前話でも告げてましたが、過去一胸糞悪い話です。書いてて作者がそう思うぐらいですので、冗談抜きでご注意ください。
これにて、外伝の過去回想はラストになります。
それでは、どうぞ…
『…それは突然やってきた。何も変わらない日々、変わらない仕事…その筈だったんだ』
…いつになっても、あの時のことを忘れたことはなかった。何度も…何度も、何度も、何度も…夢で見ることが常になり、そして、それと同じ回数、あの時に戻れたらと…叶うことのない願いを抱き続けた。
…悪夢とも、過去とも、後悔とも…どれとでも言えるあの時のことを…俺は…僕は忘れることはできない、過去にすることもできない、そして…呪いとして背負うことを決めたんだ。
「…はぁ…はぁ…!」
「…!どうした、シグ君?!」
息を切らしながら、『羽休めの宿』の戸を叩き開いたのは見慣れたギルドメンバーの一人である少年だったが、その姿は異常だった。戸を開くのと同時に崩れ落ちた彼の姿に、店番をしていたアジアは緊急事態だと悟り、慌てて駆け寄った。
「はぁ…はぁ…!?あ、アジアさん!ぼ、ぼく…みんなが…僕を!?」
「落ち着きなさい…ゆっくり息を吸って。何があったんだ…!」
いつになく落ち着きを失くし、言うことが支離滅裂な少年の姿に、アジアはまず落ち着くように促した。緊急事態ということは見てとれたが、今は落ち着かせる方が優先だと判断してのことだった。
なかなか呼吸を整えることができずにいた少年だったが、アジアの言葉に従い、少しずつ落ち着きを取り戻していった。そして、何が起こったのかをアジアに告げると…
「……分かった。急いで向かおう…!」
告げられた事実はアジアを僅かばかりに絶句させたが、今は硬直している場合ではないと判断して、すぐに準備をして少年と共に店を飛び出した!
少年が…いや、少年と仲間が出くわしたのは明確な悪意によって仕組まれた罠だった。
『すみません、ミスフィッターズの皆さんですか?』
少し前…護衛依頼の帰り道、圏内にてギルドメンバー全員に歩いている中、一人のプレイヤーが声を掛けてきた。
いきなりのことに少し驚いた面々だったが、依頼を直接口頭でされることもあって、珍しいことはなかったのもあり、直ぐに受け入れた。
『そうだぜ。もしかして、何か依頼かな』
『そうです、みなさんに護衛をお願いしたいんです。実は、怪しいプレイヤーたちが密会している場所を見つけまして…できることなら、もう一度確認してから血盟騎士団ギルドに報告したいと思っているんですが、その確認に一緒についてきてもらえませんか』
怪しいプレイヤーたち…そう聞き、彼らの頭に真っ先に浮かんだのは、オレンジプレイヤー…その筆頭である『笑う棺桶』だった。
ミスフィッターズの面々のレベルは攻略組に劣らない、対人戦の経験も豊富だ。だが、戦力差…数ではどうしても劣ってしまっている。『笑う棺桶』と正面衝突すれば、物量差に押されるのは目に見えていた。
だが、今回の依頼はあくまで再偵察のための護衛任務。そういうことであれば、十分に可能ではないか…リーダー代理のリョナスのアイコンタクトに、全員が迷うことなく頷き同意したことで、
『分かった。それ依頼、受けるよ』
ミスフィッターズはその護衛依頼を受け、そして…罠に嵌められた。
『みなさん、この先です。ここからは慎重に、かつ静かにお願いします』
数日後、店番兼依頼の受付をするため残ったアジアを除き、リョナス、ガデス、サマス、ロッド、少年の5人は依頼人の案内に従い、51層のフィールドを歩いていた。
霧が漂う、昼間に関わらず日の光が届かないほどに木々が生い茂ったエリアは身を隠すには十分すぎる程だった。だからこそ、先を進む面々の警戒もこれでもかと厳重になっていた。
索敵に優れる少年が一変たりとも異変を逃さまいと視界を彷徨わせ、これでもかと気配を辿ろうと周囲を警戒していた。それをフォローしようと、次に索敵に優れるロッドが死角をカバーしていた。
『…変だな』
『どうした、シグ君?』
『なんか、変な感じというか…モンスターと遭遇してな過ぎませんか』
『…そういえば、そうだな』
少年からすれば、ふと零した言葉だったが、前から二番目にいたリョナスの耳に届き、詳細を尋ねられたことで、感じたことを素直に答えた。少年の言葉に、リョナスの隣にいたサマスが同意した。
