警告する程に、マジで胸糞悪いお話ですので、ご注意ください。
それでは、どうぞ。
『生き物はどうして生きているのか?』
その少年はある意味で天才だった。
環境は普通…上場企業の子会社に努める父親と専業主婦の母親、三つ上の姉を家庭に持つ普通の少年だった。
だが、その思考と技量はある方面において天才としての才能を持っていた…生き物の対する造詣、生物学に秀でた知識を持っていた。関心が強かったとも言えるだろう。もしかすれば、ギフテッドと呼ばれるものと言えるかもしれない。
だが、それはあくまでも世の中において是とされる使い方をされた場合だ…例えるなら、医者や解剖医、生物学者に環境研究者といったものであれば、認められたのだろう。
そして、その逆…天から授けられたという才能は、使い方を一つ間違えれば、天災と化すのだ。
…物心ついた頃から虫や蛙、魚といった手の届く範囲の生き物を捕まえては観察し続けた。生態を観察するだけであれば、子供相応の行動だっただろう。どういった食事をするのか、どんな動きをしているのか、いつ寿命を迎えるか…観察日記に纏めればちょっとした夏休みの自由研究として提出できたものだろう。
…だが、それで少年の興味は底を尽きなかった。生き物たちがどう生きているのか…その仕組みにまで手を出し始めてしまった。虫の四肢を刺し止めし腸を割き、小魚は生きたまま三枚に卸し…手に血が飛び散ろうと、自身の興味の欲を満たすまで指の動きが止まることはなかった。
…そして、少年の欲は終わりを…いや、それは正確な表現ではない。少年は更なる深淵を覗き込んだ。虫でも爬虫類でも両生類でも魚類でも…満足できなくなった彼は、禁断の術に手を出した。
…まずは野良の犬や猫に手を出した。
…次に手を出したのは誕生日に強請り買ってもらったハムスター。
…そこからは歯止めの聞かない凶行が繰り返され続けた。
怯える生き物たちの恐怖を訴える目など眼中になく、その構造をただただ興味のままに分解していく…殺しが目的ではない、生き物の生態を知る事こそが少年の愉しみだった。そして、それは天災の目覚めさせてはならない喜びを呼び覚ませてしまう。
『生き物が絶望する様、生死の境目に見せる感情ほど美しく、そして、自分の心を熱くさせるものはない』
一般的にいえば、シリアルキラー、サイコパスと呼ばれる類の感情を彼に目覚めさせてしまったのだ。生きたまま解剖し、生き物の死にざまを見届ける…それが最上の喜びとなっていたのだ。そして、深淵を覗き込み、それに引っ張られるままに自身の凶行に喜びを覚えていった少年の欲は…次なるステージに…人へと移ろうとしていた。
…だが、ここにきて少年は行動をすぐには起こさなかった。
別に僅かに残った善意が働いたわけでも、周囲(家族)への気遣いが働いたわけでもない…人を自身の欲の贄にしようとするのはあまりにもリスクが大きすぎたのだ。これまで解剖してきた動物とはあまりにも話が違い過ぎた。
その欲を抑えるために人体に関する図鑑や医療にかかる本を読んでいたが…そんなもので少年の欲が抑えられるわけがなかった。だが、ゲームのような規制がかかるようなものでは意味がなく、日本における基準のCEROのZ指定でも、彼の衝動を満たすものではなかった。
その今に爆発してもおかしくない不満と欲をなんとか抑え、少年はひっそりと生き続けていた。
そんな時だった…彼が目にしたのが本格的VRMMOとして情報が解禁された『ソードアート・オンライン』だった。
リアルでは許されない殺人…プレイヤーキルが合法的に許されるVRMMO。現実世界と同じ環境であるもう一つの世界…自身の堪えてきた欲を我慢しなくていい世界。
…その情報は、少年を虜にした。
…だが、SAOは少年の勝手な期待を裏切る仕様だった。
モンスターを斬っても単純なダメージエフェクトが表示されるだけ。しかも、反応もどこか違和感を覚える仕様…これが最もリアルに近いVRMMO?あの天才と言われる茅場明彦が作ったものでこの程度?…これならば、現実世界で小動物を解剖していた方がまだ愉しかったと思えるほどにだ。
そうそうにこんなくだらない代物など止めてやる…そう思った矢先、告げられたのはログアウト不可能という絶望とデスゲームの告知だった。少年にとっては…二つの意味で絶望を与えられる通知だった。
ゲームがクリアされるまで現実世界に戻れない、こんな自身の欲を満たせない詰まらない世界に閉じ込めらなければならない、自身の喜びを奪われたに等しい環境…その日…SAOが始まった時、少年の何かが終わり、そして、完全に壊れた。
『…お前さん、いい目をしてるなぁ?』
『…黙れよ、動く肉人形』
『おいおいおい…同じ匂いを感じたから、声を掛けたんだぜぇ?お前さん…殺しをしたことがあるだろう?』
『…そういうあんたも……大分殺したことがあるみたいだな。殺しを生業にしている奴か。失せろよ…俺とお前は人種が違う』
『違うねぇ…いいや、違わないさ。俺様は人が争うのが好き、お前さんは人の心の様が絶望に染まるのが好き…そうじゃないかぁ?』
10層の攻略が終わった後の頃…暗い森の中、少年はそいつと偶然に出くわした。小銭を稼ぐために、そして、少しでも自身の欲を満たすためにモンスターを刈っていた時のことだ。
少年の拒絶を体現する態度に怯むことな、その男は笑みを浮かべながら言葉を返していく。
『お前さんみたいな奴が、俺様の愉しみを更に面白いものにしてくれそうだと思ってな。どうだ…俺様を利用してみないかぁ?』
『……そして、あんたも俺を利用するってか。一つだけ聞かせろ…俺に臨むものはなんだ?』
『望むものねぇ……強いてあげるなら、お前さんが望むことを思うがままにやってもらうこと、ってところかなぁ?おまえさんが何をしようがどうでもいい…お前さんが詰まらないことをしなければそれでいいさぁ』
『……………いいよ、面白そうだ。でも、気を付けなよ?あんたさえも俺にとってはただの動く肉塊…利用できないって分かったら、バラすだけだから』
『…クックク…アハハハハハハハハァァ!いいねぇ、最高だぁ!こいつは最高にcoolだぜぇ!』
少しだけ警戒を解いた少年の、しかし、いつでも解体するといった宣言に、男は高笑いするだけだった。
『お前さん、名前は?』
『…『アバウ』』
それが、後の『笑う棺桶』の策略家として暗躍し始める少年と、PoHとの出会いだった。
「…本当に…その作戦でいくのかい?」
「アルゴを助けるには…あいつを仕留めるにはそれしかありません」
