ソードアート・オンライン~夢幻の戦鬼~   作:wing//

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 シグが行方不明のラストからのお話…外伝のアインクラッド編最終章『護鼠の絆編」の開幕です!

 ようやくです…ようやくここまできました!ということで、まずはアルゴとアジアのお話からです。それでは、どうぞ!


第二十話 「鼠と裏の世界」

「…マスター!シグは…!」

 

「…(フルフル)」

 

「…っ?!」

 

シグが帰ってこない…翌朝、アジアからその旨のメッセージを受け取ったアルゴは、『羽休めの宿』へと駆け込んでいた。アルゴの焦った問い掛けに、アジアはまだ帰ってきていないと静かに首を横に振った。

 

「…何かあったと考えるべきだろうね。あのシグ君が連絡もなしに、こんなことはしないだろうし」

 

「シグが向かったっていう素材を採りに行った場所って…どこなんダ?」

 

「第47層さ。だが、僕も早朝から捜しに行ったが、シグ君はいなかった…そもそも半日もかかるような仕事じゃない…何かに巻き込まれたと考える方が、まだ自然だ。もしもボディガードの仕事が急に入ったとしても、必ず僕に連絡をしていたからね」

 

「……………」

 

「アルゴ君…」

 

「……………」

 

「アルゴ君!」

 

「っ…あ、ああ…悪い」

 

(かなり動揺している、か。無理もないか)

 

シグに何かがあった…それを聞いたアルゴの顔は蒼白と化していた。アジアの呼びかけにもすぐに応えることができず、いつもの余裕が完全に消え去ってしまっていた。

 

「…ともかく、シグ君の行方は僕が探す。君は表の情報を探ってくれ。といっても、そっちは望みが薄いだろうが…」

 

「…!どういう…ことだ…」

 

こうしているわけにはいかないと、シグを捜しに行こうとするアジアは、アルゴにも支持を出したが、流石のアジアも焦りがあったのか、余計なことを口にしてしまった。アルゴに気付かれてしまった以上、アジアも説明せざるを得なかった。

 

「あのシグ君がたかがトラブルに巻き込まれたからって、帰ってこれなくなることなんてない。それぐらいに、彼を鍛え上げたからね。だが、そんな彼がだ…メッセージを送れないまでに巻き込まれたトラブルなんて限りがある。彼を超える実力を持った者に捕まったか、どこかに閉じこめられたか…最悪は、狩人関連でのトラブル…正体がバレたか、だ」

 

「……………」

 

「そして、僕の予想では、おそらく一番最後の件が可能性としては一番高いと思ってる。だから、裏側の情報を探ることが、シグ君の行方を探るには一番なんだ。だが、万が一の可能性も捨てきれない、だから、君には表の可能性をつぶして「オイラも行く!」…っ!」

 

「…オイラもそっちの調査に協力する…いや、させてくれ!?」

 

「…君は裏の危険性を何も分かっていない。簡単に足を踏み入れていい領域じゃない…いや、踏み入れれば、戻ることはそう簡単じゃないんだ」

 

「…そんなことは…」

 

「って言ったところで、君は分かっている、と言って聞かないだろう」

 

「…あっ…」

 

以前のように、冷たく突き放すように言い放つアジアの言葉に、アルゴは反論しようとしたが…そこで小さくため息を吐き、言葉を紡いだアジアの反応に、アルゴは目を丸くした。

 

「…今回だけだ。今回だけ、君には鼠としてではなく、狩人の協力者として、僕の仕事を手伝ってもらう…いいね」

 

「………(コクッ!)」

 

アジアの真剣な問い掛けに、アルゴは覚悟を決めたように力強く頷いた。それを見て、アジアはメニューを呼び出し、あるアイテムをオブジェクト化した。

 

「…!これって…」

 

「ああ、シグ君が狩人の時に使っていた仮面のスペアの一つだ。僕も使っていて、僕のものとは別にスペアを持っていたんだ。これから行く場所はあまり治安がいい場所じゃない…顔やプレイヤーネームは隠しておいた方がいいだろう」

 

「…これ、自分で偽装用のネームをつけられるのか?」

 