モンスターとの遭遇は人数が多ければ多い程に上がる。攻略組のボス攻略において、フルメンバーにて挑む関係上、無駄な消耗を避けるために回廊結晶(転移結晶の派生アイテムで、登録した箇所に瞬時に移動できる転移門を短時間形成できる。便利な分、転移結晶の十数倍金額が高い)を使うのはこのためだったりする。
『もともとこのエリアのポップ率が低いとか…ってわけじゃないよな』
『アジアさんと協力して、攻略組が攻略していた当時のこのエリアの情報を下調べで確認しましたけど、そんな情報はありませんでした。むしろ、奇襲されることが多くて、蝙蝠系のモンスターがメインで……』
『シグ君、どうした?』
話が気になったのか、依頼人の後ろをカバーしていた、先頭のガデムが会話に参加し素直な見解を述べるが、それはないと少年は言い掛けたところで、その目が一気に細くなった。少年の変化にリョナスがどうしたのかと思った矢先だった。
『…警戒!!』
『『『『…1!!』』』』
少年の発した一言で、ミスフィッターズの意識が一気に切り替わる。共有していた合図…敵襲を告げるキーワードに、何が近くにいると知ったのだ。
そして、少年が気付いた気配は間違いではなかった。
気配を隠していたのか、次から次へとプレイヤーが木々の合間から姿を見せ始めたのだ。しかも、そのプレイヤーたち全てが薄汚れた灰色のローブを身に纏い、カーソルがオレンジだった。
『…ちぃ。潜んでやがったのか。かなりの数だな』
『撃退は現実的ではないな。ガデム』
『分かってらぁ!依頼人のガードは任せろ!』
『シグ君は俺とサマスと共に遊撃!ロッドは転移結晶の準備を!でき次第、依頼人と一緒に飛べ!転移確認後、ここを突破する!一点突破だ、油断するなよ』
大鎌を構えながら周囲を警戒するリョナスと背中合わせに槍を構えたサマスが現状を分析する。そんな二人の代わりに、依頼人を守るように盾を身構えたガデム。彼らの動きは奇襲に対して、見事なまでに連携が取れていた。
リョナスの指示に各自が最善の動きを取ろうとしたその時だった。
『おぉっと…それは困りますね』
『『『『『…!?』』』』』
そんな声がすぐ近くから聞こえたと思い…意味深なその言葉を理解する前に、振り返ろうとした一同。一番素早く反応できた少年の目に映ったのは…何かが自身に投擲されようとしていた光景だった。
…ベチャ!ベチャ!
複数の粘着質な音が聞こえ、咄嗟に躱そうと身体を無理矢理捻った少年を除き、一同の足や体にそれが付着した!なんとか直撃を躱した少年も、全てを躱し切れず、刀を持っていた手にそれを受けてしまった。
『な、なんだ…!ぐぅ…足が動かない?!』
『粘着弾…!?馬鹿な、SAOにそんなアイテムがあるわけ…』
『く、くそぉ…即効性かよぉ!』
『みなさん!…お前ぇ!?何をしたぁ!?』
他の面々は身体の至るところにそれを…粘着弾らしきものをくらい、身体の自由を奪われてしまい、その場に佇むことしかできないでいた。
リョナス、サマス、ガデムが悪態を吐く中、唯一身動きが取れる少年が粘着弾を放ったその人物…味方だと思っていたその人物へと殺気と共に怒号を放った。そして、少年は…仮面で隠していたかのような本性を露わにするのと同時に、歪んだ笑みを浮かべた。
『なにを…?簡単なことだよ、面白いゲームだよ。人の役に立ちたいっていう偽善という、ただただ気持ち悪い善意集団を殺す、殺人ゲームのねぇ』
『っ…!?そうか、お前も…!』
『せ~いかい!僕は『笑う棺桶』のアバウ!そして、みなさんを最高の遊び道具としてセレクトした張本人だよぉ!どうだい、僕が調合した粘着玉仮…小麦粉を基に色々試行錯誤したんだけど、ようやく効果のあるものができたから君たちで人体実験をさせてもらったわけだけど、どうやらちゃんと高レベルプレイヤーにも通用するようで、よかったよぉ!』
依頼人の言動に、自分たちが罠に嵌められ、そして、依頼人の正体を感づいた少年が更に殺気を飛ばすも、それを一向に介することなく、依頼人…いや、『笑う棺桶』の策略家アバウは狂った笑みと共に、自分の手柄を自慢するように語っていた。
(どうする…?万全の状態ならまだなんとかできる…でも、みんなを守りながら、こいつらを倒すのは…殺すことを躊躇わないのならなんとか。けど、刀を使う右手も粘着のせいで自由が利かない…どうする…!?)