話は今へと戻り…笑う棺桶によるアルゴ誘拐と、『仮面の狩人』へと一方的な要求が告げられたその夜。『羽休めの宿』にてマスターとシグは静かに密談をしていた。
確認するような問い掛けに、シグは一切の迷いを見せずに答えを返していた。
「分かっているだろう…これは明らかに罠だ」
「そんなことは百も承知です。そして、俺が望んでいた絶好の機会です…何と言われようと、俺はこの機会を逃す機会はありません。それに…あいつらの要求通りに行動しなければ、アルゴの命がありません」
「だが…!それでは、君が…!?」
「覚悟はとっくの前にしてました。それがようやく来ただけです……明日はお願いします。あんたに断る権利がないことはよくご存じでしょう」
「…!」
素の態度に負の感情が入り混じるシグの反応に、マスターは気おされ、有無を言えない状態となってしまう。一方的な取り付けに、話は終わりだとシグは喫茶店を出て行こうと…
「…約束したまえ。必ず帰ってくると…」
「…失礼します」
なんとか絞り出したマスターの問い掛けに、是非を答えることなく、シグは喫茶店を出て行ったのだった。
「…二人とも、まだいたのね」
時を同じくして…血盟騎士団本部の控室にいたプレイヤー二人へと声を掛ける人物がいた。どこか疲弊した姿で控室に入ってきたアスナの問い掛けに、窓際にて佇んでいたプレイヤーの一人…フォンが応えた。
「アスナ…会議はどんな感じだ」
「…混沌と化しているわ。笑う棺桶の要求を呑むべきだという意見と、あんな非人道的なことはできないという主張がぶつかりあって…互いに譲る気なしといったところね。アルゴさんが捕まってるというのは…本当なの?」
「…俺もクラインもその場にいて、意識を失っているアルゴが奴らの傍にいたのを見てる。まず間違いないと思う」
その場にいなかったアスナがアルゴが捕まったという事実が本当なのかと尋ねると、その場にいなかったフォンではなく、クラインに協力を依頼される形で同行していたもう一人の人物…キリトが間違いないと答える。
βテストの時から腐れ縁がある彼が、アルゴを見間違えるわけがなく…だが、その事実が間違いないと聞き、アスナの顔を青くさせた。
「アルゴさんほどの逃走術に長けた人を捕まえるなんて…PoHの仕業とみていいのから?」
「どうだろうな…笑う棺桶は殺人ギルドでありながら、指揮系統がないに等しいらしいからな。奴が関わっているのかどうかは分からないが…問題はそこじゃない。まずは、明日の行動方針だ。アスナ…血盟騎士団はあの要求に対して、どうするつもりなんだ」
「………一部の強硬派は止む無しといった感じで動こうとしてるわ。団長は相も変わらず放任してるし…私の一声で止めるのも難しいレベルになってる。それに付随する形でDDAも賛成の意見を出してる。
一方で、反対意見を出してるのはディアベルさんが代表代理として来てくれてるアインクラッド攻略団やクラインさんたちの風林火山を始めとしたギルド…でも、どっちかというと止む無しといった方が押してる感じね」
「…ディアベルやクラインたちはやっぱり反対側か。当然だよな、こんな非道なことを「できるわけがないだろう!?」…フォン、気持ちは分かるが、落ち着け。アスナがビックリしてるぞ」
未だに終わる気配がない話し合いの経過をフォンから尋ねられたアスナの表情は、その状況が芳しくないものを物語っていた。知り合いの面々が反対していることにどこか安堵したキリトだったが、相棒の怒りが漏れ出たことを諫める。
キリトの指摘に思わず声を荒げてしまったフォンがしまったという表情を浮かべるも、アスナもキリトもフォンを責めるつもりはなかった。彼の感情はある意味正しいものだからだ。
「『死神の使徒へと告げる…明日明朝より第一層の迷宮区から最前線の迷宮区まで駆け上がることを要求する。但し、攻略組は死神の使徒のHPをゼロにすることを条件に妨害することを要求する…使徒の死亡、あるいは最前線までの到達を確認でき次第、人質を解放する』…ふざけた要求をしてきやがって…!?」
「…しかも、厄介なのが笑う棺桶の妨害予想されるところよね。あいつらが自由に動ける圏外を指定してきているし…」
少しだけ怒りを滲ませるフォンが、本日笑う棺桶より要求…黒鉄宮前にてばらまかれたチラシの内容を簡単に要約し言葉にする。そこに、書かれてはいないが、確実に予想される笑う棺桶の介入をアスナは懸念していた。
「キリト君。フォン君も…明日はどうするつもりなの?」
「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」
アスナの問い掛けに二人はすぐに答えることができなかった。二人してまだ迷いがあったからだ。
「少なくとも…俺はあの仮面野郎を倒すつもりはない。それじゃ、笑う棺桶の思うツボだからな」
「だけど、俺たちはいかんせん奴らに顔を知られてる。その場にいないと、アルゴさんが危険に晒される。できることなら…その場にいて、その仮面の使徒っていう人を倒そうとするプレイヤーの妨害をするのがやっとってところだな」
「…こっちでも秘密裏にアルゴさんたちの居場所を突き止められないかって考えてるんだけど…そういう人材は少なくて。むしろ、そういうのって情報屋の方々に依存していたところがあったのよね」
「情報屋……そうだ、あの人はどうだろう。ほら、アルゴがボディガードとして紹介しようとしていたっていう…えっと…」
「シグさんのことか…確かにあの人は攻略組じゃないし、頼めるかも。ただ…俺、あの人の連絡先を知らないんだよな」
キリトの意見に同意する形でフォンは強硬派を妨害する形で参戦するつもりらしい…しかし、あくまで現状の好転を見込める策ではなく、三人の表情は芳しくなかった。
要求を守ったとしても、笑う棺桶がアルゴを無事に返す保証がどこにもない以上、重要なのはアルゴの早期奪還だった。しかし、ここにきてそういった方面を情報屋…外へと依存していたことが仇となり、アスナは打つ手がないと顔に手をやる。
そんな中、アルゴが紹介してくれようとしていた人物のことを思い出したキリトが案を出すも、連絡手段がないとフォンが眉を顰めていた。
「シグ…ああ、アルゴさんが助っ人して会議の時に連れてきたって言ってた人ね。フォン君は顔を知ってるのよね。特徴を教えて…血盟騎士団のメンバーを使って、その人を探し出すわ。できることは全部やりましょう」
「分かった…特徴は……」
頼みの綱はシグかもしれない…その話を聞いたアスナは人海戦術にて彼を探し出すことを決め、シグの情報を唯一アルゴより簡単にだが聞いていたフォンより情報を聞き始めた。
