけです。
言ってしまえば、フォンとヒロインたちの関係を先に決めていたことから、ユージオとアリス、ティーゼの関係をどうするかも決めたわけで…メタ的なことを言ったら、ティーゼを振った遠因はフォンにあるということに…(本当、ティーゼファンの方々、すみません!?)

 さてと、晴れて(?)完全にヒロインとしての立場を確立したカーディナルですが…本章はそんな彼女に焦点を当てたお話となりましたが、書いてて辛いのなんの…アリリコの個別エピソードをも参照しながら書いていたのですが、彼女のお話を書くにあたって、シャーロットとの関係は切っても切り離せないのではと感じ、前話から少しずつ触れておいて、本話でしっかりと描くことになりました。
そのうち本話でも触れますが、カーディナルがALOのアバターを猫妖精族にしたのも実は使い魔を使役できるという部分が一番の理由だったりします(それについてのお話は、また個別エピソードで掘り下げる予定です)
 
 まぁ、このハーレム展開のオチもそうですが、流石のユウキさんも色々と我慢していた分が爆発したというオチでもあったわけで…二つの意味で『本話の結末は多分賛否を呼ぶ』と冒頭で触れていたわけで…
 フォンのヒロインたちって、多くが小悪魔的な部分を持っているように思えるのは作者だけでしょうか?(ユウキは純粋で、カーディナルが策略的な部分で)

 そんなわけで、次回はエピローグになります。まぁ、あれです…三人での甘いお話という奴で。次回ともう一話…オールメンバー集結のお話をして、本章『Cardinal Heart』も終わりを迎えることになるかと。
 200回記念に関するアンケートも次回までを締め切りとしますので、清き一票をお願いします!

 あと、本章終了後はアリシゼーション編のおふらいんシリーズを投稿していくことになります。総数6話という長編とかした本編に負けない長さでお届けしますので、お楽しみに!

それでは、また!

…200…?

  • 学園IFストーリー
  • 戦乙女戦隊SAOジャー
  • こぼれ話集(短編集)
  • AmongUs
  • 懲りずに、おふらいんしりーず!
  • アイドルIFストーリー
  • クイズ!音弥蓮!(誰得だよ!?)
  • パーティゲーム風ストーリー

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