アバウが勝手な一人語りをしている間に、少年は打開策を考えるべく思考を重ねていたが…現状をどうにかできる手段など限られていた。焦りが表情に出て、冷や汗が流れようとしていた。
今にも襲い掛かってきそうな周囲のオレンジプレイヤーたちを警戒する少年だったが…あまりにも状況が悪すぎた。だが、それを察していたのは少年だけではなかった。リーダー代理であるリョナスは現状を冷静に見極め、そして、一つの決断を下した。
『ロッド、エスケープだぁ!?』
『…!了解です!』
『えっ…?』『…?なんだ…』
リョナスの叫びに、なんとか動かせる左手を自身のポーチへと伸ばすロッド。聞き慣れない合図に困惑する少年と、そして、いきなりのことに眉を顰めるアバウ。そして、ロッドがポーチから何かを取り出すの同時に、リョナスが次の合図を出した。
『サマス、頼む!』
『承知!ぬぅぅ!?』『コリドー、オープン!』
『えっ…うわぁぁ!?』
エスケープ…それは、少年を除くミスフィッターズの5人にて取り決めていた緊急時の合図の一つだった。命の危機に迫った際、少年だけを逃がす…それがエスケープの内容だった。
ロッドが回廊結晶を発動させるのと同時に、少年の最も近くにいたサマスが少年の襟首を掴み、回廊結晶にて生成された転移門へと放り投げたのはほぼ同時だった。
『にげろ、シグ君!?』
『リョナスさん、みん…』
なんとか空いていた左手を伸ばすも、伸ばした手は空を切るばかりで何も掴めず…言葉を言い終わる前に少年の姿は転移門の奥へと消えた。
『へぇ…仲間を逃がすために自己犠牲を果たすなんて。みなさん、とっても立派な偽善ですねぇ。思わず泣きそうになっちゃいましたよぉ……そうだぁ、もっと面白いことを思いつきましたぁ!』
ロッドがすぐさま回廊の転移門を閉じたことで、アバウたちは少年の行く先を追うことができなかった。
苦肉の策によって、ものの見事に出し抜かれたことを感心しつつ、アバウはリョナスたちを嘲笑っていた。そして、その悪魔的な思想は更に彼らを地獄へと突き落とす凶行を思いついたのだった。
「こ、この辺の筈です!」
「警戒したまえ。奴らがまだいる可能性も十分に…止まれ、シグ君!?」
そして、冒頭の展開通り…回廊結晶によって47層へと強制的に転移させられた少年は、アジアに事の一部始終を話し、二人は再び51層へと駆け付けた。
襲撃された場所付近にまで少年の誘導で来たが、焦る少年を制止するように叫んだアジア。その声に反応するように姿を見せたのは、
「やっぱり戻って来たねぇ。予想通りだったよ」
「っ…お前は…!?」
颯爽と姿を現わした人物…自分たちを嵌めた首謀者のアバウを目にし、鞘に納めていた刀に手を掛けると同時に殺気をこれでもかと飛ばす少年。だが、先程と同じように全く意に介さないアバウは人を小馬鹿にしたような笑みを浮かべながら、あることを口にした。
「まぁまぁ、落ち着きなよぉ。お仲間を助けたくないの?」
「「っ…!?」」
「そうそう、その反応!やっぱり仲間思いなあなたたちなら、そんな反応をすると思ってましたよぉ。ほら、これ!」
仲間を助けたくないか…その言葉に二人は反応を示し、それを面白がるようにアバウは笑みを浮かべて、自身のステータス画面を可視化して、スクリーンショットを見せた。
「っ…!」「………」
息を呑む少年と、言葉にはしなかったが怒気を発するアジアが目にしたのは…後ろ手に縛られ、地面に頭を下げる仲間4人の姿だった。
「まだ彼らを生かしてるんだ。君たちが僕らの言う通りに動いてくれるのなら、彼らを解放するよ。さぁ、どうする?」
「「……………」
何をさせられるか分からなかったが、仲間を見捨てるという選択肢は二人にはあり得なかった。無言だが、真っ直ぐアバウを見るその姿に、無言の肯定と汲み取り、アバウは狂気的な笑みを浮かべた。
「それじゃ、ついてきてもらおうか」
その言葉と共に、アバウは回廊結晶を発動させた。転移門の奥に消えたアバウを追う形で、二人も転移門をくぐった。
「っ…ここは…」「…!」
「ようこそ、死の闘技場へ!」
転移門をくぐった先…二人の視界に飛び込んできたのは、寂れた闘技場だった。少年とアジアに過ったのは、32層にあったフィールドダンジョン…地下に小規模なダンジョンがあり、その地上には半ば崩壊したコロッセオのような闘技場があったことを思い出していた。
二人の反応を余所に、大げさな態度で出迎えの言葉を告げるアバウ。そして、不意に指差した方向を、少年が釣られて目を向けると…
「…っ?!リョナスさん、みんなぁ!?」
「…!?シグ君、逃げろぉ!?これはわな、がぁ?!」
「余計なことをしゃべんなよ。これから、愉しい愉しいショーの始まりなんだからよぉ」
武器と防具を全て奪われ、後ろ手に縛られ、その場に座らされていたリョナスたちの姿が闘技場の上段に見えた。
リョナスも少年たちの存在に気付き、すぐさま警告しようとしたが、見張りの男に殴り倒されてしまう。リョナスを見下した見張りの男…黒ポンチョの恰好からして、笑う棺桶のメンバーだと悟り、すぐさま少年が駆け寄ろうとするも、
「はーい、そこまでぇ!もしも、お仲間のところに行こうとしたら、僕の仲間が彼らを殺すよ?」
「「っ?!」」
駆けようとしたところで、右手で進路を制するように妨害したアバウの言葉に、少年の足が止まり、アジアにも動揺が走る。