…そんな各自の思惑が重なる夜は過ぎていき、問題の翌朝を迎えるのだった。
「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」
第1層迷宮区前…普段は低層を活動拠点とするプレイヤーにて盛り上がるそこは、今や殺気が充満する異質な現場と化していた。だが、それは無理もない話だった。
もう間もなく現れるかもしれない『仮面の使徒』なるプレイヤーを仕留めようと、会議を強引に終了させ、攻略組の強硬派が集結していたからだ。そんな彼らに気づかれないように、妨害を検討していたフォンとキリトも、迷宮区の入り口にて隠蔽スキルを使って潜んでいた。
それと同時に笑う棺桶の監視者がどこかにいないかと目を光らせるも…それらしき人物が見つけられないでいて、フォンとキリトは焦りを感じる。
ここでその人物を見つけられれば、アルゴが捕らえられている場所も分かるかもしれないのだ。結局、夜中ずっとシグを探し回ってもらったが見つけることができず…アスナ自身がその役目を担うことになったのだ。
前線がメインである二人と違い、アスナは指揮という立場を活かしたアリバイ作りが可能だった。今の彼女は血盟騎士団の自身の私室に籠っていると噂を広め、目立たない恰好でアルゴ探索の為にあらゆるところを走り回っていた。
ひとまず、探索をアスナに任せ、いつ事が起こってもいいように、二人も、そして、攻略組強硬派も身構えている時だった。
「…!おい、なんだ、あれ!」
一人のプレイヤーが向こうから何かが迫ってくるのが見え声を張り上げた。その声に釣られ、フォンたちも視線を向けると…
「……っ!あれは…キリト、あいつだ!?」
「あいつが…仮面の狩人!本当に来た…!」
違う場面ではあるが、それぞれその姿を目にしたこともあり、フォンとキリトが仮面を被り、白に近いベージュ色のローブに身を包んだそのプレイヤー…仮面の狩人らしき人物が物凄いスピードで迷宮区へと走ってくるのを視認した。
まさか、本当に来るとはという驚きを二人が隠し切れないでいると…なんと狩人は一切減速する様子を見せずに向かってきていた!突然の登場に動揺していた強硬派の多くは動けずにいて…対応できたのはほんの一握りのプレイヤーだけだった。
それぞれの獲物を構え、迫る狩人の命を刈り取ろうと間合いを詰めようと…
「…!」
だが、狩人の方が一枚上手だった。
なんと、ダッシュの勢いを活かし、走り幅跳びの要領で跳躍し、迫っていたプレイヤーの頭上を通り越し、動揺し動けないプレイヤーたちの中へと飛び込んだのだ!次々と起こる出来事に全く動けないプレイヤーが逆に追手に対する壁となり、その間に掻い潜り抜けた狩人はまんまと迷宮区へと突入を果たした。
「「…!?」」
フォンとキリトの横をも駆け抜けた狩人は一目散に迷宮区を駆けていく。だが、そこは攻略組の中でもトップの二人…フォンは独自に培ってきた咄嗟の判断力で、キリトも持ち前の反射神経ですぐさま状況を察し、狩人を追いかけ始めた。
「なんだよ、あの動き…!初めて見たぞ!?」
「………………」
「…?どうした、フォン…」
「いや…なんか、前に見た時と違和感を覚えて…」
「えっ…」
「…いいや、俺の気のせいかもしれない。ともかく、まずはあの人を追い掛けよう」
あまりにアクロバティックな動きに興奮を抑えられないキリトだったが、反応が鈍いフォンの様子に気づき、どうしたのかと尋ねる。それに対し、自身が感じた違和感を述べるも…今はそれを気にしている様子ではないと判断し、その思考を振り払おうとした。
(あの時と何かが違うような気がする…なんだ、この違和感…)
フォンたちに大幅に遅れて、ようやくまともに機能し出した強硬派も動き出し始めた。ある者はフォンたちのように後を追い、別の者は転移石によって上層へと先回りをするなど…仮面の狩人を追いかける、または包囲しようとする構図が形成されてつつあった。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
そして、その一部始終を見ていたある者は、誰にも気づかれずにその場を後にしたのだった。
「…へぇ~…本当に来たんだぁ」
「はい、この目で確認しました。まず間違いないかと」
「そう…ご苦労さん。さて、あとは…あの死神さんを正義の攻略組さんたちが倒してくれるのを待つだけだね」
「「「「「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」」」」」
第1層で目にしたことをそのまま報告として受け取った男…上下唇に連なる矢のタトゥーと舌に二つ着けられた丸ピアスを笑みと共に見せるモスグリーンの髪に、三つの波を思わせるような刈込みを入れている主犯格であるその男は驚きつつも、予想の範囲内と言わんばかりの反応を見せていた。
その周囲には濁った川のようなポンチョを被ったプレイヤーが5人…報告した者も含め、6名と主犯格の男がその場にいた。そして、それらに取り囲まれるように地面に伏していたのが…
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「良かったね、ネズミさん。優しい優しい正義の味方の方々が一生懸命に、あなたのために動いてくれるみたいですよ?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
敵意をこれでもかと込めた視線にて男を睨みつけるアルゴの姿がそこにはあった。両腕を後ろ手に、両足までもを縛られているにも関わらず、一切怯む様子もなく…更には、嘲笑うかのように問い掛けてきた男の言葉に、全く反応することなく睨みつけていた。
少しでも反応すれば、この男の思う壺だと分かっているからこその反抗…それが今のアルゴにできる唯一の抵抗だった。その反応に男は、
…ガッ!
「ガハァ…!?」
「そういうの期待してないんで…もっと面白い反応をして下さいよ。期待とか感動とか希望を抱くとか…そういうのを抱いた人間が一転して絶望する様が見たいんで。知ってます、あの変化する様の良さ?まぁ、そういうのどうでもいいって奴もいるんですけど…」
「…ゴホッ……っ!……………」
「…ちぇ、こっちのことをよくご存じのようで。はぁ…まぁ、いいでしょう」
ノーモーションからの蹴り込み…いきなりのことに構えていなかったアルゴの腹部にそれが直撃し、軽く彼女を吹き飛ばす。
それでも…一切反応を変えることのない彼女に、男は溜息を吐いていた。そして、どこからかナイフを取り出し、それを投擲した!