「ああ、私はアサイ、と名付けている。いわゆるコードネームという形だね」

 

「コードネーム……なら、オイラは……マウスでいい」

 

「…いいだろう、なら、ここから先、君のことはマウスと呼ぼう」

 

手渡せた仮面は、以前、シグが狩人の際に使用し、そして、決別として斬り飛ばした、アテム『偽証の仮面』だった。シグだけでなく、アジアも使用していたそれのスペアを手にした、アルゴは…偽証用のネームを仮面のシステムウィンドウに入力し、それを目に装着した。

 

すると、システムエフェクトの光がアルゴを包み…彼女の姿を変えた。短髪だった髪は背中の真ん中までに伸び、黒色のポニーテールへとランダムで生成されたアバターに変わった。身長はほとんど変わらずだが、全くの別人といってもいい程の変わりようだった。

 

「…そして、私も喫茶店のマスターは休業だ。さぁ、行こうか…マウス」

 

「…ああ!」

 

店の看板をクローズへと変え、アルゴを伴ない、アジアは情報収集へと繰り出すのだった。

 

 

 

「…ここが、そうなのカ?」

 

「ああ、ある意味で裏の情報のあらゆるものが集う場所…それがここ、『ならず者のたまり場』だ」

 

アジアに連れられやってきたのは、以前、アジアが追跡チェイスを行ったこともある、第50層アルゲード…その迷路の奥の奥…アルゴでさえも把握できていなかった場所を、アジアはそう呼んだ。

 

「ならず者……こんな場所があったなんて」

 

「いや、正確にはここもその一つという形だよ」

 

「…?どういうことダ…?」

 

「この場所は期間によって場所を転々としているんだ。今はこの層にいるが、また数日すれば、このような迷路のような他の層の場所へと移動する…その周期も移転場所も知る者は限られる…裏の者しか知らないし、頼る者も裏の者だけといういわくつきだよ…おしゃべりはここまでだ、いいかい、ここからは無用な話は一切なしだ」

 

「…分かった」

 

アジアが暗に言葉で示したのは、ここでは表の常識は通用しない…それを理解したアルゴは静かに頷き、そして、進みだしたアジアへと付いていった。

 

「おぉ、旦那、久しぶりだなぁ!どんな情報を探してるんだい?残念ながら、オレンジの情報はあまりないぜ?」

 

「…アサイの旦那…ヒヒィ!てっきり死んだと思ってたぜ…」

 

「今度は誰を殺そうって言うんだ?欲しい情報があれば、売るぜ?ゲハハ!?」

 

「おいおい女連れかよ……ちぃ、興醒めだぜ…」

 

(…ううぅ、これは結構きついナ)

 

アルゴ自身、それなりに覚悟はしていたし、色々な目線には耐えてきたつもりだった。しかし、このならず者たちが集う空間の空気はそれの比ではなかった。通路に乱雑に並ぶプレイヤーたちの身なりもあまりよろしいものではない上、自分たちに向ける視線がこれまで向けられたことのない種類のものばかりだったからだ。

 

どこか壊れたような感情の目、諦めたような感情の目、好奇心と嫌悪が入り混じった視線などなど、アルゴでさえも用がなければ早々に立ち去りたい程のレベルだが、今はそんなことを気にしていられないと、グッと負の感情を飲み込み、アジアに付いていく。

 

様々な人間が情報を買わないかとアジアに問い掛けるも、アジアは黙って通路を進んでいく。だが、アジアはただゆっくりと進むだけでなく、耳に聞こえてくる情報を精査していた。

 

そんな中、アジアの耳に少し気になる会話が聞こえてきた。

 

「だからよぉ、あれは見間違いじゃなかったって…!」

 

「はいはい、そうかよ…」

 

「あいつがそんな場所にいるわけないだろう…場違いというか、何の目的のために、そこに行ったって言うんだよ」

 

「…ちょっといいか、その話、詳しく聞かせてくれないか?」

 

「…あぁん?なんだ、てめぇ…」

 

3人組の中に割り込むように話しかけるアジア。もちろん警戒されるも、アジア…いや、アジアの偽装の姿であるアサイを見て、男たちの態度が少しだけ軟化した。

 