「いやいや、最近目障りだったみなさんをどうやって始末しようかと思っていたのですが…ここまでお人好しの集団だと思ってもみませんでしたよ。ちょっと困ったフリをして依頼をすれば、簡単に引っ掛かってくれたので、助かりましたよ」
「…お前ぇ…!?」
「おー、いい反応だねぇ!そういう裏切られたことに対する怒りの表情を見るのも、また僕の楽しみなんだよ。でも…」
最初から自分たちが標的だったと知り、怒りの矛先を殺気と共に向ける少年…だが、それすらも逆に面白いばかりに狂笑を浮かべるアバウ。そして、左手で指を鳴らすと、
「そんなことをしたら、本当にお仲間が危ないですよ?」
リョナスたちを取り囲んでいたプレイヤーたちがそれぞれの獲物を抜刀し、そして、その内の4人がリョナスたちの首元に武器を当てたのだ。
言葉通り、少年たちが余計なことをすれば、すぐさまリョナスたちを殺すとばかりの脅しに、少年とアジアも下手に動けなくなってしまう。リョナスたちのHPはレッドを切り、僅かしか残っていない。武器が触れさえすれば、HPがゼロになってしまう程だった。
「…何が望みだい?」
「おぉー、話が早い人がいて助かりますー。僕があなたたちに望むのは簡単なことで…あなたたち、どちからの命です」
「「…!」」
軽薄な態度とは裏腹に、告げた要求の内容はあまりにも温度感が異なるものだった。それをさも当然のように、面白そうに告げたアバウの態度に、少年どころかアジアまで思わず呆然としてしまった程だ。
「あなたたちで殺し合ってください。どちらかのHPがゼロになったら、お仲間を解放します。どうです、全然難しくないでしょう?」
「…っ!ふ、ふざけるなぁ?!誰がそんなこと「いいんですか?殺し合うのが嫌だって言うのなら、お仲間の命が代わりに消えることになりますよ?」…っ?!」
アバウの要求に、我に返った少年が叫ぶも、リョナスたちの命を天秤に乗せられ、黙らされてしまう。リョナスたちも何かを言おうとするも、斧や曲刀を突き付けられ、口を開くことができずにいた。
その時だった…少年の背筋を冷たいものが走った。それが、殺気だと理解したのは、後ろから何かを装着する音が聞こえたからだ。
「…シグ君、構えなさい」
「…あ、アジア…さん…?な、にを…」
「疾!!」
「っ…?!」
自身の獲物である手甲…『東方 黒錦』を戦闘状態へとアクティブし、拳を構えたアジア…その目は鋭く、そして、殺気を秘めたものに変わっていた。いつも訓練の際に対峙するものとは異なる…アジアの本気の姿に、少年は理解できずに…いや、理解できていても、現実を認めたくなく、思わず疑問の言葉を口にする。
だが、少年の問い掛けなど無視し、アジアの姿が消える!
咄嗟に殺気を頼りに刀の鞘を盾にするも、打撃音がした時には少年は腕に衝撃を感じ、後方に飛ばされた。
「アジアさん、止めてください!?俺は…!」
「すまない、シグ君。リョナス君たちのためだ…私は君を殺す」
「っ…ほん、き…なんですか?」
「敵を前にして、疑問を口にするなど…そんな甘い教えをした覚えはないぞ、シグ君」
「っ…くそぉ!?」
さっきの一撃が、確実に自分を屠るものだった…その事実が未だに受け入れられない少年は刀を抜けずにいた。だが、そんなことにも関わらず、アジアは拳を放つべく、少年に一気に迫る!
このままではやられるとようやく頭が働いた少年も刀を抜くも…それでも、攻撃をすることはできなかった。
「くぅ!?止めて…止めてください、アジアさん!俺はあなたを斬りたくない!?」
「ならば、リョナス君たちを見捨てるのか?それとも、君の命を代償にするのか?だったら、抵抗せずに私に屠られるがいい」
「……それは…」
足さばきと刀によって、アジアの打撃を逸らすも、アジアは一切の遠慮なしに少年に拳を振るってくる。隙のない、油断すれば数発をコンボの如く叩き込まれる一撃を躱していくも、アジアの方も少年の得意な先方を封じるために、間合いを詰めたまま迫る。
そして、一切反撃しない少年に対し、アジアが放った正拳突きを放ち、それを刀で受け止めたことで、二人の距離がゼロ距離になった時、アジアは少年にだけ聞こえる声で呟いた。
「迷うな…君を殺す気である私を殺めたところで、君が罪悪感を抱く必要はない」
「っ!?…まさか、アジアさん…?!」
「…こういうのは老兵の役目だ。嫌われるのも、嫌な役を引き受けるのも…後世のために命を張るのもね」
「っ…だ「口にするな。やつらに気付かれる」…!?」
アジアの真の思惑を察した少年が思わず待ったを掛けようとするも、アジアの警告に遮られてしまう。
「奴らの要求通りに従ったところで、リョナス君たちをすんなり解放するわけがない。私が死んだ後、リョナス君たちの命を材料に、君を殺しにくるだろう。だから、私を斬った後に、抜刀術でリョナス君たちの周りを片付けろ。君の足と技量なら可能性がある」
「でも…それじゃ、アジアさんが…!?」
「…私の命よりも、リョナス君たち4人の命の方が重いさ。私が軌道を誘導する。あとは頼むよ、シグ君」
「っ…やっぱり俺は…なぁ、がぁ?!」
手短に作戦を伝えるも、少年は納得できず、アジアを説得しようとするも…話は終わりだと言わんばかりに、刀をずらされ、油断していた少年の鳩尾に右膝蹴りがねじ込まれた。そのまま宙に浮いた少年の身体に、アジアは本気の追撃を叩き込む!