「…っ!?…がぁ?!(ま、麻痺毒…!?)」
頬を掠めたナイフ…その直後に、自身の身体に違和感を覚えたアルゴは、その正体にすぐに気づいた。嫌でも視界に映っている自身のステータスにバッドステータスである黄色のマーク…麻痺毒のアイコンが表示されていたからだ。
「ジョニーさんのナイフの加減はいかがですか?この前、賭け事の商品としてもらいましてね。これで身体は自由に動かないでしょう……君たち、好きにしちゃっていいですよ」
「…!?」
あまりにも淡白な反応で男はその事実を告げ、事前に用意してあった箱へと腰を掛けながら、周囲にいたオレンジプレイヤーたちに合図を出した。その言葉に…アルゴは最悪の予想を覚え、それが当たりであることを男は告げた。
「全く…このクソゲーを開発した人も悪趣味ですよね。あんな機能をつけるぐらいなら、もっとリアルなゲームを作れって言うんですよ。まぁ、心を折る手段としては、有難いですけどね……さてと、これから行うであろう凌辱にどこまで耐えられますかね」
言葉にすることさえも忌避される悍ましい好意をこれから行わせるという事実の告知を…自分にはまるで関係ないと言わんばかりの態度で口にする男。そんな男から許可が出たこともあり、オレンジプレイヤーは目に欲情の色を映し、アルゴへと迫ろうとしていた。
予想だにしていなかった事態に流石のアルゴも動揺が隠せず…しかし、高レベルの麻痺毒により、耐性スキルまでを貫通したその効果にて上手く身体を動かすことができずにいた。
…アルゴとして、情報屋として被害にあった女性の話を聞いたことがあった。その凄惨さを…結果として、耐えることができずに自ら命を絶った者もいたほどにだ。
それが今、彼女へと迫ろうとしていた。
「…っ!?」
一人の大男がアルゴの眼前に立ちはだかり、そして、その剛腕でアルゴに手を出そうとしていた。迫る手に少しでも耐えようとアルゴは目を瞑り、覚悟を…
…ドォン!?!
「…?…(…なん、だ…いつまで経っても…何も起こらない…?)」
覚悟を決めて目を瞑って数秒…風が吹き抜けたと感じたものの、覚悟していた感覚がこずにいた。何が起こっているのか分からず、目を瞑り続けていた時だった。
「…なんで………お前がここにいる…?!」
リーダー各のあの男の…さっきまでの淡白な反応はどこにいったのかと思う程に困惑が込められた疑問の声がアルゴの耳に届いた。
どういうことだと、目を恐る恐る開けると…そこに映ってきたのは、
『…お前らが大人しく約束を守るわけがないだろう。どうだ…騙される側に回った気分だ?』
「っ…!(お、お前は…!?)」
先程感じた突風は十八番の居合術により遠距離から一気に近づいたことで発生したもの、鈍い衝撃音はアルゴに迫っていた大男は吹き飛ばした際に生じたもの、そして、アルゴに視界に映ったのは以前に一度だけ目にした黒い亡霊のようなローブの後ろ姿…そう…
仮面の狩人…居合術により抜き放った刀を片手に、アルゴを守るように立ちはだかった彼の姿が、そこにはあったのだ。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
一方、ほぼ同時刻。
第4層の迷宮区の最中を駆け抜けていた狩人…いや、もう一人の『仮面の狩人』とされる人物はそのスピードを一切落とすことなく、駆け抜けていた。そして、その背中を負う者たちがいた…フォンとキリトだった。
「…早いなぁ。ちょっとでも、スピードを落としたら、距離を離されそうだ」
「…ああ」
「…?どうした、フォン。やっぱり気になることがあるのか?」
「…あるというか、何というか…いや、あるんだろうけど…」
「…??なんだよ、歯切れが悪いぞ」
猛スピードで駆け抜けていく狩人を追い掛けるこの二人も、流石は攻略組というステータスなのだが…そんな中、顔を顰めるフォンの反応に、キリトは眉を顰めていた。相棒のそんな反応を見れば、致し方ない話なのだが…一方、フォンの方もなんと表現すればいいか分からず言葉に窮していた。
(なんだ、この違和感は……何かが、違う…?)
キリトと違い、一度だけ狩人と相対したことがあるフォン…だからか、あの時の狩人と、今、追い掛けている狩人に何か違和感を覚えていた。
そんな疑問の答えを…もう少しで答えが思いつきそうだと思った時だった…いきなり、狩人が足を止めたのだった。
「「…!?」」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
突然のことに、一瞬動きが鈍った二人だったが、このまま追いついてしまおうと再びスピードを上げようとしたのだが…
「もらったぜぇ!?」
「「…!」」
通路からいきなりプレイヤーが姿を現し、狩人を強襲した!突然のことに、息を呑むフォンとキリトだったが、狩人は冷静にそれを見切り、返す勢いで左肘を打ち込こもうとした!まさかの徒手空拳での反撃に、驚きながらも襲撃者はそれを躱した…と思った次の瞬間、狩人の右廻し蹴りがその腹部に突き刺さっていた!
「ガハァ…!」
「…そこにもう一人いるんだろう?さっさと姿を現わしたら、どうだい?」
「…やはり……バレた、か…」
蹴りで襲撃者を吹き飛ばした狩人は、体勢を崩したままの襲撃者を警戒しつつ、背後にいるであろう人物へと声を掛けた。狩人が立ち止まった時点で、隠れていることが看破されたと悟り、もう一人の襲撃者は隠蔽スキルを解除して、物陰から姿を現わした。
「これは、これは…毒使いのジョニー・ブラックに君まで釣れるとは…赤目のザザ君、だったかな?」
「この前の…借りを…返しに来た。お前の…首を…もらう」
「ガァ…こ、この野郎!この前は俺の腕を斬っただけじゃなく、今度は蹴りまで加えやがって!?」
未だに状況が呑み込めないフォンたちに対し、狩人はいたって冷静に襲撃者たちと言葉を交わしていた。
特徴的な話し方をする襲撃者…先日の奇襲の借りを返すと怨恨が籠った言葉を発するザザと、またしてもいいようにされ怒り心頭のジョニーが、何が何でも狩人の首を刈る気だったらしい。
「申し訳ないけど…そう簡単にこの命はやれないかな。まぁ、僕の目的のためにも、お付き合いもらおうか」
「はぁ…?訳わかんないこと言ってじゃねぇーよ!?てめぇの手の内は読めてんだよ、居合だろうがなんだろうが、種が分かっていれば、余裕なんだよ!」
「っ…(居合……っ!?そうか、違和感はそれか!)」
これ以上の言葉は不要だと、会話を打ち切り、再び戦闘態勢に入ろうと構えた、狩人とジョニーにザザ…そんな中の会話の言葉で、フォンは今まで感じていた違和感の招待をようやく掴むことができた。
「フォン、これってどういう…」
「話は後だ、行くぞ!」
「行くって、どうする気だ、フォン!?」
「狩人を援護する!お前はジョニーを、ザザは俺が闘う!」
「援護って…どういう…!あー、もう!?分かったよ!」
詳しい説明をしている暇もなく、戦い始めた三人を…いや、狩人を援護すると言って、両手剣を抜きながら駆け出したフォンに、いきなりの提案と行動に頭を抱えながら、キリトも戦闘に介入するべく駆け出した。
そんなフォンは駆け出しながら、ある結論が頭に思い浮かんでいた。
(この狩人は…あの時、出会った狩人じゃない…!あの狩人は刀を武器としていた。なのに、この人は徒手空拳での闘い方に慣れ過ぎてる!まるで、それがメインの闘い方みたいに…違和感を覚えたのはそれだったんだ…!)