「あんたか……別にそんな面白い話でもないさ」

 

「でも、意外な人物を見かけたのでしょう?少し気になりましたね…それにお礼は、ね?」

 

「……いくらだ?」

 

アジア…いや、アサイはこの場ではそれなりに知名度があるらしい。男たちは少しばかりは受け答えをしてくれたが、それでも、あまり乗り気ではなかったらしい。

 

ここでのやり方があるのか、アジアへと対価を求める男たち…アジアが黙ったまま、右手で3本指を立てる。その反応に冷めた視線になる男たちだが、

 

「30万…それに、レア度Aクラスのお酒を9本セットでどうでしょうか?」

 

「(…えっ?!)」

 

「…乗った!」

 

思わずアルゴが驚き、視線を向ける程の破格の価格を提示するアジア…だが、そのおかげもあってか、男たちは一発で承諾してくれた。

 

「それでは、対価を先に……確認を頼むよ」

 

「………確かに。それで、情報だな…一回しか言わないから、聞き逃すんじゃねぇぞ…」

 

ここでのルールは前払いが原則だったらしく、アジアが先にコルとお酒をオブジェクト化する(コルもオブジェクト化して渡すのが、暗黙のルール)。それを確認して、情報を持っている男が、声を潜めてその内容を話し始めた。

 

「昨日のことだ…俺は小銭稼ぎのクエストで47層に行ってたんだ、昼過ぎくらいにな…」

 

(昼過ぎ…シグが材料採取に行っていた時間と被っている…)

 

「まぁ、クエスト自体はすぐに終わって、帰ろうとした時にな…転移門から、あいつが出てきて、俺は思わず二度見しちまったんだよ。なんで、こいつがここにいるんだってな…だって、キャラじゃないだろう、っていうぐらいだぜ?」

 

(シグ、じゃないよな…じゃあ、誰を見たっていうんダ…?)

 

「…でも、あいつがあそこにいたってことは…また何かを企んでいるんだろうな…あいつはそういう奴だ。低層階の時からそうだった…笑う棺桶を作ったあいつは…」

 

「「…っ?!」」

 

その言葉を聞いたアルゴが、いや、予想だにしていなかった情報に、アジアまでもが息を呑んだ。その言葉が告げた事実は、それだけに衝撃的だった…そして、一番最悪の結果に繋がった。

 

「…Pohだ…俺はあの時、確かに笑う棺桶の創始者で、あの最悪の屑野郎を…俺は見たんだ。あれは間違いなく奴だった」

 

「「……………」」

 

アルゴは何とも言えず、アジアへと視線を向けるも…アジアも黙ったまま、思考を重ねるのだった。

 

 

 

「…おそらく、シグ君はPoHと何かあったんだろう」

 

「…そうじゃない、って言いきれないヨナ」

 

裏路地から脱出し、人気の少ない場所で返送を解いたアジアとアルゴは、シグの行方について、話し合っていた。

 

「PoHを見かけて追跡しているという可能性はまずないだろう。追跡しているのなら、何かしらの連絡を僕に入れている筈だ。そして、返り討ちにあった、という可能性もなきにしもあらずだが、もしそうなら、シグ君のネームは黒鉄宮の名前に取り消し線が入っているだろう」

 

「…それもない。ということは…」

 

「何かしらの罠に嵌ったか、捕まったかで、連絡が取れない状況にある…というのが、一番有力だろうね。問題は…」

 

「…シグの居場所が分からないってこと、だよナ…」

 

シグがどこかに捕らえられている…その可能性に行き当たった2人だが、問題はその場所が分からないということだ。

 

だが、2人は情報屋だ。1人は表における鼠と知られる凄腕の情報屋、もう1人は裏に精通した情報屋だ。だからこそ、彼らが取る方法は1つしかなかった。

 

「…片っ端から情報を集める。シグの行方も、何か不審なものを見かけなかったか…怪しいと思う情報、全部拾い切ってやる」

 

「では、こちらはオレンジに関係のある連中を締め上げ…コホン、情報を聞き出してみよう。1時間毎に連絡しあう…いいね?」

 