「…どうした!お前が仲間を救いたいと思っている気持ちはその程度かぁ!?この老兵一人に好き勝手にやられて…もっと足に力を入れ、気合で踏ん張らんかぁ!?」
「っ…ア、ジア…さん…!」
「ふん!」
未だに決断できずに、それが動きにも出てしまっている少年はすぐに立ち上がれずによろける。そんな少年に…思考を笑う棺桶のメンバーに読まれるわけにはいかないと、アジアは本気の追撃をかける。
アジアが自分の話をもう一切聞いてくれないと悟り、咄嗟に地面を転がり、拳を躱す少年。だが、それでも…迷いはまったく晴れずにいた。
アジアも死なせたくない、リョナスたちも助けたい…だが、それが頭で分かっていても、自分の命を差しだせる勇気が…死の恐怖が彼の動きと心を縛り上げていた。
「いいねぇ…最高だよぉ!仲間のために、仲間を殺す、矛盾を孕んだ殺し合い!もっとだ…もっと、苦悶の表情を僕に見せてよぉ!!」
防戦一方の少年に、アジアも演技のためとはいえ、本気の拳を振るっていく…仕組まれた悲劇の一部始終を、闘技場の客席から眺めるアバウが、心が躍るのに従い喜びの言葉を紡ぐ。それに釣られ、周囲にいる笑う棺桶のメンバーも狂った笑みを浮かべる。
そして、そんな悲劇を見ているのはアバウや笑う棺桶のメンバーだけでなく、自分たちのために殺し合いをしているのに、ただ見ていることしかできずにいるミスフィッターズの面々も同じだった。
「…止めろ、シグ」
「俺たちのことは気にするな…!?」
二人の死闘に、監視の目が緩んだことで、声を出すことが許されたのもあり、ガデムとサマスが叫び、ロッドは二人の無事を祈ることしかできずにいた。いつもは冷静なサマスが大声を荒げる程に、二人の死闘は過熱していた。
このままでは、本当に二人のどちらかが自分たちのために死ぬ…それを理解しつつも、囚われた自分たちにできることはないと…二人を制止するための言葉を叫ぶことしかできずにいた。
そんな中、これまで静かに事の一部始終を見ていたリョナスが…ようやくその重たい口を開いた。
「…おい、お前ら。耳を貸せ」
「「「…!」」」
アジアの猛攻を、少年が全て防いでいく…そのあまりにも凄すぎる攻防に、全員の目が集まっていた隙を突き、リョナスはメンバーにだけ聞こえる声で、自身の考えを告げる。それを聞いた3人は目を丸くし、驚くも…数秒ののちに、それしかないと覚悟を決めた。
3人とも反対はなく、それでも、非情な選択をさせてしまうことにリョナスは…悲痛な思いを顔に出さずに、静かに頷いた。
(どうする…?!どうすればいい!?どうしたら、みんなを助けられる!?)
乱雑に放たれるアジアの拳を、なんとか紙一重で全て躱していく少年…だが、その思考は未だに迷いの中にあった。
誰の命も犠牲にできない…したくない。その思いとは裏腹に、決断を迫られる現実に、少年は吐き気を覚え、自身の頭が上手く回っていないような感覚を味わっていた。狂いそうになるというのは、このことを言うのだろう。
アジアが何度も自分を、作戦のための軌道に誘ってくるのを全て無視し、何度も攻防を繰り返しているが…このまま攻防を続けるわけにもいかないことはよく分かっていた。
だが…それでも、少年の中で誰かの命を諦めるなんて選択肢を…選ぶ踏ん切りをつけることができずにいた。
「っ!?(しまった…?!)」
遂にその時が訪れてしまった。思考が纏まらず、迷いを抱いたままの状態に、殺し合いの中で激しく摩耗した体力のせいで、反応が一瞬遅れた…それにより、アジアの拳を刀で受け止めるしか防ぐ手段がなく、少年の身体が大きく後ろへと吹っ飛ばされた。
直撃はしなかったが、大きく間合いができてしまい…アジアが大きく構えた。そう…それは、アジアが少年に告げた、作戦の為の軌道…アジアの後ろの延長線上にはリョナスたちがいた。
アジアが大げさに構えたのは…少年に居合術を使えと暗に告げるためのものだった。
…ドクン!
(駄目だ…駄目です、アジアさん…俺には……僕には、できません…!?)
呼吸の音がやけに耳に響き、鼓動が早くなっているような気がした…見なくとも分かる程に手が震え…頭で分かっているのに、身体が反対のことをしてしまう。
振るえる手で刀を鞘に納め…少年は迷いを晴らせないまま、抜刀術の構えを取った。
(…駄目だ…駄目だ駄目だ駄目だ!?)
【これしかない…みんなを助けるには、アジアさんを殺すしか…】
二つの思考が声のように重なって聞こえ、少年の手を心と共に震わせる。この状態では抜刀術を放つことなどできるわけがなかった…自分はどうすれば、どちらを選べばいいのか…誰にも答えを尋ねられない究極の選択に、迷いを断ち切れない少年が顔を上げた時だった。
「お前ら…覚悟はいいよな!?」
「…えっ…」
「アジアさん、後は頼みます…!」
視線を上げた時、リョナスの叫びがその場に響き渡った。その内容が何か…少年も、アジアも、アバウも…その場にいた全員が理解できずにいた。
そして、リョナスと…他の三人と目が合った少年は…彼らの表情を目にした。それは…どこか申し訳なく、しかし、覚悟を決めた目をしていて…
「っ…?!止めて……止めてください!?だったら、俺がぁ!?」
最悪な予想が頭を過り、次の瞬間、少年は叫んでいた。
だが、それが悲劇の最後のトリガーを引いた。
少年の叫びに、その場にいた面々が完全に気を取られてしまったのだ。
その瞬間を見逃さずに、ミスフィッターズの面々は…
グサッ…!