両手剣でザザの細剣を弾き、フォンは確信した。
(狩人は一人じゃない…二人以上いたんだ…!)
「お、おい…!?どういうことだよ!なんで、こいつがここにいるんだぁ?!」
「知らねぇよ!確かに俺は見たんだ!?あいつが迷宮区に飛び込でいくのぉ!」
「まさか…途中で抜け出してきたのか!どうやって来やかったぁ?!」
「PoHの兄貴は!?ザザやジョニーもあっちにはいた筈だろう!?」
そして、アルゴの元に現れた狩人の方はというと、大混乱の最中だった。予期していなかった狩人の登場は、オレンジプレイヤーたちに動揺を走らせる結果となった。迷宮区に走り込んでいく様を見た者までも含み、理解が及ばず口々に困惑を言葉としていく中…
「…これは本当に驚きだなぁ。どうやって、ここを突き止めたぁ?いや、そもそも…どうやって、こっちの監視の目を潜り抜けたぁ?」
『答えてやる義理はないが…冥土の土産に教えてやる。簡単なことさ…俺の恰好をした影武者に役割をロールしてもらっただけさ。どうせ監視の一人や二人はつけていることだろうと思っていたからな…第1層で見張っていて、そこの屑のあとをつけてきただけさ。よっぱど気が抜けてたんだろうな…作戦が上手くいったのがよっぽど嬉しかったらしい』
「……あぁ。その仮面…なるほどねぇ。これは一本取られたわけだ。確かに…お前さんのその恰好。かなり特徴的である一方、その恰好をしていれば、誰もがそいつをお前さんだと認識しちまうわけだ…影に紛れてこっそりの活動に、襲われた奴のほとんどは牢獄送り、噂に過ぎない情報を逆手にとったわけか」
『おしゃべりはその辺にしてもらおうか…悪いが、お前らを逃がしてやるつもりはない』
言葉でそう言いながらも、狩人は少しばかり詳しく種明かしをしてみせた。
そう…それは彼が協力者に強要した作戦だった。
協力者に自身のふりをさせ、笑う棺桶の目を欺き、アルゴの居場所を突き止める…そして、彼の本来の目的を達成するための謀略だった。
男は納得し、珍しくやられたとばかりに乾いた笑みを浮かべていた。だが、その様は既に落ち着きを取り戻していた。一方の狩人も冷静なまま、刀をリーダー格の男に突き付けていた。
「これはこれは…怖いことを言うな。人質は返すから見逃してくれたりしないのかな?」
『…よくそんな馬鹿げたことが言えたものだな。お前のしてきたことを思い返してみろ』
「…うん?俺ほど自身の好奇心に純粋な男はいないと思うぞぉ?別に悪意をもって『…黙れぇ!?』…あぁ?」
こんな状況になってまでどこか他人事のように話す男に、怒りを滲ませる返しをする狩人だったが…その次に出てきた言葉に、一転して雰囲気ががらりと変わった。
殺意、怒り、憎悪、怨嗟…負の感情をこれでもかと全身から発する狩人のその姿は、これまで見せてきたものとは一線を画する…ある意味で異常な姿だった。
「…?おいおいおい…お前さん、怖い雰囲気を出すなよ?お前さんと俺は初対面だろう。別にお前さんに恨みを買われるようなことはしてないと思うが…」
『5カ月前…お前は一つのギルドを罠に嵌めたな?そのことすらも忘れたっていうのか?』
「……そんなこともあったかなぁ?どうでもいいことは記憶しない主義でさぁ」
『どうでもいい、だと…?』
「どうでもいいでしょ…たかが一つのギルドが潰れようと何人のプレイヤーが死のうが…無くなれば、それで終わり…記憶する価値なんてないだろう?」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
まるで呆れた様子で、さも当然のように答える男の反応に、狩人はもう言葉を発しなくなっていた。それが逆に、何かを堪えるかのように見えたのはアルゴだけだった。そして、大きくため息を吐いたかと思えば、
『そうか…よかったよ、本当によかった…これで心置きなく、
お前を殺せる…!』
「…っ!?」
その言葉は今まで聞いたことのない程に冷たく、暗く…そして、殺意が込められた言葉だった。直接向けられたわけではないアルゴが思わず息を呑んでしまう程のそれに、周囲を取り囲んでいたオレンジプレイヤ―たちもたじろぐ程だった。
「殺す、か…いいねぇ、面白いよ!なら、どうやって僕を殺すのか、やってみせてよ!ここにいる18人のプレイヤーに囲まれているこの状況で…!」
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
会話に応じていたのは、潜んでいたオレンジプレイヤーたちの包囲網を完成させるための時間稼ぎでもあったのだ。男は高みの見物と言わんばかりに恍惚な態度でそう告げる…対する狩人は視線だけを動かし、状況を把握した。
『一度だけ警告する…投降しろ。今の俺は…手加減できるかどうか分からないから、殺されないなんて淡い希望は抱くなよ』
さっきとは全くことなら無機質な言葉…一気に様変わりした声色だったが、その中身があまりにも常套文句で、そして、聞き入れるに値しないと判断したオレンジプレイヤーたちはそれぞれの獲物を構えた。
『…警告はしたぞ。投降する気がないのなら、さっさとかかってこい。お前らみたいな、有象無象に時間が勿体ない』
「「「…!?」」」
眼中にないとばかりの言動に、何人かのプレイヤーがキレた。そして、我先にと、アルゴの前に佇む狩人へと斬り掛かった…だが、
…ガキィン…!
「「「なぁ…!」」」「…!(今のは…?!)」
斬り掛かった筈のプレイヤーたちの武器が、一瞬の間に弾かれていた。狩人が抜刀していた刀により、何かをされたのは理解したが、正体までは把握することができずに、そのまま刀による峰打ちで、また同じ用量で意識を刈り取られていた。
だが、すぐ近くで見上げていたアルゴだけは、何が起こったのかが見えていた。
簡単なことだ…狩人は静動状態から目にも止まらぬスピードで連撃を放ったのだ。だが、そのスピードが、そして、振るうまでの予備動作が全くなかったことが異常だった。
3連撃を放った斬撃だが、それが重なって一撃に見えるのならまだしも、その剣筋が見えないというのが異常だった。そこに起点となる予備動作なしとくれば、異常と言っても過言ではなかった。
(なんだヨ、今の…アーちゃんの剣戟やシグの抜刀術とほとんど変わらないスピードを、あんな簡単に…なんなんダヨ、こい……えっ?)