「…ああ」

 

いつもの口調が消え、真面目な態度で話すアルゴに、アジアも自身の行動方針を話す。そして、2人の情報屋は動き出すのだった。

 

 

 

……

………

 

(…もう、そろそろ、か…)

 

眠っていた意識が戻り、疲労がたまった身体をなんとか動かし、シグはその場から起き上がる。

 

右手でメニューを開き、時間を確認する…時刻は7時54分、もう間もなく午前8時を迎えようとしていた。鞘に納まった刀を杖に、なんとか立ち上がるも…半分気力で立っているような状態だった。

 

彼がいるのは薄暗いダンジョンの最奥…ボス部屋に近いが、シグがいる場所はそんな生易しいものではなかった。半径40mはある円形のフィールド…地面には数メートルごとに幾何学模様が施された円が刻まれた、シンプルなフィールドだが、逆に言えば、遮蔽物が何もない厳しいフィールドでもあった。

 

そんな場所にいるシグの姿は尋常ではなかった。全身の防具は傷だらけ、アイテムもほぼ底を尽きかけていた。愛刀の耐久値も既に限界寸前…あと、何発耐えられるかを計算する余力は、今のシグにはなかった。

 

…どうして、シグがここまで追いつめられており、そして、このダンジョンから脱出しないのか…話は、シグが行方不明になる直前…3日前にまで遡る。

 

 

第47層の森にて、素材の採取をしていたシグ…もうそろそろ素材も集まりきりそうだという時に、奴がやってきたのだ。

 

…ガキン!!

 

「…Oh、これは驚いた」

 

「…っ!お前は…」

 

気配を消したまま、木の上から降ってきた男が、魔剣の一撃を振り下ろしてきた。だが、その存在に気付いていたシグが、抜刀した刀により魔剣の一撃を弾いた!そして、ただ弾くだけでなく、弾いた勢いをそのまま回転に載せ、一気に最高スピードまで加速した回転斬りを放つも、ギリギリでその技に気付いた襲撃者が後方に飛びのいたことで、シグの反撃を回避してみせた。

 

護式『廻凧』…相手の攻撃を弾き飛ばした勢いを回転力に載せて、カウンターの回転斬りとして放つ剣術だが、それを躱した相手がただものではないと悟ったシグだが、そのプレイヤーの顔を見て、思わず息を呑んだ。

 

表情に動揺を表すことはなかったが、その顔は否が応でも覚えてしまっている程に、シグにとって忘れることのできない相手だった。

 

「…PoH。なんで、お前がここに…」

 

「おいおい、随分な言いようだな…何、ちょっとお前さんに用があってなぁ」

 

フードのから零れるように見えた…その顔に刻まれた特徴的な刺青を持つ男は、嫌という程に記憶にこびりついた、因縁の相手の一人だった。

 

隠し切れない殺意が少し漏れ、そんなシグの反応にPoHはわざとらしくおどろける。その反応からして、余裕の表れだと理解したシグは、油断することなく刀を構えていた。

 

「…さっきの身のこなし、やっぱり俺の勘違いじゃなかったようだな」

 

「指名手配犯のお前がこんなところで何をしている…今すぐ攻略組に通報してやろうか?」

 

「ハハッ、まるでそれまで俺を足止めできるとでもいいたげだな…いや、それも当然か」

 

先の笑う棺桶討伐戦で、PoHだけは討伐戦の戦場には現れなかったという。あの幹部と目されていた赤眼のザザやジョニー・ブラックは捕らえ、黒鉄宮へと送り込めたが、創設者であり、最悪のレッドプレイヤーであるPoHだけは野放しになってしまっていた。

 

そんなPoHが今、目の前にいる…ここで逃がすわけにはいかないと、策を巡らせるシグに対し、PoHはとんでもない一言を言い放った。

 

「流石は、オレンジを狩る狩人…いや、死神であったことは伊達じゃないようだな」

 

「…(っ…?!)」

 