「「「「…!!」」」」
…鈍い音が少年の耳に聞こえたような気がした。
それは、自身の目に飛び込んできた光景の効果音が聞こえたような錯覚だった。だが、目にしている事実は現実で…
…悪夢だと…見間違いであってほしいと…そんな少年の願いに反するように、現実は非常に…少年のユーザーフェイスに事実を突き付ける。
ミスフィッターズの4人は…自分に突き付けられていた武器の刃に、自身の首を食い込ませていたのだ。
赤いダメージエフェクトが、血のように散るかのように表示され、そして、パーティ登録していたことで、少年のインターフェイスに表示されていた4人のHPバーがみるみる減っていき、
……そして、ゼロになった。
「…シグ君…『 』」
HPがゼロになり、身体がブレ始めた4人…リョナスは苦笑しながら、少年に最期の言葉を残し………その身体をポリゴンへと変えた。
「…ぁ…」
リョナスがポリゴンとなって消滅したのと同時に、他の3人の身体もポリゴンと変わり、薄散ってしまった。
その事実が…散っていくポリゴンを目で追うことしかできずにいた少年の視界が揺らぎ、受け入れられなかった。
だが、現実はその事実を突き付けてくる…4人が死んだのだと、パーティメンバーとして登録していた彼らのステータスが消えたことで、その事実を突き付けていた。
…死んだ……死んだ…死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ死んだ………
「あ……ぁぁああ…ああああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ?!?!」
…事実を理解できずに、少年の何かが壊れた…
…現実を受け入れようとして、何かが砕け、そして、悲鳴を上げた。
…自分が原因だと分かってしまったが故に、理性と精神が限界を超えた。
…壊れたものを表すかのように、少年はその場に膝から崩れ落ちた…
…だが、現実は非情だ…非常過ぎた…
「つまらないなぁ、こんな結末…」
「…!?!?!?」
現実と意識を切り離しかけていた少年の耳に、その言葉が聞こえた…聞こえてしまった。
それは、この事態を引き起こしたアバウの感想だった。その言葉通り、本当につまらないと…拍子抜けだと言わんばかりに、肩をすくめるその姿を、少年は目に焼き付けていた。
「お仲間のために自分の命を投げ出す…誰が、そんなお涙頂戴の結末を見たいんだよ…まったく、興醒めもいいところ…玩具が一番つまらない終わり方をする、っぅ?!」
酷評をこれでもかとグダグダと口にするアバウ…その言葉は、一切人として当然の感情が抜けているかのような内容だった。
だが、その言葉は最後まで続かなかった。
…言い切ろうとした直前、アバウの左腕が、肩から先が斬り飛ばされたからだ。
「…コロス……お前だけは…コロシテヤルゥ!?」
音も全く立てず、気配すらほとんど発生させずに放たれた、神速に迫る一撃…だが、放ったのは、剣士ではなく、鬼と化した少年だった。
…復讐の炎に取りつかれた鬼…その目は標的を殺すことしかなく、放つ気迫も殺気のみ…これでもかと殺気を丸出しにした姿は、見る者を圧倒していた。
「いいねぇ……サイコーだね、その表情…!そうだよ、そういう表情が見たかったんだよ!?」
「…シネェ!?」
だが、心が壊れているアバウには、悪鬼と化した少年の姿さえも面白い玩具にしか見えていなかった。火に油を注ぐように、少年の言動に笑みを浮かべるアバウに、少年の理性が完全に消し飛んだ。
…だが、アバウの方が一枚上手だった。冷静さを失っていた少年の特攻を見越し、既に足元に何かを転がしており…玉らしきものから、突如として黒い煙が噴き出した!
視界を遮る煙を構うことなく、少年はアバウがいた場所目掛けて抜刀術を放つも…既にそこにアバウはいなかった。
「…残念!これ以上は、危なそうだから、僕はこれで失礼させてもらうよ。あとは、僕の部下たちに遊んでもらうといいよ」
その言葉と共に、何かが割れる音が聞こえ…それが転移結晶を発動させたものだと分かった時には、アバウはその場から姿を消していた。
「ニゲルナァ!?ニゲルナァァァァ!?!?」
慌てて煙を払い、アバウの姿を求める叫ぶ少年だが…もう既に手遅れだった。アバウは姿を消し、その叫びは届きすらしなかった。
「…っ…アアアアアアアアァァァァァァ!?!?」
「「「「「「…!?」」」」」」
だが、少年の怒りは…憎悪はそこでは止まらなかった。咆哮に近い叫びを上げ、周囲の大気を震わせた。その姿に、一部始終を見ていることしかできずにいたアジアと、そして、残された笑う棺桶メンバーの目が集まった時だった。
…バッ…!