あまりにも無駄のない動きに、早すぎる剣戟…その剣筋に見ていることしかできないアルゴは心中で驚いていた。その時だった…眼前に立つ狩人の姿が、一瞬誰かと被ったように見えた。
よく知っているその人の姿に見えたのが…全く違う雰囲気である筈なのに、何故ダブって見えたのかが分からないでいたが、事態は待ってはくれなかった。
『…どうした、もう怖気吐いたのか?来ないなら、こっちから行くぞ』
その言葉と共に、下ろしていた刀を振り上げたと思った矢先には、狩人の姿が消えた。だが、次の瞬間、
「ぎゃぁ?!」「「「…?!」」」
悲鳴が聞こえた方向を見ると、バック宙をしたかのように既に刀を振り切った狩人と、それによって首を打ち抜かれたプレイヤーの姿があった。移動スピードを目に捉えることができずに翻弄され、動揺が更に走るのを見逃す狩人ではなかった。
今度は目に捉えることができるスピードで、それでも、かなりの速さで迫ってくる狩人を迎撃しようと身構えるも…
「このぉ…き、きえ、がぁあ?!」
迫ってきた狩人の一撃を防ごうとした直後、眼前にいた狩人が消えたことに、一人のプレイヤーが驚きの声を上げようとして、また意識を刈り取られた。意識を刈り取られたプレイヤーは何が起こったのか分からなかった…横から見ていても、何が起こったのかは理解できた者はほとんど多くなかった。
アルゴでさえも、何をしたのか…見ていることしかできないにも関わらず、理解が追いついていなかった。しかし、
(…へぇ…面白い戦い方をするなぁ)
ただ一人…首謀者の男だけは何が起こったのか、理解していた。そして、同時に感心していた…まさか、そんなことをやってのけてみせているとは思ってもみていなかったという驚きもあったが。
その間に、もう12人…3分の1の人数が戦闘不能にされていた。峰打ちで意識を刈り取られた者もいれば、両腕を斬り飛ばされた後に蹴り飛ばれされた者もいるし、逆に両足を切断された直後に溝打ちを叩き込まれた者もいた。
そして、最後には…
「な、なんなんだよ、こいつ?!」
「く、来るなぁ!?」
一気に加速した直後、蛇行しながら振るわれた連撃に対応できるオレンジプレイヤーは誰一人おらず、全員が刀の峰打ちの前に沈むことになるのだった。
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
全くの無傷で全員を無力化してみせた狩人は、血を払うかのように刀を振り払っていた。そんな狩人の姿に、アルゴは驚いていることしかできず、そして、男は、
…パチパチパチ
『・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・』
この場ににつかわしくない拍手の音に、狩人は表情を変えずにその音源へと振り返った。拍手をしていたのは、首謀者の男だった。
「すごいすごい!まさか有言実行してしまうなんてね」
『…残るはお前だ。覚悟はいいか?』
「覚悟?なにをだい?殺されるのは勘弁願いたいなぁ…僕はまだまだしたいことがあるからさぁ。まぁ、面白いものを見せてくれたし、また玩具が見つかったからといいしようかなぁ」
男はどこか愉快そうに告げるのに対し、狩人はさっき見せていた負の感情を一切見せずに、刀の切っ先を男へと向けていた。
予想を超えた狩人の実力に、このままでは分が悪いと分からないほど、男も楽観視はしていなかった。作戦は失敗…狩人の実力を見誤っていたのと同時に、もっと面白い作戦を立てることができると確信めいた笑みを浮かべていた。
「…それじ、つぅ?!」
ひとまずは撤退しようと、会話の途中でオブジェクト化していた転移結晶を使おうとしたが、取り出そうとした手に痛みが走った。
『言っただろう…お前はここで殺すって』
「っ…(これは困ったなぁ…針を投げられたのか。暗器…千本ってやつかなぁ。刀だけじゃなく、暗器使いでもあったのか。面倒なのは、投げるモーションが分からなかった…投擲スキルは発動させずのマニュアル投擲で、この精密性…本当に面倒だなぁ)」
落とした直後に、転移結晶にまで暗器を投擲され破壊されたことに、表情には出さずに男は苦笑に近い感情を抱いていた。どうやら、目の前にいる狩人は自分を逃がしてくれるつもりはないのだと本当の意味で理解した。
「酷いなぁ、さっきの温情はどうしたのかなぁ?僕にはそういうのをくれないのかなぁ?投降勧告してよぉ?」
『…お前にやる温情なんてない。さっさとその命を屠ってやる』
(交渉すら通じないかぁ…なら、仕方ない。いくつか手札を切らないといけないかなぁ…まぁ、目撃者を全員消せば問題ないか)
愛用の曲刀を抜刀し、準備を整えるための時間を稼ぐべく、男は会話を継続させることにした。狩人がその気になれば、いつでも攻撃をしてくるのを避けるのに、今取れる手段はそれしかなかった。
「びっくりしたよ…その足運びと身体使い、そして、相手への死角へと自身の全身や刀の軌道を運ばせる動き…いくらこのゲームがVRMMOだとしても、そんな神業に近い芸当を、狙ってもできるものじゃないだろう?」
『…おしゃべりが過ぎるな。そんなに死ぬのが嫌か?』
「あはは、何を言ってるのかな?死ぬのは別にどうでもいいよ…僕が怖いのは、楽しみを続けることができなくなることだよぁ」
『楽しみ、だと…?』
「そうさ、楽しみだよ……普段の姿から人が絶望する、その瞬間をこの目にするのが……心の奥底を真っ赤に染め上げてくれるんだよぉ!!」
『「っ…!?」』
これまで静かな笑みを浮かべていた姿から一転…狂気の笑みを零し、大声を上げた男に、狩人とアルゴは思わず息を呑んだ。
「昔からそうさぁ!生と死の狭間、命の火が消えていくその瞬間と表情!希望の光が絶望の闇にそまる究極の局面…それこそが、僕の心が本当に満たされる時!僕が生きていると実感できる時なのさぁ!?」
『…(ギリィ…!)』
本性…まるで仮面を被っていたそれを破り捨て、見せた本性はまさしく狂気そのものだった。表情を動かさずに狩人が歯ぎしりをする程にだ…
「このゲームに来たときは、あの楽しみがなくなったと思って絶望していたけど…心を絶望させることがこんなに楽しいとは思ってもみなかったよぉ!これまで、絶望させてきた連中のあの表情はとっても良かったなぁ…!」
(…ドクン!?)