自身が狩人だと言い当てたPoHに、シグは言葉に出しはしなかったが、心の中で動揺した。狩人の行動時には、変装をする際や解く際にはかなりの注意を払っていた。それでも、狩人の正体を自分だと目したPoHに、シグは舌打ちを打ちたい思いを堪え、言葉を返す。

 

「…何のことだ?狩人が俺なんて、何ふざけたことを言ってやがる…」

 

「おいおいおい、別に誤魔化す必要はないだろう…オレンジを狩るお前は、俺たちと同じ人種だ。お前がアバウを殺したんだろう?さっきの動きと、アバウと殺り合った時と、動きが同じだ…俺の目はごまかせないぜぇ?」

 

「…っ………だったら、どうした?わざわざ、狩人の名を出すなんて、何のつもりだ」

 

誤魔化し切れないと判断したシグは取り繕うのを止め、抑えていた殺意を隠すことなく発する。しかし、それすらも愉しみの一つだと言わんばかりに、PoHは更に笑みを深める。

 

そんなPoHの態度に、シグは本当に舌打ちを打ちたくなっていた。まさか、動きだけで自身が狩人だと特定するなんて…その観察眼があるからこそ、この男は最恐最悪のオレンジギルド『笑う棺桶』を、攻略の脅威の一つとして大きくさせたのだろう。

 

だが、それと同時に、どうしてPoHが自身の前に現れたのかが分からないでいた。狩人であると勘づいているからこそ、そんな自分の前に現れたのか、シグはPoHの真意を測りかねていた。

 

「…別にお前の正体を誰かにバラすとか、そんなつまらないことをするわけじゃないさ…お前さんにやってもらいたいことがあって来たのさ」

 

「…なんだと?」

 

シグにやってもらいたいことがある…そんなPoHの口から出てくるとは思ってもなかった言葉が飛び出し、思わずシグも眉を顰める。

 

「そんなに身構えるなよ…別に誰かを殺してくれ、なんて物騒なことをやってもらうわけじゃない。お前さんには、俺と一緒にダンジョンに潜って、そこにいるボスをたおしてもらいたいだけだ」

 

「……………」

 

「Oh、Oh…疑念の目だね。まぁ、お前さんが俺を疑うのは自由だが、お前さんに選択の余地はないぜ?」

 

「…狩人が俺だってバラす、とかそういった理由で脅すつもりか?別にそんなことはどうでもいい…例え、バラされたって、俺にとってはどうでもいいことだ。それに、お前をここで捕らえるか、お前の命を狩れば関係ないことだ」

 

目の前の男が口にする言葉など一切信じられるわけがなかった…それほどまでに、シグはPoHのことをある意味で理解していた。

 

既に狩人であることは辞めたが、当時の時と同じ殺意を纏うシグを前にしても、やはりPoHの余裕が崩れることはなかった。そして、その余裕の理由を告げるかのように、PoHがあることを口にした。

 

 

「…お前の周りの人間たちに危害が及ぶとしてもか?」

 

「…!」

 

「狩人がお前だと知られれば、お前の親しい人間どもはどうなるだろうな…グリーンの奴らはともかく、オレンジはお前に恨みを持っているだろうからな」

 

「…それがどうした。そんなものが脅しになるとでも…」

 

「鼠の奴をオレンジが襲うかもしれないぞ?」

 

「……………」

 

シグの関係者に危害が及ぶ…まるで、そうさせるぞと言わんばかりの言葉がPoHから放たれ、シグは目を細める。脅しの常套文句だと割り切り、言葉を返そうとするも、次に告げられたPoHの言葉に、今度こそシグの口が止まった。

 

「お前さんのお強い仲間ならまだしも、あの鼠やろうはどうだろうな…圏内だろうと、人をキルする術はいくらでもあるからなぁ…ハハッ」

 

「……………」

 

愉しむように、嘲笑うPoHの眼はシグを捉えていた。シグももう既にPoHの掌で転がされていることを自覚していたが、この状況ではもうどうすることもできなかった。沈黙が数十秒漂い、そして、

 

「…何をすればいい?」

 

「物分かりがいい奴は嫌いじゃないぜ?」

 

シグの返答は予想通りと言わんばかりに、PoHは凶悪な笑みを浮かべるのだった。

 