「っ、消え……えっ?」
目を奪われた少年が、忽然と消えた。
その事実に、闘技場の客席に…リョナスたちを監視していたプレイヤーの一人が呟こうとして、何かが落ちるものを目にして、思わず言葉を止めた。
…そこには、さっきまで悲劇を餌に笑みを浮かべていた同僚の…首のない身体があった。プレイヤーが目にしたのは、斬られたことで落ちた首だったのだ。
「…ぁ…あぁぁ…?!」
「シネ…」
そして、次は自分の番だと悟ったのは…いつの間にか近くにまで接近していた少年の姿を目にし…いや、その時には既に遅かった。
少年の死刑宣告の言葉が耳に届いた時には、既に視界がぐるりと回っていた。その男が最期に目にしたのが、刀を振るった後の少年の姿だったのだ。
「「「「「…!?」」」」」
さっきまでと異なる少年の変わりようと、凶行に笑う棺桶のプレイヤーたちに衝撃が走る。だが、そんなことなど気にした様子がない少年は…その言葉を告げた。
「オマエラ…ゼンイン、シネ!!」
…その言葉と共に、少年の姿は再び神速と化した…
「た、助け…嫌だァァァ!?」
「このやろ…がぁ…!」
「許して?!俺たちも命令されただけ、うわぁぁ?!」
「死にたくな……!?」
「にげ…うぇ?!」
「…ぁぁ…ああぁ?!」
…耳に何かが聞こえていたが、少年の思考はそれらを理解しないでいた。
ただ、目の前の相手を殺す…そのことだけを考え、次々と相手を斬り殺していく。
頭を撥ねて一撃で殺すこともあれば、胴体を達磨にしてから頭を勝ち割ったり、胴体を盾真っ二つにすることもあれば、雑音を発する口に刀を突き刺してそのまま斬り飛ばしたり…少しでも聞こえてくる雑音を、少しでも早く聞こえてなくしてしまおうと…少年は殺意のままに…その場にいたプレイヤーたちを屠っていった。
「…もういい、もういいんだ、シグ君!?」
そして、その凶行が終わりを迎えたのは、少年が全てをやり終える…直前のことだった。少なく見積もっても30人以上のプレイヤーを斬り殺し、そして、残りの5人になったところで、残った者も完全に戦意を挫かれ、投降しようとしていた。
…だが、今の少年には投降の声さえも、ノイズが走ったような雑音にしか聞こえていなかった。投降しようとしたプレイヤーの首を容赦なく斬り飛ばしたところで、少年の異常が、自身の予想を遥かに超えたものだと気づいたアジアが止めに掛かる程だ…背後から羽交い絞めされるまでに、3人の命も容易く奪い、残った1人を手に掛けようとした直前で、アジアが少年に追いついたのだ。
「…っ……あ、じあさん…?………っ?!お、俺……僕は、何を…」
アジアに羽交い絞めにされ、呼びかけられたことで、少年の思考はようやく少しばかり冷静さを…いや、理性を取り戻した。
そして、理性が吹っ飛んでいた頃の、僅かな記憶が蘇り…思わず刀を手から滑り落とした。自分のしたことを、加えて、何が起こったのか…仲間たちの死を直接目にした記憶までもが蘇り…
「……ぁ…」
「シグ君…!シグ君!?」
限界を迎えた少年の意識はそこでブラックアウトした。
「…っ!?」
目覚めた時、少年の視界に映ったのは見慣れた喫茶店の天井だった。目覚めたばかりで記憶がはっきりしていなかったが…何が起こったのかを思い出した少年は、ベッドから立ち上がろうとして…転げ落ちた。
(嘘だ…あんなことは夢だ…嘘に決まってる…!?)
自身の記憶が夢だと信じたく、少年は上手く動かせない身体を強引に操り、喫茶店を慌てて出て行き、街の転移門へと向かった。
「…はぁ…!…はぁ…!」
夜のせいで人目は少なかったが、息を切らして駆ける少年の姿は目立った。恰好など気にせずに、第一層を駆けていく少年が目指すのは…黒鉄宮に設置されている『生命の碑』だった。
そして、辿り着いた『生命の碑』を前に、少年は祈るように名前を探す。
(嘘だ…嘘であってくれ…うそ、で……ぁ…)
見慣れた名前を探し、目にして…少年はようやく現実を理解した。いや、本当は分かっていた…だけど、分かっていないふりをしていただけだった。
ミスフィッターズの4人の名前…リョナス、ガデム、サマス、ロッドそれぞれの名前に、横線が入っていた。それは、SAOにおいて、プレイヤーの死を表すものだった。
「…ぁ……ぁぁ…ぁ~~~~~~~~~~…?!」
そして、現実を突き付けられた少年の叫びが…慟哭が広場に響いた。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
長い間、広場にいた少年だったが…いつの間にか、フラフラと歩きだしていた。目的地はない…いや、今の少年に碌な思考自体が存在しなかった。
そして、辿り着いたのは…アインクラッドの外壁。天空の城の外側…そこには、何もない空だけが広がっていた。
(…そうだ……俺が…本来であったら、俺があの時…)
その光景を目にしたことが引き金となった…少年は何かに惹かれるように、外壁へと向かい始めた。そして、外壁の縁へと足をかけ…
(…死のう…)
その思いと共に、何もない空へと一歩を踏み出し…
…パシッ!