【…止めろ、●●】【俺たちのことは気にするな…!?】
「あぁ、でも、あれは傑作だったなぁ…仲間の死を選ばさせた時の遊びは」
(…ドクン!ドクン!)
【お前ら…覚悟はいいよな?】
【「…止めて……止めてください!?だったら、俺がぁ!?」】
「選択の結果はつまらないものだったけど、あの時の少年の表情は本当に傑作だったよぉ!今でも思い出したら、顔が笑みで歪むのが堪え切れないぐらいに…!」
(…ドクン!ドクン!ドクン!)
【…●●君…『 』】
それが喜びだと言わんばかりに笑い零す言葉を耳にする度に、狩人の頭に怒りが…あの時の光景が蘇ると共に支配していく。そして、最後の言葉が引き金となり、爆発した。
…ガキィン!?
「…おおっと。これはまた単純な攻撃だね。さっきまでの冷静さはどこに行ったのかな?」
『コロス……お前だけは、ここで必ず殺してやる!?』
怒りに従い、大ぶりな一撃を曲刀で受け止めた男の言葉を全く介さず、そして、殺意を一切隠そうとしない狩人がこれでもかと刀に力を込める。
「さぁ、楽しもうよ…!命の削り合い、生と死がぶつかり合う演舞を!」
『…コロス!!』
狂気の誘いと、その言葉に乗せられる形で応えた狩人の殺し合いは、愉しむ者と殺意に溢れた者のぶつかりによって火蓋が切られた。
これまでの高速剣戟の面影はなく、憎悪に任せた大ぶりな乱撃をこれでもかと繰り出す狩人に対し、冷静に見極めて斬撃を捌いていく男…いつの間にか立場が変わっていた。
狩る側だった狩人の攻撃は繰り出すほどに乱雑になっていき、逆に男の防御は容易くなっていった。
『コロス…ここで全部…終わらせてやるぅ!?』
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
全てを賭してでも男を殺そうとする狩人の姿に、アルゴも息を呑んで見守ることしかできなかった。
乱暴で無理な動きをし続ける狩人の息切れが乱れていき、そして、動きが更に大雑把なものになっていく。そして、
ガキィン…!
手数だけは勢いを増していたこともあり、数にまかせて乱撃による振り上げによって、男の曲刀が弾かれた。チャンスと言わんばかりに、狩人が刀を大きく振りかぶり、脳天に一撃を加えようと…
「…ざんね~ん…!」「っ…!?」
…ベチョリ!
一転して、笑みを浮かべた男が握っていた左手を開き、何かを狩人の顔に…仮面に向けて投げつけたのだ!突然のことに、流石の狩人も反応できずに、それをまともに受けてしまった。それにより、視界が塞がれた上に、一瞬刀を振り下ろすのが遅れてしまい、男を斬り損ねてしまった。
「っ…?!」
「どうだい、泥玉のお味は。視界を塞ぐのに、こんなに便利なものはないよ」
(泥玉…?)
仮面の上からまともに喰らったせいで、狩人の動きが止まった…身体を動かすことはできる。しかし、男の言葉通り、視界をほとんど塞がれてしまい、思うように動くことができないでいたのだ。
目隠しの正体が泥玉と聞き、アルゴはどうしてそんなものが疑問に思っていたが、そこから、自分が襲われた時のことを思い出した!
「いやさ…飲み物に麻痺毒を仕込むとか、そういうのがあるなら、錬金術みたいなスキルがあればと思って、色々試行錯誤してたんだけどさぁ…残念ながら、この世界に特別な毒を作るスキルやら術はないみたいでさぁ…
でも、そこで気づいたんだ…毒肉が作れるってことは、作るスキルで材料さえ整えれば、色々なものが作れるじゃないかって…そこからはあっという間だったよ。相手の自由を奪う香辛料満載の目つぶし玉に、水と泥に片栗子の配合を調整した擬似カラーボール…料理スキルや調合スキルがこんな形でできるとは驚きだよね…!」
(そうか…オイラを襲った時に使われたのも、それだったのか…!)
今まで疑問だったことが解け、アルゴは思わず歯ぎしりしていた。圏内にも関わらず、あんな危険なアイテムを喰らったのか…それが害を与えるアイテムではなく、ただの食材や備品として認識されるのであれば、プレイヤーに効果を及ぼすのは当然だった。実際に、飲み物を零したりしても、アンチクリミナルコードが働くことはないからだ。
「っ~…!?」
「勝利を確信して焦ったかな?そうだよね、そんなに僕を殺したかったようだから…油断するよねぇ!」
「(ドゴォ!)ガァ…!」
なんとか気配を辿ろうと狩人は集中するも、男の方が上手だった。こうやって、何度も他のプレイヤーたちも嵌めてきたのだ…経験すらもあり、わざと音を立てながら、狩人の注意を誘って隙を突き、ヤクザキックをそのボディにお見舞いした。
もろに喰らったせいか、持っていた刀を取りこぼし、狩人の身体が地面を滑る。真に立場が変わっていた…狩る者が刈られる側に、刈られる側が刈る側になっていた。
「さ~て~と…さっさと、けりをつけようか。いつまでもストーカーされるのも面倒くさいしね」
狩人の刀を拾い上げ、男はそんな言葉を言いながら、止めを刺すべく、地面に伏せる狩人へと近づいていた。
「っ~…!?(おい、逃げろ!?くそ、麻痺毒で声が…)」
狩人はまだダメージが残っているのか、地面からピクリとも動かずにいた。危険を知らせようとするも、まだ麻痺毒が解除されておらず、言葉を発することができないアルゴは身をよじらせるも、それ以上どうすることもできないでいた。
そして、狩人の傍にまで男は近づき、
「それじゃ、さようなら…正義のヒーロー君」
その言葉と共に、狩人の首目掛けて刀を振り下ろした…!
…スパン…!