 

(…こうなることも、あいつの姦計だったんだろうな)

 

3日前の出来事…PoHとの遭遇と脅迫の出来事を思い出したシグはそんなことを思っていた。

 

…PoHが告げた依、それはあるダンジョンに出現したボスの討伐だった。それだけを聞けば、ありふれた依頼のように聞こえるが、その中身がイレギュラーだった。

 

25層のフィールドダンジョンの1つ『闘神の伝修洞』…そこに、直近で現れたというEXボスの討伐がPoHの依頼だったのだ。いつの間にか出現していたこともあり、一切の攻略情報がないボス…しかも、階層ボス以上の難易度を誇るボスの撃破など、成功確率など0に近い、まさしく無理ゲーといっても差し支えない内容だった。

 

更に、PoHはEXボスの扉に入るまではシグと一緒にいたのだが、ボスがポップアップした直後、シグの背中を蹴り飛ばし、そのまま部屋を出ていったのだ。シグを1人残し、次の置き言葉を残しながら。

 

『このボスにタゲを取られているプレイヤーは、この部屋から出られない…ソロで挑んだら最後、死ぬかボスを殺すかのどっちかじゃないと脱出も、転移結晶も使えない…まぁ、検討を祈るぜぇ』

 

(…くそ、あいつの言う通り、ボスを倒さない限り、この部屋から出られないとは。しかも、このボス……ソロじゃない、絶対に倒せない…!)

 

一昨日・昨日と2日間連続でボスと戦ったシグだが、EXボスの性質を分析・理解した上で、今の状況を打破できないと分かってしまっていた。

 

EXボス…その出現条件もほとんど不明かつそもそも達成されるかどうかも怪しいレベルのものであることもあり、その性質・能力も上記を逸するレベルだった。

 

確かにシグは対人戦は得意とする一方で、対モンスター戦は攻略組と同等レベルの戦闘技術を持っている。だが、相手が階層ボス…そして、それ以上の強さを持つEXボスが相手では、どうしても対処しきれない部分が出てきてしまう。

 

…その上で、このEXボスの性質は、シグの戦闘スタイルと相性最悪といえる相手だった。

 

(僅かな希望にかけて凌いでいたが……もう限界だな。刀もあとどれくらい持つか…)

 

この2日間、ボスを撃退することはできた。だが、倒すことはできないでいた。それ故に、一方的な消耗戦を強いられることになり、シグは限界寸前だった。なまじ撃退できるだけに休息は取れるのだが、ここから脱出できないという状況には変化を与えることはなかった。

 

(…あと、30秒で8時…今度はどんな姿で現れる。いや、現れたところで、今日は撃退できるのか…)

 

メニューの時計機能に表示されるデジタル時計の秒数を見ながら、シグは刀を抜く。簡易メンテナンス用の砥石は使いきり、刀の耐久値はもうほとんど残っていない。HPはパッシブスキルのバトルヒーリングスキルで全快できているが、もしも大ダメージを受けて大幅に削られることがあれば、回復アイテムが枯渇している今、致命傷になりかねない。

 

…だが、ここまでくれば覚悟を決めるしかなかった。大きな息を吐き、シグはすぐに現れようとしているボスに備えた。

 

そして、時刻は午前8時を迎え、フィールドの空気が変わる。

 

円状フィールドの幾何学模様にエネルギーが走るように光が灯っていく。外から中央へと向かっていくように…光が集結し、ボスが姿を現わす。

 

「…人型か。蛇や鷲型のモンスターときて、今日は人型か…これなら、まだなんとか…」

 

『THE wearing skin of a fallen executed angel』…堕天した刑死者の皮を被る者という大層な名に反し、顕現したのは白い巨体を模した人型モンスターだった。

 

これまでシグが対峙した蛇型と鷲型のモンスターもそれぞれその身体は白かったが、その攻撃パターンは全く異なっていた。またしても、未知の攻撃を繰り出してくる相手を前に分析から始めないといけないのかと思いつつ、まだ人型であることに、シグは少しばかりの希望を抱いていた。

 

だが、それは安易な考えだと思い知らされることになる。

 

「…っ?!」

 

安堵したすぐさま、ボスがシグの眼前にまで迫ってきていたのだ。瞬間移動したのかと思う程の速さに驚きつつ、すぐさまシグはその場からバックステップにて飛びのいた。直後、シグがいた場所に、ボスが拳を振り下ろしていた。

 

(瞬間移動?それとも、AGI値が高いのか…攻撃力も無視できないと考えて…どうやって、戦う…?!)