「シグ君…!?」
一旦、宙へと浮き、重力へと引っ張られかけた身体が、何かに引っ掛かる。何だろうと少年が視線を上げると、そこには大量の汗を流しながら、自身の右手を掴んだアジアの姿があった。
「…アジアさん…もういいんです。死なせてください」
「なにを……言ってるんだ…!馬鹿な事を言う前に、早く手を…!」
「もういい…もういいんです!?死なせてください!?俺があの時、死ねばよかったんです!俺が死んでれば…いいや、俺を助けなかったら、みんなが死ぬこともなかったんです?!お願いですから、死なせてください!?」
なんとか引っ張り上げようとアジアが渾身の力で引き上げるが、少年は完全に生きる気力を失くしてしまっていた。
悲鳴にも近い絶望を前に、アジアの引き上げる力も少し緩んでしまう。このまま引き上げたところで、また自殺を図るのではという不安が過り…そして、アジアは咎を背負う覚悟を決めた。
「…リョナス君たちを死なせたあいつを放ったまま、死んでもいいのかい?」
「…!!」
それが悪魔の囁きであることは理解していた。
その場しのぎにしかならないことも承知していた。
そして…それが決して許されることではない、刷り込みであったとしても…
今の少年には生きる理由が必要だった…例え、復讐という名の炎を原動力としたものであっても、少年の命を繋ぎ止めるにはそれしか方法がなかったのだ。
「死ぬのなら、その命を復讐の為に使いなさい。このまま、あの悪魔を放っておいていいのかい。君は本当に後悔しないのかい」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「(…今だ!)…うおおおおおおおおおぉぉ!!」
ほんの僅か…迷いと共に、生気を失くしていた少年の目に…黒い炎だが、火が灯ったのを見通し、アジアは少年を引き上げた!
「全てをやり終えた時…それでも、死にたいというのなら、私は止めない。だから…今は生きなさい…シグ君」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
「少なくとも…私はもうこれ以上仲間を喪いたくない…君にまでいなくなられたら…困ってしまうよ」
「……………分かり、ました…」
その日、ミスフィッターズは半壊し、そして…『仮面の狩人』が生まれた。
「…これが、私たちが隠していた真実だよ」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
『笑う棺桶』によるアルゴ誘拐と仮面の狩人暗殺未遂事件が終息したその日…遅れて駆け付けたアスナによって保護されたアルゴは、解放と同時に一目散に『羽休めの宿』へと駆け込んだ。
そこに、シグの姿は当然なく…出迎えてくれたのは、
「…いらっしゃい、というのは少し違うかな。君からメッセージが来た時には少し驚いたが、もしかしたらこれは必然だったのかもしれないね」
事前に向かうことを知らせるのと、シグの行方を尋ねるのを併せてメッセージを送っていたマスターだけだった。
「…………シグの全てを知りたい。あいつに何があったのか…どうして、あいつがああなっちまったのか……全部を…」
「それを聞いたところで、君はどうするつもりなんだい……鼠のアルゴさん」
「…オイラは……あいつの全てを知りたい。あいつに助けられた以上、あいつのことを知らないまま、放置なんて…できるわけがない」
「………そうかい。なら、君には話すことにしよう。どうして、『仮面の狩人』なるものが生まれることになったのかを…」
強い意志の目と共に告げたアルゴの姿に、マスターは目を丸くした。
彼女はきっと自分の知りたいことを知るまで諦める気はないのだと…そして、彼女になら、シグのことを任せらせるかもしれないと…どこか期待を込め、マスターは語り出したのだ…シグと自分にかつて仲間がいたことを、そして、その最期と始まりとなった悲劇のことを…
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
シグの過去を全て聞き終えた頃、外には雨が降っていた。そして、アルゴはゆっくりと立ち上がり、
「…これから、どうするつもりだい?」
「決まってるだろう…あのバカを探し出す。話はそっからだ」
「見つけられるのかい?」
「…おいらは…私は鼠って呼ばれた凄腕の情報屋だ。やってやるさ」
マスターの問い掛けに、敢えて真面目な口調でそう告げ返し、アルゴは傘もささずに外へと飛び出していった。その姿を目にしたマスターは…
「…頼んだよ」
そう呟き、背中の作業台に置いているミスフィッターズの面々が映った写真を目にするのだった。
第十話「終わりと始まり」
…これがシグの過去に起こった出来事で、そして、復讐者が生まれた理由でした。
外伝のSAO編のテーマの一つは「復讐」とするのは、最初から決まっておりました。そのため、重たい話になるのはしょうがないところはあるのですが…
オリ敵キャラであるアバウを、シグがあそこまで憎むのは当然とも言えるものでした。そして、皆様が予想されたように、シグの仲間たちは…
基本的にオリキャラには結構愛着があるタイプですので、最初からその終わりが決まっている前提で考えるのは…かなり辛かったです。そして、それを背負うシグもまた…このお話がALO以降にも大きく影響を及ぼしていきます。
そして、次回は…復讐を終えた筈のシグが暴走し始めます。それを止めるのはもちろん…次回にもご期待頂ければと存じます。
それでは、また。
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