「はっ…?」
『勝利を確信して焦ったか…その言葉、そのままそっくり返すぞ、このサイコ野郎』
軽い音が鳴り響き、間抜けな声が響くのに応えるかのように、静かな呟きがその場に響いた。何が起こったのか…アルゴは見ていたにも関わらず、理解が追いつけずにいた。
男が刀を振り下ろした直後、動かずにいた狩人が突然起き上がり、両腕を振るった…まるで攻撃を躱すために動いた、そういう風に見えたが、実際には違った。
狩人が両腕を振るった直後、男が持っていた刀が地に落ちていた…いや、正確には刀を握っていた両腕ごと落ちていたというべきだった。
何が起こったのか、アルゴどころか、両腕を失った男でさえ、すぐには理解できないでいた。だが、狩人の両腕を凝視し、何をされたのか遅れながら、ようやく理解した。
「…わ、ワイヤー…?」
『ちょっとした暗器の使い方だ。ワイヤーはワイヤーでも、鋼鉄ワイヤーを極限にまで擦った切断用だ。ただ振るうだけじゃ物を切断させることは難しいが、カウンターの容量で相手が振るってくるものに合わせて振れば…人間の腕なんて簡単に切断できる』
狩人の両腕の内側…防具の手甲に仕込んでいたワイヤーを両腕間で通し、突き出すようにして、男が刀を振るってきたのに合わせて、男の両腕を切断してみせたのが事の真相だった。
「そ、そんな…あの視界の悪い中、どうやって……その仮面…」
『残念だったな…この仮面は目元が自在にスライド開閉が可能な仕様にしてあったのさ』
「じゃ、じゃあ…さっきの怒り任せの攻撃も全部…!」
『お前の策を誘い出すために、ワザと怒り狂ったフリをしただけだ。お前のやることなんて、全てお見通しだ…』
仮面の目の部分が開いており、そこから灰色の目が男を捉えていた。怒りに染まった姿さえも演技だったと知り、男は嵌められたことにようやく思考が追いついた。
逆転したように見えたのは幻…いや、最初から全てが狩人の掌の上で転がされていたことだった。それほどまでに、狩人は男のことを警戒し、罠に嵌めたのだ。罠や策に嵌めた筈が、全てを覆されたことに、流石の男にも冷や汗が流れ始めていた。
『言った筈だ…お前はここでコロスって…必ずだ。お前みたいな奴が生きていていいわけがない』
【つまらないなぁ、こんな結末…】
『誰もお前を止められないっていうなら、俺が止めてやる…この手が血染めになろうとも、殺してでも、止めてやる…!』
【…サイコーだね、その表情…!】
『お前の存在はあってはならない…もう誰も…俺たちみたいな人を出させないためにも、ここで必ずコロス!!』
これまで何度も…何度も、何度も、何度も…!
ずっと悪夢として、最悪の記憶として、忘れることのできない過去として、忘れることのできないあの出来事のことが脳裏に蘇りながら、狩人は自身の刀を拾い上げ、男に詰め寄る。
それはまさしく怨霊といっても差し支えない姿だった。幽霊を思わせるよう灰色のローブと、だらりと下げる形で引き摺る刀の持ち方が、一層そう思わせる程にだった。怨恨をこれでもかとぶちまける姿は狩人ではなく…復讐者と呼ぶ方が適切だった。
(…ダメだ…止めろ…!)
何がダメなのか…理由は分からないでいたが、アルゴは心の中で叫んでいた。PKが起こることを危惧してか、それとも、何か別のことでか…このままだとマズいと思うも、まだ麻痺毒は解けずにいた。
『これで全て終わりだ…俺の復讐も、過去も…全部…!』
逆手に持った刀を…今度こそ止めを刺さんとばかりに、狩人は言葉と共に男の首元目掛けて突き刺そうと振りかぶり、そして…!
…グサッ…!
鈍い音と共に振りかぶった刀の切っ先が男の首を貫通した。血の代わりに、真っ赤なダメージエフェクトが発生し、急所を攻撃されたことで、満タンに近い状態だった男のHPが急速に減っていく。確実に致命傷となり、男の命はここまでかと思われた時だった。
「あはは!?」
ガリィ…!
「っ…!?」
首を貫かれ、HPが急激に減っているというのに、最後の抵抗とばかりに、男は狩人の仮面目掛けて、噛みついてきたのだ。至近距離で、刀を突き刺していたこともあり、狩人も回避することができなかった。
だが、男の狙いは最後の抵抗ではなかった。
それは純粋な思い…そして、単純な興味だった。
…自分を殺そうとした男の顔はどんなものか…ただそんな考えから、身体が直感的に動いた結果だった。だが、それが、最悪の結果を生み出した。
…カラン…
噛みつかれ、乱暴に仮面を外された狩人の素顔が晒された…その直後、狩人の姿が急激にブレ始めた。そして、
「…そうか、そうだったのか……あの時の少年が君だったんだねぇ…!そうか、君に殺されるのか…ハハッ…アハハハハハハハハハハハハハハハハ!!!」
ブレていた姿が収まり、狩人の真の顔を見た男は…ようやく狩人の正体を知り、そして、同時に納得した。どうして自分にあそこまで殺意を抱いていたのか…その真意を理解し、盛大な狂った笑い声を上げた。
…その笑い声を最期に男のHPはゼロになり、ポリゴンと化した。そして、壁になっていた男が消えたことで、アルゴの視界にも狩人の真の姿が映り…
「…シ、グ……?」
「…っ…!」
それと同時にかかっていた麻痺毒の効果も消え、声が出るようになっていたが…そんなことに気付く余裕も、アルゴにはなくなっていた。
グリーンカーソルだった男を攻撃したことで、オレンジカーソルに変わった下に記載された名前は、これまで何度も見てきた名前で、そして、その顔も仮面が外れたことで、露わになっていた。
どうしてとも、なぜとも…疑問が頭を占め、逆に何も言えず、彼の名を呼ぶことしかできずにいたアルゴに対し、彼もまた何も言葉を発することができずにいた。
…最悪の結末…目の前で人を殺し、あのオレンジプレイヤーたちを刈っていた人物の正体が、ボディガードとして依頼をしていた彼だったと知り、アルゴは愕然とするしかなかった。
だが、先に我に返ったのは、彼の方だった。すぐさま踵を返し、ストレージから転移結晶を取り出し、発動させた。
「まっ…シグゥゥ!?」
転移の光と共に、その姿を消した少年にアルゴの叫びは届かず…動けるようになったにも関わらず、身体を動かすことも忘れたアルゴが一人…意識を失った多数のオレンジプレイヤーたちと共に、その場に残された。
…そして、どこかへと消えたシグは消息を絶った。
第九話 「復讐と終わり」
あーあ、バレちゃった…
まぁ、読書の皆さんはその正体を知っていたようなものだったかと思いますが。シグの正体が分かったところで、次回はその過去の終わり、そして、今回の顛末へと通じる始まりのお話となります。
何がシグを復讐者に駆り立てたのか、シグとギルドメンバーたちに何があったのか、そして、本話にも何度も出てきた回想と男との因縁とは…その全てが次回にて明かされます。
先に言っておきます、次回の方がどちゃくそ重たく、そして、悲劇の物語です。多分、本作の中で一番重たいと言っても過言ではないかと思います。
ご期待…というよりも、覚悟して頂ければと思います。
それでは。
キャラエピソード第2弾 どのキャラのお話が見たいでしょうか?
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某トレジャーハンターF
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シノン
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リズベット
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クライン
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エギル