 

蛇型のモンスターは複数のブレス攻撃と液体攻撃での状態異常攻め、鷲型は上空からのダイブアタックと翼から繰り出す竜巻攻撃…それぞれが特殊な攻撃を組み合わせ攻撃してきていた。

一方で、今回対峙している人型は、高速攻撃を得意とするのかと分析しつつ、シグはボスの攻撃を誘発していく。また、高速移動での攻撃を仕掛けてくるのかと思っていると、今度は3m跳躍して、そのまま拳を叩きつけようとしてきた。

 

大ぶりの一撃に回避はしやすいのだが、ショックウェ―ブが発生し、更に回避せざるを得なくなる。だが、

 

(さっきの高速移動には驚いたが、機動性は高くない。高速移動は何かの条件での発動、攻撃特化に、VIT重視型か…なら…)

 

ボスの攻撃は主に拳と足によるもの、跳躍してからのヘビーな一撃か、その巨体を活かしての乱撃をメインとしていた。先程の高速移動は一度も見せず、何かの条件を満たした時に発動するのだと分析したシグは、そのまま反撃を試みる。

 

跳躍からの攻撃は躱すしかないが、乱撃での攻撃は素早さに長けるシグにとっては、回避可能な台風だった。

 

腕や足が空振ったところで、すれ違いざまに刀を斬りつける…耐久値をあまり削らないように、最小限度の範囲かつ最大のダメージを与えられるように攻撃していく。刀で肉を斬る感覚はするのだが、ボスの身体にダメージエフェクトが発生しない…だが、それは分かり切ったことだったので、シグは構わず繰り返していく。

 

(…この感じなら、あと114回斬りつければ、今日も撃退できるか。問題は刀が持つかどうか…)

 

刀のダメージ量と昨日までのボスの撃退したまでのダメージソースからの逆算で、おおよその推測を立てる。なんとかなるかと思っていた。

 

…だが、絶望というものはやってくるのは、いつも突然だ。そこから刀の斬撃を30回浴びせたところで、それは起こった。

 

『…!』

 

「っ…!(感じが変わった…?!)」

 

ボスから放たれる気配について一層嫌なものが増し、シグは一旦様子を見た方がいいと判断し、ボスから一気に距離を取った。だが、それが悪手だった。

 

…ダン!

 

(…!なぁ、瞬間移動!?まさか、トリガ―はこいつとの距離なのか…!)

 

移動し終わった直後、最初に見せた瞬間移動でボスがシグの目の前に迫っていたのだ。そのトリガーを悟った時には遅すぎた。そして、嫌な予感の通り、ボスの身体が変化する。

 

白い巨体の背中からなんと追加の腕2本が出てきたのだ!そこから放たれるのは、確殺の威力を誇る拳のラッシュだった!

 

(っ……『霧避』!?)

 

回避は間に合わないと瞬時に理解したシグは刀を操り、護式の剣術を繰り出す!護式『霧避』…刀と身体の遠心力を使い、相手の攻撃を無理矢理そらし、そのまま次々と攻撃を逸らし回避する技である。至近距離の連撃に対して有効な技だが、弱点として武器にかかる負担が大きすぎるのだ。

 

突然の奇襲に、シグが刀の耐久値を気にする余裕などなく、暴虐の嵐を前についに…

 

…バキィ!?

 

「しまっ……がぁ?!」

 

これでもかと続くラッシュを前に、遂に刀の耐久値がゼロになってしまったのだ。根本に僅かの刀身を残し、愛刀が折れたことに思わず言葉が漏れたシグに、ボスの右拳がクリーンヒットした!

 

咄嗟に残った刀身で防御しようとしたが、気休めにしかならず、胸元に強力な一撃を叩き込まれたシグの身体が地面で一度撥ね、そのまま入口近くまで吹き飛ばれた。地面を擦り、痛みを忘れる程の衝撃に、シグの精神も限界を迎えてしまう。

 

(…く、そ……もう、からだ、が……いや、刀が壊れた時点で、もう、しょう、きが…)

 

立ち上がろうとするも、全身が言うことを聞いてくれない。刀が折れてしまったことで、戦う術もなくなってしまい、シグは…遂に諦めてしまった。

 

殴られたことで、ボスとも距離が開いてしまい…このままではすぐさま高速移動での追撃が来ると分かっていたが…それでも、シグは身体を動かすことができないでいた。

 

(…あー、くそ……ここま、でなの、か…俺もみんなのところに逝くのか…)

 

ボスの姿を目にしつつ、その動きがやけにスローモーションに見えた。そして、高速移動にて、自身の目の前に来たボスがゆっくりと足を上げ、自身を踏み潰そうとしていたのを視界に入れつつ、シグはこれまでの出来事が頭に蘇っていた。

 

SAOがデスゲームとなりログアウトできなくなった始まりの日を、仲間たちとギルドを結成し活躍した日々を、仲間を喪い復讐に走り続けたことを、自分が1人影に沈もうとしたのを止めてくれた人がいたことを。

 

…まさしく走馬灯のように巡った記憶を前に、自然と出てきた彼女の顔を前に、シグはあることを思った。

 

(…こんなことになるのなら……告っておけばよかったな…)

 

後悔に似た感情を前に、シグはすぐ傍に迫る死を前に、静かに目を瞑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そう、このままであれば、あの最恐最悪のサイコキラーの計画通りだっただろう。

 

だが、その計画をぶち壊すイレギュラーが扉を開き、現状をすぐさま理解し、ボスに飛び込んだ!

 

「…ぶ、っ飛べぇぇぇぇぇぇぇ!!!」

 

ライトエフェクトを宿した右手を振り被り、そのまま拳を放つ!普通のソードスキルではありえない威力が拳から解き放たれ、それを土手っぱらに喰らったボスは毬のように何度も地面を撥ね、フィールドの端にまでぶっ飛んだ!

 

「…!?…(…なん、だ……何が、起こった…)」

 

…扉が開かれるとともに、舞い込んだ風を感じたシグは、いつまで経ってもやってこない衝撃を確認しようと、閉じていた目を開いた。そこには、自身を庇うように立ちはだかるプレイヤーがいて、その姿は…

 

(…アジア、さん…?)

 

 

頼れる仲間であり、師匠であり、護りたい人であるアジアの姿が幻視したかのように見えた。だが、衝撃で巻き起こった煙が晴れ、その正しい姿が目に映った。

 

「アルゴさん、早くシグさんの回復を!?」

 

「分かった!ヒール!!!」

 

ボスを警戒するために振り返らずに指示を飛ばす少年の言葉に応えるように、遅れて駆け付けたアルゴがシグの身体を起こし、手にしていた回復結晶を発動させる。発動コールにより結晶が砕け、それに反してレッドゾーンに突入していたシグのHPが全快する!

 

…そう、イレギュラーはイレギュラーであっても、最恐の姦計に対して、異世界からの来訪者かつ未知なるユニークスキルホルダーという、規格外の最強イレギュラーの乱入は、様々な意味でPoHの計画を狂わせた。

 

幻想剣スキルの手甲のソードスキル…超重単発ソードスキル〈ゼーロイバー・フェアダンプ〉を放ち、ボスと対峙したフォンがアルゴと共にシグの救援へと駆け付けたのだ。

 




 本当によけいなことしかないしない、PoH再登場でした!
 そして、そのPoHが一番嫌っている、またこれ(色々な意味で)余計なことしかしないフォンが、PoHの計画をまたぶっ壊すという…(笑)

 さてと、大ピンチのシグの元に駆け付けたアルゴとフォン…ボス戦後半が次回のお話となります。シグをここまで苦戦させたEXボスの詳細も次回明かされます。

 それでは、また!
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